Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (177)
養子縁組
大騒ぎしている招待客を壇上から見ながら、わたしは自分の保護者三人に心の中で悪態を吐いた。「三人だけでわかりあっていないで、こっちにも説明してよ!」と。
何かあった時に、わたしが蚊帳の外に置かれることが多いのは知っているが、こういう壇上で周囲の注目を浴びる時には、知らせておいてほしい。
「其方らも見た通り、ローゼマインの魔力量は多い」
静まれ、とも、注目、とも言わず、ジルヴェスターは突然話し始めた。領主という職業柄こうして語ることになれているようで、広いホールに張りのある声が響く。
それだけで、シンと静まった。
これが階級社会の暗黙の了解なのか、ジルヴェスターのカリスマなのか、わからないけれど、皆が口を噤み、壇上で語り始めたジルヴェスターに注目しているのがわかる。
「だからこそ、生まれたばかりの我が子を巡るいざこざを避けるため、カルステッドはその存在を隠して育てた。神殿においても存在を隠そうとしたことで、前神殿長が誤認し、平民の青色巫女見習いが神殿の規律を乱すのだ、と嘯いていたことは、まだ其方らの記憶に新しいはずだ」
はい、出た。神殿長への責任転嫁。必殺「全部あいつのせい」。
神殿長の悪行は神官長がリストアップするのにうんざりするほどあったという話を、お父様とお兄様の話から何となく理解した。計算しまくってリストアップされていた横領だけでもとんでもない量だったから、この上に一つくらい重なっても大した違いはないのだろう。
それでも、この大人数の前で堂々と嘘を述べられるジルヴェスターはすごいと思う。
「自分の両親がどのような立場の者かも知らされず、ひっそりと育てられてきたローゼマインだが、彼女は自分より厳しい境遇で生きる者に施す慈悲の心を忘れてはいなかった。孤児院で暮らす子供達を哀れに思い、幼い身で彼らに仕事と食事を与えたのだ」
伸びの良い声で朗々と語られるローゼマインの生い立ちだが、正直に言って、誰の話? と首を傾げてしまう。孤児院の惨状にびっくりしたし改善しようと思って工房を作ったわけだから、大筋は間違ってはいない。なのに、自分がやったことだとは思えない。
「私は神官長であるフェルディナンドより、ローゼマインの献身ぶりについての話を聞いたが、今の其方らが思っているのと同じように私もその話には疑問を持った。そのような子供がいるわけがないと思い、実際に孤児院に足を運んだのだ。そこには孤児達から聖女のごとく慕われ、崇められているローゼマインがいた。その様子を見て、私はその清らかさに心を打たれたのだ」
盛りすぎだ。誰が聖女!? ウチの聖女はヴィルマですけど!
わたしの心の中のツッコミとは対照的に、神官長の話を疑って、実際に足を運んで確認した、と領主自身が述べることで、妙な信憑性が増したようだ。
先程までは「何を馬鹿な」「そんなことがあるとは思えない」と言っていた招待客の疑わしい顔が「本当なのか?」「信じられないが、見たと言われると……」というように少し変わってきた。
もう、壇上に立っているのが居た堪れない。「誤解です。そんなたいそうな人間じゃないです」と叫んで、逃げ出したい。
「そして、ローゼマインが孤児達のために与えた仕事は珍しいもので、私はこの領地の新しい事業となる可能性を見出した。二十年ほどかけて、領地内に広げていきたいと思っていたところ、ローゼマインが他領の貴族に狙われた」
ざわりとホールにどよめきが起こる。
「其方らにも通達していると思う。私が不在の期間を狙って、許可証を偽造した悪質な犯罪が起こったことを。前神殿長により、すでにローゼマインの豊富な魔力量と孤児院を救ったという話が漏れている。ローゼマインの立場を確固たるものとするため、豊富な魔力を持つエーレンフェストの子を守るため、私はローゼマインを養女とする」
再度どよめきが起こったけれど、それには納得の色が滲んでいるように感じられた。多分、領地内の魔力不足を一番感じているのは、魔力を供給している貴族達なのだろう。
「前神殿長の処分のため、祈りと祝福を行える神官の数が不足していること、これからも孤児達を救っていきたいと本人が希望したことから、私の養女となった後、ローゼマインが成人するまでの期間、神殿長の職に就けることとする。手始めに近隣の町の孤児院に工房を設立し、ローゼマインの要望通り、孤児達を救うところから始める」
わたしとしては、結婚なんて全く望んでいないので、神殿長として印刷業を広げていきながら、神殿図書室を充実させていく一生で、構わないのだけど、それは許してくれないらしい。
他領の貴族に奪われぬように養女とするならば、わたしはもしかしたら、ヴィルフリートの相手に想定されているのだろうか。ヴィルフリートはミニジル様らしいし、憂鬱だ。
「フェルディナンド、これを改めよ」
ジルヴェスターは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、神官長に差し出した。すでに何やら書いてある紙で、神官長はざっと目を通して、一度頷いた。
それは養子縁組の正式書類だった。ジルヴェスターは懐から細かい細工がなされた万年筆のような形の豪奢なペンをするりと取り出し、お父様に渡した。
ペンを渡されたお父様はインクを付けずにサインし、そのペンをわたしに差し出した。インク壺に付ける必要がないペンをボールペンのようなものだと思っていたわたしは、ペンを握った瞬間、するりと引き出されていく魔力の流れに小さく息を呑んだ。
魔力をインクとして書く魔術具だったらしい。渡されたペンでわたしもサインするが、ほんの少しの魔力を引き出されるだけで、普通に書けるインクいらずのペンだった。
わぉ、これ欲しいなぁ、と感動してペンをうっとりと眺めていると、コホンと誰かの咳払いが聞こえた。
じろりとわたしを睨む神官長の視線が、ゆっくりとジルヴェスターに向けられる。視線をたどってみたら、ジルヴェスターが手を広げていた。口元が「早く返せ」と小さく動いている。
わたしが内心の焦りを呑み込んで、引きつった笑顔と共に、なるべく優雅にペンを返すと、ジルヴェスターはさらりと書類にサインした。
契約魔術と同じように紙が金色の光に包まれて、燃えて消えていく。
ここに契約は成立した。
どよめきと歓声が上がる中、わたしはお父様に抱き上げられた。
「笑顔で手を振れ」
歓声に掻き消されそうな声量で低く指示を出され、わたしは咄嗟に皇室笑顔でお手ふりをする。方々に向って手を振りながら、こっそりとお父様に質問する。
「あの、お父様。契約魔術って、この街限定ではないのですか?」
「君が知っているのは、平民にも使えるようにした商人用の契約魔術だろう? 一緒にするな」
お父様ではなく、神官長から答えが返ってきた。どうやら、契約魔術にも色々と種類があるらしい。
洗礼式と養子縁組の契約が終わった後は、料理長とエラがタッグを組んだ自慢の料理を食べながらの歓談が始まる。
残念ながら、わたしは壇上に座らされ、貴族の挨拶を受ける立場だ。次々と寄ってくる人がいるのに、口をもごもごさせるわけにはいかないので、わたしは挨拶の人が途切れるまで、飲み物以外は口にできない。
……あぁ、おいしそう。わたしも食べたい。いいなぁ、コルネリウス兄様。
嬉々として料理を食べているコルネリウス兄様の近くには、料理を取ろうとするヴィルフリートとその手を押さえているランプレヒト兄様が見えた。領主の奥様が料理に向かって駆け出して行ったヴィルフリートを捕えて、ランプレヒト兄様に何やら指示を出すと、こちらへとやってくる。
一番に紹介されるというか、わたしから挨拶しなければならないのはジルヴェスターのご家族なのだ。領主への挨拶が終わらなければ、他の貴族が挨拶に来られない。
料理を目前に引っ張ってこられたヴィルフリートは無表情ながらもむすっとした雰囲気が見えているが、親はそれを敢えて無視しているのがわかった。
お父様が三人を紹介してくれる。
「領主であるジルヴェスター様と正妻であるフロレンツィア様。そして、ジルヴェスター様の長男ヴィルフリート様だ」
フロレンツィアは銀に近い金髪に藍色の瞳をしていて、パッと見た感じからは、おっとりとした美女に見えたが、ヴィルフリートの手綱を握る様子からは、肝っ玉母ちゃんの雰囲気が漂っている気がする。ヴィルフリートが本当にミニジル様だった場合は、同じようなのが二人もいるわけだから、大変だろう。
「フロレンツィア様はジルヴェスター様より二つ上で、ジルヴェスター様を押さえられるという偉大な能力を持っている」
「カルステッド」
その紹介にジルヴェスターは嫌な顔をしたけれど、フロレンツィアはふふっと笑って流す。神官長も同意するように頷いているのが見えた。
姉さん女房でジルヴェスターを押さえられる人ならば、ぜひ、仲良くなっておきたい。
「ローゼマインと申します。これからよろしくお願い申し上げます」
「エルヴィーラからも話は聞いたわ。ジルヴェスター様の養女となれば、色々と大変なことも多いでしょうけれど、仲良くしましょうね」
ヴィルフリートは母譲りの淡い金髪に、ジルヴェスターによく似た深緑の目をしている。正直に言うならば、髪の色以外、母親に似た要素がない。顔立ちが完全にミニジル様だ。
「ヴィルフリート様は春に洗礼式が終わったところだから、ローゼマインと同じ年だが、ヴィルフリート様の方が兄上に当たられる」
本当はわたしの方がお姉さんなのだが、7歳を留年してしまったせいで、対外的にはわたしが妹になるらしい。
「お兄様と呼んでいいぞ。シャルロッテもそう呼んでいるからな」
洗礼式が終わっていない子供は、領主の子供とはいえ、公式の場には連れてこられないため、本日、洗礼式に連れてこられているのはヴィルフリートだけだ。しかし、城には妹君と弟君がいるらしい。
中身小学生のジルヴェスターが、なんと、三人の子持ちだった。本日一番のビックリである。わたしが言うのもなんですが、中身を成長させようよ。
「では、お言葉に甘えて、ヴィルフリート兄様と呼ばせていただきます」
「うむ」
兄弟としての序列で、自分が上に立ったことで満足したらしい。笑顔で「面倒を見てやる」と言われた。振り回されて、意識がすこーんと飛ぶ未来が見える。
領主一家が挨拶を終えると、他の貴族がやってくるよりも先に、お父様がすっと手を上げた。合図として決まっていたのだろう、二人の人物が近付いてくるのが見えた。
「ローゼマインが城へと居を移すのは、神殿長の就任式を終えてからだが、すでに領主の養女となったからには、護衛騎士を付ける必要がある。明日から行動を共にする護衛騎士を紹介しよう」
人波を縫うようにして近付いて来るうちの一人はよく見知った顔だが、もう一人は裾を長く引く衣装を身に着けた女性だ。
「ローゼマインは工房の関係で神殿はもちろん、下町にも出ることになるので、なかなか女騎士のなり手がいなくてな」
どこまでも共に行動して護衛できる女騎士が必要だが、女騎士の基本的な行動範囲は貴族女性が行動する範囲なので、どうしても貴族街から出たがらないらしい。
「今日、紹介するのは神殿でも行動を共にする護衛騎士だ。片方はよく知っていると思う」
わたしの前にやってきた二人が、ザッと跪いた。
「元気そうで良かったわ、ダームエル。これからもよろしくお願いします」
「久方振りにお目にかかります、ローゼマイン様。精一杯、お仕えしたいと存じます」
ダームエルのような下級貴族が、領主一族の護衛騎士となるのはありえない幸運なのだそうだ。とばっちりで処罰された不運な男から、掃き溜めで魔石を拾った幸運な男と言われるようになったらしい。
「女騎士のブリギッテ。ダームエルと同期だ。女性だが、腕は確かで、中級貴族のためダームエルよりも魔力量も多い。頼りになると思う。彼女はどちらかというと神殿へ向かう時の護衛だな。領主の城にいる時はまた別の護衛が付くことになる」
暗い赤の髪にアメジストのような瞳が顔を上げて、わたしを見た。貴族女性の平均に比べると大柄で引き締まった体をしているブリギッテはなるほど女騎士と言われたら納得できる。パッと見た感じは姉御という感じで、頼りがいがあるように見える。
「ブリギッテ、神殿まで来るのは大変そうだけれど、よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いいたします、ローゼマイン様」
騎士の紹介が終わると、今度は貴族が次々と挨拶とお祝いの言葉を述べるためにやってくる。
何人かの貴族の挨拶を受けていると、お腹が満たされて暇になったのか、ヴィルフリートがやってきた。
「ローゼマイン」
領主の息子がやってきたら、どんな子供相手でも場を譲らなければならないのが貴族社会というものである。貴族達がざざっとその場を退いていく。
「ここにいてもつまらないから遊びに行くぞ。来い」
そう言って、腕を引っ張られた。一応本日の主役で、貴族との顔合わせもわたしの重要な仕事だったはずだ。必死に覚えた貴族の名前と役職が、洗礼式を成功させるという神官長との約束が、頭の中をぐるぐる回る。
「あの、わたくしは皆様とご挨拶が……」
「いいから、来い」
助けを求めて振り返ると、神官長が仕方なさそうに溜息を吐いた。
「子供は子供同士で遊んでいればいいのではないか? ローゼマインも大人といるより、子供といた方が良かろう」
え? いや、わたしは大人といる方がいいですよ? っていうか、洗礼式を抜け出しちゃっていいんですか?
神官長が許可を出したことが信じられず、口をパクパクさせているうちに、わたしはヴィルフリートにぐいぐいと引っ張られた。転ばずに済むように足を動かせば、スピードはどんどん上がっていく。
壇上から連れ出され、着飾った紳士淑女の間を縫うように、それでいて、引きずられるようにして走る。
「ヴィルフリート兄様、もう少しゆっくり……」
「遅すぎるぞ、ローゼマイン。そんなに遅くては追っ手に追いつかれる」
声をかけたら、不甲斐ない、と怒られた。追っ手に追われるようなことを常日頃からしているということだろう。目に浮かぶ。
「うるさいランプレヒトを上手く
撒
いて、隠れて逃げるためには日頃の鍛錬が大事だ。其方のように鈍臭くては、すぐに追いつかれるぞ」
「わたくしは追っ手から逃げも隠れも致しませんから、手を離し……」
「ダメだ! それでは捕まって、ひどく叱られるぞ!」
護衛騎士を
撒
いて逃げるから追いかけられるし、叱られるんだよ、と反論したかったけれど、もう息が上がって、言葉にならない。
やばい。意識が途切れる。
「止まって、ください。息が……」
「んなっ!? ローゼマイン!?」
ずしゃあ、と自分の体が地面に放り出されて、やや引きずられる衝撃と痛みに加えて、ヴィルフリートの心底驚いた叫びが最後の記憶として、わたしの意識は暗転した。
二度目というのに、洗礼式はまたしてもリタイア。
三度目はいらないからね。
気が付けば、自室にいた。のっそりと起き上がると、お父様と神官長がリバーシをしているのが見えた。
「気付いたか」
「……口の中が苦いです」
またあの薬を飲まされたらしい。口の中に残る苦さが尋常ではない。
「ヴィルフリートはジルヴェスターの幼い頃にそっくりで、言っても聞かぬ故、君の虚弱さを手っ取り早く叩きこむためにこのような手段を取ったわけだが……」
「自分が連れ出して、いきなり倒れたら、ヴィルフリート兄様の心の傷になるんじゃないですか?」
路上でいきなりぶっ倒れたわたしを見たマルクさんやベンノさんでさえ心臓が縮み上がったと言って、その後は過保護な面を見せるようになった。コルネリウス兄様も同じだ。
子供相手にはかなり深いトラウマになるのではないだろうか。
「うむ。力加減がまだできぬが、ヴィルフリートも根は優しいから、心の傷になるだろう。だからこそ、今後はローゼマインの体を気遣ってくれるようになるはずだ」
手っ取り早く確実に結果を出すためには、子供の心にトラウマを植え付けることさえ躊躇しない人らしい。わたしへの接し方が合理的過ぎて厳しいのは、わたしの中身を知っているからだと思っていたが、本物の甥っ子でも容赦しないなんて、神官長は酷い。
「君は不服そうな顔をしているが、早かれ遅かれ、同じ結果になっただろう。ヴィルフリートには聞く気がないし、ローゼマインはあの勢いについていけないのだから。城で同じことになれば、君の護衛騎士が守れなかったということで罰を受けるのだ。周囲の人間も君自身も、今のうちに虚弱さと立場を知っておいた方が良い」
そうだった。わたしは領主の養女として城に入るのだ。わたしに何かあれば、護衛騎士は処罰の対象となる。今日はお父様の娘で、洗礼式で、護衛の騎士もおらず、ヴィルフリートの暴走だけで済んだけれど、今度からは別の人間も巻き込まれるのだ。
「ランプレヒトも泡を食っていたからな。ヴィルフリートとローゼマインは同い年であるし、洗礼式を終えた領主の子として、行動を共にする機会が増える。お互いの護衛騎士が現状を等しく認識していなければならぬ」
わたしがぶっ倒れたことで、ヴィルフリートの護衛騎士として、隠れて後をつけていたランプレヒト兄様にもトラウマを植え付けたらしい。ごめんなさい、兄様。
「たまたまその場に居合わせた貴族の知らせで我々が駆け付けた時には、ひどい状態だったぞ。勢いよく引きずられていたせいで、君のこめかみから頬にかけては広範囲に擦り傷ができ、血で白い石畳にできた赤がじんわりと広がっていく。そして、肘や膝を擦ってできた傷で、洗礼式の白を基調とした服が血に染まっていた。そこに倒れたまま、ピクリとも動かず、全く反応を示さない君はまるで死んでいるようだった」
「いやー! 聞きたくない! 痛い、痛い!」
わたしが耳を押さえて、ぶるぶると首を振ると神官長は呆れたように肩を竦め、お父様は口元を押さえて吹き出した。
「心配するな、ローゼマイン。傷はフェルディナンド様が癒してくれたし、薬もいただいた。ヴィルフリートとランプレヒトへの説教もした。もう終わった話だ」
「……傷は残ってないですか?」
麗乃時代の顔ならばともかく、可愛い幼女の顔に傷が残っていたら大変だ。わたしがぺたぺたと自分の顔を確認していると、「私の腕を疑うのか」と神官長が嫌な顔をした。
いえいえ、神官長がすごいことは知っているので、疑うなんてとんでもない。
「とにかく、無事に洗礼式も養子縁組の手続きも終わった。明日一日、休養して体調に異常がなければ、神殿に戻るように。神殿長の就任式を行う」
「はい」
これからの予定を言い置いて、神官長が帰っていく。これで話は終わりかと思っていると、お父様が何か言いたそうに、じっとわたしを見つめているのに気が付いた、
「お父様、どうかしましたか?」
「……ローゼマイン、ダームエルに何かしたか?」
「何かとはどのような意味ですか? 甘味で餌付けしたとか?」
孤児院で時々出していたパルゥケーキの件がばれたのだろうか。それとも……と考えていると、お父様は眉間を押さえて首を振った。
「そうではなく、ダームエルの魔力の件だ。じわじわとだが、鍛えれば鍛えるほど魔力が増えている。ほぼ成長期を終えたダームエルでは考えられない伸びだ。勝手に祝福を与えるような真似はしていないか?」
ダームエルだけに特別に祝福を与えたことはない。あるとすれば、あの家族への祝福のお裾分けくらいだ。
「……祝福があったとすれば、家族への祝福のお裾分けの時くらいですよ? 怪我した皆も治ればいいと思っていたから、フランやディルクにも光が届いたわけですし、ダームエルにも飛んで行っていたとしても不思議はないです」
「あれか……」
お父様はそう呟いた後、しばらくの間、頭を抱えていた。何かまずいことをしてしまったのだろうか。
「ローゼマイン、そのことに関しては沈黙を守れ。ジルヴェスターはもちろん、フェルディナンドにも言うな」
「え?」
「ジルヴェスターにいびられる姿しか見えぬ」
わたしが家族に与えた祝福はとんでもないもので、その祝福を受けた神官長がジルヴェスターにちくちく嫌味を言われたり、からかわれたりしているらしい。
「フェルディナンドは身分と付き合いの長さから受け流す術を心得ているが、ダームエルには無理だ」
それに関しては、祈念式の時の様子を思い出せばよくわかる。いじられて、苛められて胃を壊しそうだ。
「ジルヴェスター様はわかりますけれど、フェルディナンド様にも言うな、というのはどういう意味ですか?」
「あの合理主義者のことだ。ジルヴェスターから逃れるために、ダームエルを人身御供に出すくらい、平然とやってのける」
「わかりました。言いません」
神官長の合理主義の厳しさをわたしは身を以て知っている。ダームエルが祝福を受けたことは秘密にしておこう。