A Nobody's Way Up to an Exploration Hero RAW novel - Chapter (296)
第296話 春香と夕暮
俺は今春香と写真を撮っている。
夕暮れを撮る前に練習で写真を撮って見ている。
重い一眼レフのデジカメを受けとって、シャッターボタンを押す。
恐らくボタンも機能も色々ついているのだとは思うが、自動でピントを合わせてくれてシャッターボタンを押すだけなので、完全初心者の俺でも一応写真と呼べるレベルのものが撮れている。
「どうかな。これで問題ないのかな」
「うん、結構いい感じだと思うよ。後は時間だけだけど、暗くなる前の夕暮れ時って撮ってて楽しいっていうか、毎回表情が違って同じ写真は一枚も無いから、きっと海斗も気にいるよ」
「そうかな。そうだといいけど」
夕暮れ時が、毎回違うのは何となく理解できるが、そんな風に夕暮れの事を思った事は一度も無い。
叙事的に時間の移り変わりを語る俺……
イメージが全くわかない。
だが今日の景色はいつもと違って見える。それは俺の横に春香がいるからに違いない。
今日は俺が撮る日らしく、カメラはそのまま俺が持ってその時を迎えた。
「そろそろだと思う。カメラを構えて撮って見て」
「あ、ああそれじゃあ、やって見るよ」
夕暮れの景色に向かってシャッターを押すが、カメラの性能のおかげでそれなりに上手く撮れている気がする。
「春香、どう?結構上手く撮れてると思うんだけど」
「うん、いいんじゃないかな。優しい感じに撮れてると思うよ」
優しい感じに撮れてる?写真って優しいとか怖いとかあるのか?カメラで撮るんだから誰が撮っても同じ感じになるんじゃないのか?
素人の俺には理解が難しい世界だ。
「それじゃあ、残りの時間は海斗の好きなように撮って見ていいよ」
う〜ん、好きなように撮っていいと言われても、芸術的センスが欠落しているのか正直どうしていいかよく分からない。同じ景色を撮っても違いがよく分からない。
「じゃあ、春香も一緒に撮ってもいいかな。同じ景色を撮ってても、俺には難しいみたいで」
「わたし?私を撮っても意味ないよ」
「いやいや、十分意味あるからお願いします。その方が絶対うまく撮れると思うんだ」
「そう、それじゃあ、お願いします」
よく考えると春香の写真を撮るのは初めてな気がする。
夕暮れをバックに春香がこちらを向いてくれているので、暗くなる前に写真に収めたい。
「それじゃあ、撮るよ。笑顔がいいかな」
笑顔を向けてくれる春香をカメラで連写する。ファインダー越しに見る春香はいつもの春香と違って見え、まるでグラビアアイドルみたいだ。
そこまで写真を撮る事に乗り切れていない俺だったが、この瞬間にスイッチが入った。
この瞬間の春香は今写真に収めないと二度と会う事が出来ない今だけの春香だ。
そう思うと食い入るようにファインダー越しに見つめて連写する。
春香の立ち方と表情が変わるので、その変化を逃すまいとシャッターを押す。
俺はダンジョンでも見せた事の無いような集中力を見せる。今の俺なら上位探索者にも迫るかも知れない。
写真のタイトルは『春香と夕暮れ』だ。あくまでも春香がメインで夕暮れはおまけだが、どの写真も素晴らしい。
俺はアイドルとかには興味が無いので、撮影会とかで写真を趣味としている人の気持ちは今まで全く理解出来なかったが今なら良くわかる。
春香のこの瞬間を写真に残したい。
無心でシャッターを押していると、日が落ちて辺りが薄暗くなってきた。
「海斗、暗くなって来たからそろそろ終わりにしようか」
「あ〜うんそうだね。終わりにしようか」
夢中になっていたので時間の経過を忘れていた。もう少し撮っていたかったが仕方がない。
「すごく集中してたね。写真撮るの楽しかったの?」
「うん、こんなに楽しいと思わなかったよ。夢中になっちゃったよ」
「それはよかった。誘った甲斐があったよ」
「また機会があったら誘ってよ」
「うん、今度は明るい時間帯がいいかな〜」
帰り道、先程撮った写真を2人で並んで歩きながら確認したが、来る時同様に緊張してしまった。
ただ素人である俺の撮った写真は素晴らしく良かった。写真が良いというか写真の中の春香が良かった。
そこら辺のグラビアアイドルなど相手にならない美少女がそこにいた。
全部で100枚ぐらいは撮っただろうか?
よく考えると、この素晴らしい写真は全部春香のカメラで撮った写真だ。という事はこの写真は俺の手元には残らないと言うことか!
やってしまった!写真を撮るのに集中しすぎて自分のスマホで撮るのを忘れてしまった……
折角俺のスマホの待ち受けを春香に出来るチャンスだったのに俺は集中すると周りが見えなくなるタイプらしい。
あの写真は欲しいが、春香に欲しいと言うのも言い辛いのでどうしようもない。今度は必ず自分のスマホでも撮るようにしようと心に決めた。