Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (110)
レストランのシステム作り
「……紹介や口利きなら普通だろう?」
一見さんお断りについて、わたしがざっと説明すると、ベンノは軽く肩を竦めた。階級に厳しいこの街では、服装や紹介がないことで入店を断られることは決して珍しいことではない。
「紹介されたところで、その客の金払いと振る舞いは別物だ。金払いが良いからといって、よい客だとは限らない。逆に金払いがいいせいで、傲慢で横柄になることもあるから困るんだろうが」
厄介な客も多いのか、溜息混じりにベンノがぐしゃりと髪を掻きあげた。わたしはこの街で行われている紹介と一見さんお断りの違いを丁寧に説明する。
「ただの紹介とは違うんですよ。紹介されてお客様になった方が、例えば、装飾品を盗んだり、酔っぱらって騒ぎを起こしたり、支払いを踏み倒したりした時は、紹介した人のところへ行って、支払いの催促や解決の責任を取らせるんです」
「紹介者に支払いをさせるだと!?」
ベンノが目を剥いて、机を叩くようにして立ち上がる。かなり予想外だったのか、呆然とした顔でわたしを見下ろした。
「えぇ。もし、面倒事を起こせば、お店とお客様だけの問題ではなくなりますから、厄介事に関する抑制効果はかなり高いと思います。紹介する側も適当な人間は絶対に紹介できません。何か問題があれば、結局は自分に返ってくるから、当然ですよね? 信用できる人間のみ紹介されるようになります」
「……だが、それは、紹介する客に負担が大きすぎないか?」
ゆっくりと座り直したベンノが、ぐりぐりとこめかみを押さえる。予想以上にショックを与えてしまったらしい。店を紹介することはあっても、その後の責任を負わされることはないからであろう。
「店の雰囲気を大事にして、面倒事の起こらない心地良い時間と料理を提供するんですから、結果的には常連のお客様を大事にすることになると思いますけど?……まぁ、取り入れるかどうかはベンノさんの判断に任せます。はっきり言って、馴染みのないものですからね」
わたしの意見を取り入れるかどうかを考えたり、判断したりするのはベンノの役目だ。わたしは問題提起されたから、思い当たる解決策を提示しただけなのである。見習いにもならずに終わった商人見習い未満のわたしでは、自分が知っているシステムがこの街にそぐわないかどうかもわからない。
「ただ、貴族の料理が食べられる高級レストランという店自体が初めての試みで、馴染みないものだから、馴染みのない規則だとしても、最初から決めておけば大きな問題にはならない気がします。でも、途中から導入するのは無理ですよ?」
ベンノがくっと眉を寄せて、空を睨む。
「取りこむとしたら、相当細かく決めておかなきゃならんぞ?」
「うーん……絶対に譲れないところだけ決めておいて、後は店や周囲の状況で少しずつ改変していけばいいんじゃないですか? 初めて導入するものなんですから、あまりカッチリ決めないで、多少余裕を持たせた方がいいですよ。多分」
「ふぅむ……」
ベンノが考え込むのを見た後、わたしは自分の書字板に視線を落とした。
「じゃあ、『一見さんお断り』はこのくらいにして、開店までに店で準備しておかなきゃいけない物を考えましょう」
「準備しておくものだと? 内装のことは決めただろう?」
怪訝そうにベンノが目を細めてわたしを見た。自分の書字板に書き連ねられている「気になった項目」を見て、わたしはベンノを睨んだ。
「何を言ってるんですか? 内装しか決まっていないじゃないですか。各テーブルにメニュー表や呼び出しベルが必要でしょう? 貴族らしさを失わないように、品の良いものを準備しなければダメです」
「メニュー表? メニューは給仕が教えるものだろう?」
この世界において、メニューとはテーブルに付いた給仕が口頭で教えるものらしい。どこにいっても腸詰を焼くのか煮るのか程度の違いしかないような平民の店や、すでにメニューが決まっていて「今日のメニューはこれ」と宣言するだけで良い貴族の家での食事ならば、給仕が教えるので問題ないかもしれない。
けれど、どんな料理かよくわからない複数のメニューの中から、複数の人が自分の食べたい物を選ぶのに、メニュー表がなければ、給仕の方が大変だ。
「メニュー表に店で作れる料理や準備されているお酒の銘柄を書いて、各テーブルに置いておけば、給仕に一々尋ねなくても大体はわかるし、ゆっくり選べるでしょう? どれだけの給仕を付けるつもりなのか知りませんけれど、少しでも手間が省けるところは省いた方が良いですよ」
「メニュー表を作ったとして、字が読めない者はどうする?」
ベンノの苦々しそうな顔に、この街の識字率の低さを思い出したが、大した問題ではないと思う。イタリアンレストランに入れるくらいの収入を得ている富豪層に限れば、識字率はかなり高いはずだ。商人見習いになるためにルッツでさえ、文字を覚えさせられたのだから。
「字が読めない人は普通に給仕に尋ねればいいじゃないですか。……でも、レストランの最初のお客様は大店の旦那様でしょう? 字は読めると思いますけど?」
「……まぁ、そうだが」
「それに、大体の人が従者を連れているわけですから、主従揃って読めないということはないでしょう?」
大店の旦那様の会食は仕事の話が中心になるので、必ず資料や筆記具を持った従者が脇に控えている。主従揃って字が読めなかったら、話にならない。契約書で何が書かれていてもわからないようでは、仕事になるはずがない。
「あ、それで、メニュー表なんですけど、ちょっと厚めの紙を漉いてもらって、前に作ったみたいに植物の透かしを加えてみませんか? 定番料理と季節の料理の表を準備するんです。植物紙の宣伝にもなるじゃないですか」
ちょっとオシャレな感じにしてみたい。可愛いのではなく、綺麗な雰囲気で。今の季節ならどんな植物が合うだろうか。いっそ色付きの紙を作ってみるのはどうだろうか。
「わざわざ紙を使うのか? メニュー表はそこまで必要か?」
「レストランにメニュー表は必須ですよ! あ、マイン工房で準備しましょうか? ウチの側仕え、うっとりするくらい字が綺麗なんです。すごいでしょう? ふふん」
「……必要性も、どんな物かも、いまいちわからんから、お前に任せる」
疲れたようにベンノが頭を抱えた。
新しいお仕事を獲得したわたしは、脳内でメニュー表のデザインを考えて、によっとする。
「はぁい、任されました。それから、給仕はどうします? 貴族らしさを追求するなら、その辺りで雇った平民に給仕は務まりませんよ?」
平民が行く店の給仕と、貴族の給仕は大違いだ。それはフランを初めとする側仕え達の給仕を受けているわたしが一番よく知っている。
大量の料理を運ぶせいで、乱暴だろうが、零れようが気にしない下町の給仕とフラン達を一緒にしてもらっては困るのだ。ベンノもそれをよくわかっているようで、少しばかり情けない顔でわたしを見た。
「……お前のところで何とかならないか?」
「それは、給仕もわたしの部屋で練習させるということでしょうか? うーん……料理人はともかく、給仕は……中に入れる許可が取れない気がします」
「逆に、神官を外に働きに出すのはどうだ?」
「明日、神官長の昼食にお呼ばれしているので、聞いてみますけれど、期待はしないでくださいね」
以前に、「紹介をしてくれたり、面倒を見てくれたりする人がいないから孤児は神官や巫女にしかなれない」と神官長は言っていた。その時は「後見人がいれば外に出せる」という意味で受け取ったけれど、孤児院や神殿の現実を知ってしまうと、額面通りには受け取れない。
今は余っている神官が多いので、外貨を稼いで来られるなら良いと言われるかもしれないし、神殿のシステムが壊れる可能性があると判断されるかもしれない。微妙なところだ。
「そうですね。……あとは、最初の試食会に神官長をお招きしようと思うんですけれど、ベンノさんはどう思いますか?」
「……ちょっと、待て。神官長だと? 本物の貴族を呼んだとして、本当に来るのか?」
貴族が平民の店にやってくるという状況はあり得ないことだ。基本的に貴族街の自分の家に呼び付ける。
神殿は貴族街と平民の街の境にあるので、両方に通じる門がある。しかし、青色神官が儀式以外で平民の街に出ることはない。
「うーん、興味があるみたいです。わたしが考案した料理やお菓子。攻め方によると思うけど、連れだせない雰囲気ではなかったと思います」
「……ほぉ」
興味深そうにベンノが顎を撫でながら、考え込む。
「ですから、本当にベンノさんが信用できる人だけを最初の試食会にお招きするのはどうですか? 貴族と一緒に食事って、特別感が出ません?」
「……間違いなく出るだろうな」
「本当に貴族も出入りするって店になれば、イタリアンレストランにも箔が付くでしょ?」
ベンノの赤褐色の目が利益を見据えて、肉食獣のような目になって、ギラリと光る。
「あぁ、付く」
「カトルカールの試食会と違って、大勢を招いて一度にしようと思わないで、少人数ずつ信用できる人だけを招きましょう。料理人の人数を考えても、一度にたくさんは無理ですよ。料理が高価だから、それほどたくさんの潜在顧客数がいるはずないんです。選ばれた人だけが入れる店として、できるだけ高級感を出す方向で行けばどうです?」
「神官長の協力が得られるなら、行けるだろう。失敗するなよ」
ガシッと握手して、ニヤリとベンノと二人で笑っていると、ロジーナがおっとりと首を傾げた。
「あの、マイン様。音楽はどうなのでしょう?」
「音楽?」
「貴族の食事会であれば、奏者が複数呼ばれて、代わる代わる演奏するものですけれど、レストランでは音楽はなさいませんの?」
……BGMについては何にも考えてなかったね。
わたしがゆっくりとベンノに視線を向けると、ベンノはお手上げだと軽く肩を竦める。
「残念ながら、貴族の会食で演奏できるような奏者に伝手がない」
「……ロジーナの気持ちはどうかしら? レストランで演奏してみたいと思いますか?」
「楽器を触っていられる時間が増えるならそれに越したことはございません」
きっぱりとそう言いきったロジーナを見る限り、むしろ、自分がフェシュピールを弾きたいからこそ、音楽について言いだしたような感じに思えた。
「レストランは昼食をメインに開店するんですよね? それならば、予約時に要求があって、別料金を支払うなら、って感じになりますけど……ロジーナが授業の終わる3の鐘の後に動けば、間に合うと思います」
昼食時に別料金を支払っても音楽が欲しいお客様がいれば、わたしの側仕えであるロジーナをその時だけ貸し出すのは構わない。ただ、実務も覚えてもらわなければならないし、毎日になると、神官長へのお伺いが必須だろう。
「……おい、夜はどうするんだ?」
「え? 夜はお酒が入るかもしれないでしょ? ロジーナみたいな可愛い子を酔っ払いの前に出すつもりなんてありません。却下に決まっているじゃないですか。夜に音楽を使いたいなら、ベンノさんが奏者を探してください」
夜に酒場で働く女給は売春婦を兼ねていることが多い。いくら高級レストランで、余所とは違うと言っても、客が聞き入れない可能性は高いのだ。そんなところにロジーナを出すつもりは爪の先ほどもない。
細かいことについて話し合っているうちに、6の鐘が鳴った。仕事は終わりの時間だ。今日話し合った色々な項目をベンノがまとめながら、わたしを見据える。
「お前、明日は神官長のところで色々見て来いよ」
「任せてください!」
「……くっ、不安で仕方ない」
胃の辺りを押さえるベンノを見たわたしは、むぅっと頬を膨らませた。
「わたしはレストランがいつ仕上がるのか不安で仕方ないですけどね」
次の日は神官長の昼食にお呼ばれだ。
3の鐘が鳴るまではフェシュピールの最後の練習で、気迫のこもったロジーナにすごい目で見られながら練習した。フェシュピールだけなら間違いなく弾けるようになった。歌に気を取られると弦の位置を見失いやすくなるところに注意すれば、大丈夫。多分。
その後は神官長のお手伝いだ。フランは昼食会の準備があると言って、神官長の部屋に行くのをギルに任せた。わたしにとっては初めての貴族らしいお呼ばれだ。相手が神官長なので、多少失敗しても問題がない気楽なお呼ばれだけれど、フランとロジーナは神経を尖らせている。
……対貴族ってことになると、あの二人、とっても息が合うんだよね。
貴族を相手にする場面ではロジーナの真価が発揮される。男性であるフランではついてこられないところまで、ロジーナはついてくることができるし、貴族令嬢の側仕えをもう何年も経験しているからだ。
4の鐘が鳴った後、執務のお手伝いを終えたわたしはギルと一緒に一度部屋に戻った。
デリアの手によって、軽く身だしなみを整えた後、大きいフェシュピールを抱えたロジーナとカトラリーと小さなフェシュピールを持ったフランを連れて出陣である。
一応課題曲は弾けるようになったけれど、緊張してすでに手が震えているわたしと違って、神官長の部屋で食事中にフェシュピールを弾くようにと要望を受けているロジーナは涼しい顔をしている。
「……ロジーナは緊張しないのでしょうか?」
「しております。胸の辺りがざわめき、とても落ち着かない心地ですわ」
にっこりと柔らかな微笑みを見せながら言われても、全く信用できない。けれど、ロジーナの笑顔は貴族の令嬢と同じ武装だ。自分の身を守り、相手に隙を見せないための。
「ちっともそうは見えませんけれど……わたくしも見せないようにしなければならないのですね?」
「えぇ、笑顔で余裕があるように見せるのですよ」
神官長の部屋へ着くと、数人の灰色神官により家具の配置が変えられ、昼食の準備が始められていた。無駄のない動きでテキパキと働く神官長の側仕えを視界の端に留めながら、わたしは招待してくれた神官長に貴族の挨拶をする。
フランによって叩きこまれた挨拶文とロジーナによって叩きこまれた優雅なお辞儀である。
フランとロジーナが二人がかりで考えた挨拶は、神々の名前から始まり、招待を受けたことをいかに栄誉に思っているか詩的に表現したもので、かなり長い。その挨拶を片膝を立てて跪き、両手を胸の前で交差した体勢を崩すことなく、言い切らなければならない。そこに優雅さを求められれば、筋力がないわたしには苦行でしかなかった。
挨拶文の暗記に付き合わされたルッツもげんなりしていた。「面倒くせぇな。神官長、本日はお招きいただきありがとう存じます、でいいじゃん!」と言っていたくらいだ。
ルッツもギルベルタ商会のダプラとして、貴族に係わるようになるので、今から一緒に覚えているのだが、言い回しの難しさや、やたらと多い神の名前に辟易している。こんな時ばかりは一神教が良かったと思う。
神官長を前にしても、度忘れして頭が真っ白になることもなく、普段と比べて1.5倍くらいは優雅に挨拶できた。最後に衣装の裾を踏んで、すぐに立ち上がれなかったけれど、転びはしなかった。わたし、成長した。
「まぁ、いい。よくできた部類だろう。ご苦労だったな、二人とも。……それで、フェシュピールの練習はできたか?」
挨拶については指導係の二人を褒め、フランが持っているフェシュピールを見て、神官長はわずかに唇の端を上げる。
「先生がよいので、上達したのではないでしょうか」
「まぁ、そんなことございませんわ。マイン様には音楽の才能がおありなのです! 音階もあっという間に覚えてしまわれましたし、お耳も良いようで、音を察する能力もございます。指の動きがぎこちないですが、それは練習次第ですもの」
……やめてぇ! 才能なんてこれっぽっちもないし! 麗乃時代のピアノ経験と音楽の授業の残りかすなんですっ!
心の中では、もう勘弁してくださいと土下座で謝りたい気分だが、うろたえてはならない。先程ロジーナに言われた通り、うふっとひとまず笑ってみた。引きつっているような気がするけれど、慣れないので仕方ない。
「ほぅ、それは楽しみだ。まだ食事の準備が終わっていないので、その間に君の練習成果を見るとしよう」
神官長の言葉に、横笛を持っていた灰色神官が椅子をさっと準備して、わたしを座らせてくれる。フランがわたしにフェシュピールを手渡しながら、小さく「大丈夫ですよ」と励ましてくれた。
練習通りにやればいい。最初の課題なので、それほど難しい曲ではない。落ち着いてやれば大丈夫だ。
ゆっくりと深呼吸した後、顔を上げると、ロジーナの方が緊張しているように顔を強張らせているのが目に入った。まるで初めての授業参観を見守る母親のようだ。
フェシュピールの弦をピィンと弾く。最初に覚える短い練習曲は「秋の実り」だ。歌詞としては、食べ物の名前が並んで、おいしいな、という歌で、指さえ動けば難しくはない。
「森の恵み、秋の実り~……」
一応間違わずに弾けて、ホッと安堵の息を吐いた。
「……よくできているな」
「えぇ、マイン様はとても覚えが早くていらっしゃいます。せっかくの機会なので、この間、作っていらっしゃった歌も神官長に披露してはいかがですか?」
「え?……作った歌?」
何だろう? 全く覚えがないんだけど……?
「確か……このような旋律の……」
子供だからだろうか、この身体が優秀なのか、マインの耳は麗乃の時よりも音が拾いやすい。絶対音感とは言わないけれど、かなり音感があるのだと思う。記憶にある曲を音階に置き換えるのが、麗乃時代より容易なのだ。
こっそりと記憶にあった曲をフェシュピールで弾いてみたのだが、ロジーナにしっかり記憶されていたらしい。
「まだ、歌詞ができてないから……今回は……」
さすがに英語の映画の主題歌をこちらの言葉に即興で直していきなり歌うのは無理だ。わたしがゆっくりと首を振ってそう言うと、神官長は興味深そうに目を輝かせながら、微かに笑った。
「では、次回を楽しみにしておこう。課題曲はこれだ」
……のぉぅ。またハードル上げちゃったよ。
新しい譜面を受け取りながら、わたしは心の中で涙する。次回は課題曲に加えて、自作の歌まで披露することになってしまった。
「では、こちらへ」
銀に輝く食器が神官長の前には並んでいる。わたしの前にはフランが持参した食器がフランの手によって並べられる。壊したり、盗まれたりする危険がある食器は自分の従者が扱い、他のものには触らせないのが普通だそうだ。
わたしが部屋で使っているのは、前の孤児院長が残していた食器で、物は良いらしい。フランは買い変えた方が良いと言ったけれど、部屋に見合う食器は高いので却下した。「前の孤児院長がどんな人か知らないけれど、物に罪はないのです」と言って、勝手に譲り受けている。
貴族の食事はギルド長の家でも食べたことがあるように、わたしが知っているコース料理の順番によく似ていた。飲み物が注がれて、前菜の次にスープで、メイン料理が続き、果物やデザート、食後のお茶へと続く。
ただ、量と種類が半端ない。残った分が従者に回されるせいだろうと思われるが、前菜だけで8種類の皿が並んでいる。給仕する側仕えが少しずつ主の皿に盛っていくのだが、前菜だけでお腹いっぱいになりそうだ。
わたしの食べられる量を把握しているフランは、わたしが好みそうな物を3種類だけ取り分けてくれた。はむっと食べながら、わたしは自分達の料理の改善点を探す。
……味はいい線いってるけど、料理の飾り切りや盛り付けにもっと工夫が必要かも。かなりレベル高いよ、貴族料理。
スープは神官長のところでも味気ないものだった。スープだけならわたしの勝ちだ。メイン料理も数種類あって、食べられるだけ切り分けるらしい。
神官長のところでも、メインは肉料理で魚料理は見当たらない。貴族でも、この辺りで魚はほとんど食べられていないようだ。
食事中はフェシュピールの練習のこと、執務内容に関するちょっとした疑問点、今の孤児院の状況、マイン工房の状況などの話をした。
神官長は基本的に相槌を打つだけだ。たまに遠回しに何か言うのだけれど、意図がつかめない。わたしが首を傾げて、神官長が諦めの溜息を吐くまでがワンセットになっていた。
……給仕はフランがやる通りで問題ないね。音楽はできればあった方が良いかも。
ロジーナのフェシュピールを聴きながら、食事をしていると、そう感じずにはいられなかった。麗乃時代は店に入れば音楽が流れているものだったけれど、ここで音楽を聴くのはそう簡単な事ではない。だからこそ、ひどく心豊かな気分になれるのだ。
「……何やら考え込んでいるようだが、参考にはなったのか?」
食後のお茶を飲みながら、神官長が問いかけてくる。
「はい、とても。……神官長、相談があるのですが」
「待ちなさい。君の相談事はあちらで聞く」
「……はい」
神官長に遮られ、わたしはゆっくりと香り高いお茶を飲み干した。
隠し部屋へと案内されて、わたしは神官長について、中に入る。神官長が椅子を準備している間に、長椅子の上を片付けて自分の場所を確保する。
「では、聞こう。今度は一体何だ?」
「余っていると言われている灰色神官を外で働かせることはできませんか?」
わたしの質問に、神官長はこめかみを押さえて眉間に深い皺を刻んだ。