Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (144)
滞在期間延長
目が覚めたらお説教のフルコースでした。ルッツとベンノから始まり、フランとギル、それから、ダームエルと神官長。何故だろう、どんどん説教する人が増えてきているような気がする。
……でも、熱を出して寝ている時に見舞いと称してのお説教は勘弁してほしい。寝かせて。
今回のお説教で一番長くて熱かったのは、ダームエルだった。護衛対象であるわたしがバタッと倒れたことで、またもや上司の指示に従えない騎士として神官長に判断されるのではないか、と戦々恐々としていたらしい。「今度こそ処刑されるのではないかと思うと、本当に生きた心地がしなかった」と涙目で怒られた。
「ごめんなさい。ホントにごめんなさい。先に謝っておくけれど、これから、本格的に印刷を始める予定だから、似たようなことが頻発すると思います」
「全く反省していないではないか、巫女見習い!」
「倒れないように体力をつけなくてはいけない、と反省してます」
「反省する点が違うぞ!」
皆があまりにもつらつらとお説教するので、金属活字の興奮はあまり続かなくて、自分で思っていたよりも熱が下がるのは早かった。
けれど、熱が下がってからも、お説教は繰り返される。同じことばかり言われる現状にうんざりしてきたわたしは、早く家に帰りたくなった。少しずつ雪も溶けてきて、馬車も動くようになってきたし、そろそろ家に帰っても良いと思う。
「もうおうちに帰りたい……」
帰宅のためには、まず、神官長に面会の手紙を書かなくてはならない。そう思っていたら、神官長の方から面会依頼の手紙が届いた。面会依頼と言っても、神官長がわたしの部屋に来るのではなく、都合のよい日時を聞いてくれる招待状だ。
「フラン、神官長から届くなんて珍しいから、きっとお急ぎだと思うの。なるべく早く面会したいと思うのだけれど、いつとお答えすれば良いかしら? わたくしは今からでも良いのですけれど」
「さすがに今からでは、お迎えの準備をする側仕えが困るでしょう。明日ならば、大丈夫だと思われます」
フランが苦笑しながらそう言ったので、「明日ならば大丈夫です」とわたしは手紙の返事を書いた。
「何か手土産を持って行った方が良いかしら? お見舞いも頂いたでしょう?」
お見舞いと称して、神官長は大量の食料を運びこんでくれた。雪解けが始まっているので、そろそろ帰宅しようと思っているわたしにはもう必要のない物だ。帰宅する時には半分ほど孤児院の地下室に移そうと考えている。
「こちらで作っているお菓子を持参すれば良いと思われます。神官長はずいぶんクッキーを気に入っておいででした」
「だったら、この間作ったプリンはどうかしら?」
トゥーリが遊びに来た時にプリンにもアイスクリームにも挑戦した。その結果、やはりアイスクリームは暑い時に食べるものだと思い知った。炬燵で食べるアイスはおいしかったけれど、暖炉の前で食べても「おいしい」より「寒い」という感想の方が強くて、身体が冷えただけだった。
「そうですね。……プリンはあの触感に慣れればおいしく頂けますが、口に入れるのに少し躊躇してしまうので、初めて召し上がる方への手土産にはあまり向かないと存じます」
こちらでは蒸し料理があまりないようで、プリン作りに関してはエラにとても驚かれた。試食した人全員から触感が不思議だとか、噛む前になくなって頼りないとか、言われたけれど、甘くておいしいということで最終的な評価は高かった。
「では、エラには神官長が気に入ってくださったクッキーを焼いてもらいましょう」
手土産はクッキーで決定した。プレーンなクッキーと紅茶の葉を混ぜ込んで作るクッキーの二種類を準備することに決める。わたしの好みだ。
手土産も決定したので、わたしは心置きなく印刷機の設計図に取り掛かる。元々、ワインを作るためのブドウの圧搾機を改造して作られたのが、初期の印刷機だったはずなので、ここでも比較的簡単に作れるとは思う。ただ、困ったことにわたしが細かい寸法や構造を覚えていない。
「えーと、確かインクを塗るための道具がいるでしょ? こんな感じの取手がついていて、ここは皮が張ってあって……。これを置くための場所がこんな風に側面にあって、紙を置くための場所がこんな風についてて……。組んだ活字を置く場所はこんな感じだったような……?」
必死で記憶を掘り起こしてみるが、曖昧すぎて設計図というほどの物にはならない。大体こんな感じ、と口では説明できても、採寸なんて覚えているはずもない。実際に測りながら、書きこんでいくしかなさそうだ。
「神官長、あの記憶を探る魔術具を使ってくれないかなぁ?」
執務机に向かって、うんうん唸っているわたしの周りでは、側仕え達がそれぞれの仕事に精を出していた。
「おはようございます、神官長」
わたしは挨拶に加えて、お見舞いのお礼を言って、手土産を渡す。「わざわざすまない」と言いながら受け取る神官長の表情がほとんど変わらなかったので、本当に喜んでくれているのかどうか、わたしにはわからなかった。
「アルノー」
神官長の呼びかけにアルノーが皿を持って出てきてテーブルに置き、フランがお皿にクッキーを開封して盛っていく。フランは部屋から持参したカップを取り出し、アルノーが同じポットから神官長とわたしのカップにお茶を注いでいった。
「どうぞ、マイン様」
スッとアルノーがクッキーの皿をわたしの前に持ってきた。何を求められているのかよくわからなくて神官長に視線を向ける。
「客が持参した物はその場で客の手で開封されて、毒見のために客自身が食べて見せるのが貴族の礼義だ。……君には馴染みのない習慣だろうから、教えておいた方が良いと思ったのだ」
……毒見って何それ、怖い。
自分が持って行ったものなので、わたしは躊躇いもなく口を付けられるが、そんな話を聞くと、余所で飲み食いするのが怖くなるではないか。
「お茶に手をつけるのは、招待主が口をつけてからだ」
神官長が同じポットから入れられたカップに口をつけ、わたしがクッキーを一つ食べた後で、それぞれ好きな物に手を伸ばすことになる。
フランの言った通り、神官長はクッキーをとても気に入っているらしい。表情は変わらないが、クッキーの減りが他に比べてちょっと早かった。
少しの間、天気や孤児院の報告など、当たり障りのない話をする。そして、カップ一杯分のお茶を楽しんだ後、おもむろに本題を切りだすのだ。わたしも少しは貴族の習慣に慣れてきたと思いたい。
「あの、神官長。わたくし、そろそろおうちに帰りたいのですけれど……」
わたしが「よろしいですか?」と最後まで口にする前に、カップを置いた神官長が即座に却下した。
「駄目だ」
「……え?」
雪も少しずつ解けてきているのに、帰宅を却下される意味がわからなくて、わたしは首を傾げた。
神官長はカタリと音を立てて、立ち上がる。そして、一度部屋の中を見回した後、ベッドの方へと向かった。
「来なさい」
側仕えにも聞かれたくない話らしい。わたしもそっとカップをテーブルに置いて立ち上がり、神官長が開くドアへと入っていった。
わたしはいつもの長椅子に座り、神官長も椅子に座る。
「側仕えに聞かれるのも困るのですか?」
「……そうだな。なるべく知られない方が良いと思っている」
そう言った後、神官長はゆっくりと息を吸い込んだ。
「実は、ヴォルフが突然死んだと、先日知らせが入った。カルステッドに頼んで、ヴォルフへの依頼人を探っていた矢先のことだ」
死んだという言葉に、わたしは思わずコクリと息を呑んだ。ただ、肝心要のことがわからなかったわたしはゆっくりと首を傾げる。
……ヴォルフって誰?
「全く理解できていない顔だな」
「あの、神官長。つかぬことをお伺いいたしますが、ヴォルフさんというのはどちら様でしょう? どこかで聞いた名前なんですけれど、覚えがなくて……」
名前を聞いても顔が浮かんでこないので、大した知り合いではないと思う。神官長が知っていて当たり前のように話をするので、重要人物のはずだが、全く思い当たらない。
神官長は信じられないと言わんばかりに目を見開いた後、大仰に溜息を吐いた。
「……ヴォルフはインク協会の会長だ」
「インク協会の会長って、あの不審人物ですよね?」
インク協会の会長と言えば、わたしの情報を嗅ぎまわったり、ルッツに絡んだりしたことで、わたしが神殿に籠ることになった原因そのものだ。
「……え? 亡くなったんですか!? なんで!?」
「遅い!」
わたしを調べるように、とヴォルフに命じた貴族が一体誰なのか、黒い噂がどこまで本当なのか、神官長やカルステッドが探っていたらしい。しかし、数人まで候補者が絞られたところで、突然ヴォルフが死んだと言う。
「ヴォルフは、どこからか、平民の巫女見習いが工房長をしていることを聞いたようだ」
どこからか、という部分を強調して神官長が言う。そういえば、わたしの素性は意外と貴族に知られていないと言っていたはずだ。知っている人間は限られてくる。
「その工房長が本当にベンノと繋がりがあるのか、どのような容貌をしているのか、色々な情報を得るために探っていたようだ。しかし、君はすぐに神殿に籠ってしまった。それに、元々身体が弱くてあまり周囲と係わりがなかったようだな? 結果はあまり芳しくなかったようだ」
神官長の言葉に心臓が跳ねる。貴族に情報収集を頼まれて探っていたのに、結果は芳しくなく、神官長やカルステッドが繋がりを調べ始めた。その矢先の死亡となれば、嫌な予感がする。
「……ヴォルフさんが亡くなったのは、貴族の仕業ですか?」
「おそらく」
神官長はゆっくりと、しかし、躊躇いなく頷いた。
邪魔だと思ったものは即座に処分する。貴族にとって平民は同等のものではない。わかっていたけれど、あまりにも唐突に当然のこととして眼前に突きつけられて、わたしはぞっとした。自分自身を抱きしめるように身体を抱えて、鳥肌の立った二の腕を擦る。
「……貴族に、わたくしが狙われているのですか?」
「様々な貴族から狙われているのは確実だが、君をどうする目的で、誰が狙っているのかまではっきりとわかる者は少ない」
神官長の言葉にわたしは小さく震えた。
「これから行われる春の祈念式に向けて、農村を預かる貴族達が一斉に動きだしている。一番厄介なのは君が街から連れ出されることだ。ある程度貴族が散るまで、神殿に籠っていなさい。この街にいる貴族の数が減れば、彼らの動向にも目が届きやすくなる」
「……はい」
絶対に家へ帰れないわけではない。わたしはそう自分を慰めて、春の祈念式まで神殿に滞在することを承諾した。
「それから、君の家族には滞在期間が延びることと、養女の件について話をしておかなければなるまい。これを渡しておいてくれ」
「……かしこまりました」
さすがに貴族の養女になるなんて重要な話を、お手伝いに来てくれたトゥーリや父に、何かのついでのように話せるわけがない。家に帰ってからきちんと話をしようと思っていたが、帰る前に神官長からお話されてしまうようだ。
わたしは神官長から預かった招待状を見つめて、溜息を吐いた。
「わかっていると思うが、ヴォルフや養女に関することは他人に話さぬように。君の側仕えは信用できる者ばかりではない」
反論はできなかった。
神官長の招待状をルッツ経由で両親に渡してもらった。「神官長からの呼び出しって、お前一体何をしたんだよ?」とルッツに言われたけれど、簡単に口にできるようなことではない。養女の件は伏せて、溜息を吐いた。
「祈念式が終わるまで、家に帰れなくなったの。それに関する話だよ」
これは公表しても良い話だ。むしろ、側仕えにきちんと話をしておかなければ、日々の生活に困る。
「まぁ、食料はどうしますの?」
「そろそろ市も立つし、神官長からのお見舞いの品がまだ残っているでしょう?」
神官長が見舞いの時に持ってきた食料は、わたしが春になっても神殿に籠れるように、という心配りであったらしい。
ルッツに招待状を持って帰ってもらった三日後、両親がやってきた。門の近くの待合室で待っていたわたしは、久し振りに母に会った。
変わらない笑顔といつ生まれてもおかしくないほどに大きくなったお腹に、グッと熱いものが込み上げてくる。
「母さん……」
「マイン様、ここはお部屋ではございません。……お気持ちはわかりますが、お立場を考えてください」
フランが困ったようにわたしの肩を押さえる。手を伸ばしかけた母がそっと手を下ろし、父が慰めるように母の肩を抱いた。
「ご案内いたします」
フランが先頭に立ち、わたしはその後ろに続く。両親はその後だ。
後ろを振り返りたい気分になりながら、歩いているとそっと頭を撫でられた。父とは違う柔らかい感触に頬が緩む。振り返ろうとしたら、前を向いていなさい、と言わんばかりに、指に力が込められた。
フランが振り返る寸前にスッと引かれる手との無言の触れあいが、楽しい。時折大きくてごつい手と交代しながら、神官長の部屋に着くまでの間、無言の触れあいは続いた。
「おはようございます、神官長」
「招待状により参上いたしました。今回は何のお話ですか?」
父が兵士の敬礼を向けると、神官長は軽く頷いて、席を勧めた。テーブルを挟んで、長椅子と個々に座る椅子が二つ、準備されている。普通に考えれば、長椅子に座るのが両親で、わたしと神官長がそれぞれの椅子に座ることになる。
お腹の大きい母が少し苦しそうに長椅子に座るのを父がそっと助けて、二人が座った。
「全員下がりなさい」
神官長はお茶が運ばれるとすぐに人払いした。その上で、範囲を指定する魔術具を使って、防音の結界のような物を張る。
父が周りを不気味そうに見回した。
「な、何だ?」
「これで声が外に漏れなくなるのだ。マイン、人払いしたから、両親の間に座っても良い。ここまで我慢したのだろう?」
神官長は父に結界の説明をしながら、座る場所を決めかねて立っていたわたしを両親の方へと押し出してくれた。
「ありがとうございます、神官長」
わたしは満面の笑顔でお礼を言うと、両親の間に座る。父と母の顔を交互に見た後、母にそっと抱きついた。
「母さん、久し振りだね。会いたかった。それに、もういつ生まれてもおかしくないくらい大きくなってるよね?」
「まだよ。もうちょっと大きくなるわ」
「そうなんだ?」
大きくなった母のお腹を撫で、母に抱きしめられて、ハァ、と満足の息を吐く。
「……満足したようだから、話を始めても良いか?」
「はい」
わたしは正面に座る神官長に顔を向け、座り直す。
「では、回りくどい挨拶は省略して、本題に入る。いいな?」
わたしの相手をしてきたことで、神官長は平民に挨拶をしても無駄だと理解しているようで、貴族らしいやり取りを完全に省いた。
「マインは春の祈念式が終わるまで神殿預かりとする」
「ちょっと待ってください。それは何故ですか? 冬の間だけだというお約束だったはずです」
身を乗り出す父に、神官長は冷たく見えるような無表情で口を開く。
「今が一番危険だからだ」
静かに短く答えられたことで、父は状況がおもわしくないことを悟ったらしい。表情を改めて、グッと拳を膝の上で握った。
「何がどのように危険なのでしょう?」
神官長は「決して口外してはならない」と言い置いた後、秋から春にかけてあった、わたしに関係する貴族側の色々についての説明をする。それはわたしが聞かされてきたことばかりだ。
「マインの魔力は私の予想以上に多かった。魔力不足のこの街にとって、貴重な魔力だ。だからこそ、ある貴族達は欲しがり、そして、ある貴族達は疎ましく思うのだ」
色々な目的で貴族から狙われていると聞かされた両親の顔色は真っ青で、わたしの背中に回されている手が小さく震えているのがわかる。
「今、マインを街から連れ去られるのが一番困る。そのために、門でも貴族の出入りについて、改変が色々あったはずだ。ギュンター、君が門を守る兵士ならば、当然知っているだろう?」
あまりにも意外な話に父は目を丸くしながら、神官長をじっと見つめる。
「……知っております。貴族の移動に大幅な改変があって、貴族の騎士団が……」
「あぁ、マインを連れ去るのはおそらく貴族階級に属する者だ。この領地の、もしくは、別の領地の貴族が動くか、今の段階では全くわからぬ。だからこそ、騎士団の方から領主に働きかけ、貴族の出入りに制限をつけてもらった」
冬の間に、神官長やカルステッドは騎士団を動かしたり、貴族の出入りに制限をつけたり、色々と動きまわっていたようだ。
「まさか、その改変はマインのためですか?」
「いくつか他にも理由はあるが、君に公開できる理由はマインの確保だけだ。それに、君はそれだけ知っていれば十分だろう」
父はコクリと頷きながら、ほんの少し身体の力を抜いた。
「この領地の貴族も春の祈念式にはそれぞれの土地へと向かう。そうなれば、この街から貴族が減って、少しは細かいところに目が届くようになる。それまで、離れて暮らすことになるのは、辛抱して欲しい。……君の娘を守るためだ」
神官長の言葉は真摯で力が籠っている。人を従え、動かすことに慣れていると言えばいいのだろうか。騎士団でも人を従える方の立場だった神官長に、兵士として従うことに慣れている父は敬礼で応じる。
「格別のご配慮、ありがとうございます。だが、何故マインのためにそこまで……?」
「言っただろう? 今は魔力が必要なのだ。マインが貴族の養女となることを承諾してくれれば、このような面倒は必要なかった」
ハァ、とわざとらしく神官長が息を吐く。父はぎょっとしたように目を見開いて、母の手に力が籠る。
「養女!?」
「ギュンター、君は今すぐマインを貴族の養女にすることに関してどう思う?」
「……」
父がギリッと歯を食いしばった音が響いた。わたしの手を離すまいと痛いほどに握り締めている。何も言わなくても、答えは明らかだった。
「親子揃って答えは同じか……」
神官長は「両親から手放してくれれば、少しは諦めがつくかと思ったのだが……」と小さく呟く。
「マインも同じようにどうしても家族から離れたくないと言ったので、十歳までは猶予を与えるが、マインの魔力が平民の身食いとしては高すぎるため、十歳で貴族の養女とする。これは決定事項だ」
「なっ……」
親の承諾も何もなく、決定事項だと言われた両親は、衝撃を受けたように身体を強張らせた。わたしを守ると言いながら、一方では独断で貴族の養女にすると言う神官長にどのような態度を取れば良いのかわからないようだった。
「制御もできない大きすぎる魔力は本人にも周囲にも危険でしかない。この地に置いておくのに危険だと判断されれば、マインは処分される」
「処分!?」
「危険なものを、排除するのは街を守る者として当然だろう? 兵士である君ならばわかるはずだ」
父は自分の娘がそれほどの危険人物だと思えるはずもなく、戸惑ったようにわたしを見た。母もまた悲しげに眉を寄せる。
「処分を回避するために、マインは魔力を制御する術を学ばなければならない。そのための養子縁組だ。貴族院に入らなければならない十歳までは、家族と過ごせば良い。ただし、それ以後は何を言っても無駄だ。貴族の養女か、処刑か、どちらかになる」
「……十歳」
二年と少し、と期限を切られ、呆然としたように呟く父に、神官長はゆっくりと息を吐く。
「養女先は私が懇意にしている貴族だ。無碍な扱いはさせない。それは約束しよう」
その言葉に、ハッとしたように母が顔を上げた。神官長を真っ直ぐに見詰めた後、コクリと頷く。
「……わかりました。神官長にマインを預けようと思います」
「エーファ!?」
驚いたような父の声にも構わず、母は神官長を見つめたまま、目を離さない。
「この冬、神殿に籠ることになった時、マインの身体の弱さでは、とてもそんなことはさせられないと思いました。けれど、皆の助力のお陰で、マインは恙無く過ごしているとトゥーリから聞いています。神官長の
心配
りのお陰でしょう」
神殿に出向くことを禁じられた母は父やトゥーリから話を聞くしかできなかった。それでも、ずっと寝込んでいて勤めを果たせないということもなく、わたしが冬を乗り切ったのは周りがよく面倒を見てくれたからだ、と言う。
「エーファ、お前……。だからと言って、養女は……」
反論しようとした父の口元に母は静かに手を伸ばし、言葉を遮った。一度目を伏せた後、ゆっくりと首を振る。
「ダメよ、ギュンター。よく考えて。十歳ならダプラとして、余所で生活するようになる子供もいるでしょう? わたしは、マインが危険な存在として処分対象になる方が嫌よ。マインのことをよく知らない貴族に攫われてしまう方がよほど命の危機だと思うの。神官長は今まで誠実に対応してくれているわ。わたし達の手を離れるならば、せめて、信頼できる人に託したい」
母はそう言って、神官長の方を向くと、胸の前で手を交差させる。
「神官長、マインをよろしくお願いいたします」
母の言葉に、父も観念したように肩を落とした後、右の拳で左の胸を二回叩いて敬礼した。これで、十歳になると同時に養女になることが、両親公認で決定してしまった。
「十歳なんてなりたくないね……」
自分のためだとわかっていても、何とも言えない寂しさが胸を突く。まとわりつくような寂寥感を振り払いたくて、わたしはしばらく母に抱きついていた。