Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (176)
貴族の洗礼式
洗礼式当日の朝は、去年の下町でも慌ただしかったけれど、貴族街ではさらに慌ただしかった。
朝早くから叩き起こされて、眠たいまま湯浴みをさせられ、汚さないように普段着で朝食を取った後、すぐに洗礼式の衣装に着替えさせられるのだ。
「おはようございます、お母様」
湯浴みを終えたわたしが食堂へ行くと、朝食をとっているのはお母様一人だけだった。
貴族街では神殿に行って洗礼を受けるのではなく、神官を呼びつけて自宅で洗礼式を行うので、洗礼式を行う時は家中がてんやわんやになる。給仕もいつもならば、厨房の人がしているのだが、今日は側仕えの仕事になっている。お客様がいらっしゃる時間に合わせて、厨房は今戦争中に違いない。
「ローゼマイン、フェルディナンド様が贈り物を持っていらっしゃるから、早目に着替えを済ませておくのですよ」
「はい、お母様」
朝食を終えたお母様が出て行ったかと思うと、エックハルト兄様が入ってきた。なるべく急いで食べているわたしの正面に座り、エックハルト兄様は優しく目を細める。
「おはよう。それから、おめでとう、ローゼマイン」
「ありがとうございます、エックハルト兄様」
エックハルト兄様は置かれた皿に手を付けながら、わたしに話題を振ってくれる。沈黙で食べることになるのか、と少しだけドキドキしていたので、ホッとする。
「今日の洗礼式を執り行う神官はフェルディナンド様なんだって? フェルディナンド様が神事を執り行うところを見るなんて初めてだから、楽しみだ」
「……初めて、なのですか?」
貴族の洗礼式は神官を家に呼んで行われる。皆、少しでも位の高い神官を呼ぼうとするらしい。そして、貴族の洗礼式はお礼金をもらえるので、神官にとって貴重な収入の機会である。
しかし、神官長は今まで貴族街で神事を執り行ったことがないらしい。どうしてだろう、と首を傾げていたのが目に入ったのだろう。エックハルト兄様は軽く肩を竦めた。
「上級貴族の神事には神殿長が来ていたんだ」
領主や上級貴族など、神官長とお付き合いのある家は基本的に神殿長ともお付き合いがあり、招かれるのは神殿長だったらしい。
神官長は神事に呼ばれなくても、別枠の収入と大量の仕事があるので全く問題ないらしく、神事は他の神官に回していたようだ。
「フェルディナンド様が神官としていらっしゃるなら、今日はいらっしゃった貴族の女性方が大騒ぎするかもしれないな」
神官長は貴族街に来る時はいつも貴族らしい装いをしているので、今日の洗礼式で神官の儀式用衣装を見れば、きっと黄色い悲鳴が上がるだろう、というようなことを教えてくれた。
……儀式用の神官服に悲鳴って、制服にときめくようなものかな? わたしは神官服の方が見慣れているから何も思わないけれど。
神官長と年が近い上に、騎士見習いになってから神官長が神殿に入るしばらくの間、一緒に騎士をしていたエックハルト兄様は神官長について、かなり詳しいらしい。
「フェルディナンド様は何をやらせても完璧だから、妬んだり、僻んだりするより、憧れというか、崇拝対象だったよ」
そして、なんと貴族院にいる間は神官長の情報をお母様に流して、お小遣いをもらっていたらしい。……神官長情報はわたしにとってもイイ収入源になりそうだ。
「フェルディナンド様が庇護するとおっしゃった巫女見習いだからね。私も君を妹として大事にするよ。だから、ローゼマインもフェルディナンド様を大事にしてくれ。私はあの方の味方が一人でも増えてほしいんだ」
「わかりました」
もきゅもきゅとわたしが朝食を終えるより早くエックハルト兄様が食べ終えて出て行った。おしゃべりしながら、ゆったりとした優雅な動きで食べていたのに、早い。
後から来たエックハルト兄様に置いていかれたので、わたしは急いで掻き込むように食べ終える。
「コルネリウス兄様、おはようございます」
部屋へと戻る途中で、食堂へと向かうコルネリウス兄様を見つけた。
「ローゼマイン、おはよう。君も叩き起こされたんだ?」
「側仕えに起こされましたけれど、わたくしはもう湯浴みも朝食も済みました」
着替えは済ませているが、コルネリウス兄様はまだ眠そうな起き抜けの顔をしている。それを指摘すると、コルネリウス兄様は小さく笑った。
「では、私も急いで食事を終わらせなければ。あぁ、そうだ。ローゼマイン、今日はおめでとう」
「ありがとうございます、兄様」
部屋に戻ると着替え開始だ。
側仕えがどちらの衣装にいたしましょうと、二つの衣装を並べた。どちらを選んでも、お母様の好みなので問題はないはずだ。衣装の内、何となくの気分で右側を選んだ。
手早く仕事をこなす側仕え達の「腕をこちらに」「右の足こちらへ」という指示に従えば、すぐに着替えは終わる。
鏡の前で丁寧に髪を梳かれていると、扉の向こうで小さくベルが鳴った。お母様のベルだ。
「お母様だわ。お通しして」
「ローゼマイン、着替えは終わったかしら? カルステッド様とフェルディナンド様がいらっしゃったわ」
「もう終わっています、お母様」
わたしが返事をすると、お母様は一度部屋から出た。その後、扉の向こうへと声をかけて、晴れ着を着たお父様と儀式用の衣装を着て、小さ目の木箱を持った神官長を伴って部屋へと戻ってくる。
お父様、神官長、その後ろからお母様が進んでくるのだが、神官長を見ているお母様の目がキラキラしているのが、ちょっと楽しい。
「洗礼式おめでとう、ローゼマイン。あぁ、よく似合っているな」
「ありがとうございます、お父様」
わたしが礼を述べると、お父様はフッと笑みを浮かべた後、わたしの手を取って、魔術具の指輪を抜き取った。
「この指輪を一度返してもらう。後で式の時に渡すからな」
わたしが神殿の隠し部屋の登録をするためと、神殿で青色神官と何かあった時のために用心で指輪をくれたが、本来は洗礼式で渡す物だそうだ。
洗礼式を終えた子供達は貴族との関わりを許されるようになり、挨拶で祝福を行うようになる。そのため、魔力を溜めこむ魔術具の他に、洗礼式では魔術具に溜め込んだ魔力を放出する指輪が与えられるらしい。
ちなみに、わたしは放出する魔術具しかもらってない。魔力を吸収して溜めこむ魔術具を常につけていたら、魔力が減りすぎて動けなくなってしまう恐れがあるからだ。
お父様が指輪を持って、その場を退くと、神官長が木箱を持ってやってきた。
「おめでとう、ローゼマイン。今日の祝いにこれを」
「まぁ、何をいただいたのかしら? ローゼマイン、開けてみてちょうだい」
もらったわたしよりもお母様の方が興奮している。わたしは木箱をテーブルの上に一度置いて、そっと蓋を開けた。
「あら、素敵!」
そこにあったのは恐らく最高級の糸を使った艶のある華やかな髪飾りだった。そっと取り出して見てみれば、花弁の縁が金色で彩られた白の大振りの花が三つ。その周囲を花弁の縁が金色で彩られた青の小さ目の花が取り囲み、そこから藤の花のように連なって垂れて揺れる小花が青から白へのグラデーションを描いている。
……これを作ったの、トゥーリと母さんだ。
髪飾りの中の花に、コリンナに技術を譲った後でトゥーリと母さんに教えた新しい花がある。去年の髪飾りとデザインが似ていることからも、二人の関与は明らかだ。ならば、この簪部分を削って磨いてくれたのは父さんかもしれない。
脳裏に家族の顔が浮かんだ途端、忙しさに没頭することで頭の隅の方へと押しやっていた寂しさが一気に襲ってきた。
「……あ……」
堰を切ったように涙が溢れて零れていく。考えないようにしようと思っていた家族のことで胸がいっぱいになって、髪飾りを持ったまま動けなくなった。
「ローゼマイン?」
お母様が驚いたように目を見開いて、わたしを見る。突然零れた涙に驚いた側仕えがタオルを持って駆けてきて、そっと顔に押し当ててくれた。
「ローゼマイン、落ち着きなさい」
わたしの手から髪飾りを取り上げて、神官長が無表情に静かな声で命じる。止められるものなら、止めたいが、蛇口が壊れた水道のように、涙が流れていくのだ。
「……む、無理です。止まらな……っひ……っく……」
おろおろとしている周囲をくるりと見回した神官長の顔は無表情なのに、薄い金色の目にはわずかに焦りが浮かんでいる。ググッと眉間に深い皺を刻んだ神官長がトントンと指先でこめかみを叩いた。
「カルステッド、全員部屋から出せ! 私が許可するまで誰も入ってくるな!」
「はっ!」
厳しい声の命令を受けたお父様が即座に心配そうな皆をまとめて部屋から出す。誰も残っていないことを確認して、お父様は扉を閉めた。
二人だけで残された部屋の中、全員が完全に出て行き、扉がぴったりと閉ざされたことを確認した後、神官長はわたしの顔をタオルでゴシゴシ無造作に拭った。それでも止まらず、止めどなく零れる涙に仕方なさそうな溜息を吐く。
「神官長、ぎゅー」
「タオルを顔から離さないように。衣装を汚したら、私は帰るからな」
恨めしそうな声でそう言いながら、神官長は椅子に座り、わたしを抱き上げて包み込むように抱きしめてくれた。
人の温もりにすごくホッとする。お父様もお母様もお兄様も優しくしてくれるけれど、今までの生活に比べると、ここでは触れ合いが極端に少ない。安心できるスキンシップに飢えていたらしい。
顔にタオルを押し当てたまま、わたしは神官長にしがみつく。
「……まさか洗礼式当日の朝にこのようなことになるとは」
ぼやくような神官長の声が響いてきた。やっと涙が止まってきたわたしも唇を尖らせる。洗礼式当日の朝に大好きな家族が作った簪を持ってくるなんて、狙ってやったとしか思えない。
「ふむ。喜ばせるつもりだったのだが、逆効果だったようだ。髪飾りはもう二度と贈らないことにする」
「やだ! 待ってください。喜びました! すごく嬉しいです。これからも贈ってください」
「またこのような状況になるのは御免こうむる」
苦々しい表情でそう言われ、ただでさえ不安定だったわたしの涙がまた溢れ出す。
「嬉しいって、言ってるのに……これからも欲しいって、言っているのに……神官長の意地悪ぅ。……うぇ……っく」
「面倒くさい。本当に面倒くさいな、君は。私に一体どうしろと?」
突き放した言葉の割に、神官長の声は途方に暮れている。
「今度からは数日前に贈ってください。すごく嬉しいのは本当なんです。でも、すごく寂しくなるから、心の整理をする期間も欲しいです」
「……わかった。考慮するから、いい加減に泣き止みなさい」
泣く子には勝てないと言わんばかりに、そう言って、神官長はわたしの頭をぽふぽふと軽く叩いた。
しばらくぎゅーしてもらい、落ち着いてきたので、神官長にもたれかかっていた体を起こして、膝から降りる。
「そろそろ平気そうです。お世話かけました」
「まったくだ」
タオルを握ったままわたしが退くと、神官長はむすっとした顔で立ち上がって扉の方へと向かう。
「入れ」
神官長の言葉に、お父様とお母様ではなく、ランプレヒト兄様と側仕え数人が入ってきた。
「失礼いたします。父上と母上は客人の出迎えに行ったので、私が代わりに……」
そう言いながら入ってきたランプレヒト兄様が、目元が赤くなったわたしの顔を見た途端、言葉を途切れさせて、ひくっと頬を引きつらせた。
「ローゼマインの目元が真っ赤だ。すぐに冷やせ。お母様が見たら、一騒動起こるぞ」
ランプレヒト兄様の言葉にハッとしたように側仕えがバタバタと慌ただしく動き始め、そこで神官長が初めてわたしの目が赤くなっていることに気付いたように、軽く眉を上げた。
「いや、必要ない。ローゼマイン、来なさい。癒しを」
神官長が魔力を込めたのか、左手の腕輪の魔石が光った。その左手でわたしの目元を覆い、「ルングシュメールの癒しを」と小さく呟く。
神官長の手で閉ざされた瞼の向こうに優しい緑の光が満ちていくと、側仕え達の「おぉ」という小さなざわめきが耳に届いた。
すぐに光は消える。その後、神官長の手が離れていき、わたしが目を開けると、ホッとしたようなランプレヒト兄様の顔が見えた。
「神事を前に、癒しをいただくことになるとは……。恐れ入ります、フェルディナンド様」
「これくらいならば大したことはない」
どうやら目元の腫れは引いたらしい。
わたしはペタペタと自分の顔を触り、鏡を見て確認する。大丈夫そうだ。
「フェルディナンド様、一体何が起こったのでしょう? 今後のためにも教えていただけると助かります」
「……今日はお互い忙しい身だ。後日でよかろう。ローゼマイン、君は早く準備を終えるように」
ランプレヒト兄様の質問に、神官長は言葉を濁して、部屋を出て行く。
元の家族が作った髪飾りを贈ったら泣かれて、ぎゅーして慰めていたなんて、神官長が答えるわけがない。後日追及されるまでに、何やら言い訳を考えるに違いない。
洗礼式が始まる時間が迫っているのだろう。神官長が扉を開けると、がやがやとした喧騒が遠くから聞こえてきた。
ポマードのような整髪料で髪を整えると、わたしの髪もきちんと紐で結べるようだ。べたべたと整髪料を付けられ、側仕えに髪の上半分を複雑に編み込まれた。そして、神官長にもらったばかりの髪飾りを挿してもらう。
そして、ランプレヒト兄様にエスコートされて、一階へと向かう階段に最も近い部屋へと連れて行かれた。ここでお呼びがかかるまで待機だそうだ。
「どうやら領主一家が到着したらしい。私も挨拶に行かねばならないから、ローゼマインはここで待っていてくれ。……一人で待てるか? ヴィルフリート様のように抜け出したり、隠れたりしないか?」
ジルヴェスターの息子はどうやらミニジル様らしい。護衛騎士として付くランプレヒト兄様は、脱走暴走するジルヴェスターを押さえるお父様と同じような立場についているようだ。思わず同情してしまう。
ランプレヒト兄様は、一人で、と言ったけれど、兄様が出て行ったとしても、完全に一人にされるわけではない。側仕えは付いている。
「ランプレヒト兄様は普段とても苦労されているのですね。わたくしはこれ以上兄様の手を煩わせるようなことをするつもりはございませんから、いってらっしゃいませ」
ランプレヒト兄様が部屋を出て行ってしばらくすると、お父様とお母様が一緒に待機部屋へと入ってきた。招待客の出迎えは済んだようだ。
お母様はわたしのところへとやってきて、顔を覗き込み、すぅっと目を細めた。
「ランプレヒトから聞きました。泣いて、目を腫らして、フェルディナンド様から癒しを受けたのですって? ローゼマイン、初対面というのはとても大事です。その方の印象が顔を合わせたほんの一瞬で決まってしまうのですから」
「はい」
「大勢の方との初対面になる洗礼式で目元が腫れるように泣くのは、淑女失格です。常に一番美しい自分を見せられるようにならなければなりませんよ」
わたしと両親は神官長に呼ばれるまでこの部屋で待機することになる。別の部屋で待機している神官長が出て行ったところから儀式が始まるらしい。
「まああぁぁぁ!」
「きゃあああぁぁぁ!」
突然、女の人の黄色い悲鳴が上がったのが部屋を隔てていてもわかった。何事か、とわたしが驚いて扉の方を見ると、「フェルディナンド様だろう」とお父様の声がかかる。今日はわたしの洗礼式で、別に神官長のフェシュピールコンサートではないはずだ。
「……これでは、主役のわたくしはどなたの目にも入らないかもしれませんね」
「あら、神官服のフェルディナンド様は、皆様初めてですもの。胸が高鳴るのも仕方ありませんわ」
普段とは違う姿にキュンとする人は、麗乃時代の数少ない友人にもいた。眼鏡やスーツに異様に食いつくのだ。眼鏡男子ならぬ、神官男子? それとも、制服萌えというやつだろうか。わたしにはわからない。
……外見を考えても、神官長は男子なんて年じゃないけどね。
ピタリと黄色い悲鳴が止まった。その後、何を言っているのか聞き取れないけれど、神官長の響きの良い低い声が聞こえてくる。いよいよ始まるらしい。
リンと小さくベルが鳴り、扉の前で待機していた側仕えがギッと扉を開ける。
お父様とお母様が立ち上がり、わたしも椅子から降りた。二人の一歩後ろを歩く形で一階のホールへと階段を下りていく。
階段の前に立った瞬間、一階のホールに集まっている人の多さに思わず息を呑んだ。
「ぅひっ」
二百人、いや、三百人くらいはいるかもしれない。個人の家に集まっているとは思えないような人数がひしめき合い、こちらを凝視している。視線が痛いというか、重いというか、一挙手一投足に注目されているのが嫌でもわかった。
……こんな中を歩くの?
まるで一人で臨む教会の結婚式だ。真ん中にわたし達が通るための道があり、一番奥に祭壇が作られ、神殿から持ち出されたのか、見慣れた神具が並んでいる。その前には神官長が儀式用の神官服を着て待っている。
ほんの一瞬、前でお母様をエスコートしているお父様が心配そうにこちらを見た。わたしは少しでも安心させられるように小さく頷く。
自分の命を、家族の命を守るために、わたしは家族と離れる決意をした。そして、無事に洗礼式を成功させたら、鍵をもらう約束を神官長とした。
わたしは領主の養女にならなければならない。
図書室入室の自由と貴重本の閲覧を手に入れなければならない。
わたしは何が何でもここで失敗するわけにはいかないのだ。
ぐっと顔を上げて、ロジーナとお母様に叩きこまれた笑顔を浮かべて、一歩を踏み出す。
背筋を伸ばして、俯かない。下を見ない。視線は全体に巡らせるようにして、一点を凝視しない。ゆっくりでよいから、優雅に流れるようにリズムよく歩く。叩き込まれた行儀作法に従って、足を進めていく。
階段に近いところで音楽を奏でている数人の楽師の中にロジーナの姿が見えた。演奏しながら、心配そうにわたしを見ている。
大丈夫だよ、と安心させるようにわたしはニコリと笑みを深めて見せた。
足を進めていくと、神官長に近い場所に一番きらびやかな衣装を着たジルヴェスターが見えた。奥様と思われる女性と、わたしと同じくらいの年の男の子が一緒だ。あれがヴィルフリートだろう。
ジルヴェスターと通路を挟んだ反対側には三人の兄様が見える。コルネリウス兄様がハラハラしているような顔でこちらを見ている。表情には出ていないけれど、他の兄様も多分ハラハラしているに違いない。
お父様とお母様が祭壇の前で止まる。そして、わたしに手を差し伸べた。その手を取って、数段高い位置にいる神官長の前へと進み出た。
わたしが神官長の前に立つと、お父様とお母様は祭壇から降りて、お兄様達がいるところへと下がっていく。
「ローゼマイン、本日君は7歳となった」
神官長がそう言いながら、去年の洗礼式の時にも見たようなメダルを出してくる。確か、あれに血判を押した記憶がある。また血判か。
メダルを見て、思わず嫌な顔になったわたしを神官長が軽く睨んで、「手を出しなさい」と言った。
わたしが恐る恐る手を出すと、ナイフでも針でもなく、豪奢な飾りのついた20センチくらいの細い棒を渡される。魔石が入っている魔術具だったようで、それを手にした瞬間、魔力が吸い出されていくのがわかった。
魔力が少し強制的に吸い出され、棒が光る。
それは洗礼式に必要なことだったようで、招待客から拍手が沸き起こった。
神官長はメダルをわたしに向って差し出し、まるで印鑑を押すようにその棒の平たい部分をメダルに押し付けさせる。
棒に溜まった魔力がメダルに吸い込まれたのか、棒の光はおさまり、代わりにメダルの色が七色に変わった。メダルを見ていた神官長が「やはりな」と小さく呟くと、すぐさまメダルを小さな箱の中に入れる。
「おめでとう、ローゼマイン。これで君は正式にカルステッドの娘として認められた。エーレンフェストに新しい子供が誕生したのである」
拍手や喝采が起こる中、お父様が指輪を手に祭壇へと上がってくる。そして、壇上で青い魔石がはまった指輪を高く掲げて、皆に見せた。
「我が娘として、神と皆に認められたローゼマインに指輪を贈る」
先程指輪を外された時と同じようにお父様はわたしの左手を取って、中指にするりと指輪をはめた。しゅんと大きさが変わって、ぴったりのサイズに落ち着く。
「ローゼマインに、火の神 ライデンシャフトの祝福を」
神官長の声と共に視界の端に青い光が映った。わたしがそちらを向くと、神官長が指輪を光らせているところだった。ふわりと上がった青い光がわたしの頭上から降り注いでくる。
「恐れ入ります、神官長」
神官長から祝福を与えられたら、神官長と来てくださった皆さんへ祝福のお返しを行わなければならないと言われている。
わたしは自分の手に戻ってきたばかりの指輪に魔力を注いでいく。
「わたくしの洗礼式をお祝いくださった神官長と集まりくださった皆様にも、火の神 ライデンシャフトの祝福を賜りますよう、お祈り申し上げます」
指輪から青の光が膨れ上がり、ホールの中をぐるぐる回って降り注ぐ。それは、家族にも降り注いだ光と似ていた。
……ふぅ、洗礼式終了。
教えられたとおりの儀式を終えて、ホッと安堵するわたしと違って、ホールに集まった人々がざわつき始めた。先程までの予定調和のような喝采や拍手と違って、予想外のことが起こった時のようなざわめきだ。
「なんと、これだけの光を?」
「あの小さな体で一体どれだけの魔力を持っているんだ?」
周囲のざわめきが不安で、わたしはお父様と神官長に視線を向ける。
……え? 何? もしかして、わたし、何か失敗した?
わたしが視線で問いかけると、神官長もお父様もニッとわずかに唇の端を上げた。何か企んでいる時の笑顔だ。
わたしの背後に立ち、肩に手を乗せたお父様がわたしにしか聞こえないような小声で囁いた。
「本来の祝福は神官に返すだけで良いのだ。領主の養女となるための一種の箔付けだ」
悪戯が成功したような笑みを浮かべてジルヴェスターが一歩、また一歩とゆっくり壇上へと上がってくる。その姿を目にした招待客からざわめきが消えていき、しんと静まったまま、領主の動向を見守る態勢へとなっていった。
「ローゼマイン、洗礼式、おめでとう。これで君はエーレンフェストの者として正式に認められた」
壇上でわたしに向ってそう言った後、ジルヴェスターはくるりと体を招待客へと向ける。バサリとマントが翻り、それと同時に朗々としたジルヴェスターの声がホールに大きく響いた。
「これより、この場で私とローゼマインの養子縁組を行う」
養子縁組が行われることが大部分の招待客には通知されていなかったのか、ホールは蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。