Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (23)
お料理奮闘中
時期的には煤鉛筆を乾燥している間のことになる。
トゥーリがお仕事するようになったことで、わたしにも料理番が回ってくるようになった。
しかし、包丁がろくに持てない、火がろくに使えない、という状態では、まだ一人では全行程を作るのは無理だ。わたしができる範囲で手伝い、母と一緒に作ることになった。
せっかくなので、和食を食べられるように創意工夫してみたい。
わたしの現代知識が火を噴くぜ!……って、勢いよく噴きたかったけど、噴けなかった。
だって、最初からお手上げ状態だ。
和食が恋しいのに、米がない。味噌がない。醤油がない。当然、味醂だって日本酒だって売ってない。調味料がないのにどうしようもない。作れるなんて思えない。
あのね、わたしだって、味噌や醤油の作り方くらいは知ってるよ? 材料だって、わかってる。大豆と麹と塩で作るんだよね?
手順だって習ったよ。小学校の時に味噌工場へ見学に行って、実際に昔はこう作ってたってコーナーの見学も真面目にしたからね。
でも、この世界で大豆と麹ってどこにあるの?
豆はもしかしたら他の豆で代用できる可能性があるとしても、麹って、どこに売ってるの?
さすがに、自然界にあるものから麹を作るなんて、怖くてできない。だって、麹ってカビだよ? ちょっと失敗したら、家族全員巻き込んで食中毒一直線だもん。
たとえ、麹がたまたまあったとしても、雑菌だらけのあの家で醸すなんて怖いことはできないし、臭いもするので、出来上がる前に捨てられるに違いない。
調味料を自作するのは諦めて、調味料を使わない和食がないか、これでも一生懸命考えた。
刺し身ならどうよ?
醤油はないけど、塩と柑橘系の果汁で食べてもおいしいじゃない?
でも、ここ、どうやら海が遠いらしい。市場に行っても新鮮な海水魚なんていなかった。ワカメや海藻だって売ってない。
刺し身どころか、海藻サラダさえできなかった。
海鮮がないということは、当然、昆布だってない。干しエビも鰹節もない。和食を作りたいのに、出汁が取れない。これがホントに致命的だった。
ほんだしが欲しいなんて言わない。せめて、昆布と鰹節をください。
きゅうりもどきの酢の物だって、醤油もなくて、砂糖は使わせてもらえなくて、ワインビネガーしかない状態じゃ、風味が違いすぎて満足できない。
一応作ってみたものの、すっぱさがえぐい感じになって、わたしが思った酢の物とは全く違う物になった。
全然できないのが悔しかったので、子供のわたしでもできる簡単料理、きゅうりもどきを塩揉みして食べた。
塩でちょっと水分が抜けて、くたっとなった程良い塩味のきゅうりもどきが、ちょっと漬物っぽくなっていた。和食っぽい物で満足できると思ったら、逆に、白米が恋しくなりすぎて泣けた。
ちなみに、雑穀パンと塩もみきゅうりもどきは、これじゃない感が強すぎて、あまり相性が良くなかった。
米、米、和食! 誰か和食を! 和食を恵んでください!
きゅうりもどきのせいで、あまりにも和食が食べたくなったので、川で魚でも釣って、和食っぽい物を自作してみようと考えた。
火が使えないわたしには、魚を干す以外の選択肢がない。川で魚を釣って、干物を作ってみよう。塩を持参して、振りかけて干せば何とかなるかもしれない。……何とかなってほしい。
「ねぇ、ルッツ。魚を釣ってみたいんだけど、この川って釣れる?」
「マインには無理だと思う」
ルッツの言った通り、結果は惨敗。
魚を釣ること自体が難しい。
しょぼくれるわたしの前に、ルッツが釣った魚を持ってきた。
「ほら、釣れたけど、これ、どうするんだ?」
「もらっていいの?」
「いいよ。オレはこんなのいらないから」
「ルッツ。ルッツは火、おこせる? これ、塩焼きにしたいんだけど」
ルッツが釣ってくれた魚を、我慢しきれず、鮎のように塩焼きにして食べてみる。
臭ッ!
苦ッ!
まずッ!
一口食べて、思わず顔をしかめた。おかしい。わたしが思ったのと違う泥臭い味がする。
どうしてこんなに臭いのだろうか。
焼き方が間違っていないか、記憶を探って首を傾げていると、ルッツが眉を寄せていた。
「ちゃんと料理しないと、そんな食べ方で臭くないか?」
「……臭い」
この魚、臭いんだ。もっと早く教えてくれたら嬉しかった。
もう一尾はナイフで捌いた。日本の包丁と勝手が違って、少々ボロボロになってしまったけれど、味に問題はないはずだ。
木を削った棒で刺して、干してみる。干物ならできるかもしれない。
天日干しだ、と放置しておいて、薪を拾っていたら、いつの間にか食べられないくらいカチンカチンになっていた。どうやら、水分が蒸発しすぎたようだ。
「マイン、これ、何だ?」
「……干されすぎた干物。もう干物としては食べられないね」
「そうだな。どう見ても食べ物には見えない」
「でも、出汁は取れるかも。持って帰って使ってみる」
干物としては食べられなくても、出汁は取れるかもしれない。
わたしは家にカピカピの干物を持って帰って、出汁として使ってみようとした。
「マイン、何これ!? 気持ち悪い! ちょっと、鍋に入れるのは止めてちょうだい!」
「あの、母さん。出汁をとるのに使いたいんだけど」
「ダメよ! 鍋に入れてもいいのは食べ物だけよ」
……一応食べられるものなんだけどな。
干物を気持ち悪がる母の強硬な却下により、出汁として使うことは却下された。
もしかしたら、普段の生活であまり魚を見ないから、捌かれて干からびた魚は気持ち悪いのかもしれない。半分にかち割られた豚の頭は「おいしそう」って言うのにね。
お魚さん、ごめんなさい。
結論、わたしに和食は作れない。
出汁が取れなくて、調味料が一切ないので、どうしようもない。
味噌と醤油と日本酒と味醂を諦めたら、こんなに和食って作れないんだね。調味料の重要性を思い知ったよ。
ひとまず、今使える材料でちょっとでも和食っぽく、せめて、日本で食べてた味に近づけて食べる方法を考えよう。
その方が有意義だ。うん。
そして、なんと、本日は鳥を一羽頂いた。ご近所さんが森で5羽ほど仕留めたらしい。全てを傷む前に食べるのは季節柄難しいので、前に父が仕留めすぎた時に配ったウチにお返ししたいとのこと。
名前も知らない鳥を捌くのは母だ。肉を捌くための包丁は重くて、わたしもトゥーリもまだ使えない。
「マイン。ほら、羽を毟っていって」
「う、うん……」
でろっと横たわる鳥の羽を握って引っ張る。ブツブツッと羽が取れる感触に、ぞわわっと鳥肌立った。
食べるためには仕方がないことだと自分に言い聞かせ、泣きながら毟る。単純作業としてできるようになるまでにはまだ時間がかかりそうだ。
でも、内臓を抉りだしても、気絶したり、逃げだしたりせずに立っていられるようになったのだから、我ながら成長したと思う。
「さぁ、マイン。料理するわよ」
「わかった」
せっかくあるので、鳥ガラで出汁をとろうと考えた。鳥ガラスープがあれば、料理の幅が変わってくる。
昆布や鰹節はないけれど、干し椎茸もどきの干し茸の出汁と合わせればどうだろう。
しかし、鳥ガラスープをとるのが大変だった。鳥ガラスープを母が理解できなくて、最初、手伝ってくれなかったのだ。焼いてギリギリまで食べるのがいいらしい。
今日はわたしが料理番だよ、と説得して、鳥ガラのぶつ切りだけはしてもらった。後は自分で何とかするしかなかった。
一番大きな鍋に水と鳥ガラとささみとハーブをどんどん放り込む。見た目が違っても、匂いや味や使い方が似ているものを選んでいく。
ネギっぽい匂いのもの、ショウガっぽい味がするもの、ニンニクっぽい匂いがするもの、ローリエっぽい葉っぱ、とにかく、肉の臭み消しに使われる薬草は次々入れてみることにした。
「マイン! 待ちなさいっ!」
「え?」
「それはマインの手には負えないわ。凶暴よ!」
ニンニクっぽい味がする、白いラディッシュの葉っぱ部分をナイフで切ろうとしたら、母に取り上げられた。
まるで逃げられたら困るとでも言うように、むんずと葉っぱ部分を握って、まな板に置く。
母がキッと白ラディッシュを睨んで、包丁で半分に切った瞬間、「ぎゃっ!」と叫ぶような声が聞こえた。白ラディッシュから。
「え? 何?」
空耳だろうか、と瞬きするわたしの前で、母が葉っぱから手を離して、今度は包丁の側面をバン! と叩きつける。ニンニクを潰す時と同じ動作だ。
わたしがちまちまとみじん切りにするより速いので、助かったと思っていたら、包丁の下から出てきた白ラディッシュが何故か赤ラディッシュになっていた。血がにじんだように赤くなっているのが、怖い。
「もう大丈夫。ちゃんと洗ってから使うのよ」
「……うん」
ラディッシュより母さんの方が凶暴に見えたのはわたしの目の錯覚でしょうか? 錯覚ですね。錯覚ということにします。
ここでは、たまに自分が知っている野菜と似たような見た目に見えても、よく理解できない不思議食材がある。こういう変わった野菜に遭遇すると、あぁ、ここは自分の知っている世界ではないんだな、と実感するのだ。
少しハプニングはあったものの、臭み取りのハーブを入れてしまうと、気をつけるのは灰汁とりだけだ。
一度沸騰したら、とりあえず水を全部捨てて、水をはりなおすなんて、よく聞くけど、特にスープの味が悪くなったりしたこともないし、面倒くさいのでそのままトロ火で煮続ける。
沸騰した後で、ささみだけは頃合いを見て取り上げた。さっと水にさらした後、解して、サラダに添えるとおいしい。
スープを煮込む間に他の部分の肉を下処理していく。心臓部分とか砂肝っぽい部分などの傷みやすい部分を食べやすい大きさに切って、塩と酒をふっておく。こういうのはシンプルに塩で焼いて食べる。それが家族にとって一番受け入れやすい調理法らしい。
一瞬、炭火焼という単語が頭をよぎったが、他の処理があるので諦めた。
今日食べるのは内臓系とモモ肉だ。もも肉は母が腕によりをかけてローストチキンにするようで、わたしの手出しは禁止された。
わたしは胸肉に塩と酒をふって、冬支度部屋に入れておく。これは明日の料理に使うためだ。
ここに冷蔵庫と密閉できるビニール袋があれば、鳥ハムを作ったけど、ここではできない。残念、無念。
「……いい匂いね?」
「味はまだまだだよ」
スープの匂いが漂い始めると、気味悪そうに遠巻きにしていた母がちょっとずつ鍋に近付いてくる。
鳥ガラスープは気長に煮込むしかないので、灰汁にだけ気をつけて、少しずつ野菜を刻み始めることにした。
何をするにもこの身体では時間がかかるので、早目に取りかかっておくにこしたことはない。
和食っぽく食べよう計画第一回目として、鍋だ。出汁があれば、鍋ならできるんじゃない? と思ったのだ。
馴染みのある出汁は取れないが、今回は鳥ガラスープがある。
ポン酢もごまだれもないので、黄色いパプリカみたいな見た目で味はトマトであるポメとハーブで味をつけて煮込んで、トマト鍋っぽくしてみる予定だ。
ポメ鍋には、母が骨ばかりで使いにくいという手羽先を使うことにして、名前がよくわからない旬の野菜を適当に切っていく。煮込んでしまえば大体おいしく食べられるのが、鍋の魅力だと思う。
「あ、そろそろいいかも。母さん、手伝ってくれる?」
二番目に大きい鍋の上にざるをセットして、わたしは母を呼んだ。
「何をすればいいの?」
「ここにスープをザーッと流してほしいの。中のいらない部分を出すから」
「……これを食べるわけじゃないのね」
何だか安心したように母が言って、鳥ガラスープをざるで濾してくれた。
一番大きな鍋の汚れを洗って、濾したスープを移す。二番目に大きい鍋は使用頻度が高いので、スープストックを入れておいたら邪魔になる。今からポメ鍋を作るのも、二番目に大きい鍋だ。
出来上がったスープに刻んだ干し茸を入れて、ポメ鍋を作り始める。手羽先を煮込みながら、さっき濾した鳥ガラから食べられる肉をほじっては投入していく。
骨が鋭いので、指を切らないように、肉の中に骨が残らないように気をつけて、ちょびちょびと肉をとった。
母が作るローストチキンのいい匂いが立ち込めてきたので、煮込む時間を考えて、こちらも鍋に野菜を投入する。
「マイン! 何してるの!?」
「……野菜、入れただけだけど?」
「ちゃんと湯がかなきゃダメじゃない!」
あく抜きならともかく、野菜をくたくたになるまで別の鍋でゆでて、そのゆで汁を全部流して、ゆで上がった野菜だけ料理に使ったら、おいしさ半減しちゃうから。栄養もかなり溶けだしちゃうから。
母の料理に文句は言わないけど、わたしの料理に同じ調理法を強制されても困る。
「この料理は、これでいいの」
「せっかくおいしそうな料理が台無しになっちゃうでしょ?」
「大丈夫だよ」
灰汁とりしながら煮込めば、ポメ鍋は完成だ。
ちょっと味見したけど、おいしい。野菜を先に湯がいていなくても大丈夫。うん。
「ただいま。あ~、ウチだったんだ」
「お帰り、トゥーリ。どうしたの?」
「大通りの方まですごくおいしそうな匂いがしてて、歩きながらすごくお腹空いてきちゃったの。道を歩いている人が、匂いがどこからしてるのか探してたよ。ウチの匂いだとは思わなかった」
中華料理やラーメン屋の近くを通ったら食べたくなるような感じだろうか。鳥ガラスープの匂いは結構強力だから。
「ただいま。お、ウチの匂いだったのか」
昼番だった父も帰ってきた。かなり広範囲に鳥ガラスープの匂いがしていたらしい。期待に顔を輝かせて、テーブルに着く。
夕飯に丁度よく家族が揃った。
「今日はアルさんから、鳥を一羽頂いたのよ。前にあなたが分けたから、そのお返しにって。それをマインと一緒に料理したの」
「じゃあ、この見慣れない料理がマインの作ったやつか?」
「そうだよ」
テーブルの真ん中には、母が作ったもも肉のローストチキンが置かれ、その隣には解したささみを少し上に乗せたサラダ。父のそばには内臓系の塩焼きが、おつまみとして並び、それぞれの器にポメ鍋が入れられる。こうして並べられると、もう鍋じゃなくて、ただのポメスープだ。
「これ、何? すごくいい匂い。食べていい?」
「ポメスープ。頑張って鳥ガラスープを取ったから、おいしいはずだよ。食べてみて」
わたしがそう言うと、ポメスープに顔を近付けていたトゥーリが目を輝かせて、スプーンを手に取った。
「うわぁ、おいしい! なんで? すごくおいしいよ」
「あら、ホント。鳥の骨なんて煮込みだすし、野菜も洗っただけで直接入れちゃうからビックリしたけど、おいしいわね」
母も一口食べて、しみじみとした口調でそう言った。料理過程を知っている母にとっては、おいしそうに見えても不安の塊だったのだろう。
「すごいぞ、マイン。料理の才能があるな」
父が大喜びしながら、すごい勢いで料理を平らげていく。
わたしもポメスープを食べてみた。鳥ガラスープがとても良い味になっていて、野菜のうまみも出ていて、おいしかった。
おいしかったけど、和食にはならなかった。
翌日は森での薪拾いを早目に終わらせて、帰ってきた。小さい子達は行きも帰りも固まって行動しなければならないが、洗礼式を終えたトゥーリは先に一言断っておけば、自由に動けるらしい。トゥーリと一緒に、わたしも早目に帰宅した。
鳥肉の残りを使いたいので、今日の料理番はトゥーリだけではなく、わたしもいる。
和食っぽく食べよう計画第二回目として、鳥の酒蒸しに挑戦することにした。酒なら、日本酒じゃなくても似た感じになるんじゃない? と思ったのだ。
「残りのお肉を使いたいってことは、何を作るか、決まってるの?」
「鳥の『酒蒸し』と『ニョッキ』とサラダの予定なんだけど、どう?」
「うーん、よくわからないから、マインに任せるよ」
まずはニョッキ作りだ。
芋を茹でて、潰して、少しの塩と雑穀粉を混ぜる。小麦粉を気軽に使えない懐事情の市民が使うのは雑穀粉だ。ライ麦や大麦やえん麦が中心になっている。
耳たぶくらいの固さになった生地を丸く棒状に伸ばして、1センチくらいで切り分ける。
「わたしがナイフで切ったのを、こうやって伸ばしていってほしいんだけど」
「わかった」
わたしが少しばかり苦労しながら、生地をフォークの背に乗せて親指でこすり付けるようにのばすのを見て、トゥーリが大きく頷いた。
生地の表面にフォークの痕がギザギザにつき、裏面は指の形にくぼみが出来るのでソースが絡まりやすくなるのだ。
わたしが切る生地をトゥーリが次々に生地をのばしていく。わたしよりも力があるので、速くて、形が揃っている。
「トゥーリ、わたしより上手だね」
「そう?……マイン、こっち見てないで、さっさと切って。なくなっちゃうよ?」
トゥーリにお湯を沸かしてもらい、沸騰したお湯で湯がいて、浮かんできたら出来上がりだ。
昨日のポメスープの残りに、さらにポメを加えて、煮詰めたポメソースを作る。食べる直前にニョッキを絡めたらいいので、今できるのはここまでだ。
「今はこれくらいかな? サラダもすぐにできるし……」
「そろそろ母さんが帰ってくるから、サラダを作り始めてもいいんじゃない?」
トゥーリとサラダを作っていると、母が仕事から帰ってきた。
母の姿を見つけたわたしは、酒蒸しを作り始めるために、昨日のうちに下準備していた胸肉を冬支度部屋から取ってくる。
いくら涼しい部屋の冷たい石の上に置いておいたにしても、季節的に怖くて、クンクンと匂いを嗅いでみた。
……うん、腐ってない。大丈夫。
「マイン、この鉄鍋でいいの?」
「うん。ありがと、トゥーリ。昨日のうちに塩と酒をふって下味付けたから、すぐにできるよ」
下味に胡椒がないのが辛いが、それは諦めるしかない。
作り方はいたってシンプル。塩と酒で下味をつけた胸肉を皮の方だけ炙って焼き色を付けたら、ひっくり返して、お酒を入れて、蓋をするだけだ。
せっかくなので、今日森で採ってきた茸も入れて風味を出そう。茸を洗って、ナイフで切ろうとしたら、トゥーリが目を釣り上げた。
「マイン、ダメ! その茸は一度火であぶらないと踊るよ!」
「え?」
そう言うやいなや、トゥーリが茸の石づきを全て串刺しにする。そして、パラリと塩をかけて竈の炎で炙りだした。
踊る? 茸が? 鰹節が湯気でゆらゆらする感じ? 意味がわからないんだけど。
茸が踊るというのがよくわからずに首を傾げるわたしの前に、トゥーリが炙って少し焼き目のついた茸を差し出す。
「これで大丈夫」
「あ、ありがと……」
変な表現だとは思ったが、もう大丈夫ならそれでいい。これも不思議食材の一つなのだろう。一見しめじは要注意らしい。
熱い茸で火傷しないように気をつけながら、茸を切った。
「母さん、料理に使っていいお酒ってどれ? お酒をけちったらおいしくないから、コップに半分くらい欲しいの」
「これがいいわ」
母がコップに半分ほど入れてくれた酒を、台に乗ってやや背伸びした状態で、鉄鍋の中にダパッと回し入れる。ジュワ~という音を立てる鉄鍋に蓋をして、鍋がジュワジュワと言い始めたら、火から下ろして放置。余熱で火が通るのを待つだけだ。
「もう鍋を下ろしちゃうの?」
「うん。あとは余熱で十分火が通るんだよ。胸肉は火を通し過ぎるとパサパサして食べにくくなるから」
残り物スープで作ったポメソースとニョッキを火にかけて温めながら、絡める。
トゥーリが作っていたサラダも完成した。サラダの上には昨日と同じように、ささみが乗っている。昨日のささみが非常に気に入ったらしい。
「今日のご飯も豪華だね」
「アルさんに感謝しなきゃ」
懐事情を考えると、これだけの食事が食卓に並ぶことは滅多にない。鳥を譲ってもらえたのは、とても大きいのだ。
「ただいま。今日もうまそうだな」
今日のご飯にも期待していたらしい父が、満面の笑顔で帰ってきた。職場で昨夜のご飯を自慢してきたと胸を張って言っている。
親馬鹿フィルターで、ものすごい誇張されて自慢されている気がする。気のせいだったらいいな。気のせいじゃなかったら、ちょっと門に行きにくい。
「いただきます」
「あ、すごい! おいしいよ、マイン!」
切り分けた鳥の酒蒸しを食べたトゥーリが目を丸くして喜んだ。
母も一口食べて、ニコリと笑った。
「手軽なのに、胸肉が柔らかくていいわね。茸も味が染みてすごくおいしいわ。イイお酒だからかしら?」
「そうかも。蜂蜜酒の甘みで味に深みが出てるよね」
わたしがそう言った途端、顔色を変えた父がガタッと立ち上がって、棚のところに走ると酒瓶を手に取った。
かなり量が減ったそれほど大きくない瓶を見て、ガクンと項垂れる。今にも泣きそうな顔だ。
「……お、俺の秘蔵の酒が……」
ごめん、ごめん。
だって、「父さんが隠れてこっそり買ったお酒よ。せっかくだから、みんなでおいしく頂きましょ」なんて、母さんにちょっと黒い笑顔で言われちゃったんだもん。
珍しく空気読んでみました。
蜂蜜酒だったので、日本酒とはまた違った甘みがあっておいしかったけど、やっぱり和食っぽくはなかった。完全に別物だった。
あぁ、和食が恋しい。
時々「踊る」とか「暴れる」とか「危険」とか言われる食材があって驚くけれど、大体はわたしが知っている調理法で問題なく料理できた。
他の日に作った芋グラタンも、蕎麦っぽい穀物を使ったリゾットもどきも、固くなった雑穀パンの生地を敷き詰めて作ったキッシュもどきも好評だった。
家族には好評だが、自分としては全く納得できない出来だ。洋食を作るにしても調味料や香辛料がろくに無いので、似たような味で飽きてくる。
せめて、胡椒くださいっ! カレー粉もあるとなお嬉しい!
わたしの食生活改善への挑戦はまだまだ続く。