Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (198)
ハッセの孤児院
「ローゼマイン、本当に大丈夫か? ブリギッテに同乗させてもらった方が良いのでは?」
「いえ、ハッセが一番近い町なのですから、これが飛べなければ収穫祭で遠出するなんて無理ですもの。レッサーバスで行きます」
神殿の正面玄関前にわたしはレッサーバスを出したけれど、神官長は未だに渋い顔をしている。真面目に練習したし、運転は慣れて上達しているので、わたしはレッサーバスで移動する気満々だ。
「フェルディナンド様、それほど心配でしたら、わたくしがローゼマイン様に同乗いたしましょうか?」
「ブリギッテ?」
ブリギッテは自分の騎獣を消すと、レッサーバスの前に歩いてきた。
「何かあった時のために、魔力を扱える者が一人は共に乗った方が良いと思うのです」
「それは、そうだが……本当に良いのか?」
「ローゼマイン様が上達しているのは、この目で確認しております。どうぞお任せください」
キリッとした顔付きで言っているが、アメジストの瞳が普段より輝いているように見える。もしや、ブリギッテはレッサーバスに興味があるのだろうか。
ブリギッテが乗れるように、みょんと助手席側を開けると、神官長は諦めたように視線を伏せた。
「では、ブリギッテに任せよう」
神官長の言葉にこくりと頷き、ブリギッテはレッサーバスに乗り込んだ。わたしも運転席側から乗り込むと、みょんとドアを閉める。
「ブリギッテ、『シートベルト』を締めてください。これです。そう、それを引っ張って、ここにカチッと……」
実際に締めて見せながら、ブリギッテにもシートベルトを締めてもらう。安全第一だ。運転席だけはわたしのサイズに合わせてあるので、助手席がすごく高くて大きく見える。
助手席のブリギッテはシートをそっと撫でながら、フッと笑った。
「これは可愛いですね」
「そうでしょう? 可愛いでしょう?」
神官長には変な物扱いされたけれど、レッサーバスは可愛いと思う。女の子同士なら、この可愛さが語り合えるかもしれない。そう考えたわたしが喜んでブリギッテを見上げると、ブリギッテはほんの一瞬、「しまった」と言いたそうな顔をして、誤魔化すように咳払いした。
「……コホン! あ、その、ローゼマイン様にはとてもお似合いだという意味です」
「ふふ、ありがとう。では、出発しますね」
上空へと上がっていく神官長の騎獣を追いかけるために、わたしはレッサーバスのハンドルを握り、魔力を流すとアクセルを踏んだ。
とととととっとレッサーパンダの短い足が動き始める。ハンドルを傾けていくと、空を駆け始めた。
「このように騎獣の中で座れるとは思いませんでした。ずいぶんと柔らかくて座り心地も良いですし、騎獣用の服に着替える必要がないので、貴婦人は真似したがるかもしれません」
騎獣には跨ることになるので、貴婦人が騎獣に乗る時には専用の服に着替えなければならないらしい。
「馬車を作る人はいなかったのかしら?」
「騎獣は動物を作るものですから、馬ならばともかく、車部分は……。ですから、このように動物の中に乗り込むという発想は素晴らしいと思います」
確かに、遊園地の乗り物や幼稚園バス、アニメを見ていなければ、動物の中に乗り込むという発想はすぐにはできないと思う。だが、いくら素晴らしいと褒められても、元々の発想したのはわたしではないので、微妙な顔にしかならない。
「神官長は苦い顔をしていらっしゃいましたから、広がるかどうかはわかりませんね」
神官長のライオンの後ろをレッサーバスが足をちょこちょこさせて追いかけていく。わたしのレッサーパンダ、マジ可愛い。
神官長には心配されていたレッサーバスとわたしの運転技術だが、無事にハッセの小神殿に到着した。
わたし達の騎獣が小神殿の上に着くと、誰かが見張っていたのか、ベンノ達が中からぞろぞろと出てきた。ギルベルタ商会の者に、灰色神官達、それに護衛として付いていた兵士達もいて、皆が跪いている。
そこに降り立つと、わたしは騎獣を魔石に戻し、腰の飾りに魔石を戻した。
神官長やダームエルより少し時間はかかったけれど、無事に騎獣を消すこともできたので、わたしは神官長の半歩前に出る。わたしは神官長の陰に隠れていたいけれど、神殿長より神官長が前に出るのはダメなのだそうだ。
神官長はそこに並んで跪く者達をぐるりと見回し、軽く頷いた。
「出迎え、ご苦労。早速中を見せてもらおうか」
神官長の言葉に皆がざっと立ち上がる。兵士の中で一番前にいる父さんと目が合った。にこっと笑顔を交わしておく。神官長も他の皆もいる場で、それ以上はできない。
「女子棟から案内いたします」
ベンノの案内についていく形で孤児院の女子棟へと入っていく。
ぱっくりと口を空けていた孤児院の部屋にはドアがついて、私物を入れるための木箱や布団が準備され、過ごせるようになっていた。
「冬までには寝台が準備できると思われます。急ぎということでしたから、生活できる場所にすることを一番にしました」
ベンノの言葉にわたしは軽く頷く。とりあえず、生活できることが重要だ。元々私物などない孤児達の部屋なので、収納はこれで十分だと思う。
そして、女子棟の一室に書類仕事ができるように、机と椅子、それから、仕事道具一式が揃っていた。
「ここは書類仕事をするための部屋になっています。同じ部屋を男子棟にも準備しております」
灰色巫女は食費や生活費に関する書類作成を、灰色神官は工房に関する書類作成を義務付けているのだ。
食堂はまだ木箱と木箱に板を渡しただけのテーブルしかなかったけれど、追々揃えていく予定らしい。木工職人達も利用していたが、今のところ不自由はなく食べられているので、問題はないようだ。
すでに午後になっているため、兵士やギルベルタ商会の面々も、今夜は小神殿で一泊する。皆で一緒に夕食を取るので、今日はもう一つか二つ、板を増やす予定だそうだ。
女子棟の地階は神殿と同じように厨房になっていて、鍋、鉄板、オーブンなど、わたしの厨房と似た設備が準備されていた。木のお皿やカトラリーも準備されていて、神殿と変わらない食事がとれそうだ。
「孤児院には過分な設備かと思いましたが、ローゼマイン様が来られることを考慮して、揃えさせていただきました」
「ありがとうございます。わたくしの料理人も喜ぶでしょう」
女子棟の地階から外に出られるのも、神殿と同じで、外から男子棟の地階へと移動できる。男子棟の地階は工房になっていて、ローゼマイン工房として活動できるように、ほぼ同じ道具が揃えられている。
ここに無いのは、成人男性が何人も必要になる凸版印刷機と金属活字だ。人数が少ないので、しばらくの間、植物紙の生産とガリ版印刷をすることになっている。
「人数が増えてきたら、印刷機を導入することになっていますが、今はこれで活動できると思われます」
上に上がると男子棟も部屋のドアや荷物が揃えられ、生活できるようになっていた。今日はここで兵士達とギルベルタ商会の面々も寝泊りすることになるらしい。
「孤児のくせに、自分達より良い生活をしているよなぁ」
一緒に孤児院の中を見て回った兵士達が、吐き捨てるようにそう言って顔を歪めた。
洗礼式が終わるまで孤児院から出ることも許されず、世話する者もなく死んでいった孤児達や必要ないからと簡単に処分対象となってしまう彼らのことを知らず、良い生活だと言われて、黙って聞いていることができなかった。
「あら? では、貴方も神官になりますか? 自由に結婚することも神殿を出ることも許されず、青色神官の都合で振り回されて生きる神官が本当に良い生活だと思うのならば、歓迎いたしますけれど」
むっと眉を寄せたわたしを、兵士はざっと血の気の引いた顔で見て、「そのようなつもりでは」と跪いて弁解する。
「ローゼマイン様、今の生活だけを見れば、そう思われるのかもしれません。我々の生活が向上したのはローゼマイン様が神殿にいらっしゃってからです。ローゼマイン様がいらっしゃらなければ、今の生活はありませんが、他の方にはそのようなことはわかりませんから」
わたしを持ち上げて宥めようとする灰色神官の言葉に、父さんが「ウチの娘はすごいだろう」と言いたそうな満足顔でうんうん、と頷いている。親馬鹿顔で頷いていないで、ちょっとは青ざめて震えている兵士のことも考えてあげて。
父さんの親馬鹿っぷりに毒気を抜かれて、わたしは軽く溜息を吐いた。
「口が滑ったのでしょうけれど、これからは勝手な思い込みで非難しないでくださいませ」
「申し訳ございませんでした」
兵士が謝罪し、それをわたしが許して、話は終了した。
そして、礼拝室へと向かう。彫刻のある立派な両開きの扉が付き、礼拝室らしい威厳が出ていた。灰色神官がぐっと扉を押し開けると、真っ白の空間だったそこはカーペットが敷かれ、正面には神の像を飾るための祭壇が作られた礼拝室になっている。それほど広くはないけれど、雰囲気は神殿と全く同じだ。
「ベンノ、神の像はいつになる?」
まだ神の像はできていないのか、何も飾られていない祭壇を見て、神官長が眉を寄せる。
「一月はかからないそうですが、ここに運び込む頃にはおそらく一月たつと思われます」
「ふむ、収穫祭には間に合いそうだな。ならば、良い。……ローゼマイン、こちらに来なさい。君の部屋を作る」
神官長は魔石を取り出して、自分の腰くらいの高さの壁に埋め込むように押し当てると、光るタクトを取り出して何やら唱えた。
すると、魔石から出た赤い光が上に伸び始める。神官長の身長より更に15センチくらい上まで伸びた赤い光は左右に二つに分かれて進み始めた。少し伸びた後、今度はくっと90度曲がって床まで真っ直ぐに伸びていく。床に付く寸前にまた90度角度を変えて伸びると、二つに分かれていた光はまた一つの光に戻った。そのまま真っ直ぐに上に伸びで魔石へと戻ってくる。
魔石がカッ強い光を放った直後、そこには赤い魔石がはまった隠し部屋への扉が出来上がっていた。
「ローゼマイン、魔力を登録して部屋を作りなさい」
「はい」
わたしは自分の部屋で魔力を登録した時と同じように、魔石に手を当てて、魔力を登録する。部屋で登録した時は魔石の位置が高すぎて椅子が必要だったが、今回は手を伸ばせば届く位置に魔石がある。
神殿の自分の部屋を思いながら、ぐっと魔力を流し込んだ。
登録完了した扉を開けると、そこは神殿のわたしの部屋と同じくらいの広さがある部屋になっていた。
「家具や必要な物は注文してまた運べばよい」
ちらりと神官長がベンノを見た。つられてわたしがベンノとマルクに視線を向けると、二人とも笑顔だったが、目が明らかに「また仕事を増やすつもりか?」と言っているのがわかる。ごめんなさい。ホントごめんなさい。
「あぁ、それから、この色が完全に変わるまで魔力を込めなさい」
礼拝室の一番奥の壁に埋め込まれている魔石のようなものがあり、それを指差して神官長がわたしに命じる。
「これは何ですか?」
「この小神殿を守るために必要な物だ。今は創造の魔力がまだ残っているが、春までは持たないだろう。ここを守るのは君の仕事だ」
「はい」
守りの魔術具を作動させるため、わたしはどんどんと魔力を流し込む。小神殿を守るための魔力だというからどれほど必要なのか、と思ったけれど、意外と少なくて済んだ。
ぐるりと小神殿を一通り歩き回って、玄関へと戻ってくる。
生活のために神殿を整える仕事もあるし、これから夕飯の準備もしなければならない皆のために、貴族はさっさと撤収しなければならない。
「生活は問題なくできそうですね」
わたしが灰色巫女に声をかけると、灰色巫女はにこりと微笑んだ。
「はい、大丈夫だと思います」
「数日間過ごしてみて、問題なさそうだと判断できた時点で、孤児達を引き取りに行きましょう。三日後にまた様子を見に参ります。その時に不足の物があれば、教えてください」
わたしはそう言いながら、ベンノに生活の必要物資として準備してもらった書字板を神官と巫女に一つずつ手渡していく。
「名前を彫ってあるので、それは共用の物ではなく、貴方達の私物です。これから、ここで頑張る皆さんへの餞別として贈ります。どうぞ役立ててください」
「恐れ入ります」
神殿内ではわたしの側仕えだけが持っている書字板を手にした神官達が、嬉しそうに目を細めて、書字板の自分の名を見つめる。
「ルッツ、準備はできているかしら?」
「もちろんです」
ルッツがチャリと音のする布の袋をそっとわたしに差し出した。それを持って、今度は兵士達に向き直る。
「今回は、護衛の大役、ご苦労様でした。これは少しですが、労いの気持ちです。どうぞ受け取ってくださいな」
町から出ることもほとんどない兵士達を数日間に渡って町の外へと連れ出したのだから、家族は心配しているだろう。出張費やボーナスのようなものだ。これからもベンノが物資を運ぶ時には護衛を頼みたいので、心証は良くしておきたい。
一人一枚ずつ小銀貨を手渡していく。目がギラギラになって、お互い目配せしているのを横目で見ながら、父さんの前に立った。
「これからも護衛をお願いするかもしれません。よろしくお願いいたしますね」
父さんだけこっそり大銀貨一枚を渡す。「皆さんを労ってあげてください」と小さく囁くと、唇をニッと上げた。
「わたくしはこれで失礼いたしますが、女子棟のお部屋は男子禁制です。わたくしの巫女達に不埒な真似をするような者はいないと信じておりますが、責任者の方はくれぐれもご注意くださいませ。何かあったら許しません」
並ぶ数人の兵士達を軽く睨んで、ぐっさりと釘を刺しておく。
わたしを通して孤児院と付き合いのあるベンノ達や父さんはともかく、下町の人間は孤児院の者を低く見ている。街の外に出て、羽目を外して、ここに一晩泊まる間にわたしの目が届かないところで灰色巫女達が泣くようなことになっては困るのだ。
ウチの孤児院には青色神官に無理やり連れて行かれそうになって、トラウマになったヴィルマがいる。もうこれ以上のトラウマ持ちは必要ない。
ただでさえ、孤児院に残っている灰色巫女は別嬪ばかりだ。釘はいくらでも刺しておいた方が良い。
騎獣を出した神官長に続いて、わたしもレッサーバスを出した。ブリギッテと二人で乗り込んで、出発する。
次にハッセに来るのは三日後だ。
次の日の午後、兵士とギルベルタ商会が街へと戻ってきた。父さんとベンノと顔を合わせて、報告を受ける。
そして、次の印刷物のために絵本の第三弾、火の神 ライデンシャフトとその眷属に関する絵本の本文を完成させた。ヴィルマに挿絵を頼みに行くと、すでに大半ができていた。「絵本の内容が決まっておりますから」とヴィルマは笑う。
そうこうしているうちに、すぐに三日後となった。
灰色神官達の生活に無理がなければ、今回は孤児の引き取りを考えている。ハッセの町長に会いに行くのだ。
「ローゼマイン、本気で側仕えをそれに乗せるつもりか?」
「そのためのレッサーバスですよ?」
ファミリーカーサイズのレッサーバスを見た神官長が、苦い顔になった。
「ローゼマイン様、うにって開きました! すげぇ!」
「わぁ、座るとふかふかしています」
興奮のあまり言葉が崩れていることにも気付いていないギルと、新しいことに興味を持つニコラは、すでにレッサーバスに荷物を積み込み、乗り込んで喜んでいる。けれど、フランだけは悲壮な決意を秘めた顔つきになっていた。
「私はローゼマイン様にお供する決意はできております」
「フラン、そんな死ぬ覚悟をしているような顔をするほど危険なものではないです。ブリギッテは前回わたくしと一緒に乗ったのですから」
「今回も乗ります。ご安心ください」
ブリギッテがそう言って、すっと助手席に乗り込むと、フランはぐっと奥歯を噛みしめるようにして後部座席へと乗り込んだ。
そして、一人だけ不安そうなフランに見つめられながら出発する。空を飛び始めたレッサーバスにギルとニコラが歓声を上げた。
「うわぁ! 高い!」
「ローゼマイン様、街がすごく小さく見えます。ほら! フランも見て」
「ギル、ニコラ。ローゼマイン様に話しかけてはなりません。集中しなければならないのですから」
フランの叱責にわたしは小さく笑った。
「フラン、運転しながらおしゃべりくらいできますけれど?」
「なりません。しっかり集中してください」
そんなやり取りをしているうちに、ハッセの町にはすぐに到着する。小神殿に降り立って、荷物を下ろし、側仕え達が運び始めた。灰色神官達も出てきて、荷物運びを手伝ってくれる。
礼拝室の奥にある隠し部屋へと荷物を入れてもらい、側仕え達に部屋を整えてもらう。今日はカーペットとタペストリーが入っただけなので、時間もかからない。いつ倒れても大丈夫なように、寝台は神殿で余っていたものを今度運んでもらうことになっている。
部屋が整うまでの間、食堂で灰色巫女にお茶を入れてもらい、わたしと神官長は持参したお茶菓子で、一休みする。
「生活の方はいかがでしょう?」
「恙なく。森と川が近いので、紙作りはずいぶんと楽です」
神官長を前にした灰色神官が緊張した声音で答えてくれる。わたしはお茶を入れてくれた灰色巫女に視線を向ける。
「孤児達を連れてきても、生活はできるかしら?」
「はい。連れて来られても大丈夫なように、昼食の準備をいたしますね」
神官長と側仕えと一緒に、馬車代わりの騎獣でハッセの町の有力者のところへと向かう。街の有力者は町長と呼ばれているらしい。
通達してあったにもかかわらず、出迎える準備ができていないのか、使用人が顔色を変えて、バタバタとし始めた。
「し、神殿長と神官長ですか!? あの商人ではなく?」
本日、孤児を引き取りに行くことはベンノを通して伝えてもらっていたが、どうやら、神殿長と神官長が揃って行くことは伝えていなかったようだ。
泡を食ったような表情で、町長が飛び出してきたところを見ると、ベンノは毎回碌な出迎えをされていなかったように思える。
「孤児はどこだ? 通達はしてあったはずだ。全員連れてきなさい」
神官長の眼光に息を呑んで、町長はすぐさま使用人に孤児達を呼びに行かせる。連れて来られたのは、汚い体にごわごわの頭、やせ細った体つきの子供達だ。以前の孤児院を彷彿とさせ、今の生活の厳しさが一目でわかる姿だった。
わたしは目の前に並ぶ十数人の子供達を見て、眉を寄せる。
「……これで全員ではありませんよね? 報告された人数と違いますけれど?」
「その者が間違えたのでしょう」
跪いたまま、ニコリと笑ってそう言った町長をきつく睨んだ少年が大きく首を振って否定した。
「違う! 嘘だ! 姉ちゃんもマルテも売れるから、隠されたんだ」
「黙れ、トール!」
カッと目を見開いて、トールという孤児をすぐさま殴ろうと立ち上がった町長の腕を、ザッと動いたダームエルが素早い動きで押さえて、光るタクトを出した。
「フェルディナンド様は全員と言ったはずだが? 命令が聞こえなかったか?」
平民のたかが町長が領主の異母弟である神官長の命令違反をするなど、その場で処分されてもおかしくない。何の躊躇いもなく武器を取り出したダームエルに、町長はひっと息を呑む。
「だ、誰か! 誰でもいい、ノーラ達を連れてこい!」
売れるから、という言葉からわかるように、連れて来られた少女二人は綺麗な顔立ちをしていた。
ベンノから報告を受けた通りの人数が揃ったのを確認して、わたしは孤児達に話しかける。
「貴方達の中でわたくしの孤児院に移りたい人はいるかしら? 神官や巫女となるのですから、これは強制ではありません。小神殿では寝る場所も食事も保証するけれど、お仕事はしていただきますし、こちらの規則に従って生活していただくことになります」
怯
えるような目でわたしと町長を見比べる孤児達の中で、トールだけが真っ直ぐにわたしを見た。
「姉ちゃんを売ったりしないなら、オレと姉ちゃんは移動する」
「トール……」
連れて来られた二人の少女のうち、年長の少女が姉なのだろう。心配そうにトールを見つめた。
それを遮るように町長が手を伸ばす。
「待て、ノーラは駄目だ……」
「黙れ。ローゼマイン様はお前に発言を許していない」
ダームエルが跪いている町長の頭を押さえこむ。神官長はすぅっと目を細めて町長を睨む。腹に怒りを溜めこんでいる時の顔だ。
神官長の周囲がひんやりとした空気になっていくので、そこに背を向けるようにして、わたしはノーラに問いかける。
「ノーラはどうですか? こちらの孤児院に移動すれば、売りはしません。けれど、神官や巫女となるのですから、結婚もできません」
「孤児がまともな結婚なんてできねぇよ」
「トールではなく、ノーラの意思を聞いているのです」
ノーラは一度目を伏せると、「移動するわ。ここにいても結婚はできないし、トールとも離れることになる。売られるだけだもの」と悲しげに笑う。
「では、歓迎いたします」
「トールが行くならオレとマルテも行く!」
一人の少年が、ノーラと一緒に連れて来られた少女の手を取った。
「リック、お前……」
「ここにいたら、次に売られるのはマルテだ」
他の孤児は町長に抗う意思もないようで、今のままで良い、と首を振った。
環境が変わる方が怖いのか、自分達に暴力を振るう町長に暴力を振るったダームエルが怖いのか、その辺りはわからない。けれど、強制するつもりはない。
「では、この四人を引き取ります。神官長、よろしいでしょうか?」
「あぁ、通達しておいたし、特に問題はなかろう。行くぞ」
売り物とするために隠しておいた少女二人を取られることになった町長は、呆然とした顔でわたし達を見ていた。