Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (15)
トゥーリの髪飾り
門で留守番をした日から数日たったお昼前、母が一生懸命に作っていたトゥーリの晴れ着が完成した。
基本はすとんとしたシルエットの生成りのワンピースだ。襟ぐりや袖、裾の縁取りに飾り刺繍がある程度のシンプルなもので、幅広のサッシュが青で、涼しげに彩りを添えている。
可愛いことは可愛いけど、ちょっと物足りない様な気がする。日本の七五三で、子供達が着物だったり、ドレスだったり、見栄えのするカラフルな衣装で撮影するスタジオの広告を見てきた弊害だろうか。
「どう、マイン? 可愛い?」
どうせなら、もうちょっとひらひらさせるとか、飾りを増やすとかすれば、もっと可愛いのに……。
心の中ではそう思ったけれど、母が自信たっぷりだし、トゥーリも嬉しそうなので、これで十分な出来栄えなのだろう。
自己満足の写真撮影と違って、神殿に着ていくものだし、あまり派手になるのはダメかもしれない。ここの常識がわからないわたしが服の作りに口を出してはいけないと思う。
けれど、口を出しても良い部分を見つけた。
それは髪だ。
お手入れで艶々になってきたが、トゥーリの髪型は常に後ろで一つの三つ編みにするだけ。洗礼式に髪型を変えるなら、髪飾りくらいは凝った物でもすればどうだろう。
しかし、何をするにも、ここの基準を知らなければ行動できない。幼いマインの記憶に洗礼式に関する記憶など全くないのだから。
「トゥーリ、可愛いよ!……でも、髪型はどうするの? 洗礼式の時はこうするって決まりがあるの?」
「このままのつもりだけど?」
……トゥーリ、それはダメでしょ。せっかくなんだから、もうちょっとおしゃれしようよ。
思わずカクンと項垂れてしまったが、気を取り直して質問を続けることにした。髪型は変わらなくても、飾りには何か思い入れがあるかもしれないからだ。
「えーと、じゃあ、髪飾りは? 何か付けるの?」
「そうだね。夏だし、どこかで花でも摘んでこようか?」
「それじゃ、ダメだよ! せっかくの可愛い服なのにっ!」
絶対にどこかその辺りで適当に摘んでくるつもりでしょ、その口調!
トータルコーディネートって言葉を知らないの!?……あぁ、知らないよね、当然。
ここでは子供の髪型で髪をアップにするのはNGらしいが、編み込みくらいはしてもいいだろうし、髪飾りだって、ないなら作ればいい。
レース編みならわたしは作れる。まだ夏までには時間があるのだから。
「わたしがやる! やらせて、トゥーリ。絶対に可愛くしてあげるから」
そう宣言した直後、レース編みのためのかぎ針がないことに気付いた。毛糸用のかぎ針は母が持っているが、あの太さでレースは編めない。
ど、どうしよう!?
家族の中で、道具っぽい物を作れそうなのは父だけだ。トゥーリに作ってもらった簪を使いやすいように滑らかに削って、油を塗って整えてくれたのも、実は父だ。
わたしはちらりと横目で父の機嫌を伺った。
門でオットーに文字を教えてもらうようになって数日がたったというのに、父の機嫌はまだ悪い。あまりおねだりには向かなそうな機嫌に見えるが、機嫌を損ねたわたしが構わないから機嫌が直せないだけだと思う。
正直、おとなげない父だが、ここはわたしが大人になってあげることにしよう。構って欲しそうな空気を読んで、父にちょっと甘えておねだりしてみれば、父の機嫌も直るし、わたしはかぎ針が手に入るし、一石二鳥だ。
「父さん、父さん」
「なんだ?」
「父さんは結構器用だよね? トゥーリの人形を作ったのって、父さんなんだよね?」
「ま、まぁ、そうだ。コホン! あ~、なんだ、その、マインも人形が欲しいのか?」
怒っているんだと主張するような厳めしい顔で、そのくせ、何やら期待しているような目をして、父がチラチラとこちらを見ながら、聞いてくる。
「ううん。かぎ針が欲しいの」
「かぎ針? 母さんが編み物に使うやつか? 借りればいいだろう?」
わたしが答えた瞬間、父の顔がものすごくがっかりした顔になった。もうちょっとでいいから、取り繕って欲しいくらい情けない感情がにじみ出ている。
もうあっちへ行け、と言わんばかりに手を振って、わたしを追い払おうとするなんて、親の態度として良くないでしょ。せめて、最後まで話は聞こうよ。
「あのかぎ針の形のもっともっと細いのが欲しいの。毛糸じゃなくて、糸を編むために使うから。……父さん、細いかぎ針って、すごく難しいと思うけど、作れる?」
やや潤ませた上目遣いで、じっと見つめながら、胸の前で手を組んで、出来るだけ可愛いおねだりポーズをとってみる。
日本の二次元の可愛さがこの世界で通用するかどうかはわからないが、親馬鹿に対する娘の可愛さは全世界共通……だったら、いいな。
わたしの可愛さが通じたのか、父が無精ひげを撫でながら、うーんと考え込んだ。
「……木でいいんだろう?」
「うん! できる?」
「やってみよう」
父のプライドを少々刺激したようで、早速父は物置からごそごそと数種類のナイフと木を持ってきて、削り始めた。
ナイフを使い慣れている父の仕事は速い。細めの枝をシュシュッと削っていけば、あっという間に皮がなくなり、中心部の固い素材だけになった。
その後は手本とする毛糸用のかぎ針を見ながら、手元の木を丁寧に削っていく。
「毛糸でこの太さってことは、糸ならこれくらいか?」
「う~ん、もうちょっと細くできる?」
「これくらいか?」
「それくらい!」
太さが決定したら、別のナイフに変えて、かぎ針の針先を作り、整えていく。職人技とまでは言わないが、わたしにはできないことなので、素直に父を称賛する。
「素敵、父さん! もう形ができちゃった。あとね、これに糸が引っかからないくらいすべすべになるように磨いて、油で滑らかにしてくれると、とっても助かるんだけど」
「任せておけ」
娘に褒められて父としての自信が回復したのか、父は上機嫌で細いかぎ針をせこせこと磨き始めた。
ふっ、計算通り。
黒笑いを浮かべるわたしと違って、トゥーリは天使のように純真な笑顔を浮かべる。
「マイン、なんだか父さんの機嫌よくなったね。よかったぁ」
「うんうん、よかったね」
不機嫌だったのは、わたしが原因だったなんて言わないよ。
機嫌をとるのが面倒で、あえて空気読まずに放置したなんて言わないよ。
わたし、幼女だから、どうして機嫌悪いのかなんてわかんないってことでよろしく。
父が頑張って磨いてくれているので、完成したかぎ針をすぐに使えるように、わたしは糸を漁り始めた。
トゥーリの晴れ着を作るためにたっぷりと準備された糸がまだ少し余っている。布を織るために使った白というか、生成りの糸は他にも使い道があるだろう。
しかし、縁飾りやサッシュに使った色とりどりの糸は、布を織るには中途半端な長さしか残っていない。それほど使い道はないと思う。
「母さん、この色が付いてる糸ちょうだい」
「何するの?」
わたしが糸を欲しがるとは思わなかったらしい母が目を丸くした後、怪訝そうに眉を寄せる。
「『レース編み』しようと思って」
「え?」
「トゥーリの髪飾り作るの」
麗乃の母は、広告を丸めて籠を作るだけではなく、次々と色んな手芸にはまっていった。大きなお世話だったが、麗乃に何とか本以外の趣味を持たせようとした母は、どのブームにも麗乃を巻き込んだ。つまり、「おかんアート」歴は麗乃も長い。
実は数多く経験した「おかんアート」の中で、完成作品が比較的役に立ったのが、レース編みだった。道具さえあれば、レース編みで髪飾りを作ることには自信がある。麗乃の人生は一度終わったけれど、一体何が役に立つかわからないものだ。
けれど、麗乃として人生を知るはずがない母は、わたしに糸を渡すことに難色を示した。きっと、わたしに渡したら無駄になることが多いので、もったいないと思っているに違いない。
「髪飾りって、洗礼式の時だけしか使わないんでしょ? ちょっとした飾りにそれだけの糸を使うのがもったいないわ。髪飾りなんて、花で十分じゃない。これ以上可愛くしなくても、トゥーリは可愛いもの」
「これ以上可愛くなれるなら、してもいいじゃない。可愛いは正義だよ!」
わたしがグッと拳を握って主張すると、母は何故か溜息を吐いて、話は終わりだと言わんばかりに背を向けた。
慌てて、母のスカートを掴んでおねだりする。
「ねぇ、母さん。ここの余ってる糸でいいから、ちょうだい。せっかく父さんが作ってくれるんだから、かぎ針使いたいの。もうちょっとでできるんだよ。お願い」
かぎ針が無駄になるよ、と父に助けを求めて視線を向けてみる。
父はわたしの視線の意味を読みとったのか、自分の手にあるかぎ針が無駄になるのが嫌だったのか、わたしから父への尊敬が消えることを恐れたのか、わたしに加勢してくれた。
「珍しくマインが裁縫に興味しているんだから、余った糸くらいやったらどうだ?」
「……そうね」
しばらく考え込んでいた母が渋々といった表情で、使い道に困るくらいの長さの糸をいくつかくれた。
「やったー! 母さん、ありがとう。父さん、大好き」
わたしが万歳して、大袈裟に喜んで見せると、父がにやけだした。かぎ針を磨く手にすごく力が入っていて、鼻息が荒くて、ニヤニヤしている。ぶっちゃけ、ちょっと気持ち悪い。
機嫌もとれたみたいだし、ちょっと不気味だし、以後放置でいいよね?
父の暑苦しいほどの愛情がこもったかぎ針をもらったので、早速レース編みを始める。小さい花をたくさん作るのだ。
ちまちまちまちまちま……。
レース編みはこの前失敗したパピルスもどきと同じように、ちまちま編むもので、根気が必要だ。そうは言っても、わたしが作り始めた花は小さい花なので、15分もあれば、1つは出来上がる。
わたしはテーブルの上に、コロンと黄色の花を転がして、次の花へとりかかった。トゥーリが出来上がったレースの花を感心したように、しげしげと見つめた後、首を傾げた。
「ちょっと小さすぎない?」
「小さい花を集めた飾りにするんだよ」
「ふーん」
大きい花にしちゃうとね、完成前に飽きて面倒になった時に困るでしょ?
本音は心の中にしまっておく。
トゥーリの髪飾りは大口を叩いた以上、完成させなければならないので、途中で飽きても大丈夫なように、小花をまとめるようなデザインに決めた。
実際、麗乃の時に大きいデザインは嫌になって途中で止めてしまったのだ。危険は排除しておくに限る。
「レースのリボンも考えたんだけど、ある程度の長さがないと結べないし、途中でその色の糸がなくなるかもしれないでしょ? だから、小花をいくつも作ってるの」
「マイン、ちゃんと考えてるんだね」
「そうだよ! トゥーリのためだもん」
最後にできた分をまとめる感じの髪飾りにするから、飽きた時点で完成するとか、糸がなくなれば、別の色の糸で新しい花を作ればいいから、糸が無駄にはならないとか、いろいろ考えたんだよね。
ちまちまちまちまちま……。
いくつか小花が完成したところで視線を感じて、わたしはふと顔を上げた。母が興味を引かれたように、わたしの手元を覗きこんでいた。
母はこの辺りで美人と言われる裁縫上手だ。こういう手仕事は気になるのだろう。完成した小花を手の平で少し転がして見つめている。
「……それほど難しくはないのね」
「母さんは毛糸を編み慣れてるから、いくつかのパターンだけ覚えちゃえば、母さんの方が上手に作れると思うよ? やってみる?」
わたしがかぎ針を渡すと、母は小花を見ながらすいすいと作り始めた。時折、指先で小花を転がして網目を確認するだけで、あっという間に1つ出来上がる。
わぉ、さすが裁縫美人。編み目を見れば、編み方はわかりますか。つきっきりで教えてもらって、嫌々ながら覚えたわたしとは大違い。
「すごいね、母さん」
「こんな編み方を知っていたマインの方がすごいわ。マフラーやセーターを編むことはあるけど、こんな飾りを作ろうと思ったことはなかったもの」
生活するだけで手一杯のこの世界では、装飾品に気を向ける余裕なんてないし、誰も作っていないので、そもそもレース編み自体を見たことがない可能性もある。
わたしは服に飾りが付いていて当たり前の世界で育ったから、知っているが、こんな小さな飾りさえ、この世界では異質らしい。
「それで、マイン。たくさん作ったこの花をどうやって頭に飾るの?」
テーブルの上に転がる花から完成品を思い浮かべることができないらしい母に、わたしはできるだけわかりやすく説明する。
「えーとね、こういう端切れで小さい円を作って、1つ1つ縫いつけるの。そうしたら、花束みたいになるでしょ? それを『ピン』にぐるぐる……って、『ピン』!?」
自分で説明しながら、一気に血の気が引いた。思わず悲鳴のような声を上げてしまったわたしに驚いて、母がビクッとなる。
「マイン、急になんなの!?」
「……どうしよう、『ピン』ないよね?」
大変だ! この世界にはピンがない。少なくとも、この家の中では見たことがない。それに、髪ゴムもない。紐で縛るような世界で、せっかく作った飾りをどうすればいい!?
「と、ととと、父さーん!」
父を放置するのは即座に止めて、おねだり体勢に入った。口だけで説明するのは難しいので、石板を持ちだして、絵を描きながらねだってみる。
「わたしの簪みたいに片方は先を尖らせて、反対側はこんな風にちょっと平らに削って、小さい穴開けた短めの簪が欲しいんだけど、作れる!?」
「まぁ、これなら、かぎ針より簡単だ」
「ホントに!? 父さん、すごい! 今までで一番尊敬するよ!」
感激したわたしが大サービスでハグすると、父が「フッフッフッ、勝ったな」と小さく呟いた。どうやらまだオットーに張り合っていたらしい。
機嫌良く父が短めの簪を作ってくれたので、ボタンを縫いつけるような感じで、簪の穴にレースのミニブーケを縫い付けた。
「うん、完成! トゥーリ、晴れ着来て、ここに座って」
夏物の晴れ着を着たトゥーリが竈に一番近い椅子に座る。わたしは自分の椅子をトゥーリの後ろにズリズリと移動させて、靴を脱ぐと椅子の上に立った。
トゥーリの三つ編みを解いて、櫛を入れ、両脇から編み込みをしていく。トゥーリの髪はふわふわのテンパなので、編み込みのハーフアップにすると、目を見張るくらい華やかな雰囲気になる。
編み込みの先をぎゅっと縛った粗末な紐の上に、落ちないように簪をそっと刺した。トゥーリの青緑の髪に黄色や青、白の小花がよく映える。
「うん、可愛い!」
「まぁ、ホント! すごく可愛いわよ、トゥーリ」
「マインは手先が器用だな。体力はないが、手先を使う仕事なら見つかるかもしれないぞ?」
家族の言葉にはにかんで笑っていたトゥーリが、あっちを向いたりこっちを向いたり、髪や飾りを触ったりしていたが、しばらくして、むぅっと頬を膨らませた。
「マイン、後ろに飾られたら、わたしからは全然見えないよ?」
「それはそうだけど……仕方ないじゃん」
「でも、どんな風になってるか知りたいんだもん」
この家には鏡がないので、どんな感じになっているか、見せてあげることもできない。
どうしようかな、としばらく考えていたが、トゥーリがものすごく不満そうな顔をするので、ミニブーケの簪を抜いて、自分の簪の傍に挿してみた。
「こんな感じになるよ。どう?」
わたしの髪に挿された飾りを見て、トゥーリが歓声を上げる。
「うわぁ、可愛い! すごい! ねぇ、母さん。わたしの髪もこんな感じ?」
「マインが綺麗に髪を結ってくれたし、この糸の色はトゥーリに合わせてあるから、トゥーリの方が似合うわよ」
「そっかぁ。そうなんだ。うふふっ……」
頬を真っ赤に染めて、ものすごく嬉しそうに笑み崩れたトゥーリが、わたしの髪から飾りをそっと外す。
「ありがと、みんな。すごく嬉しい」
春を目前にトゥーリの晴れ着のトータルコーディネートが完成した。これで夏の洗礼式ではトゥーリが一番注目されるのは間違いないだろう。
そして、母がレース編みにはまったようで、父が作ってくれたかぎ針が気付いた時には母の裁縫箱に入っていた。
……まぁ、いいけど。