Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (18)
閑話 娘は犯罪者予備軍!?
俺はギュンター。
エーファという美人妻とトゥーリとマインという可愛い二人の娘を持つ勝ち組だ。
二人の娘のうち、マインはエーファに似ているが、エーファより綺麗な顔立ちをしている。だから、きっと神様に溺愛されている。
マインが病弱なのも神様に愛されているせいだ。いつだって、マインのことを神様が手招きしているのだから。
ちょっと無理をすると、すぐに熱を出すマインが、ある時を境に少しずつ元気になり始めた。
言動もおかしくなったが、自分なりに体力をつけようと努力している。家を出て、建物から外に出るだけで休憩が必要だったマインが、たった三月で門まで休憩なしで歩けるようになったのだ。
すごいだろう?
ウチの娘、頑張り屋だろう?
ついでに、マインはすごく頭が良い……らしい。というのも、俺はどう頭がいいのかわからないからだ。
ただ、いくら助手を付けろと言っても「足手まといを助手にしても時間の無駄です」とバッサリ断ってきたオットーが、興奮して「マインちゃんを助手にしてください」と掛け合ってきたのだから、相当だと思う。
会計報告を見ただけで計算間違いを指摘できる計算能力の高さ、ちょっと教えればあっという間に覚えた基本文字。今は書類の書式と定例文を覚えているらしい。
何より、周りをよく見ていて、些細な変化に気付く鋭い眼と目的を達成するために考える論理性。全てがとても優れているらしい。
何だ、それ?
オットーに言われたことの半分くらいしかわからなかったが、結論としては、ウチの子はオットーもビックリするほど賢い。
さすが、マイン。俺の娘。
本気で神様に愛されてるよな。
そのマインが今日は初めて森に行っている。
今日は昼番なので、帰ってくるマインを門で迎えるつもりでいるが、心配で仕方ない。
「班長、落ち着いてください」
「ん? あぁ」
門までは歩けるようになったが、本当に森まで歩けるだろうか。何とか森にたどり着いたとしても、門と違って、休憩するにもずっと屋外にいることになる。
日に当たりすぎて気持ち悪くなったり、森で熱を出して倒れたりしないだろうか。
「班長、ぼーっと外を見てないで、仕事してください」
「おぉ」
「マインちゃんにがっかりされますよ?」
「オットー、お前……言ってはならんことを!」
「じゃあ、さっさと仕事してください。帰ってくるのは夕方でしょう?」
腹の立つことに、この生意気なオットーのことをマインは「先生」と呼んで、慕っている。
まぁ、俺の方が尊敬されているけどな。ふふん。
かぎ針とトゥーリの髪飾りの簪を作ってやった時なんて、「父さんが一番!」って言ってたんだからな。嘘じゃないぞ。
俺はみんなに注意されながら仕事をして、そわそわしながらトゥーリ達が帰ってくるのを待っていた。
責任感が強いトゥーリが早めに切り上げてくると約束したのだ。身体が弱くて、まだ歩くのが遅いマインのことを考えれば、昼過ぎに森を出ることも考えられる。
昼過ぎ。当然まだ帰ってこない。わかっている。
ちょっと日が傾いてきた。まだ帰ってこない。そろそろだろうか。
少しずつ街から出ていく人が多くなってくる。まだか?
「早目って約束したんなら、そろそろ帰ってくるんじゃないですか? お願いですから、行き交う人達を睨むの、止めてください。態度悪いですよ」
農作物を売り終えて、街から出ていく近隣の農民より、帰宅や宿を求めて街に入ってくる人間の方が多くなってきた。
それなのに、トゥーリもマインもまだ帰ってこない。そろそろいつもの時間になりそうだ。
遅すぎる! 早目に帰ってくるんじゃなかったのか、トゥーリ! もしかして、マインが途中で倒れてしまったか!?
途中で倒れたマインと途方にくれるトゥーリの姿が脳裏に思い浮かんで、居ても立ってもいられなくなってきた。
「オットー、ちょっと様子を見てくる……」
「仕事ほっぽり出す気ですか!?……あ、あれ! トゥーリちゃんじゃないですか!?」
「どこだ!?」
俺より背の高いオットーが背伸びして、列の後ろの方を見た。
「今、門前に並んでいる人達の最後尾に着きました。さっさと行列を捌きましょう」
「よしきた!」
トゥーリ達を街に入れるため、俺は精力的に動いて、人を捌いて行く。先程と違って、どんどん人が流れて、トゥーリ達が見えた。
まさに今、最後尾に並ぼうとする姿が、な!
くそっ! 騙したな、オットー!
しかし、トゥーリの周囲にマインの姿がない。責任感の強いトゥーリが放ってきたとは思えず、何度も辺りを見回すがやはり姿はない。
「トゥーリ、マインは!?」
「ルッツと後から来てる。多分、閉門ギリギリくらいだと思う」
トゥーリも後ろを振り返るが、すぐに見える範囲に二人の姿はない。閉門ギリギリになりそうだということは、早目に切り上げなかったということだ。
「早目に帰る約束だっただろう? 遅いじゃないか」
「……」
「……」
俺の言葉に、トゥーリ以外の子供達まで何とも複雑な表情で顔を見合わせた。
何と言うか、「言う?」「いや、止めといた方がいいんじゃない?」という感じの、子供達が集団で隠しごとをする時特有の空気だ。
「トゥーリ、一体何が……」
「色々あったの。詳しい話は後でいい? ちょっと遅くなったから、母さん達が心配してるかも。みんなを早く帰らせなくちゃ」
突っ込んで聞きたかったが、トゥーリは質問に答えず、会話を打ち切って、歩き始める。一緒に歩く子供達も疲れきったような様子で街に入っていく。
「何かあったんだろうか? オットー、お前、どう思う?」
「本当に何かあったら、助けを求めてますよ」
オットーは何でもなさそうに言うが、いつもはわざわざ聞かなくても溌剌とした表情で今日会ったことを簡単に話してくれるトゥーリが、質問してもすぐに答えようとしないんだぞ?
心配になるだろう? マインは一体何をしているんだ!?
あまりの心配に苛々が募って、門の前を行ったり来たりしていると、本当に閉門ギリギリの時間にマインはルッツに寄りかかるようにして、青い顔で姿を現した。
「マイン!」
「……父さん、ごめん」
聞きとれるかどうか、それくらいの声で一言謝ると、マインは俺の腕の中に倒れこんできた。
ルッツと一緒に、スコップが入っただけの空っぽの籠を外して、マインを抱き上げる。
「ルッツ!? 何がどうなってる!? 今のごめんは何だ?」
「あ~……多分、マインが計画的に約束を破ったことじゃないかな? 今日はいきなり穴掘りだすし、ネンドバン作りだすし、フェイ達に泣いて怒って、むちゃくちゃ興奮してたから……三日ぐらいは寝込むと思う」
ルッツがこめかみを押さえるようにして、並べていく事柄に、ぎょぎょっと目を見開いた。
「止めなかったのか!?」
「あのさ、オレもトゥーリも止めなかったと思う?」
噛みつくような勢いでルッツを咎めると、ものすごく嫌そうな顔でルッツが俺を見た。
そうだ。ルッツやトゥーリが止めないはずがない。この二人にお目付役を任せているのはそれなりの実績があるからだ。
特に、ルッツはマインが門に通い始めた頃と比べると、マインとは同い年と思えないほど保護者役が板に付いてきた。
「あぁ、いや、悪かった」
「トゥーリのこと、怒らないでやって。頑張ってたから。あ、マインのことは怒ってもいいと思う。オレも怒った。……適当に流されたけど」
ぐてーっと腕の中で力を抜いて身体を預けているマインは、だんだん熱が高くなってきたようで、青ざめていた顔が赤くなってきていた。
「じゃあ、マインをよろしく。オレも急いで帰るから」
「あぁ、マインを見てくれて助かった。ありがとう」
赤い顔でふぅふぅ言っているマインを宿直室のベンチに寝かせておく。ここも何となくマインの定位置になっている。
なるべく早く仕事を終わらせると、マインを抱えて家へ帰った。
「おかえりなさい、ギュンター。マインは倒れたんでしょ?」
門で倒れることを予想していたらしいエーファが、手早くマインの服を脱がせて着替えさせ、ベッドに寝かせる。
俺はトゥーリから話を聞こうと台所でトゥーリと向かい合って座った。
「それで、今日は何があった? ルッツから軽く話は聞いたが、トゥーリからも聞きたい」
ビクッとトゥーリが震えて、怯えたような表情で俺の様子を伺う。真面目で責任感が強いトゥーリは何でも完璧にしようとするので、失敗や叱られることを極端に恐れているところがある。
トゥーリを安心させるために、俺はルッツの言葉を伝えた。
「トゥーリのことは怒らないでほしいとルッツに言われている。頑張っていたと聞いた。代わりに、マインのことは怒ってもいいと思うと言われたが、一体何があった?」
怒らないと言われたことで、強張っていたトゥーリの表情がゆっくりと和らいでいく。そして、言葉を探すように少し視線をさまよわせた後、ゆっくりと口を開いた。
「実は、わたしもそれほどよくは知らないの。森に着いた時には、マインがいつも通り疲れていて、石に座って休み始めたから、わたしもルッツも採集に行ったの。わたし、いつもより早く切り上げるから、急いで集めなきゃって、思ってて……」
「うん、そうだな」
森に着いた時のマイン状況とトゥーリの行動は理解できた。先を促すとトゥーリは困った顔をした。
「そろそろ帰ろうかな? って、思った時に、マインの叫び声が聞こえて、慌てて走って行ったら、マインがすごく泣いて怒ってたの。せっかく作った物をフェイ達に壊されたって。ホントに怒ってて、宥めても全然聞いてくれなくて、絶対許さないって言って……。ルッツが手伝うからもう一度作ろうって言ったら、やっと泣きやんだの」
俺は拙いトゥーリの説明に軽く目を閉じて、何とかその状況を頭の中に思い浮かべようとした。
よくわからん。
マインが何か作って、フェイが壊して、怒って泣いた?
「マインは何を作ったんだ?」
「よくわからない。ネンドバンって聞こえたけど……。それをみんなで作り直してて、遅くなったの」
よくわからないなりに、俺にも理解できたことが1つあった。
「つまり、マインは森では何もしないという約束を破ったわけか?」
「え?……あ……多分」
森で何もしない約束を破って、勝手に何か作って、それを壊されて、作り直すことに全員が巻き込まれて、帰りが遅くなって、倒れて熱を出した、と。
迷惑をかけるにも程があるだろう。
「マインはもう森へは行かせないことにしよう」
「えぇ!? それはダメッ! マインが怒るよ!?」
トゥーリは血の気が引いた顔で何故か反対した。
マインが怒ることは関係ない。怒っているのはあんなに約束したのに、破られた俺の方だ。
「ダメじゃない。約束を守れない子は森へは行けないんだ」
マインもきちんと叱っておかなければならない。
子供だけで行動するときのルールや親が安心して外に出すための約束を破るようでは、危なすぎて、子供だけで行動させることはできないのだから。
俺がマインと話をするために寝室に入ろうとしたら、トゥーリが腕にしがみつくようにしてついてきた。俺を止めようと必死だ。
妹思いのトゥーリには悪いが、マインにはきっちりと言い聞かせなければならない。
「父さん、お願い。考え直して!」
「駄目だ。マインはもう森へは行かせない! 約束が守れなかったんだから当たり前だ」
俺の声が聞こえたのか、マインが顔をこちらに向けた。
熱が高くなってきたのか、赤い顔をして、目を潤ませながら、はくはくと苦しそうに何度か口を開く。
「……父さん、あと一回だけ。……『粘土板』作る」
しかし、その口から出たのは、俺が望んでいた反省でも謝罪でもなく、要求だった。どうやら、まだ森で何か作るつもりでいる。
一瞬で頭に血がのぼった。
「何を言っているんだ!? 絶対に駄目だ!」
俺が叱ると、マインは軽く息を吐いて、隣のトゥーリへと目を向けた。
「……じゃあ、トゥーリ。家でやるから……」
「わ、わかった。持って帰ってくるよ」
ちょっと待て、トゥーリ。何故当たり前のように受け入れる!?
マイン、お前、家で一体何をするつもりだ!?
それから、俺の怒りは無視か!?
「マインが倒れる原因になったものだろう!? そんなものを持ちこむのは許さん!」
そう宣言した途端、マインの目がスッと細められて、ものすごく冷たい無表情になった。何かのスイッチが入ったのか、ガラリと雰囲気が変わる。
マインの金色の瞳にまるで油膜が張ったように複雑な色が見える気がした。
「……父さん、本気?」
静かなのに、恐ろしく重圧のあるマインの声にぞっとする。自分の娘とは思えない威圧感に思わず一歩後ずさった。
「あ、当たり前だ!」
「そう……」
ふっと俺に興味を失ったように、マインが一度目を伏せた。
「じゃあ……フェイ達をあの時の粘土板みたいにしなきゃね。ふふ……」
金の瞳を複雑な色に揺らめかせながら、酷薄な笑みを浮かべているマインにぞくりと背筋が震えた。
異様な雰囲気に呑まれて、ごくりと息を呑んだ。
「……マイン?」
「父さん! マインに森へ行っていいって言って!」
マインの笑い声を聞いたトゥーリが化物でも見たように真っ青になって、俺の腕をペチペチと叩き始めた。
「……マイン、お前、何を考えてる?」
「ん~?……フェイ達も森へ行けなくなるように……どうしよう?……『トラウマ級恐怖』……『番町皿屋敷』?……いっそ、『貞子系』?」
熱に浮かされてうわごとでも言うように言葉は途切れ途切れだが、頭はいつも通り動いているのか、ぽつぽつとマインの口から言葉が出てくる。
いまいちよく聞き取れないが、全てが何だか陰惨な響きを帯びている気がするのは、気のせいだろう。マインの声がちょっとかすれて聞こえるせいだ。
俺のマインがこんなに怖いわけがない。
「……フェイはどこから出てきた? 全く関係ないだろう?」
「関係? ありあり。……とりあえず、話はわかった。……ちゃんと、理解した」
息苦しそうにしながらも、マインは何度か頷くように頭を少し動かす。
少しばかり異様な空気に呑まれてしまったが、マインがちゃんと理解してくれるなら、それでいい。頭がいい子なんだから、自分がしたことはよくわかっているはずだ。
「そうか、反省するなら……」
「全力で、泣かす……じゃあ、寝るから」
「マイン、ちょっと待て! 全然通じてないぞ! どうしてそうなる!?」
どこをどう理解したら、「全力で泣かす」なんて言葉が出てくるんだ!?
誰を泣かす!? 父さんか!?
マインの言葉が全く理解できん! 父さんはもう泣きたいぞ!
「うるさい。……出てって」
「父さんはこっち! これ以上マインを怒らせないでっ!」
娘達は二人して俺を寝室から追い出すという結論に達したようで、俺はトゥーリに腕を引っ張られて台所へと戻ることになった。
「トゥーリ、あれはマインだよな?」
「多分、一番怒ったマイン。目が変に光って怖いの。ネンドバンをフェイ達が壊して、マインが泣いて怒ってた時も変だった。みんなも怖いって言ってた」
あぁ、俺も怖かったからな。子供ならもっと怖いだろう。
「ネンドバン作り直し始めたらマインの機嫌が直ったから、途中で止めて帰ろうって、なかなか言えなくて……」
「そうか」
あの迫力なら、仕方がない。
俺でも放っておきたい。
「閉門ギリギリになりそうだから、わたし、マインに泣きながらお願いしたの。ルッツが手伝うから、次で完成させようって言ったら、やっと手を止めてくれて。みんなで手伝おうって約束して帰ってきたの」
「……」
何とか次の約束することでマインの怒りを逸らして帰ってきたのに、俺が森に行くことを禁止したから、トゥーリは慌てて止めたのか。トゥーリの行動原理が理解できた。
「父さん、あと一回だけ森へ行っていい? わたし、マインのあの怒りがフェイ達に向かうのが怖い。フェイ達をネンドバンみたいにするって何するの?」
「ネンドバンみたいってどういうことだ?」
そもそもネンドバンがわからない。一体何だ?
どういうものだ?
「フェイ達に踏み潰されたネンドバンみたいにするってことだと思うけど、どうするの? フェイ達をぐちゃぐちゃに踏み潰すってこと? フェイ達も森に行けなくするって、マインは何する気? 全力で泣かすって、マインは何すると思う? フェイ達はどうなっちゃうの?」
トゥーリの言葉にザッと血の気が引いた。改めて聞くと恐ろしすぎる。
マインが何をするつもりなのか、むしろ、俺が教えてほしい。
何? ウチの娘、犯罪者予備軍!?
「トゥーリ、どうしたら、マインを止められるんだ?」
「わからないよ。……ルッツに聞いてみて。森でもマインを止めてくれたのはルッツだったもん」
次の日、俺は森に出かけるルッツを門のところで引き留めて、マインの言葉の意味を聞いてみることにした。トゥーリが過剰に怖がるだけで、実は大したことがないかもしれないからだ。
しかし、俺のわずかな希望をルッツは軽い口調であっさりバカーンと打ち砕く。
「あ~、それは……フェイ達に全力で八つ当たりに決まりだな。目が虹色みたいになったマインは止められないから」
「え?」
「ちょっと隙を見つけたら食らいつく魔獣みたいに、自分のやりたいことをやり遂げるんだ。絶対に目的達成するんだぜ、マインは。どんな手段を使っても、どんなに時間がかかっても」
すげぇだろ? とルッツは胸を張り、目には尊敬の光を浮かべている。
いやいや、よく考えろ。
それが人を傷つけることに向いた場合は、ものすごく危険人物だろ?
それより、なんでルッツが誇らしげなんだ? マインは俺の娘だぞ?
「ネンドバンだって、そうさ。森に行きたかったのも、三月もかけて森に行くための体力つけたのも、ネンドバンを作りたかったからだって、言ってた。だから、やるって決めたことをマインは絶対に諦めないと思う」
「……ネンドバンはそんなに大事な物だったのか……」
マインのネンドバンに対する思い入れと粘り強さが、俺にはわかっていなかった。簡単に禁止していいものではなかったのかもしれない。
マインともう一度話し合おうと決めたところで、ルッツが更なる爆弾を落とした。
「あ~、それにしても、せっかく完成したネンドバンを壊されて、作り直しは時間切れで、帰ってきたら熱出してぶっ倒れて、森に行くのは禁止されて、粘土を持ち帰るのも禁止されて……。全部の怒りがフェイ達に向くのか。フェイ達、生きていたらいいな」
「怖いことを言うな! ウチの娘を犯罪者にする気か!?」
全力で泣かすとは言っていたが、殺すとは言っていなかった。大丈夫だ!
……そう、思いたい。
「え? だって、そうしたの、ギュンターおじさんじゃねぇ?」
「は? 俺?」
「ネンドバンも、森に行くのも、禁止したのはおじさんだろ? マインの全力って、オレ、怖いもん。応援はしても邪魔はしない。禁止とか無理、無理」
「怖い?」
ルッツの言葉に俺は何度も目を瞬いた。
見ればわかるが、マインはもうじき6歳なのに、一見3~4歳くらいにしか見えない。虚弱で病弱で小柄で体力も腕力もない。実際、マインが全力でかかってきても、大した問題にはならないはずだ。
しかし、ルッツは軽く肩を竦めて、マインの怖さを語りだした。
「だってさ、マインのヤツ、頭の構造がオレ達と違うじゃん。どこからどんな方法で何を使ってくるかわからねぇ。武器持って殴ってくるなら、あんな弱っちいのにやられないけど、マインはそんな方法、絶対に使わないからな。何されるかわからなくて、でも、確実に弱点を狙ってくるから、マジ怖い」
真面目な顔で言い切ったルッツを見て、俺は唸った。
マインの全力という言葉から連想するものが、俺とルッツでここまで違うと思わなかった。
マインの本気が想像できないだけに、確かに怖い。わからないこと自体が怖いのだ。
「この間なんて、ジーク兄にも勝ったからな。もう勘弁してくれって、ホントに言わせたんだぜ。力が全てと思わない方がいいよって、マインが言ってたからな。オレも最近ちょっと兄達に勝てるようになってきたんだ」
ちょっと待て! 初耳だ!
ジークに勝ったって、何をどうした!?
ウチの娘、どうなってんの!?
「あ~、ルッツ。真面目な質問だが、どうしたら、マインの怒りを押さえることができる?」
「そんなの、マインの目の前に粘土積み上げりゃいいじゃん。絶対にネンドバン完成させることだけで頭がいっぱいになるから」
ルッツとの話し合いの結果、俺は街の安全を守るため、娘を犯罪者にしないため、不承不承熱の下がったマインに森行きの許可を出した。
すると、許可をもらったマインは不満そうに頬を膨らませて、こう言った。
「……せっかく色々計画考えたのにぃ……もったいなくない?」
「もったいなくないっ! そんな計画はすぐに捨てるんだ!」
「ちぇ……」
熱にうなされてたくせに、すでにフェイ達をぐっちゃぐっちゃにする計画が立ってたらしい。
マインの頭が良すぎるせいか、それだけ怒りが深かったのか、よくわからないが、危機一髪だった。
一応マインを犯罪者にすることは回避できたし、フェイ達が八つ当たりされるのも免れた。俺は街の平和と家族の幸せを守りきった。
回避方法を教えてくれたルッツには心からの感謝を捧げておこう。
全てが片付いて、ホッと安堵の息を吐いた後、ハッと俺は気が付いた。
あれ? 当初の約束破った反省はどこに行った?