Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (197)
収穫祭の打ち合わせ
「……そういえば、今日の3の鐘から会議を行う、と神官長から伺いましたけれど、会議とは一体何をするのかしら? フランは知っていて?」
今まで会議という言葉を神殿で聞いたことがなかったので、わたしが首を傾げながらフランに問いかけると、フランは軽く目を瞬いた。
「そういえば、ローゼマイン様は会議に出席されるのは初めてですね。洗礼式の次の日には会議が行われ、貴族街の洗礼式がいつどこで行われるのか、誰を派遣するのか、を決めるのです。それに加えて、秋は収穫祭の派遣先も決めなければなりません。春は祈念式の派遣先ですね」
フランの言葉に、わたしはポンと手を打った。貴族街の洗礼式に赴くには未成年だから、収穫祭に赴くには平民に旨味を与えたくないから、と去年は外されていた会議だ。
今年からは神殿長として、毎回出席しなければならないらしい。本当に去年のわたしは青色巫女見習いとは名ばかりだったようだ。
「フラン、わたくし、領地内のことを全く知らないのですけれど、会議の前に軽く教えてもらっても良いかしら?」
ヴィルフリートが文字を覚えたら、地理や歴史を教えてくれる教師がつくという話だったが、収穫祭で領内の各地に送られるのに何も知らずに赴くわけにはいかないだろう。
「さすがに短時間で全てを知るのは難しいので、ローゼマイン様が赴く先のことを優先して教えるのでよろしいでしょうか?」
「……会議で行く先を決めるのですよね?」
「正確には、神官長がすでに決められているので、告知する会議になります」
前は神殿長が決めていたらしいが、今年から神官長が決めることになったようだ。わたしは神官長が決めたことを承認するだけで良いらしい。
フランはつらつらと農村の名前を述べ始めたけれど、地図もない状態ではすぐに頭に入ってこない。
「フラン、せめて、地図をお願いいたします」
「……今から神官長にお借りする時間はございませんので、先に収穫祭について、お話しいたしましょうか」
「お願いします」
収穫祭は言葉通り、農村での一年の収穫を祝い、神々への感謝が捧げられる祭りである。
青色神官と文官が必ず一人は行くことになっていて、文官は徴税を行う。神官は、農村における洗礼式と成人式と結婚式を同時に行うことだそうだ。春はすでに食料が少なくなっていて、皆が夏の住居に帰る支度をしているので、祭りには向かないらしい。
そして、貴族が治める農村では、神事に加えて、小聖杯の回収をしなければならないそうだ。農村へ行って祝福だけしてくれば良かった祈念式と違って、収穫祭は意外と忙しいのかもしれない。
「ローゼマイン様、3の鐘です。会議の間に向かいましょう」
会議が行われる部屋は、学校の教室くらいの広さがあり、テーブルがいくつも長く並べられ、大きな長方形の形になっていた。
青色神官の数をざっと見回せば、全員揃っているのに、テーブルは半分も埋まっていない。深刻な神官不足というのが目に見えてわかる。
皆の注目が集まる中、長いテーブルの横を歩き、フランが弾いてくれた椅子に座る。長テーブルの短辺に一人で座るなんて、偉そうだな、と思ったけれど、よく考えたら、わたしは神殿長で一番偉かった。神官長の方が偉そうだから、自分が最高責任者であるという事実をよく忘れてしまう。
「これより秋の洗礼式、及び、収穫祭についての話し合いをしたいと思う」
神官長が司会を務め、決定事項を述べるだけなので、さくさくと会議は進んでいく。途中でエグモントが去年と割り当てが変わったことに文句を言ったけれど、「何故、去年と同じ待遇が得られると思うのか、理解に苦しむ」という神官長の一睨みでおとなしくなった。
どうやら、神殿長が更迭されても、神殿における青色神官は待遇が変わらなかったので、最初はびくびくしていた青色神官もこれまで通りの生活がまかり通ると、勝手に考えるようになってきたようだ。
「ローゼマインが厳しい対応をしなかったからと言って、其方らの行動が許されるわけではない。神殿長と神官長、両者の決定に従えないならば、神殿から出ることも考慮するように」
実家にも行き場のない青色神官に、不満ならば出て行け、と言い放ち、神官長は青色神官達をきゅっと締めると、貴族街の洗礼式への割り振りを発表する。
「神殿長と神官長が洗礼式に向かわないのは何故ですか?」
一人の青色神官の質問に神官長は軽く肩を竦めた。
「城で行われる貴族の務めもあり、騎士団からの召集もあるかもしれない。それらは他の青色神官に交代できることではないからだ。其方らにできることはしてもらう。そして、神殿に対する貢献度で、これから先の仕事の割り振りも決める」
「なるほど。よく理解できました」
神殿長が丸投げしていた書類関係の仕事も、最終的には他の青色神官に振りかけられるようにする、と言っていたけれど、それはかなり先の話になりそうだ。
「……以上だ。各自、予定の確認と準備を怠らぬように」
結局、わたしは自分が派遣されることになる地名を聞いても全く理解できないまま、会議は終わった。フランが一生懸命書字板にメモを取っていたので、後で地図と合わせて教えてもらおう。
そう考えていると、神官長が席を立つわたしを呼び止めた。
「ローゼマイン、午後から詳しく説明する。部屋で待機しているように」
「はい」
昼食を終えて少しすると、神官長が色々と資料を抱えたザームを連れてやってきた。テーブルの上に資料が乗せられ、広げられていく。
「収穫祭についてだが、君は何を知っている?」
「会議の前にフランから少し話を聞いただけです。ほとんど何も知りません」
神官長はフランがしてくれた説明とほぼ同じような説明をしてくれた。
「神官や巫女が行うのは神事だ。年に二回しか、農村には行かないから、その機会に終わらせることは全てやると言う形になる」
そして、お布施代わりに食料品をもらって帰ってくるらしい。この食料は冬支度の食料として使っても良いとのことだった。けれど、収穫祭は一人で15か所ほど回らなければならない。食料をもらっても傷むだけだと思う。
「食料を頂いても、荷物が増えて大変なことになるし、傷むのではありませんか?」
「何のために文官が行くと思っている? 魔術具で運ぶために決まっているだろう」
発送専用の魔法陣と受け取り専用の魔法陣があり、徴税した物はその場で城に向かって発送されるのだそうだ。青色神官の受け取った食料も同時に運ばれ、後で貴族街へと取りに行くことになっているらしい。
「そ、そんな便利な魔術具があるなんて初めて知りました」
「便利でなければ魔術具として価値がないだろう。当たり前のことを言わないように」
貴重な魔力を使うのだから、便利であり、なるべく多くの者にとって利益となるのが、良い魔術具らしい。
「その魔術具、商人が使えばもっと流通が良くなって、栄えると思います」
「あぁ、そうだな。商人に魔力があれば、すでに使われているだろう、と私も思う」
「うぐっ。……神官長、魔力がなくても使える魔術具が欲しいです」
「それはもはや魔術具ではない」
神官長はそう言って、魔術具に関する話を切り捨てると、「収穫祭で向かう先だが……」と話題を変えた。
「わたくしはどこに向かうことになるのでしょう? 農村の名前を聞いても全くわかりませんでした」
洗礼式前に受けた教育の中で教えられたのは親戚関係とその領地だった。わたしが知っている地名は、他の青色神官が向かう場所になっており、今回訪れるところには入っていない。
「今から説明する。ザーム、フラン、地図を」
ザームとフランが地図をテーブルに広げてくれた。祈念式の時に神官長とお父様が覗き込んでいたのと同じ、赤と青で色分けされた地図だった。
「この赤い部分が領主の収める直轄地だ。こちらの青い部分は貴族が治める部分になる。ローゼマインは初めての収穫祭になるので、この辺りの、比較的エーレンフェストに近い部分を割り当てている」
フランが農村の名前を述べていく通り、神官長が地図を指差し、一日目、二日目、と指先が道筋をたどっていく。
「近い部分と言う割には、意外と南北に長いですね」
「ここで素材の採集も合わせて行ってもらうからな」
「え?」
神官長の指先がトンとわたしが向かう範囲で最も南にある村、ドールヴァンを指差した。
「ドールヴァンの外れにある森には、魔木リュエルがある。満月の夜に実がなるのだが、シュツェーリアの夜が最も魔力を溜めると言われている」
「シュツェーリアの夜? 命の神 エーヴィリーベが復活し、土の女神に近付けまいとする風の女神 シュツェーリアが最も力を放つと言われている秋の終わりの満月のことですか?」
聖典にあった神話を思い出しながら確認すると、神官長は「よく読み込んでいるようで結構だ」と頷いた。
「シュツェーリアの夜に採れるリュエルの実が、君の薬であるユレーヴェには必要だ。リュエルの実がエーレンフェストの領地内で採集できる秋の素材の中では最も品質が高い物になるからな」
ちなみに、薬の素材は春夏秋冬それぞれの季節で、魔力を持つ素材を集めなければならないため、どんなに早く集めようとしても一年はかかるのだそうだ。
そして、わたしの場合、魔力が固まったのが、記憶にないほど昔の可能性もあり、できるだけ高品質な素材が必要らしい。
「私も収穫祭に向かわねばならないため、君に同行はできぬ」
「祈念式は一緒に行ったのに?」
「祈念式は色々な危険や調べたいことがあったからな」
今回は別行動になるらしい。収穫祭は初めてなのだけれど、大丈夫だろうか。不安に顔を曇らせるわたしに、神官長は「大丈夫だ」と軽く言った。
「護衛の騎士に加えてエックハルトとユストクスを付ける。彼らの言うことをよく聞くように」
聞いたことがない名前が出てきて、わたしは首を傾げた。
「エックハルト兄様はわかりますけれど、ユストクスとはどなたでしょう?」
「君に同行する徴税の文官で、リヒャルダの息子だ」
リヒャルダおばあちゃまの息子さんなら、実に頼もしい気がする。多分、わたしに危険がない人物を選んでくれているのだろう。エックハルト兄様にしても、リヒャルダの息子にしても、領主に近い位置にいる人ばかりだ。
「採集に関しても、収穫祭に関しても、彼らの言うことに従っておけば問題ないはずだ。採集の道具に関しては、収穫祭が近付いたら渡す」
「ありがとうございます」
今は秋に入ったばかりだから、秋の半ばから始まる収穫祭まではまだ日がある。それまでに、騎獣の扱いに慣れておくように、と言われた。
「あぁ、それから、先日ベンノから連絡があった。孤児院に灰色神官を送ってほしい、と」
「はい、わたくしも聞いています」
孤児院のドアを設置し、生活に必要な物をある程度運んだので、灰色神官と灰色巫女を移動させ、生活基盤を整えながら、収穫祭までに不足を解消してほしい、と言われている。
「灰色神官達を移動させる時に、大量の食料や物資も運ぶため、兵士を護衛として動員してほしいと頼まれた」
「ギルベルタ商会は領主の指示で動いていますから、兵士の動員も可能ですよね?」
食料や工房の道具など、まだ運ばなければならない物はたくさんある。半日ほどで着くそれほど遠くない町とはいえ、何度も大量の荷物を運んでいれば、狙われるらしい。実際、狙われたと聞いた。
ちらりとわたしを見て、神官長が口を開く。
「東門の士長にその役を任命……」
「わたくしも馬車で一緒に参ります!」
東門の士長は父さんだ。わたしはバッと大きく手を挙げた。
騎獣で行くつもりだったし、馬車は苦手だけれど、父さんに会えるなら我慢するよ、と心を固めていると、神官長がくわっと目を見開いた。
「馬鹿者! 領主の娘が街の外へ馬車で向かうことになれば、護衛は騎士団だ。下町の兵士の出番などなくなるぞ」
「えぇ!? そんな!」
せっかくの機会なのに、会うこともできないのか、とわたしが肩を落とすと、神官長は「よく聞きなさい」とこめかみを押さえた。
「君は私と護衛騎士と共に、領主の娘として騎獣で向かうが、馬車に付けた兵士には滞在中の護衛も任せるつもりだ。少なくとも、何度か顔を合わせる機会はあるだろう」
呆れたように「まったく君は」と言いながら、教えてくれたことにわたしは満面の笑顔で大きく頷いた。
神官長との話が終わるとすぐにわたしは院長室へと向かう。モニカに工房へルッツとギルを呼びに行ってもらい、そわそわと到着を待つ。
二人が到着すると、「またアレを見るのか」と小さく呟くダームエルを隠し部屋の護衛に任命して、即座に隠し部屋へと入った。
「ルッツ、ルッツ~!」
わたしは鼻歌まじりでルッツにとぉっと飛びつく。ルッツはわたしのテンションの高さについてこられていないようで、「熱出すぞ」と疲れたような声で注意する。
「うふふ~。あのね、ハッセの孤児院に灰色神官達を送っていく時に、父さんが護衛として付くんだって。久し振りに父さんに会えるんだよ」
踊りだしそうなテンションのわたしの報告に、ルッツは何度か目を瞬いた後、少し眉を寄せて、首を傾げた。
「……あれ? 貴族は騎獣で孤児院へ行くから、護衛をしても会えないだろうって、旦那様が言っていたぞ。それを聞いたギュンターおじさんが落ち込んで、仕事にならないって、トゥーリとオットーさんから聞いたけど?」
すでに護衛の話は門に伝わっていて、父さんは話が回ってきた時に喜び勇んで引き受けたらしい。その後で、わたしは貴族として騎獣で移動すると知って、父さんは今かなり落ち込んでいるそうだ。仕事に行きたくない、と鬱陶しいほどに毎日愚痴を垂れているとトゥーリがルッツに零したらしい。
つまり、わたしと父さんは、親子揃って、騎獣で移動したら会えない、と同じように落ち込んだということになる。何、その妙な繋がり。
ぷぷっ、と笑いながら、わたしはルッツに伝える。
「確かに騎獣で移動するけれど、わたし達がハッセにいる間は、兵士にも護衛を任せるから、何度かは顔を合わせる機会があるって、神官長が言ってたの」
「マジで!? じゃあ、ギュンターおじさんに伝えておくからな。ホントにどんよりしていたから、それを聞いたら仕事をやる気になるだろ」
「うん、わたしも楽しみにしてるって伝えて! あ、手紙を書くよ」
わたしは急いで「会えるの、楽しみにしているから、お仕事頑張って」と手紙を書いて、ルッツに渡した。
次の日、手紙を渡してくれたルッツが笑いながら報告してくれた。
受け取った父さんは、手紙を読んだ直後から、見ていて面白いくらいやる気が戻ったらしい。母さんとトゥーリが「わたしたちが言っても全然元気にならないのに、手紙一枚で元気になるんだから」と笑っていたと聞いた。
灰色神官と灰色巫女の移動は神官長の許可が出ると、すぐに行われることになった。神殿の裏門の方に、ベンノが差し向けてくれた馬車が二台並び、灰色神官と巫女が三人ずつ乗っていく。
彼らの新しい門出に孤児院の皆が裏門へと集まり、孤児院長でもあるわたしが一番前に立っている。
「では、ローゼマイン様の大事な神官達をお預かりいたします」
マルクに礼をされ、わたしは軽く頷いた。灰色巫女の馬車にはルッツが、灰色神官の馬車にはマルクが乗ることになっている。
マルクとルッツが苦い笑みを浮かべながら、視線を馬車の方へと向けた。そこには一人の兵士が跪いている姿がある。
「後ほどわたくしもハッセに向かいます。道中の護衛、よろしくお願いいたします」
本来は東門からハッセまでの護衛を頼まれたはずなのに、一人だけ神殿まで灰色神官達の乗る馬車を迎えに来た父さんに、苦笑するのを堪えながら、わたしは挨拶の言葉を述べる。
「お任せください」
そう言って立ち上がった父さんがニッと笑って自分の右手で胸を二回叩く。わたしも同じ動作を返し、神殿を出発する馬車を見送った。