Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (122)
冬支度についての話し合い
神官長にペンとインクを借りて、その場でシンデレラのお話を書き直す。全面改稿だ。何度も修正が入った後、どうにか神官長が納得できるお話が書き上がった。
今回で学んだ。ここは魔力や魔術があるファンタジーな世界なので、わたしが知っている適当ファンタジーは受け入れられないということを。これから先、お話を作るのが大変そうだ。
「神官長、もう一つ相談したいことがありました」
書き直した紙をトントンと自分の膝で揃えながら、神官長へと視線を向ける。視線に気付いた神官長は、わたしが書き直しをしている間、目を通していた資料をバサリと後ろの机に置いた。
「孤児院の冬支度についてなのですが……」
「冬支度?……あぁ、薪や食料の神の恵みはおそらく去年とそれほど変わらないだろうと予測が立っているが、詳しい状況は追々フランから報告させよう。収穫祭から青色神官が戻って来なければ、はっきりとは答えられぬ」
「え? 予測が立つのですか?」
収穫祭から青色神官が戻ってくるまで詳しいことがわからないはずなのに、予測が立つというのもよくわからない。
「今年は青色神官の数にほとんど変化はないし、天候にも問題はなく、大きな疫病などもなかった。故に去年と同程度の神の恵みは得られるはずだ」
神殿から出ることがほとんどないはずの神官長の言葉に、わたしは何度か目を瞬いた。わたしは市場に行く家族や物流と共に噂話や情報を得てくるギルベルタ商会から多少の話が流れてくるけれど、神殿長は街に出ることもなかったはずだ。
「天候くらいならともかく、農村の疫病状態など、どうすればわかるのですか? 神官長は街に出ることもないですよね?」
「……私には私の伝手がある。下町に出ることはないが、貴族街へと赴くことはあるからな」
わたしにとっての街は自宅がある下町だが、神官長にとっての街は貴族街だ。情報源がわかって、なるほど、と頷いた。これは完全に偏見だが、貴族間ではとても陰湿な情報戦なんかがありそうだ。
「マイン、孤児院の冬支度と言うが、目途が立ったのか?」
「はい。ベンノさんを通して、道具や材料の準備してもらうことになりました。自分達のための冬支度なので、灰色神官はもちろん、子供達にも手伝ってもらうつもりです」
「……子供達とは洗礼前の幼子か?」
驚いたように神官長が目を見張る。身の回りのことに関して自分で動くことがないお貴族様で、洗礼前の子供は孤児院から出さない神官長には、小さい子供を働かせるという概念が存在しないようだ。
だが、そんな慣習は貧乏の前では通用しない。「働かざる者食うべからず」が浸透した孤児院では、食べ盛りの少年達が先を争うようにお手伝いをしてくれるし、神の恵みが最後に回ってくる幼い子供達も負けてはいないのだ。
「はい。下町では当たり前のことですし、幼くてもお手伝いくらいはできます。……わたくしは毎年寝込んでいるので、あまり戦力にはなりませんけれど」
「さもありなん」
わかりきったことを言うな、と神官長が頷いた。
「それで、豚肉加工自体は農村で行うのですけれど、その後、
膠
を作ったり、牛の脂肪から蝋燭を作ったりする予定なので、臭いがひどいと思うのです。孤児院の方とはいえ、神殿内で悪臭が漂うのはまずい、ですよね?」
わたしが恐る恐る神官長の様子を伺うと、神官長は少し難しい顔になって、溜息を吐いた。
「孤児院から漂ってくるのでは、青色神官がうるさそうだな」
「……やっぱり、そうですよね」
膠
作りも、蝋燭作りも臭いが大変なことになるので、マイン工房の外で行う予定だ。貴族区域と孤児院は少し離れているが、悪臭に気付かれないはずがない。どうしようもない場合は、あの倉庫のマイン工房で行う予定だが、あそこは狭いので、人数が入れないし、道具の移動も大変だ。できれば、孤児院で作りたい。
「だが……そうだな」
少し考えこんでいた神官長が顔を上げて、わたしを見据える。
「これから十日ほどの間は収穫祭のため、青色神官がほとんど出払って不在となるので、多少悪臭がしようと何とかなるだろう。それ以降になると、神殿内では無理だと思った方が良いな」
青色神官達がいない収穫祭の間に、豚肉加工を終わらせることができるのかどうかわからない。豚の準備も道具の準備もできていない。けれど、これはベンノに相談してみれば、何とかなる可能性はある。
「わかりました。ベンノ様に相談してみます」
少しだけれど見えてきた希望にわたしがグッと拳を握ると、神官長は目をすがめて前髪を掻きあげた。
「……マイン、あれだけの人数の冬支度だが、金銭的には問題ないのか?」
「マイン工房で孤児院の皆が稼いだお金を使いますから、大丈夫です」
「……君個人が全額負担するのでなければ良い。それにしても、本当に孤児達が自分達の手で生活を賄えるようになるとは、な」
「神の恵みがあってこそ、ですけれど」
神官長の感嘆の交じった吐息に、わたしは肩を竦めて見せた。神の恵みがなければ、さすがに全員の生活を支えるだけの収入は、マイン工房にはないのだ。実は、マイン工房はかなり低賃金で子供まで労働をさせているブラック工房なのである。
「それでも、孤児院の冬が相当に厳しいものになるだろうと考えていたからな。私にとって朗報だった」
珍しく神官長が表情を緩めて褒めてくれた。わたしが孤児院のために行動したことが無駄ではなかったことに安堵の息を吐く。
「孤児院の冬支度は、十日ほどの間に終わるならば問題ない。むしろ、問題視しなければならないのは、君の冬支度だ」
「わたくしの冬支度、ですか?」
神官長の言葉にわたしは首を傾げた。わたしの冬支度は家でする。もっと言うならば、たいてい邪魔者扱いされるので、家族がやってしまう。今年は母が妊娠中だし、わたしもちょっと大きくなったし、今年こそは役に立てるように張り切るつもりではいる。けれど、そんなことを神官長が心配するとは思えない。
「わたくしの冬支度は家でしますけれど?」
「それでは駄目だ」
神官長は目を細めて、少し身を乗り出すようにしてわたしを見据えた。
「冬には奉納の儀式がある。これは君も知っているだろう?」
「はい」
フランと神官長から教えられた儀式のうちの一つだ。わたしが必ず出席しなければならないと言われている、神具に魔力を込める儀式だ。
次の春に命が芽吹き、無事に成長することを祈って、神殿にある全ての神具に魔力を込めて、満タンにする。ここで魔力を満たしておかなければ、春の祈念式の時に農村に与える魔力が足りなくなって、収穫量に影響を及ぼすらしい。
「奉納式は大量の魔力を要する儀式なので、君は絶対に参加しなければならない。それなのに、吹雪で神殿まで来られないようでは困るのだ。故に、冬の間は神殿に籠るように」
「雪が降って、次回わたくしがいつ来られるかわからないようでは、奉納の儀式に影響が出るかもしれないというのはわかります。でも、それでは家族がすごく心配します。冬は本当に熱を出すことが多いので……」
奉納の儀式のために、わたしは青色巫女として認められていると言っても過言ではないので、神官長の言い分は理解できるが、それでは困る。家族が一体何と言うだろうか。
「家族の言い分もわかっているつもりだ。だから、君を心配する家族が、君の様子を見るために、君の部屋に出入りすることについては許可する。それがこちらからの最大の譲歩だ。そのつもりで君の部屋の冬支度も怠らぬように」
神官長は「怠らぬように」なんて簡単に言ってくれるが、冬支度を整えるのは簡単な事ではない。孤児院分に上乗せして準備する形になるとはいえ、予想外の出費にわたしは、ざっと青ざめて神官長の部屋を出た。
……のおぉ! 孤児院よりわたしの冬支度の方が大変じゃん!
自分の部屋に戻りながら、わたしが内心のたうっていると、心配そうに少し眉尻を下げたロジーナが顔を覗きこんできた。
「マイン様、お顔の色が優れませんわ……」
「大丈夫よ、ロジーナ。少し動揺しているだけですから。フラン、先程神官長から伺ったのですけれど、わたくし、冬の間は神殿で暮らさなければならないようなの」
心配してくれるロジーナに笑って答えた後、わたしはフランに冬支度の話を持ちかける。フランは神官長の言い分にゆっくりと頷いた。
「奉納の儀式がありますから、マイン様が通われるのは難しいでしょう」
「……わたくしの分の冬支度は完全に想定外だったのですけれど、何が必要かしら?」
「薪、食料に関しましては、我々の分の冬支度として想定しておりますので、マイン様の分が増えても、それほど問題はないと思われます。何もかもを少しずつ増やすことで何とかなるでしょう」
「そう、よかったわ」
大した問題ではないと言われて、わたしは軽く安堵の息を吐いた。それでも、きちんと計算してみなければ、どれだけ出費が増えるのかわからない。
「……ロジーナ、悪いけれど、工房へ行ってルッツを呼んできてくださる?」
「かしこまりました」
自室について、デリアにお茶を入れてもらいながら、冬支度の話は続く。生活のために準備しなければならない物、手仕事のために準備しなければならない物、冬の名物パルゥ採りに必要な物、わたしは他に必要な物がないか、考えては書字板に書いていく。
フランには料理人の予定を聞きに行ってもらい、冬の間、住み込むことができるかどうか尋ねてもらう。
そうこうしている間に、ロジーナとルッツが工房から戻ってきた。
「マイン、ロジーナが呼びに来たけど、何かあったのか?」
「ねぇ、ルッツ。わたし、自分が係わったことがないから、全くわからないんだけど、豚肉加工って、十日以内にできると思う?」
わたしが神官長に言われた豚肉加工の予定について話をすると、ルッツは唸りながら顔をしかめた。
「さすがに急すぎるんじゃねぇ? 燻製小屋が借りられるかどうか、オレにはわからねぇよ」
「わたしも急過ぎると思うけど、この時期しか青色神官が留守にする期間がないって言われたの。どうしようもなかったら、
膠
作りは前の倉庫のところでやるけど、あそこは狭いし、道具をまた運びこむのも大変でしょ?
六畳ほどの広さの倉庫で作業するのは大変すぎる。ルッツはその状況を思い浮かべたのか、鼻の上に皺を刻んで、むーん、と唸った。
「……わかった。今から店に行って、旦那様に頼んでみる。無理だったら倉庫でやるって決めてるなら、できるかどうかの打診くらいは農村にしてくれると思う。あ、店まではフランに送ってもらえよ」
「ありがと。お願いね、ルッツ」
ルッツが身を翻してギルベルタ商会へと駆けだしていくと、わたしは書字板を見下ろして、再度、冬支度に必要な物を書き出し始めた。
わたし一人分が増えると、かなり量も増える。数カ月分の食料だと考えると子供一人分でもバカにできない。
……まずい。お金が足りないかもしれない。急いでシンデレラを作らなきゃ。
「マイン様には服も新しい物が必要ですわよ」
「大丈夫よ、デリア。それは、明日にでも買いに行くつもりですもの。側仕えや孤児達にも冬物は必要だと思っていましたから。……うーん、孤児院の子供達の分も買うなら、明日の買い物は側仕え達も一緒に連れていった方が良いかしら?」
「まぁ!」
弾んだ声を上げたのはデリアだ。買い物、新しい服にはとても興味があるらしい。ロジーナはデリアとは反対に、少し浮かない顔になる。きっと出かけるより留守番をしてフェシュピールを弾きたいと思っているに違いない。ロジーナが静かに頭を振った。
「……孤児達は神の恵みがございます。外に出ないのならば必要ないかと存じますが?」
確かに、今まで神の恵みで何とかしてきたのだから、神殿内にいる分には平気かもしれない。しかし、冬の晴れ間はパルゥを採りに行ってもらわなければならないのだ。
「あら、子供達は冬の森に行かなければならない日がありますの。帽子と手袋も必要ですわ」
せっかく森に慣れてきた大人数がいるのだから、上手く使わなくては。特に今年はウチの母が妊娠中で冬の森には行けない。トゥーリに子供達を率いてもらうことで、ウチの分のパルゥもしっかり確保するつもりだ。
……職権乱用? 何と言われても、貴重な冬の甘味を見逃すつもりはない。
そのために防寒具は必須になる。それから、荷物を乗せるためのそりも必要だ。パルゥケーキを焼くための鉄板もヘラも欲しい。
わたしは思い立つ物を次々と書字板に控えていく。その出費額を計算してみると、今のわたしの手持ちでは足りない。
「マイン様、料理人に伺ってまいりました。エラは部屋があるならば、住み込んでも良いそうです」
「まぁ、助かるわ」
フランを通じた交渉で、雪に閉ざされている間はエラが主導となって食事を作り、孤児院の子供の中から料理に興味がある子を助手として付けることになった。
「ロジーナ、誰が助手に相応しいか、孤児院でスープ作りをしているヴィルマに聞いておいてくださいね。それから、フラン。ルッツは先に店へ戻りました。わたくしを店まで送ってくださる?」
「かしこまりました」
ロジーナとフランの二人が声を揃えて返事した。
デリアはそわそわと落ち着かない様子だと思っていたら、こちらの話が終わるのを待っていたようだ。帯を解いて、青の衣を脱がせながら、次々と質問を重ねてくる。
「それで、マイン様。どこにお買い物に行きますの? あたしの冬服も買ってくださいますの? マイン様の冬服を選びますの? どのくらい買いますの?」
「……デリアは興奮しすぎですわよ。今夜は寝られないかもしれませんね」
デリアの勢いに押されていたわたしが思わず苦笑すると、デリアは瞳をキラキラに輝かせたまま、断言した。
「もー! 興奮くらいしても当然ではありませんか! お買い物ですのよ!」
「デリア、早くマイン様のお召し替えを終わらせなければ、フランが下で待っていますわ」
ロジーナがくすっと笑いながら、手が止まっていることを指摘すると、デリアは慌てて着替えを終わらせた。
「では、明日ね。冬物の服を買いに行きましょう。ヴィルマが嫌がれば、ヴィルマ以外の側仕えで、3の鐘にギルベルタ商会に来てほしいのだけれど」
先導するデリアについて階段を下りながら明日の予定を口にすると、デリアは満面の笑顔でドアを開けて振り返った。
「3の鐘ですわね? かしこまりました。では、いってらっしゃいませ、マイン様。お早いお帰りをお待ちしております」
「留守を頼みますね」
デリアの興奮っぷりにフランと二人で笑い、書字板に書き込んだ内容をフランと話し合いながら、ひんやりとした肌寒さを感じる夕暮れの街をフランと歩く。
「フラン、ギルに言って、工房にある子供用聖典を5冊。明日、ギルベルタ商会に持ってくるように言ってくれないかしら?」
「……それは構いませんが、何故でございましょう?」
わたしが教科書にするのだ、と息巻いていたことを知っているフランが目を瞬きながら、首を傾げる。部屋の全てを取り仕切っているフランには言っておいた方が良いだろう。
「売らなきゃお金がないの」
「……は?」
「神官長は簡単に冬支度をしろ、と言ってくれたけれど、わたくしの分の冬支度なんて、完全に想定外だったのよ。ベンノ様には早く注文しなければいけないのだけれど、絵本の第二弾を作るには日数が足りないし、紙もインクもこれから絵本を作ることを考えたら売れないし……切実な状況なんです」
わたしのぶっちゃけ話にフランが軽く目を見張った。どうすればいいのかわからないと言うように固まり、小さく口を開け閉めする。混乱した時の仕草が、神官長の処理落ちと似ているなぁ、と思いながら見上げていると、フランはふるりと頭を振った。
「あ、あの、マイン様。大丈夫なのですか? その、お金がなくて。……私はお金がないという状況がどういうものなのか、よく理解できていないのですが、買い物ができない状況になる……のですよね?」
孤児院育ちで、本を5冊も神殿に持ちこめるような金持ち貴族の神官長に仕えていたフランは、金欠病にかかったことがないらしい。
わたしに仕えるようになって初めて、欲しい物が全て手に入るわけではないということ、お金がなければ主であっても我慢しなければならないこと、稼がなければお金が手に入らないことを知ったと言う。
「大丈夫よ、フラン。落ち着いて。なるべく早くシンデレラを作って売るし、冬の手仕事で取り返せる自信はあるから。ただ、今の手持ちが心許ないだけ。デリアはあれだけ喜んでいるんだもの。他の子には金欠については知らせないで、絵本が良い出来だったからどうしても売ってほしいとベンノ様が言ったという風に適当に誤魔化してちょうだい。お買い物が楽しめなかったら可哀想でしょ?」
「……かしこまりました」
フランとの内緒話を終える頃、ギルベルタ商会が見えてきた。店の前には人影が見える。こちらを見つけて、手を振る人影はルッツだった。
「お待たせ、ルッツ」
「じゃあ、帰るか」
「フラン、ありがとう。少し日が傾くのが早くなってきたから、フランはこのまま神殿へ戻ってちょうだい。明日はよろしくね」
わたしの言葉に複雑な笑みを浮かべて頷いたフランは、両手を胸の前で交差させて、軽く腰を折って一礼すると、くるりと踵を返した。
わたしはルッツからベンノとの話し合いの結果を聞きながら、一緒に家へ帰る。
「旦那様から、一応農村と交渉はしてやる、って言葉はもらえたぞ。やっぱり燻製小屋の予定次第だってさ」
「そっか。青色神官が戻ってくるまでに
膠
作りが終わればいいんだけど……」
大丈夫かなぁ、とわたしが溜息を吐くと、ルッツは呆れたように肩を竦めた。
「マイン、膠より豚肉加工ができるかどうかを心配しろよ。孤児院の連中、初めてのヤツばかりだろ? 店の冬支度はもっと先でするから、今回、豚肉加工できるようになっても、手伝える経験者がほとんどいないんだぜ? 旦那様は肉屋から派遣を頼むとは言ってくれたけど、もうちょっと経験者がいないときついぞ?」
本来ならギルベルタ商会の冬支度と合同でやる予定だったが、こちらの予定を大幅に早めるのだから、それぞれで冬支度をすることになる。そうなれば、経験者の数がぐっと減る。何をすればいいのかわかっていない、おそらく、豚を
捌
くところを初めて見る初心者が役に立つとは思えない。
「……一応父さんとトゥーリに頼んでみるつもりだけど、まだいつになるかわからないもん。頼みようがないよ」
母は妊娠して大変そうなので除外しているが、できれば、父とトゥーリには手伝ってもらいたいと思っている。しかし、日が決まっていないのに、話を持ちかけることはできない。
「まぁ、そうだな。……それより、お前、大丈夫か?」
「何が?」
「冬の間、神殿に籠るなんて、ギュンターおじさん、怒るんじゃねぇ?」
「……うん、多分。納得してもらうしかないけどね」
そう、今日の食後は久し振りの家族会議だ。家族が心配して怒ることは目に見えているので、今から胃がキリキリする。
「でも、奉納はマインの仕事だからな。オレもマインは神殿から出ない方が良いと思う。言っちゃなんだけど、家より神殿のお前の部屋の方が絶対に温かくて、風邪引きにくいと思うし、フランは結構お前の体調のこと、わかるようになってきたからな」
「ありがと、ルッツ。ルッツの言葉も交渉材料にさせてもらうよ。……わたしの言葉より、ウチの家族には信用あるんだもん」
頑張れよ、と激励してくれたルッツと井戸の広場で別れて、わたしはのそのそと階段を上がっていった。
「それで、マイン。話って何?」
食事が終わった後、わたしが「話があるんだけれど」と切り出した途端、家族の顔色が一斉に変わった。命の期限、神殿入り、神殿からの招待状……よく考えなくても、わたしの話は心臓に悪いものばかりだ。警戒されるのも無理はない。
「えーと、その、実は……今日、神官長に言われたの。冬の間は大事な儀式があるから、吹雪で来られないようなことになると困るって。雪が降り始めたら、神殿に籠るようにって」
「どういうことだ!? マインは通いだと言ったはずだ!」
案の定、父がテーブルを叩いて激昂した。トゥーリと母も揃って頷く。
「うん、それはそうなんだけど、冬の奉納の儀式は大事なんだよ。神具に魔力込める儀式で、ここできちんと魔力が溜まっていないと、次の年の収穫量に影響するんだって。作物が育たなくなったら、大勢の人が困るよね?」
「神殿って、そんなことをしてたの?」
驚きに満ちたトゥーリの言葉にわたしはゆっくりと頷いた。神殿が行っている神事なんて、巫女見習いになるまで全く知らなかった。神殿関係者は基本的に下町には下りて来ないので、洗礼式や成人式、お祭りなどでなければ、見ることもない。神殿の仕事内容が語られることもないので、街の中で神殿の評価はそれほど高くない。
「確かに、それも大事かもしれんが、お前の体調の方が大事だ。マインを一人で神殿に籠らせるなんて、俺は嫌だ。いつ死ぬか、わからん」
「フランはわたしの体調が見られるようになってきてるって、ルッツが言っていたよ。それに、家族が様子を見に来るのはいいんだって。それが最大の譲歩だって、神官長は言ってた」
父がギリッと奥歯を噛みしめる。神事の大切さも神官長の譲歩もわかるけれど、許可したくないという心情が痛いほどによくわかる。
「マインはどうしたいと思ってるの?」
母がゆっくりと自分を落ち着かせるようにお腹を撫でながら、そう尋ねてきた。
わたしはすでに神官長に返事をしているし、冬支度の準備のために色々な人に協力してもらっている。答えは一つだ。
「……神殿に籠る。それがわたしの仕事だから」
「マイン!」
父の怒声にわたしはゆっくりと首を振った。
「父さん、わたし、孤児院の院長だから、孤児院の面倒も見なくちゃいけないの。それに、わたしが神殿に入ることを許されたのは魔力が必要だったからだよ? だから、青の衣を許可されているし、辛い肉体労働はせずに済んでる」
ぐっと父が言葉に詰まって、固く拳を握りしめた。言いたい言葉を呑みこんで、きつく目を閉じる。
「神官長はできるだけ、こっちの意見を入れてくれて、守ってくれた。それなら、わたしは魔力が必要な儀式にはきちんと出なきゃいけないの。魔力を奉納することで、確実に寿命は延びてるし、身食いの熱で倒れることはほとんどなくなったでしょ? 奉納するのはわたしのためでもあるんだよ?」
魔術具がなければ、そろそろ死んでいる頃だ。神殿で神具に魔力を奉納することで、わたしは生きながらえている。
「マイン、体調を崩したらどうするの?」
「一応部屋にはベッドもあるし、側仕えもいるし、放置されることはないよ。熱で倒れた時の対処をトゥーリから側仕えに教えてほしいとは思うけど」
部屋に入ったことがあるトゥーリが「あそこのベッド、ふかふかそうでいいよね」と呟いた。
「じゃあ、母さんが教えに行くわ。マインが冬の間中、世話をかけるなら挨拶しておかなきゃ……」
「母さんは今動けないでしょ? 絶対に無理だけはしないでね」
「動けるわよ。妊娠は病気じゃないんだから。
悪阻
も少しずつマシになってきたもの」
母はそう言って、もう少し体調が良くなったら、神殿の部屋の様子を見て側仕えに挨拶すると決定してしまう。当人であるわたしが籠る気になっていて、母も籠ることを前提にフォローの態勢で動き始めてしまった。
貴族である神殿側の決定が今更覆るはずもない。父はガシガシと頭を掻きながら、大きく息を吐いた。
「……家族が行くのは良いんだな?」
「うん、わたしが寂しいから会いに来て」
「わたしは裁縫教室の先生もするし、字を覚えるためにも冬の間はちょくちょく孤児院に行くつもりだから、マインの様子を見に行ってあげるよ」
トゥーリがニコニコ笑いながらそう言うと、父は反対にぶすっとした表情になって、わたしを睨んだ。
「どうしてマインはトゥーリばかりを頼りにするんだ? もうちょっと父さんにも頼れ」
「え? え?」
頼られたい父のためにわたしは急いで仕事を探す。
「じゃあ、父さんは孤児院の冬の手仕事を教えるのを手伝ってくれる? 木の板を切ったり、溝を彫ったりするんだけど、ルッツ一人じゃ大変だから」
「よし、任せておけ。他には?」
本職ではないが、手先の器用な父に木工教室の先生をお願いしたら、ニヤッと笑って引き受けてくれた。頼っていいなら、手伝ってくれると言うなら、して欲しいことはたくさんある。
「それからね、まだはっきりと日が決まっていないんだけど、孤児院の豚肉加工も手伝ってほしいの。孤児院には経験者がいないし、この加工品がわたしの冬の食料になるから」
「それは大変だな。日が決まったら仕事を変わってもらうか、調整するか」
「あとね、冬支度に必要な物をきちんと教えてほしいの。わたし、熱出していて、家の冬支度も満足に知らないでしょ? ……部屋にどんな不足があるかも、わからなくて」
その後、家族がそれぞれ冬支度に必要な物や点検しておかなければならないことなどを口々に言い始めた。
大半がわたしの身体を案じたもので、苦笑しながらわたしは全て書き留めた。