Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (203)
イタリアンレストラン開店
考え込んで眠れない夜を過ごし、頭がぼんやりしている。神官長の出した「反対派を作って町長を孤立させる」という課題が達成できなければ、町長と連帯責任で処分される町人が増えるぞ、と脅されてからは、神官長の笑顔にうなされるようになり、ますます胃が痛くなってきた。
今日はやっと孤児院へ様子を見に行ける日である。
わたしは布団と食料の詰まった箱と印刷の版紙を数枚レッサーバスに積み込んでもらい、フランとギルとニコラとブリギッテを乗せて、ハッセへと出発した。
神官長とダームエルは相変わらず何とも言えない顔でレッサーバスを見ているが、もう文句は言われない。
「ローゼマイン様、ようこそいらっしゃいました」
灰色神官と灰色巫女が跪いて出迎えてくれた。新入りの四人も見様見真似で跪いて、挨拶の言葉を復唱している。
側仕え達に荷物を運び出してもらい、わたしはレッサーバスを片付けた。
くるりと見回してみると、ここへ連れてきたばかりの時は疲労困憊という顔だったノーラとマルテの顔色がずいぶん良くなっている。トールとリックも元気そうだ。
「町民の襲撃があったけれど、大丈夫だったようですね。ノーラとマルテの顔色がずいぶん良くなっているわ」
ノーラが顔を上げて、「お話してもいいですか?」と言いにくそうな慣れない口調で許可を求める。わたしが頷くと、ノーラはホッとしたように表情を緩めた。
「あの人達、何もできなかったの。入ることもできなくて、棒や農具を振り回しても吹き飛ばされるだけで……。ビックリしたけど、すごく安心したわ。ありがとう、ローゼマイン様。わたし、ここに来られてよかった」
わたしの呼び方は「ローゼマイン様」だと、この数日の間に教え込まれたようだ。下町の子供達と同じような言葉遣いの中に突然混じった敬称が面白くて、わたしは目を細めた。
ノーラの言葉を聞いていたトールも顔を上げて、口を開く。
「オレも、その、姉ちゃんが絶対に連れて行かれないんだって、わかってすごく嬉しかった。それに、いつもご飯がちゃんと食べられるんだ。孤児院をこうしたのはお前なんだって、他の奴ら全員が言ってた。お前、小さいけど、すげぇんだな、ローゼマイン様」
興奮した様子で早口に言ったトールの言葉遣いは相変わらずだけれど、その青い目は前のように気を張ったものではなく、尊敬と好意が見てとれる。
一緒に並んで跪いている灰色神官達は、二人の言葉遣いに「あぁぁ」と言いたそうに頭を抱えているけれど、警戒心丸出しだった四人に、たった数日で敬称を教えられているのだ。とても頑張ってコミュニケーションをとっていると思う。
「リック、神殿は今までと色々なことが違うと思うけれど、問題はない? 町長のところの方が自由はあると思うのだけれど……」
「自由より安全が大事だ。マルテに笑顔が戻ってきただけで、オレは嬉しい。ありがとう、ローゼマイン様」
リックがマルテを見て、目元を和らげ、マルテもはにかむように小さく笑う。
やっぱり、この笑顔は大事にしたい。この子達を引き取ったのは間違いではないはずだ。領民と孤児達、両方にとって良い結果になる方法を探したい。
でも、町長を孤立させて、追い落とすなんて、どうすればいいのか、全くわからないし、正直、やりたくない。
……お腹が痛いよ。
ハッセの様子を見に行った次の日は、ギルベルタ商会との会合だ。
フーゴ達が戻ったことで、イタリアンレストランが開店されることになり、その日取りやメニュー、わたしの挨拶などの打ち合わせをすることになっている。ついでに、ベンノを代理人に立てて、蝋工房に塩析の方法を売る契約をしてしまう予定だ。
「ローゼマイン様、お顔の色が良くありません。本日の会合は中止なさいますか?」
朝食を運んできたフランが、心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。会合を中止した方が良いと思うほど、顔色が悪いらしい。
わたしはふるふると首を振った。
「会合には行きます。ルッツに会いたいのです」
「……わかりました。では、それまでの時間は、本を持って参りますので、休憩して過ごすようにしてください」
「ありがとう、フラン」
フランが甘やかしてくれたので、会合の時間までは本を読みながら、ゴロゴロと過ごした。本を読んでいると、頭の中が空っぽになるというか、嫌なことを考えずにいられるので、とても心安らかな気分になれる。
そして、3の鐘が鳴った。
「危ない!」
ブリギッテの声が響くと同時に肩をつかまれて、後ろへと引かれた。驚いて目を瞬くと、自分の目の前に太い柱がある。ぶつからないように止めてくれたらしい。
「あ……、ありがとう、ブリギッテ」
「突然ふらふらと柱に向かうので、驚きました。本日の会合は延期された方が良いと存じます」
護衛騎士が予定に口を出さずにいられない程、ひどい状態に見えるらしい。でも、ひどい状態だからこそ、わたしはルッツに会いたいのだ。
唇を噛んだわたしの前にフランが膝をついた。
「ローゼマイン様、抱き上げてもよろしいでしょうか? お気持ちは変わらないようなので、せめて、運ばせてください」
「お願いします」
途中からフランに抱き上げられて、わたしは院長室へとたどりつく。睡眠不足がかなりまずい状況まできているようだ。フランに抱き上げられて運ばれているだけで、寝そうになる。
そのくせ、目を閉じると毒気を含んだ神官長の笑顔が浮かんで、胃が痛くなって、深い眠りに落ちることができないのだ。
わたしが院長室に着いた時には、すでにギルベルタ商会の面々が到着していた。
ルッツとベンノとマルクが跪いて待っていたので、挨拶を交わして二階へと上がるように声をかける。三人が顔を上げた瞬間、揃って眉を寄せた。
「今日は先にあちらの部屋へご案内いたします」
フランがそう言って、商売関係の話をする前に、隠し部屋の前へと案内する。いつもなら「大事なお話を終わらせてからです」と言うフランが珍しい。
軽く背中を押して促すフランを見上げると、フランは痛々しそうに顔を歪めた後、「私の力不足で申し訳ございません」と呟いた。
中に入るや否や、ルッツがわたしの両方の頬に手を当てて、じっと顔を覗き込んだ。「全部喋るまで許さないからな」と言いながら、緑の目が細められる。
「何があった? ひどい顔をしているぞ」
「ルッツ……」
何を言っても受け止めてくれると思える安心感に、目の奥が熱くなってきて、ぼたぼたと涙が流れていく。みっともなく泣きながら、わたしはルッツにしがみついた。
「神官長に新しい課題を出されてね、それが、難しいの。やりたくないんだけど、やらなきゃいけなくて、考えるだけで気持ち悪くて、嫌なんだよ」
わたしは孤児を引き取った時から手紙が届いて、神官長に課題を課せられるまでの話を、ぐすぐすと泣きながら語り、人を陥れて、死に向かわせることを考えたら、怖くて、神官長の毒々しい笑顔にうなされて眠れなくなった、と訴えた。
孤児より領民優先だとか、ハッセの町長を孤立させて追い落とせだとか、神官長に言われたことを話すと、部屋の中の反応は二つに分かれた。
ルッツは「お前には無理だろ、そんなの!」と憤り、ベンノとマルクは「ずいぶんと甘い対応だ」と目を丸くする。
「甘い対応って何ですか!? 全然甘くないですよ! わたし、もう死にそうですよ!」
わたしが吠えると、ベンノは「落ち着け」と溜息を吐いた後、軽く肩を竦めた。
「神官長が教師として付いているなら、優しい対応だと思うが、甘いのはハッセに対してだ。その町長なんて、最初の命令違反の時点で殺されて当然だし、領主が作った小神殿を攻撃した時点でハッセの住人全員が焼き払われていてもおかしくないだろう?」
「……え?」
考えもしなかった言葉に、わたしは目を丸くした。町長はともかく、ハッセの住人全員が焼き払われてもおかしくないというのが、どういうことなのかわからない。
「小神殿は領主が、領主の娘のために作った白の建物だ。そこに攻撃を仕掛けるのは、領主一族に攻撃するのに等しい。領主一族に攻撃した者がどのように扱われるか、なんて考えなくてもわかるだろう?」
わたしはゴクリと唾を呑み込む。
他領の貴族だったビンデバルト伯爵は、領主の養女であるわたしに攻撃したことが最大の罪として投獄された。記憶を探って、余罪がぼろぼろと出てきたようだが、一番の決め手となったのは、領主一族への攻撃だった。
貴族が処刑されるのに、平民がその対象にならないはずがない。
ハッセの町民はノーラ達を取り戻そうと小神殿に悪意を持って攻撃を仕掛けた。貴族が捕えられるほどの重罪を平民が犯しているのだ。
攻撃されたのは建物だったし、扉一つ傷がついていないくらいの無傷だったし、どちらかというと被害が町民側に出ていたので、特に何も思わなかった。けれど、小神殿への攻撃が領主一族への攻撃と見なされるならば、ベンノの言う通り、ハッセの町民達はいつ消されてもおかしくない。
「小神殿に攻撃したことを公に知られた時点で、ハッセは終わりだ。何の罰もなく済まされるはずがない。襲撃されたと知っているのがお前と神官長だけで、上に報告されていないから、ハッセはまだ存在しているだけだからな」
神官長が、わたしの教材とするために放置して、ひとまず現状維持だと決めたから、そのままになっているだけで、神官長の思いつきの課題がなかったら、すでに消されていてもおかしくないという現状に思い至って、ぞっとする。
「神官長は良い教材だと言ったんだろう? 確かにその通りだと俺も思う。本来ならば、一瞬で消し炭になっていてもおかしくない所業だ。お前がどう失敗しても問題ない。存分にやれ。反対派を作って煽るくらいは商人だってやっていることだ。領主の娘なら、そのうち学ばなければならないことだろう?」
犯罪者相手に罪悪感など必要ない、とベンノは言い切るが、わたしはそこまで思い切れない。黙り込むわたしを見て、マルクは何かを思い出すように少し目を細め、苦い笑みを浮かべた。
「旦那様の言う通りだと私も思います。成人してすぐに教えてくれる先達を亡くした旦那様は、それこそ手探りで様々な失敗を積み重ねて参りました。教師が付いている時に経験できるなら、しておいた方が良いのではないでしょうか」
二人の言う通り、領主の娘として生きていく以上、このような画策も必要になるのだろうとは思う。ただ、自分が実行するのが怖い。
「そんな簡単にやれ、って言われても、わたし、人を陥れるような画策って考えただけで、気持ち悪くて……無理」
ルッツにしがみついたまま頭を振ると、ルッツがぽふぽふと頭を叩いた。
「だったら、考え方を変えればいいじゃん」
「ルッツ?」
「町長を陥れる、って考えるから、気分が悪くなるんだ。神官長とお前が領主に漏らした時点で消し炭になってもおかしくないハッセを救うって、考えたらどうだ?」
目を丸くして見上げるわたしに、ルッツはからかうような笑みを浮かべた。
「お前はハッセの人達を陥れるんじゃなくて、救うんだよ。エーレンフェストの神殿長は、本物の祝福が使える聖女なんだからさ」
目から鱗が落ちた。町長を陥れるのではなくて、いつ処刑されてもおかしくないハッセの領民達を助けるのだと考えれば、全く気持ちの持ちようが変わる。何とかできるように考えようという前向きな気分になった。
「町長を孤立させて、反対派を育てて、町を安定させろ、って神官長に言われたんだろ? お前が神官長の課題を達成できれば、ハッセは町長一人の犠牲で終わるってことじゃん。犠牲者を一人でも少なくするにはどうすればいいのか、一緒に考えようぜ」
「うん!」
わたしが小神殿に孤児を連れ出したことで町民には悪感情を抱かれているかもしれないから、その改善から取り組みたい、と話し始めた途端、ベンノがわたしとルッツをべりっと引き剥がした。
「ちょっと待て。ハッセの案件に期限が切られていないなら、しばらくは現状維持だ。考えるのはイタリアンレストランの開店の後にしろ」
「……ベンノさんも協力してくれるんですか?」
「領主の養女の頼みなら断れないだろう。断ったら、殺されてもおかしくない」
そう言って、ベンノはからかうようにニヤリと笑う。
「協力してやる代わりに、思い悩むのは後回しにしろ。イタリアンレストランの挨拶が先だ。その顔では人前に出せん。まず、体調を整えろ」
「ローゼマイン様はあまり器用ではありませんから、二つのことを同時にすると、両方が失敗に終わる可能性があります。まずは、イタリアンレストランに全力を尽くしましょう」
マルクがニコリと笑いながら、そう言った。
難題を一緒に考えてくれると言ってくれる人がいて、体調を心配してくれる人がいる。ホッと安堵の息を吐くと、重く圧し掛かっていたものが吐き出されていくような気がした。
「安心したら、眠くなってきちゃった」
「寝るのは会合の後だ、阿呆」
契約はフランもいるところでしよう、と話をしながら隠し部屋から出ると、フランが少し安心したように口元を緩めた。
予定通りに蝋工房に関する契約を済ませる。塩析の仕方はルッツが知っているので、教えに行くことになった。
「後は、イタリアンレストランの開店についての話になりますが……」
大店の旦那様を集めるので、商業ギルドで大店のオーナーばかりが集められる会議の後にイタリアンレストランへ招待すると決まっているらしい。招待状はほとんどが出席で返ってきているようだ。
「メニューはどうするんですか?」
「季節のもので、何か良いのがあれば、と思いまして……」
ベンノは愛想よく笑っているけれど、つまり、わたしに考えろということだ。
「領主相手に出したようなものではなく、少し手を抜いた感じで良いのではないかしら?」
「それは何故でしょう?」
「人は慣れるからです。少しずつ美味しくできるように、余裕を持っておいた方が二度目の来店で更に驚かせることができるでしょう?」
わたしは季節の野菜を思い浮かべながら、メニューを考える。
前菜は、カブのような野菜を薄くスライスしてお酒と塩にしばらく漬けて、メリル油とハーブを散らしたマリネとトマトもどきのポメと蒸し鶏のミルフィーユにドレッシングを回しかけて飾りにする。
スープは、普通の野菜スープに見えるミネストローネ。一口食べたら、コンソメの味に驚くというのでどうだろうか。塩の味しかしないようなスープしか飲んでいない人達なので、ダブルコンソメを作る必要はないと思う。
主菜の一つ目は、季節のキノコがたっぷり入ったホワイトソースのスパゲティ。ホワイトソースは領主を初めとした貴族の方々にも人気が高かったので、きっとおいしく食べてもらえるはずだ。
主菜の二つ目は、トンカツ。子牛よりも豚肉の方が季節的にも手に入りやすいので、トンカツの方が作りやすい。もっと予算を下げたい時はチキンカツになる。胸肉も塩とお酒に漬けて下味をつけておくと柔らかく食べられておいしい。揚げ物は高価な油をたっぷり使う贅沢料理だ。ちなみに、トンカツはお父様のお気に入り料理である。
デザートはイルゼの新作である、季節のフルーツのカトルカールと、アップルパイならぬビルネのパイでどうだろうか。
わたしがメニューを上げていくと、ベンノとマルクが次々と書字板に書き込んでいくのが見える。
メニューが決まったら、当日の行動についての打ち合わせだ。
「ローゼマイン様には最初の挨拶に来ていただくので、問題はございませんか? 時間は4の鐘が鳴ってから、神殿に向けて馬車を回します」
あまり早く着かれると困ると言うことだろう。わたしは書字板に「4の鐘の後、ゆっくり」と書き込んだ。
「挨拶だけで、神殿に戻ってもよろしいのですよね?」
「はい。くれぐれもご自愛くださいますよう」
顔色が悪いから、当日までにきちんと体調管理をしろ、と遠回しに言いながら、三人は帰っていった。
やるべきことは変わらないけれど、気持ちを切り替えることができて、気分が浮上したので、その日の夜は何日かぶりにぐっすりと眠れた。
すっきり爽快で目が覚めたその日から、イタリアンレストランの開店する日までの数日間は、体調の回復を最優先に、比較的まったりとした時間を過ごす。
新しい絵本の本文を作成したり、収穫祭に向けた準備に取り掛かったり、「絵具が欲しいと、ウチの絵描きが言っています。一枚は無料で描きますよ」と、お母様に手紙を書いてみたりしていた。
……ヴィルマの絵を印刷するな、とは約束させられたけれど、ヴィルマに絵を描かせるな、とは言われていないもん。わたし、約束は破ってないよ。ふふーんだ。
イタリアンレストランの開店当日は、早目の昼食を取った。空腹でイタリアンレストランに行ったら、ぐるるん、とお腹が鳴って、大変恥ずかしいことになってしまう。
昼食を終えると、モニカに上級貴族のお嬢様らしい格好へと整えてもらい、儀式の時のような豪華な簪を挿す。
4の鐘が鳴った後、下町に向かう服に着替えたフランが馬車の到着を伝えに来た。
「では、いってまいります」
「お早いお帰りをお待ちしております」
イタリアンレストランに到着すると、扉をくぐったばかりのホールに二十名弱の大店のオーナーが揃って跪いているのが見えた。彼らが跪いていることで、目の高さがちょうど合った。
ずらりと並んだオーナー達は噂では聞いていても、本当にわたしが幼いことに驚いたのか、服装が上級貴族というだけで、神殿長の服をまとっていないので、神殿長というのを疑っているのか、驚きの中に疑いが混じった目をしている。
「風の女神 シュツェーリアの守る実りの日、神々のお導きによる出会いに、祝福を賜らんことを」
先頭に跪いていたギルド長が、跪いた状態で頭を垂れて、貴族にむける挨拶を述べる。わたしは指輪に軽く魔力を込めて、祝福を返した。
「新しき出会いに風の女神 シュツェーリアの祝福を」
指輪から溢れた魔力が黄色の光を放って、挨拶の祝福となる。
貴族にしか扱えない祝福を貴族の館で受けたことがある大店の主ばかりなのだろう。疑わしかった目が一気に変わった。表情が目に見えて引き締まり、体に力が入る。
「アウブ・エーレンフェストより、神殿長を拝命いたしました、ローゼマインと申します」
孤児院を救うために工房を作る時の縁から、ベンノの作るイタリアンレストランにも出資したこと、これから領主の命により、領地内に印刷業を広げる予定であることをアピールしておく。
「印刷業を広げるために、ベンノとグスタフにも協力いただいております。今日の繋がりから、他の皆様にもご協力いただくことになるでしょうけれど、その節はよろしくお願いいたしますね」
ニコリと笑うと、商魂に燃えるギラリとした目がこちらに向けられたのがわかった。ベンノとギルド長、それから、ギルド長の息子とフリーダにも値踏みするような、どこから食いつこうかと考えるような、強い視線が向けられている。
商人同士の緊迫した雰囲気をどことなく懐かしく思いながら、わたしはイタリアンレストランの一見さんお断りのシステムについて説明する。
「当店は紹介制で、選ばれたお客様しかお招きしておりません。神殿長であり、領主の娘であるわたくしが出入りするため、信用できるお客様のみが出入りできる店となっています」
完全予約制で、一見さんお断りの面倒くさいシステムは、全部わたしのためだ、と言い張って、厳守を約束させる。貴族の怖さをよく知っている店主達はこぞって頷いて、恭順を示してくれた。
「こちらのメニューが貴族の料理であることは、メニューを決め、レシピを授けたわたくしが保証いたします。どうぞ、ご賞味くださいませ」
わたしの言葉と同時に給仕が料理を乗せたワゴンを押して、入ってくる。本日の前菜はわたしもさっき食べた物だ。
軽く目を見張って、給仕されていく皿を見つめる店主達を見回して、わたしはある程度の手応えを感じていた。
「わたくしがいると料理の味がわからなくなってしまいそうですから、ここでお暇させていただきます。これからも、ぜひ、ご贔屓くださいね」
挨拶を終えたら、さっさと退散である。ベンノとマルクに見送られ、フランと一緒に馬車で神殿へと戻った。
「大成功だったぜ。皆がうまいって驚いていたし、神殿長との伝手を欲しがって、旦那様に擦り寄っていた」
次の日、報告にやってきたルッツがそう言ってニカッと笑った。一年以上の準備期間をかけて開店したイタリアンレストランだ。このまま順調に進んでくれれば良いと思う。
「客は大喜びしていたんだが……」
ベンノが複雑そうな顔で笑う。何か問題があったのか、とわたしとルッツは揃ってベンノを見た。
「何かあったんですか?」
「フーゴが宮廷料理人になりたいそうだ。何でも、領主から誘われているんだって? 後任が決まって、教育が終わったら、その方向を考えてほしいと言ってきた」
「確かに、直々にお誘いされてましたよ。でも、星祭りの後って……あ!」
結婚したい女性がいるから、星祭りが終わってから考えたいと言っていたフーゴのにやけた顔が、ガラガラと崩れていくのを感じた。
ふられたんですね、とは言いにくくて、言葉を探していると、ベンノはそれを察したように苦笑する。
「……まぁ、そういうことだろう。他の料理人が育ったら、俺、宮廷料理人になる。もう、女はいい。俺は料理を極めるんだ、と言っていた」
フーゴ、ふられちゃったらしい。遠距離恋愛は難しいから、仕方ないね。