Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (183)
星結びの儀式 貴族編
「オティーリエ、貴女は帯を解いてちょうだい」
「はい」
部屋で待機していたリヒャルダの他にもう一人の側仕えがいた。お母様と同じ年頃の女性で、オティーリエという名前らしい。二人が分担して、わたしのワンピースを脱がせていく。
わたしは二人になされるがままだ。靴を履き替えさせられ、神殿長の儀式用の衣装を着せられる。子供を着替えさせることに慣れているようで、二人とも早い、早い。
朝はモニカとニコラが苦戦していた儀式用の衣装だが、リヒャルダとオティーリエはあっという間に美しく着付けていく。美しくひだを取った上から帯が結ばれ、タスキのような布や帯飾りなどが次々と増えていくのが、鏡を見ているだけでわかる。
準備されていた衣装一式の箱が空になると、わたしから一歩離れて全体を見て回ったリヒャルダが「これでよろしいでしょう」と満足そうに大きく頷いた。
鏡の中の神殿長姿の中、一部分だけ全く触られていないところがある。わたしはそろりと手を挙げて、そっと簪に触れた。
「リヒャルダ、簪はそちらの……夏の貴色を使っている方をお願いいたします」
「こちらですね」
家族に作ってもらった簪に付け替えてもらい、今度こそ完成だ。
「では、参りましょう」
わたしはリヒャルダに先導されながら、大広間に向かう。当然、護衛であるコルネリウス兄様とアンゲリカもついて来る。
「ひゃっ!?」
「危ない!」
部屋を出てすぐの階段を降りようとして、裾を踏みつけ、転び落ちそうになったわたしをコルネリウス兄様がぎょっとした顔で支えてくれた。
「兄様、ありがとう存じます。普段は膝丈の衣装なので、どのように歩けばよいのかわからなくて……」
「このように少しだけ持ち上げて歩くのですよ、姫様」
リヒャルダが少しだけスカートを持ち上げて歩くように、と教えてくれた。他に誰も持ち上げて歩いていないから禁止かと思っていたが、どうやら裾を持ち上げてもいいらしい。
これなら何とか……と思った途端、リヒャルダの注意が飛んでくる。
「あまり上げないように気を付けてくださいませ。足が見えてしまいますよ」
普段は膝丈なのだから、足首が見えるくらい問題ないと思うのですが……、という反論は心の中だけでしておく。リヒャルダは神官長にも勝てる人だ。わたしが敵うはずがない。
軽くスカートを持ち上げて、服の裾を踏んで転ばないように注意深く、のそのそと歩いていると、困り切ったような顔でリヒャルダがわたしの前に進み出て、腰を落とした。
「姫様、失礼いたします」
「え?」
突然リヒャルダに抱き上げられて、目を白黒させているうちに、リヒャルダはおばあちゃまとは思えないようなスピードで歩き出す。
「姫様の歩みでは、大広間に着くまでに7の鐘が鳴ってしまいます」
どうやら7の鐘が星結びの儀式の開始時間で、このままでは遅れると判断されたらしい。
これは城が広すぎるのが悪いと思う。子供の足には居住区である北の離れと公的な催しが行われる大広間が遠すぎるのだ。おまけに、ぐるりと回っていかなければならないため、更に距離ができてしまう。建物の中に馬車が必要だと思う。
わたしはリヒャルダによって、大広間の近くまで運ばれ、ホールへと出る手前で下ろされた。
リヒャルダはわたしの衣装に乱れがないか、あちらこちらを確認しながら、これからすることを教えてくれる。
「わたくしはここまでしかご一緒できません。カーペットを真っ直ぐに歩いて、壇上にお上がりくださいませ。そちらにジルヴェスター様がいらっしゃいます」
「はい」
廊下の角から一歩出ると、そこはホールになっていて、ランプのようなもので明るく照らされていた。下町ではろうそくでさえもったいなくて、なかなか使えず、日が落ちると辺りが真っ暗になるのが当たり前だった。
けれど、貴族街にはランプのような道具があり、数多く使われているようだ。このランプも電気のような明るさではない。ただ、それほど大きくはない光でも、周囲の壁が全て真っ白なので、かなり明るく感じられる。
「……明るいですね」
「神殿にはあまりなかったのかな? 魔術具だよ。ろうそくの小さな明かりを増幅させているんだ」
コルネリウス兄様の説明にわたしは軽く頷きながら、足を進める。ホールから大広間に繋がる扉は大きく開け広げられていて、すでに大勢の人が集まっているのが見えた。
「神殿長が到着いたしました」
体育館のように天井が高くて広い大広間の真ん中には金の縁取りがある黒のカーペットが敷かれていて、両脇には新郎新婦の家族と成人している未婚の貴族が歓談している。
わたしは好奇の視線に晒される中、視線を真っ直ぐ前に向け、できるだけ速く歩いた。それでも、コルネリウス兄様に小さな声で「頑張れ」と声をかけられたことから考えると、周囲の人にとってはゆっくりの歩みだったようだ。
そして、壇上へと上がる。裾を持ち上げたので、踏みつけることなく階段を上がることができた。すでに大仕事を終えた気分だ。
「ローゼマイン、こちらへ」
リヒャルダが言った通り、壇上にはジルヴェスターがすました顔で椅子に座っていた。その後ろにはお父様が立っている。
わたしも準備されている椅子に座るように、と視線で促され、領主の隣に準備されている椅子に座った。
「ローゼマイン、其方、聖典はどうした?」
ひどく心配そうにジルヴェスターから問われて、わたしは首を傾げた。
「聖典がどうかなさいましたか?」
「聖典もなく儀式は行えないだろう? どうするのだ?」
「祈り文句は憶えておりますし、神話を語るのはフェルディナンド様ですから、大丈夫ですよ?」
むしろ、聖典を持って来なければならない物だと認識していなかった。神官長が書いてくれた「星結びの儀式のために準備するべき荷物」のリストに載っていなかったのだ。
わたしの説明にジルヴェスターは軽く息を吐いた。
「……祝福ができるなら良い。それに、神話を語るのは私だ」
「そうなんですか」
壇上に上がって、周囲を眺める余裕ができると、教壇から教室を見るような感じで、大広間の様子がよくわかる。
……あ、神官長だ。
「結婚相手を見繕う宴なのに、フェルディナンド様の周りには女性がいらっしゃいませんね」
遠巻きに見て、きゃあきゃあ騒いでいるだけで、女性がちっとも近付いて行かない。もしかしたら、性格の悪さが広く知られているのだろうか。このままではリヒャルダの「坊ちゃん」呼びからは逃れられないと思う。
「結婚相手を見繕う場で、結婚しないとわかりきっている神官に声をかけるなど、馬鹿の所業ではないか」
ジルヴェスターのもっともな言い分に、わたしは「なるほど」と頷く。だったら、一体何のために会場内をうろうろしているのだろう。
「ローゼマインはフェルディナンドに早く結婚してほしいのか? 神殿で仕事を山のように積み上げられて、こき使われて、苛められているのだろう? アレは厳しいからな」
「いいえ、どちらかというと逆です。今、フェルディナンド様に神官長を辞められたら、一番困るのはわたくしですから。フェルディナンド様には悪いと重々承知ですが、わたくしが成人するくらいまで独身でいてくれれば嬉しく存じます」
他に知っている人がいないか、と思って視線を巡らせると、ブリギッテが壁の花になっていた。本人もあまり興味ないような顔をしているけれど、ここで相手が見つからなかったら大変だ。
「ここで相手が見つからなければ、どうなるのですか?」
「家によるし、見つからない事情にもよる。……あぁ、其方の護衛騎士の話か。あれは難しいであろうな」
ジルヴェスターは壁の花になっているブリギッテに視線を向けて、眉を寄せた。
「難しいと言うのは?」
「一つは家の事情だな」
ジルヴェスターによると、三年前にブリギッテの父が亡くなり、成人したばかりの兄が継いだらしい。ブリギッテには婚約者がいたけれど、その男と家族はブリギッテの兄がまだ若いことに目を付けて、家の乗っ取りを企んだそうだ。
ブリギッテは男の家族に嫌気が差して、婚約を破棄した。階級的には同じくらいだが、あちらの方が色々な方面で経験はあり、老獪だった。若くて経験が少ないブリギッテの兄は今でも色々な面で苦境に立たされているらしい。
自分が婚約破棄したことで乗っ取りは防げたけれど、兄に苦労させる結果となったことで、ブリギッテはひどく落ち込んだそうだ。
少しでも兄の力になりたくて、権力者に取り入りたくて仕方がないからこそ、ブリギッテは下町に行くこともあるということで、なり手がいないわたしの護衛騎士に一番に志願したらしい。
家族と領民の生活を守るためならば、皆が嫌がる下町にも行く、という気概の持ち主だと言う。
ぶわりと涙が盛り上がってくるのを感じながら話を聞いていると、ジルヴェスターがわたしを見て大きく目を見開いた。
「何故、泣く!? 今の話のどこに泣く要素があるんだ? ありふれた話だろう?」
「だ、だって……」
家族の絆のような話には弱いんだよ、わたし。今は特に。
一家の大黒柱である父親が亡くなると、家族の生活が一気に苦しくなるのは下町も同じことだ。特に跡継ぎまだ育ちきっていない状況ならば尚更だ。
成人したばかりの頃に親を亡くしたベンノも、従業員が一気に離れて苦境に立たされた上に、ギルド長の小さい嫌がらせに翻弄されたと言っていた。商人でさえ、そんな状況なのだから、土地を治めなければならない貴族ならば、どれだけの苦労があるのか。
「ブリギッテにそんな事情があったなんて……。養父様、お父様、わたくしがブリギッテのためにしてあげられることって何ですか?」
「少しでも良い家と縁が結べれば、多少は変わるだろうが、本人の気質から考えても難しいと思うぞ。……彼女は人の目を気にする割に、少しずれている。今日の衣装一つ取ってもわかるだろう?」
ジルヴェスターにそう言われ、わたしはブリギッテをよく見てみた。
周囲にもたくさん同じような型の衣装を着ている女性がいるので、今の流行の衣装をまとっていることはわかるけれど、あまり衣装がブリギッテに似合っていない。
「人目を気にして流行を追っているけれど、似合わない衣装では魅力が半減していますね」
正直、いつもの騎士の姿の方がカッコよくて、ブリギッテの魅力がよく出ていると思う。
「大柄でがっちりしているので、女性用の衣装は似合わぬからな」
「そんなことありませんよ。型や色を考えれば、ブリギッテに似合う衣装はあります。流行とは違うでしょうけれど……」
「では、其方が流行を作ってやれば良かろう。女性の適齢期は短い。20にもなれば婚期を逃したと言われるぞ」
……流行を作れなんて、また無茶な。
むぅっと頬を膨らませ、わたしはブリギッテに似合う衣装を考えながら、更に視線を巡らせる。ブリギッテだけではなく、ダームエルも苦戦しているような気がしたのだ。
視線を巡らせていると、ランプレヒト兄様が見えた。女性に取り囲まれているところから頭が飛び出ていたのでわかった。ランプレヒト兄様はモテモテで選り取り見取りだ。この分ならば何の心配もいらない。
「兄様は女性に囲まれていますね。来年には結婚できるのではないですか?」
「もうしばらく独り身だと思うぞ。貴族院で思いを交わした相手が他領の娘で、まだ成人していない。彼女が成人して、家の事情が許さなければ、結婚は無理だろうな」
お父様がぼそりと教えてくれる。なんと、ランプレヒト兄様には他領に想い人がいるらしい。遠距離恋愛ということ? え? 家の事情って何? ロミオとジュリエット? もうちょっと詳しく聞きたい。自分には縁がない分、他人の恋愛話は大好きなのだ。
「エックハルト兄様は、いらっしゃいませんよね?」
「そろそろ後添えを探して欲しいと思っているのだが、もう少し時間がかかりそうだな」
「え!? 聞いてませんよ?」
エックハルト兄様は一度結婚して、奥様を亡くしていたらしい。わたし、新しい家族の情報を知らなさすぎる。
「まだ反応が過敏だから、家の中ではあまり話題に出さないのだ。ローゼマインもまだ話題に出すのは控えてくれ」
「わかりました……」
驚きの新情報が次々と出てくる中、わたしはダームエルを探し続ける。でも、ダームエルは埋もれていて判別できない。どこかにいるはずなのだが、わからない。
ダームエルを探せ、を真剣にしているうちに7の鐘が鳴り響いた。
すっとジルヴェスターが立ち上がり、マントを翻しながら一歩前に出る。
「これより星結びの儀式を始める。新郎新婦はこれへ!」
大広間に8組の新郎新婦が入場してきた。午前中にあった下町の時に比べると、布の豪華さもデザインも全く違うけれど、生まれた季節の貴色をまとうところは同じだった。
色とりどりの衣装を身にまとった新郎新婦が一定の間隔で歩いて来る。周囲には拍手と歓声が飛び交い、お祝いの声がかけられていて、喜びに満ちていた。
新郎新婦が壇の前に並ぶと、ジルヴェスターが壇上で朗々と神話について語り始める。聖典に載っていた分から考えると、かなり端折られているが、暗記しているようだ。あの神殿長、本当にダメダメだったらしい。
闇の神と光の女神の神話が終わると、ジルヴェスターが今年結婚する新郎新婦の名前を呼んだ。
「グラーツ男爵子息ベルンデット、並びに、ブロン男爵令嬢ラグレーテ」
呼ばれた新郎新婦は壇上に上がってくる。ジルヴェスターが二人に婚姻の意思を確認して、養子縁組の時に使った魔術具のペンを渡した。広げられた書類に二人がサインすると、金色の炎と共に契約書が消えていく。
金色に燃え上がる契約書類が8枚、全て綺麗に消えてしまうと、大きな歓声が上がった。
「新たなる夫婦の誕生に神殿長からの祝福を」
やっとわたしの出番だ。立ち上がって、わたしはのそのそと歩いてジルヴェスターの隣に並ぶ。
「少し派手にやれ」
ジルヴェスターの小声が上から降ってきた。この人も聖女伝説の片棒を担いでいるらしい。わたしは神殿で行った時よりも、少し多めに魔力を指輪に注いでいく。
ゆっくりと息を吐いて、また吸って、手を挙げて神に祈り始めた。
「高く亭亭たる大空を司る、最高神は闇と光の夫婦神よ 我の祈りを聞き届け 新しき夫婦の誕生に 御身が祝福を与え給え 御身に捧ぐは彼らの想い 祈りと感謝を捧げて 聖なる御加護を賜わらん」
最高神の夫婦神の祝福を祈っていると、神殿と同じように指輪から金の光と黒の光が渦巻き、天井付近へと飛んでいく。そして、金と黒が捻じれあい、重なり合い、弾けた。
全てが小さな光の粒となって、飛び散って、新郎新婦に降り注いでいく。
「ほぉ……」
感心したような吐息が大広間に広がった。
そして、一呼吸の後、わぁっと大広間に歓声が満ちた。
その場にいる新郎新婦の表情が驚きと喜びに満ちていることから考えても、わたしの祝福は成功したと考えて良いと思う。
「神殿長、退場。幼い身で多大な祝福を与えた神殿長に祝福を!」
ジルヴェスターの声に、その場にいた全員が光るタクトを取り出して、魔力を込めて光らせると、バッと高く掲げた。まるで、コンサート会場で光るサイリウムだ。光景は綺麗だけれど、それが全て自分に向けられたものだと思えば恥ずかしすぎた。
その中を平然と歩けなんて、苦行すぎる。気恥ずかしくて逃げ出したいわたしは、なるべく急ぎ足で大広間を出た。
わたしの退場と共に大広間の扉が閉められる。この後は大人だけの宴になるのだ。
役目を終えて気が抜けたのと、普段ならばすでに眠っている時間だったせいか、一気に体が重くなってきた。
「ローゼマイン、大丈夫か?」
「コルネリウス兄様、そろそろ限界です」
わたしがすこーんと意識を失うことを知っているコルネリウス兄様は、慌ててわたしを抱き上げた。わたしと兄様では体格が違うとは言っても、コルネリウス兄様はまだそれほど腕力もない。
「すまない、アンゲリカ。急いでリヒャルダを呼んできてくれないか?」
「わかった」
アンゲリカが前傾姿勢を取ったかと思うと、ものすごいスピードでいなくなった。そして、すぐに戻ってきた。
「リヒャルダがすぐに参ります」
「助かった、アンゲリカ」
アンゲリカに呼ばれたリヒャルダは「まぁまぁまぁ」と言いながらやってきて、ひょいっとわたしを軽々と抱き上げると、スタスタと部屋まで戻り始めた。
「姫様は小さい上におとなしいですから、運ぶのも楽でございますねぇ」
飛び出していこうとするジルヴェスターを捕まえて、教師のところに連行していたり、起き抜けから「仕事をしたくない」とうだうだ言うジルヴェスターをベッドから叩き出して執務室に連行したりしていたリヒャルダはかなり力持ちらしい。
そんな話を聞きながら、ゆらゆら揺られているうちに自室にたどり着いた。
「姫様、湯浴みをなさらなければ、眠れませんよ」
わたしは今すぐにでも眠りたかったけれど、髪に整髪料を付けたまま眠るのはリヒャルダにとって絶対に許せないことらしい。
オティーリエと二人がかりで衣装を脱がされ、風呂に入れられた。湯船のへりに頭を置いて、湯につかっているうちに二人が髪をリンシャンで洗ってくれる。お湯につかっているとどんどん眠たくなってきた。
「姫様、しっかりしてくださいませ」
「ん……」
湯から出て、香油のようなものを塗られて、マッサージされる頃には完全に意識が落ちていた。
「姫様、ローゼマイン姫様。起きてください」
「はひ……」
眠気でふらふらする中、お湯で香油を一度流され、拭われて服を着せられる。
左右を支えられながら湯浴みを終えて、やっとベッドに潜り込むことができた次の日、わたしは熱を出して寝込んだ。
「うぅ~……。フェルディナンド様、頭痛いです」
「やはり寝込んでいたか」
朝食を終えるとすぐに神官長が様子を見に来てくれた。一応今日の午前中に神殿へと戻る予定だったのだが、過密スケジュールだったので、倒れているのではないか、と思ったらしい。大正解だ。
「何を落ち着いていらっしゃるんですか、フェルディナンド坊ちゃま!」
お父様や養父様のような健康すぎる子供ばかりを育ててきたらしいリヒャルダは、大した理由もなく突然出たわたしの熱におろおろとしていた。そのせいでどうしても声が尖る。
リヒャルダの叱責するような声に、神官長は軽く肩を竦めて、いつもの薬を差し出した。
「一日中忙しかったのだ。数日寝込むことになるのは目に見えていた。これを飲ませて、寝かせておけばよい」
「寝かせておけばよいとは何ですか!? 寝込むことがわかっているならば、先に対策を立てなくてどうします!?」
こういう時にこそ、その優秀な頭を働かせなさい、とリヒャルダはなかなか無茶な要求をする。ジルヴェスターの無茶ぶりはリヒャルダに育てられたせいかもしれない。
「リヒャルダ、ローゼマインの虚弱さは先に対策できるものではない。できるものならば、すでにしている」
いつもならば、「黙れ」の一言で終わらせてしまう神官長が、額を押さえながら、困った顔でリヒャルダに弁明している。本当にリヒャルダには勝てないようだ。
わたしはベッドから手を伸ばすと、リヒャルダのスカートを軽く引っ張った。
「リヒャルダ、フェルディナンド様を怒らないでください。ちゃんとお薬を準備してくれているのです。……すごく苦いところは改善してくださらないので、ちょっと意地悪なのですけれど」
「あら、まぁ。では、薬を飲んでおとなしくしていてくださいませ」
リヒャルダが小さく笑いながら、神官長から手渡された薬をわたしに差し出した。小さな瓶に入った緑の液体が揺れる。
蓋を開けると煮詰められた薬の臭いが鼻を突き、何度も飲まされたどうしようもない苦さが頭に浮かんだ。
一瞬ひるんだけれど、意を決して、わたしは一気に薬を口に流し込む。この薬は一気に飲んだ方がまだ被害は少ないのだ。
「あれ? あんまり苦くない?」
苦いことは苦い。けれど、今までのような、のたうって転げ回るような、どうしようもない苦さではなかった。
わたしが首を傾げていると、神官長にじろりと睨まれる。
「改善した。意地悪な私がする必要はなかったようだが……」
「……あ、あぅ。……さ、さっすがフェルディナンド様。優秀な上に、お優しいですね。ほほほほほ……」
ぐふぅ、視線が痛い。
神官長のチクチクする視線を避けるため、わたしは急いで布団に潜り込んだ。