Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (113)
油性絵具 黒
「父さん、お願い」
「何だ?」
熱が下がらず、でろんとベッドに寝ているわたしのところへ水を持ってきてくれた父に手を合わせてお願いする。家に余っている、手に握れるくらいの大きさの木に、煤鉛筆で鏡文字を書いて、判子にできるように彫ってもらった。
「何するんだ、これ?」
「んふふ~、インクの確認に使うんだよ」
「……ハァ。熱が引かなきゃ、仕上がっても見せんからな」
父に頼んでから二日たった。やっと熱が下がったものの、ルッツと家族の間で、工房に行かせたら絶対に興奮するからもう少し様子を見た方が良いか、どうせ興奮して熱を出すのは確定だから行かせる方が良いか、で議論がなされた。
「あ、わたしは……」
「マインは、どうせ行きたいとしか言わないんだから、黙ってて!」
「……はい」
トゥーリの言葉にみんなが賛同したことで、わたしは当人ながらその議論に参加はさせてもらえなかった。
暇なので物置をごそごそと漁り、薄い板を探す。みんなが議論している台所の片隅で板にぼろ布を巻き付けて、その上から紙を傷めないように竹の皮を更に巻く。
……うふふ、
馬連
っぽいものができた。版画を作る時には必要でしょう。
馬連ができあがる頃には結論が出たようで、本日は様子見で明日から神殿に行っても良いということになった。
わたしのやる気はみなぎっている。父が作ってくれた判子と石鹸と汚れて捨てても良い中古服を準備して、いざ出陣である。
「楽しみだねぇ、ルッツ」
「……まぁな」
ルッツも新しい物を作るのは楽しみなようで、心なしかうきうきしている。
「なぁ、マイン。どうやって作るんだ? お前は手を出せないんだろ? 先に説明してくれないか?」
青色巫女見習いが工房で実践するのはダメだと言われている。わたしは頷いてルッツに説明し始めた。
「絵具を作る時は少量ずつね。その方が綺麗に混ざるから。はじめに、煤を大理石の台の上に置くでしょ? そうしたら、指先で真ん中にくぼみを作って、そこに亜麻仁油をちょっと入れて、パテヘラで混ぜていくの。油は少なめで、本当に足りなかったら一滴ずつ混ぜていく感じで増やしてね。パテヘラで全体的に混ぜ合わさったら、練り棒でひたすら混ぜるんだよ」
手で煤の量や油の量を示しながら説明すると、ルッツがわずかに眉を寄せた。
「……ひたすらってどのくらいだよ?」
「顔料によって違うから、何とも言えない。わたしが昔作った時には20分……えーと、スープ鍋の水がぐらぐら沸くくらいの時間でできたけど、違う顔料を使っていた人は、スープができ上がっても、まだ仕上がらなかったってくらいの違いがあるから」
艶が出るくらいまでひたすら練っていくのだ。気合と根性があってもかなり疲れる。料理にかかる時間で教えると、ルッツが驚いたように目を見開いた。
「……そんなの、作れたのか? マインが?」
「前は丈夫で元気が取り柄だったもん。本さえ読んでいれば元気な子って、よく言われてたの。『学校』の図書室へは『皆勤賞』だったんだから」
「今は丈夫から程遠いけどな」
ルッツの言葉に大きく頷く。こんな体でなければ、できることはもっといっぱいあったはずなのに、と思わざるを得ない。
「じゃあ、オレは工房に行くから」
「うん。わたしはみんなに挨拶してから行くよ」
「……あぁ。のんびり待ってる」
神殿の入り口にはフランが待っているので、ルッツはわたしをフランに引き渡すと、軽い足取りで工房へと向かっていく。しばらく寝込んでいたわたしは一度部屋に行って、みんなと顔を合わせることにした。
部屋で側仕え達に挨拶を終えた後、早速インク作りをしようと思ったら、ロジーナに引き止められた。
「何を作るか存じませんが、工房へ行くよりも、フェシュピールの練習が先でございますよ、マイン様」
やっと熱下がって、外出許可が出て、インク作りが始められると思ったのに、思わぬところで妨害者が出てきた。
「でも、ロジーナ」
「楽器は毎日の練習が非常に大事なのです。マイン様はすでに5日も休んでいらっしゃいます。勘を取り戻すために、いつもの倍以上、練習が必要なくらいでございますよ。……5日分で5倍でしょうか?」
5倍の練習というところで、ロジーナの目が楽しそうに輝き始めた。
本気だ。
ロジーナなら、本気で5倍の練習をさせるに違いない。わたしが一日中本を読んでいるのが全く苦にならない、むしろ、楽しめるのと同じように、ロジーナは音楽があれば生きていける人だ。
わたしは即座に首をぶるぶると振った。
「いえっ! いつも通りでお願いいたします。真面目に頑張りますからっ!」
「では、どうぞ」
ロジーナはニコリと笑って、小さいほうのフェシュピールを差し出した。わたしはそれを受け取って、構える。復習ということで、第一課題を弾いてみたが、ロジーナの言うとおり、熱で寝ていたうちに大してうまくなかった腕が落ちていた。
これでは第二課題へ進むことができない。わたしは冷や汗をかく思いで、3の鐘が鳴るまでは真面目に練習した。
「よく集中できておられましたよ」
3の鐘が鳴ると、ロジーナが微笑んでそう褒めてくれた。美人に褒められるのは無条件に嬉しい。
さぁ、今度こそ工房に行くぞ! と思ったら、次はフランが「神官長がお待ちです」と立ちはだかった。
「あ、あの、フラン。……わたくし、工房へ行きたいのだけれど」
「午前中は神官長のお手伝いでございます。マイン様がしばらく熱を出していたことで、神官長の執務も滞っておりますし、心配もされておられました。一緒に行きましょう」
フランには一歩も引く気はないようだ。しばらく休んでしまったことで心配をかけたのも事実だろう。
しかし、工房に行きたい。神官長のお手伝いなんて、ぽぽいのぽいと放り投げて、インク作りをしたいのだ。
「あぅ……。フラン……」
「午後からでしたら、何も言いません。お供いたします」
「マイン様、こういう時にも感情を見せずに、ニコリと微笑めるようにならなくてはなりませんよ? それに、苦手な事や嫌な事でもこなさなければならないことは多々あるでしょう?」
フランに「お昼までに処理するように」と木札をテーブルに積み上げられた、計算の苦手なロジーナの意見に反論することができず、わたしはかくりと項垂れる。
こんな状況でニッコリ笑うなんて、わたしには無理だよ。そう思いつつも、泣きたい気分で、引きつった笑みを浮かべてみた。
「ロジーナの意見が正しいですわね。わかりました。神官長のところへ参ります……」
がっくりと肩を落としながら、わたしは神官長の部屋に行った。別にお手伝いの書類整理が嫌いなわけではないけれど、今日はお楽しみが先にあるとわかっているだけに億劫に感じてしまう。
「あぁ、やっと回復したようだな。こちらに来なさい」
顔を合わせると同時に、わたしは神官長から盗聴防止の魔術具を渡される。それを握りこむと神官長の声が聞こえてきた。
「今年はずいぶんと早い時期に孤児院にいる灰色神官が総出で、暖炉や煙突の掃除をしていったようだが、一体君は何を企んでいる?」
「企むだなんて人聞きの悪いことはおっしゃらないでくださいませ。植物紙に合うインクを作ろうと思っただけです。灰色神官達はその原料として煤を集めてくれていたのです」
わたしが理由を話すと、軽く頭を押さえて神官長が溜息を吐いた。
「なるほど。工房に必要な事だということは理解した。ただし、あまり派手なことをして、神殿長の怒りを買わぬよう、心に留めておきなさい」
「……はい」
最近顔も見てないからうっかり忘れていたが、そういえば、神殿長という面倒くさい人がいたのだった。わたしが何をしても神殿長の怒りを買いそうだと思うのは、わたしだけだろうか。
神官長のお手伝いと昼食を終えた後、やっとインク作りに取り掛かることができた。ルッツはわたしが午前中拘束されることを予測していたようで、紙作りの指揮を取ってくれていたらしい。
「5日も休めば、やることが色々溜まってるに決まってるだろ? 頭冷やすためにもマインには必要なことだ」
「……もう冷えたよ」
工房にはみんなが集めてくれた煤やベンノが購入してくれた亜麻仁油、ルッツが購入してくれた石灰、3組ずつ揃った道具などがきっちり並べて置かれていた。
「皆様が協力して、煤を集めてくださったと伺いました。とても嬉しく思っております。本日はインク作りをしてみたいと考えています。これはとても力が必要なお仕事になるので、成人している灰色神官以外は、いつも通り紙作りに専念してくださいませ」
みんなへの感謝と仕事の振り分けをして、インク作りの開始だ。
「では、ルッツ。お願いね」
一番手はルッツだ。説明したことをしっかり覚えていたらしいルッツは大理石の台の上に煤を置いて、真ん中を指でくぼませて少しだけ油を垂らす。それをパテヘラで満遍なく練り始める。
油性絵具は作った記憶があるので、とりあえず失敗することはないと思う。ただ、煤や油の質にはこだわっていないので、できあがりの品質はそれほど良くないかもしれない。
「良い感じに混ざってきたみたいですね。そろそろ練り棒を使いましょうか」
絵具は少量ずつ作る方が良く練られて上手くできるので、ルッツにも少量から始めてもらったが、なかなか上手くいっているようだ。全体的に混ざったら練り棒に持ち替えて、練る、練る、練る。ただひたすら練る。
額に汗が浮き出て、顔を真っ赤にしながら、精一杯の力を込めて、ルッツがインクを練っていく。
頑張れ、ルッツ!
青色巫女見習いであるわたしが手を出すわけにはいかないし、下手に手を出したら邪魔なだけだ。アレを練るのは結構力がいるのだから。麗乃時代ならともかく、今のわたしでは手伝いにならない。
さすがに子供の体力では辛いだろうな、と思ったので、交代要員として灰色神官を準備していたのだが、ルッツは弱音を吐かず、最後までやりきった。
「これくらい艶と粘りができれば大丈夫ですわね」
わたしは早速父の制作した判子を取り出して、できあがった絵具をトントンと付けて、工房に置かれている失敗作のフォリン紙にぺったんと押してみる。マインという字が押せた。「おぉ」というざわめきが周囲から起こる。
「……本当にインクができましたね」
「煤と油でできるなんて……」
新しい商品を作りだすところを初めて見た灰色神官達は目を丸くして油性絵具を見つめる。どうやら本当に煤と油でできるのか、半信半疑だったようだ。
多分、絵の工房では似たような作り方をしていると思うのだが、神官達が目にする機会はないだろう。もしかしたら、絵具の作り方は門外不出の扱いになるのかもしれない。
「では、灰色神官の方々も少しずつ作ってみてください。できたインクはこちらに入れて頂きます」
油性絵具を入れるための陶器の器をフランに取ってもらって、ルッツにその中へ絵具を入れてもらう。
「では、ルッツはこちらの石鹸でよく手や顔を洗って、休憩してくださいな」
ルッツの代わりに灰色神官の一人がインクを作り始める。もう二人が別の道具を持ってきて、一緒に作り始めた。煤に少しの油を入れて、混ぜ続ける。
灰色神官が頑張って作っている間、わたしはできあがった油性絵具を使って、木を削ったペン先で紙に字を書いてみたり、板に線を書いてみたりして、絵具の様子を確認してみる。
普通のインク代わりとして使うには、粘度が高すぎる。もっと溶かなければ使いにくい。けれど、版画のインクとして使うには全く問題なさそうだ。強いて言うならば、授業の時に使ったローラーがないと版画は難しそうだ。インクの厚みに差ができる。ローラーか、せめて、刷毛のような物が欲しい。
「インクの出来はどうだ、マイン?」
手や顔を洗ったルッツが戻ってきた。それでも、完全には指先の黒が落ちてはいない。強力な石鹸も必要になりそうだ。
「一応成功だね。この調子で他の色も欲しいなぁ……」
「他の色? 色ができるのか?」
ルッツが目を丸くする。わたしは「顔料があれば、作り方自体は同じだよ」と答えた。他の色ができないわけではない。ただ、その顔料をどこでどうやって手に入れるかが、問題なのだ。
「顔料って煤以外なら何があるんだ?」
「わたしが知っている限りでは、鉱物を粉砕したものが主体かな? 簡単に言うと、色のついた石を粉になるまで砕いて、黒と同じように油で練って作るんだよ」
黄土や酸化鉄は先史時代から染料として使われていたし、ラピスラズリやアズライトから取れる青や、
弁柄
や
辰砂
から取れる赤は比較的有名だと思う。ただ、ここでわたしが原石状態の物を見ても、判別できるかどうかは別問題だ。
「……おい、マイン。石を粉になるまで砕くって、一体誰がやるんだよ?」
まさか、自分がやるのか、と恐々と聞いてくるルッツにわたしは首を振った。さすがにルッツに石を粉々にすり潰すような仕事をさせるつもりはない。子供の身体には無理だろう。
「そういうお仕事をしている人っていないかな?」
「さぁ?」
「母さんの染色工房で顔料について聞いたけど、欲しがる人が増えたら染料の値段が上がるから、嫌がられるんだって」
母に顔料の相談をした時に、「昔、絵の工房が増えることになった時にも染料にする原料のことで揉めたのよ。マインが揉め事を起こすのは止めてちょうだいね。母さん、仕事に行けなくなっちゃう」と釘を刺されてしまったのだ。母に失職させるような真似をしたいとは思えない。
自分で石から採集して来るならともかく、マイン工房として顔料の購入をするのは、できなくはないけれど、難しいだろう。
そして、困ったことに、わたしは顔料となる鉱物がどこで採れるのかも知らない。街の中とすぐそばの森にしか行ったことがないのだから当然だろう。
「どこにあるかさえわかれば、黄土が一番簡単に採集できるかな? 顔料にするためには粉々にしなきゃいけないけど、すでに結構小さくなってるでしょ?」
「だから、誰が粉々にするんだよ?」
ルッツの顔が「オレは絶対に嫌だからな」と主張している。石を砕くための器材もないし、腕力もないので、今は諦めた方が良さそうだ。
「……木材商みたいな石材商に行ってみれば、石の欠片はあるかもしれないけど。粉々にするのが大変だよね。絵具の調達方法、絵の工房に行って聞いてみようか?」
染色工房と同じように、嫌がられる可能性は高いけれど、と思いつつ提案してみると、ルッツが緩く首を振った。
「道具はともかく、絵具についてはお断りされたって、旦那様が言ってたぜ」
「あ、やっぱり門外不出?」
そんな話をルッツとしているうちに、灰色神官三人が油性絵具を作り上げた。成人で力がある分、ルッツよりできるのが速かったようだ。陶器の中に溜まっていく絵具を見て、嬉しさに勝手に唇の端が上がっていく。
「判子は成功したし、色を増やすのは後回しにして、次は木版画で絵本を作らなくちゃね」
そのためには、聖典を子供向きに書き変えて、問題がないか神官長に許可をもらわなければならない。
「インクはかなり力仕事だから、今日は終わりにするな。オレも腕だるいし」
「うん。紙漉きなんだけど、絵本用の厚めの紙をちょっと多目に作ってもらっていい?」
「わかった。マインは部屋で絵本について考えながら、休憩してろ。いいな?」
「はぁい」
ひとまず油性絵具は完成したので、これで絵本作りに移っていきたい。わたしは工房で紙漉きをしている子供達を一通り激励した後、部屋へと戻った。
執務机に向かうと、わたしは早速ベンノからもらった紙に聖典の内容を子供向きに書き直していく。絵本にするのだから、それほど詳しい内容もいらないし、言葉もなるべく簡単な方が良い。
一通り書いてみて、読み直す。特に問題はなさそうだ。これで絵本にしても良いか、神官長に許可をもらおう。
「あ、そうだ。絵本作るんだったら、ヴィルマと相談しなくちゃ……。ロジーナ、孤児院についてきてくださる? ヴィルマと話し合いたいことができましたの」
男が苦手なヴィルマに会いに行くならば、従者はフランよりもロジーナの方が良いだろう。そう思って、テーブルでフランから実務指導を受けているロジーナに声をかけると、木札とにらめっこしていたロジーナがパッと笑顔を見せた。よほど計算が苦痛だったようだ。
「フラン、マイン様がお呼びですから、行ってまいりますね」
そそくさと片付け始めたロジーナにフランは軽く頷きながら、立ち上がり、いくつかの木札を持ってくる。
「では、こちらをヴィルマに渡してください。ヴィルマもあまり計算が得意ではないようですが、女子棟を預かってもらう以上、できないようでは困りますから」
フランに計算途中の木札を渡され、更に、女子棟に関する木札も渡されたロジーナは軽く瞬きした後、ニコリと笑って見せた。
「かしこまりました」
さすが淑女だ。動揺の欠片も見せない。
インクや紙、板などをロジーナが持って、孤児院へと向かう。子供達が工房で働いているので、その間、ヴィルマは掃除やスープ作りをしているらしい。孤児院のお母さんだ。
「あら、マイン様。ロジーナも一緒ですのね」
ヴィルマがほんわりとした笑顔で迎えてくれて、わたしはつられて笑顔になってしまう。わたしの側仕えは美人揃いで実に目の保養になる。
「本日の御用は何でございましょうか?」
食堂で席に着くように勧められて、わたしは席に着く。ロジーナがわたしの後ろに付いた後、ヴィルマに本日の用件を伝えた。
「今日は絵本についてお話したいとマイン様がおっしゃっておられます。ヴィルマに絵を描いて欲しいのですって。それから、こちらはフランからお預かりした書類ですわ。女子棟を預かるヴィルマに処理して欲しいそうです」
コトと積み上げられた木札にヴィルマが心なしか青ざめた。ロジーナは苦手克服仲間を見つけてニッコリと笑う。
「大丈夫ですわよ、ヴィルマ。嫌でもできるようになりますから。計算も芸術も同じこと、練習と慣れが大事なのですって。ねぇ、マイン様?」
「そうです。慣れれば、ミスも少なくなりますし、速度も上がります。ヴィルマも一緒に苦手を克服しましょうね」
「……はい」
わたしは子供用にまとめた文章をヴィルマとロジーナに読んでもらって、おかしなところや削りすぎた箇所を指摘してもらった。ヴィルマからは字を覚えやすくするためにも、カルタに使った言葉を全て入れられないか、と提案され、四苦八苦しながら文章を直す。
その間に、ヴィルマは大体A5サイズくらいの板の半分くらいを目途に絵を描いてもらった。
「ヴィルマ、ありがとう存じます。これを彫って頂いて、絵本を作ってみますね。仕上がりを見てから、続きを書きましょう」
「えぇ、楽しみにしていますわ」
木版画の下絵ができあがって、わたしがうきうきで部屋に帰ると、ルッツが鬼の形相で待ちかまえていた。
「マイン、部屋で休憩してろ、って言ったよな?」
「あれ? 絵本のお話を考えろ、って言わなかった?……違った?」
どうやらちょっと聞き間違えたらしい。部屋でおとなしく休んでいなかったことで、ルッツにこってり怒られた。