Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (163)
他領の貴族
父に抱かれて移動し、神殿に着いたら、フランが門のところで待っていた。
「フラン?」
「窓から騎士団の救援を求める赤い光が見えましたので、もしかしたらお戻りなるのではないかと。部屋に参りましょう」
困ったように笑いながらそう言って、フランは部屋へと向かい始める。
「フラン、わたくし達は神官長にお話が……」
「神官長はいらっしゃいません」
「……え?」
「詳しいお話は部屋でいたしましょう。ギル、申し訳ありませんが、ここでダームエル様を待っていてください。神官長のところではなく、マイン様の部屋へ来てくださるように伝言をお願いします」
部屋に着くと、娘を抱えて街中をダッシュした父に水を入れてもらい、一階の小ホールで話を始める。フランが静かに口を開いた。
「マイン様がお帰りになられてからのお話をいたしましょうか」
わたし達が帰ってから、それほど時間を置かずに父が部屋へと来たらしい。「先日の貴族が街に入ったらしい。神官長に報告してくれ」と言うと、父はすぐさまわたしの無事を確認するため、街へと取って返した。
「私は神官長に報告するため、急いで神官長の部屋へと向かいました。ところが、神官長は不在だとアルノーに告げられたのです」
フランは仕方なく部屋に戻ろうとした。その途中で、デリアから呼び止められたそうだ。
「デリアが? 何の用だったのかしら?」
「ディルクの養父が到着したらしく、これまで面倒を見ていたマイン様にお話を聞きたいということでした。すでにマイン様は帰られたとお話をして、追い返しました。神殿長の部屋へとマイン様をやらずに済んでよかったと安堵したのですが……」
何故戻ってきたのか、と聞きたそうな恨めし気な目でフランがわたしを見るけれど、そんな目で見られても困る。
「こちらも実は色々あったのです」
わたしが、帰りにあったことを簡単に報告すると、フランはすっと目を細めた。
「マイン様の報告と合わせて考えますと、神官長にも騎士団からの要請があったのかもしれません。ダームエル様が戻られる頃には神官長も戻られるでしょう」
領主が移動するならば、護衛をする騎士も同行するので、騎士団は人数が不足しているに違いない、とフランはそっと息を吐いた。
「マイン様、ダームエル様が合流されるまでの間に、巫女服に着替えてお待ちください」
わたしは不安そうな顔のロジーナに手伝ってもらって、青の衣を身にまとう。
それほど待つこともなく、ダームエルが神殿へと戻ってきた。騎士団の応援が来たようで、護衛任務に戻るように言われたらしい。
ギルとダームエルにも水を渡し、フランがざっと事情を説明する。
「……おかしいな」
ダームエルがぐっと眉を寄せた。
「現場でフェルディナンド様のお姿は見なかったぞ。私は騎士団からの報告を頼まれた。こちらにいらっしゃるのではないのか?」
ダームエルの言葉に首を傾げつつ、わたし達はもう一度神官長の部屋へと向かうことにする。アルノーにどこへ行ったのか、問いつめなければならない事態が起こっているのだ、とダームエルが強い口調で言った。
「巫女見習い、これを持っておけ」
何かを思い出したように、ダームエルは小さな袋から一つ指輪を取り出して、わたしの手に握らせる。
「先程の男が持っていた証拠品だ。貴族の紋章があるだろう?」
「そんな大事なもの、預かれません!」
「小さくて品質も良くないが、これには魔石がついている。何かあった時のために持っておいた方が良い。フェルディナンド様と違って、私には巫女見習いに貸せる魔石がないのだ」
貧乏貴族だというダームエルには、他人に貸せるほど魔石の余裕がないらしい。犯人の物でも、何もないよりはマシだろうと言われ、わたしは預かった指輪をはめてみた。けれど、魔術具ではないのか、サイズが調節されない。
「……壊れたのかもしれぬな。証拠品としては紋章があれば十分だ。魔力は籠められるのか?」
「魔力も一応籠るようです」
「魔石の質が良くないから、突然魔力を大量に込めると壊れる可能性がある。気を付けろ」
壊れかけの指輪を落とさないように、手を握りこんだ形で先頭にフラン、真ん中にわたし、左右を父とダームエルが固める形で、神官長の部屋へと向かう。
戦闘能力がなく、子供のギルは部屋で留守番だ。暴力はいけない、と言われて育ったギルに、血飛沫が飛んで死人が出た本日の戦闘はかなり衝撃が大きかったようだ。かなり動揺しているのがわかる。できることならば、側についていてあげたいけれど、そんなことができる余裕はない。
「マイン様、気を付けてください。本当に」
「ギル、お留守番をよろしくね」
神官長の部屋へと向かう途中で、神殿長御一行が先の方の角を曲がってきたのが見えた。少し腹が出て狸のような神殿長の隣には、ガマガエル系の醜くて、でっぷりとした男の姿がある。衣装は違えど、雰囲気はまさに悪代官と越後屋だ。その周囲には灰色巫女や見かけない従者達がぞろぞろとついていて、10名ほどの団体になっている。
フランがすいっと一番近くの角を曲がって、一行と鉢合わせないように避けた。奥の貴族門へと向かう道で、大回りにはなるけれど、わたしはなるべく顔を合わせないまま、神官長の庇護下に入る方が良い。
父がわたしを抱き上げ、ダームエルが辺りを警戒し、フランは足早に神官長の部屋へと向かう。
「ダームエル様、神殿長と一緒にいらした方は、どちら様ですか?」
「ビンデバルト伯爵。……許可証を偽造して街に入ってきた貴族だ。おそらく君を狙っている」
ダームエルが声を落として低く囁くと、わたしを抱き上げる父の腕に力が入った。騎士団か、せめて、神官長がいてくれれば、捕えることができるかもしれないが、今のダームエルでは身分的にも魔力の実力でも相手にならないらしい。
貴族門につながる扉が見える。曲がって神官長の部屋へ向かおうとした瞬間、神殿長御一行が廊下を塞いでいるのが目に入った。避けたつもりだったが、先回りされていたらしい。
「ビンデバルト伯爵、あれがマインだ」
何とも言えない嫌な笑みを浮かべた神殿長が、父に抱かれたままのわたしを指差した。ガマガエルがニヘェッと口が裂けたように笑って、わたしを上から下まで検分するように見る。
「ほぉ、これが……」
ぞわっと全身に鳥肌が立つような気持ち悪い視線に晒されて、わたしは思わず父にぎゅっとしがみつく。
「ふぅむ。帰ったと聞いていたが、庇護者の元へと戻ってきたのか。ならば、あれらは失敗したのだな」
無能め、としゃがれた声で越後屋が呟いたかと思うと、わたしに向かって、手を差し伸べてきた。
「マイン、お前と契約してやろう」
「……謹んでお断り申し上げます。すでにお約束がございますので」
「ふん、庇護下にあるとはいえ、何の契約もしておらぬのだろう? ならば、先に契約してしまえば問題はない」
ふぇっふぇっと奇妙な笑い声を上げながら、ガマガエルがでっぷりとしたお腹を揺らして、一歩前に出た。
「ビンデバルト伯爵はマイン様とも養子縁組をなさるのですか?」
ディルクを抱き上げたデリアが神殿長の後ろから出てきて、場違いに華やいだ声を上げた。「貴族に見初められるなんて、素敵ですわね」とか「ディルクとお揃いですわ」と嬉しそうだ。
フン、とデリアを馬鹿にするようにガマガエルが鼻を鳴らした。
「養子縁組? 薄汚い平民と? まさか」
「ですが、伯爵はディルクと……」
「養子縁組はしておらぬ。その赤子と結んだのは従属契約だ」
ふぇっふぇっと笑いながら取り出された契約書は、羊皮紙の正式な書類に見えたが、派手に装飾された契約の項目のところが二重になっていた。ねっとりとした笑みを浮かべながら、伯爵がその部分をめくると、項目は養子縁組ではなく、身食いの従属契約という文字が出てくる。
「え? では、ディルクは……」
「命を守る魔術具をもらう代わりに、契約相手に一生飼い殺しにされるのよ」
わたしの言葉に、デリアが腕の中のディルクをぎゅっと抱きしめたまま、ふるふると頭を振って、すがるように神殿長を見上げた。
「嘘! そ、そんな……そんなこと、ないですよね? 神殿長はディルクと一緒にいられるようにしてくださるって」
「案ずるな、デリア。その赤子は神殿のためにここで育てる。お前が共にいられることに変わりはない」
好々爺の顔で神殿長はデリアに言った。「これは取引だ。儂がその赤子を得る代わりに、マインが神殿から出るだけだ」と。
デリアはざっと青ざめて、わたしとディルクを見比べる。
「マイン様がディルクの代わりに神殿を出る……?」
呆然としたように呟くデリアの姿を隠すようにでっぷりとした腹がわたしの視界へと入ってくる。
「これがお前のための契約書だ。さぁ、契約しろ。春先といい、今日といい、お前のおかげで、ずいぶんと多くの手駒を失ったぞ。損失はお前自身に埋めてもらおうか」
伯爵が一歩前に出れば、わたし達はじりっと一歩後ろに下がる。わたしを助けてくれそうな神官長の部屋は神殿長御一行の後ろ側だ。
「神官長……」
わたしの呟きを拾った神殿長が、ニィッと唇を歪めて嘲笑する。
「残念ながら、お前の庇護者たる神官長は不在。いくら助けを求めても無駄だ。さっさと儂の前から消えるがいい」
神殿長は数歩前に立っているガマガエルに声をかけた。
「ビンデバルト伯爵、領主も神官長もおらぬ今のうちだ。ここで何が起ころうとも儂は関知せぬ故に、マインを勝手に連れて行く分には構わぬ。早く捕えて街を出よ」
神殿長の言葉にその場に緊張が走った。
父がわたしを下して、一歩前に出ると、武器に手をかける。自分よりも高位の貴族を相手にしなければならないダームエルが奥歯を噛みしめながら、武器を手にする。フランも腰につけているバッグの中から、短剣を取り出した。
「……子供以外は殺してよい。捕まえろ」
ガマガエルの声と共に、御一行の中にいた男が三人、出てきた。先程父が倒した男と同じような雰囲気を持っていて、契約した身食いはいずれこうなるという見本のような存在だった。
飛びかかってきた二人をダームエルが相手にし、残り一人を父とフランの二人で相手にする。
正規の訓練を受けている騎士のダームエルに比べると、伯爵の私兵は戦闘力も魔力も弱く、魔力を溜めるまでに時間がかかるようだ。上手く戦うことができていない。けれど、二人を相手にするのは大変なようで、ダームエルは何とか戦っているけれど、非常に苦しそうに見える。
一人を相手にしている父とフランは一見押しているように見えるけれど、魔力が抑えきれないため、苦戦していた。武器だけを使った戦闘ならば、父の方に分があるけれど、魔力で攻撃されるとどうしようもない。
男の指輪がカッと光り、魔力が父とフランに向って打ち出された瞬間、ダームエルが即座に光るタクトを取り出して、振った。キンと硬質な音がして、魔力が弾かれる。
「貴族……!?」
ダームエルが光るタクトを取り出した瞬間、ガマガエルと神殿長が表情を変えた。唾を吐くような勢いでデリアに迫る。
「デリア、あれは誰だ!?」
「マイン様の護衛をしていらっしゃる騎士です」
ひぅっ、と小さく息を呑んだデリアが反射的に答えると、神殿長が目を見開いて、ダームエルを見た。
「あのみすぼらしいのが騎士だと!?」
神官長が情報を伏せていたのだろうか。神殿長は護衛がわたしについていることを知っていても、ダームエルが貴族であり、騎士であるとは知らなかったらしい。下町に行けるように簡素な服を着ているダームエルは一見貴族には見えないのだ。
「騎士団に知られたからには、一刻を争うな。彼にも失踪してもらわなければならん」
それまでニヤニヤしながら成り行きを見ていた伯爵がずんぐりとした指にはまった指輪に魔力を注ぎ込み、ブンと手を振った。薄い青に輝く魔力の塊が指輪から飛び出し、ダームエルに向って飛んでいく。
「危ない!」
わたしも見様見真似で手を振って、魔力を打ち出した。青に光る伯爵の魔力とわたしの白っぽい魔力がぶつかって、伯爵の魔力が逸れる。
バンと音を立てて壁に当たったけれど、まるで魔力を吸収したように壁には傷一つ付いていない。
「平民の身食いが小癪な……」
苛立たしげに伯爵は目を細めると、更に指輪に力を込めていく。
わたしは伯爵の指輪をじっと見つめながら、指輪が壊れないように気を付けて、魔力を注いだ。この指輪から出せる魔力では、方向を変えるくらいしかできない。それでも、二人の相手をしているダームエルに伯爵の相手まではできない。
……肉弾戦で来られるより、よっぽどマシ。
殴りかかられたり、飛びかかられたりしたら、わたしなんて一瞬で負けてしまうけれど、魔力をぶつけて逸らすだけなら、もうちょっと時間が稼げる。
「その程度の魔力で一体どれだけ持ちこたえられるかな?」
ふぇっふぇっと笑いながら、伯爵はライオンが小動物をいたぶるように、魔力を次々と飛ばし始めた。わたしは飛んでくる魔力をなるべく小さな魔力で弾いていく。
「ぬぅ……」
不愉快そうに伯爵が目を細め、わたしを睨んだ。
ぶかぶかの指輪を落とさないように、わたしが拳を握って伯爵を見据えると、伯爵はわたしの指輪に目を留めた。
「……なんだ。もう従属の指輪を付けているではないか。ハハ、なんという茶番だ。このようなことをする必要もない。面倒が消えたな」
伯爵はわたしの指についた指輪を見て、突然笑い出した。わたしがはめている指輪は従属の契約をした身食いに渡す指輪で、その指輪をはめていると、主に対して攻撃できなくなるらしい。契約の破棄なく、外すこともできない指輪らしい。命令に違反すれば、無理やり主の魔力を流し込んで、苦痛を与えることができるのだそうだ。
「痛い思いをしたくなければ、私に従え」
得意そうにふぇっふぇと笑う伯爵の前で、わたしはすぽっと指輪を外してみせた。おそらく契約していないわたしでは、本来の用途として使えないのではないかと思う。
「すぐに外れる指輪ですよ、これ」
「何!?」
目を見開くガマガエルの向こうで、少し禿げた頭まで真っ赤にしながら、神殿長が「生意気な!」と叫んで、デリアの手からディルクを奪い取った。
「あっ!」
デリアが突然の出来事に咄嗟に反応できずに大きく目を見開く中、神殿長が魔石でディルクから無理やり魔力を奪い取っていく。ディルクが青い顔になって、ひくひくと痙攣するように動いた。
「……少ないな」
「ディルク!」
デリアが悲鳴を上げて、ディルクを取り戻そうと手を伸ばす。
舌打ちしながら、神殿長がデリアの手を払い、わたしに向って魔力を打ち出してくる。わたしは指輪を慌ててはめて、魔力を逸らし、ぎりっと奥歯を噛みしめて、神殿長を睨んだ。
「なんてことを!」
怒りに全身が染まっていく。わたしの威圧が出るより早く、神殿長は力なくガクリとしているディルクを自分の前に出した。
「フン、お前に赤子が攻撃できるのか? やってデリアを絶望の淵に落とし込むか?」
「止めて! マイン様! お願い!」
ディルクを肉の壁にされて、デリアに悲鳴ような声で懇願されて、魔力での威圧攻撃なんてできるわけがない。
ぐっと息を呑んで躊躇った刹那の瞬間。
わたしは横合いから近付いていた神殿長の灰色巫女に捕まった。
「きゃ……!?」
「マイン!?」
「よし、よくやった! そのまま捕まえていろ」
神殿長がそう言いながら、ぐったりとしたディルクをデリアに向って投げるように渡す。デリアが泣きながらディルクを抱きしめるのが見えた。
「これで契約できそうだな」
ふぇっふぇっと笑って近付いてきた伯爵がわたしの指先をナイフで切った。血判を押す時にルッツが浅く切ってくれるのと違って、わたしの傷など考慮していない動きで、予想外に深く傷が入る。
「痛っ!」
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら、伯爵が契約書を取り出して迫ってくる。せめてもの反抗に手を握りこめば、ぽたりと血が滴った。
「手を開け」
ガマガエルのような顔が間近に近付いてきて、気持ち悪い。キッと睨みながら、わたしはできるだけ力を入れて、手を握る。
無理やり開こうとする力に必死で抗うが、元々力がないわたしではすぐに開かれてしまうだろう。
「やだ、やだ、やだ! 痛いっ!」
「マインを離せ!」
そんな怒声と共に、父はガッと灰色巫女の背中から渾身の蹴りを食わらせた。ものすごい衝撃と共に、わたしは巫女と一緒に目の前に迫っていたガマガエルの方へとぶっ飛ばされる。ぼよんとした腹にぶつかって、巫女と伯爵に挟まれる形で倒れたわたしは、駆け寄ってきた父に即座に引っ張り出されて、抱き上げられた。
「乱暴なことをして悪かった。間に合ったか?」
そう言いながらも、父の目はわたしを見ていなかった。伯爵の横でゲホゲホとむせる灰色巫女を見据えて、今度は腹を蹴り上げる。ぐふっと巫女の口から
吐瀉物
が飛び出した。
「な、なんという酷いことを……」
神殿では見ることがない暴力に、神殿長とその側仕えが震え上がるのを、父は冷たく見遣った。
「幼子を捕えて、ナイフを突きつけ、同意しない契約を迫るのは、酷くないとでも言うつもりか」
「こ、この平民が!」
わたし達と一緒に床に倒された伯爵が、屈辱で顔を真っ赤にしながら身を起こし、怒りの感情のままに指輪を振るう。
今まで一番大きな魔力が打ち出された。青い光の塊が真っ直ぐにこちらへ向かって飛んできた。距離が近すぎて、指輪に魔力を込めるのが間に合わない。
ぎゅっと目を閉じたわたしと違って、父は咄嗟にわたしを腕の中に抱き込んで横に飛んで転がった。
「うぐっ!」
「父さん!?」
完全には避けられなかったようで、父の左肩から肘にかけて火傷したように赤く腫れ上がっている。父が痛みに呻く姿に、わたしの中でカチンとスイッチが入った。
わたしは父の腕から転がるように出ると、悠然と立ち上がって指輪に魔力を溜めている伯爵を見据えて、最初から全力で魔力を叩きつける。
「許さない!」
全身から溢れる魔力に指輪の魔石がパンと風船がはじけるような音を立てて粉々に割れた。それと同時に、不意打ちで威圧の直撃を受けた伯爵が信じられないというように目を見開いて、その場にガクリと膝をつく。
伯爵はブルブルと震えながら手を動かそうとするが、重りでもつけられているようになかなか手が動かないように見えた。これ以上、何もさせるつもりはない。
「ビンデバルト伯爵!?」
焦ったような神殿長の声に、わたしはそのまま顔の向きを変えて神殿長を睨んだ。ディルクという肉の壁を失った神殿長など怖くない。
そう思った直後、神殿長は懐から黒い魔石を取り出した。
「何度も同じ手を食らうと思うな」
神殿長の手に握られた黒い魔石がわたしの魔力をどんどんと吸収していく。得意そうに笑う神殿長にわたしはそれでも、魔力を叩きつけていく。だが、魔力は吸い込まれていくばかりだ。
「くっ、油断した。まさかここまでの魔力の持ち主だったとは」
視界の端で一度膝をついた伯爵がのっそりと立ち上がる。こちらを侮っていた表情を完全に消した無表情で、光るタクトを取り出した。