Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (20)
トゥーリの洗礼式
粘土板が焼いて保存さえできたら、よかったんだけどな。ハァ。
まさか爆発するとは思わなかったよ。
せめて、トゥーリみたいにナイフがあれば、木簡ができるのに。
竈で小爆発を起こして、粘土板作りが禁止され、本作りが行き詰ってしまい、次の方法を考え込んでいるうちに、トゥーリが7歳になった。
ここでは7歳の誕生日を盛大に祝う習慣がある。
正確には誕生日じゃなくて、誕生季だ。季節ごとに神殿で洗礼式が行われ、7歳になった子供は全員神殿に行って洗礼式を受ける。
この後から見習いとして働くことができるので、街の一員として数えられるようになるということだろうか。
宗教儀式って考えると何となく苦手な感じがするのに、七五三のようなものだと思えば、平気な気がする。不思議。
神殿には7歳未満の子供は入れないので、わたしと父は不参加だ。
ちなみに、わたしは年齢的に不参加決定だが、父は強制的不参加だ。なんと運が悪いことに、父はトゥーリの洗礼式当日にどうしても抜けられない会議があるそうだ。
しかも、この会議は上級貴族から召集を受けて決定したもので、行かなければ物理的に首が飛ぶらしい。
怖ッ!
それなのに、この父は朝早くからうだうだと文句を言って、なかなか仕事に行こうとしない。
「嫌だ。会議なんか行きたくない。トゥーリの洗礼式だぞ? なんでそんな重要な日にどうでもいい会議があるんだ?」
確かに洗礼式は重要な日だ。貴族にも子供はいるはずだし、洗礼式に出るなら多少日取りに配慮があると思う。
「あれ? もしかして、お貴族様の子供達は洗礼式がないの?」
「……神殿に行くんじゃなくて、神官を家に呼ぶと聞いたことがある。だから、お貴族様には下々の気持ちがわからんのだ」
まぁ、家の中で愚痴を言うだけで気が済むならいいか、と昨日の夜から聞き流してきたけど、しつこい。子供の運動会や七五三と仕事が重なった、娘ラブな父親の悲哀と鬱陶しさは、全世界共通なのだろうか。
わたしはトゥーリの髪を丁寧に梳いて、真ん中で分けながら、溜息を吐いた。
「父さん、一緒に行ってあげるから、お仕事行こうよ。途中まではトゥーリと一緒に行けばいいじゃない。どうせ、神殿の中に入れるのはトゥーリ達子供だけで、大人は神殿の広場で待つんでしょ?」
途中まで行列に交じって、トゥーリの晴れ姿を見れば少しは気も晴れるだろう。そう思って、提案してあげたのに、父はまだうだうだと言う。
「広場で待つのが、父親としての役目で……」
「仕事に行って稼いでくるのが父親の役目と思うけど?」
「ぅぐっ!」
「わたしとお仕事に行くのがそんなに嫌なら、父さん一人で行けば?」
もう構ってられないよ、と突き離せば、哀願を込めた今にも泣きそうな目でこっちを見てくる。
「……マインと仕事に行く。会議が終わったら、すぐに帰るからな。今夜のお祝いは絶対にみんなでするんだからな」
わたしが髪の編み込みをしているので、トゥーリは頭を動かさないように視線だけ父に向けてニコリと笑った。
「もう、父さんったら。わかってるよ。みんなでお祝いしてくれるんだよね? 楽しみにしてるから早く帰ってきてね」
「あぁ」
でれっと笑って、応じる父の機嫌が急上昇したのを見て、わたしは心の中で「さすがトゥーリ。ウチの天使」と拍手する。
そんな天使は笑顔のままで、わたしにもお願いをした。
「マイン、父さんがちゃんとお仕事するように見張っててね」
「任せて! トゥーリが心配しないで洗礼式に出られるように、わたし、頑張るよ」
「おい、マイン!?」
情けない父の姿にトゥーリがとうとう声を立てて笑った。
うん、いい笑顔だ。
これだけ暑苦しく愛されていることがわかれば、父親が洗礼式に来られなくてもトゥーリは寂しくないだろう。
「はい、完成。……うん、トゥーリ、可愛い」
「ありがと、マイン」
髪を半分に分けて、左右から編み込みのハーフアップにすると、仕上げに簪を挿した。
冬にレースの小花で作ったもので、晴れ着に使われている刺繍と同じ色の花が小さなブーケのようだ。色とりどりの小さな花が集まった髪飾りはトゥーリの朗らかで柔らかい雰囲気によく似合っている。
「まぁ、トゥーリ。綺麗にしてもらったのね」
「え……母さん?」
トゥーリと一緒に神殿へ向かう母も、今日は一張羅を着て、おめかししていた。靴がギリギリ見えるくらいの足首丈までのシンプルなドレスは薄い青で涼しげに見える。
ちょっと服を変えて、赤い草の実を潰しただけの紅を引いただけで、ここまで美人になると思わなかった。
ウチの母さん、素材良すぎ。マジ美人。
「母さんもここに座って」
「わたしはいいわ。マインが結うと、とても豪華に見えるもの。主役の子供達より飾るわけにはいかないから」
「そっか」
別に飾りをつけるわけでもないので、大して豪華になるとも思えなかったが、母がそう言うなら仕方ない。この辺りの晴れ姿がどんなものか知らないので、確かにやりすぎる可能性はある。
わたしは髪を結うために上がっていた椅子から降りた。
「じゃあ、行くわよ」
着飾ったトゥーリと一緒に、わたしも門に行くためのトートバッグを持って家を出る。トゥーリに付き添う母と仕事着を身につけた父も一緒だ。
いつもならどんなに荷物を抱えていてもスタスタと歩く母が、スカートを引きずらないよう、手で裾を上げて、しずしずと下りていく。トゥーリもそれを真似して、スカートを軽く持ち上げて、一段一段下り始めた。
普段着のわたしの方が珍しく二人より速くて、一足先に外に出た。
「うわ……」
井戸のある広場には、たくさんの人達がいた。どうやらこの洗礼式は街全体で祝うものらしい。今日の洗礼式には関係ないはずなのに、ラルフやルッツの姿も見えた。辺りの人達みんなが出てきて、今日の主役に祝福の言葉をかけている。
冬も春も洗礼式があったはずだが、外に出られる体調ではなかったので、わたしにとって今日が初めて見る洗礼式だ。
「フェイ、おめでとう」
「男っぷりが上がったな」
ピンク頭のフェイも今日が洗礼式らしい。トゥーリと同じように白が基調で縁に刺繍のある上下に緑のサッシュを締めているのが見える。
……あぁ、なるほど。大事だね。裁縫の腕って。
全部手作りだから、腕の差が顕著に出る。日本では裁縫の腕なんて特に必要なかったし、ここでもボロばかり着ているから、裁縫上手が美人の条件と言われても、いまいちピンとこなかった。
けれど、こうして新調したばかりの服を着ていると差が明確だ。
今まで比較対象がなかったからわからなかったけど、母さんの裁縫の腕、すごいよ。自慢するわけだよ。わたし、ここでも恋人や結婚できないの、決定だね。
「まぁ、トゥーリ! なんて可愛いの!」
トゥーリが出てきたのを見つけたカルラおばさんが感激したように頬を押さえながら、広場中に響くくらい大きな声で、トゥーリを褒めた。
その途端、トゥーリが注目されて、方々から祝福の言葉が飛んでくる。
「トゥーリ、おめでとう」
「髪まで綺麗に結って、お姫様みたいよ」
カルラおばさんに褒められたトゥーリが恥ずかしそうに頬を染めて笑った。母自慢の白い晴れ着に、他の子にはないキューティクルな天使の輪がある青緑の髪がふわりと揺れる。
ウチのトゥーリ、マジ天使。父さんが親馬鹿になるの、わかるわ。
「マインが一生懸命に結ってくれたの」
「まぁ、マインが? 変わった料理以外にも取り柄があったのねぇ」
カルラおばさん、ひどい。
でも、ちょっとホッとした。わたし、一応この世界でも認められる取り柄があったんだ。
「すごく複雑よ、これ。どんな風に結うの?」
「どれどれ?」
年齢を問わず女性陣がトゥーリの頭を覗きこむ。
ひぃぃ、ただの編み込みだから、あんまりじっくり見ないで! ちゃんとしたコームがなかったから、分け目がちょっとガタガタなところがあるのよぉ。
「いいなぁ、トゥーリ。わたしも冬に洗礼式があるから、あんな風にしてほしいわ」
女の子が一人、羨望の溜息を吐きながらそう言うと、同じような意見が上がった。「わたしも、わたしも」って、誰かが追従すると、そこから先は切りがない。
「みんなマインにやってほしいって言ってるよ? やってあげたら?」
トゥーリが嬉しそうに笑って提案したが、わたしは即座に首を振って拒否する。
「無理だよ」
「なんで?」
「いつ熱が出るかわからないから。わたし、洗礼式を見るのも、今日が初めてなんだよ?」
妹を自慢するように笑っているトゥーリには悪いけれど、洗礼式の度によく知らないよその子の髪を結うなんて、わたしにはできない。
だって、絶対にトゥーリのようにはならないと断言できる。
彼女達の髪は、昔のトゥーリと一緒で、手入れなんて全くされていない。手入れから始めなければならない髪なんて、今更触りたくない。
「そっか。ちょっと元気になってきたけど、いつ熱が出るかわからないもんね? マインはすごいんだよって、自慢したかったんだけどな」
基本的に役立たずで足手まといなので、トゥーリのお願いを聞いてあげたい気はするけど、生理的に無理。
「……トゥーリの髪を編んでいるところを見せてあげるくらいなら、できる。けど、その子の髪を結う約束は、したくない」
「うんうん、守れない約束はするなって、父さんもこの間言ってたもんね? みんな、マインがわたしの髪の結い方を見せて教えることならできるって!」
わたしが出した妥協点に満足したトゥーリの発案で、後日、井戸の広場で髪結い教室が開催されることになった。
まさか、編み込みがこんなに注目されるとは思わなかった。母が髪を結うのを辞退するわけだ。
「じゃあ、この髪飾りは? これは誰が作ったの?」
「マイン」
「違う、トゥーリ。家族みんなだよ! 花はわたしと母さん。簪の部分は父さんだもん」
「あ、そうだったね」
裁縫上手な母が知らなかったくらいだ。レース編みはやはりここでは珍しいものらしい。こちらはおばさん達の食い付きがすごい。
「ねぇ、マイン。作り方、教えてあげたら?」
「教えるのは簡単だけど、細いかぎ針を作らなきゃできないよ? それに、髪飾りの作り方は、母さんが教えればいいと思う。わたしより上手だし」
わたしは知らない人が苦手だし、ここの常識わからなくて変な事言うかもしれないし、この辺りのおばちゃんと何を話していいかわからない。距離を取るのが一番良好な近所付き合いになると思う。
カランカラン……と神殿の鐘が鳴り響いた。中央の神殿が鐘を鳴らすと、こだましながら、街中に鳴り響く。
井戸の広場で騒いでいた人々が一瞬ぴたりと口を噤んだ。
次の瞬間、歓声が上がって誰かが叫ぶ。
「出発だ! 大通りへ行くぞ!」
洗礼式を受ける子供達を先頭にぞろぞろと大通りへと出ていけば、あちらこちらの路地から大通りへ出てくる子供達と見物人が同じように出てきていた。
街の端から中央の神殿に向かって、白い服を着た子供達を先頭に行列が大通りを歩いて行く。行列は洗礼を受ける子供とその付き添いで構成されていて、それ以外の人達は大通りから見送ることになる。
この光景って、アレに似てる。
沿道で手を振ったり、祝福の言葉をかけたりする人がいて、その間を行列が進んでいく感じや、歓声が段々近づいてくる様子で、行列の進度がわかるところが、お正月の駅伝っぽい。
遠くの方から、わぁっという歓声が段々近づいてくる。
すぐ隣にいるトゥーリの様子を伺えば、緊張しているようで、少し顔が強張っていたので、わたしはできるだけ背伸びして、トゥーリの頬を人差指でツンと突いた。
「え? 何?」
「笑顔だよ。笑ってれば、トゥーリが一番可愛い。ホントだよ?」
一度目を丸くした後、ゆっくりと目を細めたトゥーリの顔にいつもの笑顔が浮かんだ。
「もうマインったら」
「そうだ。笑ってなくてもトゥーリが一番可愛いだろう」
どうしよう、この父親。
そんなやり取りをしているうちに、行列が見えてきた。大きな歓声や拍手、口笛が鳴り響く中、同じような白い晴れ着に身を包んだ子供達が、晴れやかな笑顔、ちょっと強張った顔、得意そうな表情、不安そうな顔、それぞれの顔で歩いてくる。
トゥーリとフェイが大通りに並んだ見物客から一歩前に進み出た。行列の流れを見ながら軽い足取りで進み出て、子供達の一番後ろに加わる。行列に入った二人を確認して、フェイの家族とわたし達も後ろの親の列に加わった。
大通りで曲がり角がある度に、少しずつ子供の数が増えていく。街の中央にあるらしい神殿に着くころには、一体どれだけ人数が増えているのか見当もつかない。
行列に並んで歩いているだけで、すでに感動で涙ぐんでいる保護者もいる。たとえば、父とか。
行列に遅れないようにやや小走りになりながら、大きな歓声の中をわたしも歩く。
色んなところから声が飛んでくるので、きょろきょろと辺りを見回せば、大通りの両脇に並ぶ家々の窓から見ている人達や、どこかで摘んできたのか小さな白い花を投げて祝福する人が見えた。
高い部屋の窓から投げられた白い花は、まるで青い空から降ってくるようだ。行列の子供達から嬉しそうな声が上がる。
周囲に比べてかなり背が低いわたしからは、花を取ろうと天に向かって伸ばしている子供達の手しか見えなかった。
大通りと大通りが交差する噴水のある交差点で、一度行列が止まる。別の通りから進んできた子供達と合流して行列が一気に増えた。
わたしと父が一緒に歩けるのはここまでだ。
「父さんはこっちだよ」
すっかり行列と一緒に神殿に向かう気分になっている父の手を引いて、一度行列から出た。行列の邪魔をしないように、大通りの端へと寄って、見物客と一緒に行列を見送る。
「トゥーリ……」
「もう! 父さんはこっちだって」
行列が過ぎると見物客もぞろぞろと帰宅を始める。そんな人波と一緒に南門の方へと曲がった。
名残惜しそうに何度も行列を振り返っているが、会議の時間は大丈夫なのだろうか。
「班長! 遅いですよ!」
門に着いた時には目を吊り上げているオットーがいた。父を会議室に送りだして、わたしはいつもどおり石板で字の練習をする。
なんと、今日から商人の荷物表が読めるように、出入りの激しい品物から名前を覚えていくことになった。
オットーに習う、初めての日常単語である。今日の単語は全部この季節の旬の野菜だ。
ポメ(黄色のパプリカに見えるトマト)、ヴェル(赤いレタス)、フーシャ(緑の茄子)などの普段の料理で使われる野菜は覚えやすいけれど、食卓に出ない野菜は品物を想像することができないので、覚えるのに時間がかかる。
一度市場へ行って、現物と単語を結び付けたいなぁ。でも、肉屋はまだ苦手なんだよね。
一人でコツコツと文字を練習していると、比較的若い兵士が書類を持って、飛び込んできた。
「オットーさん、知りませんか?」
「今日は会議に出てますけど?」
「あぁ、そうだった! どうしよう……」
今日の門番は書類の文字がよく読めないらしい。
「読みましょうか?」
「は? お前が?」
「一応オットーさんの助手なんです」
ものすごく胡散臭そうに見られた。まぁ、こんな見た目で字が読めるようには見えないだろうから、仕方ない。こういう視線には慣れた。
親切心で言いだしたことなので、別に見せる気がないならそれでいい。
反応がないので、わたしは視線を石板に向けて字の練習を続けることにした。
「……読めるのか?」
絶対に読めるかというと、書類の種類によって自信はまちまちだ。まだ完全に覚えたとは言えない。
「えーと、人物照会票と貴族の紹介状なら問題なく読めます。商人の荷物表は数字が読めても項目があまり自信ないです」
「じゃあ、貴族の紹介状だから、頼む」
貴族の紹介状は面倒くさい言い回しが多いけれど、装飾的な文章を取り払うとそれほど難しいことは書いていない。
要は、誰が誰を紹介しているのか、誰の印章が必要かだけ読みとればいいのだ。
羊皮紙とインクの匂いを胸一杯に吸い込んで、堪能しながら目を通した。
……あ~、士長も会議中だよね。下級貴族の紹介だから、会議が終わるまで待った方がいいかな?
「えーと、ブロン男爵からの紹介で、グラーツ男爵のところに行くそうです。士長の印章が必要ですね」
オットーの仕事ぶりを思い出しながら、わたしは羊皮紙を返す。対応マニュアルが頭に入っていれば、わたしにだってこれくらいはできる。
「これを持ってきた商人さんを下級貴族用の待合室に案内してください。今日の会議は上級貴族の招集だから士長の印章は会議終了までお待ちくださいって、ちゃんと理由説明すれば、グラーツ男爵のお客様は無理を言う人ではないと思います」
「ありがとう。助かった」
胸を二回叩いて敬礼されたので、わたしも椅子から飛び降りて、敬礼を返す。オットーの助手をしているうちに当たり前のようにできるようになってきた。
うーん、このままだったら、わたし、ここの事務員として就職させられそうだなぁ。
来年の見習い仕事が始まるまでに、紙を作って、本屋さんになろうと思っていたが、先が見えなくて、挫けそうだ。
石板で引き続き文字の練習をしていると、会議を終えた父が飛び込んできた。
「帰るぞ、マイン」
「あ、さっきね……」
「話は帰りながら聞くからな。トゥーリが待ってる」
父は石板や石筆をトートバッグに入れると、ひょいっとわたしを抱き上げて、荷物を持って歩き始めた。
「父さん!? あのね! 報告が……」
「オットーに捕まる前に出るぞ」
「待って! オットーさんに報告があるんだって!」
言い合っているうちに、オットーが追いついてきた。
「あ、オットーさん。ブロン男爵からグラーツ男爵への紹介状を持った商人さんが来ています。士長も会議中のため、下級貴族用の待合室で待機中なので、至急対応お願いします」
「さすが俺の助手。よくできたな」
「俺の娘だ」
父の言葉にオットーがこめかみを押さえて、溜息を吐いた。
「優秀な助手に重要な任務を命じる。この班長とすぐに帰れ。会議中そわそわして落ち着かない班長のせいで、上級貴族に睨まれて俺の寿命が縮んだ」
「……父さん、命は大事にしなきゃ」
「オットーもこう言ってることだし、帰るぞ」
完全に心は家に帰ってしまっている父に抱きかかえられたまま帰宅すれば、その夜は家族でトゥーリの誕生祝いだ。
わたしの中ではお祝いと言ったらケーキが付きものだったけれど、そんなものはウチにない。使える食材を見て、わたしに準備できた代用品は、フレンチトーストもどきだった。
かなり固い雑穀パンを母にスライスしてもらって、ルッツのところからレシピと交換でもらってきた卵と牛乳に付け込む。母にバターで焼いてもらって出来上がり。蜂蜜や砂糖がないので、木苺っぽい果実のジャムをちょっと添えてみた。
わたしがトゥーリのためにできたのは、もう一つ。スープの野菜の飾り切りだ。ハートや星に切った野菜をトゥーリは可愛いと喜んでくれた。
「ほら、トゥーリ。プレゼントだ」
「わぁ、父さん、母さん、ありがとう」
トゥーリが仕事着と仕事道具をもらった。7歳になって洗礼を受けると、見習いの仕事につく。住み込みの仕事場もあるが、トゥーリが行く針子の見習いは通いだ。
裁縫上手になって、美人を目指すんですね。
ラルフに「トゥーリってホントいい女」って言われたいんですね、わかります。
「毎日お仕事するんじゃないよね?」
「まぁ、最初は大した仕事ができるわけでもないし、週に半分ほどだな」
「見習いの面倒をずっと見ていると仕事がはかどらないからね」
確かに。兵士見習いに文字や計算を教える日は、わたしの勉強ははかどらないし、オットーの仕事が増えていたような記憶がある。
「それから、これがマインのだ」
両親が布で包まれた細長い物をゴトンとテーブルに置いた。
目を瞬いて、わたしは首を傾げる。洗礼式でもないわたしが何故贈り物をされるのかわからない。
「わたし、洗礼式じゃないよ?」
「仕事を始めるトゥーリの代わりに、今度から薪拾いはマインがするからな。必要になる」
包まれた布を開くと、そこには鈍く輝くナイフがあった。刃には厚みがあって、手にずしりとした重みがかかる。
こんな鋭い危険そうなの、子供に渡すなんて危険だ、と日本では言われるかもしれないが、こちらの常識では、このくらい持っていないと自分の身を守ることさえできない。手伝いも何もできない赤ちゃん扱いだ。
ナイフ、もらっちゃったよ。
今までわたしは完全に赤ちゃん扱いだった。お手伝いをするトゥーリのお手伝い。むしろ、余計なことばかりする足手まとい?
だが、トゥーリが見習いを始めることで、わたしにもナイフを渡さざるを得なくなったのだろう。
でも、これで木簡が作れるよ!
木簡作るよ!