Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (14)
オットーさんのお手伝い
どうやら、この街では冬の晴れの日はパルゥ拾いに行く日と決まっているらしい。前回は仕事の休みと重なっていたので、父とトゥーリがパルゥ拾いに行ったが、今日は父が仕事の日だ。
さすがに今回はパルゥを諦めるのかと思っていたら、母がコートに手をかけた。
「今日はわたしがトゥーリと行くわ」
パルゥは冬の貴重な食料で、わたしにとっては、とろっとしたココナッツミルクとオリーブオイルとちょっと甘みのあるオカラが取れる実だ。
油を取った後の搾りかすが、オカラ代わりに使えるとわかってからは、ちょっとだけメニューが増えた。おかげで母が今まで以上にやる気らしい。
そうそう、この間ルッツの家で作ったオカラホットケーキは、わたしにとって久し振りのお菓子だった。ルッツの家は鶏を飼っていて、卵が絶対にあるし、卵と交換しているので牛乳も常備されているらしい。羨ましい。
ルッツの家は材料がウチよりは豊富だし、男の子がいっぱいで労働力も多いし、とても料理しやすい環境だった。
オカラホットケーキ、あ、パルゥケーキって名前にしたんだっけ? パルゥケーキも感激してもらえたし、パルゥ油と卵黄と塩で作らせたマヨネーズも、マヨネーズと塩で味付けしたポテトサラダもどきも好評だった。
……どうせ転生するなら、ルッツの家の子が良かったかも。
使い道が結構あるので、パルゥはウチでもできるだけ欲しい。なので、外出に関してはかなり役立たずのわたしとしては応援だけでも精一杯したい。
頑張れ、頑張れ、トゥーリ! 負けるな、負けるな、母さん!
しかし、母とトゥーリが森へ行くとなると、家族が困るのがわたしの扱いだ。なにしろ、体力がなくて、病弱で、役立たず。冬の森になんて連れてはいけない。おまけに、一人にしておくと何をしでかすかわからないそうで、留守番を任せることもできやしないらしい。
ちょっとひどくない?
朝食を食べながら、うーんと考え込んでいた父が、仕事に出かける準備をしながらポンと手を打った。
「……そうだ! マイン、父さんと門で待つか?」
父がわたしを連れて門に行く。母とトゥーリはパルゥを採りに森に行く。そして、帰りにわたしを門で引きとって帰る。そうすれば、二人は心配なく森へ行けるし、わたしが一人で留守番することもない。
「それ、いいわね。そうしましょう! じゃあ、マインは父さんに任せて行くわよ、トゥーリ」
「うん! じゃあ、後で迎えに行くからね、マイン」
母が名案だと父をべた褒めしながら、あっという間に必要な物を準備し、トゥーリを連れて出かけてしまった。
パルゥの採集はお昼くらいまでしか採れないから、なるべく早く行かないとダメなんだって。
多分、あっという間に採り尽くされるってことだと思う。あんなにおいしくてお役立ちの実なんだから。
「じゃあ、門まで行くか?」
門で留守番かぁ。
まぁ、家でいるよりは気分転換になるかもね。オットーさんがいたら新しい文字も教えてもらえそうだし……。
はっきり言って、わたしだって、家にいるのに飽きてきた。パピルスもどきを作るのに失敗したわたしが家でできるのは、石板で遊ぶか、籠を作るかどちらかだけだ。まさか、本がないだけでこれだけ時間をもてあますとは思わなかった。
ちなみに、最近、わたしの頭の中でよく流れる歌は「春よ来い」と「ラジオ体操」だ。早く春になってくれないと粘土板を作りに外へ出かけることもできない。
そして、外に出られるように体力づくりのために毎日ラジオ体操を始めた。家族にはちょっと変な目で見られるけれど、体力増加のためにできることからコツコツとするのが大事だと思う。
本当のことを言ってしまうと、日本でもあまり健康には気を配っていなかったので、何から始めればいいのかわからない。
「そうだ、父さん。今日って、オットーさんいる?」
「あぁ、いたはずだが?」
「やったぁ!」
門で留守番をする楽しみができた。わたしもいそいそと準備する。お出かけの必需品は石板だ。服を着こんでコートを羽織って、冬の間に自分で編んだトートバッグに石板を入れたら、わたしのお出かけ準備は終了だ。
「父さん、行くよー!」
「……マイン、お前、そんなにオットーが好きなのか?」
「うん、大好き」
だいたい、石板をくれて、文字を教えてくれる先生(勝手に決定)をわたしが好きにならないはずがないでしょ?
ぶっちゃけ、父より好きですよ? 本当にぶっちゃけたら、人間関係にひびが入るので、お口にチャックですけどね。
「寒っ!」
外に出ると、空気自体がものすごく冷たくて、ほんのちょっとの風が当たっただけで、肌が切れそうなほど痛い。
基本的無精者のわたしが、今日、パルゥの油が採れたら、保湿クリームっぽいものを作らなければ、と考えるくらい顔がピリピリする。
しかも、雪が深くて歩けない。歩き方にコツがあるのかもしれないが、もともと雪国育ちではないわたしは、雪の上での歩き方を知らない。
たった二歩、足を動かしたところで、子供の短い足が埋まって動けなくなってしまった。次にどうしていいのかわからない。
「父さーん! どうやったら歩けるの?」
「……もういい。マインは倒れないように気をつけろ」
足が埋もれたまま、ビシッと両腕を伸ばしてバランスを取っていると、先を歩いていた父が呆れた顔で戻ってきた。
父がわたしのトートバッグを自分の手首に引っかけて、わたしの脇に手を入れる。そのままグーンと高い位置まで持ちあげられ、父の肩に座らされた。
「高い。すごーい」
ラルフに背負われた時よりずっと視界が高い。それでも、あまり恐怖を感じないのは、兵士なんて仕事をしている父の肩が広くてごつくて、安心感と安定感があるからだろうか。記憶にある営業系サラリーマンだった麗乃の父とは全く違う。
「自分の力でちゃんとつかまっていろよ?」
「はーい」
肩車なんて久し振りすぎて、ちょっとドキドキする。父の頭にしがみつくと父が雪の上を歩き始めた。雪かきがあまりされていない細い路地は、人の足跡をなぞるように一歩一歩慎重に歩き、大通りに出ると普通に歩き始めた。
「マイン、オットーはもう結婚しているからな?」
無言で歩いていた父がいきなり口を開いたかと思えば、言った言葉がこれだった。
え? わたし、オットーさんの嫁になりたいなんて言ったっけ? 別に父さんの嫁になりたいなんてことも言ったことはないけどさ。
「えーと……だから、何?」
「あいつは嫁のことしか頭にない男だからな?」
5歳の娘に対して一体何の牽制だ、このバカ親!……って、父の頭をチョップしながらツッコミいれていいですか?
「それがどうしたの?」
「……」
あぁ、もう! ここで無言!? 面倒くさい!
ここは、あえて空気読まない。こんな面倒な父に「父さんの方が素敵」とか「父さんの方が好き」なんて、絶対に言ってやるもんか。
「つまり、オットーさんは自分の嫁を大事にする一途な男で、素敵だよね、ってこと?」
「……違う」
父は完全に拗ねてしまったようで、その後、ずっと無言で歩いていく。実に面倒な父に肩車してもらったまま、わたしは門へと着いた。
「おはようございます」
門のところで立っていた兵士に何となく癖で頭を下げた。一瞬、妙なものを見る目で見られて、そういえば、ここでは挨拶の時に頭を下げる習慣はなかったなぁと思い出す。
それとも、父の肩の上で挨拶をしたから妙な顔をされたのだろうか。
「リヒト、娘のマインだ。パルゥを採り終わったら、妻が連れて帰るから、昼過ぎまで宿直室に置いておく」
「了解しました」
「マインは宿直室だ。オットーもいるし、そこでいいな?」
うわぁ、何か声が尖ってる気がする。あれ? もしかして、オットーさんにおとなげないレベルでヤキモチ焼いてる? 人間関係こじれた?
「わたしね、オットーさんに新しい文字を教えてもらうの、楽しみなだけだよ」
「……オットーじゃなくてもいいだろうに」
ごめん、オットーさん。フォローしたつもりなのに、さらに面倒なことになったみたい。
もともと新しい文字を教えてもらえることに浮かれていただけなのに、父の思考がどこをさまよっているかわからない。
「入るぞ」
父が軽くノックして宿直室の扉を開ける。
宿直室は赤々と暖炉で火が燃えていて、机の上にはランプがあって、ウチよりずっと明るい。暖炉に比較的近いところに机があって、そこでオットーさんが書類仕事をしていた。
「オットー」
「班長……とマインちゃん? どうしたんですか?」
「パルゥ採りの間、ここで待っていることになった。お前、面倒見ておけよ」
簡潔に、というか、横暴な感じでそう言って、父はわたしを肩から下ろす。
突然の子守り仕事追加に、当然だが、オットーは目を見開いて困り果てたように書類と父の顔を交互に見た。
「へ? いや、でも、俺……会計報告と予算の……」
「マイン、ここは温かいからな。風邪を引かないように気を付けるんだ」
「はぁい」
全くオットーの言葉を聞く気がないように出ていく父を、わたしは手を振って見送り、オットーに向き直った。
「ごめんね、オットーさん」
「へ?」
「わたしね、石板もらって嬉しくて、今日もオットーさんに会えると思ったら、もっと嬉しくなって」
「それはよかった。俺もマインちゃんに会えて嬉しいけど……」
少しだけ照れくさそうに笑った後、「謝ることじゃないよな?」と不可解そうな表情になった。
「実は、オットーさんを褒めたら、父さんが拗ねちゃって……」
「……あちゃぁ~……」
「母さんが迎えに来るまでおとなしくしてるから、新しい字を教えて?」
机の上に羊皮紙とインクが出ているのを見れば、書類仕事中だったことがわかる。仕事の邪魔をする気はないけれど、新しい文字を教えてもらえそうな機会を逃すつもりもない。
「まぁ、いいか。マインちゃんなら、おとなしく練習するだろうし……」
さっと石板を取り出すと、オットーさんはそう呟きながら、カツカツと文字を書いてくれた。石板をもらった時に、何時間も石板で一人遊びができた子なので、変な意味で信用があるようだ。
「マインちゃん。熱出したら、班長が今以上に不機嫌になりそうだから、ここに座りな」
オットーは苦笑しながら、机の上のものを少しずつずらして、暖炉の前の席を譲ってくれる。
その意見には全面的に賛成なので、わたしは余計な遠慮をせずに暖炉前の席へ座った。
「ありがとう。これで練習できるね」
ここで使われている文字はアルファベットのようなものだろう。平仮名のように表音文字ではなく、漢字のように表意文字でもない。綴りで発音も意味も変わる感じの文字だ。
しばらくはカツカツという石筆が動く音とシュルシュルというペン先が羊皮紙を走る音だけが響いていた。
ある程度書かれた文字を覚えたわたしが顔を上げると、オットーは羊皮紙に向き合って、真剣な眼差しで計算していた。
オットーの傍らには一応そろばんのような計算用の道具があるけれど、それをどう使うのかはよくわからない。
わたしはそろばん自体、小学校の授業で足し算引き算の練習しかしてないので、たとえ、使い方がそろばんと同じでも使えないと思うけれど。
計算が一度区切りのついたところを見計らって声をかける。
「オットーさん、これ何?」
「会計報告と予算の作成だよ。冬の間に一年間の予算を組んで、春までに提出しなければならないんだけど、兵士って計算苦手な人が多くてね。一番金勘定が得意な俺が会計報告と予算表を作成することになってるんだ」
「面倒なこと押しつけられてるんだね」
羊皮紙を見てみると、読めないけれど、文字が並んだ項目の横に数字が3つ並んでいる。単価と個数と合計だろう。前の2つが掛け算で計算されているから、多分。
備品の申請かな? と思いながら見ていると、計算間違いを発見した。
「オットーさん、これ、間違えてない?」
「え?」
「ここね、75と30でしょ? だったら、2250と思うんだけど?……あ、こっちも違うね」
数字は読めるが、掛け算の式をここで何と言うか知らないので、非常に遠まわしな言い方になってしまった。
「え? 字が読めないんじゃないのか? なんで計算が?」
「うふふ、数字は市場で母さんが教えてくれたの。だから、こっちの数字を見て、計算はできるけど、この辺りは全然読めない」
項目が書かれた文字が読めないと言うと、オットーが何やら考え込んでしまった。「いや、でも」なんて小さな呟きが零れている。
「……マインちゃん、恥を忍んで頼む。手伝ってくれないか?」
これは引き受けてもいいものなんだろうか?
部外秘とか機密漏洩とか以前に、こんな子供に手伝わせるって、相当やばくない?
むしろ、こんな子供でも計算能力があるなら手伝ってもらわなきゃいけないほど切羽詰まってる?
オットーが「恥を忍んで」と言っている以上、子供に手伝いを頼むのはやっぱり普通ではないのだろう。オットーが敢えて頼んでくるのだから、できれば、引き受けてあげたいとは思う。
それに、わたしにはどうしても欲しい物がある。せっかくなので、交換条件を付けて引き受けることにした。
「わかった。石筆の補充と文字の先生で手を打つよ」
「は?」
いきなり幼女に条件を突きつけられるとは思わなかったのだろう。オットーが目を丸くしている。予想通りの反応に、小さく笑いながら、わたしの現状を説明した。
「さっきも言ったけど、母さんが教えてくれたから、数字はわかるの。でも、文字はわからないから、オットーさんに先生になってもらいたい」
「それは別にいいけど……石筆って? 石筆は別に高いものじゃないだろう?」
オットーの言うとおり、石筆は市場の雑貨屋でも売っている。実際、母に買ってもらったことはある。だから、買おうと思えば簡単に買えるものだ。
けれど、わたしが手に入れるのは難しい。
「前は買ってくれたんだけど、母さんに言ってもなかなか石筆を買ってくれなくなってきちゃって……」
「なんで?」
「多分、わたしが石板でずっと遊んでいるせいだと思う。買ってもらってもすぐになくなっちゃうから……」
「あははははは……」
一日に何時間も遊んでいれば、石筆なんてすぐに小さくなってしまう。お小遣いなんてもらえないわたしにとって、石筆の補充先は死活問題と言ってもいい。
「と、とにかく! 何のご褒美も無しに働くほど、わたし、安い女じゃないんです」
「……かなり安いと思うけど」
苦笑しながらオットーが正式にわたしの先生になってくれることになった。
書類は備品の申請で間違っていなかったようで、別の人が作った書類の確認作業中だったらしい。
「わたし、何したらいい?」
「ここの計算があってるかどうか確認してもらっていい? とにかく、計算間違いがどこに潜んでいるかわからなくて、確認に時間がかかって仕方ないんだ」
当たり前だが、ここにはパソコンなんてないんだから、ちょっとした書類作成にも時間がかかるのに、全ての計算確認まで一人でしなければならないというのは、人材不足にも程がある。
「もうちょっと計算できる兵士がいるね」
「……それはそうだけど、俺はこれができるから拾ってもらえたって理由もあるからなぁ……」
どうやらオットーさんが兵士になったのは、何やら事情があるらしい。情報や知識に飢えているわたしとしては、詳しいことを聞いてみたくてうずうずする。
けれど、確認作業が膨大な量なので、ぐっと我慢して、無駄話は次回にすることにした。
「マインちゃん、計算機使う?」
「ううん、使い方わからないからいい。わたしには石板があるし」
書いては消せる石板は計算用紙代わりに使うにはとても都合がいい。石板を使って、筆算で計算の手伝いをしていく。
数字に関しては完全に頭に入っているようで、わたしが9という数字を思い浮かべると、ちゃんとここの数字が書けるようになっている。
「すげぇ、楽。感動した。マジで助かった。まさかこんなに早く確認作業が終わるとは思わなかった。これだけ計算できるんだから、マインちゃんは商人に向いてるかもしれないなぁ。商人になるなら、商業ギルドに紹介できるよ?」
ここ数年、会計報告も予算編成も一人でしなければならなかった仕事だったらしく、計算確認しただけなのに、オットーに途轍もなく感謝された。
本が大量に作れるようになったら、本屋になるために商業ギルドに紹介してもらうのもいいかもしれない。思わぬところでコネを手に入れた。
それと同時に、わたしはオットーの貴重な助手として認識してもらえたようだ。
「マインちゃん、文字を覚えたいなら、本気で叩きこんであげようか? そうしたら、来年は書類作成も手伝えるようになるな」
「ホントに!? やったぁ!」
「え? 喜ぶところ?」
オットーがビックリしたように目を丸くしたが、本気で文字を教えてくれるなら、喜ぶところでしょ? 書類作成のお手伝いって、羊皮紙に触れるってことでしょ? インクで字が書けるってことでしょ?
それって、とても嬉しいことでしょ?
「マイン、お待たせ」
「帰るわよ」
今日は久し振りに大量の計算をして、脳味噌の運動ができた。大量の本を読んだ後のように、ジーンと頭の奥の方が痺れるような疲労感が心地良い。
とても充実した日になった。
「オットーさん、ありがとう。お世話になりました」
「こちらこそ。助かったよ」
「じゃあね、父さん。お仕事頑張って」
「ん」
時間はたったのに、父の機嫌が悪い。むしろ、朝より悪化してない?
なんで?