Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (232)
処分
光の帯に巻かれたまま、舞台に転がっている反逆者がユストクスの動きを注視する。近付いて来るユストクスの足の動きを見て、恐怖に引きつった顔で小さく「助けてくれ」と掠れた声を漏らした。
しかし、その声に応える者はなく、スタスタと歩いたユストクスが、一番手前に転がっている男の側にナイフを持ってしゃがむ。
「血判を押させてもらう」
ユストクスは光の帯からわずかに出ている男の指にナイフを押し当てると、スッと軽く動かして傷を付けた。そして、膨れ上がる血を見ながら、持っていた紙に押し付ける。べったりと赤い丸が付いたのがわかった。
……痛い、痛い!
他人の指とはいえ、ナイフで切られて血を流すところを見ると、自分の指が痛い気がしてくる。わたしは自分の指を押さえながら、なるべく赤い血を意識しなくて済むように、少し焦点をずらす。
指紋の付いた血判がしっかりと押されたことを確認すると、ユストクスは軽い動作でブンと一度ナイフを振った。
……ナイフが、綺麗になった?
わたしは目を瞬きながらナイフを見つめた。ナイフにわずかに付いていた赤い筋が消えている気がする。
ユストクスは一度血判を押した紙を、確認させるように広場に向かって見せる。
わっと広場で声が上がった。
ユストクスはその隣に転がる男のところへと向かい、同じように血判を押していく。そして、また広場に向かって見せる。その繰り返しだ。
「神官長、ユストクスは一体何をしているのですか?」
「登録証の選別を行うのだ。登録証を扱うのは神官か文官の役目だからな」
洗礼式を受けた年の順に並べられている登録証は、貴族の分は魔力の登録がされているけれど、平民の登録は血だけで登録されている。それはマインの洗礼式で登録したので憶えている。白くて平べったい石のような登録証に血を押し付けるだけだ。
名前も聞かれなかったので、登録証には当然書かれていない。洗礼式を受けた年代順に保管されているらしいけれど、それではどれが誰の分なのかわからない。
そのため、登録証の選別もまた、基本的に血で行うらしい。例えば、葬式の時も死体の上に登録証を置いて、本人の登録証で間違いないのか確認するそうだ。わたしはマインの葬式に必要になる登録証を探すために、神官長に血を取られたらしい。意識がなかったので、憶えていないけれど。
エーレンフェスト以外で行われる葬式の時は死者の血を木札に取っておいて、秋の収穫祭で文官に報告される。文官は木札を徴税の品物と一緒に城に送り、それぞれの登録証が引っ付いた木札が送り返されてくるそうだ。それを墓標に付けるらしい。
神官長の説明を聞いているうちに、ユストクスは最後の一人のところへと向かっていた。
「こんなことになるなんて……」
反逆者となった6人の内、最後の一人は女性だった。町長の奥さんが光の帯に縛られていて、涙を流しながら、敵意を剥き出しにした目をこちらに向けている。
……怖い。
感情を剥き出しにした強い視線に正面から睨み上げられ、ひくりと喉が動いて、二の腕に鳥肌が立った。指先が小さく震える。
後ろに下がって神官長の陰に隠れたい。せめて、視線を逸らしたいと思った。
けれど、わたしは神官長から、この処分を見届けるように、と言われているのだ。目を逸らすことは、してはならない。
グッと奥歯を噛みしめて、わたしは自分の指を組んで、震えないように強く握りこんだ。
わたしが奥さんと睨み合っている間に、ユストクスは表情一つ変えずに血判を押させて、作業を終える。
全員の血判を取り終えたユストクスが、何やら言いながらナイフを軽く振って、シュタープに戻す。
そして、シュタープをよくわからない形に振りながら、「アオスヴァール」と唱えた。
すると、血判を押した紙が契約魔術のような金色の炎に包まれ始め、燃えながら、エックハルト兄様が守る箱の上へと飛んでいく。
金色の尾を引くように箱の上に飛んだ紙は、光の粉を撒くように燃えて、消えていった。
直後、誰も触っていないのに、引き出しがガタガタと動き始める。一番上、二番目、と勝手に引き出しが飛び出したり、戻ったりと不思議な動きをして、中から6個の登録証が飛び出してきた。
「おおぉぉ!」
広場から興奮した声が上がる中、領民としての登録をされている白いメダルのような登録証がヒュンと飛んで、ユストクスの手の中へと納まる。
6つの登録証を手にしたユストクスが、自分の手の中を確認した後、神官長の前に流れるような足取りで歩いてきて跪いた。そして、登録証を捧げ持つ。
「フェルディナンド様、こちらになります」
「ご苦労」
神官長はユストクスの手から登録証を取り、軽く頷いた。
ユストクスは神官長からの労いの言葉を聞くと立ち上がり、すぐさま、登録証が入った箱のところへと戻る。丁寧な手つきで厳重に鍵をかけ直し、箱を守るように前に立った。
「ローゼマイン、ユストクスのところまで下がりなさい」
「はい」
わたしがユストクスの隣に立つと、舞台の中央にいるのは神官長だけになった。
周囲を見回した神官長が、するりとシュタープを取り出して動かせば、魔力がシュタープの先から流れ出し、複雑な模様を描き始める。
「おぉ、初めてだ……」
隣のユストクスが興奮したような声を出し、茶色の瞳を嬉しそうに輝かせた。やや前のめりになるような感じで、神官長を見ている。
「ユストクス、何が起こるのですか?」
「領主に反逆した者に対する処刑です。領主候補生のみに教えられるものなので、行使する時はこうして他の者を側に寄せないのです」
声が聞こえないように、複雑な模様を描く魔法陣の細かいところが見えないように、周囲に人を寄せ付けず行われるのだ、とユストクスは教えてくれる。
「反逆者を処刑するための魔術があることは知っていても、今まで見たことがありませんでした」
領主に反逆するような者は普通いないので、このような処刑が行われるのはとても珍しいそうだ。
「あぁ、フェルディナンド様と担当者に無理を言って、ハッセに来てよかった」
拳を握って、万感の籠る声でしみじみと「この処刑が見たかったのだ」と言う変わり者の言葉に、わたしは初めて、ユストクスを同行させることに嫌な顔をした神官長の心情がよくわかった。
そっと一歩ユストクスから離れる。
「姫様もいずれ覚えることになるでしょう。使用する機会があれば、ぜひお声をかけてください」
「……そんな機会がないことを神に祈っておきます」
あっても呼ばないよ、と心の中で呟きながら、わたしは神官長へと視線を向けた。
舞台の中央で、神官長がシュタープを振る。魔力で描いた魔法陣が完成したのか、黒い靄が炎のように揺らめきながら魔法陣から出てきた。
闇の神に関する魔術なのだろうか。わたしは魔法陣から出てきた黒い靄が、去年の祈念式で襲撃を受けた時に見た魔力を吸い取る黒い靄に似ていることから、何となく見当を付ける。
黒く揺らめく、不気味な魔法陣に神官長が登録証を投げ込んだ。魔法陣にピタリとくっつくように登録証が宙に止まり、黒い靄に包み込まれていく。
「エックハルト、戒めを解け!」
「はっ!」
神官長の声に応えて、エックハルト兄様が時を移さずシュタープを振って、6人を縛り付けていた光の帯を消す。縛りつけていた光の帯が一瞬で消えた。
突然戒めを解かれた彼らの反応は様々だった。
何が起こっているのか、わからないように目を瞬いて、そのまま動かなかった者。
悲鳴を上げて逃げ出そうとした者。
そして、一矢報いようとしたのか、神官長に向かって駆け出した者……。
「神官長!?」
ただ一人、舞台の中央に向かって駆け出した町長の奥さんの姿を見て、思わず「危ない」と叫んだわたしに、神官長は眉一つ、視線一つ動かさなかった。動いた者達を一瞥もせず、視線は魔法陣に固定されたまま、口を開く。
「案ずるな。問題ない」
彼等が動けたのは、ほんの一瞬のこと。
やにわに立ち上がり、逃げようと動き出した町長も、神官長に襲い掛かろうとした町長の奥さんも、数歩足を動かしたところで、つんのめった。そのままその場にバタリと倒れる。
立ち上がろうとしているようだが、腕を動かしてもがいても、足が全く動いていない。
「足が、私の足がっ!」
悲痛な叫びが響いた。「嫌だ」「助けてくれ」「悪かった」と口々に声が上がる。
わたしが眉を寄せて、よく見てみると、6人の足が薄い灰色に染まっていくのが見えた。最初はお揃いの灰色の靴でも履いているのかと思ったけれど、そうではなかった。足が、衣服の先がどんどんと灰色に染まっていき、それと同時に動く部分が減っていくようだった。
「……まるで足が石になっているように見えるのですけれど」
「おそらくあれが全身に広がるのだろう」
わくわくしているという表情を隠しもせずに、ユストクスは食い入るように彼らを見ている。
わたしはとてもそのような楽しい気分にはなれない。時折こちらへと向けられる神官長の厳しい視線さえなければ、彼らの悲鳴を聞きたくなくて、もがく姿を見たくなくて、いっそ耳を塞いで目を閉じていただろう。
黒い靄が炎で燃やすように登録証を
蝕
んでいく。まるで紙が燃えるように、白い登録証はじりじりと下の方から形を失っていった。
登録証が半分ほど形を失った時には、彼らは腰の辺りまで固まっていた。見る見るうちに胸まで固まり、首の辺りまで固まると声さえ出なくなる。
登録証が完全に形を失った時には、全身が石像のように固まっていた。
すいっと神官長がシュタープを動かす。
魔法陣がふっと掻き消えた。
次の瞬間、6体の石像が呆気なく崩れ始める。
はじめに、ピキリと大きなひびが入った。
そこから割れて、ゴトリと重そうな音を立てて落ちる。
落ちた衝撃で大きな塊がいくつもの破片へと砕けた。
破片はまるで砂の細工だったかのようにサラリと崩れ始める。
最終的には灰のような軽さになってしまったようだ。まだ冷たさの残る春の風にさらわれて散ってしまった。
墓標とするべき登録証もない、遺体も残らない。
埋葬さえ、弔いさえ許されない反逆者の末路だった。
「見事だ」
ユストクスは興奮した声音でそう言ったけれど、わたしには愛想笑いを浮かべて頷くことさえ億劫でできなかった。
……気持ち悪い。
恐怖と絶望に固まった表情が離れない。耳の奥に彼らの絶叫がこびりつき、目には最後までもがく姿が焼き付いている。
あれは人の死に様ではなかった。
……気持ち悪い。
手足が異様に冷たく感じる。胃の中がぐるぐると回っている不快感が止まらない。
このままいっそ気を失って倒れてしまえば、楽になれるだろう。けれど、体力を消耗したわけでもなく、魔力を消耗したわけでもないわたしは、意識を飛ばしたくても飛ばせず、目を閉じることも許されないまま、ただ舞台の端に立っていた。
シンと静まった広場には、明らかに貴族に対する恐れと怯えが広がっている。強大な貴族の力を目の当たりにし、自分達の命など簡単に奪える存在だと深く刻み込まれたのだろう、顔が恐怖に強張っているのがわかった。
「皆、これで反逆者は消えた」
そんな中、リヒトは立ち上がると、広場の民達を見回し、大きな声で呼びかける。
「彼らは町全体を陥れた反逆者だった。彼らのために、我々は反逆者の汚名を着せられた」
これからが大変なのだ、とリヒトが皆に語り掛ける。
「我々は、汚名を返上するため、洗礼式を終えた子供が大人となって尚、続くほどの長い間、償いを続けなければならない。全員が反逆者として処分されるところを救ってくださったエーレンフェストの聖女の慈悲に報いることができるように、協力し合わなければならないのだ」
わたしとは反対側の舞台の端から広場に向かって語るリヒトの顔にも強張りが見える。それでも、彼はハッセを何とか立て直そうと必死だった。このまま潰れるわけにはいかない、とあがく姿に目を奪われる。
わたしはゆっくりと呼吸した。
まだ耳の奥で彼らの悲鳴が響いているが、それに引きずられているわけにはいかない。わたしの聖女の役割は終わっていないのだ。
町長の処分が終わった後のハッセをどうするのかも課題のうちだ。リヒトにできるだけの協力をして、ハッセをまとめておかなければならない。
わたしはゆっくりと舞台の中央へ足を進める。体が揺れると酸っぱい物が奥の方から込み上げてくるような心地の中、神官長の隣へと進み出た。
広場の者の視線はもちろん、舞台にいる者達の視線も、全てが自分に向かってくるのがわかる。
一度目を閉じた。
彼らの恐怖にもがく姿がくっきりと浮かび上がる。
頭を何度か振って、グッと足を踏ん張って、俯かないように顔を上げた。
「ローゼマイン、これを」
神官長がわたしの手に声を響かせるための魔術具を渡して、一歩下がる。
わたしは魔術具を握りしめて、口元へ持って行くと、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「ハッセの民よ」
声が震えた。一度唾を呑み込んで、もう一度ゆっくりと息を吸う。
「ハッセの民よ、一年、耐えてください」
今度はもう少しマシな声が出た。それに安堵して、わたしは言葉を続ける。
強大な魔力で恐怖のどん底に突き落とすのも貴族だが、強大な力で民を救うことができるのも貴族なのだ。聖女の役割を与えられているならば、少しは希望を与えたい。
「来年の祈念式が行われるか否か、この一年、ハッセの行いを領主が吟味して決定します。わたくしもお願いするつもりですが、重要なのはハッセの行いです」
一年頑張れば、次の年には祈念式が行われるだろう。その言葉を聞いた農民達が顔を上げた。「一年ならば、何とかなる」「何とかしよう」そんな声が上がり始める。
皆の顔が前を向き始めたことに、少しだけ肩の力が抜けた。
「反逆の心を持つ者はいないと証明されています。償いの心があることを、皆の行いで示してください。わたくしは、来年、ここで祈念式を行い、祝福と祈りを捧げたいのです」
そして、大歓声の中、わたしは神官長の指示に従って、騎獣に乗って小神殿へと向かった。大きな箱とユストクス、フランとザーム、ブリギッテも同乗している。
「ローゼマイン様、大変素晴らしかったです」
「ありがとう、ブリギッテ」
何とか笑って見せるものの、もう頭の芯がぐらんぐらんしている。
胸がむかむかする。この気持ち悪さを吐き出したい。
完全に現実逃避して本の世界に没頭したい。せめて、何も考えずに眠りたい。
小神殿の扉の前で騎獣から降りると、小神殿の中から次々と灰色神官やギルベルタ商会の面々、それぞれの側仕え達が出てきた。彼らがザッと並んで跪く。
「ユストクス、エックハルト、ダームエル、ブリギッテ。其方らは礼拝室にこれで各自部屋を作って整えよ」
神官長が赤い魔石をそれぞれに渡せば、4人とその側仕えが一斉に動き始めた。ユストクスは自分の側仕えに命じて、わたしの騎獣から出した大事な箱を運ばせる。
全員が降りたので、わたしは騎獣を片付けて、ゆっくりと息を吐いた。その途端、酸っぱい味がせり上がってくる。
皆がいるこの場で嘔吐するわけにはいかない。必死に飲み下して、込み上げてきた涙を素早く袖で拭う。
「ローゼマインは……顔色が悪い。休んだ方が良かろう。其方ら、休めるように整えて来なさい」
「はい」
わたしの側仕え達が慌てた様子で立ち上がって、中に入っていく。わたしは先行部隊で小神殿に向かったギルに隠し部屋を開けるための魔術具を渡してあったので、ある程度の準備はできているはずだが、すぐに休むとなれば、色々と整えることがある。
ぼんやりと側仕えを見送って、ゆっくりと視線を周囲に向ければ、出迎えてくれている人達の中に、父さんの姿を見つけた。心配で仕方がなさそうな、何かできることがないか、と考えておろおろしているのが一目でわかる。駆け出して、「父さん」と呼びかけて、しがみついて、泣きつきたい。
「ローゼマイン」
「……あ」
神官長に肩を押さえられて、わたしは上げかけた手を下ろし、上がりかけた足を元の位置に戻す。
神官長に促されて歩き始めると、父さんが自分のマントを差し出してきた。
「ローゼマイン様、よろしければ、こちらをどうぞ。……ずいぶんと寒そうに見えます」
わたしは父さんの差し出すマントと神官長を見比べた。神官長が父さんを睨んだが、父さんはマントを差し出したまま、神官長を見返している。
しばらく目を細めて見下ろしていた神官長が眉間にぐぐっと皺を刻んだ後、ゆっくりと息を吐いた。
「其方は寒いのか、ローゼマイン?」
「寒いです。……すごく寒かったのです。ギュンター、ありがとう」
わたしは父さんのマントを受け取って、抱きしめるように抱える。少し埃っぽい匂いと一緒に父さんの匂いがして、ホッとすると同時に、涙も込み上げてきて、わたしはマントに顔を埋めた。
「神殿長、まだ寒ければどうぞ」
「いや、こちらの方が温かいですよ」
思わぬ言葉に一瞬で涙が引っ込んだ。顔を上げれば、5人の兵士が次々とマントを差し出してくれる。
目の前にずらりと並んだマントを前に、わたしは小さく笑った。それだけで心が少し軽くなる。
「これ以上持って歩けませんから、お心だけ頂きますね。皆様の優しさに感謝いたします」
父さんのマントを抱えたまま隠し部屋へ行くと、バタバタと眠れるように準備をしてくれている。
邪魔にならないようにわたしは部屋の隅で、父さんのマントを羽織って包まろうとマントを広げた。
「ローゼマイン、それを貸しなさい」
「嫌です」
手を差し出した神官長から、マントを隠そうと、わたしはぎゅっと抱え込む。
こめかみに手を当てた神官長がガシッと片手でマントをつかんだ。
「そのままでは寝台に上げられないだろう。洗浄するだけだ。貸しなさい」
「……洗浄?」
わたしが首を傾げている間に、取り上げられた。神官長はその場でシュタープを出して、何やら唱える。
どこからか出てきた丸い水の玉がマントを包み込んだかと思うと、じきに水がまたどこかへ消えていく。
「何ですか、この魔術?」
「だから、洗浄だ」
魔獣退治に出れば、数日間外で過ごすこともある騎士には必須の魔術らしい。自分の身を清め、道具を清めるのだそうだ。
「……そんな便利な魔術があったのですか。初めて聞きましたよ」
「側仕えも下働きもいる君には必要ないからな」
外で過ごさなければならず、側仕えもいない。そんなどうしようもない場合だけ使うもので、普段は誰かに任せれば済む洗浄に魔力の無駄遣いなどしないらしい。
「今回は特別だ。あのまま寝台に持ち込まれれば、後が大変だし、これから洗うには時間がないからな」
そう言いながら、神官長は埃っぽい匂いが消え、綺麗になったマントをわたしの頭にバサリとかけた。
「ギルベルタ商会へは私から説明しておくので、今日はよく休むように」
神官長はそう言い残すと、用件は済んだとばかりに部屋を出て行く。
わたしがマントの匂いを嗅いでいると、湯を運んでいたフランがギルに「これで十分です」と声をかけているのが聞こえた。
「ローゼマイン様、湯浴みの準備ができました。さぁ、殿方は一度出ていらして」
そして、わたしは父さんのマントに頭からすっぽりと包まって眠る。
気持ち悪さは遠のき、嫌な夢は見なかった。