Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (218)
グーテンベルクの集い
インゴが印刷機を改良するのに、金属も取り入れると決意したので、わたしはベンノに次回はヨハンとザックも一緒に連れてきてもらえるようにお願いする。
「……本当に良いのか、インゴ?」
「木しか扱っていない俺には、どんな風にどんな金属を使えば良いか、わからないからな。専門に扱っている奴に聞くのが一番だ」
ヨハンとザックを呼ぶのは、わたしにとって当たり前のことに思えたのだが、あり得ないことだ、とベンノが言った。
本来は、木工工房に依頼された物に、鍛冶工房が設計の段階から関わることはないらしい。あくまで、依頼を受けるのは木工工房なので、木工工房で設計され、その上で必要な部品を鍛冶工房に頼むという形を取るそうだ。
依頼主であるわたしが満足するならば、とインゴが言って、異業種との話し合いの上で設計するという前例のないことを行う決意を決めた。
「……異業種間での意見交換って、普通のことではないのですか?」
「家具や扉を作る上で、鍛冶工房に蝶番や釘の注文をしたことはあるが、設計の段階では異業種どころか、余所の工房と話し合うこともない」
誰が依頼を受けたのか、どこが利益を得るのかを明確にするためだ、とインゴは言った。おそらく、専属を決める制度も似たような理由でできているのではないかと思う。
「お貴族様である神殿長には職人のことはわからないか……」
仕方がない、と溜息を吐くインゴの向こうで、何でわからないんだ? とわたしを睨んでいるベンノがいる。
……生粋のお貴族でなくてもわかりません。ごめんね。
わたしは父さんが兵士だし、母さんもトゥーリも工房で雇われているだけなので、工房を背負って立つ職人の事情にも疎い。もしかしたら、本を作り出すことに夢中で、そういう世の中の仕組みに全く興味を持っていなかったせいかもしれない。
「では、わたくしもなるべく色々な改良点について考えてみますね」
「あぁ、頼んだ」
インゴが帰った後、わたしはなるべく印刷機について思い出しながら、改良点を書き出していく。設計ができないので、言葉や図だけだが、何かの発想のきっかけになれば良いと思う。
数日後、呼び出されたヨハンとザックが辺りをきょろきょろと見回しながらやってきた。ヨハンは純粋に「今度は何をさせられるのだろう」という不安が顔に出ていて、ザックは「院長室に何か面白い物が転がっていないか」というような好奇心に溢れた顔で部屋を見回している。
「……そういうわけで、印刷機の改良に金属も使いたいと考えて、二人を呼びました。協力してください」
事情を説明して協力を求めると、すぐに「わかりました」と返事したヨハンと違って、ザックは不満そうに鼻の頭に皺を刻んだ。
「協力と言われても、印刷機は木工工房への依頼です。ウチの工房への依頼ではないので、こちらには何の利益にもならないじゃないですか」
「お金はもちろん払うつもりですけれど?」
わたしが首を傾げると、違う、とザックは首を振った。
「お金だけの問題じゃない。余所の仕事を手伝っても、鍛冶協会での評価は上がらないと言っているんです」
他人が受けた仕事を手伝っても評価には繋がらない。だから、ヨハンは技術だけあっても評価が低い。依頼に来る客が少なくて、他人の仕事ばかり手伝っているからだ。細かい仕事が得意なヨハンが手伝うことで、依頼を受けた職人の評価は上がり、工房の評判にはなる。けれど、それではヨハン個人の評価が上がらない。
「金属の部分を鍛冶工房に注文すれば、ヨハンやザックの評価に繋がるのではなくて? わたくし、そう伺ったのですけれど?」
印刷機の注文はインゴの工房に、金属部品の注文はザックとヨハン、それぞれの工房に。
そうすれば、普通の依頼と大して変わらないと思っていたのだが、わたしが間違っているのだろうか。
「……細かい仕事はヨハンの方が圧倒的に上手い」
悔しそうに工房の隅に置かれているロウ原紙を作るためのローラーを例に挙げてザックは呟いた。ザックが設計し、ヨハンが作った機械は、ザックが作った機械よりも使いやすかった。
自分が設計したのに、自分では作れずに終わったことに、ザックが悔しそうに奥歯を噛んだことは知っている。ヨハンの技術力の高さを理解したことで生まれた苛立ちだ。
「部品の仕事はヨハンに行くに決まっています。俺の評価には繋がらないじゃないですか」
いくら考えても、結果をヨハンに取られる、とザックが呟いた。
以前は、できるわけがない、と言いながらヨハンに自分の設計を見せ、渡していたが、実現してしまうヨハンの技術をザックは非常に警戒しているのがわかった。
お互いがお互いを警戒して、自由な意見交換や発想が出てこないのは困る。わたしは、曖昧な説明や希望を形にしてくれるザックの発想力に期待しているのだから。
「わたくしはザックの発想力にこそ、期待しているのです。設計図を購入するという形では、鍛冶工房の評価を取れないのですか?」
部品を作るのはヨハンの方が確実だが、発想と設計は圧倒的にザックの方が優秀だ。わたしがザックの発想を買い取りたいと言うと、ザックは思いもよらないことを言われたように、目を丸くした。
「設計図を、買うだって? 品物じゃないぞ?」
驚きのあまり、素の言葉遣いになっているザックを見て、わたしはまたもやカルチャーショックを覚えた。設計図を買うという行動が、ここでは異常らしい。
「えぇ。設計図はザックの考えた物でしょう? それを作りたいと思うのですから、設計図には十分な価値があるではないですか。わたくしはザックの設計図を購入したいと思っています。商品が設計図だと考えれば、ザックの評価に繋がりませんか?」
「え、えぇーと、それはつまり、俺に設計図を注文して、それを買うって言うのか?……ローゼマイン様は、時々ビックリするようなことを言うな」
ザックが目を瞬きながら、そう言った。何故ビックリされるか、わからなくて、首を傾げるわたしを見ながら、ヨハンが軽く溜息を吐いた。
「ローゼマイン様がビックリするようなことを言うのは、時々じゃない。いつもだ」
いきなりお祈りとかしないだけ今日はマシだ、と呟くヨハンに、わたしはむぅっと唇を尖らせた。
設計図はお客との話し合いで作られ、それが品物となるので、設計図を売るということはなかったらしい。以前に作った商品と同じ物が欲しければ、お客の紹介で新しいお客が付くので設計図を余所に流すこともないらしい。
「設計図を売るなんて、考えたこともなかったが、依頼されて、設計図が商品なら、俺の評価にも繋がるな」
ベンノを通して設計書の依頼をザックに出す、ということで、ザックは納得して、印刷機の設計に協力してくれることになった。
「それで、ローゼマイン様は一体どう改良したいんですか?」
「今の印刷機は全て木製でできていますが、強度と印刷の正確さを向上させるために、一部を金属にしたいと考えています」
わたしは憶えている限り書き込んだ図を取り出して、広げた。
「まず、印刷機にこのように動く台が欲しいです。組版を置いて、こうして紙をここにおいて、こちらの板を折りたたんで固定した後、この圧縮盤の下にグッと移動させたいのですが……」
図を示し、身振り手振りでどんな風に動くか説明した。ザックはぶつぶつと何やら言いながら聞いていて、ヨハンは難しい顔をしている。
「最低限、金属を取り付けて、滑りやすくしたいと考えています」
「あぁ、それなら……」
ヨハンがホッとしたように「できる」と言ったが、ザックは挑戦的に灰色の目をきらめかせた。
「……最低限? 最高は?」
「この台がハンドルを回すことで動くようにできると良いのですが、わかりますか?」
ハンドルを持ってぐるぐると動かすパントマイムに、ザックが目を細めて唸る。
「ハンドルで台を動かす……」
「糸巻きの方法を応用して台を動かす方法もありました。参考になりますか?」
「ふーん、糸巻きか……なるほどなぁ」
なるほど、と言うのだから、何か思いついたのだろう。さすが、発想のザック。グーテンベルクの称号に相応しい。
ザックの考えがまとまるのを待っていると、インゴが腕を組んで、青の瞳でわたしを見据えた。
「神殿長、他には何かないか?」
「他、ですか?」
「そうだ。実現可能かどうかは置いておいて、どのような改良をしてほしいのか、どんな物を作ってほしいのか、思いつく限り言ってくれ」
インゴは簡単に「思いつく限り」なんて言うけれど、言ったところで理解できるとは思えない。
「思いつく限り、言っても良いのですか? 多分、実現できないと思うのですけれど」
「できる、できないじゃない。今のザックのようにちょっとした一言で、できるようになるかもしれない。他の何かに使えることがあるかもしれない。何でもいいから思いつく限り述べてくれ」
インゴの言葉にザックが大きく頷き、期待の眼差しでわたしを見てくる。期待されているならば、できるか、できないかは関係なく、どんどん無茶振りしてみよう。
「わかりました。じゃあ、『スプリング』の利用も考えて欲しいです」
「スプリング?」
「金属で作る物だから、鍛冶工房で扱っているのではないかしら? このような物ですけれど」
わたしが図を描き、利用方法を述べると、ヨハンはポンと手を叩いた
「あぁ、バネか。……印刷機のどこにどうやって使うんです?」
「存じません」
「はい!?」
いや、そんな目で見られても、知らないものは知らない。印刷機の改良の歴史は読んだことがあっても、詳細な設計図なんて載っていなかったし、たとえ載っていたとしても詳細に憶えているわけがない。
「圧力を加えるための圧力盤の上下運動を助けるために使われているということくらいしかわたくしは存じませんもの。これから作る印刷機に取り入れられるのか、どのように取り入れれば有効なのかは、貴方達、職人に任せます。うまく使えば便利にはなるでしょうけれど、絶対に使わなければならない物ではありませんから」
改良されてきたうちでも、わたしが憶えていることだけしか述べていないので、もっと小さな改良点や、わたしが知らない工夫もたくさんあるはずだ。
わたしが言ったことを取り入れて、新しい印刷機を作ることができれば、印刷機の歴史が一気に100~200年ほど動くことになるけれど、できたらいいな、であって、できなければならない、とは思っていない。
「あ、でも、どうせ改良するのですから、もう一つ」
「まだ改良点があるのか?」
ザックが目を剥いて叫んだ。
思いつく限り述べろと言ったのは、ザックやインゴなのに、何故そんな驚いた顔をするのか。
「これは印刷機を根本から変えることになるので、すぐにはできないと思っています。今は圧搾機を利用して作っているので、ネジ式なのですけれど、いずれは『てこの原理』を使った印刷機ができれば良いと思っています」
「あぁ、テコノゲンリか……」
前回に説明を聞いていたインゴは理解できなかったことを思い出して眉を寄せ、ヨハンとザックはきょとんとした顔になった。
インゴに説明したように、てこの原理についてて説明し、この原理も建築や石工の現場では使われているのではないか、と具体例を出しながら説明すると、皆が、あぁ、と納得の声を出した。
「原理はわかったけど、どうやって利用するのか、全くわからないな」
肩を竦めたヨハンの言葉を、ザックは首を振って否定し、目を輝かせる。
「お前、何言ってるんだよ!? これはすげぇんだぞ。小さな力で大きなものが動かせるんだ。印刷機で一番力を使うのはこの圧縮盤を動かすだろう? これが小さな力でも動かせるようになれば、楽に印刷ができるってことだろう? それに、利用方法は印刷だけに留まらないじゃねぇか」
「やっぱりザックの発想はすごいですわ。ザックが言った通り、てこの原理もバネも他のことに応用できます。個人的にはバネを使ってベッドを作ってほしいですけれど、まずは、印刷機です。何を置いても、最初は印刷機です」
寝心地の良いマットレスよりも、本の方が大事だ。印刷機さえできれば、バネやてこの原理をどう利用して新しい物を作り出そうと、わたしの関知するところではない。
「とりあえず、色々設計図を描いてみます。……お買い上げいただけるんですよね?」
「印刷機の設計ということでザックの工房には依頼を出しておきますね。そして、良いと思ったものは買い取ります」
ザックがあれこれを考えている顔になった。色々と頭の中にアイデアが溢れているようだ。
そんなザックを見ながら、インゴはゆっくりと息を吐く。
「はぁ~、若いのにすごいな。俺は神殿長が何を言っているのか、全くわからなかったぞ」
「ザックが考えてきた印刷機の中で実現可能な物を選んで、実際に作るのがヨハンとインゴの仕事ですもの。柔軟で自由な発想が得意なザックに設計に関しては任せておけば良いのです」
適材適所です、と胸を張るわたしに、ヨハンはゆっくりと息を吐きながら、首を振った。
「今は絵本しか作っていないのですから、印刷機の改良を急ぐ必要はないのではありませんか?」
「絵本を作っているうちに、印刷機を作っておかなければ、後で困るでしょう? 何を言っているのですか、ヨハン? グーテンベルクとしての自覚が足りませんよ」
ヨハンが「自覚なんてないです」と言いたげな顔でこちらを見ているが、無視だ。ヨハンはグーテンベルク。これは譲らない。
「ザックが設計をしている間に、インゴとヨハンには別の依頼があります」
わたしは二人に設計図を差し出した。
インゴには活字ケースや植字台、それから、ステッキやインテルに関する依頼を出しておくことにした。
「活字ケースと植字台?……このステッキやインテルってどういう物だ?」
「活字ケースは使用頻度や個数によって枠の大きさや位置を考えた、金属活字を入れるための箱です。そして、植字台は活字ケースが納められた台で、植字を行うための作業台ですね」
ここに活字ケースが納められていて、ここに原稿を置いて、こんな風に組む、と説明すると、インゴは理解できたように頷いた。
「こっちのステッキとインテルは何だ? ケースや台に比べるとずいぶん小さいな」
「ステッキは活字を組むために使う、細長い木の箱のようなものです。前にも作ってくださったでしょう?」
「言われるままに作ったが、何に使うか全くわからないんだ」
ステッキは側面がコの字だったり、L字だったりしてどこかが開いているため、厳密には箱とも言えない。一行の活字を組めなくては困るので、長さはA4の短辺くらいで、片手で持てる5~6センチくらいの幅をしている。
植字台ではこのステッキに活字を一文字ずつ並べていくのだ。
「ステッキに活字を入れるなら、このインテルは何に使うんだ?」
「インテルはステッキに最初に入れる細長い板です。たった一枚で一行の幅を決め、行間を揃える優れものですよ」
高さは印刷に影響しないように金属活字よりやや低く、横の長さが本文の一行の長さを決めるために使われ、縦の長さは行間を決めるために使われる。
一行活字を組み終わったらインテルを挟んで、次の行を組むので、何枚も同じインテルが必要になる。
「冬の手仕事のために同じ大きさの板を準備してくれるインゴの工房ならば、簡単に作ってくれますよね?」
「単調な割に、大きさを揃えるのが意外と大変なんだよな。見習いの修行にはちょうどいいが」
インゴはそう言いながら、引き受けてくれた。
ヨハンは設計図を見て、難しい顔で鳶色の目を細めている。ヨハンには込め物の数々とセッテンを依頼したのだが、それほど難しい物があっただろうか。
「ヨハン、どうしたの? わからないものがあった?」
「セッテンとは何でしょう? ずいぶんと薄いですが」
「あぁ、セッテンはステッキにインテルを入れた後、インテルにぴたりと添わせて並べるのです。金属活字を滑りやすくするための物ですよ」
滑らせるために使うのだから、薄くて、真っ直ぐな金属板でなければならない。ヨハンの手腕に期待している。
「それに、このスペースというのは、すでにいくつも作ったんですが……」
「スペースは作ってもらいましたけれど、クワタとジョスはまだでしょう? それに、文字ばかりの本を作ろうと思えば、マルトとフォルマートとファーニチュアもいずれ必要になるのです」
スペースは単語と単語の間に挟むものだ。スペースはすでにヨハンに作ってもらった。
クワタは二文字以上の空白が必要となる文末に使われるため、長さの違うものがいくつも必要になる。今はスペースを使って文末を埋めているが、長い空白を作るためにはクワタがあった方が作業効率は上がる。
ジョスは何行もの空白を作る時に使われる。挿絵を入れるための空白だったり、改ページで余白が必要だったりする時にドンと大きく入れるのだ。軽くするため、中を空洞に設計している。
マルトとフォルマートとファーニチュアは見開きで二ページを一度に印刷する時にページの余白を作るために使うものだ。ページとページの間を空けたり、天と地の余白を作ったりするために必要になる。
「今は絵本で本文の一ページしか印刷したことがないので、必要なかったのですけれど、絵本を作り終わったら、使うのです。文章が詰まった大人向けの印刷を始めようと思えば、数が必要になるので、早目に準備しておきたいと思っています」
ローゼマイン様は用意周到だ、と呟きながら、ヨハンは設計図を大事に抱えた。
「期日はたっぷりありますが、印刷機の作成も途中で入ってくるので、早目に取り掛かってくださいね」
それから十日ほどたって、ベンノから面会依頼が来た。ザックの設計図ができあがったらしい。
7枚もの設計図を抱えたザックが、やり切った笑顔で隠し部屋に入ってくる。
パラパラと見ていくと、その中に、わたしが思い描く印刷機にかなり近いものがあった。
「これ! これを作ることはできますか!? わたくしが知っている物に一番近いのです! すごいです、ザック! まさか、あの説明だけでここまで同じような物の設計図ができるなんて」
わたしの絶賛にザックは得意そうに笑いながら、設計図を覗き込み、どの辺りを工夫したか、どうしてそうしようと思ったか、説明してくれる。
わたしと同じように設計図を睨んでいたヨハンは、別の設計図を取り上げて、顔を輝かせた。
「ちょっと待ってください、ローゼマイン様。こちらの方がてこの原理も使っていて、すごいです」
「……お前、小難しい物に挑戦したいだけじゃないのか? 目が細かい部品しか見てないんだよ!」
ザックの指摘に一瞬だけばつが悪い顔をしたヨハンだったが、すぐに設計図を指差しながら鳶色の目を輝かせる。
「任せてくれたら、絶対にできるから。な? これを作ってみないか?」
「あぁ、落ち着け。ちょっと待て」
わたし達の様子を見ていたインゴが手を広げて、わたし達を止めた。目を瞬きながらインゴを見ると、インゴは「あ~」とこめかみを掻きながら全員を見回す。
「まず、ザック。まさか、これほどたくさんの、しかも、工夫に溢れた設計ができるとは思わなかった。お前はよくやったよ」
「あ、いや、仕事だし……得意分野だからさ」
正面から褒められて、少し照れたようにザックが笑う。インゴもそれに笑い返し、その後、わたしに視線を向けた。
「次に神殿長。自分が知っている物に一番近いから、これが良いと言ったが、他の物の利点や欠点も含めて、よく検討してほしい。嬉しい気持ちはわかるが、落ち着いてくれ」
「……はい」
叱られる様子を見ながら笑っているベンノとルッツを軽く睨みながら、わたしは他の設計書に手を伸ばす。
「それから、ヨハン。難しい物に挑戦したがるのは職人として大事なことだが、本当に使い勝手が良いのかどうか、客が満足できる物かどうかが一番重要だろう。技術を見せつければ良いわけじゃないんだ」
「……すみません」
インゴの言葉に、全員がもう一度設計図をよく見直すことになった。
この部分を取り入れられないか、こちらをこうすればどうだ、と色々と話し合い、設計図をザックが何度か描き直し、かなり先進的な印刷機の設計図ができあった。
印刷の歴史が二百年分くらいは進んだと思う。
「冬の大仕事だな」
印刷機を作る仕事を任された職人達は全員、挑戦的でやる気に満ち目をしていた。次の春までには完成させるぞ、と励まし合っている。
……わたしのグーテンベルクに英知の女神 メスティオノーラの祝福がありますように。