Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (178)
就任式
洗礼式の次の日は神官長に一日お休みを言い渡されていた。神官長はお母様にも様子を見るように言って帰ったようで、朝食の席で「一日ベッドで過ごすように」と、言われた。薬で無理やり体調を整えると、後で反動が来る時もあるので、のんびりできるのはありがたい。
「ローゼマイン、少し良いか?」
「ランプレヒト兄様? わたくしは構いませんけれど、どうされたのですか?」
「ローゼマインの体調を確認しておこうと思ったのだ。ヴィルフリート様もご心配なさっているだろうから……」
しこたま叱られたのか、しょんぼりした感じのランプレヒト兄様が出勤前に様子を見に来てくれた。溌剌とした明るい雰囲気だったランプレヒト兄様がしょげている様子から、一体どれだけお父様や神官長に叱られたのだろうかと思うと胸が痛くなる。
わたしが普通の子どもだったら、転んで擦り傷を作った程度で終わったはずだ。トラウマにはならなかっただろう。
「フェルディナンド様がきつくお灸をすえるために、故意にしたことですから、それほど気に病まなくても……」
「フェルディナンド様は御自身で薬も癒しも行える方だから、目が届く範囲内ならば、と考えられて、あのような無茶をされたのだろう。ローゼマインがすぐに助けられたから、お説教で済んだが、城で同じことが起こった場合、癒しを使える者が側にいなければどうなる? その時にローゼマインを失っていれば、ヴィルフリート様の心の傷は今の比ではなかったはずだ」
あれ? 何だか合理主義の鬼畜神官長がすごくいい人のように聞こえる気がする。
「本来はフェルディナンド様の手を煩わせなくても、私がわかっていて、教えておかなければならないことだったのだ」
ランプレヒト兄様は深く反省しているようだが、むしろ、反省しなければいけないのは、広範囲にトラウマを残した神官長だと思う。もうちょっと周囲とわたしに優しくしてほしい。
「では、ヴィルフリート兄様もランプレヒト兄様も今後お気を付けてくだされば、それで十分です」
「ローゼマイン、其方は死にかけの目に遭わされたというのに、何と寛大な……」
ランプレヒト兄様の茶色の目に明るさが戻ってきて、驚きと称賛が浮かんでいるように見える。
まずい。なんか変な方向に感動されている気がする。
「あの、違います。わたくし、あのような状態には慣れておりますので、一度くらいの失敗では特に」
「なるほど、慈悲深い」
だから、違うんだけど……。なんか、言っても無駄というか、聞いていない。もういいや。
「ローゼマインへの見舞いに持っていくのは何が良いか、フェルディナンド様に伺ったところ、これが最適だと手渡されたのだが……」
ランプレヒト兄様が布をするりと解いて、一冊の本を取り出した。
「本!」
「確実に一日で読みきれる量で、君が読んだことがない本だと伺ったが、本当にこのような厚い本が読めるのか?」
疑わしそうにランプレヒト兄様はわたしと本を見比べるが、このくらいなら楽勝だ。
「読めます! 読みます! ランプレヒト兄様、ありがとう存じます」
「そこまで喜んでもらえるならば良かった。では、私は城へ行くが、よく休むんだ。いいね?」
「はぁい」
神官長は鬼畜な合理主義者だけど、とてもいい人だ。これ以上厚い本になって一日で読み終わらなかったら、仮病を使って神殿に戻ってこなくなる、と予想している辺り、完全に行動を読まれているけれど、気にしない。
……神官長、ありがとう!
神殿の図書室にはなかった兵の運用方法の基本に関する本を読みながら、その一日は久し振りにゴロゴロと本当に休憩した。
兵の運用に魔術を使うから、わけがわからなくて、「どうしてそうなるの!?」というツッコミの連続でとても楽しかった。
神官長の癒しと薬の二重の効果に加えて、本を読みながら一日ゆっくり休めたので、体調はすこぶる良好だ。エラとロジーナにも神殿へ戻ることを伝えてもらい、わたしも準備する。
朝食を終えた後、護衛騎士であるダームエルとブリギッテがやってきた。ザッと跪いて、胸の前で手を交差させる。
「おはようございます、ローゼマイン様」
「今日から神殿に戻ります。伴をお願いしますね」
「はっ!」
挨拶を終えた二人が立ち上がり、わたしも立ち上がろうとしたら、ブリギッテに止められた。
「ローゼマイン様はそのまま少々お待ちください。フェルディナンド様にオルドナンツを飛ばします」
ブリギッテが光るタクトを取り出して、黄色の魔石をコンコンと軽く叩いて、「オルドナンツ」と呟くと鳥になった。「ローゼマイン様がこれから神殿へと向かいます」そう言って、ブンとタクトを振ると、鳥が飛んでいく。
しばらくすると、鳥が戻ってきて、神官長の声で「了解した」と三回喋って、魔石に戻った。初めて見た時はものすごく驚いたけれど、最近は魔術具が周囲にあることを少し普通に感じている。自分のことながら、順応がすごく早い気がした。
馬車はすでに用意されていて、わたしはダームエルとブリギッテにエスコートされて乗り込んだ。エラとロジーナも側仕え用の馬車で一緒に神殿へと向かうので、別の馬車に乗っている。
「フェルディナンド様によろしくお伝えしてちょうだい。しっかりお勤めするのですよ」
「はい、お母様」
お父様とコルネリウス兄様はすでに騎士団へと出ているので、見送ってくれるのはお母様だけだ。
馬車は滑らかに動き出し、真っ白の街並みを走って、神殿へと向かう。
「ブリギッテも神殿や下町に出たことはないのかしら?」
「貴族門の向こうに出るのは初めてです」
ブリギッテはこの街より南の方に領地を持っているイルクナー子爵の妹なので、魔石を変化させた騎獣に乗って、下町を飛び越す形でならば、外に出たことはあるけれど、下町に降り立ったことはないらしい。
わたしに付き添うために下町を連れ回された経験があるダームエルは何とも言えない顔で肩を竦めた。「……神殿はともかく、下町は女性には厳しいと思うが、頑張れ」と。
「おかえりなさいませ、ローゼマイン様」
神殿の正面玄関にはフランが待っていてくれた。わたしが貴族街へと移動したのが、春の盛りを少し過ぎた頃で、今は夏の盛りをもうじき迎えようとしている季節なので、フランと顔を合わせるのも、ずいぶんと久し振りだ。
「ただいま戻りました、フラン。皆、変わりはないかしら?」
「部屋が変わっておりますし、ギルが目の色を変えて仕事をしているので、ずいぶんと変わったように感じます」
「それは楽しみですね。ブリギッテ、わたくしの筆頭側仕えであるフランです。フラン、わたくしの護衛騎士のブリギッテです」
それぞれを紹介した後、わたしは神殿長の部屋へと向かった。貴族区域の中でも奥の方で、冬の奉納式の時にはその前を何度か通った記憶がある。
「モニカとニコラは厨房で下拵えをしています。ギルは工房です。ご挨拶は就任式の後になるか、と存じます」
フランが扉を開けてくれて、わたしは新しい部屋に入った。ロジーナの作成したリストのもと、模様替えが行われたので、神殿長の部屋が女性らしい部屋になっていた。赤系の色でまとめられ、お花模様のメルヘンな雰囲気で、元の部屋の面影がほとんどない。
面影というか、棚のデザインは違うけれど、飾り棚があり、30センチくらいの神様の像と聖典とキャンドルが、聖典を中心にほぼシンメトリーに飾られているところだけが似ている。これは神殿長の部屋に必要な祭壇なのだろう。
そういえば、わたしが青色巫女見習いになる時に、「本来ならば、神殿長の部屋の祭壇の前で神と神殿に仕える誓いを行い、衣の付与がある」と神官長が言っていたはずだ。つまり、今後、青色神官や巫女が増える時はここで誓いの儀式をすることになる。……できるかな?
「ずいぶんと可愛らしい部屋ですね。ローゼマイン様にはよくお似合いです」
神殿の部屋にここまでお金をかけられるとは、と感心したようにブリギッテが何度か頷いている。
この模様替えは全てお父様がお金を払ってくれたので、わたしの懐は全く痛んでいない。もしかしたら、工房の利益の一部は生活費としてお父様に納めた方が良いかもしれない。
「神官長より、護衛騎士が泊まり込むことも考えられるので、神殿長室の隣をそれぞれ男騎士用と女騎士用に整えるように、と指示がありました。不都合や不足がありましたらお知らせください」
フランの言葉に、わたしはそれぞれの部屋を見るために足を運んだ。
男騎士の部屋は客室のように整えられた部屋だが、無駄な物は一切ないとてもシンプルな感じの部屋だった。ダームエルによると「騎士寮にそっくり」らしい。お父様の「慣れた環境が一番だろう」というコンセプトで作られたようだ。
女騎士の部屋も騎士寮にそっくりかと思ったが、今回調査のためにお父様が女性用の騎士寮に踏み込んで調べたところ、女性は自室をどんどんと好みに変えていくので、原型がわからなかったそうだ。色々と考えるのを面倒くさがったお父様が「ローゼマインと似た物を入れておけば、どんな身分の女騎士でも文句はないだろう」と選んだのが、この部屋らしい。
つまり、女の子向け。女性らしさの象徴である土の女神 ゲドゥルリーヒの貴色である赤やピンクの明るい色合いにお花模様が基本だ。姉御という感じのブリギッテには嫌がられそうな可愛らしさである。
「ずいぶんと可愛らしいですね……」
わたしの部屋を見た時と同じ言葉だが、今度は少しばかり驚きと戸惑いが含まれている。可愛らしすぎて、困っているのかもしれない。
「ブリギッテ、その、気に入らなければ……」
「ローゼマイン様が気にするようなことではございません。客室ですし、眠れれば良いのです。わざわざ交換する必要はないので、お気になさらず」
フッと優しい笑みをアメジストの瞳に浮かべて、ブリギッテがそう言ってくれる。カッコいい女性の優しい言葉にわたしはホッと息を吐いた。
部屋に戻ると、モニカが厨房から戻ってきていた。エラが到着したので、ニコラに助手を任せて、モニカ自身は通常業務に戻ったのだそうだ。
「おかえりなさいませ、ローゼマイン様」
フェシュピールの設置と荷物の片付けを終えたロジーナと、モニカの二人に手伝ってもらい、わたしは神殿長の服に着替えた。これは神官長がギルベルタ商会に頼んでくれていたものらしい。
「時間がないため、急きょ前神殿長の儀式用衣装を仕立て直したそうです」
モニカの言葉にそれはそうだろう、とわたしは頷く。とてもこの品質の布を一から準備するだけの時間などないはずだ。領主の母を姉としていた神殿長の衣装は最高級の布を使っている。手触りも良いし、布が軽く感じられて、とても良い。
ただ、紋章はせっかく考えたマイン工房のものではなく、エーレンフェストの領主の子を示す、神官長とお揃いの紋章になっている。
……工房の紋章、気に入っていたのに。そう思いながら、ちょっと唇を尖らせて紋章を指先でいじっていると、モニカが困ったような顔になった。
「前神殿長の使っていた物に袖を通すのはご不快かと存じますが、ご辛抱ください」
「違うわ、モニカ。以前の紋章を気に入っていたから、少し残念に思っただけなのです。人を憎んで服を憎まず。わたくしと周囲の人間が恥をかかないものであれば、誰の衣装を仕立て直したものでも問題ありません」
わたしはここ何年も中古服ばかりを着てきたのだ。他人が袖を通した服なんて、と思っていたら、中古服なんて着ていられない。煤集めのために雑巾を縫い合わせた物を着せられたことに比べれば、こんな綺麗な服に文句を言うなんて、罰が当たる。
「ローゼマイン様はやはり素晴らしい方ですね。ヴィルマの言っていた通りです」
モニカは目を輝かせて感動しているが、どうしてそんな言葉が出てきたのか、さっぱりわからない。
しばらく考えて、ポンと手を打った。フランやギルはボロ服で下町を歩き回るわたしを知っているけれど、モニカは神殿内にいた青色巫女見習いのわたしと、領主の養女になってしまったわたししか知らないのだ。
常に新品を着るような立場の上級貴族の娘が、神殿長のお古で我慢していると思い込んでいるが、ブリギッテもいる前で訂正なんてできるわけもない。軽く息を吐いて、流しておくことにした。
「寸法は問題ないですね。では、本日の予定からご説明いたします」
わたしの儀式用衣装をざっと確認したフランに執務机へと向かうように言われ、本日の予定の説明を受けた。
この後、神官長がこの部屋へとやってきて、就任式の打ち合わせがあり、午後から就任式が行われるらしい。そして、明日はギルベルタ商会との会合が予定されているとのことだった。
……久し振りにルッツと会えるんだ。
フランの説明が終わる頃合いに、神官長がやってきた。建前上、わたしの方が役職は上なので、これからは基本的に神官長がわたしの部屋にやってくることになるらしい。
わたしはランプレヒト兄様のお見舞いの本と儀式用の衣装の準備と騎士たちの部屋の準備など、諸々のお礼を述べる。
「それにしても、ずいぶんと急いで就任式をするのですね」
就任式は神殿内だけで行われる内輪の式なので、準備する物もほとんどないらしい。手順を確認したわたしは、神殿に戻った当日に就任式を行う性急さについて質問してみた。
一応貴族である青色神官を集めなければならないのだから、本来ならば数日間は余裕を持たせると思う。
「神殿長室を君が使う以上、必要な儀式だ。それに正式に神殿長に就任しなければ、君に図書室の鍵を渡すことができない」
「それは大変ですね。急がなくっちゃ。……でも、それだけではないですよね?」
図書室の鍵は大事だが、神官長がわたしの図書室のことなんて気にするとは思えない。絶対に何か裏があるに決まっている。
「青色神官にはすでに何日も前から通達しているので問題ない。君の体調を薬と癒しで回復させることは決まっていたからな。……だいたい、このような内輪の儀式に時間をかけるわけにはいかないのは君の方だろう? ジルヴェスターの言ったことに早急に取り掛からねば、時間が足りないのではないか?」
「ジルヴェスター様のおっしゃったこと?」
何かあったっけ? とわたしが首を傾げると、神官長は指先でトントンとこめかみを叩いて、苛立たしげにわたしを睨んだ。
「聞いていないのか? 印刷業の拡大と食事処の件だ」
「印刷業の拡大は近隣の町の孤児院に工房を作るという話をジルヴェスター様が洗礼式でおっしゃっていたので、わかりますけれど、食事処の件とは?」
ベンノの走り書きで、イタリアンレストランの共同出資者にギルド長を入れることと、代わりにイルゼのところにフーゴ達を修行に出すことは知ったけれど、詳しくは知らない。
「ベンノはジルヴェスターから命令書を受け取っていた。星結びの儀までに、文官と打ち合わせをして、視察に出かけ、結果をまとめて、イタリアンレストランで報告しろという無茶なものだ」
「えぇ!?」
「さすがにベンノ一人の肩には荷が勝ちすぎている。君があれの養女となったことで、期限が前倒しになったのだから、なるべく手伝ってやりなさい」
神官長が同情して優しくなるくらい大変らしい。血の気が引いて、頭がくらりとした。就任式なんて、さっさと終わらせて、なるべく早くお手伝いしなくては。
就任式は神殿内で行われる内輪の式だ。去年、洗礼式を行った礼拝室に青色神官とその側仕え、洗礼式が終わっている灰色神官や灰色巫女の全てが集められて行われる新しい神殿長のお披露目式である。
進行役は神官長で、神殿長が更迭された件を簡単に述べ、領主の指示により新しい神殿長が決まったことを述べる。
その間、わたしは神官長が呼ぶのを待って、扉の前で待機だ。
「……という領主の意向により、新しい神殿長は領主の養女であるローゼマインと決まった」
そんな神官長の声と共にゆっくりとわたしの前の扉が開き始める。完全に開くと、礼拝室に整然と並んでいる灰色神官達が見えた。
一段高くなっているところに神官長がいる。
「神に祈りを捧げ、皆で迎えるように。神に祈りを!」
久し振りの大量グ○コに懐かしささえ覚えながら、わたしはフランに手を引かれて、ゆっくりと中央へと向かう。
高くなっている段の上に上がると、礼拝室の様子がよく見えた。
一番前には青色神官が10人ほど一列に並んでいるけれど、わたしを見て顔色を変えたのは、数人の青色神官だった。多分、マインの顔を知らなかった青色神官もいるのだと思う。
ピンとこない人は「へぇ、これが新しい神殿長か」というような顔をしているが、すれ違いざまに嫌味を言ってきたり、マインの時に顔を合わせたりしたことがある青色神官は大きく目を見開いている。違いが顕著でわかりやすい。
「よくお集まりいただきました。火の神 ライデンシャフトの威光輝く良き日、養父である領主より神殿長を任じられましたローゼマインと申します」
「領主の養女だと? そんなはずはない! 平民だったはずだ!」
一人の青色神官の声に、神官長の口からジルヴェスター様が洗礼式で言ったのと同じような説明がされた。それでも、納得できない、貴族流に呑み込めない神官は唾を飛ばすような勢いで叫ぶ。
「領主の異母弟である神官長なら、上級貴族の娘だと、知っていたはずだ。平民だと言うはずがない。こんなのはおかしいだろう!」
「領主に最も近く、高貴なる生まれだと言っていた前神殿長が知らなかったことを、私が知っているはずがあるまい」
出た! 必殺「全部あいつのせい」! 前神殿長は罪を押し付けるのに最適な方です。
ジルヴェスターだけではなく、神官長も必殺技を使っているが、おかげで、その青色神官以外は納得できたかどうかは置いておいて、事情と状況を呑み込んだようだ。
元々上から言われることに慣れている灰色神官達は、「よくわからないが、そうなったのだ」と簡単に呑み込んでいる。
ここで話を聞いた灰色神官や巫女が、孤児院の子供に向けても同様に、「前の神殿長が平民だと言っていたが、本当は平民ではなかった。領主様の養女となったので、マイン様はローゼマイン様になった」と教えることになるので、わたしは完全に上級貴族の娘として、神殿でも扱われることになる。
「わたくしが上級貴族の娘であることをお疑いでしたら、騎士団長のお父様か、養父である領主にお確かめくださいな」
とにかく黙れ、と遠回しに告げて、わたしは今後の抱負を飾られた綺麗な言葉で述べて、最後は神への祈りと感謝で締める。
「高く亭亭たる大空を司る、最高神 広く浩浩たる大地を司る、五柱の大神 水の女神 フリュートレーネ 火の神 ライデンシャフト 風の女神 シュツェーリア 土の女神 ゲドゥルリーヒ 命の神 エーヴィリーベに祈りと感謝を捧げましょう」
わたしの言葉に反応して、ざっと神官達が構える。
「神に祈りを! 神に感謝を!」
全員で神に祈りを捧げると、わたしは退場となる。
神官長に手を引かれて段を下り、足を進めていたが、退場途中で、やや俯き加減になって視線を逸らそうとしている一人の青色神官に気付いて足を止めた。
「あら、貴方……」
「エグモントを知っているのか、ローゼマイン?」
「わたくしの図書室を荒らした方、ですよね?」
ふふっ、み~つけた、と小さく笑うと、威圧されたわけでもないのに、エグモントの顔色が真っ青になった。
「あ、あれは……その……」
口をはくはくとさせながら、助けを求めるようにエグモントの視線がさまよう。神官長を見て、ハッとしたように言い訳した。
「あれは前神殿長の指示で! 私の本意ではなく!」
はい、また出た! 必殺「全部あいつのせい」! 神殿長ったら大人気。
だがしかし、その必殺技がいつでも効くわけではない。図書室を荒らした罪は深く、本に関係するわたしの怒りはしつこい。前神殿長に
擦
り付けたくらいでは消えるようなものではないのだ。
「そう。神殿長のご指示でしたの」
「そうなんです!」
わたしの言葉に、エグモントはホッとしたように笑みを浮かべた。その顔は、怒りを逃れた喜びのみで、反省など小指の先ほどもしていないものだった。
わたしはフフッと笑いながら、まだ怒ってるんですけど、と軽く威圧しておく。
「貸し一つ。二度目はないと思ってくださいね」
血祭りにしなかった分、とても理性的、かつ、この上なく穏便に終わらせたのに、部屋に戻った途端、神官長に「やりすぎだ」と怒られた。解せぬ。
「おかしいですね。心に傷を植え付けて、体に叩き込むのが合理的で最適なやりかただって、神官長が教えてくれたじゃないですか」
「……それは、相手が言っても聞かぬ場合だ」
苦々しい顔で神官長が言ったけれど、言って聞くかどうかを確認するのも面倒くさいし、聞かなかった場合に図書室が荒らされる方が大問題だ。
「言って聞くかどうかは、この際どうでもいいです。わたくしの図書館に手を出すなって、青色神官全員が覚えてくれれば、それでいいのですから。とても合理的だったでしょう?」
わたしがニコリと笑うと、神官長もまた張り付けたような作り笑いを浮かべた。
「君の合理性は感情に任せている分、とても怖いな。どこにどんな影響があるか、わからぬ」
「あら? 神官長の合理性は計画的な分、とても広範囲に深い影響を及ぼしますよね?」
ふふふふ、と笑い合っている途中で、大事なことを思い出した。神官長と笑い合っている場合ではない。
「さぁ、神官長。これで洗礼式も就任式も無事に終わりました。危険人物も排除しました。図書室の鍵をください。明日、ルッツ達と会う前にできるだけ読まなければいけないのです」
わたしがバッと手を差し出して要求すると、神官長がきつく目を閉じて、頭を抱えた。
「今日は倒れても、薬も癒しもないからな」