Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (201)
神殿の守り
「ヴィルマ、冬籠りの間、孤児院に人が増えても大丈夫かしら?」
わたしはノーラ達を含めて十人の受け入れ余地があるかどうか、ヴィルマに尋ねた。そうですね、とヴィルマは去年の分の資料を取り出し、めくり始める。
「冬支度を去年より増やすことになりますが、部屋数は特に問題ありません。ただ、布団や食器などの生活用品を運んでいただかなければ、足りません」
元々灰色神官や灰色巫女として、この孤児院にいた六人の分はともかく、新しく増える四人の分が足りないと言う。
冬籠りを一緒にするのは、神殿の生活や教育のためなので、今年だけだ。来年はハッセで冬籠りしてもらうなら、生活用品は買い足すより運び込んだ方が良いだろう。
「そう、何人になるか、まだはっきりとはしないのですけれど、十人増えることを考慮して冬支度を進めてください。今年はお金も時間も余裕があるので、大丈夫でしょう。ヴィルマのお手柄ですよ」
「神官長に禁止されたのは残念でしたね。ふふっ」
神官長のチャリティーコンサートでの売り上げがあるので、今年は懐が温かい。ポッカポカである。ヴィルマの描いた神官長のイラストが完売したおかげだ。
他の町にも同じように孤児院と工房を作るつもりでいるので、無駄遣いはできないけれど、孤児院の冬支度に使うならば、使い道としては問題ないと思う。
「それから、夏の眷属の絵はどうなっていますか? そろそろできるかしら?」
「えぇ、ほとんどできました。あと一枚、仕上げが残っていますけれど、仕上がった分に関しては今日から印刷を始めているようですよ」
本文の印刷が終わったという報告はギルから受けていたが、絵の印刷も始まったようだ。早ければ、数日で印刷が終わって、製本に入るだろう。
「……ねぇ、ヴィルマ。冬の社交界までに、秋と冬の眷属の絵本も作れないかしら?」
「それは少し難しいと思われます。冬支度もありますし、時間が足りませんわ」
「残念だけれど、諦めましょうか」
絵本の主な購買層は富豪と貴族である。冬の社交界が良い販売所になると思ったが、間に合わないのでは仕方がない。別に、全部売らなくても、来年の商品にすれば良い。
「ローゼマイン様、冬の手仕事に関してはいかがでしょう? 今年も去年と同じでよろしいのでしょうか?」
「えぇ。木工の制作は誰でもできますから、多分、トランプもリバーシも大量に売れるのはあと数年でしょう。皆が真似して作りだす前に大量に作って、売って、また別の物を考えましょう」
わたしが考えて作っている物なんて簡単な物ばかりだ。すぐに真似されるだろう。真似されることも計算した上で、新しい物を売れば良いのだ。
「ローゼマイン様は神殿長になられても、金策が大変ですのね」
保護者の名誉のために言っておくならば、自分の生活費も稼がなければならなかった青色巫女見習いの時と違って、今は生活するだけならば十分な予算をもらっている。
金策は孤児院のため、そして、印刷業を広げて、わたしの本を作るためだ。
「孤児院の運営費は孤児院で稼がなくてはなりませんもの。貴族の出資に頼ると、いなくなった時に元通りですから。わたくしがいなくなっても、孤児院がこのままの生活を続けられるようにしておくことが、神殿長であるわたくしのお仕事です」
「頼もしいお言葉、嬉しく存じます」
「……と、そういうわけで、孤児院での受け入れは大丈夫そうです」
「ふむ。では、収穫祭の後、こちらに移動させることにしよう」
わたしは神官長にヴィルマとの話し合いの報告をする。ついでに、絵本をお城で売れないか、相談してみることにした。
「神官長、聖典の絵本ですけれど、お城で売っても良いですか?」
「……待ちなさい。城のどこで売るつもりだ?」
勝手にイラストを売ったことで、販売に関しては更に神経質になった神官長が、薄い金色の瞳でじとりとわたしを見る。
「城のどこかで売りたいと考えているだけです。絵本を購入する人は、下町ならば、文字を読めなければ困る商人などの富豪層に限られていますけれど、貴族は全員でしょう? 冬の社交界でお子様のいらっしゃる貴族相手ならば、売れるのではないかと思っただけです」
わたしの言葉に、神官長はぐっと眉を寄せる。「妙な絵を売られるよりは良いか」と呟いた後、冬の終わりに城で売る許可を取ってくれると約束してくれた。
「領地に戻る際の手土産として、城で売ると良い。冬の間は最初に作った大神の絵本とカルタで子供の興味を引き、帰り際に新しい絵本を見せれば、親も駄目だとは言えまい。君の絵本は内容の割にかなり安いからな」
「おぉ……」
まさか神官長に商売関係の意見をもらえるとは思わなかった。
「……ただし、子供が文字に興味を持ち、教育の役に立つと判断されなければ難しいだろう。余計なものにかける値段としては高いからな」
「冬の社交界には子供も来るのですか?」
冬の間に絵本とカルタで興味を引け、と言ったのだから、子供がいるのだろう。わたしは親を相手に絵本の営業をするつもりだったが、子供がいるならば、成功率が上がりそうだ。
「洗礼式を終えた者は来る。幼いうちから交流を持たせ、序列を教える場となる。君にとっては、将来の側近を探し、育てる場でもある」
……うわぁ、面倒臭い場になりそう。
絵本の営業のことだけを考えていれば良いわけではなさそうだ。冬も忙しそうだな、と思った瞬間、去年の冬の仕事を思い出した。
「……あれ? 冬は神殿で奉納式ですよね? 社交界なんて、わたくしには関係ないのでは?」
「どちらにも参加するに決まっているだろう。私は毎年そうだ」
万能神官長は毎年城と神殿を行ったり来たりしているらしい。体力がない虚弱なわたしに同じことを求められても困る。去年だって、体調管理ができるフランが見張る万全の状態で神殿に籠っていたのに、神官長の薬を飲む羽目になったのだ。城と往復なんてできない。
「神官長、わたくし、冬の間に死ぬかもしれません」
「案ずるな。そう簡単に死なせはしない。薬の準備はしておく」
薬は準備してくれても、負担を減らしてくれることはないようだ。わたしは軽く溜息を吐いた。
「……あんまり苦くない薬にしてくださいね」
真面目な顔でどのくらい準備しておくか、神官長が検討し始めた瞬間、ざわりと二の腕の辺りに鳥肌が立った。
「……? ひゃ!?」
寒かったわけではない。ぞわぞわとしたものが背中を駆け上がっていくような感じがして、何だか急に気持ち悪くなった。それと同時に、頭の中にふっとハッセの小神殿という言葉が浮かぶ。
「神官長、今、何だか変なことが……」
自分に起こった異常にわたしが神官長の方へと振り向くと、神官長も何かに気付いたように顔を上げて立ち上がった。
「……ハッセの小神殿に押し入ろうとしている者がいるようだ。守りの陣にわずかな干渉が感じられる。君も守りの魔術具に魔力を込めたから、同じように感じられるはずだ」
創造の魔法で小神殿を作った神官長と守りの魔石に魔力を込めたわたしには、小神殿に攻撃を加える者がいると感知できるようになっているらしい。
「ローゼマイン、来なさい」
神官長はそう言って、寝台の奥にある隠し部屋の方へと歩いていく。ハッセの小神殿が攻撃を受けているならば、すぐに向かった方が良いはずだ。部屋から出ようとしていたわたしは、目を瞬いた。
「え? ハッセに行くのではないのですか?」
「大した干渉は受けていない。先に様子を見た方が良かろう」
神官長がそう言って、扉を開けたので、わたしは急いで隠し部屋へと入った。お説教以外で入るのは、久し振りである。
ごちゃごちゃと大量にテーブルの上に置かれた実験道具のようなものの中から、神官長は八角形の黒っぽい木で作られた盆のような物を持ってきて、ローテーブルに置いた。わたしはいつものように長椅子に座るのではなく、立ったまま、その中を覗き込む。
黄色の魔石が八つの角に付いていて、魔法陣のように複雑な文様が彫られていることからも魔術具とわかる盆だった。
神官長が一つの魔石に手をかざし、魔力を流していくと、魔石から出てきた黄色の光が、文様の上を走り始める。左右に分かれて流れ出した光が魔石と魔石を繋ぎ、文様を浮かび上がらせ、魔法陣を完成させた。
次の瞬間、盆のそこからゆらゆらとした液体のようなものが湧き上がってきて、盆を満たしていく。
神官長が光るタクトを取り出して、「シュピーゲルン」と揺れる水面に当てると、水面に映像が浮かびあがり、ハッセの小神殿が見えた。まるで監視カメラのような魔術具にわたしは、少し眉を寄せる。
「……神官長、これって、どこでも覗けるのですか?」
「まさか。自分の魔力が籠った守りの魔石があるところだけだ。基本的には領主一族が街や領地を守るために使用する物で、どこでも覗けるわけではない」
覗き趣味でもあるのかと思ったが、違ったようだ。わたしがホッと胸を撫で下ろしていると、「一体何を考えた?」と怖い笑顔で凄まれた。
「何も考えていません。それより、ハッセの小神殿を見せてください」
水面に映るハッセの小神殿には、農具を持った十人足らずの男達が押し入ろうとしているところが見えた。
多分、町長に命じられた男達だろう。町長の姿はなく、比較的若い男ばかりだ。ノーラ達を取り戻しに来たのだとわかって、背筋が震える。
「神官長、すぐに助けに行かなくちゃ……」
「貴族もいないようだ。わざわざ向かう必要はない。見ていなさい」
男達が乱暴な動作で扉を開けようと手を伸ばした瞬間、驚いたような顔で手をひっこめた。何度か手を伸ばしてはひっこめる。まるで、ネコが動くおもちゃを警戒しながら、前足を出しているような姿だった。
どこからどう見ても攻撃しているようには見えなくて、わたしは首を傾げる。
「……あの人達、何をしているのでしょうか?」
「悪意ある者を入れぬように、あの小神殿は守りをかなり強化している。扉に触れれば、激痛が走るのだろう」
平然とした顔でそう言いながら、神官長は映像を眺めている。セキュリティレベルが変えられるなんて、ずいぶんと便利だな、と思いながら、わたしも映像を覗き込んだ。
映像を見ながら、神官長が少しずつ創造の魔法について教えてくれる。小神殿を神官長が作ったのは、街の守りとセキュリティレベルを変えるためらしい。領主が作ると、街のレベルも一緒に上げなければならなくなる。すると、街に入れない者が多く出て、流通に差し障るそうだ。
「小神殿は中にいる者に悪意を持つ者を弾くようにしているが、エーレンフェストの街全体にそれだけの守りをかけると、下手したら、親子喧嘩や夫婦喧嘩をして、森へ採集に出かけた者が帰れなくなる可能性もあるからな」
「それは危険ですね」
エーレンフェストの街の守りは大半を兵士に任せ、領主が守りの魔力で守っているのは、魔力からの攻撃が主であるらしい。
「……農具を振りかざしましたね」
自分達では触れられないと理解したらしい男達は、持っていた農具を振り上げて、扉に向かって大きな動作で振り下ろした。
次の瞬間、風の守りが作用したように、男達は全員吹き飛ばされて、無様に転がる。
「祈念式の襲撃で、君の風の盾に守られた馬車の様子によく似ているだろう。同じような作用を組み込んである」
「それなら、安心です」
吹き飛ばされた男達は驚愕に顔色を変えながら、もう一度突進した。結果は同じだ。何度攻撃しても、傷の一つも与えることができない。
次第に攻撃する腕にも勢いがなくなり、段々と顔色が悪くなっていく。不気味な物を見るように、小神殿を見上げていた男達は一人、また一人と逃げるように帰っていくのが見えた。
「問題なく守りが作用しているようだな」
ふむ、とまるで実験結果を確認するように呟くと、神官長は何やら木札にメモをし始めた。「もう少し弱めても大丈夫だろうか」と恐ろしいことを言いだす。
「守りはこのままでいいですからね。勝手にいじっちゃダメですよ! それより、小神殿に皆の無事を確認に行きましょう」
「今は駄目だ」
わたしの言葉に神官長は木札に書きこみを続けながら、即答する。
「何故ですか!?」
「下手に動くと、ヴォルフの時のように町長が消される」
神官長の静かな言葉に、わたしはびくっとして、部屋を出ようとしていた足を止めた。
ヴォルフはインク協会の会長だった人だ。わたしが知らないところで亡くなった、顔も知らない人なので、記憶から零れそうな相手だが、貴族にとっての平民の価値を目に見える形で突きつけてくれたという点で印象深い。ヴォルフは貴族と後ろ暗い繋がりがあり、神官長とお父様が貴族との関係を洗い出そうちとしたことで、口封じに殺されたのだ。
あの時と同じように、下手に動けば即座に殺されるぞ、と神官長が忠告する。貴族が平民の命を何とも思っていないことはわかっているつもりだが、はっきりと明言されると心が震えた。
ハッセの町長は嫌な相手だとは思っているが、死んでほしいと思うほどの相手ではない。少なくとも自分が動くことで死ぬようなことになれば、後を引きずりそうだ。
「……やっぱり、命は大事ですよね」
「あぁ。色々と証言を握っていそうだから、あれは生きたまま確保したい」
神官長にとって大事なのは、町長の命ではなく、握っている情報らしい。
すっぱりと割り切った思考回路は本当に為政者向きだと思う。わたしのように情に流されてフラフラしたり、本のために暴走して失敗したりしないのだろう。
根本的なところが全く違うことに、軽く息を吐いた。わたしはいくら貴族らしく振舞おうと思っても、貴族にはなりきれないようだ。メッキが剥がれたら、ただの小市民である。
「様子を見に行くと約束した日まで待ちなさい。いきなり襲われても問題ないことはわかっただろう?」
「……はい」
わたしはじりじりした気持ちで待っていた。あと三日で約束していた日になる。小神殿の様子を見に行けるのだ、と思いながら、忙しく過ごしていた。
孤児院の冬支度に必要な物とその量をヴィルマとモニカに計算してもらい、フランにはわたしの部屋の分を計算してもらう。ギルとルッツには去年の手仕事の数から、今年の分の数を決めて、板作りをインゴの工房に依頼し、インク工房にインクの手配をしてもらう。
リヒャルダから冬の衣装を仕立てなければならないので、一度城に戻ってくるように、とオルドナンツが飛んできて、ベンノからはイタリアンレストランを開店させたいから、そろそろ料理人を返してほしい、と頼まれた。ついでに、今年は臭いの少ない獣脂の蝋燭を使いたいから、蝋工房に臭いが軽減できる塩析の技術を売り飛ばしたいと言われている。
そんな中、孤児院にいたはずのモニカが布の包みを持って、部屋に戻ってきた。裏門の灰色神官から手紙を預かったらしい。裏門から一番近いのが孤児院なので、孤児院にいる者が預かって、貴族区域まで届けてくれることはよくある。手紙と言ったけれど、実際にモニカが持っているのは木札だ。
「ローゼマイン様、お手紙が届いています。神殿にいないのはわかっているけれど前神殿長に届けて欲しい、と言われたそうですが、どうしましょうか?」
新しく神殿長になったわたし宛てに届くお手紙はほとんどない。貴族街からは洗礼式の依頼が届いているようだが、貴族街から届く物は神官長が目を光らせているので、わたしのところに届く前に処理が終わっている物がほとんどだ。
神殿長宛てには、便宜を図ってほしいことがある、というような招待状がちょくちょく届く。大抵はエーレンフェストの市が立つ日に合わせてやってくる時、一緒に手紙を預かってくるので、市が終わってすぐのこの時期に手紙が届くのは珍しい。
神殿長宛ての手紙は、神殿長であるわたしが目を通して、神官長に回して処理してもらうことになる。
「前神殿長宛て、と明言されたのは初めてですね」
「他に送り先を存知なかったのでしょう」
これまで「神殿長宛て」の手紙は何度も受け取ったけれど、「前神殿長に」と言われた手紙を受け取るのは初めてだ。この街以外にも神殿長が交代したことが広がり始めたということだろうか。
神殿長が交代したことを知っているけれど、前神殿長が亡くなっていることは知らないために、手紙を送ってきたのだろう。貴族街の者はともかく、余所では神殿長が失脚し、すでに亡くなっていることを知る者はまずいない。
「故人宛てのお手紙はどうすればよいのでしょう、と門番が困っていたので、こちらにお持ちしたのです。貴族街のご実家に送られますか?」
モニカの質問にわたしはゆっくりと首を横に振った。
本来ならば、神殿長の実家にでも送ればよいのかもしれないが、神殿長に実家はもうない。神殿長の姉である領主の母親は外との連絡を一切断つ状態で幽閉されているし、異母兄弟が継いだ実家があるようだが、代替わりしているうえに元々仲が悪かったようだ。領主の母はともかく、洗礼式もしなかった神殿長は一族の数に入っていない、と当主より明言されているらしい。神官長が言っていた。
「前神殿長への手紙はこちらで処理するしかありませんね。いつも通りに処理するので、明日、返事を取りに来てくださるように使者にお伝えしてちょうだい」
「かしこまりました」
モニカが退室するのを見ながら、わたしは布に包まれた木札を手に取った。
布を解いて、木札に目を通す。書き慣れていないことが容易にわかるガタガタの字で手紙を送ってきたのは、なんとハッセの町長だった。
「え、えーと……」
神官長が推測した通り、町長は神殿長が失脚し、すでに死亡していることを知らないようで、「小神殿を何とかしてほしい」「貴方の部下が横暴極まりないことをしている」「文官のカントーナ様に売り渡す契約をした孤児を奪われた」など、つらつらと書いている。
小物だとは思っていたが、あまりにも残念すぎて言葉にならない。口から出てくるのは溜息だけだ。
「フラン、神官長のところに行きましょう」
わたしは貴族との繋がりを示す有力な手掛かりとなる木札を持って、フランと一緒に神官長を訪ねた。
「神官長、こんなのが届きました。お返事、どうしましょう?」
わたしが木札を手渡すと、神官長は目を細めて文字を解読し、わたしと同じように疲れ切ったような溜息を吐いた。
「……前神殿長は亡くなりました、と返事をしておけば良い。その後、どのように動くかで、判断する。敵対しなければ、しばらく放置しておいてよい。こちらには大した影響はないだろう」
これから先の町長の態度や行動で、わたし達の祈念式の行動を決める、と神官長は言った。
「祈念式ですか? 収穫祭ではなく?」
「農業を主とする町で、神官の加護が得られなければ、収穫に明確な差が生まれる。数年は何とかなっても、どんどん土地が痩せていくのだ。ハッセを守ってくれる神殿長ならば誰でも良いのか、ちょっとした悪事で小金を稼げる貴族が欲しいのか……。選ぶのはあの町長だ」
神官長はそう言って軽く手を振った。
「選択を間違えれば、日々の糧を得られなくなる町民や農村の者によって、ハッセの町長は勝手に失脚するだろう。それより、せっかく名指しされているのだ。カントーナを優先して調べていこう」
「よろしくお願いします」
木札を神官長に預け、わたしは部屋に戻ると、ハッセの町長に返事を書いた。
神殿長はもう亡くなってしまったので、貴方の後ろ盾はもういません。これから、どうするのですか、ということを貴族らしく婉曲に飾ってみた。町長は解読できるだろうか。