Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (100)
ルッツの行く道
「ルッツは未成年だからな。余所の街に行って、泊りがけで仕事をするとなれば、親の許可は絶対に必要だ。許可なく連れだせば、誘拐扱いされる」
ベンノはゆっくりと息を吐きながら、事情を説明し始めた。課題一覧に書いてあったのが、「ルッツの親を説得し、外出許可を得る」というものだけだったので、説明をもらえるのは助かる。
「マルクに許可を取りに行かせたが、許可がもらえなくてな。商人と職人としての常識の違いなのか、あそこの父親が殊更に頑固なのか、お前の意見が聞きたい」
「意見を聞きたいと言われても……。それって、つまり、ルッツを連れ出す許可を取る方法がないかってことですよね? でも、それはやっぱりルッツとベンノさんとルッツの両親が話をしなければならないことですよ。幼馴染とはいえ、わたしは完全な第三者なんですから」
仕事で外に連れ出したいと思うベンノ、実際に外に行くルッツ、それから、許可を出すルッツの両親。当事者はこれだけだ。わたしが口を出すような問題ではないと思う。
そう言うと、ベンノはガシガシと頭を掻いて、わたしを睨んだ。
「だから、お前の意見を聞きたいと言っている。情報はいくらでも必要なんだ。お前の事を一番知っているのはルッツなら、ルッツの事を一番知っているのはお前だろう?」
何に関しても事前準備をきっちりするベンノだからこそ、ルッツの両親と交渉する前に情報を集めておきたいのだろう。仕事に関する事ならともかく、生活に関係するところならば、確かに、あれだけ一緒にいるわたしが一番ルッツには詳しいと思う。
「お仕事なのに、どうして許可が下りなかったんですか?」
「それはこっちが聞きたい。マルクによると、許さん、の一点張りだったらしいぞ。ルッツの家庭環境があまり良くない事は屋根裏を貸す時に少し聞いたが、一体どういう状況なんだ?」
そういえば、ベンノに生活環境の話はほとんどしていなかったと思う。
自分が商人見習いになると宣言して、家の雰囲気が悪くなってからのルッツは、わたしにも家であったことをあまり話してくれなくなった。上司であるマルクやベンノには弱音を吐くように感じて、尚更言わないと思う。
「ルッツはもともと商人になる事自体、家族に反対されていたんです」
「何だと? 旅商人が反対されていたわけじゃなくて、街の商人も反対されていたのか?」
驚いたように目を見張ったベンノにわたしはゆっくりと頷いた。
「お父さんは建築関係のお仕事をしていて、ルッツのお兄ちゃん達はみんな、建築や木工関係の職人見習いをしているので、ルッツにも職人になって欲しかったみたいです。浮き沈みの激しい商人より堅実な仕事をする職人の方が安定していて良いって」
「職人だって安定しているわけではないだろう?」
仕事がなくなって潰れる工房もあるので、職人が絶対に安定しているとは言えないかもしれない。けれど、腕が良ければ同業の工房で雇ってもらえるので、店を経営して借金を背負うようなことにはならない。
「商人は絶対に許さないって、言われたとルッツに聞いたことがあります」
職人の上前を撥ねるだけで、何も生み出さないとか、冷酷でなければなれない職業だとか、ルッツから聞いただけでもひどい言い草が多かった。一体どんな悪徳商人に痛い目にあわされたのか、と思うような言い様だと聞いている。
「……ルッツはよくそんな状況で商人になったな」
この街の子供が親や親戚の口利きで家業に連なる職業に就くことを考えれば、ルッツは異質かもしれない。けれど、生き生きと仕事をしているので、ルッツの選択は間違っていなかったとわたしは思っている。
「ルッツはどうしても両親に許されなかったら、住み込み見習いになるつもりだったんです。カルラおばさん……ルッツのお母さんがルッツの真剣さだけは認めてくれたから、今は家から通ってますけど」
「住み込み見習い? そんなもんになろうと思うほど、家族とうまくいっていないのか?」
ベンノが目を瞬いた。住み込み見習いという劣悪な環境に自ら飛び込む酔狂な子供なんて普通はいない。住み込み見習いになろうと思った時点で、自分の家よりそんな劣悪な環境がマシだと思っていると宣言したようなものだ。
「今、うまくいっていないかどうかまでは、ルッツが言いませんからわかりません。ただ、ルッツのお兄ちゃん達があまりルッツに好意的でないところが気にかかっています」
「好意的じゃない?」
「家族から見れば、父親に逆らって、ルッツが好き放題しているように見えるのかもしれないし、同じ業種ではないから、ルッツの努力や成果が見えなくて反対しているだけなのかもしれません。お兄ちゃん達とルッツのことについて話をした事はないから、わからないんです」
お兄ちゃん達ともルッツの事について、きちんと話をしたことはないけれど、ルッツのお父さんに至っては、わたしもほとんど面識さえない。
見た目はルッツの兄弟の中で長男のザシャが一番よく似ていて、建築関係の職人で仕事に誇りを持っているという事は知っているが、それだけだ。母親同士が井戸の周りで話をしているところはよく見るが、父親同士はあまり見たことがない気がする。
「……ただ、両親の反対で自分の夢が潰されると知れば、ルッツは家を飛び出すと思います。ルッツは頑固で、こうと決めた事は譲らないから。でも、住み込み見習いは最後の手段でしょ? 家事という面でルッツの一人暮らしは厳しいし、色々言ってみても、家族は拠り所だとわたしは思ってますから」
「そうだな」
そう言って、ベンノは一瞬上の階を見上げた後、苦い笑みを浮かべた。親を早くに亡くして苦労したベンノは、コリンナを見ればわかるように、とても家族を大事にしているし、恋人を亡くして独身を貫くくらい情の深いところがある。ルッツの家族に亀裂を入れたいとは思わないはずだ。
「丸く収めようと思ったら、ルッツにうまく説明して、成人まで我慢させるしかないんじゃないですか? 成人すれば、親の許可なんて必要なくなるんですから、家族との対立を避けて、今は待つという選択肢が一番無難ですよね?」
親の許可がなければ一生街から出られないというならともかく、成人すれば夢が叶うのだから、今は我慢しても良いと思う。ルッツが家族にはもう耐えられない、と言ってしまったならともかく、わざわざ亀裂を入れる必要もないはずだ。
わたしの最も無難な提案にベンノは渋い顔をして首を振った。
「それでは、遅い。間に合わん」
「何に、ですか?」
何か間に合わせなければならないようなことがあっただろうか。わたしが首を捻ると、ベンノがぐっと眉を寄せて目を逸らす。
「こちらの事情だ。……今は言えんな」
仕事上の事情ならば、ギルベルタ商会の人間ではないわたしが深く聞いて良いことではない。「そうですか」と軽く流した後、うーんと唸った。
「じゃあ、仮に今回の件でルッツと家族との亀裂が決定的なものになったとしましょう。ルッツは家族より商人としての生き方を選択すると思いますけど、ベンノさんはどれだけルッツの支援をしてくれるんですか? 余所の街に連れて行こうと考えてくれるくらいだから、期待されているのは間違いないと思ってます。でも、ただの見習いの一人であるルッツの生活の面倒をどこまで見てくれるんですか?」
ダルア契約をしているルッツに対して、ベンノは生活の面倒を見る義務を負っていない。ルッツの生活まで面倒を見るようになれば、他のダルアとの間にまた差がつく。
ベンノが考えているのが仕事面だけで、生活面の面倒を見る気がないなら、今から住み込み見習いになってもルッツが苦労するだけだ。それくらいなら現状維持の方が良い。
適当な言い逃れは許さない、と思いながら、わたしがベンノを見据えると、ベンノは降参だというように軽く手を上げた。
「俺としては……養子縁組を考えている」
「えぇ!?」
予想もしていなかった答えにわたしは仰天した。
ベンノがそこまでルッツの面倒を見てくれるなら、たとえルッツが躊躇いもなく家を飛び出したとしても、わたしは一安心だ。ルッツが商人として街の外に出ることを選んで家族から離れたとしても、ベンノという受け皿があるなら、生活面でも仕事の面でも心配はない。
「ベンノさんがルッツの事をそこまで考えてくれているとは思いませんでした。だったら、ルッツにも事情を話して、ルッツの両親を交えて話をするのが一番じゃないですか!」
「ルッツに話す、か……」
うぅむ、と躊躇うようにベンノが唸る。
「どうするにしても、ルッツの意思が大事だと思います。ルッツは今まで自分で考えてきたんですから」
養子縁組するということはルッツがいずれベンノの店を継ぐということだ。ギルベルタ商会はコリンナの子供が継ぐと言っていたから、多分、植物紙やイタリアンレストランなどマイン工房に関する事業を継ぐことになるのだと思う。だからこそ、新しく植物紙の工房を作る時にルッツに立ち合わせたいのだろう。
今までのルッツの頑張りがベンノに認められたことがわかって、わたしは自分が褒められたみたいにとても嬉しくなった。
「お前はルッツが俺の養子になれば嬉しいか?」
「養子がってことじゃなくて、ルッツの頑張りが評価されたことが嬉しいです」
ベンノはフッと笑うと、ベルを鳴らしてマルクを呼んだ。どうやら、秘密のお話は終わりのようだ。
「何が御用でしょうか、旦那様?」
「ルッツを呼んでくれ」
「かしこまりました」
流れるような綺麗な動きでマルクが一度退室して、ルッツを連れて戻ってくる。ルッツがよくマルクを見て真似ているのだろう。動きが似てきているのが、ちょっと面白い。
「ルッツ」
「はい、旦那様」
「今度お前の両親に話したいことがある。近いうちに席を設けてくれないか?」
ベンノの言葉はあまりにも唐突で、ルッツは面食らったように瞬きした後、少し首を傾げた。
「……オレの親に? はぁ、わかりました」
ルッツの口から一応の了承が取れると、ベンノは軽く頷いて、本日の業務内容をルッツに述べる。わたしを神殿に送った後、トロンベ紙を量産中のマイン工房で作業をしてこい、というものだった。
「かしこまりました。行くぞ、マイン」
「うん。じゃあ、ベンノさん。よろしくお願いします」
「マインは他の課題についても考えておけよ」
「ふぁい……」
わたしはルッツと一緒に神殿に向かう。ルッツにとって何もかもが良い方向に向かっているようで、思わず鼻歌が出てしまう。
「ご機嫌だな、マイン」
「だって、嬉しいもん」
「まぁ、旦那様の説教を受けた割に、元気そうでよかったよ」
「う……そういうことは思い出させないで」
道中、ルッツが話してくれた内容によると、わたしが熱を出していた間、ルッツはトロンベ紙を量産するためにベンノからマイン工房に派遣されていたらしい。孤児達と森へ行って、黒皮を量産したり、よく二人でしていたようにカルフェ芋を持って行って、カルフェバターを作ったりしたらしい。
「マインよりオレの方が工房長っぽいことしてねぇ?」
ルッツの言葉にわたしは軽く肩を竦めた。青色巫女は労働してはいけないらしいので、わたしには手を出せない。みんなで楽しそうにやっているので、交じりたいけれど、禁止されているのだ。
「工房長は巫女見習いをしながら、収益を上げるためだけの肩書だからね。実際に動くルッツには工房長補佐の肩書とお給料を渡すから頑張ってよ」
「工房長補佐って言えば、カッコイイけど、マインのお手伝いだろ? 今までと何も変わんねぇし」
「これからも多分変わらないよ。わたしが新しい商品を考えて、ルッツが売るんだから」
ルッツにマイン工房で孤児達の指導をさせて紙を作らせるのも、植物紙を広げるために必要な、ベンノによる教育の一部だろう。
「……あれ? 誰もいない?」
神殿に着いたものの、門に側仕えの姿はない。わたしが神殿に行くようになってから、誰も門で待っていないのは初めてだった。
「旦那様から説教されるから、いつになるかわからないってフランに連絡したからな。直接部屋に向かえばいいだろ?」
「うん」
「オレ、工房に行くからな。帰りには迎えに行く」
ルッツとは礼拝室に向かう階段の手前でわかれて、わたしは階段を上がった後、孤児院の建物をくるりと回って自室へと向かった。
いつもは側仕えが開けてくれるドアが閉まっていて、少し戸惑う。
バーンと開けちゃってもいいかな? 誰かがいたら危ないから、軽くノックした方が良いかな? もしかしたら、中に声をかけて開けてくれるのを待った方が良いのかも?
側仕えを呼ぼうにも、ベルを持ち歩いているわけではないし、大声を上げて呼ぶのははしたないと怒られたし、どうするのが正解だろうか。お貴族様らしい行動がわからず、しばらく考えてみたが、自分の部屋に入るだけで、悩むのがバカバカしくなって、軽くノックしてドアを開けることにした。
……どうせ怒るような人はいないし、後でフランに正解を聞いてみようっと。
コンコンとノックして、「開けますよ」と声をかける。ドアノブに手をかけて開ければ、慌てた様子でフランが早足に階段を下りてくるのが見えた。
「おはようございます、フラン。心配をかけましたね。熱も下がったし、もう大丈夫ですわ」
非常に困り果てた顔のフランが一度ちらりと二階の方へと視線を向けて、声を潜める。
「マイン様、実は……」
「側仕えも連れずに淑女が一人で歩くとは何事だ?」
「へ!? 神官長!?」
まさか自分の部屋で神官長の姿を見ることになるとは、全く考えていなかったわたしは、ぽかーんとしたまま、二階から見下ろしてくる神官長を見上げた。
「口を閉じなさい。みっともない。……それより、外ではどうか知らぬが、神殿の中を一人で歩くような品位に欠ける真似は決してしないように」
フランに促されて二階へと向かい、神官長を差し向かいで優雅にお茶を飲みながら、くどくどと続くお小言をおとなしく聞いた。
神官長のお小言によると、貴族らしいドアの開け方の正解は「必ず先触れを出し、門で側仕えを待たせる」もしくは、「門番に到着を告げ、待合室で側仕えが来るのを待つ」だった。
……わたしにはちょっと難しかったね。
ドアの開け方一つで、よくここまでお小言が出てくるな。いつ終わるんだろう、と退屈になってきたわたしは、神官長の訪問理由を知らないことに気が付いて、話題を変えることにした。
「神官長、ドアの開け方はわかりました」
「ドアの開け方ではない。何を聞いていた!? 私は淑女としての在り方を……」
あらま。お小言はドアの開け方ではなかったらしい。
お説教がヒートアップして再開しそうなところを遮って、わたしは神官長に質問した。
「訪問の理由をお伺いしてよろしいですか? 神官長がわたくしのお部屋にいらっしゃるなんて、よほどの理由がおありなのですよね? お急ぎではないのですか?」
普段ならとっくに書類に向かっている時間だ。わたしが手伝うことで余裕ができたとは言っていたが、その余裕をお小言に振り分けられては堪らない。
神官長は本題を思い出したのか、軽く咳払いしてわたしを見る。
「熱は完全に下がったのか?」
「え? えぇ、すっかり回復いたしました。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
「それはよかった」
よかった、言いながら、神官長が底冷えのする笑みを浮かべた。秘密の部屋で見る時のお説教モードにビクッとして、背筋を伸ばす。
「私は騒ぎを起こすな、と言ったはずだ。違うか?」
「え? え?」
熱で寝込んで数日たっているし、ベンノとの話があったせいで、神官長が何の事を言っているのか、一瞬わからなかった。
「本当に後始末がしっかりできているのか確認に向かってみれば、広範囲に渡って土が掘り返され、石畳の一部がわずかに浮いていた」
こんなところに来る青色神官なんていない、と思っていたが、神官長はわざわざ確認に行ったようだ。多忙なくせに自分で確認せずにはいられない神経質で苦労性な人らしい。
金色にも見える目が細められ、わたしを逃すまいと捕らえる。
「一体何をしたらそんな状況になる?」
「何って……その……事前に報告したように……」
フランに視線を向ける。一体フランは何と報告したのだろうか。どう答えれば丸く収まるのか、全くわからない。
「フランを初め、孤児達の誰に聞いても、紙の原料になる木を刈った。タウの実を投げ合った。君が熱を出して倒れた、としか答えないのだが?」
「……本当にそれ以外は特に何もしていません」
わたしは神官長の言葉尻に乗っかって、頷いた。
タウの実が魔力を吸ったことや刈った木がトロンベだということは漏れていないのだろうか。神官長にどれだけの情報が渡っているかわからなくて、わたしは余計な事を言わないように口を噤む。あとでフランにどういう追及があったのか聞いてみよう。
「全員の回答が似たようなものになるということは、間違いはないのだろう。だが、石畳をひっくり返すほどのことをしておいて、何の騒ぎも起こしていないとは言えまい?」
これから、一体どれだけ追及されるか、とわたしが身構えていると、神官長はじろりとわたしを睨んで命じた。
「マイン、君は今日一日反省室だ」
「え?」
……追及はなしですか? ベンノさんなら執拗な追及をしますよ?
わたしが寝込んでいる間に孤児達から事情を聞きだしていたせいだろうか、神官長はそれ以上を追求することなく、罰を課した。
「反省室、ですか?」
「そうだ。神に祈りを捧げ、己の所業をよく反省するように」
「……はい」
肩透かしというか、黙って反省室ならそれでいいや、と思ったわたしと違って、反省室行きの言葉を聞いた瞬間、フランは真っ青になったし、デリアは「信じられない!」と叫んだ。
「青色の巫女見習いが反省室なんて聞いたことがないですわ! みっともない!」
「神官長、反省室はお考え直しください!」
どうやら、わたし、史上初、反省室に入れられた青色巫女見習いになるようです。
はっきり言って、神官長の底冷えのする雰囲気で怒られながら、ねちねちと祭りの日の事をほじくり返されるくらいなら、反省室に籠る方を選びたい。
「二人とも、わたくしが神官長とのお約束を破ったせいですから仕方ありませんわ。責任を取るのは当たり前ですもの。孤児院の子供達にお咎めがなければいいのです」
一緒に騒いだ孤児達が連帯責任で叱られなかったのなら、それでいい。あんなに楽しそうだったのに、せっかくの楽しい思い出が神官長のお説教や反省室で塗りつぶされたら可哀想だ。
「あの、神官長。反省室とはどこにあって、入って何をするのでしょうか? あ、いえ、反省するのはわかってますよ? その反省がわかるように、何かしなければならないことがありますか?」
正座しろとか、反省文を書けとか、罰として掃除しろとか、麗乃時代に怒られた時の色々が脳裏に浮かぶ。
神官長は軽く片方の眉を上げて、「何を言っているんだ、君は」と呟いた。神殿関係者には当たり前のことを質問してしまったようだ。
「神に祈りを捧げるに決まっているだろう?」
え? 一日グ○コの刑ってことですか?
予想外の苦行に言葉を発せずにいると、ギルが「マイン様、オレ、慣れてるから一緒に入ってやるよ」と慰めてくれた。もちろん、反省室への付き添いは認められず、わたしは一人で反省室に入ることになった。
「ここでよく反省するように」
わたしは神官長に礼拝室のすぐ側にある反省室へと連れていかれ、中に入るように促された。
礼拝室と同じ白い石造りの小部屋で、かなり上の方に細く空気を取り込むための隙間が開いているのが見える。それが明かり取りにもなっていて、白い小部屋は思ったよりも明るい。
床も周りの壁も全てが白い石でできているこの小部屋は夏なのにひやりと冷たかった。冬は大変そうだが、夏はそれほど厳しい環境でもなさそうだ。
「マイン様、大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫ですわ」
心配そうなフランとギルの顔がバタリと閉められた木の扉で見えなくなった。
見張る人もいないのに、わたしが真面目に祈りを捧げるはずもなく、すとんと隅っこに座り込んだ。ひんやりとしていて、とても落ち着く感じだ。
こっそりとスカートのポケットに入れていた課題一覧を取り出して、問題解決について考えることにした。
「うーん、これは一見さんお断りのシステムをうまく取り入れれば、何とかなるんじゃないかな? こっちはどうしよう? 神官長に貴族の食事を知りたいので、ランチとディナーに招待してください、なんて今はちょっと頼みにくいよねぇ」
もしかしたら、まだ本調子ではないのだろうか。あまりに眠たくなってきた。お腹の空き具合から、お昼は過ぎたと思う。課題一覧の紙を畳んで、ポケットに入れると、床にゴロリと横になった。少しお昼寝して体力を回復させようと、うとうとする心地に任せて目を閉じる。
「マイン、反省しなければならないというのに、何を寝て……っ!? フラン!」
「わぁ! マイン様っ!?」
ひやりと冷たい石造りの床で昼寝をしているうちに体が冷えきってしまったようだ。わたしを反省室から出すために神官長がやって来た時には完全に熱が出て、動けなくなっていた。
回復して神殿に出したその日にまた熱を出させてしまうなんて、母に何と詫びよう、とフランが頭を抱えるのが、耳元で聞こえる。
「回復したのではなかったのか!?」
「恐れながら、神官長。マイン様の虚弱さを甘く見過ぎでございます。反省室はお考え直しくださいと申し上げたではないですか」
「体面ではなく、体調を考えての言葉だったのか……」
フランの忠告を聞き流したことで、回復直後にわたしがまた熱を出して寝込むことになってしまった。これは自分の責任だと、わたしを反省室に入れた神官長が深く反省したらしい。
わたしが寝込んで三日目。
寝室にトゥーリが駆けこんできた。
「大変だよ、マイン! ルッツが家出して帰ってこなかったって、ラルフが!」
「えぇ!?」
反射的に起き上がった瞬間、わたしの身体は崩れ落ちた。