Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (222)
お茶会
子供教室の時間割に子供達が馴染んできた頃、大人達の情報収集も一段落したようで、今度は交友関係を広げるための社交へと移っていく。
今年は特に領主の母が幽閉となり、退いたことで、領内の勢力図が大きく変わった。そのため、誰も彼もが新しい繋がりを求めたり、派閥を強化したり、保身のために奔走している。
「本日の面会依頼はこちらになっております」
リヒャルダが持って来てくれる面会依頼の手紙に目を通すことが、ここ数日でわたしの日課に加わった。依頼の手紙には一通り目を通すが、わたしやヴィルフリートと面会できるのは、領主と筆頭側仕えが許可した者だけだ。
それでも手紙を見せられるのは、手紙を見ながら、誰が誰と繋がりがあるのか、どの派閥に注意が必要なのか、リヒャルダがわたしに教えるためである。
今のところ、わたしが一番注意しなければならない相手は、生母ということになっているローゼマリーの親族らしい。「ローゼマインは自分の姪だ」と冬の社交で皆に言って回っているらしい。
面会依頼を断られ続けているので、周囲の目は懐疑的らしいが、どのような接触手段を取ってくるのかわからないそうだ。
「姫様が面会したいと思う者はいらっしゃいますか?」
「お母様からのお茶会のお誘いはお受けしてほしいのです。わたくし、フェシュピール演奏会の会計報告をすると、お約束をしていますから」
お母様の派閥のお茶会ならば、養母様であるフロレンツィアもいるので、許可は簡単に降りるはずだ。
「かしこまりました。ジルヴェスター様に報告しておきましょう。他に、本日の面会依頼で、お会いしてみたい方はいらっしゃいましたか?」
「……そうですね。ヘンリックにはお会いしたいです」
わたしは少し気になる面会依頼の手紙を取り上げる。
「ヘンリックはダームエルのお兄様なのでしょう? 用件もわたくしへのお詫びとお礼ですし……」
去年のトロンベ退治での口添えから護衛騎士に取り立てたことまで、文面でお詫びとお礼を述べているが、できれば直接会って、礼をしたいという話だった。
「後は、そうですね。ブリギッテのお兄様にもお会いしてみたいです。イルクナーは林業が盛んなところなのですって。製紙業に役立つお話ができるかもしれません」
エーレンフェスト周辺とイルクナーでは木の種類にも多少の違いがあるかもしれない。新しい紙の素材があれば良いと思う。
わたしがうきうきしながら語ると、リヒャルダはいくつかの手紙の中から一通の手紙を取り出した。
「姫様、それでは、アンゲリカの親族とも面会が必要になりますよ。護衛騎士の親族でアンゲリカの親族のみ面会がなかったという事態になりますから」
お母様もヘンリックもブリギッテの兄も、それぞれに面会する理由があるのだが、傍か見れば、護衛騎士の親族ばかりだ。アンゲリカ一人だけ面会がなければ、不興を買ったのか、信頼を得られていないのでは、という評価に繋がる可能性があるとリヒャルダが指摘した。
「……では、アンゲリカの親族とも面会しましょうか。ただ、わたくし、アンゲリカに関しては他の方より知っていることが少ないので、後に回すということになりそうですけれど」
少し情報を得てからでなければ、会話もできない。わたしの言葉に、リヒャルダは「かしこまりました」と頷いた。
「ねぇ、リヒャルダ。護衛騎士だけはなく、側仕えの親族との面会も必要ではないかしら? リヒャルダはどう思って?」
「わたくしの親族で嬉々として名乗りを上げるのがユストクスでしょうから、必要ございません。本当にどうでも良いことばかりを集めたがる変わり者ですからね」
情報と素材の収集に情熱を燃やすユストクスは、母親であるリヒャルダから見ると、問題児らしい。
他の側仕えの親族とは特に面会する必要も理由もない、というのが、リヒャルダの判断だったため、護衛騎士の親族との面会だけを行うことになった。
当然のことながら、最初に許可が下りたのは、お母様のお茶会だ。ただ、許可が下りるのは早かったけれど、お母様のお茶会は派閥全員を集める最大規模のお茶会に招待されているので、日付はかなり先だ。
数日後、護衛騎士の親族との面会は全て許可が下りた。日程の調整をしつつ、最初に面会ができたのは、ダームエルの兄であるヘンリックだった。
わたしはリヒャルダと護衛騎士のダームエルとブリギッテを連れて、レッサーバスで本館へと向かう。
面会が決まった日から、ダームエルが「ローゼマイン様と兄の面会に私が同席させられるのは、精神的に辛いものがあるのですが」と三者面談を前にした学生のようなことを言っていたが、ダームエルを護衛から外すことはできない。コルネリウス兄様とアンゲリカの二人が貴族院に行っている今、護衛騎士が少ないのだ。
「お待たせいたしました」
わたしが部屋に入ると、ヘンリックは跪いて待っていた。
「ローゼマイン様、命の神 エーヴィリーベの厳しき選別を受けし類稀なる出会いに、祝福を祈ることをお許しください」
「許します」
挨拶を終えて、ヘンリックが顔を上げる。文官だと聞いていた通り、誠実でおっとりとした雰囲気の優男だった。髪や目の色合いがダームエルより少し濃いだけで、顔立ちもよく似ている。
これから先の
誼
を結ぶことを目的とした面会になるのではないか、と思っていたけれど、そんなこともなく、ただひたすらにヘンリックは去年のトロンベ討伐でのダームエルの失態を詫び、処分に関しての口添えに感謝していた。
身分を考えれば、ダームエルがシキコーザと同じ処分を受ける確率の方が高かったようで、そうなった場合は下級貴族であるヘンリックも累が及ぶのは確実だったそうだ。
「ローゼマイン様に多大なご迷惑をかけたにもかかわらず、愚弟を護衛騎士に取り立てていただいたこと、深く感謝しております」
一度処分を受けたというレッテルを剥がすことはできないけれど、被害者であるわたしが取り立てることで、シキコーザに巻き込まれたという印象を強くすることができる。
何より、領主一族の護衛騎士に取り立てられるのは、下級貴族出身のダームエルでは考えられない程の出世なのだそうだ。
兄としてどれだけ感謝しているかを伝えたかった、と安堵したようにヘンリックが言って、今後とも弟をよろしく、というようなことを言われ、ヘンリックとの面会はあっさり終わった。
「弟思いのお兄様ですわね」
わたしがそう声をかけると、ダームエルは、家族の話題を学校で出された男子のような恥ずかしそうな顔でそっぽ向いた。
ヘンリックとの面会が終わった二日後には、ブリギッテの兄であるイルクナー子爵との会合が行われることになった。
面会するための部屋に入り、長い挨拶を終えると、わたしは待ちかねていたように本題に入る。
「わたくし、ギーベ・イルクナーには木々のことを伺いたいと思っておりましたの」
国で一番偉い王様から土地を治める権利を得ている領主はアウブと呼ばれ、領主から土地を与えられている貴族にはギーベという呼称が付く。
公の場において、エーレンフェストの領主はアウブ・エーレンフェストと呼ばれ、エーレンフェストの中のイルクナーを治めている当主はギーベ・イルクナーと呼ばれる。
麗乃時代に本で読んだ貴族の関係に当てはめるならば、直臣がアウブで陪臣がギーベになるのだろうか。わたしは勝手に天皇から土地を与えられた都道府県知事がアウブで、知事の任命を受ける市区町村長がギーベだと解釈している。選挙ではなく世襲だけれど。
イルクナー子爵は赤毛に緑の瞳で、顔立ちはブリギッテと似ている。ブリギッテをもう少し凛々しくした感じだ。土地持ちの貴族として生きているのだから、きちんと貴族らしい面も持っているのだろうが、田舎にいる素朴な雰囲気も持っているように見えた。
「林業が盛んだとブリギッテから伺いましたけれど、イルクナーではどのような木を栽培していらっしゃるの? この辺りとは木の種類が違うのかしら?」
「ローゼマイン様は木に興味がおありですか?」
イルクナー子爵が軽く目を瞬いた後、少しばかり嬉しそうに表情を綻ばせる。ブリギッテが故郷のことを話してくれた時に見せていた、自分の治める土地を誇りに思っている顔だ。
「えぇ、わたくしが始めた事業では、木から紙を作りますの。より良い紙を作るためにも色々な木で試してみたいと常々考えております。珍しい魔木があれば、ぜひ試してみたいですわ」
「ほぉ、木から紙を作られるのですか? それは……興味深いですね。確かに、こちらの森の木々とは少し種類も違います。役に立つかどうか存じませんが、特殊な魔木もございます」
イルクナー子爵がいくつか木の名前を挙げるが、わたしが聞いたことのある名前は少なかった。家具や建材として使われる丈夫で硬い木ばかりだ。どうやら、イルクナー辺りの林業が盛んな土地で切られ、川を使ってエーレンフェストへと運ばれてくるらしい。
「わたくしの知らない木ばかりです。こちらとは木の種類が違うのでしょうね。一度イルクナーへ伺って、色々な木々をこの目で拝見したいですわ」
「姫様、思いつきを軽々しく口にしてはなりません」
リヒャルダが眉を寄せて、わたしの言葉を遮った。面会は公の場だ。ここで口にしたことは、決定事項と取られる。
「……えぇ、リヒャルダの言うように気を付けますけれど、今回は軽々しくではないのですよ。すぐに、というわけにはいかないのですけれど、木々を確認するために、林業の盛んな土地へ一度は足を運ぶつもりでしたもの」
「その折にはぜひイルクナーへおいでください。心より歓迎いたします」
イルクナー子爵が嬉しそうに微笑んだ。
しばらくは忙しいので、数年後になるかもしれないけれど、紙の改良のためにイルクナー子爵領を訪れることを約束して、面会は終了する。
「本日は貴重なお時間を頂けたこと、感謝の念に堪えません」
「わたくしもギーベ・イルクナーとお話できて、本当に楽し……」
「おぉ、ローゼマイン様ではありませんか!」
面談を終えて部屋から出ると、廊下に見知らぬ貴族がいた。たまたま通りがかったようだが、わたし達の姿を見ると同時に近寄ってくる。
「体が弱いと伺いましたが、すっかりお元気になられたようですな。でしたら、そのような田舎貴族とお付き合いするよりも先に交友を持つべき貴族がございます」
どこの誰だか知らないが、イルクナー子爵よりは上の貴族のようだ。話の邪魔にならぬように、とイルクナー子爵が数歩下がったのを見て、そう判断する。
「あぁ、遠目で拝見した時から、思っておりましたが、ローゼマイン様は私の妹であるローゼマリーに大変よく似ていらっしゃる」
……あぁ、設定上の生母様の面倒な親族か。
挨拶も名乗りもしなかった貴族から、わたしは視線を逸らした。そして、困ったわ、と頬に手を当てて、軽く溜息を吐く。
リヒャルダが目を細めて、一歩前に出た。
「下がりなさい、無礼者」
「ぶ、無礼と申されましたが、私はローゼマイン様の伯父です。ローゼマイン様、何か一言いただけませんか?」
野心と期待に満ちたギラギラした目で見られても困る。一言と言われても、わたしの頭に思い浮かぶのは「邪魔」以外にない。
それに、紹介もされていない見知らぬ貴族と直接口を利くな、と神官長に言われているのだ。
「ギーベ・イルクナー、本日は楽しい時間をありがとうございました。またお会いできる日を心待ちにしておりますね」
見知らぬ貴族を無視して、所在なげに控えているイルクナー子爵に声をかけると、わたしはくるりと踵を返した。
身分の高い者が去らなければ、イルクナー子爵もこの場から動くことができないのだ。別れの挨拶が有耶無耶になっていたけれど、これでイルクナー子爵もこの場から退くことができるはずだ。
「ローゼマイン様!」
去っていくイルクナー子爵とレッサーバスを取り出して乗り込んだわたしを見比べて、焦ったような声を出しているが、関わり合いになってはいけない。
ローゼマリーの親族は領主の養女の伯父だと言いふらして、前神殿長のような面倒を引き起こすタイプだと保護者から言われているのだ。「生母様のことは聞いたことがないので、わかりません。わたくしのお母様はエルヴィーラ様です」という態度でいれば良いらしい。
今回は紹介も挨拶もないので、それ以前の問題だけれど。
「……リヒャルダ、わたくし、知らない貴族と直接口を利いてはならないのですよね?」
「えぇ、姫様。よく覚えていらっしゃいましたね」
リヒャルダが無言の笑顔で貴族を撃退し、わたしは部屋に戻る。保護者三人組にも報告しておいた方が良いということで、オティーリエに報告してもらうことにした。
結果としては、三者三様に「関わらなければ良い」という言葉が返ってきた。洗礼式でもお披露目でも、母親の名前を公表していないので、肯定も否定もせず、関係を持たないようにだけ気を付ければよいそうだ。
本当にそんな処置で大丈夫だろうか、と思ったけれど、面会依頼の手紙だけは毎日届くだけで、それ以上の接触はないので、面倒な親族は放置することに決定した。
そして、アンゲリカの親族と面会する日になった。面会する部屋へと到着し、わたしが入室する。
アンゲリカの両親だろうか、男女が跪いて待っている。そこまでは普通だった。わたしが席に着くと同時に、アンゲリカの両親が口を開いた。
「この度は、大変申し訳ございませんでした!」
「……え?」
挨拶よりも先に平身低頭して謝罪され、わたしは目を瞬いた。意味がわからない。
わたしが呆然としていると、リヒャルダがずいっと進み出て、いきなり謝罪を始めた理由を聞いてくれる。
「突然どうしたのです?」
「……あの、あの娘が取り返しのつかない失敗をしたのではないのですか? それ以外にローゼマイン様に呼び出される理由など、思いつきませんが」
なんと、こちらにとっては、護衛騎士で一人だけ親族に挨拶しないのもよくないので、ひとまず顔を合わせておこう、という程度のただの挨拶のつもりだったのだが、アンゲリカの両親にとっては、娘が失敗した上での呼び出しで、一族を巻き込んだ処分が下ると思っていたらしい。
「アンゲリカが貴族院への入学を前に、騎士になる、と言った時にも驚きましたが、領主の養女の護衛騎士として抜擢された時には、目の前が暗くなりました。あの娘に高貴な姫の護衛などできるはずがございません。不興を買うに違いない、と思っておりました。今回の呼び出しを受けて、やはり、と思ったのでございます」
アンゲリカは側仕えを多く輩出する家系に生まれたにもかかわらず、勉強嫌いで、言われたことはやるけれど、自分から動かず、気が利かないという、側仕えには全く適さない子供だったようだ。
わたしの護衛騎士となってからは、いつ何をやらかすか、と気が休まらない毎日を、両親は過ごしていたらしい。
「お勉強が好きではない、とアンゲリカ本人からも伺いましたが、命令違反をするわけではございませんし、良き主従となりたいと言われております」
考えるのは任せた、と言われたようなものだが、気を回しすぎてぐったりしている両親にありのままを伝える必要はないだろう。
お仕事は頑張っていますよ、と伝えて、面会は早目に終了した。
アンゲリカの両親との面会から、更に数日がたち、お母様の派閥が集まるお茶会に出席し、フェシュピール演奏会の会計報告をする日がやってきた。
女性のお茶会は男子禁制だ。今日は護衛騎士のダームエルに休みを与え、ブリギッテが付いている。側仕えはリヒャルダとオティーリエの二人だ。
オティーリエは会計報告のプリントが入った木箱を抱えている。
「皆様、ごきげんよう」
わたしはこの日のために会計報告のプリントを印刷した。神官長に何度も却下されながら作り上げた会計報告だ。これをお茶会に来ているメンバーにリヒャルダとオティーリエが配布してもらう。
会計報告を印刷するには、少しお金がかかったけれど、お母様の派閥に配る分だけだし、普段の半分以下の大きさの紙なので、それほどの金額ではない。以後も寄付や印刷物の販売にご協力いただきたいので、ちょっとした投資である。
「では、皆様に会計報告をさせていただきます。お配りした紙をご覧くださいませ。フェルディナンド様のフェシュピール演奏会で集まった寄付金の金額、及び、その用途が記されております。皆様のご協力のお蔭で、孤児院の子供達が仕事をするための環境が整い、冬を越すための準備を整えることができました」
報告に関しては、皆様あまり興味がないようだった。売り上げに驚かれはしたけれど、集めた寄付金の使い道を丁寧に報告することは少ないようで、「あら、ずいぶんと細かいのですね」というような反応だった。
お茶会に出席している貴婦人方は会計報告ではなく、皆が集まるので、イラストの再販があるのではないかという期待の方が大きかったようだ。配られた会計報告に数字と文字がずらずらと並んでいるのを見て、あからさまにガッカリした顔の貴婦人もいた。ちなみに、一番ガッカリしているのは、お母様だ。
ただ、お母様はわたしが神官長に叱られたことを知っている。
他の貴婦人方はそれを知らないので、会計報告が終わり、お茶を飲みながら雑談が始まると、ヴィルマの美麗イラストが欲しいと口々に訴え始めた。
「ローゼマイン様、演奏会で売られていたフェルディナンド様の姿絵は本当に素敵でしたわ。わたくし、毎日見ておりますもの」
「わたくし、今度こそ買おうと思っておりますの。いつ販売されますか?」
「もう一度演奏会を開く計画はございませんの?」
皆、目がギラギラしている。そんなにイラストが欲しいのか。これだけの熱があれば、すごい儲けになりそうだ。
わたしもできることならば、この大儲けの機会があと何度かあればいいなぁ、と思っている。けれど、どう考えても二度目はないだろう。
「残念ながら、姿絵がアウブ・エーレンフェストの手に渡り、それがフェルディナンド様に見つかってしまって、二度と姿絵を売ってはならない、と約束させられたのです」
「な、何てこと……」
イラストが再販されることはないという事実に、貴婦人方が息を呑み、悲嘆にくれる。特に悲しんでいたのは、お金が少し足りなくて、泣く泣くイラスト購入を諦めた令嬢だ。
「わたくし、本当はこの会計報告にも絵を小さく入れようと思っていたのですけれど、それも反対されて、考えて、考えて、仕上がったのが、この会計報告書なのです」
「……ローゼマイン、何を仕込みましたの?」
養母様が笑いを含んだ声でそう言いながら、ちらりとわたしを見る。期待に満ちた目でお母様もわたしに向かって身を乗り出した。
「ローゼマイン様ならば、何かしてくださると思っておりましたわ」
皆が一斉にわたしに注目した。わたしはコホンと咳払いして、会計報告の紙を手にする。
「報告だけで用件が済んでしまっては、紙がもったいないと思いまして……。紙もインクも決して安い物ではございませんから」
フフッと笑いながら、わたしはパラリと紙を裏返した。そこには一見、インクの汚れのようにたくさんの線が付いている。
神官長には表しか見せていないし、裏を見られてもわからないように、余計な線もたくさん付いていて、これだけではただの汚れだ。
「リヒャルダ、ナイフを」
わたしはリヒャルダからペーパーナイフを受け取ると、線を見て半分に切っていく。
そして、注目を集める中で、手裏剣の折り紙を作った。綺麗に折ることができれば、両面に表情違いの神官長の絵が完成するようになっているのだ。
「んまぁ!」
わたしが作った手裏剣を見て、お母様が華やいだ声を上げた。裏表をくるくると見返しながら、ほぅ、と溜息を吐いた。
「どのようにすればよろしいの!?」
「教えてくださいませ!」
突如としてお茶会は折り紙教室になった。
わたしは折り方を教えながら、皆をぐるりと見回す。
「これは、このお茶会に出席した方だけの物ですから、秘密でお願いいたしますね。また知られたら、今度はもう本当に、印刷自体をお許しくださらないでしょうから」
「えぇ、決して秘密を漏らしはいたしませんわ」
「これが漏れたら、この集まりにいらっしゃった方だとわかっておりますから、犯人の特定も容易ですものね」
この手裏剣が神官長に渡った後の犯人の処遇の方が心配になるほどの見事な結束力を見せ、お茶会は終わった。