Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (194)
騎獣とロウ原紙の完成
城の魔術訓練場に到着すると、ダームエルとブリギッテの二人は反対側で訓練するように言われ、わたしは神官長と向き直る。魔術特訓の始まりだ。
「では、前回の復習として、大きさを変えてみなさい。割れるようなところを想像しないように気を付けなさい」
「はい」
わたしは飾りから魔石を取り出して、落とさないように手で握った。風船ではなく、ボーリングの玉のように丈夫な物を思い浮かべつつ、大きさを変えていく。すぐに「よろしい」という合格の声が降ってきた。
「次は、形を固定する練習をする。思い浮かべた大きさまで魔力を流したら、そこで止める。自分の意思で魔力を止めるだけだから、君にはそれほど難しくなかろう」
神具への奉納でも、自分の意思で魔力を流したり、止めたりしているので、神官長の言う通り、それほど難しくはなかった。ピンポン玉から大玉転がしの玉まで自在に大きさが変えられるようになったところで、「いいだろう」と神官長の声がした。
「それでは、形を変える訓練に入る」
丸い魔石を三角錐にしてみたり、直方体にしてみたり、ウニのようなとげとげにしてみたり、本の形にしてみたり、ペンの形にしてみたりと魔石の形を変えていく。
最初は一つの形を作るのに時間がかかったけれど、慣れてくると頭で想像した物へとすぐに形が変えられるようになってきた。
感心と呆れが混じったような声で、「君は本当に覚えが早いな」と神官長が褒めてくれる。珍しい。
「ローゼマイン、これが最後だ。余計なことを考えず、自分が乗れる動物を想像しなさい」
動物の乗り物と言われて、一番に思い浮かんだのは、遊園地などにある動物の遊具だった。百円玉を入れると、三分ぐらい動くおもちゃ。
「形が定まったら、魔力を切って固定す……何だ、これは?」
「えーと、『パンダ』の乗り物ですね」
一人用でかなり小さ目だ。遊園地の乗り物というよりは、赤ちゃんが跨って足でこいで走るおもちゃっぽくなった。ちゃちすぎる。
自分でも失敗したな、と思っていたら、神官長が実に胡散臭い物を見る目で、パンダの乗り物を見下ろした。
「これは空を飛ぶのか?」
「……ちょっと、難しいと思います」
「ちょっと、ではないように見受けられるが?」
こめかみを押さえた神官長が「覚えは良くても、非常識だ」と呟いた。言われた通りに動物の乗り物を作ったのに、非常識と言われるのは納得できない。
「わかりました。次はちゃんと乗り物に見えるように、もうちょっと大きくしてみます」
「いや、大きさより形を定めよう。君はこの獅子が作れるか?」
神官長がするりと魔石を一撫でするだけで、自分の騎獣を出した。自分でやってみたからわかる洗練された動作に溜息が出る。このレベルになるまでには、かなり練習が必要だ。
「エーレンフェストの紋章が獅子で、領主は頭が三つある獅子に乗っている。領主の子は基本的に獅子を使う。もちろん、強制ではないが……」
ジルヴェスターのことだから、ごちゃごちゃしたのが好きな小学生男子的な思考回路から、ケルベロスみたいなライオンに乗っているのかと思っていた。ジルヴェスターの騎獣にはそんな意味があったのか。
領主の養女であるわたしも獅子を使うことが許されているらしい。
「了解です。ライオンですね」
神官長が乗っている騎獣はあまりにもリアルで怖いので、自分が乗る騎獣は可愛いライオンにしたい。
わたしは自分が乗れそうなライオンを思い浮かべて一つ頷くと、魔石に魔力を流し込んだ。
「……君は美的感覚が壊滅的だな。何故、獅子を出すのに、そのような奇妙なものになる!?」
「え? 奇妙ですか? 結構可愛いと思いますけど?」
言われた通りにライオンの乗り物にしたけれど、デフォルメされたものはダメらしい。
ライオンの形で、大きさもぐんと大きくなって、ちゃんと遊園地の乗り物サイズになった。
「乗れるのか?」
「乗ってみます。よいしょ」
乗って、手綱ではなく、背中に突き出たハンドルを握ってみたところまではよかったけれど、乗っても思ったように動かない。……違う。思ったようにしか動かない。わたしのライオンさんは足をジコジコと動かして、もそもそと動くだけなのだ。
遊園地のおもちゃを明確に思い浮かべたわたしの騎獣で空を飛ぶなんて、土台無理な話だった。
しかし、これは困った。正直、わたしの中で空を飛ぶ乗り物として考えた時に、動物では詳細で精密なイメージがわかないのだ。全く飛べる気がしない。
「わたしが乗れそうな乗り物で、空をバッと飛べそうなライオン……」
ネコではなく、ライオンだが、バス型にしてみた。電線の上をひょいひょい走っていたあの映像のイメージでなら、空も飛べる気がする。速そうだし、空を駆けまわりそうだ。
実際できたのは、ネコのバスのイメージがよほど強かったのか、ネコにぎざぎざのシャンプーハットを付けただけのようなライオンバスだったが、まぁ、いい。
「なんだ、これは?」
「ご覧のとおり、『ライオンバス』です」
前に立つと、わたしのイメージ通り、みょんと窓が大きく口を空けて入り口になる。本当に思った通りに動くのが面白くて、わたしは喜び勇んで乗り込んだ。
乗ってみると、ハンドルがあって、運転席もある。多分、この辺りは車のイメージだ。麗乃時代は運転免許も持っていたせいか、外見に比べて運転席周りだけ、やたら細かい。ちなみに、わたしが運転できるのはAT車だ。
きちんと座るためのシートもあるし、安全のためのシートベルト付きだ。これならば、落ちそうになる心配もないし、寒くもないだろう。
「魔力の無駄だ。もっと小さくしなさい」
外から聞こえた神官長の声に、わたしは大きさだけを変えてみる。マイクロバスサイズのライオンバスが一人乗りの車のサイズになった。外見は変わらずライオンがついている。
「ローゼマイン、ずいぶんと変な形だが、それは動くものなのか?」
「やってみます」
わたしは運転席に座って、シートベルトを締めると、ハンドルを握って、少しずつ魔力を込め、アクセルを踏んでみた。ライオンの足が動きだす。
「すごい! 動いた!」
教習所で走るような、てろてろとした動きで魔術訓練場を走り、「飛べ」と念じながら、ハンドルを傾けた。ライオンの顔が上へと向けられ、飛行機が離陸するときのように、体がシートに押し付けられた状態で少しずつ高度が上がっていく。
「わぁ! 飛んだ!」
わたしのライオンバスはハンドルの角度でちゃんと空を駆けることができるようで、魔術訓練場の天井近くまで駆け上がることができた。
「どうですか、フェルディナンド様? いい感じじゃないですか?」
ライオンバスから降りて、わたしが、ふふん、と胸を張ると、神官長は何とも言えない渋い顔になった。
「君は本気でそんな物に乗るつもりか?」
「はい!」
一人で乗る時は小さくなるし、魔力を込めれば大きくできる。一人用からマイクロバスサイズまで自由自在。おまけに落ちる心配もなくて安全だ。
リアルで怖い顔をしている神官長のライオンより、わたしのライオンの方が高性能で、可愛いと思う。
「では、その動物を別の物に変えてくれ。そのような奇妙なものに紋章の獅子を使うのは止めてもらいたい」
「え? 可愛いのに?」
わたしがライオンバスを見ると、神官長も眉間にくっきりと皺を刻んだ状態で視線をライオンバスに向けて、すっぱりと批判した。
「美しくない」
「そうですか。……じゃあ、せっかくなのでもっと可愛くしてみましょう」
「だから、美的感覚が狂っている君の可愛さは必要ないと言っている」
ちょっとセンスが違うだけでひどい言い様だ。そこまで言われたら、尚更可愛くしてやりたくなってきた。
「……何だ、これは? 魔獣か? まるで大きいグリュンだ。どうせならば、シュミルにしなさい。その方がまだ周囲に受け入れられやすい」
「シュミルって何ですか? 見たことないのに、無理ですよ。それに、グリュンじゃなくて、『レッサーパンダ』くんです。この愛嬌のある顔とぶっとい尻尾が愛らしいと思いませんか?」
「全く思わない」
どうやらこちらには、レッサーパンダに似た魔獣がいるらしいが、そんな怖そうなものと一緒にしないでほしい。
わたしの抗議は意にも介さず、レッサーバスをじろじろと見ていた神官長が、ピッと尻尾を指差した。
「そのような尻尾は邪魔なだけだ。せめて半分くらいの長さにしなさい」
「嫌ですよ! レッサーくんの尻尾を切れ、だなんてひどいこと言わないでください!」
「魔力の無駄遣いだ。無くても良いくらいだろう」
しばらくの睨み合いの結果、尻尾の長さは半分くらいの長さにさせられたけれど、わたしの騎獣として、車型は譲らず、レッサーバスで決定した。
「では、それで早速神殿まで戻るぞ」
屋内で練習した後、騎獣で神殿まで帰ることになる。転落したら危険なので、低空飛行で貴族街を抜けていくのだ。
「ローゼマイン、それでは遅い」
「はい!……うひゃぁっ!?」
ぐっと魔力を込めてアクセルを踏み込んだら、ぐぉん! とスピードが上がった。慌ててアクセルから足を離したら、魔力が止まった状態になったようで、急ブレーキがかかる。
「きゃうっ!?」
魔力で動かしているので、車の運転と全く同じようにはいかず、意外と魔力の調節が難しい。
少しずつ魔力を込め、一定のスピードで安定して駆けることができるようになるより先に神殿に到着してしまった。
レッサーバスが周囲に迷惑をかけないよう、そして、自分達が巻き込まれないように光るタクトのシュタープを構えたまま、少し距離を取って付いてきていた護衛二人がホッとしたようにシュタープと自分の騎獣を消す。
「君は魔力が多いからな。騎獣に乗るうえで細かい調節は慣れるまで大変だろうが、慣れるしかない。収穫祭までには自由に扱えるように練習を重ねるように」
「……はい」
あまりうまくいかなかったことにわたしが溜息を吐くと、神官長が軽く咳払いした。
「コホン! 私の予想より習得が早かった。数日間は少し読書の時間が取れるだろう」
「本当ですか!?」
それからは、騎獣の練習をしたり、図書室の整理をしたり、ロジーナにフェシュピールの練習をさせられたり、夏の成人式と秋の洗礼式のための祈り文句の練習をさせられたりしながら、日々の生活を送っていた。
時折、オルドナンツが飛んできて、演奏会の打ち合わせという名の昼食会が開かれる。
演奏会の総責任者であるお母様、演奏会の警備責任者としてエックハルト兄様、そして、わたしの護衛だから、と言い切るコルネリウス兄様が昼食時に出入りするのだ。
お父様は城で領主と一緒に食事を取っているので、フーゴの料理を食べているらしいが、騎士寮の食事は別の料理人が作るそうだ。
ランプレヒト兄様もお休みの日になれば神殿へやってきて、昼食とお菓子を食べるようになってきた。
料理長の料理研修が早く終わってくれないと、わたしの側仕えの気が休まらない。貴族を相手に緊張しているニコラを見ていると、ちょっと可哀想だ。
神官長のコンサートまであと五日となった日の夕方、図書室で目録を作りながら資料整理をしていると、ギルが顔を輝かせて図書室に飛び込んできた。
「ローゼマイン様、ザックの蝋引き機械が完成しました。見に来てください」
作業途中だった目録作成の手を止めて、手早く片付けると、わたしはギルとダームエルと一緒にすぐさま工房へ向かった。
灰色神官には作業を続けるように言って、わたしは機械を覗き込んで話をしているルッツとザックに声をかける。
「ごきげんよう、ザック。蝋引きの機械ができたと聞きました」
「これです」
作業台の上に、大人ならば両手で持てそうな大きさの機械が乗っていた。
ルッツはすでに蝋を溶かせるように準備している。その脇にはトロンベ紙も準備されていた。マルクの教育のすごさに改めて感心しながら、わたしも機械を覗き込んだ。
「ローゼマイン様、もう火をくべていて熱いので、お手を触れないよう気を付けてください。……ここで蝋を溶かしています。この部分をこうやって動かして、蝋を引くのだそうです」
ルッツが顔を上げて、貴族に対する礼をすると、馬鹿丁寧な口調で機械の説明をしてくれる。真面目腐った顔をしているが、絶対に面白がっていると思う。
「では、原紙をわたくしの書字板くらいの大きさに切って、蝋を引いてみてください」
ルッツとギルが手分けして、トロンベ紙をA6サイズくらいに切り始めた。
準備ができるまでの間に、わたしは少し離れたところで黙々と作業しているヨハンのところへと移動する。
ザックの機械に比べると大きく複雑そうだ。しかし、以前に見たザックの設計図通りの物へと仕上がりつつあるのがわかった。設計図通りの物を作らせたら、やはりヨハンの技術が一番だと思う。
「ヨハンの機械はどうですか?」
「あぁ、ローゼマイン様。まだ……あと数日はかかります。でも、ローゼマイン様の期待に添えるいいものができると思いますよ。ザックの設計はすごい」
熱を帯びた目でそう言いながら、ヨハンは真剣に持ち込んだ部品を組み立てていく。
ヨハンが完全にのめりこんでいるのがわかったので、邪魔にならないようにわたしはすぐにその場を退いた。
「ローゼマイン様、準備が整いました」
ローラーに紙を挟んで、ハンドルではなく、手で直接ローラーを回して、紙に蝋を引く。中心は木を使っているので、金属のローラーに熱した蝋が付いても、持つ部分は熱くならない。
「この工房の紙の大きさなら、これで十分だと思う」
ヨハンが作っている蝋引きの機械をちらっと見て、ザックはそう言った。
自分の手で回すことになるザックの蝋引きの機械は、あまり大きくすると重くて回せなくなるのだろう。しかし、ザックの言う通り、今のところこの工房で絵本にするために扱っているのは、A4サイズくらいの紙で統一しているので、ロウ原紙もそれほど大きくする必要はない。
「では、ルッツとギルが作ってくれた蝋を次々と試して、一番良い配合を探しましょう」
小さ目の機械はローラーも小さいので、それほど多くの蝋を溶かす必要もなく、蝋引きができる。
今日までにギルとルッツが作ってくれた蝋に、番号が振られ、準備されている。混ぜる松脂の量を三段階で変えた蝋が三種類。合計で九種類ができていた。
「よっ……」
すでに何度か試しているのだろう。慣れた手つきでルッツとザックが機械を動かして蝋を引いた。二枚できると、蝋を片付けて、新しい蝋を準備していく。
蝋引きされたロウ原紙がわたしの前に差し出された。出来上がった物を最終的にチェックして、判断するのがわたしの仕事だ。
ギルがやすりと鉄筆をわたしの前に準備してくれた。出来上がったロウ原紙をガリ切りしていく。
「これは一応使えそうです。……これはダメですね。削りにくいわ。……これもダメ。ちょっとひびが入ったみたいです。……これはイイ感じですね。」
やはりローラーで挟んで塗ると蝋の厚みも均一になるようで、見た目も美しい。そして、松脂を加えると柔軟性が増したようで、ガリ切りしても、ロウ原紙にひびが入らないものができていた。その中でも、一番使いやすい物を作ってもらうことにする。
「では、ルッツ。この配分で蝋を作るようにしてください。……絵本と同じ大きさのロウ原紙を20ほど作成しておいてください。明日にはヴィルマを呼んで、ガリ切りをしてもらいましょう。ガリ版印刷で絵を印刷します」
「かしこまりました」
ルッツとギルに後を任せると、わたしはザックを見上げてニッコリと笑った。
「ザック、貴方をグーテンベルクと認めます。これから皆で一緒に印刷業を広げていきましょう」
「は、はいっ!」
ザックがぱぁっと顔色を明るくして、その場に跪いた。その直後、首を傾げる。灰色の瞳がキョトンとして、わたしを見た。
「……あの、ローゼマイン様。皆とは?」
「もちろん、グーテンベルク仲間の皆ですわ。鍛冶工房のヨハンとザック、インク工房のハイディとヨゼフ、木工工房のインゴ、ギルベルタ商会のベンノやルッツ。マルクもそうですね。それから、このローゼマイン工房の皆が印刷業に関わるグーテンベルク仲間です」
ザックはぎょっとしてヨハンを見た。ヨハンは「やっぱり逃れられないのか……」と溜息を吐いている。慌てたようにザックがわたしとヨハンを見比べた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。え? 称号じゃないのか!?」
「わたくしが与えた称号ですよ? ザックもこれからグーテンベルクを名乗っていいですからね」
優秀な人材を逃がすはずがない。わたしがパトロンだ。戸惑っているザックにそう言うと、わたしは部屋へと戻る。背後でルッツの笑う声とギルの「オレもグーテンベルクだ!」と無邪気に喜ぶ声が聞こえた。
……うんうん。皆、頑張ってね。
そして、モニカに孤児院へと行ってもらって、ヴィルマに明日の予定を伝えてもらう。
ガリ切りをしたら、いよいよガリ版印刷だ。わたしはガリ切りの手順や注意事項を木札に書きこみ、明日に備えた。
「おはようございます、ローゼマイン様」
工房の作業台より、孤児院の食堂のテーブルの方が作業しやすいとヴィルマが言ったため、朝からやすりや鉄筆が食堂に運び込まれた。
「下絵の上にロウ原紙を置き、鉄筆で軽くなぞってください。軽くなぞれば白い線が付くはずです」
ルッツがわたしの書いた注意書きを読み上げながら、ヴィルマに使い方を説明していく。
下絵をロウ原紙に写したら、次はやすりの上に置いて、原紙を削っていくのだ。やすりは木枠にはめて、細い釘を刺して木枠と原紙を留める。麗乃時代はテープで留めていたけれど、テープがないので、こういう形になった。
「では、やらせていただきます」
ヴィルマが緊張した顔で鉄筆を手に取ると、下絵をなぞっていく。その後、やすりの上に固定して、鉄筆で削り始めた。
「この白い部分が印刷すると黒くなる部分です。鉄筆も太さを数種類揃えているので、使い分けてみてくださいね」
「はい」
座ってフェシュピールを奏でる神官長の絵だ。楽器が入るようになっているので膝上から描かれているが、全身図だった切り絵と違って、大きく見える。そして、繊細な線で顔立ちまで結構詳細に描かれている。
カリカリと原紙を削る音がひたすらに響く。最初は興味深そうに見ていた灰色神官達だったが、次第に工房の仕事へと戻っていった。子供達は工房に行ったり、ヴィルマの作業をじっと見ていたり、様々だ。
「ルッツ、印刷の準備ができているか、確認して来てちょうだい」
「かしこまりました」
ほとんど仕上がったところでわたしがルッツに声をかけると、ルッツは軽く頷いて工房へと向かった。
「これでいかがでしょう、ローゼマイン様」
ヴィルマが満足したように顔を上げる。その手には線の太さや密度で濃淡の付いた綺麗な絵があった。
「素晴らしい出来になると思うわ。行きましょう、ヴィルマ」
「はい、ローゼマイン様」
工房では印刷の準備がされていて、ヴィルマの版紙を皆が待っていた。
ルッツが慣れた動きで版紙と紙を置いて、インクをローラーに付けて印刷し始める。
「線が細いから、丁寧にインクを付けてちょうだい」
「心得ております」
ザッザッとインクの付いたローラーが網の上を転がる。そっと枠を外せば、そこには綺麗に印刷された絵があった。
「成功ですよ、ローゼマイン様」
ガリ版印刷の完成にぐっと胸が締め付けられる思いがした。これで、表現方法が一気に広がる。イラストだけではなく、版紙をカッターで切り取るには難しかった楽譜も簡単に印刷できるようになるはずだ。
ルッツがぴらりと印刷された絵を持ち上げて、ニッと笑った。
「さて、ローゼマイン様。完成までに高い紙をずいぶん使いましたが、採算は取れそうですか?」
この美麗なイラストならば、間違いなく採算は取れるはずだ。
わたしもルッツを、そして、工房にいる皆を見回して、唇の端を上げた。
「えぇ、もちろん。皆の期待に応えてまいります」