Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (227)
教材販売
わたしは神殿に戻ると、ベンノに連絡を取ってもらえるようにギルに頼んだ。雪の降っていない日を見計らって、店へ手紙を届けてもらう。
冬は仕事が少ないようで、午後から面会したいというベンノの走り書きの返事を持って、すぐにギルが戻ってきた。
「では、午後から孤児院長室でお話しできるようにしますね」
「かしこまりました」
昼食に戻るルッツが伝言を持って帰ってくれたようで、5の鐘にはギルベルタ商会の面々がやってきた。ベンノとマルクとルッツだ。
さっさと隠し部屋に入って、わたしはルッツに飛びつく。冬の間、ほとんど会えなかったルッツ分の補充をしつつ、ベンノに城での教材販売の話をした。
「城で販売だと!? ちょっと待て!」
「え? あんまり待てませんよ。早目に売らなきゃいけないので」
「そうじゃない! 今ウチには城に連れて行けるような店員が育っていないんだ」
下級貴族が中心で、中級貴族へと販路を伸ばしているギルベルタ商会。わたしの繋がりで一足飛びにお母様という上客を捕まえたが、商品を持って行けるのがベンノとマルクしかいない現状からもわかるように、城に上げられるような立ち居振る舞いができる店員はまだ少ないそうだ。
イタリアンレストランの給仕をさせるために、急いで礼儀作法を叩き込んだ者はいるけれど、彼らにしても、城に上げるには少し不安が残るらしい。
「……店員ですか。それらしい服を着せて、わたしの側仕えや教育の行き届いた灰色神官を数人連れて行きますか? 今回は注文を取るわけではなくで、できている商品を売るだけですから、立ち居振る舞いに問題がなければ、計算ができれば大丈夫だと思いますけれど」
貴族との取引は、注文を受けてから作るオーダーメイドが基本だ。植物紙のような消耗品でもない限り、商品をそのまま持って行って売ることはない。
最近のリンシャンも、上級貴族向けはオーダーメイドだ。季節によって採れる油の種類やスクラブにできる素材を元に、いくつかのサンプルを持って行った後、好みの組み合わせで注文を受けているのだ。
わたしは組み合わせ例として持って来てもらったサンプルからそのまま買っているけれど、上級貴族の体裁を整えるため、オーダーしたよ、と言えるような注文票を出している。
「冬の手仕事で出来上がったものをそのまま持って行って売るのか? 注文を取るのではなく?」
ベンノが目を丸くしているが、わたしはコクリと頷いた。
「そのまま売ります。すぐに必要なのですよ。来年のために、凝ったものが特別料金を出しても欲しい、という貴族にはベンノさんやマルクさんが対応すればいいですけれど、すぐに必要だと言う方には、商品をそのまま売るので、計算ができる灰色神官を使っても問題ないと思います」
「……わかった。ウチからは俺とマルクとレオンが行く。それから、二人ほど成人している灰色神官を選んでほしい。服を見繕わなければならないだろう?」
さすがに灰色神官の服で城へと連れて行くわけにはいかない。城へ行くならばきっちりとした服が必要になる。
「ギル、誰が良いかしら? フランには小聖杯も運んでもらうから決定しているのだけれど」
「フリッツは貴族に仕えていたから大丈夫だと思います」
「では、フランとフリッツにお願いしましょう」
連れて行く人員が決まると、次は値段や量の確認である。
「金額は絵本が小金貨1枚、カルタが大銀貨5枚、トランプは黒一色の物が大銀貨3枚で、色インクを使った物は小金貨1枚ですね」
最初期に売り出した富豪向けの絵本に比べると、植物紙やインクの値段を下げることに成功しているので、原価が少し下がった分、安くなっている。
カルタの絵は、さすがにヴィルマに全て描いてもらうわけにもいかないので、ガリ版印刷を利用している。カルタは板を使っているので、紙よりも原価が安いのだ。
トランプはカルタよりも枚数が少ないことで、更に安くなる。ただ、希少な色インクを使うと、とても綺麗だけれど値段が跳ねあがる。他と差別化したい上級貴族向けだ。
「量はひとまず100ずつ準備しましょう。子供の数を考えても、それくらいで十分だと思います」
「了解。100ずつ、木箱に詰めていく」
販売の仕方についても色々と話し合いをする。相手が貴族なので、平民に売るのと同じようにはできない、というのが一番大きな問題点だ。
どのように売るのかを話し合うと、マルクは「すぐに準備に取り掛かります」と言って一人で帰っていった。ベンノは、フランとフリッツに協力を求め、服の寸法を測ってメモをすると、売り子教育を始める。ギルとルッツは工房へと向かって、商品の確認と箱詰めの開始だ。
無言で、少し眉を寄せてダームエルがバタバタと動き回る皆を見ている。その浮かない表情がフィリーネの表情とかぶって見えた。
「ダームエル、どうかして?」
「いいえ、特には」
「何か気付いたことがあるならば、教えてください。わたくし達ではわからないことがあるかもしれませんもの」
わたしの場合は、全てにおいて常識知らずで、ベンノは貴族と商売上の取引はあっても、平民で城には足を踏み入れたことがない商人だ。貴族の目から見れば、何か問題点があるならば、教えてもらわなければわからない。
「気付いたことと言いますか……ローゼマイン様の絵本が素晴らしいことはわかりますし、他の本を購入するよりは安価ですが、下級貴族にとっては簡単に買える値段ではありません。差を感じて悔しい思いをする子供がいるのではないかと心配になったのです」
ダームエルが「私も裕福な貴族ではございませんから」と呟いた。
下級貴族の中でも貧しい方の貴族は、平民の富豪層よりもお金がない。そんな簡単なことをすぐに思いつかなかった自分に歯噛みした。わかりやすくて学びやすい本は、良い教師を雇うことができない彼らにこそ必要だが、ここでもお金の有無が大きく影響する。
ベンノがじろりとわたしを見た。
「貴族だからといって、誰もが買えるとは限りません。……ですが、これ以上の値下げは無理です」
「えぇ、わかっております。これでも一応値下げした方ですもの」
貴族に向けに売る物から利益を減らすようなことをベンノが許すわけもないし、これから先のことを考えると、最初からいきなり安売りをするわけにもいかない。
「けれど、皆が本を手に取れるように、少し考えた方が良さそうですね。何か良い方法がないかしら? ルッツ、どう思いますか?」
「買えない物は借りるしかないと思います」
本は高価だ。個人で所有するのが富の証になるほど、高価だ。買うことはもちろん、借りることさえ容易ではない。
神殿図書室は神殿関係者でなければ入れない仕様になっているし、青色神官や青色巫女でなければ本を借りることができない。
城の図書室では身分証明が求められ、保証金を準備しなければ、本を借りることができない。汚損や破損した時の弁償金となるのだからその保証金が高い。図書館無料の原則などあり得ないのだ。
「今、簡単に借りられないならば、これからは簡単に借りられるようにするにはどうすればいいのか、考えてみてはどうですか?」
「……保証金が高くて借りられないなら、保証金を安くすれば良いということかしら?」
レンタル料は安くしておいて、汚損や破損した時の弁償をきっちりしてもらうために、親から一筆もらっておく。権力の乱用かもしれないが、領主の養女であるわたしの本を貸し出すという形態から始めれば、本を丁寧に扱うこと、何かあった時の弁償をきっちりさせることを徹底させられると思う。
「借りるために必要なお金も、新しいお話一話と交換という形にすれば、何とかならないかしら?」
フィリーネや他の少女達から、いくつかお話を聞かせてもらって控えた。あれに原稿料ということでお金を支払えば、さすがに購入費には足りないけれど、本や教材のレンタル料にならないだろうか。
「一話じゃなくて、文字数を考えた方が良いと思います。話によって長さが全然違いますから」
「そうね。原稿料を払う時はそうするつもりです」
文字数で原稿料を計算して、子供達のアルバイトにすれば、わたしは新しいお話が入って嬉しい。写本できるほど字が綺麗ではない子供達も文字の勉強にもなるし、お小遣い稼ぎもできるし、いいのではないだろうか。
「原稿料はもう少し考えた方が良さそうですね。今回は低料金での貸出を試してみましょうか」
貸本屋や低料金で利用できる私設図書館の基礎として、下級貴族への教材の貸し出しを少し考えてみよう。
そして、販売日当日。
わたしは神殿の正面玄関にレッサーバスを出し、皆が荷物を運び込むのを見ていた。
絵本とトランプとカルタが100ずつ準備され、木箱に詰められている。
フランとフリッツはギルベルタ商会の商人の扱いで一緒に行くことになっているので、マルクやレオンと同じような服をベンノに与えられて着ている。下町に出るための服を着慣れていたフランと違って、フリッツは服が馴染まないようで、どことなく落ち着かないように見える。
「ローゼマイン、本気でこれにギルベルタ商会の者を乗せるのか?」
「そうです。この雪の中を馬車で行くよりも早くて確実ですもの。馬車では途中で立ち往生してしまうかもしれないでしょう?」
神官長がレッサーバスを見上げて、眉を寄せる。
「君の言い分は理解できるが、商人を同乗させて運ぶ貴族など他にいないぞ」
「大丈夫です。わたくし、前例になる覚悟はできています」
「後に続こうと思う貴族などいない。君だけだ」
神官長が溜息交じりにそう言うと、視線をわたしから周囲へと向ける。
「フラン、フリッツ。主の我儘に振り回されて大変だろうが、頑張りなさい。それから、ベンノ。心労は多いだろうが、この先もローゼマインと付き合う以上、類似の案件は何度も出てくるだろう。君が拾った縁だ。諦めなさい」
「……はい」
皆がちらりとわたしを見て、神妙な顔で頷いた。
……諦めろって、ちょっとひどいと思うんだけど。
「では、乗ってくださいな」
むぅっと頬を膨らませながら、わたしはレッサーバスの出入り口を大きく開けて、乗り込むように促した。
乗り慣れているフランが一番に乗り込み、ベンノが不気味な物を見るような顔で乗り込む。マルクはいつもの微笑で、レオンは色々なところに触っては「うわっ」と声を上げながら入っていった。
フリッツが怖々と乗り込んで、出入り口をみょんと閉めると、「おわっ」と驚きの声が上がる。
「皆様、シートベルトを締めてください。フラン、締め方を教えてあげてくださる?」
「かしこまりました」
フランがシートベルトの締め方を教えている間に、助手席にはブリギッテが乗り込んだ。今日のように商人が乗り込むならば、護衛は必須だそうだ。
レッサーバスが空を駆け始めると、後部座席の方は騒然となった。
空を飛ぶなんて、平民にはあり得ない経験なので、仕方がないけれど、「眩暈がする」とか、「気分が悪くなりそうだ」という意見が大半だった。
大喜びしていたギルやニコラの反応から考えると、今日のお客様は年を取っているせいか頭が固い。
「おかえりなさいませ、ローゼマイン様」
わたしの騎獣からぞろぞろと人が出てくることにノルベルトが目を丸くする。
やはりわたしの騎獣から、平民が次々と出てくると驚くようだ。荷物の木箱を下ろしていく彼らを見て、ノルベルトは困ったように眉を寄せた。
「ローゼマイン様、彼らはギルベルタ商会の者でしょうか?」
「そうです。こちらがアウブ・エーレンフェストから頂いている許可証ですわ。ノルベルト、このまま子供部屋に向かいます。案内してちょうだい」
「……かしこまりました。では、どうぞ」
ノルベルトがほんの一瞬の躊躇いを見せた後、ニコリと笑う。同時に騎獣を片付けた神官長がこめかみに手を当てて、深い溜息を吐いた。
「ローゼマイン、本来、商人は別の入り口から入るのだ」
領主一家が出入りするための玄関と平民である商人が出入りする場所は全く違うと指摘されたわたしは、しょぼんと項垂れる。よく考えなくてもわかっていなければならないことだった。
商人とわたしでは貴族街に入るための門も違えば、城に入るための門も違うそうだ。そして、商人は平民が出入りするための入り口から入ってくることになっているらしい。
「あの……。ごめんなさい。わたくし……」
困ったわ、と首を傾げてみると、神官長は軽く首を振った。
「騎獣でここに下ろされる商人などいないから、今回は仕方がないが、以後気を付けるように。ノルベルト、後でローゼマインには詳しく教えておく。今回はこちらから連れて行ってやれ」
「かしこまりました。フェルディナンド様」
わたしはノルベルトと神官長の後ろについていく。一人乗りのレッサーバスで。その後ろに商品の木箱を抱えたギルベルタ商会の面々が続いた。
「ローゼマイン様、おはようございます」
「おはようございます、皆様。こちらの準備ができるまで、遊んでいてもよろしくてよ」
子供達の期待の眼差しがこちらに向かっている。わたしとの
誼
を結ぶ絶好の機会だと捉えているのだろう、こちらに視線を向けている親の姿も今日は多い。
「遅いぞ、ローゼマイン」
どーんと仁王立ちで出迎えてくれたのは、ヴィルフリートだ。今日は販売のお手伝いを頼んでいる。初めて任される仕事に張り切りすぎていて、やや鼻息が荒くなっている。
「ヴィルフリート兄様はそちらで皆と一度カルタをして、集まっている皆様にどのように遊ぶのか、見せてさしあげてくださいませ。どのように使うのかわかった方が購入しやすいですもの。これは重要な任務です」
「うむ。では、一勝負するぞ」
「はいっ!」
この冬にできたヴィルフリートの取り巻き達がカルタを並べ始めた。男の子達が率先して行うカルタのデモンストレーションに興味深そうな顔をした貴族達が集まっていく。
女の子が手持無沙汰にしているのを見つけて、わたしは少女達にも声をかけた。
「貴女達はお父様やお母様に絵本を読んで差し上げて。どれだけ文字を覚えたのか、ご両親にもよくわかるでしょう」
「はい、ローゼマイン様」
きゃあきゃあと弾んだ声を上げながら、女の子達は絵本を抱えて、親達のところへ駆け寄ると、読み聞かせを始めた。いつも自分達がしてもらっている通りに読むのを、今日は聞いてもらうのだ。声が少しだけ緊張している。
「コルネリウスはお友達とトランプの勝負をお願いいたしますね」
わたしがポンとトランプを渡すと、コルネリウス兄様はむむっと眉を寄せた。
「私はローゼマイン様の護衛なのですが」
「アンゲリカがいない今、貴族院の学生達に声をかけられるのがコルネリウスだけなのですもの。よろしくお願いいたしますね」
「……仰せの通りに」
学生達を引きつれて、トランプでブラックジャックのような遊びを始めたコルネリウス兄様にも貴族達が分散して群がっていく。
視線を全てデモンストレーションに向けさせると、すぐさま販売の準備に取り掛かった。
わたしは打ち合わせした通りに子供部屋の一角に準備されている台を見て、お世話係達に労いの言葉をかける。
「台の準備はすでにできているのですね。ありがとう。では、ベンノ、そちらに商品を並べてちょうだい」
「かしこまりました、ローゼマイン様」
打ち合わせた通りに商品を並べていき、会計がしやすいようにおつりの準備をする。商品の置かれた台の前には二つの椅子とテーブルがあり、わたしとヴィルフリートが座るための席になっている。
そして、部屋全体を見回せる位置には、今回の教材販売の監視役である神官長の席が準備されていて、貴族達がどのように動くのか、ギルベルタ商会が以後城に出入りするにふさわしい動きができるのか、わたしが馬鹿な失敗をしないか、目を光らせることになっている。
今回の監視役を引き受けてくれた神官長は、興味深そうに全てのデモンストレーションを一つ一つ覗き込んでいた。
貴族と商談ができるベンノとマルクはどのようにでも対応できるようにわたしとヴィルフリートの席の両脇に立ち、レオンがトランプ、フランが絵本、フリッツがカルタのところに並んだ。
「ローゼマイン様、準備が整いました」
ベンノの言葉にコクリと頷き、わたしはヴィルフリートが勝利するのを待って、皆に声をかける。
「お待たせいたしました。これから、ギルベルタ商会による教材の販売を行います」
ヴィルフリートはカルタの片付けを隣の少年に押し付けると、駆け寄ってきて椅子に座った。
「購入をご検討されていらっしゃる方はこちらにいらしてください。今回は教材ですから、お子様をお連れの方を優先させていただきます」
わたしがニコリと笑うと、子供を連れた貴族が前に進み出てきて跪いた。
子供達からの挨拶は受けたけれど、親からの挨拶は受けていないため、ずらずらと続く長い挨拶を交わす。もちろん、この順番は身分順だ。この挨拶が長く、一人で対応するには無理があるため、ヴィルフリートに応援を頼んだのである。
どちらかというと、男の子はヴィルフリートの前に並び、女の子がわたしの前に並ぶ感じになっている。やはり、側近となるためには同性の方を優先するのだろう。
長ったらしい挨拶を終えると、わたしは二人に立ち上がるように言って、注文票を差し出した。
「グレッシェル伯爵は何がご入り用かしら?」
「ローゼマイン様の絵本は素晴らしく、カルタやトランプは妹も興味を示すだろうから全て欲しい、とねだられまして……。可愛い娘の頼みです。全て頂きましょう」
グレッシェル伯爵はペンを手に取ると、穏やかな笑みを浮かべて、自分の隣で注文票を見つめる娘を見下ろした。
「ローゼマイン様の絵本はとても読みやすいのですもの。後でお父様もご覧になってもよろしくてよ」
うふふっ、と得意そうに笑う少女に目を細めながら、わたしは注文票を確認して、自分の脇に控えるベンノに渡す。
「ベンノ」
「準備できております」
グレッシェル伯爵の側仕えとベンノが注文票通りにお金と品物の交換をすれば、売買は終了だ。
「お勉強にぜひ役立ててくださいませ」
「はい、ローゼマイン様」
グレッシェル伯爵が去ると、次の貴族がやってくる。また挨拶だ。
ちらりと横を見ると、堂々とした態度でヴィルフリートが貴族に応対していた。書いてもらった注文票をマルクに渡している。
「キルンベルガ伯爵、これはとても勉強に役立つのだ。私もこれで文字や神々の名前を憶えた。其方らも励め」
「恐れ入ります、ヴィルフリート様」
長い行列をわたしとヴィルフリートの二人で捌いていく。
全てを購入できるのは、やはり余裕がある上級貴族だけだった。中級貴族になると、兄弟が皆で使えるカルタとトランプを購入する者が多く、一冊一冊が高い絵本を全て購入する者は減ってきた。
カルタの読み札で神々のことが出てくるので、絵本よりもカルタを優先させることになるようだ。
下級貴族になると、一つを選んで買うのがやっと、という感じになるらしい。それでも、「来年は勝つんだ」と買ってもらえたカルタやトランプを持って、意欲を燃やしている子達はまだ良い。
何も持たず、羨ましそうに見ている子供達が数人いた。購入ができない、と最初からわかっているのか、親が来ていない。その中に浮かない顔をしたフィリーネがいる。
「フィリーネ、ご両親はいらっしゃらないのかしら?」
「……はい。今日は所要がございまして」
言いにくそうにフィリーネが作り笑いでそう言う隣で、話題を向けられたくないと言うように、親が来ていない他の子も目を逸らした。
「そう。では、冬の終わりには今使っている絵本やカルタを貸出しすることも考えておりますから、貸してほしい方はご両親に相談してみてくださいませ」
「ローゼマイン様、お気持ちはありがたいのですが……」
お金が、と声にならず、唇だけが小さく動いた。
「わたくしの教材を貸し出しする時に必要なのは、お金ではございません」
え? と皆が揃って顔を上げて、ポカンとした表情でわたしを見た。予想通りの反応に小さく笑いながら、わたしは口元に手を当てて、内緒話をするように少し声を潜める。
「わたくしが欲しいのは、わたくしが知らないお話です。色々なお話を集めてきてくださいませ」
「あの、それは、わたくしのお母様が教えてくださったようなお話ですか?」
「えぇ、フィリーネはもう3つも教えてくださったもの。絵本を三冊、貸し出しできますわ」
フィリーネを初めとした下級貴族の子供達の顔がパァッと輝いた。
「ローゼマイン様、私も知っているお話をすれば、カルタを借りることができますか?」
「えぇ。わたくしの知らないお話でしたら、カルタをお貸しします。けれど、汚したり壊したりしないように気を付けて、大事に使ってくださいませ。何かあった場合は弁償していただくことになりますから」
「はい!」
大切に使うこと、汚損したり、破損したりした場合は弁償してもらうことに関して、親の一筆をもらう。そして、知らないお話と引き換えに、春から次の冬まで教材を貸し出すことになった。