Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (128)
救済と叱責
わたしが少しでも血が落ちるのを防ごうと手を上げた状態で、声の限り助けを求めて叫ぶのと、指輪が光るのはほぼ同時だった。青い光が一筋空に向かって伸びていく。
バサリという羽音と共に黒い何かが頭上から降ってきた。ボン、ボボン! と小さな衝撃が足元に響く。顔を動かすと足元に黒い矢が数本刺さっていた。わたしの周囲のトロンベが力を失ったようにおとなしくなる。
「神官長!」
見覚えのある矢にわたしは上を見上げた。羽を大きく広げたライオンもどきがこちらに向かって一直線に滑降してくるのが見える。
……あの矢があれば、もう大丈夫。
しかし、わたしが神官長の姿に安堵していられたのは、ほんの数秒のことだった。トロンベがおとなしかったのは、束の間のことで、わたしの手から零れる血によってすぐにトロンベは活性化し始める。
ピタリと止まっていたトロンベが再び動き始めて、お腹から胸へと伸びてきた。次々と生えてくる新しい芽が更に巻き付き、足の締め付けがきつくなってくる。
「神官長、急いで……」
滑るように下りてきた白いライオンもどきから、全身金属の鎧で覆っているとは思えないような軽い動きで神官長が飛び降りる。その手に持っているのは、トロンベを退治するために闇の神の祝福を受けた黒い矢だ。矢でザクザクとトロンベを突き刺しながら、神官長がこちらに向かってやってくる。
「マイン、これは一体どういう事態だ!?」
「巫女見習い、待たせた!」
やっと闇の神の加護を得られたらしいダームエルが黒いナイフを振り回しながら、わたしを救出しようと奮闘を始めた。だが、ダームエルの魔力が低いのか、神官長の黒い矢とは全く効果が違い、いくら切りつけてもトロンベは全くおとなしくならない。
「全く加護が効かない!?」
「効いていないわけではない! すぐにトロンベが復活するのだ! 何故だ!?」
神官長が矢を刺した後、数秒間はおとなしくなるが、またすぐに力を得てトロンベは活動を始める。成長速度は落ちたものの、全く朽ちていかないトロンベに神官長は舌打ちしながら矢を刺し続ける。
「神官長、血が、わたしの血が……トロンベを」
「君の血だと!? 最悪だ!」
トロンベが活性化する原因を伝えると、神官長は声を荒げた。それだけで、兜の中では、カッと眦を開いて、眉を吊り上げている顔が思い浮かぶ。
「一体何のために君を現場から引き離し、わざわざ護衛を付けたと思っている!? 何のための護衛だ!? 無能が!」
神官長はそう吐き捨てるように言いながら、護衛として残っていた騎士二人を罵った。ダームエルは黒いナイフを持って奮闘しているが、シキコーザは今、闇の神の祝福を得ようと奮闘しているところだ。
上司からの命令を無視して、護衛対象に対して刃物を突きつけて怪我させて、今の状況を作り上げたわけだから、護衛として考えるなら間違いなく無能だろう。
そして、神官長が矢でトロンベを制しながら、言っている文句でわかったことだが、わたしの魔力はかなり多いらしい。ダームエルはもちろん、騎士団の半数くらいは祝福を受けた武器で攻撃しても効果がないかもしれないと神官長が呟いた。
「いくら牽制しても傷口を塞がねば意味がないな。マイン、傷口はどこだ!?」
「ここです」
わたしは目一杯に左手を伸ばす。傷口を見た神官長は軽く舌打ちして、「エントヴァフヌング」と呟いた。黒い弓が淡く光るタクトへと変化する。
すぐさま神官長が「ロート」と呟きながら、タクトを振ると、赤い光が空に向かって伸びていく。赤い光が何かの合図だったのか、他の騎士達が次々と飛んでくるのが見えた。
「苦痛だろうが、絶対に泣かぬように。涙も血も魔力を含んでいるという意味では変わらぬからな」
そう忠告した神官長が光るタクトでわたしの傷口をゆっくりとなぞっていく。タクトから出てくる、もやもやとした光が傷口に触れた途端、ぞわりと全身が震えた。
「ひゃっ!」
自分ではないものが無理やり自分の中に入って来ようとしているような違和感と苦痛で全身に鳥肌が立った。生理的な涙が込み上げてくる。涙を零さないように上を向いて、ふーっとゆっくり息を吐いた。
傷口が熱くなり、まるで異物の侵入を防ごうとするように、自分の中の魔力が一斉に傷口へと向かって移動するのがわかる。わたしの魔力と神官長が流し込もうとする魔力がぶつかり合って、傷口が薄い黄色に光った。光が消えた時には傷口が完全に塞がっていた。
「傷が……」
「傷口を塞ぐだけの応急処置だ。魔力で塞いでいるだけで、完治したわけではない。何より、トロンベの上で魔力を出すなど自殺行為だが、仕方あるまい」
疲れきったように息を吐きながら、神官長が呟く。傷口は塞がったけれど、トロンベは今まで以上に活性化している。
「神官長……」
「私は祝福を打ち切って、君の傷を塞いだ。トロンベに対抗できる武器がない。すぐに救援が来るはずだが……」
そう言いながら、神官長は空を睨み上げて、こちらに向かって滑降してくる騎士団に向かって「遅い!」と怒鳴った。基本的に貴族然としていて、隠し部屋以外で感情らしい感情を見せることがない神官長の怒声に、わたしは動けないままビクッとする。
「フェルディナンド様、救助信号とは一体何が……何だ、これは!?」
続々と降り立つ騎士達が第二のトロンベを見つけて、その中心に囚われているわたしを見て、目を見張る。
「カルステッド、お前が選んだ護衛が無能でこの不始末だ。即刻マインを救い出せ。私は加護を打ち切ったので、使えぬ。枝が首まで伸びつつある。急げ」
「かしこまりました!」
トロンベに対抗できる武器を持っていない神官長がわたしから離れて行き、代わりに黒いハルバートを構えた金属鎧が駆け寄ってきて、武器を一息に振りおろした。ドゴン! という爆発音と共に、土煙やトロンベの小さな破片が巻き上がる。
「けほっ……こほっ……」
「カルステッド、マインには傷一つ付けるな! 格好の餌になる」
これだけぎっちりと絡んでいるトロンベを払うのに、中心にいるわたしに傷を付けぬように武器を振るえと言い置いて、神官長はシキコーザと側仕えの方へと歩いていく。その背中からは怒りが漏れているのが目に見えるようで、非常に怖い。
もしかしたら、貴族と平民という身分差の建前上、貴族であるシキコーザの罪状を全部被せられて、わたし一人が頭ごなしに怒られる展開になるのだろうか。トロンベが活性化したのはわたしの血が原因だから、と何か罰則があったり、罪に問われたりするんだろうか。
……あり得る。
これから先の展開を考えて憂鬱になってきたわたしの周りには、大量の騎士が集まっていた。黒いハルバートを持った騎士達が地中に突き刺すようにして、手を休めることなくトロンベの根を断ち切っている。それと同時に黒いナイフを構えた騎士がわたしの首に絡みつき始めた茎を少しずつ切り取っていた。
「……加護が効き始めた」
ダームエルが心底ホッとしたような声を出した。手の甲の傷が塞がり、これ以上血が零れることがなくなったため、トロンベは活性化しようがないようで、伸びる気配はなくなったのだ。
闇の神の祝福を帯びた武器を使えば、先程の巨大トロンベと同じように、黒く変色した部分が出てきて、武器を当てたところから朽ちていく。
トロンベに首を絞められる恐怖から逃れることができたわたしも、ひとまず安堵の息を吐いた。
「くっ、やりにくい!」
「ナイフを持っているのはお前だけだ。丁寧にやれよ、ダームエル」
どうやら祝福を受けた後は武器の形を変えることができないようで、騎士達は巨大トロンベを切り倒すために作りだされた大きな武器で少しずつ慎重にわたしの周囲のトロンベの枝を切っていく。
「ダームエル、それから、巫女見習い……マインと言ったな? 何故こんなことになっているんだ? あれほど怒っているフェルディナンド様は初めてだぞ」
大きなハルバートでわたしの足元の枝を切りながら、カルステッドが声を潜めて素早く問いかけた。
「それは……」
ダームエルがガチガチッと金属の擦れる音を立てて、シキコーザの方を見た。しかし、積極的に告発する気がないようで、言葉は曖昧に濁される。
はっきりしないダームエルの態度に、わたしは何とも言えない苛立ちと身分社会の厳しさを感じながら、自分の行動を考える。
……どうしよう?
喉に伸びつつあったトロンベも胸元まで切り取られて、話をするだけなら問題のない状態にはなっているので、全て暴露するのは簡単だ。
しかし、信用されるかどうかは別問題で、おそらく身分が物を言う状況になる。わたしの言葉がどれくらい通じるのか、信用されるのかはわからない。カルステッドも貴族だ。またこの状況の二の舞になることも考えられる。
「少しでも情報が欲しい。はっきり喋れ」
歯噛みするような苛立った声音でカルステッドが低く唸って、わたしとダームエルを促す。
そういえば、神官長は「無能を護衛に選んだ」とカルステッドにも怒りを向けていた。今ならば、神官長の怒りの原因を探ろうとしているカルステッドが、保身のためにもわたしの話をきちんと聞いてくれるかもしれない。
「カルステッド様、わたくしがお話をしたとして、身の安全は保障されるのでしょうか?」
「どういう意味だ?」
シキコーザの行動が貴族として普通なのかどうか確認する意味を込めて、わたしはカルステッドに問いかける。儀式が終わっていない今ならば、少なくともいきなり殺されるようなことはないはずだ。
「平民であるわたくしが正直にお話しても、気に入らなければ、貴族はわたくしの髪を掴んで振り回したり、目を抉ろうとしたりするのでしょう?」
「何だ、それは?……まさか、巫女見習いを相手に、したのか!?」
カルステッドがガシャッと音を立てて、兜の顔を覆っていた部分を跳ね上げた。怒りに満ちた険しい目がダームエルを貫く。ダームエルはカルステッドの剣幕に驚いたようで、必死に自己弁護する。
「私ではありません! シキコーザがナイフを取り出して、巫女見習いを脅したのです。助けようにも、身分を弁えよと言われ……」
「阿呆が! フェルディナンド様のお怒りは当然だ!」
黒く脆くなってきたトロンベをカルステッドが力任せに引きちぎった。メリメリと音を立ててトロンベが割れる。
神官長だけではなく、カルステッドも護衛達の行動には怒っているようだ。これならば、多分正直に話してもいきなり切りかかられるようなことにならないだろう。そんな風に状況を判断していたわたしに、カルステッドが鋭い目を向けてきた。
「マイン、話せ。全て、正確に、嘘偽りなく、神に誓って述べろ」
「かしこまりました。カルステッド様。神に誓って嘘は申しません」
ちょっと待てと言わんばかりに上げられたダームエルの手をカルステッドが払いのける。真面目に聞いてくれる雰囲気を察したわたしは二人の護衛がしたことを詳細に告げた。側仕えから裏が取れると証人の存在も強調しながら。
複雑にがっちりと絡んだトロンベから、決して傷を付けることなくわたしを救出するのには、かなり時間がかかった。全部話し終わっても、まだ終わっていなかったくらいだ。
「おい、大丈夫か?」
「……ダメです。わたくしの側仕えを呼んでください」
トロンベに巻きつかれていたわたしはボロボロだ。新調したばかりの儀式用の服はあちこちが擦り切れていて、血を含んでいた部分はまるでトロンベに食われたように穴が開いている。身体中が痛いし、必死に抵抗していたせいか、ぐったりと全身が疲れていて力が入らない。
「巫女見習いの側仕え、どこだ!?」
ぐてっとして力が入らないわたしの身体をカルステッドが担ぎ上げる。トロンベの根を徹底的に断つためにはへろへろのわたしが邪魔らしい。金属鎧に担ぎ上げられるとあちこち痛いが、文句を言う気力もない。
「マイン様!」
駆け寄ってくるフランにわたしは視線を向ける。カルステッドからフランへと身柄が移され、わたしはでろんとフランにもたれかかった。
「神官長、熱が出ていらっしゃいます!」
「さもありなん。そちらで休憩させて、あの薬を飲ませておけ。血も失っているし、魔力もかなり失っているはずだ」
シキコーザから事情聴取していた神官長はこちらを一瞥しただけで、視線を元に戻す。兜を脱いで、表情が良く見えるようになっている神官長は、先程より怒りが増しているように見えた。
「かしこまりました」
フランが日当たりの良い温かい場所へと移動し、わたしを座らせると、バッグから薄い緑の液体が入った小瓶を取り出した。
「これを飲んでください、マイン様」
「何、これ?」
「神官長の薬でございます」
わけがわからないものを口に入れるのは怖いけれど、きちんと飲まなければ無理矢理でも飲まされそうだ。わたしは仕方なくビンを手に取ろうとした。
「ごめんなさい、フラン。無理です。腕が上がらないみたい」
血が滴らないように必死で上げていた両腕は、鉛のように重くて自力で上げることもできない。
わたしの背中を支え、蓋を開けたフランが口元に瓶を運んでくれる。漢方薬のような臭いに、うっと息が詰まった。煮詰められた薬草の臭いが鼻を突く。
「フラン、これ、本当に飲んでも大丈夫なのでしょうか?」
「神官長も先程召し上がっておられました。神官長が調合された疲労回復や魔力回復に効く薬だそうです」
疲労回復と言われれば、飲まざるを得ない。少なくとも神官長本人が飲んでいるなら、毒ではないのだろう。きつい臭いに顔を歪めながら、わたしは口に流し込んだ。
「んぐっ!?」
ブハッと吐き出しそうになる口元を慌てて押さえた。一気に涙が盛り上がり、全身が震えた。舌が痺れて、喉の奥が焼けるように熱い。しばらくは何を食べても味を感じないのではないかと思われるくらい、強烈で壮絶な苦味だ。
口を押さえたまま、ひくひくと震えるわたしを見たフランがざっと青ざめながら、神官長のもとへと走る。
「神官長、マイン様がずいぶん苦しんでおられますが……」
「味を犠牲にした分、すぐに効果が出るはずだ」
神官長はこちらを見ることもなくそう言った。
その言葉は正しく、ぐったりとしていた身体からだるさと重さが抜けて、すぅっと熱が引いていくのが自分でもわかる。
「……すごい。熱が引いていくみたい……」
ものすごく効果の高い薬だ。しかし、良薬は口に苦し、と言っても苦すぎだ。味の改良を要求したい。効果のために味を犠牲にしたと言い切る神官長が改良なんてしてくれるはずもないけれど。
わたしが休憩して、回復している間に、騎士達によってトロンベは完全に退治されていた。巨大トロンベと違って、クレーターが開いていない。これはわたしの魔力で発芽したせいだと騎士の一人が言っていた。
自然発生するトロンベは地中に潜り、何カ月、下手したら数年かけて、辺りの土地の魔力を吸い込み、蓄えて発芽するらしい。その分、広く深く根付いていて、退治にも骨が折れるらしい。
「全員整列!」
トロンベ退治を終えた騎士達は、カルステッドの号令によって、整列する。整列していないのはわたしの護衛を任じられた二人だ。二人は兜を取った状態で神官長の前に並ばされ、跪いた状態でじっと下を向いている。
「マイン、こちらに来なさい」
動けるようになったわたしも呼ばれ、全員がその場に集められた。わたしは神官長の指示通り、神官長の半歩後ろに立つ。背が低いせいで、ほんの少し顔を上げた護衛の二人と目が合った。声から予想した通り、二人ともまだ成人して間もないくらいの十代半ばのようだ。
シキコーザは自己主張の激しい黄緑のような髪に、憎悪に満ちた深緑の目をしていた。整ってはいるが傲慢さが全面に出た顔付きで、全ての原因はわたしだ、とその目が雄弁に語っている。
ダームエルはおとなしくて地味な色合いの茶色の髪で、困りきったような、申し訳なさそうな灰色の目をわたしに向けてくる。兜を付けていた時にはわからなかったけれど、何と言うか、いじめられっこのような雰囲気がにじみ出ている気がした。
「では、シキコーザ、ダームエル。今回の騒動について、何か申し開きがあるならば述べよ」
神官長の言葉に、シキコーザは顔を上げた。
「……申し開かねばならぬようなことはございません。あれは平民。それだけで十分でございましょう」
その主張が当然通るものだと信じきった堂々とした態度に、わたしはそっと胸元を押さえる。相手が平民ならば、申し開きをする必要もない。それがここの当たり前なのだと思い知る。
「私は傷一つ付けるな、と命じたはずだが?」
「いきなり立ち上がった平民が勝手に怪我をしたことを責められても困ります」
神官長の怒りをにじませた声にもシキコーザははっきりと頭を振った。神官長は「なるほど」と呟いた後、ダームエルへと視線を向ける。
神官長に見据えられたダームエルはビクリと一度震えた後、下を向いて一気に喋った。
「身分差を弁えよ、とシキコーザに言われ、私には抗うことができませんでした。申し訳ございませんでした」
頭を下げたままそう言ったダームエルを見て、神官長は軽く息を吐く。
「そうだ。二人の主張する通り、身分差は弁えなければならぬ」
「では……」
シキコーザが喜色に満ちた顔を上げ、勝ち誇ったようにわたしを見た。わたしは儀式用の衣装に空いた穴をそっと撫でて、悔しさを噛みしめる。
神官長が一歩前に出た。
「この場で最も身分が高いのは誰だ、シキコーザ?」
「フェルディナンド様でございます」
当たり前のことだと言わんばかりに、シキコーザは答えを返す。ただ、神官長の質問の意図が読み取れなかったようで、わずかに首を傾げた。
「あぁ、そうだ。その私が、命令したのだ。巫女見習いに傷一つ付けぬよう、しっかり守るように、と。ならば、身分差を弁え、守るべきものが何か、優先すべきものが何かは自ずとわかるはずだ。そなたこそ、身分差を弁えよ!」
衝撃を受けたようにシキコーザが神官長を仰ぎ見る。その顔は愕然としていて、信じられないというように目が見開かれていた。
「ですが、あれは平民で。神殿の秩序を乱す愚かな子供で……」
「全く情勢がわかっていないようだから、述べておこう。マインは平民だが、青色の衣を与えられた巫女見習いだ。魔力の多さを見込んだ神殿側が望み、領主の許可を得て、青の衣が与えられている。それに不平不満を漏らすのは、神殿及び領主に不平不満を漏らすに等しいとその胸に刻み込め!」
神官長の言葉に、シキコーザとダームエルだけではなく、後ろに並んでいた騎士の一部からも息を呑んだ音が聞こえてきた。
「そなたらも知っての通り、今、この国には貴族が不足している。それは魔力を扱える者が不足しているということだ。神殿から貴族社会へと戻ったシキコーザならば、それをよく知っているだろう?」
神殿長とどういうつながりがあるのかと思えば、シキコーザは元々青色神官見習いとして神殿で育ったらしい。それがわかれば、平民であるわたしが青の衣をまとっていることに強烈な反感を示すのもわかる気がした。神殿にいる青色神官は平民と同列扱いされるのは許せないと憤る者ばかりだからだ。
「実際、この儀式を執り行うことができるのは、今の神殿において、私とマインしかいない。儀式が行える青色神官がいれば、平民の巫女見習いがこの場に出されるはずがないであろう。その程度のことも思い至らぬ愚昧さには呆れる他ない。何度も言うが、マインは儀式を行うための青色巫女見習いとしてここにいる。そなたが危害を加えたのは、ただの平民ではない。青の衣を与えられた巫女見習いだ」
神官長は何度もわたしが青色巫女見習いであることを強調した。それは、平民ならば、シキコーザを罪に問えない事の裏返しだ。
自分の身を守ることになる青色の衣装をわたしはギュッと握った。魔力を扱うのだから、青色として遇するように交渉しろ、と助言してくれたベンノの慧眼に今更ながら感謝する。
「そなたらは命令違反、任務放棄した上に、護衛対象へ危害を加え、本来は現れなかったはずの魔木を出現させ、騎士団を混乱させ、仕事を増やした。そして、護衛を任された騎士が護衛対象を害するということで、騎士団の誇りを傷つけた。軽い罪で済むと思うな。処分については、追って領主から沙汰があろう」
神官長は二人から視線を外すと、くるりと並ぶ騎士団の方を向いた。そして、一番前で跪くカルステッドを冷たい視線で見下ろす。
「カルステッド」
「はっ!」
「このような無能を護衛に選んだこと、それから、命令を聴くことさえ知らぬような新人への教育不足については、そなたの罪だ。追って処分を言い渡す」
神官長が怒って当然だと言っていたカルステッドは、自分に対する処分があることも覚悟していたようだ。表情一つ変えることなく静かに神官長に向かって頭を下げた。
「この度の騒動、騎士団を率いる私の不徳の致すところでございます。フェルディナンド様のお手を煩わせることになりましたこと、深くお詫び申し上げます」
カルステッドが深く頭を下げると同時に、後ろに整列して跪く騎士達が一斉に神官長に向かって頭を下げた。