Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (119)
マイン十進分類法
「フラン、工房へ行って灰色神官を三人、それから、ヴィルマ以外の側仕えを呼んできてくださる?」
「マイン様はどうなさるのですか?」
「図書室で神官長から預かった目録に目を通して、分類について考えておきます」
図書室に入ると、フランが机までの間にある資料を重ねて道を作ってくれた。わたしを座らせて、神官長から借り受けた目録の木札二枚を置くと、足早に図書室を出ていく。
フランの背中を見送った後、わたしは誰もいなくなった図書室の中で神官長の目録に目を通し始めた。本人がわかればそれで良いという感じで書かれた木札には、細かい字でぎっちりと書き連ねられている。
「どれどれ? 神官長が神殿に持ちこんだもの……って、多いっ!?」
その量は非常に多く、鎖に繋がれた本の半分と本棚の資料一段分以上が神官長の私物になるくらいの量があった。
……神官長って、何者!?
とりあえず、目が眩むようなお金持ちであることだけは、よくわかった。以前、事情があって神殿に入ったと言っていたが、実家はよほど上流でお金があるようだ。そうでなければ、一つ購入するにも大金貨が何枚も必要になるような本を5冊も神殿に持ちこめるはずがない。
表紙が皮張りで、金や宝石をあしらっているような本は、普通私物ではなく、家宝になると思う。それを神官長は5冊も私物として神殿に持ち込み、こうして鎖につないで公開してくれているのだ。それがわかっただけで、わたしの神官長への好感度がぐぐんと上がる。
「こんなに本を持ちこんで見せてくれるなんて、神官長が良い人すぎる……」
わたしは目録を見て、大体の分類番号を振った後、分類番号の割合から、本棚の分類番号を考えようと思っていたが、突然壁にぶつかった。
「……魔術に関する資料って、どこに分類したらいいんだろう?」
困ったことに日本十進分類法に、魔術という項目はない。しかし、貴族しか扱えない分野のためか、研究が必要な分野なのか、神官長の私物の中では魔術に関する資料が一番多い。
わたしは書字板に日本十進分類法を書き出してみる。
0 総記 (図書館、図書、百科事典、一般論文集、逐次刊行物、団体、ジャーナリズム、叢書)
1 哲学 (哲学、心理学、倫理学、宗教)
2 歴史 (歴史、伝記、地理)
3 社会科学 (政治、法律、経済、統計、社会、教育、風俗習慣、国防)
4 自然科学 (数学、理学、医学)
5 技術 (工学、工業、家政学)
6 産業 (農林水産業、商業、運輸、通信)
7 芸術 (美術、音楽、演劇、スポーツ、諸芸、娯楽)
8 言語
9 文学
魔術具を作ることを考えれば、5の技術だろうか。それとも、ここでは4の数学や理学と同じ扱いにした方が良いのだろうか。分類法を導入するにしても、常識が違えばなかなか難しい。
「とりあえず、資料を見てから考えよう。あの中にあるんだろうし……」
わたしは床に散乱した資料の数々を見つめて、ニヨッと顔が笑うのを押さえられなかった。
だって、魔術だよ? 初めて見る本物の魔術だよ? どんなことが書かれているのか、想像するだけで胸が高鳴ってときめくじゃない?
魔術に関する物以外は、普通に分類できそうなので、皆が到着したら、まずは資料を重ねて、足場を作ってもらう。その後、本棚に第一次区分の分類番号を振って、ざっと目を通した資料を第一次区分で棚に並べる。今日のうちにそこまで終わらせたい。
そして、後日、ゆっくりと書誌事項を目録にまとめて、きっちりと細分化した分類番号順に並べていけばいい。第二次区分はかなり改造しなければ使えないだろう。
「もー! これは一体何ですの!?」
聞き慣れた叫び声に扉の方を見ると、デリアが目を吊り上げて怒っていた。わたしの部屋を綺麗に保つことを仕事にしているデリアは、散らかしたら怒る。そんなデリアにとって、図書室の惨状は許しがたいものに違いない。
デリアの後ろには他の側仕え達と灰色神官3人の姿があり、どの顔も図書室の惨状に唖然としているのがわかった。
「すげぇな、これ。誰がやったか知らないけど、マイン様を相手に命知らずなヤツ……」
本に向けるわたしの想いを知っているギルの言葉にフランがそっと胃の辺りを押さえた。
「フラン、どうしたの? お腹でも痛いのかしら?」
「……犯人の末路を考えると、少し」
まさかフランが胃を痛めるほど犯人の末路を心配しているとは思わなかった。わたしは頬に手を当てて、「困ったわ」と首を傾げる。
「フランの胃が痛くなるのでしたら、血祭りは中止した方が良いかしら? 敵に対する見せしめと味方の士気を上げられる上に、主としての威厳を見せつける良い機会かと思ったのですけれど」
「ちょ、マイン様! それ、味方の士気上がらねぇから! 恐怖に凍りつくって!」
わたしの言葉に側仕えを初め、灰色神官達が顔を引きつらせてザッと一斉に後ずさった。フランだけはわたしの眼前までやってきて跪き、わたしの両手を取って懇願し始めた。
「ぜひ、中止してください。すでにマイン様は十分な威圧感をお持ちです」
「そぉ?」
あまりに真剣な目でフランが言うので、血祭りは中止することにした。血祭りより、図書室のお片付けの方が楽しいので、問題はない。
「では、血祭りはひとまず中止して、今日はここを片付けます。まず、手順を説明しますね。決して、資料を踏まないように気を付けて、紙の資料と木札の資料に分けて、こちらの机に積み上げていってください。まずは本棚に向かって道を作るように資料を片付けてくださいね」
「はい」
声の揃った返事に軽く頷きながら、わたしはその後の仕事について説明する。
「積まれた資料はフランとわたくしで分類していくので、言った番号の棚に資料を並べてください。左の本棚の一番上が0、二段目から1、一番下の段は空けておいてくださいね。右の本棚が上から二つが2で、その下が3です。それ以外の資料については最後に片付けます。棚に並べる資料の順序は問いません。番号だけ間違えないように気を付けてください。では、始めましょう」
床に散らばる資料を集め出したけれど、フランだけはわたしの隣に腰を下ろす。他の者とは違う仕事を割り振られたフランは、困惑したように目を瞬かせた。
「マイン様、分類とは一体?」
「これ! マイン十進分類表です。これを見て、資料がどの番号か決めてください。迷ったら声をかけてくれれば答えます」
わたしはフランに書字板を渡して、分類方法の説明をした。
その間に拾って重ねられた紙や木札が机に積まれていく。フランとわたしは手元に届く資料にざっと目を通していき、第一次区分の分類番号順に分けていく。
「ロジーナ、本棚までの道ができたら、これを1の棚に入れてちょうだい」
「かしこまりました、マイン様」
予想はしていたことだが、神殿の資料なので、どうしても1哲学の割合が大きい。2歴史や3社会科学も比較的多い。特に目を引くのは、各農村での収穫量や供物の量が記された統計資料だ。しかし、昔の物ばかりで最近のものが全く見当たらない。
そして、8言語に相当する資料は一つもなく、9文学もない。
「デリア、巻物に紙が挟まっています! 気を付けて」
「あたしが巻いてる時に勝手に入ってこないでよ、もー!」
指摘された恥ずかしさか、紙を取り除いて、巻物をコロコロしながらデリアが怒鳴った。そんなデリアの周囲に散らばる紙を、ロジーナがくすくすと笑いながら拾って回る。
巻物は入れる場所がハッキリと決まっているので、わたし達が分類する必要もない。巻物を退けた途端、床が広く見え始めた。
「ギル、ここの資料を2の近くにいる神官に渡してちょうだい」
「おぅ!」
撒き散らかされている資料は本の形態になっていないものばかりだ。しかも、書類の大きさも統一されていないので、バラバラである。
書類を整理するボックスやファイルが大量に欲しい。へろんと倒れようとする羊皮紙と格闘している灰色神官を見て、そう思った。ブックエンドさえ見当たらない。
「ヨハンに頼んでみようかしら?」
「マイン様?」
「いえ、何でもありません。ロジーナ、この木札をあの灰色神官に渡してちょうだい。これで羊皮紙を押さえるように言ってあげて」
「かしこまりました」
図書室中がめちゃくちゃになっているように見えたけれど、神殿長と神官長、二人の鍵がなければ開かない貴重本が入った棚は開いていなかったし、鎖に繋がれた本に傷を付けたり乱暴に扱ったりしたような跡もみられなかった。本当に資料を散らかしただけの嫌がらせだ。
二つの本棚が空っぽになっていて、広範囲に渡って散らかっていたので、資料が大量にあるように思えた。けれど、巻物を片付けて、資料をまとめて重ねてみれば、意外と量は少ない。わたしとフランが分類しなければならない紙や木札はそれほど多くなかった。
「……これで終わりなの?」
机の上に紙も木札もなくなったことが不思議で、わたしは首を傾げた。
「はい。予想外に早く片付きました。この分類は手早く片付けられて良いです」
「今は第一次区分で大まかに分けただけです。これからは資料を探しやすいように、もっと細分化する予定です。ここの実情に合わせた分類番号が必要になるので、番号を振るのが大変ですけれど、やりがいはありますね」
フランが安心したように笑って立ち上がったので、わたしも立ち上がってぐるりと辺りを見回した。本当に床に散らかっていた資料は全て棚の中に収まっている。
しかし、神官長の資料を入れるつもりだった棚には何も入っていない。片付けが終わったのに、神官長の目録に載っていた魔術関係の資料が一つも見当たらなかった。
「マイン様、どうかなさいましたか?」
フランの声にハッと我に帰ると、側仕えと灰色神官が並んでわたしの言葉を待っていた。仕事が終わったことをハッキリと告げて、解散させなくてはならない。
「皆様の協力で図書室は片付きました。ありがとう。助かりました」
フランが神官長に図書室の鍵を返しに行くと言ったので、わたしも一緒に神官長の部屋へ行くことにする。魔術関係の資料に関して、話を聞きたい。
「本日の結果を報告して、この目録もお返ししなくてはならないでしょう? それに、お伺いしたいこともできましたから」
「お伺いしたいこととは何でしょうか?」
「この目録に書かれている資料が見当たりませんでした。どこか別の場所で保管されているのではあれば問題ありませんけれど、紛失しているなら大変な事でしょう?」
フランがざっと青ざめた。もし、魔術関係の資料ばかりがごっそりと誰かに奪われていた場合、図書室の片付けをしたわたしが一番疑われる対象になる。貴重本の棚にも鎖で繋がれた本にも被害はなかったので、そこまで悪辣な事をしていないと思いたいが、確認はしておいた方が良い。
「一日に何度も君の顔を見たくはないのだが……」
目録を返したいと理由を述べて入室するや否や、ハァ、と疲れた溜息を神官長が吐きだした。わたしだって神官長の顔が見たくて来ているわけじゃないよ、と心の中で反論しながら、笑顔で目録についての礼を述べる。
「神官長、目録を貸していただけて大変助かりました」
「図書室の片付けは終わったのか?」
予想以上に早かったな、と神官長が呟く。当たり前だ。貴重な資料をあのまま放置するなんてできるわけがない。
「第一次区分での分類は終わりました。第二次区分、第三次区分については追々やっていきます。ところで、これらの資料が見当たらなかったのです。神官長が別に保管しているならば、よろしいのですが、紛失や盗難ということになると問題があるかと思い、報告に参りました」
「それは私の部屋にあるから問題ない。……それにしても、マイン。君はあれだけの資料の中から、目録の資料がないことが何故わかった?」
「分類番号を振るために身構えていたのに、一つもなかったからです」
それだけではなく、麗乃時代には見たことがない、本物の魔術関係の資料だ。ぜひとも読んでみたいと待ちかまえていたのに一つもなかったら誰でも気付く。
それに、神官長はあれだけの資料と言うが、麗乃時代の記憶があるわたしにとっては、それほど多いとは感じなかった。
「分類番号とは何だ?」
「マイン十進分類法です。本を整理するために使うんです」
そう答えながら、わたしは書字板を取り出した。中にはまだフランに見せるために書いた分類法が残っている。
「わたくし、魔術に関しては全く知識がないので、4自然科学に分類するか、5技術に分類するか、悩んでいまして、資料の内容を見てから決めようと思っていたのです」
「ほぉ……。これはなかなか興味深いが、君が考えたのか?」
神官長が目を細めて、疑わしそうにわたしを見る。その疑いは正しい。わたしにこんな素敵な物が生み出せるはずがない。
「いいえ、メルヴィル・デューイさんのデューイ十進分類法を元に、色々いじった日本十進分類法を更にわたしがいじったので、マイン十進分類法なんです」
「メルヴィル・デューイ? どこの何者だ? 聞いたことがないぞ」
「もうお亡くなりになってますから、わたしも直接は存じません。そんなことより、神官長はどちらに魔術を分類しますか?」
書字板を示しながら、わたしは神官長に魔術の分類番号について相談する。神官長は意外と真剣に考えているようで、「基礎魔術の部分は……」とか「いや、しかし、魔術具となると……」とか小さな呟きを洩らしながら、軽く目を伏せる。
わたしがわくわくして答えを待っていると、ハッと我に帰ったらしい神官長がコホンと咳払いして、首を振った。
「資料によるとしか言えぬし、君が悩む必要はない」
「……何故ですか? 分類番号を振らないと整理できないのですよ?」
首を傾げるわたしの前に、神官長がゆるりと周囲を見回して、コトリと盗聴防止の魔術具を置いた。わたしはそれを握って、神官長の言葉を待つ。
「魔術は貴族のみが扱うものだ。貴族院を卒業していない青色神官の目に触れさせるべきではないので、魔術に関する資料を図書室に置くつもりはない」
なるほど、隠し部屋に積まれている資料が魔術関係に違いない。そう納得すると同時に、不思議になった。今の神官長の言い方では、まるで青色神官が貴族ではないようだ。
「貴族のみが扱うって……青色神官は貴族なんですよね?」
「正確には貴族の血を引き、魔力を持つ者だ。貴族院を卒業しなければ、一人前の貴族として貴族社会では認められない」
「あれ? でも、青色神官や巫女は貴族社会に戻っていったって……」
実家に引き取られてから貴族院とやらに行ったのだろうか。孤児院や工房で灰色神官の前の主について聞いた話によると、貴族社会に戻っていった青色の中には成人していた神官や巫女もいたはずだ。
「あまりにも数が減って貴族の数が必要になったため、一定の期間だけ例外的に貴族院への編入を認められたのだ。それでも、貴族院を卒業していない者は貴族社会において貴族と認められないという前提は崩れなかった。貴族院に入らなくても、実家の権力はあるので、平民から見れば神官も貴族も大した違いはないだろうが……明確に違うのだ」
麗乃時代の知識と青色神官達の振る舞いから、貴族の血を引いていれば、普通に貴族だと思っていた。貴族院卒業という条件があるなら、神殿の青色神官は全員貴族ではないことになる。
「……卒業しなければ貴族ではないなんて、貴族社会って、意外と厳しいのですね」
「そうか? 魔力という巨大な力を振るうのだ。制御の仕方、使い方、魔術具の作り方、何も知らぬ者に貴族の称号は与えられぬ。それだけの話だ。……故に、いくら泣きわめいて懇願されても、君に資料を見せることはできない。見せる気もない。以上だ」
最後に特大の釘を刺されてしまった。どうやら、魔術関係の資料を見たいというのがわたしの一番の願いだったと、神官長には最初から気付かれていたらしい。
「神官長~……」
「駄目だと言ったら駄目だ。早く自分の部屋に帰りなさい」
凍りつくような冷たい目で睨まれたわたしは、魔術具を返してしょんぼりと肩を落として退室する。
……ちぇ、魔術関係の資料、見たかったな。神官長のいけず。
わたしが部屋に戻ると、工房の仕事を終えていたらしいトゥーリとルッツが一階の小ホールで待っていてくれた。
「マイン、おかえり」
「トゥーリ、ルッツ。お待たせ」
わたしも二人と一緒に小ホールの椅子に腰を下ろす。
「デリア、お茶を入れてもらっていいかしら?」
「かしこまりました」
デリアが厨房の方へと向かうのを見送った後、わたしは二人に視線を向けた。
「トゥーリ、ルッツ、本は完成した?」
「孤児院のヤツら、針に触るのも初めてだったからな。できあがったのは半分くらいだ」
ルッツの言葉にトゥーリが大きく頷いた。
「そうそう。全員が初めて針に触るなんて、わたしの方がビックリしちゃったよ。……でも、針に触ったことがなくて、裁縫道具もないから、裾が解れていても直せないんだね。教えてあげた方が良くない?」
工房で働く時の子供達は森に行く時用の安い中古服で作業している。そのため、袖や裾が解れている事は珍しくない。ただ、下町の子供達と違って、直すことができないのだ。
わたしは人に教えられるほど裁縫が得意ではないし、どう仕様もなくボロボロになったら雑巾にして、次の中古服を買えばいいと思っていた。
「……トゥーリが教えてくれるなら、裁縫道具は準備するよ。わたしはここでは基本的に働いちゃダメだし、上手じゃないから……」
「確かに、マインに教えられても上達しないね。裾のまつり縫いだけでもできれば、ずいぶん違うと思うから、裁縫道具を準備して上げて」
生活の基本である料理も裁縫もできないということがトゥーリには信じられないのだろう。料理教室の先生を頼んだ時のような、心配そうな顔をしている。
「トゥーリとエラが教えてくれたおかげで、今はスープが作れるようになってるもん。今度はトゥーリ先生の裁縫教室だね」
「知らないよりは知ってる方が良いじゃない」
先生と言ってからかわれたことに、トゥーリが少し唇を尖らせる。その後、少し視線を落とした。
「……ここの子供達はちょっと文字が読めるんだよね? 製本している時にところどころ読んでたもん。孤児院にいる小さい子が文字を読めるなんて、ちょっとショックだった」
「あの子達はカルタで遊んでいるからね。トゥーリも今度一緒に遊べばいいよ」
カルタは文字を覚えることにとても貢献しているようだ。子供用聖典はカルタの言葉を全て入れてあるので、孤児院の子供達にとっては取っ付きやすい。
けれど、神殿関係者以外にとってはあまり取っ付きやすいものではないと思う。まずはベンノに見せて反応を見たい。
「ルッツ、ベンノさんに渡す献本って準備できた?」
「あぁ、お世話になった人に渡す分はできたから持ってきたぜ」
ルッツが得意そうな顔で、4冊の本を取り出した。きちんと四つ目綴じにされた本を手に取って、わたしは喜びに浸る。
「わぁ、ありがとう! 明日、ベンノさんのところへ一緒に渡しに行こうね」
「おぅ」
「……神官長はまた面会依頼のお手紙書かなきゃ」
ベンノは基本的にふらっと行っても会えるし、いなくてもマルクに渡すこともできる。
しかし、神官長に渡そうと思ったら、面会依頼の手紙から始めなければならない。面会できるまでに日数がかかるので、早目に面会依頼の手紙だけは出しておかなくてはならないのだ。
「マイン様、ロジーナに代筆させましょうか?」
質問系ではあるが、フランの表情や言葉の端々から「ロジーナが実際にできるかどうか試したい」という空気が漏れている。書面を代筆するのは側仕えの仕事なので、事情を知っている神官長宛ての手紙で練習した方が良いだろう。わたしの時と同じように、ミスがあれば、きっちり添削して返してくれるはずだ。
「そうね。ロジーナに任せてみましょう」
「かしこまりました」
ロジーナがピクリと身動ぎしたが、ニコリと優雅に笑って了承した。わたしも見習わなければならない。
ふと、デリアが羨ましそうにロジーナを見ていることに気が付いた。新しい仕事を任されるのが、羨ましくて仕方ないように見える。
ギルは工房に係わっているので、新しい商品を作ればそれだけで新しい仕事が増えるし、フランはわたしの活動範囲によって仕事が増減する。ロジーナは書類仕事が得意ではないが、できないわけではないので、必然的にフランの仕事が回されて増えていく。この部屋から動かないデリアだけが、足踏みしている状況に思えるのだろう。
……文字も数字も頑張って覚えようとしているんだけどね。
孤児院の子供達という競争相手がいるギルの方が覚えは早い。いくら努力しているつもりでも成長が感じられなくて、ちょっと焦るデリアの気持ちはわかる。わたしも成長しなくて同じ年のルッツに置いて行かれている気分になる時が多々あるからだ。
……褒め足りてないかな?
ギルはわかりやすく結果を報告してきて、「褒めて」と訴えてくるから褒めやすいけれど、デリアは当たり前の顔で日々の仕事をこなすので、褒めどころが難しい。日々の仕事を真面目にするって、一番大事ですごい事だけれど、改めて褒める機会は少ないのだ。
「デリア、これは神官長に渡す分だから、執務机の引き出しに入れておいてちょうだい」
「えぇ、わかりました」
受け取ったデリアの手の上に、わたしはもう一冊の本を置く。
「それから、これは皆の分です。この小ホールに置いてくれる? 一番にデリアが読んで感想をくれると嬉しいです」
「……あたしが一番?」
目を瞬くデリアにわたしはゆっくりと頷いた。
「えぇ。工房の仕事をしてくれたのはギルだけれど、デリアがいなかったらこの部屋は維持できなかったもの。完成品を一番に見てほしいわ」
「そ、そうね。あたしのお陰ですもの!」
デリアがツンと顎を上向かせ、本を胸に抱いて、足早に階段を上がっていく。その様子を見る皆の目が柔らかく細められていた。