Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (196)
夏の成人式と秋の洗礼式
演奏会の利益計算をした結果、大金貨12枚、小金貨8枚、大銀貨6枚の純利益となった。諸々の費用を除いて、残った純利益が大金貨10枚を超えるなんて、神官長、マジ万能。
イラスト販売を禁止されたのが、本気で悔やまれる。利益の一部を払うので、絵を売らせてください、とお願いしたが、「金には困っていないので、断固却下する」と言われた。
神官長には神殿で青色神官に分配される予算の他にも、領主の仕事を手伝ったり、騎士団の仕事を手伝ったりするたびにお給料のようなお金が支払われる他、親の残した遺産に加え、自作の魔術具を売ったり、新しく開発したりするたびに収入があるので、イラストを売った利益の一部など、神官長にとっては
端金
らしい。
……そんな台詞、一度でいいから言ってみたい。くぅっ、お金持ちめっ!
「それよりも、夏の終わりが近付いている。成人式の祈り文句は覚えたのか? 秋に入ったらすぐに洗礼式もあるのだぞ」
「覚えました。星結びの儀式の時とほとんど変わらないので、それほど苦労しませんでした」
わたしの神殿長としてのお仕事は、神事で祝福を与えることと魔力を奉納することだ。
本来ならば、他の青色神官が行っている仕事の承認だとか、花捧げを目当てにやってくる貴族への対応だとか、青色神官の実家と交渉して寄付金をもらうとか、色々と仕事があるけれど、大部分は神官長が代わってくれている。
祝福くらいはきちんとこなさなければならないだろう。
「貴族の洗礼式は、君がカルステッドの館で行ったように、それぞれの館で行われる。新しい神殿長の祝福をぜひ、と君を指名してきた貴族もあるが、我々の判断で断っておいた。できそうな仕事はどんどん他の青色神官に任せていけばよい。君は君がしなければならないことをこなしなさい」
「わかりました」
貴族の洗礼式を行ったら、お布施のようなお金がもらえるが、貴族同士の繋がりや洗礼式にとられる時間を考えると割に合わない、というのが神官長の言葉だった。
お金が欲しいと言う青色神官には仕事を与えよ、ということらしい。わたしも工房関係で手一杯なので、異存はない。
「それから、まだ持っていないのならば、秋の洗礼式のために貴色を取り入れた髪飾りを注文しておきなさい。君に関する予算は、ジルヴェスターから私とリヒャルダが預かっている。支払いの前に声をかけるように」
「はい!」
神官長の言葉にわたしは、弾んだ声を上げた。髪飾りを注文するということは、トゥーリと会う口実ができるということだ。
わたしは工房にいるルッツを呼んでもらって、隠し部屋へ飛び込んだ。
「ルッツ、ルッツ。今日でも明日でも明後日でも良いから、トゥーリを呼んで」
とぉっ! とルッツに飛びつこうとしたら、バッと手を伸ばして「待て!」と寸前で止められる。
「飛びつくな! 高い服にインクが付くぞ!」
「へわっ!?」
わたしが慌てて身を引いて、ルッツを見ると、インクがあちらこちらに付いているのが見えた。道理で今日は森へ行く時と同じ格好をしているはずだ。服のズボンでゴシゴシと手を拭きながら、ルッツが尋ねる。
「トゥーリを呼ぶのはいいけどさ、いきなりどうしたんだ?」
「新しい簪を注文するの。秋の洗礼式のために貴色を取り込んだ物がいるんだって。注文していいって、神官長に言われたんだよ。うふふ~。トゥーリに会える」
わたしの言葉に「商品の注文か。……まだ無理かもなぁ」とルッツが零した。本来ならば、トゥーリはまだまだ貴族の前に出せるような教育が終わっていないらしい。最初の挨拶は定型なので覚えられても、すぐにボロが出る。
「……旦那様が一緒なら、大丈夫かもしれないし、一応頼んでみる」
「ベンノさんに、絶対トゥーリが良いって、お願いしておいて」
ルッツが笑いながら、請け負ってくれた。そして、その後、少し表情を曇らせる。
「あのさ、フェイの妹が秋に洗礼式なんだ。マインとはあまり付き合いがなかったから、お互いにあまりはっきりとは覚えてないと思うけど、髪型を変えるくらいはしておけよ。オレ、妙な質問されるのは嫌だからな」
「……わかった」
ご近所さんとは付き合いも少なかったし、マインの葬式自体はすでに終わっているし、祭壇の上と下で距離があるので、バレることはないと思うが、仮に知られてしまったら、ご近所さんが神官長に「証拠隠滅」されるかもしれない。そんな恐ろしいことは考えたくないので、自分なりに防御しておく必要があるだろう。
「ザシャ兄貴の成人式が春でよかったよ。遠目でもさすがに兄貴達にはわかるだろうし……」
ルッツの一番上の兄であるザシャは、わたしが貴族街で教育を受けている時に神殿長不在で行われた春の成人式で成人となったらしい。
さすがに、貴族に殺されたと言われ、葬式には死体もなく、すぐに神殿長として全く同じ容姿の領主の養女が出てくれば、バレたはずだ。
「次に成人するのはジークだよね? いつ?」
「あと二年は先だから、それまでにお前がもうちょっと成長していれば大丈夫だと思う。マインが生きていればこんな感じだったかもな、で誤魔化せるんじゃねぇかな?……成長、するか?」
「ちょっとは成長してるよ。失敬な!」
トゥーリを呼んでもらう約束をして、会計報告の書類を渡したわたしは書字板を取り出して、視線を落とした。ルッツと話し合っておく項目を見ながら、話し終わったものに印を付けていく。
「ねぇ、ルッツ。今年の冬支度も孤児院は早目に準備した方が良いかな? わたし、今年は収穫祭に行かなきゃいけないんだけど」
「……
膠
を作るんだったら、
臭
いからダメだったけど、膠を作らないなら、別に収穫祭の後でもいいんじゃねぇ? 旦那様に頼んで、店の冬支度と一緒にしてもいいだろうし……」
正直、膠は欲しい。けれど、できれば、ギルベルタ商会の冬支度と一緒にしてもらった方が、指導できる人員が多いので安心できる。去年はウチの家族とルッツの家族が総出で手伝ってくれたけれど、毎年頼るわけにもいかないのだ。
「ここの孤児院の冬支度はベンノさんにお願いするよ。ハッセの町の孤児院でも冬支度が必要なんだけど、あっちはどうなってる? 近くに民家が少なかったから、膠を作っても大丈夫じゃない?」
「生活用品は粗方運び終えたらしい。食料とか薪とか紙作りに使う素材とか、そういうのも運び込んでいて、木工工房のインゴ夫婦は孤児院に泊まり込んで仕事をしているらしいぜ。そろそろ灰色神官や巫女を連れて行って、生活基盤を整えるという話になっているはずだ」
ハッセの町に向かわせる灰色神官と灰色巫女はこちらでも選出が終わり、料理や工房運営の教育が行われている。
「ウチの父さんも声がかかっていて、ハッセの町に行くことになったんだ。専属とハッセの町の職人を使っても足りなくて、木工や建築の仕事をしているところには、旦那様がどんどん声をかけて人を集めているみたいだ」
初期費用を得るのに時間がかかったため、かなり急いで礼拝室を整えているらしい。約束の一月は過ぎたけれど、他のレシピもちらつかせて、料理人の契約延長をしてもらい、時間稼ぎをしているのが現状だ。
「じゃあ、灰色神官達を移動する日が決まったら教えてね」
せっかくなので、レッサーバスをお披露目して、灰色神官達を乗せていくのはどうだろうか。
神官長に尋ねてみたら、「同乗者が可哀想だから、許可できない」と言われた。わたしの運転も結構安定してきたのに、ひどい。
その二日後、トゥーリがベンノとルッツと一緒にやってきた。挨拶は代表でベンノがして、ギルベルタ商会の三人とギルとダームエルと一緒にさっさと隠し部屋に入る。
部屋の中に入ると、ベンノが教育者らしい厳しい目でトゥーリを見た。
「トゥーリ、この部屋では多少態度が崩れても咎める者はいないが、俺は態度を崩すことは許さない。今は少しの失敗なら許される練習の場だと思って、貴族への対応を学べ」
「はい」
トゥーリが真剣な顔で頷いた。季節一つでずいぶん態度も言葉遣いも改められているけれど、貴族と対応できる職人としてはまだまだだ。ルッツでもまだ合格が出ないから、貴族街へは来られないのである。
「ローゼマイン、この先も簪の注文をトゥーリに出したいならば、トゥーリの教育に協力しろ。まだ全然外に出せる状態じゃないんだ」
「わかりました」
わたしは大きく頷いて、テーブルを挟んでトゥーリ達と向き合った。トゥーリはいくつか作っている花の飾りを木の箱から取り出して、テーブルに並べていく。
その動作を、わたしは手を伸ばして止めた。
「急いではなりません。ゆっくりでも良いから落ち着いて。……わたくしがお手本を見せますから、上級貴族の奥様に習った物の扱いをよく見て憶えてください」
わたしは洗礼式までの間に、お母様から叩き込まれた上級貴族の仕草をトゥーリに見せる。指先まで動きに細かく注意を飛ばされたことを思い出しながら、丁寧に蓋を開けて、中の物を両手で取り出し、布を取り外していった。
「……そうしていると、本当に上級貴族のお嬢様だな」
ルッツがポツリとそう呟く。ベンノも感心したような声を出した。
「短い期間でよくそこまでできるようになったものだ。教師がよかったのかもしれないが、本人の努力なしにここまで上達はしない。お前達も実感していると思うが、身に付いた動きを矯正するのは大変なんだ」
「神官長からご褒美として図書室の鍵を出されたので、必死でした」
わたしが笑って答えると、皆が小さく笑いを零した。
トゥーリがわたしの動きを真似して、なるべく丁寧に花の飾りを取り出していく。テーブルの上に色とりどりの花が並んだ。
「儀式用の簪なら、花は大きくて華やかな方が良いですね。こちらの花はどうでしょうか?」
ベンノが言った言葉をトゥーリが反復して述べる。このように付きっきりで教えられる機会は滅多にないのだろう。トゥーリだけではなくルッツも、ギルも、真剣な目をしている。
「花の大きさはこのくらいで良いのですけれど、わたくしは、この間頂いたように花弁に動きがついている花が欲しいと思っています」
「お気に召していただけて光栄です。秋の貴色は黄色ですが、他に何色を入れましょうか?」
花芯を濃い黄色にして、花弁は薄い黄色にすることが決まったけれど、それ以外の飾りはどうするか聞かれて、わたしは少し首を傾げた。
「そうですね。……秋の簪ですから、木の実のような飾りがあっても可愛らしいかもしれません。秋の実りを感じさせる飾りを取り入れてください」
「……秋の実りですか。かしこまりました。考えてみます」
トゥーリがわたしの使っていた書字板を使っている。まだ拙い字で、本人以外には読みにくい字だけれど、確実に進歩している。
「お金を積んだところで、貴族の振る舞いを教えてくれる教師はなかなか得られません。本日の教育は彼らにとって何よりも得難い経験でありました。彼らは皆、また大きく成長できるでしょう。ローゼマイン様に心からの感謝を捧げます」
隠し部屋にいるのに、ベンノがきっちりとした礼をする。ルッツとトゥーリが見様見真似でそれに続いた。
絵本第三弾である火の神とその眷属に関する絵本の本文を作っているうちに、夏の成人式の日となった。
成人式で行うことは星結びの儀式とそれほど違いはない。呼ばれたら礼拝室へ入って、夏の神様である火の神 ライデンシャフトの話をして、神に祈りを捧げ、祝福を贈るだけだ。祈り文句だけ覚えておけば、できる。
儀式用の衣装の着付けをしてもらい、夏の貴色で飾ってもらい、わたしは礼拝室へと向かった。裾を踏みそうな服に少しばかりイライラしながら歩いて、扉の前に立つ。
「神殿長、入室」
神官長の声と共に、扉が開かれた。祭壇の前に並んだ青色神官が手に持っている棒を振ることで、たくさんの鈴が鳴ったような音が礼拝室に響き渡る。
その中をわたしは大きくて重たい聖典を持って、ゆっくりと足を進めていくのだ。
右手には青色神官が、左手には新成人がずらりと並んでいる。
声を抑える魔術具が使われているので、ほとんど聞こえないが、それでも「あれが噂のちっちゃい神殿長か」「大丈夫か? 本に潰されるんじゃねぇの?」というような声が少しは耳に届く。
祭壇のところで神官長に聖典を渡し、わたしは軽く裾を持ち上げて、階段を上がった。
新成人が着ているのは、結婚時にも着られる晴れ着だ。そのため、この季節の貴色を皆がまとっているので、礼拝室の中が青い。
星結びの儀式と同じように、神官長が朗々とした声で神話を語り始めた。しかし、大半が聞いていない。
星結びの儀式では、これから新生活に向かおうとする二人の意気込みが多少は感じられた。自分の洗礼式の時も、初めて神殿入るせいか、周囲は神話がわからないなりに真面目に聞いていた。
けれど、洗礼式を一度経験し、見習いとして社会で揉まれてきた新成人は「早く終われよ」と言わんばかりの態度で前を向いている者がほとんどいない。
自分が魔力を使って、神の祝福を与えることができるようになったせいか、魔力が生活を支えていることを知ったせいか、新成人の態度に少しカチンときた。もうちょっと農村の祈念式を見習おうよ、と思ってしまう。わたしだって、忙しい中、祝福を与えるためにここにいるのだ。
「では、神に祈りを捧げましょう。神に祈りを!」
そう言っても、きちんと捧げている者は少数で、その他は嫌々やっているのが一目でわかる有様だった。この信仰心のなさは何とかした方が良いかもしれない。ただでさえ、下町の人にはあまり役に立たないと思われている神殿なのに、神殿長がわたしのような幼い子供になって、更になめられている気がする。
神官長が「では、これより其方らに神々の祝福を与える」と、新成人にその場で跪くように言った。
わたしはほんの少しだけ指輪に魔力を込める。
「火の神 ライデンシャフトよ 我の祈りを聞き届け 新しき成人の誕生に 御身が祝福を与え給え 御身に捧ぐは彼らの想い 祈りと感謝を捧げて 聖なる御加護を賜わらん」
青い光が上がっていくが、星結びの時に比べると、かなりしょぼい祝福だった。おそらく、星結びの儀式の様子を聞いていたのだろう。新成人達が顔を歪め、口をパクパクさせている。
「……星結びの儀式の時とずいぶんと違いますね」
わたしは自分の祝福を見上げるようにして言った後、礼拝室の新成人をぐるりと見回した。
「ライデンシャフトに貴方達の祈りはあまり届かなかったようですが、貴方達は真剣に祈りましたか?」
神殿内が小さな声でざわついた。声を抑える魔術具を使っていてもわかるくらいのざわめきが礼拝室に満ちている。
祝福を得られなかったことに愕然としている彼らに、わたしは厳しく言った。
「真剣に神に祈ってください。これからも努力し続けることを。成長を続けることを誓い、その加護を願ってください。祈らぬ者に祝福が与えられることはありません」
神官長がこちらを睨んでいるのがわかるが、敢えて無視して、わたしはもう一度彼らに祈らせる。
「神に祈りを!」
今度は大半が真面目な顔になり、神に祈りを捧げている。それに少し満足して、今度は指輪に魔力を込めていく。
「火の神 ライデンシャフトよ 我の祈りを聞き届け 新しき成人の誕生に 御身が祝福を与え給え 御身に捧ぐは彼らの想い 祈りと感謝を捧げて 聖なる御加護を賜わらん」
今度は目に見えて違いがわかるほど、青い光が渦巻くようにして礼拝室の上へと上がっていき、光の粉のようになって、彼らの上に降り注いだ。
だらっとしていた新成人の顔付きや態度が、一気に変わった。興奮したように上気した顔になり、やる気に満ちているように見える。
「神に誓ったように、たゆまず努力することを忘れないでください」
新成人が退場する時に、やはり戸口に揃っていた家族を見つけた。小さく手を振り、顔を合わせるだけだけれど、貴重な時間だ。
母さんに抱かれたカミルがすごく大きくなっている。新しいおもちゃも考えなければならない、と心に書き込んだ。
「ローゼマイン、一体何を考えてあのようなことを?」
新成人が全員退場し、扉が閉められると、神官長が怖い顔をしてわたしを覗き込んだ。
「信仰心を植え付けるためのちょっとした『デモンストレーション』です。下町の住人の神殿への見方を少しずつ変えてもらえなければ、これから先に支障がありますから」
そのうち識字率を上げるために、神殿教室を開いたり、学校を作ったりする予定なのに、神殿に不信感しか持っていないようでは、わたしが困るのだ。
「……せめて、相談してからにしなさい」
「善処します」
夏の成人式が終わると、すぐに秋となる。秋の初めには洗礼式があるのだ。
ベンノとルッツに連れられたトゥーリが秋の洗礼式のための髪飾りを持ってくることになっていたが、なんと、今回は母さんが一緒にいた。
「ぅえっ!?」
口元を押さえて目を丸くするわたしを見て、トゥーリとルッツは悪戯が成功したような笑みを浮かべた。
「いつも一緒に簪を作っている職人です。本日は挨拶のために連れてまいりました」
ベンノがそう言って、母さんを簪の職人として紹介してくれる。
「貴女方の簪をいつも愛用しております。あちらの部屋で新しい簪を見せていただいてもよろしくて?」
そう言って、わたしは隠し部屋へと入った。扉が閉まった瞬間、ルッツを睨む。
「聞いてないよ、ルッツ! ビックリしすぎて死ぬかと思ったでしょ!」
「突然ギュンターおじさんが休みになって、カミルを預けられるからって、今朝いきなり頼まれたんだよ。嫌なら、もう連れて来ないぞ」
「ごめん。ビックリしただけで、嬉しかったから、都合が合えば連れてきて欲しい」
ルッツとは砕けた物言いができるけれど、家族とはどこまで契約魔術で許されたラインなのか、わからない。
母も同じように感じているのか、口を開きかけては閉じて、言葉を探している。
「……元気そうで、安心しました」
母がルッツとベンノに無理を言って付いて来たのは、秋の洗礼式はフェイの妹が洗礼式なので、家族は戸口のところまで来られないかららしい。さすがに無言とはいえ、家族とやり取りしていたら、完全にバレる。残念だが、仕方がない。
「トゥーリ、ローゼマイン様に簪をお出しするんだ」
「はい」
トゥーリは小さく頷いて、丁寧な仕草で簪を取り出した。前に教えたことを何度も反復練習したのだろう。ずっと動きが滑らかになっている。
「こちらが新しい簪でございます」
薄い黄色の大輪の花とオレンジになっている木の葉、そして、赤く色づいた木の実が可愛らしく飾られた簪だった。
「付けていただいてもよろしくて?」
わたしが母さんに少し背中を向けると、母さんが少し震える手で簪を挿してくれた。ほんの少しだけ頭を撫でるように手が動く。
泣きそうになるのを堪えながら、わたしは俯いたまま問いかけた。
「似合うかしら?」
「えぇ、とても。……とてもよくお似合いです」
母さんの声が涙声に聞こえて、わたしは振り向いて母さんを見上げる。笑っている母の目には涙が浮かんでいた。
母とトゥーリに作ってもらった簪を挿して、わたしは秋の洗礼式に挑んだ。
夏の成人式で真剣に祈らなければ、祝福が得られないと町で噂になったようで、わたしとあまり変わらない小さい子供達が真剣な顔で祈りを捧げていた。
この調子で信仰心を高めておくれ、と思いながら、わたしは祝福を与える。
家族と顔を合わせることもないので、わたしのテンションは少し低いまま、秋の洗礼式は終わった。