A Nobody's Way Up to an Exploration Hero RAW novel - Chapter (619)
第616話 母の恩返し
これは夢か? それとも幻か?
誰もいないはずの俺の家に、なんで俺の家に春香が……
「春香……ここでなにしてるんだ?」
「海斗の晩ご飯を作ってるんだよ」
「ああ……そうなんだ」
いや、そうじゃない。なんでここにいるかだ。
「海斗はカレーが好物なんでしょ。待っててね。もう少しでできるから。よかったら先にお風呂にする?」
「あ、ああ……じゃあそうしようかな」
わけも分からず、混乱しているうちに、春香に言われるままに、お風呂に入ることになってしまった。いつもはシャワーだけで終わらせることが多いのに、風呂場に行くと既にお風呂が沸いていたので湯船に浸かる。
「あぁ……」
風呂に浸かりながら状況を整理する。
今俺はお風呂に浸かっているが、しっかりと熱さを感じるので夢ではない。
そしてなぜか春香が俺の家のキッチンでカレーを作ってくれている、
おまけにお風呂の湯を入れてくれたのは、春香だろう。
この状況は、あれか……あれしか考えられないな。
母親が昨日、恩には報いる的なことを言っていたので、これは鶴の恩返しならぬ母の恩返しか。
しかし、俺の母親と春香の母親が最近連絡を取り合っていたのは知っていたが、まさか春香を呼び寄せるほどの仲になっているとは思ってもいなかった。
思ってもいなかったが、これは予想外の僥倖といえる。
今度カフェに行く約束をしたけど、俺にしてみればカフェどころの騒ぎではない。
俺の家で春香の作ったカレーを春香と一緒に食べることができる。
しかも、お風呂まで用意して待ってくれている。
これは、新婚カップルさながらじゃないか。母さん、グッジョブ。ありがとう! オブリガード!
春香の入れてくれたお風呂のお湯に浸かっていると、今日1日の疲れがスーツと消えていくようだ。
別に入浴剤が入っているわけでもなさそうだが、この前入った温泉以上にいいお湯だ。
春香って魔法使いなのか?
ただのお湯がここまで疲労に効果を示すとは……
「あぁ〜。気持ちいいなぁ〜」
気持ち良すぎて長湯をしてしまいそうになるが、春香がご飯を作って待っていてくれるのに、一人で長湯するわけにはいかない。
俺は後ろ髪を引かれながらお風呂から上がることにした。
俺の人生でこれほど家のお風呂が名残惜しいと思ったのは今日が初めてだ。
お風呂から出て部屋着に着替えてからリビングに向かうと、そこにはダイニングテーブルにカレーを準備して春香が待っていてくれた。
「お風呂気持ちよかった?」
「あ、うん。春香がお風呂沸かしてくれたんだよね。ありがとう。気持ちよかったよ」
「よかった。お風呂上がりに麦茶飲む?」
「うん、ありがとう」
春香、なんて気がきくんだろう。
お風呂あがりに麦茶か。
俺の母親が風呂あがりの一杯を入れてくれた記憶はこの五年ほどはないな。
テーブルの上に用意された麦茶を一気に飲み干す。
「あぁ〜うまい!」
なんだこの麦茶は!
うますぎる。
まるで甘露かなにかを飲み干したかのようにうまい。
風呂あがりの麦茶ってこんなにうまかったっけ?
なんとも言えない香ばしい香りと喉越し。
そして喉を通過した瞬間に全身の細胞に行き渡るような感覚。
「うまい! 春香、この麦茶うまいよ!」
「海斗、ちょっと大袈裟じゃないかな? それ普通の麦茶だよ」
「普通の麦茶が最高においしいんだよ」
「うん……ありがとう」
春香の用意してくれたお風呂も気持ちよかったし、風呂あがりの一杯もおいしかった。
もしかしなくても、これって最高じゃないのか。