A Nobody's Way Up to an Exploration Hero RAW novel - Chapter (906)
ラストアタック
大量の殺虫剤は人体にも有害である。
その事を現在進行形で思い知りながら手には殺虫剤を携え全力噴射。
矛盾とはこういう事かと頭の片隅で考えつつ、目の前のオレンジスライムにとどめをさす。
もう気合いの声や無駄な呼吸は必要ない。
周囲にはスプレーの音と奥でルシールの起こした風の音だけが聞こえている。
「ポヨヨ〜ン」
その時、眼前のオレンジスライムがふざけた音を発して消滅した。
このふざけた消滅音はボススライムであっても通常のスライム同様だ。
これで残るスライムはルシールが相手をしている1匹のみ。
「ベチャッ」
ルシールにより舞い上がったオレンジスライムが地面に落ちた音が響く。
何度も地面へと叩きつけられたせいで僅かにその質量を減らしてはいるけど、結局ルシールではオレンジスライムを倒す事は叶わなかった。
「ルシール、俺がやるから」
「海斗様、申し訳ありません。このような低級モンスターに手間取ってしまいました」
「大丈夫だ。足止めしてくれてただけで助かったよ。ルシールとは相性が良く無かっただけだから」
「はい、そう言っていただけると」
「海斗、私も手伝うぞ」
最後のスライムはルシールのおかげで既に動きは鈍っている。
あいりさんと一気に踏み込んで2人で殺虫剤ブレスを放つ。
四筋のブレスが弱ったオレンジスライムを捉える。
2人がかりの攻撃に逃れる術は無く、身体を小刻みに震わせながら徐々に小さくなっていく。
「これで終わりだ! はあああああぁ!」
あっ……あいりさん。
19階層のボス戦も最終盤。
ボスがスライムだとは思わなかったけど、ベルリアがおかしな事になってしまったしロングジェットがなかったら結構ヤバかった。
スライムとはいえ19階層の主に相応しい強さだったと言える。
そんな苦戦を強いられた十九階層主を相手にこのままいけば確実に終わらせる事が可能な状況。
ある意味ラストアタック。
あいりさんの気持ちはわかる。
勝利を前にきっとテンションは我を忘れる程に跳ね上がっているのだろう。
これまで幾多の戦いを経た探索者であっても目の前の状況に深く入り込むのは不思議ではない。
だけど……。
「はぁっ、ひゅっ、ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ」
思いっきり周囲の空気を吸い込んだあいりさんは、さっきの俺と全く同じ状況に陥り激しく咳き込み、スプレー缶を持つ手を必死に留めようとしているが、その手は大きくぶれ瞳からは大粒の涙が流れている。
このまま俺だけでも、いけそうだし離脱を勧めたいけど、今は無言を貫くしかない。
苦しむあいりさんを横目に本当のラストアタックを無言でかけ、ついに最後のオレンジスライムを消滅へと追いやることに成功した!