Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (237)
新しい衣装
わたしは交換条件に図書館を要求したことで、すでに図書館が手に入った気分でうきうきと孤児院長室に向かっていた。
モニカが先に孤児院長室へ行ってギルベルタ商会を迎える準備をしてくれている。
今日は新しい衣装についての話もあるので、コリンナとトゥーリも来るのだ。ブリギッテも心なしか楽しみにしているように見える。
……トゥーリとルッツに会える。うふふん。
「おはようございます、皆様。お待たせいたしました」
孤児院長室にはすでにギルベルタ商会の面々が到着していた。ベンノ、ルッツ、コリンナ、トゥーリ。それに加えて、針子が数人いる。
一応話は聞いていたけれど、実際に部屋の中にいるとかなりの人数だ。わたしは予想以上の人口密度に少しばかり面喰う。
「上でお話を伺いましょう」
二階へと上がって、ベンノとコリンナに席を勧める。見習いであるルッツや助手のトゥーリ、他の針子は立ったままだ。
「今日はどのようなお話があるのでしょう?」
「布の準備ができましたので、裁断をさせていただきたいのです」
コリンナが型を取るための安い布の準備ができたので、体に当てて、裁断したいと言った。
わたしはブリギッテとコリンナとトゥーリ、他数人の針子とモニカを隠し部屋に案内する。
「では、こちらへどうぞ。モニカ、一緒に来てちょうだい」
「かしこまりました」
隠し部屋に入れるのは女性だけだ。ブリギッテに裁断ができるように、服を脱いでもらう。出入り口の近くには、布をかけた衝立を置いて、扉を開けても見えないように針子達が準備をする。
針子達に手伝ってもらいながら服を脱いだブリギッテが、持っていた魔石のうちの一つを変化させ、体の線に沿うようにして固める。これで肌に針が刺さることもなく、立体裁断ができるらしい。
この魔石で作る鎧の基本となるもので、衣装の下に着込んでおく防弾チョッキのような役目も果たすそうだ。荒れている領地では、突然の攻撃を防ぐために、文官や側仕えさえ身に付けておくのが常識になっているそうだ。
領主の子であるわたしが身にまとっていない状態である。エーレンフェストがいかに平和なのか、よくわかる。
「騎士はいつでも戦えるように、儀式の時も衣装の下には、これをまとっております」
……これでがっちりと固めていれば、ボディースーツもブラジャーも必要ないよね?
でも、魔石でつるりとした感じで固められた上半身に、下はドロワーズでは色気がない。ガーターベルトとか、似合いそうな引き締まった綺麗な脚線美がドロワーズで見えないなんて、これは下着革命も必要かもしれない。
自分が子供で、色気のあるような下着は麗乃時代を含めて今まで必要としたことがないので、意識の中に浮かばなかったけれど。
……こんなメリハリたっぷりのナイスバディな美人さんがドロワーズだなんて、悲しすぎる。
でも、戦うことを第一にするならば、スカートが捲れても平気な状態にしておかないとダメなのだ。そのための足首まである長さで、ズボンのように色気のないドロワーズなのだ。
……実用性か、色気か。ぬぅ、難しい。
他人の下着について悩むわたしの前で、コリンナと数人の針子達がブリギッテに布を当て始めた。トゥーリは針を渡したり、言われた物を取ったりしながら、皆の仕事を真剣な目でじっと見つめている。
「モニカ、終わったら知らせてくださる? わたくし、ベンノとも話さなければならないことがあるの」
「かしこまりました」
ブリギッテのドレスができていく過程はすごく気になるけれど、じぃっと見ているわけにもいかない。時間もかかるので、終わり際を見せてもらおう。
モニカに扉を開けてもらって、わたしは一人で部屋を出る。
部屋に残っているのは、側仕えのフランとギル、ベンノとルッツ、そして、護衛騎士のダームエルだ。多少素が出ても問題のない顔ぶれになっている。
「では、裁断が終わるまで、ベンノのお話を伺いましょう」
わたしは椅子に座って、フランの入れてくれたお茶を飲みながら、ベンノを促す。
「まずは、お礼申し上げます。ローゼマイン様のお引き立てにより、貴族の方々との取引が大幅に増えました。心より感謝いたします」
口では礼を言っているけれど、ベンノの赤褐色の目は、くそ忙しいんだよ、と言っているように見える。貴族との繋がりができて、売り上げが上がって、商人としては嬉しいのも本音だろうけれど、死ぬほど忙しいのも本当だろう。
「……あのぉ、ベンノさん。本音を伺っていいですか? 遠回しだとわからないんです」
周囲を見回しながらわたしが言葉を崩すと、ベンノも周囲を見回して、軽く息を吐いた。
「何だ?」
「何だか、わたし、ギルベルタ商会の仕事を増やしすぎてしまったようですから、あまり大変なら、他に仕事を回しましょうか?」
「くぉら、余計な気を回すな。お前がウチを切ったと思われるだろう、阿呆」
「あ、そうですね」
下手な言い方をすると、わたしがギルベルタ商会を切ったように周囲から思われる、と指摘される。どんなに忙しくても、貴族相手の仕事を他に回すつもりはないらしい。
「お二人とも、いくら事情を知る者ばかりとはいえ、もう少し取り繕ってください」
フランの苦言に、わたしとベンノは顔を見合わせて、軽く肩を竦めた。
「ローゼマイン様、これからも、ぜひ、ギルベルタ商会をお引き立ていただけますよう」
「えぇ、もちろんです」
余計なことを考えるな、と釘を刺されたので、ベンノ達の仕事を減らせるように気を回すのは止めた方が良さそうだ。
「それから、本日の本題なのですが……」
ベンノがやや目を細めて、何かを警戒したような表情でわたしを見つめる。
「ローゼマイン様、ハッセでイルクナー子爵と交流を持ちたいと伺いましたが、詳しくお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
ベンノの笑顔が怖い。明らかに「仕事を増やす気か?」と目が言っている。けれど、他に回すな、と釘を刺された以上、仕方がない。仕事を増やすことになる話を始めた。
「イルクナー子爵の所有する土地は、山が多く、林業が盛んなのだそうです。ですから、わたくしが知らない木材もたくさんあるのですって。新しい紙の研究のために一度イルクナーを訪れたいと考えています」
「……それは、イルクナーで紙を作るということでしょうか?」
「そうなりますね。ルッツとギル、それから、共に紙を作れるように灰色神官を何人かつけるつもりです。……難しいかしら?」
お伺いを立てると、ベンノが非常に困った顔になった。
「難しいです。ギルベルタ商会から向かうのがルッツだけでは心もとないのですが、貴族との取引が増えている今、ルッツと共にイルクナーへと向かわせられる人材がギルベルタ商会にはいないのです」
一人で貴族の相手ができるマルクを遠くにやることはできない。レオンではまだ若すぎてイルクナー子爵の相手ができるか、わからない。
わたしはギルベルタ商会にどれだけの人材がいるのか、それほど詳しくはないので、知っている顔を思い浮かべるしかできない。
「オットーはまだ貴族との交渉に出さないのですか?」
先日の父さんからの手紙に、「オットーが兵士を辞めて、本格的に商人となる」ということが書かれていた。今年の予算関係の仕事が終わったら辞めるということだったので、春の半ばになっている今は、もう兵士を辞めていると思う。
「オットーは商売の知識については問題ありませんが、この街の貴族の前に出せるほど、動きが洗練されていないのです」
元旅商人のオットーは商人としての知識はある。けれど、平民相手の商売ならばともかく、貴族の前にはまだ出せないらしい。
「下級貴族ならば、問題ないと思いますけれど? 門でも貴族の対応は任されていたでしょう?」
父さんでも門を通る貴族に全く対応ができないわけではないのだ。オットーならば、何とかなると思う。
「肝心なのは慣れですよ。下級貴族へ対応させて慣らしていくしかありませんね。マルクとオットーを組ませて、ベンノはオットーの補佐役と回るようにしたり、他の人材を連れて歩いたりするところから始めればいかがですか?」
わたしにだってできたのだ。本気になれば、上級貴族の立ち居振る舞いも季節一つあれば覚えられる。きっちりと教える者がいれば、の話だけれど。
難しい顔をしていたベンノがわたしとフランを交互に見た。
「レオンの給仕を仕込んでいただいた時のように、オットーとその補佐をするテオの立ち居振る舞いも仕込んでいただけますか?」
「フラン、どう思って?」
レオンの教育に携わったフランに、わたしは意見を聞く。ここで立ち居振る舞いを教えられるのは、神官長の教育を受けた灰色神官だけだ。わたしに動かせるのはフランとザームだけである。
「そうですね……。近々ザームが正式にローゼマイン様の側仕えとなりますので、多少の余裕はできます。ザームが来れば、ニコラとモニカの振る舞いについても教育するつもりでしたから、孤児院長室で二人の教育と同時に行うならば可能です。本当に立ち居振る舞いしか教えることはできませんが……」
フランの言葉にベンノが緩く頭を振った。
「いいえ、その立ち居振る舞いが大事なのです。貴族に対する挨拶、物の扱い、言葉遣い、平民にはなかなか知る機会はございません」
以前も、ベンノは貴族への立ち居振る舞いを教えてくれる者を探すのは難しいと言っていた。お金を積んでも見つからないのだ、と。
なので、わたしもお金を積んでも得られない人材を報酬に要求しておく。
「では、授業料として、授業が終わった暁にはマルクとルッツをイルクナーに派遣してくださいませ」
「……かしこまりました」
オットーとテオの教育をフランが引き受けることになった。教育期間については、またルッツを通して知らせるということで決定する。
「最後に、ルッツ、ギル。ローゼマイン様にご報告を」
「はい」
二人がベンノに向かって頷き、わたしの方を見た。ニッと二人で顔を見合わせて笑った後、真面目くさった表情でわたしに報告してくれる。
「ザックが設計し、インゴとヨハンが作成していた新しい印刷機が完成しました」
「まぁ!」
わたしがガッと立ち上がろうとするのをフランが即座に肩を押さえて止めた。笑顔でゆっくりとわたしの肩を押して、元の位置に座るように指示する。
……ごめんなさい。興奮してお嬢様の立ち居振る舞いが一瞬吹っ飛びました。
「ローゼマイン様には試運転を見ていただきたいと思います。印刷する物を決めていただいてよろしいですか?」
わたしは今すぐにでも見に行きたかったが、遠回しに全員から止められた。代わりに、試運転できるように印刷するための原稿を出せ、と言われる。
「ローゼマイン様、何を印刷されますか?」
ルッツの質問にわたしは身を乗り出して答える。
「あの印刷機は今までの絵本と違って、字の詰まった本を作るための印刷機なのです。ですから、絵本を卒業する子供向けの字の詰まった本を作りたいと思います」
貴族の間で語られている騎士物語を元に、騎士がどんな仕事をしているのか、子供達にわかりやすく、カッコよく書く。
ついでに、挿絵のモデルは神官長にしてもらって麗しくヴィルマに描いてもらい、女性客を狙う。「この物語は虚構の作り話であり、登場する団体・人物などはすべて架空のものです」と入れておけば、大丈夫だ。神官長のクレームも怖くない。
「インゴに頼んであった活字ケースや植字台、それから、ステッキやインテルはできていますか? ヨハンに頼んであったセッテンやマルト、フォルマート、ファーニチュアはどうかしら?」
印刷に必要な小物の準備も終わっているかどうか尋ねると、ルッツは得意そうな顔で頷いた。
「インクの発注も終わっています。原稿があれば、取り掛かれますよ」
「なんて素敵! 早速金属活字の使い方や印刷の仕方を教えなければなりませんね」
金属活字を組むのは、わたしもやってみたい。工房でうろうろしたら怒られるかもしれないけれど、一番に触ってみたい。
「わたくしが工房に赴いて教えます!」
「ローゼマイン様、それは……」
止めようとするフランを見上げて、わたしはふるふると首を振った。
「活字ケースを移動させるのも大変ですもの。わたくしが工房に行きます。せっかくですから、組版から解版まで一通りやりたいのです!」
グッと拳を握って主張すると、フランが仕方なさそうに溜息を吐いた。ギルが「ローゼマイン様が止まらない」と肩を落とし、ルッツが軽く肩を竦めて、わたしを見た。
「工房に入る者を厳選して、お好きにしていただくのが一番でしょう。いずれにせよ、使い方を教えていただかなくてはわかりませんから」
「ルッツ!」
わたしが感激していると、「一通りやれば、多分落ち着くだろうし」と小声で付け足したのが聞こえた。
さすがルッツ。よくわかっている。
「印刷する原稿を準備したら、すぐに印刷機の試運転に参りますね」
「落ち着いてください。倒れます」
「今から印刷を始めれば、夏の星結びの儀式に一冊目が出せるかしら?」
「……本当にそろそろ倒れるから、落ち着け。ここで倒れたら、印刷機に触らせないからな」
最初は丁寧に言っていたルッツだったが、わたしが聞いていないことを悟って、すぐさま脅しへと言葉を変える。
そこにルッツの本気を感じ取って、わたしはうひっと息を呑んだ。
「それは嫌」
わたしが深呼吸して呼吸を整えていると、隠し部屋の扉の辺りで魔石が光った。
「ローゼマイン様、モニカからの合図です」
「わかりました。わたくしは少しあちらの様子を見て参ります」
わたしが隠し部屋の中に入り、衝立の向こうに回った。
細いピンをたくさん刺した状態だが、布がドレスの形になっていた。染めていない安い生地なので、色は生成りで、まるで花嫁衣装のようである。
「まぁ、素敵! とても似合うわ、ブリギッテ」
去年の衣装よりは断然似合う。わたしはブリギッテの衣装を見ながら、ぐるりと一周する。デザインした通りに、大体できているけれど、ちょっとしたところが気になるのは、やはり針子のコリンナにとっても初めてのデザインだからだろう。
「そうね……。コリンナ、ここはこのようにつまんで、胸の辺りをもう少しすっきりと見せてください。背中もこの位置にこうして……」
わたしの指示を聞いたコリンナがピンを外したり、付け直したりしながら、ラインを決めていく。この生地を元に型を作っていくのだから、皆の目付きが真剣だ。
上半身は布がぴったりとブリギッテに張り付くようで、胸のラインからウェストのくびれ、そこから腰へのラインが見事に出ている。そして、腰の辺りからはひだの多い、たっぷりと布を使ったスカート部分が広がっている。
女騎士であるブリギッテのため、動きやすさを重視して、スカート部分の布はなるべく薄くて軽い物を使用しているのだ。布の量の割には、あまり重そうには見えない。
「ブリギッテ、窮屈なところはないですか?」
「大丈夫です。肩を覆う布がないので、腕を動かしやすいところが良いですね。いざという時には魔石で覆うこともできます」
ドレスをまとっているのに、戦う時の利便性しか口にしないブリギッテを仕事熱心だと褒めるべきか、もうちょっと色恋について考えてと訴えるべきか、悩む。
「そうだわ。ダームエルを呼んでみましょう。わたくしはブリギッテにとても似合っていると思うけれど、貴族の男性側の意見も聞いてみたいですもの」
「そうですね。この衣装を他の女騎士が着ることについての意見を聞いてみたいとわたくしも思います」
ブリギッテが特に嫌がらなかったので、わたしはダームエルを呼ぶために一度隠し部屋を出る。
「ダームエル、こちらにいらしてください」
「何でしょう?」
「わたくしが考えた新しい衣装について、男性側の意見が欲しいのです。貴族の男性から見て、どう思うのか聞かせてください」
ダームエルはよくわからないというように首を傾げた。
「……貴族男性にあまり受け入れられない衣装ならば、作るのは止めておいた方が良いと思うのです。ブリギッテは気が乗らなくても、わたくしが考えたというだけで着てくれそうですから、忌憚ない意見が欲しいのです」
わたくしの感性がずれているせいで、ブリギッテに恥をかかせるわけにはいかないでしょう、とわたしが言うと、ダームエルは表情を引き締めて了承してくれた。
ある意味、ダームエルはわたしの色々な暴走を近くで見ている。他との常識のずれをよく知っているのだ。同僚がその餌食になるのは阻止してほしい。
「ダームエルを入れます。ブリギッテ、大丈夫ですか?」
「えぇ、どうぞ」
わたしの後ろをダームエルがついて来る。衝立を回った瞬間、ダームエルの足が止まった。
ひゅっと息を呑んだ音が聞こえて、わたしは振り返ってダームエルを見上げる。
「ダームエル?」
わたしが声をかけても、ダームエルからの反応はない。
驚いたように灰色の目を軽く見開いたまま、ブリギッテを食い入るように見ている。
わずかに開いた口元から、ハァ、と小さな吐息が漏れた。
眩しそうにダームエルの目が細められ、ゆっくりと口元が笑みの形になる。
……わたし、今、人が恋に落ちる瞬間を目撃したようです。