Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (205)
閑話 一日神殿長 前編
私はヴィルフリート、7歳。
春に洗礼式を終えたので、私がローゼマインの兄上なのに、ローゼマインの方が色々ずるいのが気に入らない。
城へ自由に出たり入ったりしているのも、教師が付けられていないのも、先に魔術の勉強をしているのも、夕食の時間に父上や母上に褒められているのも、ローゼマインだけなのだ。
ランプレヒトは「ローゼマインは大変なのです」と言っていたけれど、妹を庇う嘘に決まっている。ちょっと走るだけですぐに倒れて死にかけるローゼマインに一体何ができるというのか。
朝食を終え、騎士見習い達との基礎訓練を終えて部屋に戻る途中で、階段を降りてきたローゼマインとばったり会った。3の鐘が鳴る頃からローゼマインが城にいるのは珍しい。
目が合った後、すぐに逸らされたので、これから父上のところに行くのだとすぐにわかった。私は父上の執務の邪魔をせぬよう伺わぬように、と言われているのに、ローゼマインは行っても良いなんて……。
「また父上のところか?……ずるいぞ」
「ヴィルフリート兄様、ずるい、ずるいと、そこまでおっしゃるのでしたら、一日、わたくしと生活を入れ替えてみませんか?」
また怒鳴り返してくるのかと思ったら、ローゼマインはおっとりと首を傾げながら、そう提案してきた。意味が分からなくて、私も首を傾げる。
「う? どういうことだ?」
「わたくし、今日はこれから養父様にご報告することがございます。それが終わったら、こちらで昼食を頂いて、神殿に戻る予定だったのですけれど、ヴィルフリート兄様がわたくしの代わりに神殿長として神殿に向かうのです。期間は本日の昼食から明日の昼食までにいたしましょう。昼食を食べながら打ち合わせと反省会を行うのです。わたくしはヴィルフリート兄様の代わりにお勉強いたしますから」
「それはいい考えだ!」
ローゼマインの提案は、つまり、私が一日城を出て、小うるさい教師や側仕えがいないところで好きなように過ごせるということではないか。
「ヴィルフリート様! ローゼマイン様!」
ランプレヒトが説教する時の怖い顔で怒鳴った。怒鳴られて泣くかと思ったローゼマインは軽く眉を上げただけで、月のような金色の目でじっとランプレヒトを見上げる。
「ランプレヒト兄……いえ、ランプレヒト、口で言ってもわからない人には、一度体験させた方が良いのです。わたくしは養父様にお話に参ります。ヴィルフリート兄様はお召替えをされてからいらっしゃれば、退屈な報告が終わる頃合いになるでしょう」
大人のような物言いでランプレヒトを黙らせると、ローゼマインは妙な物を出した。それに乗り込んで、移動し始める。
「何だ、これは!?」
「わたくしの騎獣です。館の中で倒れそうになるので、養父様に許可を頂きました」
「私はまだ騎獣を持っていないのに、ローゼマインばかり、ずるいぞ!」
「早く着替えてくださいませ。養父様の執務室でお待ちしておりますから」
そう言って、ローゼマインは大人が歩くくらいの速さで騎獣を動かして去っていく。あの足がちょこちょこと動く乗り物が私も欲しい。
「……あれが騎獣? いやいや……え? まるで少し大きめのグリュンではないか」
「急ぐぞ、ランプレヒト!」
目を瞬いているランプレヒトを急かして、私は自室に戻ると、軽く体を拭ってもらい、着替えを終えた。そして、急いで父上の執務室へと向かう。
戸口に立つ騎士が私の姿を見ると、執務室の扉を開けた。初めて入る父上の執務室に少しドキドキしながら足を進める。
部屋の中には、父上とその護衛であるカルステッド、それから、父上の補佐をしているフェルディナンドと何かが書かれた紙を握ったローゼマインがいた。
「ヴィルフリート、其方、本気でローゼマインと生活を入れ替えるつもりか? 止めておけ」
すでに話がされていたのか、父上は口を開くなり、反対する。
父上に頭ごなしに止められて、私がむっとするのと、ローゼマインが一歩前に出て、父上に反論するのが同時だった。
「ヴィルフリート兄様が望んでいらっしゃるのです。叶えて差し上げて下さい」
「……ローゼマイン」
生意気なことを言う妹が私の味方になってくれるとは思わなかった。胸がジンとするのを感じていると、ローゼマインはフェルディナンドを見上げた。
「わたくしの機嫌を取ってくださる、とフェルディナンド様が約束してくださったのです。そして、フェルディナンド様にそう命じたのは養父様ですよね?」
「一日ヴィルフリートを預かることで、無理難題をこなせるならば、私に異存はない」
私とはあまり話をすることがないフェルディナンドが満足そうに頷きながら、私の味方をしてくれる。父上はいよいよ苦々しい顔になった。
けれど、フェルディナンドが父上より私に味方することなど考えたこともなかった。あまりにも珍しいことに私が目を見開いていると、ローゼマインが父上に向かってにっこりと笑った。
「わたくし、顔を合わせる度に、ずるい、と言われることに、うんざりしているのです。それに、孤児院を見て、自分の立場なり、為すべきことなり、そろそろ自覚された方が良いと思います。教育方針の見直しをしなければ取り返しのつかないことになりますよ」
「……フェルディナンド、これは其方の教育か? 笑顔で毒を吐くようになりおって」
父上の溜息が混じった声に、フェルディナンドとローゼマインの答えが重なった。
「元々だろう」
「教育の成果です」
「もういい。わかった。ヴィルフリートが望むならば、一日交換してみると良い。私は止めたからな。……話は終わりだ」
父上は軽く手を振って、退室を促す。私とローゼマインは一緒に部屋を出た。最初は反対していた父上から、勝利をもぎとったのだ。
「お部屋に戻りましょう、ヴィルフリート兄様」
ローゼマインは先程と同じ、変わった騎獣に乗って、私と同じ速さで動き始めた。面白そうなので「乗せろ」と言ったが、「一人用です」とバッサリ断られた。
「では、代われ。乗ってみたいのだ」
ローゼマインに交代させたが、私には騎獣を動かすことができない。ローゼマインがしていたように黒っぽくて円い物をつかんで、魔力を流してみたが、ちっとも動かない。
「騎獣は魔力で動かす物ですし、魔力を登録しているので動かすのは基本的にその人しかできないそうですよ。魔力を流すことくらいはできるみたいですけれど」
ローゼマインがそう言って、私に降りるように促した。ふわふわとした座り心地で実に良い。私も自分の騎獣を持つようになれば、このような騎獣にしようと心に決める。
「ヴィルフリート兄様、昼食時に打ち合わせを行いましょう。わたくし、神殿の側仕えに指示を出さなければなりませんので、これから手紙を書きます」
「わかった。昼食時だな?」
昼食までの間、本来ならば午前の勉学の時間だったのだが、今日は神殿に行くということで、衣装や持ち物を準備するために教師を退けた。
「午後からはローゼマインにたっぷり教えてやるといい」
私の筆頭側仕えが教師に事情を説明すると、教師は諦めたような溜息を吐いて、去って行く。ローゼマインもこれで私の大変さがわかるだろう、と午後からのローゼマインの困った顔を想像して、私は小さく笑った。
着替えを詰めた荷物があれば良い、とローゼマインに言われていたので、私の準備は早くに終わった。
私が城を出ることは滅多にない。両親と一緒にローゼマインの洗礼式のためにカルステッドの館に行ったのが初めてだった。
「神殿では領主の息子ではなく、神殿長です。きちんとお仕事してくださいね。わたくしの側仕えにも神殿長として扱ってもらえるように伝えておきます。甘やかしてもらえるとは思わないでくださいませ」
昼食を共に取りながらのローゼマインの言葉に私はむっと唇を尖らせた。教師も付けられずに甘やかされているのは、ローゼマインの方ではないか。
「其方が言うな。私は別に甘やかされてなどないぞ」
「では、わたくしの側仕えが甘やかさなくても特に問題ありませんね」
「もちろんだ」
私が胸を張って大きく頷くと、私の後ろに立っていた護衛のランプレヒトが心配そうに「ローゼマイン様、それは……」と呟いた。
「神殿の側仕えは男女共に居ますから、生活に不足はないでしょう。ただ、神殿には護衛用の部屋はありますが、貴族階級の側仕えのためのお部屋はございません。ですから、ヴィルフリート兄様について神殿へ向かうのはランプレヒトにお願いします。何度も神殿に来ているので慣れているでしょうし」
「……かしこまりました」
私の護衛騎士であり、ローゼマインの兄なので、ランプレヒトが選ばれたのだろう。仕方がない、というランプレヒトの心情が透けて見える返答だった。
「生活を入れ替えるのですから、わたくしもヴィルフリート兄様のお部屋を使います。側仕えが殿方ばかりですから、筆頭側仕えのリヒャルダを入れることをお許しくださいませ」
「うむ、良いぞ」
ランプレヒトは共に神殿へと行くことになったが、他は丸ごと変わる。うるさい側仕えは皆ローゼマインとここに留まるのだ。私は自由だ。
昼食を終えると、私は着替えが入った荷物をランプレヒトに持たせて玄関に向かった。玄関にはローゼマインが神殿に向かう時に同行する護衛騎士が二人とフェルディナンドが待っていた。
「フェルディナンド様、くれぐれもフランには、わたくしと思ってヴィルフリート兄様を指導するように、とお伝えくださいませ。そして、こちらが一日の予定表です。わたくしの代わりの計算係にランプレヒトを付けておりますので、お仕事が滞ることもないと存じます」
「わかった。では、ヴィルフリート。これから、君を一日神殿長として扱う」
フェルディナンドが珍しく笑ったせいで、周りがざわっとしたけれど、ローゼマインは平然とした顔で、一歩後ろに下がった。
「騎獣で移動するつもりだったから、馬車の準備はしていないのだ。ヴィルフリートはランプレヒトと同乗するように。行くぞ!」
フェルディナンドが獅子の騎獣を出し、それに乗ると大空に向かって駆け出した。ローゼマインの騎獣より、こちらの方がカッコいい。
おぉ、と感動しながら見ていると、ランプレヒトが同じように騎獣を取り出した。
「ランプレヒト、これは何だ?」
「我が家の紋章に使われている動物です。狼と言います」
ランプレヒトに抱き上げられ、私は初めて騎獣に乗った。ローゼマインの騎獣に比べると座りにくいし、少し硬いが、実にカッコいい。
バサリと大きく羽を広げて、大空へと駆けだした。浮遊感に身体が湧き立ってくるのを感じる。これを先に経験していたなんて、やっぱりローゼマインはずるい。
「私が騎獣を作るなら、獅子になるのか?」
「はい。領主の子は頭が一つの獅子で、ヴィルフリート様が領主となられた時に紋章通りの頭が三つある獅子を作ることができます」
父上の騎獣を見たことはないが、さすが父上。とてもカッコいいに違いない。自分が作る獅子の騎獣を思い描いていて、ハッとした。
「……ローゼマインの騎獣は獅子ではなかったが?」
「特殊でしたね。私もあのような騎獣は見たことがないです」
少し話をしているうちに神殿へとたどり着いた。神殿は白い貴族街と茶色くてごちゃごちゃした場所の境目にある建物だ。
「あの茶色くて汚らしいところは何だ?」
「平民が住む下町です。ヴィルフリート様には縁のない場所ですよ」
「ふぅん……」
騎獣が神殿に降り立つと、灰色の服を着た男が出迎えに来ていた。そして、私を見て、目を丸くしている。
「フラン、これを。ローゼマインからだ」
騎獣から降りたフェルディナンドがその男にローゼマインからの手紙を渡しているのを見て、この男がローゼマインの側仕えなのだとわかった。
「ヴィルフリート、彼はフラン。ローゼマインの神殿での筆頭側仕えだ。神殿にいる間は彼の言うことをよく聞くように。フラン、君一人で相手をするのは大変だろうから、私も一緒に回るつもりだ」
「恐れ入ります、神官長。では、お召替えを行いましょう、ヴィルフリート様」
「うむ」
私はこうしてローゼマインの使っている神殿長室へと通された。そして、ローゼマインの側仕えに一日だけ神殿長をすると伝えられ、今着ている服の上から白い服を着せられた。これが神殿長の衣装らしい。
「お茶は何がお好みでしょう?」
フランがローゼマインの手紙を読んでいる間、ニコラという側仕えがおいしいお茶を入れてくれ、今まで食べたことがないお菓子を出してくれた。口に入れるとほろりと崩れて溶けていき、甘さが口の中に広がっていく。
「このような菓子は食べたことがない。ローゼマインはやはりずるいな」
神殿でおいしいものばかり食べているなんて、と私がもう一つお菓子を手に取ると、私の言葉が聞こえたらしいニコラが顔を輝かせて私を見た。
「こちらのお菓子はローゼマイン様が考えられたものですから、召し上がったことがないお菓子をお望みでしたら、ヴィルフリート様もご自分で作られると良いですよ。ヴィルフリート様は何か新しいお菓子をご存知ですか? わたし、作るのが好きなのです」
ニコラは「食べるのはもっと好きですけれど」と期待に満ちた目で笑うが、食べたことがないお菓子など、私が知っているはずがない。
……ローゼマインが考えた菓子、だと? 菓子など考えられるものなのか?
首を傾げながら、私はもしゃもしゃとお菓子を食べる。ランプレヒトの「下げ渡してはいただけないのですか?」という言葉が出た時には、すでに数枚しか残っていなかった。
少し惜しい気分で下げ渡す。
私がお茶を飲んでいる間に、フランがモニカという側仕えに何か言い、モニカが早足で部屋を出て行くのが見えた。
そして、お茶を飲み終わるのを見計らったように、青い服に着替えたフェルディナンドが入ってきた。ローゼマインの洗礼式で見た、神官長の服だ。
「ローゼマインの予定表によると、今日は孤児院で報告を受け、工房を回ることになっている。護衛騎士はランプレヒトとダームエル。側仕えはフランとモニカだ」
神官長と一緒に入室してきた側仕えと女騎士が一歩下がった。部屋を出て、回廊を歩いて、別の建物へと向かった。
「こちらは親のない子が集められた孤児院でございます」
扉を開いたそこは広間のように広い部屋で、大きくて粗末な木のテーブルがたくさん並んでいる。
孤児院の食堂だ、とフランが言った。私が物珍しさから視線を巡らせていると、その場にいる者がざっと膝をついて待っているのが目に入った。
「神殿長、神官長、こちらにお座りください」
むき出しの木の板に座らされることになり、私は眉を寄せたけれど、フェルディナンドは当然のような顔でそこに座った。
「本日、神殿長への報告があると聞いている。責任者は速やかに前に出て、報告を」
「はい」
オレンジの髪の女性が進み出てきて、私に向かってずらずらとわけのわからない報告を始めた。フェルディナンドが眉を寄せて聞き、フランが手に持った板に何か書き込んでいる。
「……何を言っているのだ?」
「孤児院の一月の決算報告でございます」
「そのようなもの、私には関係ないではないか」
次の瞬間、フェルディナンドにバシッと頭を叩かれた。何が起こったのか理解できなくて、衝撃の方が強くて、私は頭を押さえて目を瞬く。
ランプレヒトもぎょっとしたように大きく目を見開いて、フェルディナンドを見た。
「フェルディナンド様!?」
「……な!? な、な!?」
咄嗟には言葉さえも出てこない。次第にジンジンとした熱を持った痛みを感じ始め、私は「何をするのだ!?」とフェルディナンドを睨んだ。
「この馬鹿者。ローゼマインは神殿長であり、孤児院長を兼任しているのだ。仕事を代わると言った其方に関係ないわけがなかろう。わからずとも黙って聞くように。これがローゼマインの仕事だ」
私が怒っているのに、フェルディナンドにじろりと睨み返され、叱られる。
悔しいので「こんなつまらないことはさっさと終わらせろ」と、むすぅっとして、わけのわからない報告をする女を睨んだが、女はくすくすと笑っただけだ。
私が嫌がっている顔をしているのに報告を止めず、最後まで報告書を読み上げていく。
あまりにも退屈なので、椅子から降りて、孤児院の中を見て回ろうとしたら、フェルディナンドに思い切り太ももをつねられた。
「痛いぞ、フェルディナンド! 何をする!?」
「黙って聞くように、と言ったのが、聞こえなかったのか? それとも、理解できなかったのか? 頭と耳、悪いのはどちらだ? 両方か?」
眉を寄せ、目を細め、心底馬鹿にするようにフェルディナンドが言葉を連ねる。このような侮辱を受けたのは初めてだ。
カッと頭に血が上った私が立ち上がってフェルディナンドを叩こうとした瞬間、逆にフェルディナンドにガシッと頭をつかまれて、椅子に押し付けられた。
「座って、黙って聞くんだ。わかったか?」
「うぐぐ……。ランプレヒト!」
私の護衛だというのに、助けようともしないランプレヒトの名を呼ぶと、フェルディナンドが更に頭をつかむ指に力を入れていく。
「何度言えば理解できる? 座って、黙って聞け」
フェルディナンドに押さえつけられている姿を見た子供達が向こうの方でくすくすと笑った。「なんでわからないのでしょうね?」「お話を聞くだけですのに」という声が聞こえる。
「き、聞くから、手を離せ!」
「これ以上意味のないことに周囲の手を煩わせるな。愚か者」
フンと鼻を鳴らしながら、フェルディナンドがやっと手を離した。頭にまた指の形が残っているような痛みが続く。
……くっそぉ、フェルディナンドめ!
女の報告が終わるまで椅子を下りることもできず、私はふつふつとした怒りを溜めながら、横目でフェルディナンドを睨んでいた。
「今月の報告は以上でございます。フランと話し合うことがございますから、神殿長は子供達とカルタで遊んでいらしたらいかがでしょう?」
遊ぶという言葉に私が反応してフェルディナンドを見ると、向こうの方の子供達を見たフェルディナンドがゆっくりと頷いた。
「……いいだろう」
私はやっと椅子から降りることができた。ランプレヒトとダームエルを連れて、子供がたくさんいるところへと向かう。
「カルタとは何だ?」
「教えます。一緒にやりましょう」
「うむ」
大人が相手ならばともかく、城へ遊びに来た子供に負けたことは一度もないのだ。先程私を笑った子供達に、私のすごいところを見せてやらなければなるまい。
「この読み札を読みます。他の皆はそこに並んだ絵札から、読み札の内容と同じ絵で最初の文字が同じものを取るのです。一番多く取った人が勝ちという遊びです。神殿長は初めてですから、大人の護衛と一緒でもいいですよ」
確かに、私は初めてで、相手はいつも遊んでいるのだから、ランプレヒトと共に戦うくらいでちょうど良いのかもしれない。相手が言い出したことだし、卑怯なことではないのだ。
そう思って、ランプレヒトと二人で組になり、カルタを始めたが、私と同じくらいの子供が読み札を読み始めた。
「其方、字が読めるのか? 私はまだ読めないのに、すごいな」
感心して私が褒めると、喜ぶでもなく、そこにいた子供達が全員、不思議そうな顔で目を瞬き、首を傾げた。
「……え? 神殿長なのに読めないんですか?」
「このカルタと絵本をローゼマイン様が作ってくださったので、孤児院では誰でも読めますよ」
「あ、ディルクだけはまだ読めません。あの赤ちゃん……」
赤い髪の子供を追いかけるように床を這っている赤子を指差して、そう言う。ここの子供にとっては字が読めるのは当たり前で、読めないのはメルヒオールより小さい赤子だけだと言う。
……つまり、私はあの赤子と同じだと?
結局、カルタでは自分の目の前にあった札をランプレヒトが一枚取っただけで、それ以外はすべて取られた。
「無様な惨敗だな。親に言い含められた子供が相手でなければ、其方はその程度だ」
「フェルディナンド様! お言葉が……」
「事実だ。直視せよ」
鼻で笑ったフェルディナンドが「次に行くぞ」と言った。
そして、孤児院の男子棟を通って、工房へと向かう。そこには手や顔を黒くしながら、何やら作っている者達がいた。私と同じくらいから大人までいる。皆が粗末な服を着ているのが変な感じだ。
「ローゼマイン様の代わりに一日神殿長を務めるヴィルフリート様です」
フランが紹介すると、少年二人がその場に跪いて挨拶を始めた。
「風の女神 シュツェーリアの守る実りの日、神々のお導きによる出会いに、祝福を賜らんことを」
私はまだあまり得意ではないが、魔力を指輪に込めて行く。
「新しき出会いに祝福を」
今日はなかなか上手くできた。うむ、と小さく頷いてランプレヒトを見上げると、ランプレヒトもニッと笑って、軽く頷いてくれた。
「ルッツ、ギル、二人とも立て。今日はローゼマインを呼びだしていたようだが、どのような用件だ? 今日はヴィルフリートが代わって対処することになっている」
「新しい絵本が完成したので、献本する予定でした。こちらをローゼマイン様にお渡しください。そして、こちらをヴィルフリート様に。お近づきの印にどうぞお受け取りください」
私の前に差し出された二冊の本を受け取る。紙を束ねただけの粗末な物だ。表紙もないし、薄くて小さい。
「絵本?……このような物、どうするのだ?」
「読むのですよ。ローゼマイン様が作り始めた物で、完成を楽しみにしていたのです」
……これもローゼマインが作った物だと?
私は白と黒の絵が大きく付いた絵本を眺めた。そこにもカルタと同じように文字が書かれている。
私は絵本をパラと眺めた後、二人をちらりと見た。自信に溢れた目をして、胸を張っている二人は私とそれほど年も変わらないように見える。
「……この本、其方らも読めるのか?」
「もちろんです。読めなければ仕事になりませんから」
紫の瞳の子供が「一生懸命に勉強しました」と得意そうに笑う。
「確かに平民が読めるのは珍しいかもしれませんが、仕事に必要ならば、平民でも勉強します。字が読めない方に、初対面で絵本を差し上げるのは失礼に当たるかもしれませんが、貴族ならば当然読めるから、失礼には当たりませんよね?」
恐る恐るという感じで、緑の瞳の子供がフェルディナンドに確認を取る。
フェルディナンドは私を馬鹿にするように冷たい視線でちらりとこちらを見た後、軽く肩を竦める。
「まぁ、貴族としての教育を受けていれば当然読めるはずだ。貴族相手に失礼となることはない」
「安心いたしました」
……平民でも必要ならば読めて、貴族ならば当然だと?
私は顔を引きつらせながら、絵本を見下ろした。