Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (111)
外に出るということ
「外で働かせるとは、一体何をさせるつもりだ?」
「……貴族が食べているような料理を出すお店、レストランでの給仕です」
以前にわたしの部屋で話した時のことを思い出したのか、あぁ、と神官長が小さく呟いた。
「給仕をさせるということは、灰色神官の中でも、側仕えを経験した者でなければならないわけだな?」
「側仕え経験のある灰色神官は、物腰も柔らかくて、人当たりも良くて、姿勢も良いし、一番なんですけど、側仕えになったばかりのギルでもある程度できるようになっているので、教育すればすぐにできるようになると思います」
経験者が一人はいた方が助かるけれど、側仕え経験のある灰色神官でなくても、特には問題ない。孤児院の子達は、見ている対象が側仕えや青色神官で、暴力はいけないと教え込まれるせいなのか、閉じ込められ、従うことを生まれた時から教えられるせいか、基本的におとなしくて従順だ。
お手本が身近にいるので、教育するのもそれほど大変ではない。
「……すぐにできるようになるならば、下町の平民を教育すればいいだろう?」
「貴族を身近に知っているかどうかという点で大きな違いがあるのです。姿勢とか、物腰とか、言葉遣いとか……」
教育が簡単ならば、ベンノも悩まないのだ。下町の飲食店の給仕は大体が売春婦も兼ねた女給だ。そして、忙しい時は料理人見習いも駆り出されるけれど、基本的に程度の低い仕事だと思われている。
給仕として雇わなければならないが、募集してもやってくるのは間違いなく貧民に近い女性ばかりになるだろう。それでは、店の高級な雰囲気が壊れてしまう。教育するにも、ルッツが大変な苦労しているように、姿勢や言葉遣いの全てを改めるのは簡単な事ではない。
「ベンノの店ならば、それほど質は悪くないだろう? あの時の従者ならば、務まると思うが?」
神官長が知っているベンノの従者はマルクだ。マルクはギルベルタ商会の中でも群を抜いて優秀なのだ。マルクが教育しているので、従業員は誰もが物腰も言葉遣いも良いけれど、彼らに給仕はさせられない。
ベンノの店で契約しているダルアは、基本的にギルベルタ商会と繋がりを持ちたい商人の子供達だ。服飾関係の仕事や書類仕事ならばともかく、給仕は仕事内容に入っていない。また、させたら、大変な反発を食らうはずだ。
「側仕えであった灰色神官ならば、できて当然の仕事ではあるが、後見人もなく、働かせることができるのか? 一体誰が後見人になるのだ? そして、その者だけが給与を得れば、孤児院内でも格差が生じることになるが、それについて、君の見解は?」
一人くらいなら、ベンノが後見人になれるかもしれないが、何人も必要な給仕全ての後見人になれるかどうか、わたしにはわからない。そして、孤児院で起こる給料格差については、全く考えが及んでいなかった。
「……すぐには答えられません」
「さもありなん。そう簡単な問題ではないからな」
神官長はゆっくりと息を吐きだした。簡単な問題ではないけれど、その解答がない限り、許可が得られないことはわかった。
「今日すぐに許可をいただこうとは思っていません。ただ、神官長のお考えを伺いたかったのです。……灰色神官を外に出すことに関して、神官長はどうお考えですか?」
わたしの質問を真っ直ぐに受け止めて、軽くこめかみを指先で叩いた神官長は少し目を細めて考え込んだ。
「ふむ。そうだな。……厳しいと思っている」
「厳しい?」
「君を見ていればわかるが、外と神殿では大きな違いがあるだろう? 神殿の中しか知らない灰色神官達がいきなり外の世界に馴染めると思うか?」
フランやギルを連れて、初めて外を歩いた時のことを思い出して、ゆっくりと頭を振った。
「レストランの中だけならば、何とかなると思います。それ以外は……」
貴族の部屋を模したレストランの中で客を貴族に見立てて接する仕事中ならば、給仕する灰色神官達の行動が基本的に正しいことになる。商売としてのやり取りがあるけれど、マイン工房での言動を見れば、大丈夫だと思う。
だが、一歩レストランの外に出ると、そこは完全に神殿の常識が通じない世界になる。
「それに、働きに出ることで、外を知った神官が外での生活を望んだらどうする? 君に外での生活が保障できるのか?」
「それは……難しいと思います。わたしは子供なので後見人にはなれませんし、ベンノさんに頼んだとしても、用意できるのは住み込み見習いと同じ扱いになるでしょう。何もかも神の恵みとして与えられることに慣れている神官が外で、一人で生活するのは厳しいです」
神殿の下働きをして、戻ってきたらご飯がある。特に今はマイン工房がトロンベ紙で稼いでいるので、ある程度みんなが満足できる程度にはご飯が食べられる。神殿の外で生活するとなれば、仕事の後に自分で作るか、外で食べるかになるが、貴族の食事を分け与えられることに慣れている神官に外の味が我慢できるとは思えない。
仮にご飯問題は賄いで解決しても、買い物をしたことがなくて、お金の概念や使い方がいまいちわかっていない神官を外に出すのは、少し怖い。
「それから、これが私にとっては一番重要なのだが、孤児だった者を雇うことに関する世間の目はどうだ? 好意的に受け入れてくれるのか? そうではないだろう?」
「……厳しいと思います」
わたしが神殿に入ろうとした時の家族の反応を考えても、孤児に対する風当たりや神殿に対する意識はあまり良くなかった。仕事内容を見てもらえば、評価はされると思うが、それまでの偏見の目はかなりきついと予想できる。
「さらに、神殿内で働く者との間に、外へ出ることで生まれる格差が原因で、孤児院に居るのが辛くなる可能性はないのか? 確か、ルッツという少年の家族の軋轢も、仕事の業種が変わったことから始まったのではなかったか?」
「……はい」
仕事の種類が違えば、給料も違う。みんな平等をうたっている神殿、孤児院の中で格差が生じるのは、それまでの常識が通用しなくなるのだから、ルッツの家族で起きた軋轢よりもひどいことになるかもしれない。
そして、わたしは孤児院長という肩書をもらっている以上、その混乱を収拾しなければならないのだ。
……怖いな。
急激な変化による混乱は先が全く予測できない。その全ての責任を取れるかと言われると、逃げ出したくなる。
わたしの中の怯えを見通したように、神官長の鋭い視線がわずかに緩んだ。
「マイン工房で働く分には問題ないと思っている。君が言った通り、収益も出ているし、孤児院の環境も整った。ベンノ達商人が出入りし、森との往復だけだが外と触れあうことで子供達が元気になっていると聞いた。だが、神殿内で、神殿の規則に則った上で、少しの外と触れながら仕事をするのと、外に出て、外の規則に則って働くのは大きな違いがあるはずだ」
「そうですね」
わたしが頷くと、神官長は私が納得したことに少し安堵の表情を見せた。
「何より、ベンノが後見人になると言っても、私はまだベンノをよく知らない。下働きとして灰色神官達を買っていく下級貴族より、信用が置ける対象なのかどうかの判断基準さえない。レストランという場所が、神官達にとって働ける環境かどうかもわからない」
「じゃあ、神官長が試食会に来てくだされば、環境なんかをご自分の目で見て判断していただけるんじゃないですか?」
わたしが神官長に笑顔で提案すると、神官長は呆れたように肩を竦めて、首を振った。
「何を企んでいるのか知らないが、よからぬことを考えていることが顔に全部出ているぞ。感情は隠せるようになりなさい。……とにかく、マイン工房までの商人の立ち入りは認めるし、仕事内容を増やすことは許可できるが、神官が外に働きに出るのは却下する」
却下されることは予想していたので、それほどのガッカリ感はなかった。むしろ、少しずつ変えていって、そのうち神官長に認められれば良いと思う。
「……わかりました。レストランができるまでの間に、ゆっくりでもいいので、神官長にベンノさんのことをわかってもらえるように努力します。ベンノさんが」
「君が努力するのではないのか?」
「多少はしますけど、わたしは他に努力することが山積みなのです」
「なるほど」
クッと小さく神官長が笑った。「貴族らしい振る舞いを身につける方を優先しなさい」と。
……わたしが優先するのは、これから生まれる赤ちゃんのための絵本作りですけどね。
「そういうわけで、神官が外に働きに出るのは却下されました」
神官長との会食があった次の日、わたしはベンノの店でいつも通り報告をした。貴族の会食で目についたことを列挙した上で、神官が外に出ることは却下されたことを報告する。
ベンノも却下されることを想定してのか、「やはりな」と呟いていた。
「なぁ、マイン。工房までの立ち入りが許されたわけだから、マイン工房の仕事に給仕教育を入れないか?」
「うーん、紙作りができない冬の間の外貨稼ぎにはちょうどいいかもしれませんね。でも、手仕事をさせるつもりなんですけれど」
冬は薪や食料が大量にいる季節だ。森で探すこともなかなかできないので、どうしても購入が必要になる。雪の中に閉じ込められるので、暇潰しを兼ねて金稼ぎができる手仕事は大事なのだ。
「孤児院では何をさせるんだ?」
「色々とおもちゃ作りを予定しています。木工工房から板をたくさん仕入れたいんですけど、ベンノさんのお知り合いの工房の方はレストラン準備で忙しいんですよね? 他の工房を紹介してくれませんか?」
これ以上、レストランへの納期が延びるのは勘弁してもらいたい。ここでは普通だと言われても、わたしには計画倒れになる気がして堪らない。
「他、か……」
「これは孤児院の冬支度になるので、納期が大事なんです」
他を紹介することをベンノは渋るけれど、正直言って、頼んだ仕事を後回しにされても困る。確実に納品してくれるところに頼みたい。
「付き合い上、ベンノさんが紹介するのがそれほど難しいなら、他の人に紹介してもらってもいいんですけど?」
「お前の他の人はフリーダだろう? 駄目だ」
ベンノがくわっと目を見開いた。フリーダなら、ベンノとは間違いなく別の工房を知っていると思ったのだが、わたしが名前を出す前に却下されてしまった。
「……仕方ない。工房の親方に話を通した上で、別の工房を紹介してもらおう」
「じゃあ、先にインク工房をお願いします。インクも欲しいんです。むしろ、板だけあってもインクがなかったら意味がないんですよ」
わたしが、インク、インク、と何度か言い募ると、ベンノは面倒くさそうに頭を何度か掻いた後、立ち上がった。ガッとわたしを抱き上げて、大股に歩いて部屋を出る。
「マルク、マインを連れて、インク工房と木工工房を回ってくる。ルッツ、来い」
「はい、旦那様」
わたしはベンノに抱きかかえられたまま、インクを売っている店に行った。
そこで棚に並べられているインクの値段を確認して、あまりの値段の高さに印刷事業への道のりの遠さを感じる。
「他のインクはないですか?」
「ここでは売ってないよ。どうしても気になるなら、直接工房に行ってごらん」
項垂れるわたしの横でベンノがインクを作っている工房の場所を聞いて、今度は職人通りへと向かった。
職人通りのインク工房に行くと、雑多な臭いで鼻がツンとするのを感じる。ベンノに下ろしてもらって、自分で歩いて工房に入った。
「……客が直接こっちに来るなんて珍しいな。こんなところに何の用だ?」
インクを必要とするのは、字の読み書きができる富豪層に限られるので、工房ではなく、取り扱っている店で注文するものらしい。薬品のようなきつい臭いがする工房にやってくる者はいないようだ。
顔や服のあちらこちらに黒い染みがついている工房の親方が、怪訝そうな顔でわたし達をじろじろと眺める。色素を抽出したり、インクの配合をしたりするのは細かい仕事なのだろう。神経質そうな男の人だ。
「あの、作られているインクの種類が知りたいんです」
「種類?」
わたしの質問に、親方は普通にしていても刻まれている眉間の皺を更に深くして、わたしを見下ろした。
「はい。どんな風に作っているのですか?」
「嬢ちゃん、製法は余所に教えるものじゃないんだ」
話にならないと言いたげに鼻を鳴らした親方が、今にも話を切り上げそうで、わたしは慌てて言葉を足す。
「製法を知りたいわけじゃなくて……インクの種類が知りたいんです。『
没食子
』インクなのか、『ランプブラック』なのか、粘度の高いインクを扱っているのか……。そういうことが知りたいんです」
「……はぁ? 何だって?」
わたしがこの世界でインクの種類の名前を知らないので、親方には全く通用しないようだ。何とか情報を引き出そうと、わたしは自分が知っている単語の中で、インクの種類を特定できないか、必死に考える。
「えーと、ここではインクは何種類扱っていますか?」
「インクはインクだ。一つしかない」
当たり前のことを聞くな、と親方が肩を竦める。
「それじゃあ、大まかな作り方をこちらが言うので、どんなインクを作っているか、教えてください」
「あぁ」
面倒そうに軽く目を閉じた後、親方がゆっくりと頷いた。
多分
没食子
インクが作られているのではないかと仮定して、わたしはその製法をなるべくわかりやすく簡単に説明する。
「植物の瘤から染料を取り出して、発酵させて、鉄イオン……鉄の塩を混ぜ合わせて、木の皮の……」
「それだよ! なんで知ってるんだ!?」
息を呑んだ親方が先程までの面倒そうな表情をかなぐり捨てて、身を乗り出してきた。あまりの勢いにわたしは一歩後ろに下がりながら尋ねる。
「他の種類はないんですよね?」
「……他のインクがあるのか?」
目を細めた親方の反応から察するに、どうやらここでは本当に
没食子
インクしか扱っていないようだ。ガッカリした気分を拭えず、わたしは肩を落として首を振った。
「作ってないならいいんです。買うのは、ここで注文するよりお店で買う方が良いんですよね?」
「あぁ、そうだが……。って、ちょっと待て! なんで知ってるんだ!?」
「なんでと言われても、興味があるから覚えていただけです」
ベンノの後ろに隠れながら答えると、親方はゆっくりと溜息を吐いた。腕を組んでしばらく何か考えた後、一歩後ろに下がった。
「嬢ちゃん、他にもインクがあると言ったな?」
「はい、言いました。当てがあるんですか?」
わたしが少しだけ顔を出して、親方を見上げると、親方は渋い顔で頭を振った。
「いや。……嬢ちゃん、名前は?」
「ギルベルタ商会のベンノが後見人だ。話があるなら、こちらに頼む。質問はそれだけだ。邪魔したな」
ベンノはわたしの口を押さえて名乗りを止めると、わたしを抱き上げて、踵を返す。
ベンノの背中、抱き上げられているわたしにとっては正面から、親方の視線が投げかけられた。
「……ギルベルタ商会だな。わかった」
インク工房を出て、今度は木工工房に向かう。その道すがら、わたしはベンノのお説教を受けていた。
「お前は……いきなり何を言い出すんだ!?」
「え? インクの種類を確認しただけですけど?」
「もうちょっと何とか……あぁ、お前には無理か」
喧嘩を売ったつもりもないし、穏便にお話しただけだと思うのだが、ベンノから見るとそうではなかったらしい。だが、ここではインクの種類がない以上、他にどんな聞き方があると言うのか。墨とか印刷用インクと言っても通じるとは思えない。
「インクが一種類と聞いた時から予想はしてましたけど、作られているのは『
没食子
』インクだけでしたね」
没食子
インクはヨーロッパで一般的に使われていたインクだ。製造の容易さと耐久性、耐水性の高さから広く使われていた。墨とは違って、羊皮紙に書くにはしっかりと付着し、こすったり洗ったりしても消すことができない点も長所だ。
しかし、鉄分が混じり酸化するので、乾かされたインクが繊維の間に絡みついて、筆記面が腐食する。羊皮紙と比べて植物紙の方が腐食は速くて、数十年や数年で文字の部分に穴が開いてしまうこともある。
これから生まれてくる赤ちゃんや保存しておきたい本に使うには、ちょっと問題があると言える。燃えにくいトロンベ紙なら鉄分の酸化くらい何ともなさそうだが、今度はコストがかかりすぎてお手上げだ。
「やっぱりインクも自分で作った方がいいのかな?」
植物紙に書くなら、墨の方が適しているかもしれない。
没食子
インクにしても、酸性を薄めて中性に近付ければ良いのかもしれないが、それこそ既得権益に喧嘩を売るようなことになりかねない。
没食子
インク以外のインクを開発する方が良さそうだ。
「ぁん? インク協会に正面から喧嘩売るのか?」
「なんでわくわくしてるような顔をしているんですか? 別に喧嘩を売るつもりなんてないですよ」
……わたしなんて、好戦的なベンノさんに比べたら、平穏で穏便この上ないと思うんですけど?
「インクが色々あったら比べて買うだけで終わったのに、作らなきゃいけなくなったんだから面倒だなぁ、と思ってますけど、基本的に争い事は嫌いなんです」
わたしの反論にベンノは面白くなさそうに鼻を鳴らして、歩き始める。ベンノの歩みに揺られながら、わたしは一人でインクについて考えた。
「植物紙には『墨』の方がいいかも。でも、版画にしようと思ったら、ある程度粘度の高いインクが欲しいんだけど。あ、ちょっと待って。『博物館』には『古代中国』の版画があったし、『墨』で何とかなるのかな? いっそ、『油性絵具』を作ってみる? それとも、『岩絵具』? クレヨンは擦れたら汚れるから、版画や絵本にはちょっと向かないよねぇ」
麗乃時代に「これなら興味が持てるでしょ?」と言った母親と一緒に
没食子
インクも油性絵具もクレヨンも作ってみたことはあるけれど、どれもこれも材料は店で買ってくることができた。ここでは器材と材料を揃えるのが大変だ。
……クレヨンなんて口紅やリップクリームのケースに入れて固めたもんね。絵具を詰める密閉容器にしてもそうだけど、ここでは何を使えばいいんだろうね?
「おい、ルッツ。マインは何を言っているんだ?」
「考えていることが勝手に口から漏れているだけだから、聞き流していればいいです。きちんと自分の中で答えが出るまで、このままです」
「……そうか」
何を作るにしても、顔料を揃えるのが難しい。煤鉛筆の時と同じように、また煤をかき集めてくるしかないのだろうか。
「うーん、でも、昔と違って、今は
膠
も蝋も手に入れようと思えば、手に入るから、かなり条件は変わってるんだけど……」
釘を一本買うお金もなかった頃に比べると、今はまだ材料が手に入りやすくなっている。あの頃よりは確実に難易度は下がっているはずだ。
「ねぇ、ルッツ。紙の時と同じで、ひとまず試作品くらいは作らないと、こういうのが欲しいって言ってもわかってもらえないよね?」
わたしがベンノの肩から身を乗り出すようにしてルッツに問いかけると、ルッツはやれやれと肩を竦める。
「……決まったのか? どんなインクを作るんだ?」
「版画のインクになりそうな物を片っ端から作ってみる。一番良くできたので、絵本を作るよ」
一緒に頑張ろうね、とルッツに言うと、ルッツは大きな溜息を吐いた。「まだ絵本を諦めてなかったのか」と。
「赤ちゃんへのお姉ちゃんからのプレゼントだよ? 諦めるわけがないでしょ?」
「……だよな? やっとマイン工房が落ち着いてきたと思ったのに、また忙しくなりそうだ」
そう言ってルッツは困ったように、でも、やりがいを見出したように笑った。