Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (209)
収穫祭の準備
次の日の午前中、わたしはモーリッツやオズヴァルトを初めとしたヴィルフリートの側仕えと、それに加えてフロレンツィアとリヒャルダをヴィルフリートの部屋に集めた。そして、神官長が持って来てくれたカルタと絵本とトランプを見せて、教育というよりは遊びながら学ぶ方法を教える。
「これをローゼマインが作ったのですか?」
フロレンツィアが絵本を読み、カルタと見比べながら、軽く息を吐いた。
わたしは大きく頷く。
「作ったのは工房の者ですが、考えたのはわたくしです。絵本を読み、カルタで遊んで、トランプをして、孤児院の子供達は冬籠りの間に読み書き計算ができるようになりました」
ついでに、神の名前も、眷属の名前も、何を司っているか、神具が何かも全部知っている。
「魔術を学ぶ上で、神についてよく知っていると有利だ、と護衛騎士から聞いております。この教材で冬の間に貴族の子供達と遊べば、領地の貴族全体の水準がグッと向上するのではないか、と考えているのですが……」
「……えぇ、これを全て貴族院に入る前に知っていれば、後の勉強がとても楽になるわ。ヴィルフリートには領主の子として、他の貴族達に先んじて覚えておくように指導した方が良いですね」
フロレンツィアは驚嘆の溜息を吐きながら、カルタを見つめる。
やはり、カルタも絵本も貴族に売れそうだ。冬の終わりまでに増版しておいた方が良いかもしれない。
「このカルタをヴィルフリート兄様が帰ってきた午後の授業で行いましょう。まず、カルタの絵札を見ながら、読み札を先生が読んで、兄様が憶えるまで復唱させます。それから、この部分の頭文字を読んで、書いて、練習します」
麗乃時代ならば、「あひるのあ」と言いながら、ひらがなを書くような練習である。自分の名前に使われる文字など、すでに知っている基本文字が半分ほどあるので、その基本文字を中心に、読み札と絵の結び付けから行う。
それから、カルタで遊ぶのだ。たくさんあるカルタの中から、自分が知っている基本文字の絵札を見つけ、その日に練習した分のカルタを取れるように頑張れば良い。
カルタの相手は側仕えだ。最初はハンデキャップを付ける。読み札を完全に読み終わり、10秒たったら側仕えが手を伸ばすのだ。ヴィルフリートが慣れてきたら、ハンデを減らしていけばよい。
「側仕えにも真剣みを持っていただかないと困ります。順位表を作り、最下位が30回以上になると入れ替わり候補といたしましょう。ヴィルフリート兄様にカルタで勝つくらい、簡単でしょう?」
側仕えの顔が固まった。今までの職務怠慢に全くペナルティがないと思われては困る。色々なところで、これからどんどん
篩
にかけていくのだ。「次期領主の側仕えに無能はいらない。ただでさえ、領主が望み薄いのだからな」とは神官長の弁である。
トランプは、マークの数を読み、数字に親しむために七並べから始めるのが妥当だろう。ヴィルフリートが数字を読めるようになることと、ゲームに負けても癇癪を起さない、負けを受け入れる我慢強さを教えることが目標だ。
絵本の読み聞かせは寝る前でも良いから、一日に一度は読んであげる。本文を暗記するまで聞けば、耳で覚えた言葉を絵本の本文で追いかけることができるようになるので、文字への興味も少しは湧くだろう。
「どのゲームに関してもそうですが、全勝しても、全敗しても、成長はしません。勝ったり負けたりするのが、真剣さの元になるので、うまく勝たせてあげ、時には完膚なきまでに叩きのめし、やる気を引き出してあげてくださいね」
お菓子の数で足し算引き算をしたり、料理のソースで皿に字を書いて読めるまで食べられないようにしたり、生活の中にどんどん教育を取り入れていくと良いと付け加えると、リヒャルダが頼もしい笑みを浮かべた。
「任せてくださいませ、姫様」
そして、4の鐘が鳴って少し経った頃、ヴィルフリート兄様とランプレヒト兄様はかなり憔悴したような顔で戻ってきた。どうやらトラウマになるほど脅されたようだ。
少しすっきりしているようで、それでいて、面白くなさそうな顔の神官長を見る限り、賭けはわたしの勝ちだと思う。
「おかえりなさいませ、皆様。昼食の準備ができております」
そして、領主夫妻も一緒の昼食を食べながら、ヴィルフリートの目で見た神殿について話を聞いた。やはり、孤児院や工房の子供達を見て、衝撃を受けたらしい。そして、課題達成したことを両親から褒めてもらう。
同時に、ヴィルフリートとランプレヒト兄様に見せるための茶番だが、領主夫妻に神官長のヴィルフリートに対する叱責交じりの報告があり、わたしの目から見たヴィルフリートの教育環境がおかしいことも報告した。
神官長からの「環境の改善、もしくは、廃嫡を望む」という言葉に、二人は青ざめて、すがるような視線でジルヴェスターを見る。
全ての視線を集めたジルヴェスターは目を細め、「冬のお披露目を見て考える」と答えた。
基本文字を全て書けるようになること、数字を書き、簡単な計算ができるようになること、フェシュピールを一曲弾けるようになることがその課題だ。
「冬のお披露目まで……?」
ヴィルフリートとランプレヒト兄様は、突きつけられた期限と課題に顔色を変えた。それはそうだろう。数年かけてできなかったことができるようになるとは思えないに違いない。
「大丈夫ですよ、ヴィルフリート兄様。孤児院の子供達が文字を覚えるために使った教材を届けておきましたから、一日で二つの課題を達成できたヴィルフリート兄様なら、冬までにギリギリ間に合うと思います。気を抜いたら、そこで終了ですけれど」
「……うむ」
「ギリギリ……」
基本文字にしても、数字にしても、半分くらいはわかっているので、わたしが作成した毎日の頑張り表を全て塗りつぶすことができれば、達成できることになっている。
「ローゼマインは機嫌が良さそうだが、一日ここで何をしていたのだ?」
「大半はヴィルフリート兄様の教育計画を立てていましたけれど、自由時間には図書室でひたすら本を読んでいました。寝る前と朝起きた後も借りてきた本が読める幸せの一日でした」
「……本を読む幸せ? 理解できぬぞ」
それは文字が読めないからだ。読めるようになれば、きっとこの幸せが理解できるようになる。そして、わたしと同じように蔵書の多い図書室が身近にある幸せに、涙を浮かべて感動するようになると思う。
「ヴィルフリート兄様は外に出たいのですよね? あと三日ほど生活を交換いたしませんか?」
「絶対に嫌だ」
恐怖に顔を歪めた即答である。
「だって、ヴィルフリート兄様ばかり、こんなに気楽で幸せな生活をしているなんてずるいじゃないですか」
「うっ……。ローゼマインに、ずるい、とはもう言わぬ。その、悪かった」
ヴィルフリートがそう言って、ぷいっと横を向く。
あまりに鬱陶しいので、もう二度と「ずるい」と言えないようにしよう、と思ったわたしの生活入れ替え計画は、無事に当初の目的を達成できたようだ。満足、満足。
「昼食後の午後の授業には、わたくしも参加しようと思っているのですが……」
「ローゼマインは駄目だ」
神官長が先にやるべきことがある、と言った。
「すでに面会予約をしてある。其方は収穫祭の時に同行する者と顔合わせと打ち合わせ、その後は、文官と話をして、ハッセへの根回しをしなければならない」
それは確かにヴィルフリートの勉強よりも優先しなければならない案件だ。
「戻るまでに、できるだけカルタを覚えておくのだな。ローゼマインは初心者にも容赦しないぞ」
初心者にも容赦しないというのはリバーシの時のことだろう。あれは神官長に勝てるのが、最初しかないと思ったから、全力で行っただけだ。さすがに、ヴィルフリートのような子供相手のカルタで本気を出すなんてしない。
「……そんな昔のことをねちねちと。しつこい殿方は好かれませんよ」
「大丈夫だ。私のことを好く人間は少ない。嫌われているのが普通なので、特に気にしなければ良い」
……全然大丈夫じゃない。誰か、この人にも更生計画を立ててあげて! 人としてどこかおかしいよ。本が好きすぎて、人として壊れている、と言われていたわたしでは更生計画なんて立てられないから、誰か、お願い!
本館にある会議室のような部屋で収穫祭の打ち合わせを行う予定だそうで、わたしはオティーリエと護衛騎士四人を連れて、レッサーバスでちょこちょこと神官長を追いかける。
文官がぎょっとしてレッサーバスを見る度に、神官長が嫌そうな顔でレッサーバスを見るのがちょっと楽しくなってきた頃、会議室に着いた。
「待たせたな、エックハルト、ユストクス」
それほどの広さはなく、六人ほどが座れるようにテーブルと椅子があるだけの部屋に二人の人物が跪いて待っていた。
エックハルト兄様はわかるので、もう一人の、灰色の髪でやや小柄で細身の男性がユストクスだろう。
「ローゼマイン、ユストクスだ。君の筆頭側仕えであるリヒャルダの息子で、今回の収穫祭に同行する徴税官だ」
「風の女神 シュツェーリアの守る実りの日、神々のお導きによる出会いに、祝福を祈ることをお許しください」
「許します」
面倒で長ったらしい挨拶を交わすと、二人がすっと立ち上がった。ユストクスの茶色の瞳がわたしをじっと見下ろしている。わたしがわずかに首を傾げると、フッと労わるような笑みを浮かべた。
ユストクスがテーブルの上に地図を広げ、今回の収穫祭についての話が始まる。行程の確認が行われ、収穫祭での流れを確認した。フランから叩き込まれていることだが、実際に行ったことがないので、あまりイメージが湧かないのだ。
「率いる馬車の数だが、一人につき二台で足りるか?」
「我々は一台でも足りるでしょうが、ローゼマイン様には二台でも足りないのではございませんか?」
男性は比較的身軽に行動できるが、女性はどうしても荷物が多くなるし、着替え一つとっても複数の側仕えが必要になるから、とユストクスが眉を寄せたが、神官長が緩く首を振った。
「ローゼマイン、其方の側仕えは誰を連れて行くつもりだ?」
「わたくしは神殿長として赴くのですから、神殿の側仕えを連れるのでしょう? でしたら、フランとモニカとニコラ、そして、専属料理人のエラですね。楽師が必要ならばロジーナも同行させますけれど?」
わたしが必要とする人員はとても少なかったらしく、目を丸くされた。城では仕事が細分化されているけれど、神殿では特に仕事が細分化されているわけではないので、少人数で事足りる。
「でも、馬車を使わなくても、わたくしのレッサーバスを使えば……」
「駄目だ」
全て言う前に、神官長に却下された。
「素材採集のために魔力が必要になる。騎獣を大きくして連日使うのは魔力の無駄だ。そして、君が何か危険に巻き込まれた場合、全員を巻き込むことになるし、それだけの人数を守りきれるだけの護衛を準備できない」
神官長に理由を並べられて、わたしは納得する。確かに、素材採集もあるのに、全員を付き合わせるわけにはいかないだろう。
主な打ち合わせは、収穫祭での過ごし方だった。
農村の冬の館には千人近い人が集まるので、収穫祭もそれだけの規模の祭りになる。祭りは午後から行われ、暗くなるまで続くらしい。
わたしの出番は基本的に祭りの最初で、洗礼式と成人式と結婚式を同時に行う。祝福の言葉が似ていてややこしいのだ。
「よいか、ローゼマイン? 収穫祭の間は、二人からはぐれないこと。護衛も付けず、側仕えも付けずにフラフラしないこと。たくさんの料理が供されるが、側仕えの毒見もなく口に入れないこと。7の鐘が鳴ったら、引き留められても就寝のために祭りの会場を離れること。そして、村長達や町長の話には全て曖昧に返答し、明確な答えを避けること。わからなければ、全部エックハルトやユストクスに任せても良いから、余計なことはするな。それから……」
遠足や修学旅行に赴く生徒にくどくどと同じような注意をする学校の先生のようだ。細かい注意が並びすぎて、逆によくわからなくなってきた。
熱心に聞き取ろうとするエックハルト兄様と対照的に、ユストクスは「細かい性分は相変わらずですか、フェルディナンド様?」とからかうように笑う。
「フェルディナンド様が幼い子供の庇護をする、と伺った時には心配しておりましたが、なかなかの保護者ぶりです。感心しました」
子供相手でも要求水準が高く、駄目だと思えば、すっぱりと切り捨てる神官長に子供の面倒など見られるはずがない、と思っていたとユストクスが遠回しに言う。声の響きからからかっているのがわかった。
わずかに目を細めた神官長が、「このくらいの注意で済めばよいが……」と言いながら、わたしを見た。
「ローゼマインは目を離すと、勝手に死にかけるし、問題を起こしたり、大きくしたり、と予想外のことをしでかす。其方等も十分注意するように」
「はっ!」
そして、7の鐘が鳴った後は、村長や町長などのお偉いさんによる接待が始まるらしい。だからこそ、「就寝時間だ」と言い張ってその場を離れるように、と言われた。
「ローゼマインが回るのは、基本的に去年までは前神殿長が向かっていた場所だ。神殿長が交代したことを知らせるためでもある。けれど、準備されている接待に関しては、前神殿長に合わせたものなので、ローゼマインが受けられる類の接待ではない」
神官長は言葉を濁したけれど、前神殿長のあれこれと納得顔のユストクスとエックハルト兄様を見て考えれば、お酒と女が準備されている接待なのだろう、と予想は付く。
「接待などいらぬと言えば、何が気に入らなかったのか、どうすればよいのか、来年からはどうなるのかと、村人達が勝手に疑心暗鬼になって右往左往するだろう。そのため、ローゼマインの代わりに接待されるための人物としてエックハルトを付けたのだ。可愛い妹の身代わりとして、町長や村長の相手をするように」
「かしこまりました」
「ユストクスが徴税や寄付に関するところを取りまとめる。エックハルトはローゼマインから基本的に離れぬように」
新しい神殿長が領主の養女であり、子供ということで、取り込もうと寄ってくる者が大勢いるので、エックハルト兄様はその防波堤の役目も担うらしい。
収穫祭に関する話が終わると、神官長がテーブルの上に盗聴防止の魔術具を出した。皆がすっと手を伸ばしたので、わたしも小さな魔術具を手に取る。
「では、本題である素材採集の話に移る」
神官長の声にわたしはハッと顔を上げる。神官長の声にエックハルト兄様とユストクスの顔が引き締められたものになった。
素材採集は他の者に知られないように行われることのようだ。
「ローゼマイン、上流貴族の娘ならば、生まれてすぐに魔力を吸い取るための魔術具が与えられる。だから、身食いで死にかけ、魔力が中心近くで固まっているのは、本来あり得ないのだ。君が貴族院へと赴く前にユレーヴェの薬を作るのは、身食いで死にかけたという事実を隠すためでもある」
わたしの出生の秘密を簡単に口にした神官長にぎょっと目を見開いたが、エックハルト兄様もユストクスも当たり前の顔で頷いている。
「この二人は知っている。私が君に関して調べた時に、手足として使ったのがこの二人だからな」
「えっと、それって……」
「下町で情報を集めるのは大変面白……、いえ、興味深い経験でした」
そう言ったユストクスがフッと笑って、口調を変える。
「マインに関しては全くと言って良いほど情報が集まらなかったからな。契約魔術の契約書でギルベルタ商会との繋がりはわかっても、その後が難しかったぞ。挑戦し甲斐があった」
姿勢を正して座っている姿は、上級貴族のものなのに、口調が完全に下町のものだった。諜報活動のために動いている人だと思ってよく見ると、ユストクスは確かに髪や瞳もそれほど目立つような色ではなくて、顔立ちも普通だ。埋没しやすい、特徴のない人である。
背はやや小柄だが、目立つほどの小柄ではないし、靴で誤魔化せる程度だ。細身なのも布を巻いたりすれば、体型はいくらでも誤魔化せることを考えると諜報活動向きの人だと言えるだろう。
「ローゼマイン様、私は情報を集めるために様々な階層の者に擬態いたします。口調、動き方、態度、生活習慣を真似て情報を得る。ですから、貴女が上流貴族の娘に擬態して、領主の養女として生きていく困難さを少し理解できるつもりです。大変努力されていらっしゃる」
その努力を買って、今回の徴税官になることを決めたのだと言ってくれた。それは嬉しいけれど、どうにも腑に落ちない。上級貴族が情報を集めるためにわざわざ下町に行くだろうか。首を傾げるわたしに神官長が、緩く首を振った。
「いつものことだが、ユストクスは自分に都合の良いことしか言わぬ。ローゼマイン、ユストクスは変人だ。情報と素材集めが何よりの趣味で、情報集めのために貴婦人のお茶会に忍び込もうと女の格好をしたことまである。文官になったのは大っぴらに情報集めができて、それが職業となるからだ。今回は其方のお守で両方が堪能できて喜んでいる。あまり恩を感じなくても良いぞ」
最初は側仕えや下働きの者が、主の前で言うことと裏で言うことが違うことを発見したのが、情報集めに興味を持ったきっかけであるらしい。「そんなに情報集めが好きならば、文官となり、ジルヴェスター様のために有益な情報を集めてらっしゃい!」とリヒャルダに言われ、文官となったそうだ。
「母に言われるまま、ジルヴェスター様のために情報を集めていたけれど、私が持っていく情報をうまく使うのは、いつもジルヴェスター様の仕事を手伝わされていたフェルディナンド様でした。一見どうでも良さそうな情報を繋ぎ合わせて、敵対する貴族を退けたのは貴族院に入る頃ですよ。あの鮮やかさには痺れましたね」
ジルヴェスターのためにというリヒャルダの思惑通りにはいかず、情報をうまく使う主としてユストクスは神官長を自分の主として選んだそうだ。
わたしのことを調べるために、貴族が降りることがない下町に潜入しろ、と神官長に命じられた時には興奮して眠れなかったらしい。間違いなく変な人だ。
「ローゼマイン様がフェルディナンド様の側に現れてからというもの、私の情報集めは日々充実しております。感謝しておりますよ」
あまり嬉しくない感謝をされてしまった。
「フェルディナンド様もリュエルの採集に向かわないのですか?」
地図を覗き込みながら、エックハルト兄様が尋ねる。神官長は至極残念そうに溜息を吐きながら、地図を指でなぞっていった。
「できることならば、私もそちらへ向かいたいとは思っているが、旅程によりどうなるかわからぬ……」
「フェルディナンド様もユストクスと同じように素材採集が好きなのですか?」
あまりにも未練がましい指の動きにわたしがそう尋ねると、神官長はユストクスを見て、嫌な顔になった。
「正確には、新しい素材で何を作るか考えるのが好きなのだ。集めるだけで満足するユストクスと一緒にするな」
「ローゼマイン、フェルディナンド様は貴族院に在学中、ご自身が望む品質の魔術具を作るために、騎士見習い達と魔獣や魔木を倒しては、魔石を手に入れたり、素材を手に入れたりしていたのだ。私も何度かお供したことがある」
エックハルト兄様の言葉に、わたしの脳裏にはトロンベ退治をしていた神官長の姿が思い浮かんだ。日常的にあのようなことをして素材を集めていたなんて、意外とワイルドな学生生活だったようだ。
神官長の昔話は珍しいので、わたしはもうちょっと聞きたかったけれど、神官長がエックハルト兄様を軽く睨んで黙らせた。
「強大な魔獣が出るところへ向かうならば、もう少し人数が必要だが、今回は魔木から実を採集するだけなので、少人数で問題ないだろう。そうだな、ユストクス?」
話を振られたユストクスがしっかりと頷いた。
「はい。ドールヴァンの村外れにあるリュエルは満月の夜に実がなる魔木です。私は以前、夏の満月に一度採集したことがあります。ユレーヴェの材料に使う秋の素材とするならば、シュツェーリアの夜が最も魔力を溜めるのは間違いないでしょう」
どうやら領地内で採れる素材に関する情報もユストクスが掻き集めたものらしい。ユストクスは素材を集めるのが好きなので、時期や場所にはこだわらず、色々集めたようだ。その情報を元に、神官長が時期や場所を選定して、高品質な素材の採集地を決めたと言う。
「何の役に立つんだ、と言われる私の情報をうまく使うのは、いつもフェルディナンド様なのです」
そう言って、ユストクスは苦い笑みを浮かべた。
その後は採集用の革袋や手袋、ナイフなど、採集に必要な道具が確認され、ユストクスから採集の仕方についての説明があった。
「ローゼマイン様はまだシュタープをお持ちではない。そのため、魔力を溜めた魔術具としてのナイフが必要になります」
「それは今準備中だ。もうじきできる」
わたしの道具は神官長が準備中らしい。相変わらず細かいところに気が付く、至れり尽くせりである。
「ローゼマイン様は採集する時、騎獣で近くまで寄ってください。そして、リュエルの実に素手で触れて、色が変わるまで魔力を込めます。色が変わったら、魔術具のナイフで刈り取って終了です。その際、魔力を遮断する革手袋をして採集すれば、品質は落ちますが、他の人でも使える素材となるのです」
「わかりました」
収穫祭と採集に関する話を終えると、盗聴防止の魔術具を神官長に返し、二人は退室していった。
次に会えるのは収穫祭への出発当日だ。神殿で待ち合わせである。
「この後はカントーナを呼んである。君はおとなしく座っていなさい」
「はい」