Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (181)
星結びの儀式 下町編
わたしは星結びの儀式まで、神殿から出ることなく過ごした。儀式の祈り文句を覚え、ニコラに天然酵母の進歩状況を報告してもらい、孤児院長室の隠し部屋で食事会に出すメニューや領主に対する報告と予算案についてルッツやベンノと話し合い、まとめる。
今日もギルベルタ商会からベンノとルッツが来ていて、隠し部屋で話し合いだ。
「星結びの儀式で貴族街へ行くので、その時に養父様にも日取りや時間を聞いてみますね」
「あぁ、頼む」
食事会を前に、おおよそやるべきことは終えた。ベンノの目に少々生気がないけれど、食事会まではゆっくり休めそうである。「こんなもんか。何とかなったな」と大きく息を吐いたベンノが眉間を指でぐりぐりしている。
「……ねぇ、ルッツは星祭りどうするの?」
「去年と一緒にするつもりだけど?……昼食を孤児院で取らせてくれるならな」
ルッツの分の昼食を準備して、孤児院の食堂で一緒に食べてもらうだけならば、わたしでも手配できる。けれど、このベンノが過労死そうな忙しさの中で、孤児院の面倒を見てもらうことなんてできるのだろうか。
「忙しくない? 大丈夫?」
「今、どうしてもやらなきゃいけないものは終わったし、祭りの日に家で休めるわけがないだろ? 孤児院の方がまだのんびりできる。飯もうまいし……」
星祭りは街一丸となる祭りだ。新郎新婦とその家族以外は開門と同時にタウの実を拾いに行き、投げまくった後は、広場に出す食事の支度や夜の祭りの準備で忙しい。結婚する者が家族にいないからといって、我関せずとばかりに、家でのんびりできるような環境ではない。追い立てられて手伝いに駆り出されるのだ。
「タウの実は全部投げないで、少しだけ置いておいてね」
「わかってる」
ニッと笑ったルッツは以前と全く変わらないのに、わたしが会いたい家族はちっとも顔を見せてくれない。
孤児院の子供達の面倒を見るのをお願いするという名目で、顔を合わせたいと思っていたが、星祭りの日には予定があると断られた。孤児院には顔を見せてくれると言っていたのに、トゥーリはまだ一度も来ていない。
「……トゥーリ、来ないね」
わたしがポツリと零すと、ベンノが「当然だ」と鼻で笑った。
「トゥーリは今、忙しいんだ。ダルア契約した工房で仕事をし、休みの日にはコリンナの工房を手伝うという名目で、裁縫の勉強をしている」
「え?」
「コリンナによると、すごい勢いで貪欲に技術を吸収しているらしいぞ。……一流の針子になるのが、最後の約束なんだろう?」
手紙からは読み取れなかったトゥーリの頑張りをベンノの口から聞かされて、目の奥が熱くなってきた。わたしとの約束を守るために、トゥーリは必死で努力しているらしい。
「ギュンターおじさんも大変なんだぜ」
「そうなの?」
「余所の貴族を入れたということで、騎士団の調査が入って、重要事項を伝達していなかったってことで、東門の士長が罰せられたんだ」
父さんが「領主不在のため、以後許可証が出ることはない」という情報を各門の士長に伝えたことは、それぞれの門の士長から証言が得られた。また、東門以外の門ではきちんとその情報が門番まで伝えられている。
東門は最も人通りが多く、最も警戒しなければならない門であり、一番に情報を受け取っていたにもかかわらず、士長が伝達を怠った。これは重大な失態であると判断されたらしい。
そして、娘を失ったこと、街に入った貴族を捕えるために健闘したことなどが考慮され、士長の穴を埋めるように、父さんは昇進。東門の士長になったそうだ。
「出勤時間が増えて、忙しくて、まともに家族とご飯が食べられない、って……この間、泣きつかれた」
「……目に浮かぶよ」
皆、忙しくて来られないのか。仕事なら仕方ないなぁ、と溜息を吐いていると、ルッツがわたしの頭を軽く叩いた。
「あんまり落ち込むなって。トゥーリの星祭りの日の予定って、お前なんだから」
「へ?」
ルッツの思いがけない言葉にわたしが目を丸くすると、ルッツが軽く肩を竦めた。
「新郎新婦の家族に交じって神殿の前庭で扉が開くのを待つんだってさ。新郎新婦が退場する時、お前は祭壇のところにいるんだろ?」
ルッツはトゥーリに「孤児院の子供達と一緒に行動していたら、初めての神殿長姿が見えないでしょ」と言われたらしい。ほんのちょっと、ちらっと見るだけのために、家族揃って扉の前で待機する予定だ、とルッツが言う。
「せっかくなんだから、イイところ、見せてやれよ?」
「……うっ、本番までにもう一回祈り文句覚えなおすよ」
もうちょっと気合いが必要そうだ。何と言うか、初めての授業参観に緊張する感じに似ている。せっかく見に来てくれるんだからいいところを見せたい。でも、失敗したらどうしよう、みたいな。
疲れ果ててやつれた顔にやり切った充足感を乗せたベンノとルッツと別れて、隠し部屋から神殿長の自室へと戻る。
ルッツが一緒に行動してくれると言ったので、星祭り当日の孤児院の子供達の過ごし方について、ヴィルマとも話し合わなければならない。
「これから孤児院へ向かいます。伴を」
「わたしにお伴させてください、ローゼマイン様」
ヴィルマに会えるのが嬉しくて仕方がない様子で、モニカがぱぁっと笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。
「フランはお仕事をしていても良いわ。星祭りの時の子供達についてヴィルマと話をしてくるだけだから」
わたしは視線を上げて、フランを見る。神官長から派遣されてきたザームと話をしているフランは軽く頷いた。
「恐れ入ります。モニカ、ローゼマイン様をよろしくお願いします。いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃいませ、ローゼマイン様」
フランと共にザームも腕を交差して、その場に跪いて見送ってくれる中、わたしはモニカと一緒に部屋を出た。護衛騎士はもちろん二人ともついて来る。
ここ最近、神官長がザームという側仕えを派遣してくれて、神殿長関係の仕事をフランと二人で行っている。
ザームは神官長の側仕えの中でも、前神殿長とのやりとりを主にしていたらしい。いつもアルノーを連れていたので、わたしにはあまり印象のない人だったが、どうやら、これからはアルノーではなく、ザームが神殿長であるわたしと神官長の連絡役になるようだ。
前神殿長が関わる時もアルノーが神官長に付き従っていた気がするのだけれど、神官長の側仕えがどのような配分で仕事を行っていたか、詳しくは知らない。
ただ、アルノーと話をしている時はどことなく上司と話をしているような雰囲気を出していたフランが、ザームとは同僚と話をするような気安さで接しているので、フランにとっては良かったのかも、と思っている。
「ヴィルマ、ローゼマイン様がいらっしゃいました」
孤児院の扉を開けて、モニカが待っていたヴィルマに声をかけた。
「わざわざ足を運んでくださってありがとう存じます。神殿長自らが足を運ぶことについて、神官長は何もおっしゃいませんでしたか?」
ヴィルマが心配そうにわたしに問いかける。孤児院長だった頃と違って、神殿長が孤児院に出入りするとは考えられなかったらしい。
「神殿長はわたくしですから、わたくしのやりたいとおりにするのです。身の安全であるとか、淑女としてよほど恥ずかしいことをしない限り、神官長は禁止なさいませんよ」
余所の町に孤児院兼工房を作る計画に神官長を巻き込もうとしたら、「聖女らしい実績を積め」と言われたので、神官長が孤児院に向かうことに文句を言うはずがない。
「それで、星結びの儀式の日の話なのですけれど……」
本来、青色神官は全ての側仕えを貴族街に連れて行くことになっている。これは、実家に行っても世話をしてくれる者がいないため、自分で連れて帰るしかないという事情があるらしい。
神官長は貴族街に自分の屋敷を持っていて、そこにも側仕えがいるので、連れて帰る必要はないが、皆が連れて帰るため、一応連れて帰っていると言っていた。
「ただ、わたくしは領主の養女ですから、事前に許可のない者を城に入れることはできないらしく、側仕えは全員神殿に置いていくことになります。楽師であるロジーナだけは連れて行きますけれど」
専属楽師は宴には絶対に必要な存在だ。ロジーナだけはわたしと一緒に城に向かう。専属料理人であるエラも、城に連れて行こうと思えば連れて行けるのだが、盛大な婚礼の儀式を前に戦争状態になっている厨房へ勝手もわからないまま放り込んでも苦労するだけだ。
本人の希望も聞いた結果、今回の同行は見合わせて、後日、わたしが領主の城へと住むことになった時に連れて行くことになった。
「ですから、エラとニコラには孤児院の食事を準備するように申し付けています。それから、他の青色神官にも食事の支度はさせるように通達を出しました」
青色神官が出払ってしまうので、星結びの儀式の日、孤児院では毎年夕飯抜きになっていたようだが、青色神官が料理人を連れて行くわけではない。貴族の家には料理人がいるから、側仕えとは違い、料理人は必要ないのだ。
今年は神殿長命令で、自分が神殿にいないのに食事を作らせる必要がない、と言う青色神官達に食事の支度をさせることにした。
その代わり、星結びの儀式で、結婚する新郎新婦やその家族からもたらされるお布施の配分を去年と変えた。前神殿長はずいぶんとがめつかったようで、自分一人で半分を取り、自分に都合の良い腰巾着ほど取り分が多い配分になっていたのだ。
わたしは頭割りでいいと思ったのだが、建前や後世のこともあるので、全員で等分というわけにはいかず、神殿長と神官長が四分の一ずつ、残りの半分を青色神官で等分にすると決めた。
前神殿長の腰巾着以外は諸手を挙げて賛同してくれたし、腰巾着達も不満そうな顔をするだけで表立って文句は言わなかった。
「では、今年は食事の心配がいらないのですね。本当にありがとう存じます、ローゼマイン様」
「それから、当日は去年と同じようにルッツが森へ連れて行ってくれることになっています。ルッツの昼食はこの食堂で一緒にとれるようにしてください。過ごし方は去年と同じなので、それほど混乱はないでしょう。孤児院の者が下町に迷惑をかけないよう、よく見ていてください」
「かしこまりました」
笑みを浮かべて頷くヴィルマにニコリと笑った後、わたしはぐるりと食堂に視線を巡らせる。
「……デリアならば、ディルクと一緒にお昼寝ですわ」
「二人の様子はどうかしら?」
ディルクにも祝福の光が飛んだことは、側仕えにするために召集したモニカとニコラから報告を受けた。癒しを受けたようなので、ホッとしていたが、デリアが周囲と馴染めず、大変だとヴィルマからも報告があった。
「二人とも元気ですよ。デリアもディルクの世話を一人で囲い込んで倒れることもなく、周囲にお願いすることも覚えてきましたし、ディルクの生活が私達と同じ感じになってきましたから、余裕ができたようです。最近ディルクが這い始めたので、掃除と追いかけるのが大変で、もー! と怒りながら、ディルクを追い回しています」
「そう、それなら良かった」
気がかりが消えて安堵の息を吐くと、ヴィルマが聖女の笑顔でわたしを見ていた。
「ローゼマイン様、私は貴女にお仕えできて、本当によかったと思っています」
「ヴィルマ、どうしたの? 突然、そんなこと……」
「そのお年で、神殿長の職務に就くのは大変だと存じますが、きっと、きっとやり遂げられると信じております」
目を細めて優しくわたしを見つめるヴィルマから後光が差しているように見えた。ここならば、後光ではなく、祝福の光かもしれない。魔力もないのに、祝福を与えられた気分だ。
ヴィルマ、マジ聖女。神々しすぎる。
そして、星結びの儀式が行われる当日の朝。わたしはモニカによって朝早く起こされ、簡単な食事を取った。
「ローゼマイン様、孤児院に行ってきます」
「ギル、子供達をよろしくお願いしますね」
ギルが出て行くと少しして2の鐘が鳴り響いた。
わたしはルッツとギル達がそろそろ森へ向かったころかな、と思いを馳せながら、湯浴みをさせられる。本来ならば、清めで水浴らしいが、わたしが水浴などしたら、即座に熱を出して儀式どころではなくなってしまう。
体を清めたら、着付けだ。
「ダメよ。それではここに皺ができるでしょう?」
楽師のロジーナは側仕えの職分を侵してはならないらしいが、側仕えになりたての二人には、多少練習したところで儀式用の服を美しく着付けるのがまだ難しい。
「ここをこうして……こうですか?」
「えぇ、綺麗にできたわね」
ロジーナが美しい着せ方を教えながら、着付けしているので時間がかかる。神殿長として初めて人前に出る儀式なのに、適当な着付けで出るわけにはいかないのだ。
……神殿長付きの側仕えだったせいもあるけれど、最初から儀式用の着付けができたデリアって、意外とすごかったみたい。
ロジーナの指導によるモニカとニコラの二人がかりで神殿長の衣装を着せられ、黒と金で織られた生地のタスキを右肩から斜めにかけられて、ブローチで留められる。帯の飾りも黒と金なので、星結びの儀式は最高神の夫婦神からの祝福を得る儀式だと一目でわかる。
側仕えにもわたしの髪が整えられるように、とお母様からポマードのような整髪料を与えられている。上級貴族の娘は自分で髪を整えてはならないらしい。
整えやすいように髪に整髪料をつけると、ロジーナが複雑な結い方を二人に教えながら、金と黒で編まれた紐で結っていく。そして、そこに美しく見える角度を何度も検証しながら簪を挿し込まれる。今日の簪は洗礼式の時と同じものだ。
仕上がったのは、3の鐘が鳴る直前だった。
「神殿長、礼拝室へ移動して待機してください」
「ローゼマイン様、参りましょう」
灰色神官に「神殿長」と呼ばれてもまだピンと来なくて、少し反応が遅れるわたしのフォローをしてくれるのは、いつもフランだ。
フランに手を引かれて、わたしは衣装の裾を踏みつけないように気を付けて歩く。いつもは帯のところで、おはしょりのように織り込んで膝丈に調節しているけれど、今日は成人女性と同じように、完全に足が隠れる長さなのだ。
わたしの後ろからついて来るのは、神殿長用の大きな聖典を胸に抱いたモニカだ。ニコラはエラの昼食準備を手伝いに行っている。
「神殿長、入室」
神官長の声と共に、灰色神官達によって扉が開かれていく。祭壇の前に並んだ青色神官が手に持っている棒を振ることで、たくさんの鈴が鳴ったような音が礼拝室に響き渡った。
その中をわたしはモニカから大きくて重たい聖典を受け取り、ゆっくりと足を進めていく。
右手には青色神官が、左手には数十組の新郎新婦がずらりと並んでいる。
新郎も新婦もそれぞれの生まれた季節の貴色の晴れ着を身にまとっていた。仲良さそうに寄り添っているのは、大体がご近所で幼い頃から両家がお互いを知っている幼馴染の恋愛結婚で、無表情で並んで立っているのは家の関係で婚姻を決められた者達だ。下手したら、初めて顔を合わせた夫婦もいるかもしれない。
ただ、今は皆がわたしを見て表情を変えていた。口をパクパクさせ、お互いに顔を見合わせたり、他のカップルに囁きかけたりしている。
マインだった時の洗礼式でしていたように、声を響かせない魔術具を使っていなければ、大騒ぎだっただろう。
祭壇前に着くと、神官長に聖典を渡す。そうすると、神官長が祭壇の上に聖典を置いてくれるのだ。
腕が軽くなったわたしは、ホッと息を吐いて、階段を上がろうと足を上げた。そのまま一段目で衣装を踏みつける。ピンと生地が張ったことで、踏んでしまったのがわかった。このまま上がろうとすれば、間違いなく転ぶ。
戻るのもおかしいし、転ぶのがわかっていて突っ込むのは馬鹿だし、どうしよう、と固まっていると、神官長がぐいっと抱き上げて、壇上に下ろしてくれた。冷たい笑顔が「この馬鹿者」と言っている。はい、ごめんなさい。
「新しく神殿長に就任したのは、領主の娘でいらっしゃるローゼマイン様である」
神官長からの紹介に、新郎新婦の顔が固まった。ひそひそしていた相手が領主の娘と紹介されれば誰でも驚くだろう。
そんな中、神官長の朗々とした声で、祝いの言葉を述べ、神話を語り始める。最高神である闇の神と光の女神が婚姻する話で、婚姻の後も様々な問題が起こるが、二人が力を合わせて乗り越えていく辺りが、星結びの儀式のお話になる。
ちなみに、神官長は前神殿長と違って、聖典を読むのではなく、暗唱している。
神話について語るのは、本来、神殿長の仕事なのだが、わたしの声が幼くて小さいのと、長時間読み上げていると息切れするので、神官長が代理で語ることになった。
わたしが行うのは、神への祈りと感謝を捧げさせて、代わりに、神からの祝福を与えるだけだ。
「では、神に祈りを捧げましょう。神に祈りを!」
ざっと青色神官達に続いて、新郎新婦が祈りを捧げる。わたしはその様子を見ながら、何となく、聖典のページをパラりと捲った。
……ずっるぅ! 祈り文句が書いてある! わたし、必死で覚えたのに!
聖典のところどころに、神官長の字でも、フランの字でも、自分の字でもない書きつけを見つけて、わたしはひくっと頬を引きつらせた。
フランとモニカが書いた木札を睨んで覚えるだけで精一杯で、部屋にある聖典を読み直す余裕などなかったが、わざわざ覚える必要はなかったらしい。
ふんぬぅ、と憤慨するわたしの横で、神官長が「では、これより其方らに神々の祝福を与える」と、新郎新婦にその場で跪くように言った。
わたしの出番だ。せっかく暗記したのだ。カンペなんて必要ない。
聖典を閉じると、すぅっと息を吸い込んで、指輪に魔力を込めていく。
「高く亭亭たる大空を司る、最高神は闇と光の夫婦神よ 我の祈りを聞き届け 新しき夫婦の誕生に 御身が祝福を与え給え 御身に捧ぐは彼らの想い 祈りと感謝を捧げて 聖なる御加護を賜わらん」
最高神の夫婦神の祝福を祈っていると、指輪から金の光と黒の光が渦巻き、礼拝室の天井付近へと飛んでいき、弾けた。黒と金が飛び散って、新郎新婦に降り注ぐ。
信じられないものを見たというように、ポカーンと口を開けたまま、皆が上を見上げている。新郎新婦だけではなく、青色神官も同じ表情で上を見上げている。
平然としているのは神官長だけだ。
「神具も持っていないのに、本物の祝福……?」
近くにいた青色神官の呟きに、わたしは自分の手の指輪を見つめた。
そういえば、青色神官は魔力が少ない貴族や魔術具を揃えることができない貧乏貴族がなるものだった。
当然、魔石の入った魔術具を持っているはずがない。魔力を流し込むのも神具しかない青色神官にとっては、神具を持たずに祝福はあり得ないらしい。
……もしかして、やっちゃったかな?
わたしが恐る恐る神官長の様子を伺うと、神官長は計算通りというような顔で唇の端を上げた。……あぁ、例の聖女計画ですか。
「最高神の祝福を得た其方らの門出は明るいものとなろう」
神官長の声と共に、神殿の扉が灰色神官によって、ギギッと開かれていく。夏の眩しい日差しが一気に入ってきて、白い壁に反射し、礼拝室が一気に明るくなった。
それと同時に静寂の魔術具は効力を失い、新郎新婦の口からは興奮したような声が上がり始める。
「初めて見た! 祝福だよ!」
「最高神の祝福だってさ。新しい神殿長、ちっこいのに、すごいよね?」
「領主の娘だって言ってたよな?」
「この祝福って、今年からだよな? 兄ちゃんの時はこんなの聞かなかったぜ」
周囲から聞いていた星結びの儀式と明らかに違ったことに興奮しながら、新郎新婦が大きく開けられた扉から退場していく。
「では、神殿長も退場を」
「いいえ、わたくしは全員を最後まで見送ります」
神官長に促されても、わたしは祭壇の上に残り、扉の向こうをじっと見つめた。
扉の向こうに、出て行く新郎新婦に祝福の声をかけるわけでも、目当ての新郎新婦を探すわけでもなく、一心に礼拝室を覗き込んでくる家族の顔が見える。結婚を喜ぶ周囲から明らかに浮いていて、挙動不審だ。
小さく笑いがこみあげてきた。家族に呼びかけたいのをぐっと堪えて、わたしは右手の拳で左胸を軽く二回叩く。
向こうも気付いてくれたようで、同じ動作を返してくれた。
「……なるほど」
神官長は軽く溜息を吐くと、周囲の青色神官や灰色神官に片付けやこの後の指示を出し始めた。どうやらわたしのやりたいようにさせてくれるつもりらしい。
簪に触れて花を揺らすとトゥーリが飛び上って喜んでくれる。母さんがスリングに入っているカミルを出して見せてくれる。父さんが笑っている。
全ての新郎新婦が退場し、扉が閉まるまで、わたしは祭壇を動かなかった。
扉が閉まった時には、灰色神官達が礼拝室の片付けをしていて、もう青色神官は一人も礼拝室には残っていなかった。
幸せな夢から覚めたような気分になっているわたしのところへ、眉間に皺を刻んだ神官長がやってきた。壇上のわたしを抱き上げて、スタスタと歩き、礼拝室を出たところで待機していたフランにわたしを渡す。
「急いで昼食を終えなさい。時間がない」
「はい」
ほんの一時とはいえ、家族と触れ合えたわたしは、心に温かいものが満ちているのを感じながら、大きく頷いた。