Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (240)
領主会議のお留守番
「フラン、わたくしが城にいる間、皆の教育は任せます。ザームもできるだけフランを助けてあげてください」
「かしこまりました」
わたしは今日から春の成人式までの間、城で生活することになっている。領主夫妻が領主会議のために中央へ行く間、礎の魔術のために魔力を供給しなければならないからだ。
「ローゼマイン、行くぞ」
「はい」
エラやフーゴ、ロジーナを騎獣に乗せる。ブリギッテは定位置の助手席だ。ダームエルの騎獣に後ろを守られ、わたしは神官長の後ろをついていく。
飛び上った瞬間、フーゴが「うひいぃ」と情けない声を上げたけれど、騎獣慣れしているエラに笑われて、すぐさま口を閉ざしていた。
「ぷぷっ、そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ、フーゴさん。すぐに慣れますって」
会話を聞いていると、エラがちょっぴり先輩風を吹かせている。フーゴをからかえるのが楽しいのか、エラの声が普段よりちょっと高くて弾んでいるのが面白い。
「わたくしも初めて乗った時は驚きましたけれど、今は馬車より快適だと思いますわ」
「ロジーナさんっ!……エラ、席替われ」
フーゴが感激したような声を上げている。ロジーナが美人なので、フォローの声をかけられて嬉しいのはわかるけど、態度があからさますぎる。
「運転中は替われませ~ん。残念でした」
「ちっ……」
つーん、とエラがそっぽ向いて、ロジーナがくすくすと笑う。後ろが楽しそうで、羨ましい。
城に着くと、ノルベルトに出迎えられた。ノルベルトの後ろにはエックハルト兄様、コルネリウス兄様、リヒャルダ、オティーリエ達側仕えが控えている。
「おかえりなさいませ、ローゼマイン様。ようこそおいでくださいました、フェルディナンド様。すでに皆様の準備は整っています」
何の準備? と首を傾げるわたしと違って、神官長は騎獣を片付けて、「そうか」とゆっくり頷いた。
ノルベルトはわたしの騎獣から降り立った専属の三人と周囲をくるりと見て、指示を出し始める。
「ローゼマイン様の専属料理人は厨房へ向かいなさい。オティーリエ達は荷物を運び、楽師をローゼマイン様のお部屋へ案内しなさい」
「かしこまりました」
「それから、これから向かうところにダームエルとブリギッテは立ち入れません。護衛騎士はコルネリウスに交代し、二人は休暇とします」
「はっ!」
ダームエルとブリギッテが一歩下がって、その場に跪いた。フーゴとエラは各自の荷物を持って側仕えの一人と共に厨房へと向かい、ロジーナはフェシュピールを抱えてオティーリエと北の離れに向かって歩いていく。
「ローゼマイン様」
「何かしら、ノルベルト?」
「騎獣の準備をお願いいたします。本館をしばらく歩きますので」
今日は部屋に向かわず、別のところに行くらしい。わたしは一人用のレッサーバスを出して、乗り込んだ。
「ご案内いたします」
わたしはノルベルトと神官長の後ろを一人用のレッサーバスで付いて行く。エックハルト兄様とコルネリウス兄様が護衛騎士として、リヒャルダが側仕えとして一緒についてくる。
裏の出入り口から本館の表に入り、階段を上がり、領主の執務室へと向かった。
「アウブ・エーレンフェスト、ローゼマイン様とフェルディナンド様が到着されました」
領主の執務室には領主夫妻とそれぞれの護衛騎士と側仕え、ヴィルフリートとランプレヒト兄様とオズヴァルトが揃っていた。
戸口に立つわたし達を見て、養父様が立ちあがる。
「あぁ、来たか。では、行くぞ」
わたしと神官長が執務室に入ると、ランプレヒト兄様とエックハルト兄様が執務室の外に出て、何者も通さないと言うように仁王立ちになる。そして、側仕えによって扉が閉められ、内側の扉の前に立ったのはコルネリウス兄様と養母様の護衛騎士だ。
「何があるのですか?」
物々しいと言うか、緊張感に満ちた雰囲気にわたしは思わず神官長の袖をつかんだ。神官長は軽く眉を上げる。
「礎の魔術に魔力を注ぐのだ。そう説明しただろう?」
さらっとした簡単な説明だったし、神具に奉納したり、奉納式で小聖杯に魔力を込めたりするのと大して変わらない、と言っていたはずだ。これほど警戒と緊張に満ちたものになると誰が想像するだろうか。
「……これほど物々しいと思いませんでした」
「エーレンフェストの基礎となる魔術だぞ? 警戒するに越したことはない」
今、この場にいるのは、領主と比較的近い血族の者ばかりなのだそうだ。
養父様がくいっと顎を動かすと、リヒャルダとオズヴァルトが頷いて、執務机の背後にあるタペストリーを取り外し始める。
タペストリーを外したそこには、小さな扉があった。かなり小さな扉で、わたしが身を屈めて入らなければならないような、明り取りの窓と言われた方がしっくりくるような大きさの扉だ。
その扉には7つの丸い穴が開いていて、その内の4つにビー玉のような魔石がはまっていた。
「ローゼマイン、ヴィルフリート、これを握って魔力を登録せよ」
養父様から手渡されたビー玉のような魔石に魔力を込めると、淡い黄色に魔石が染まる。ヴィルフリート兄様も魔石を握って魔力を込めた。
養父様はわたし達の魔力が籠った魔石を丸い穴にはめていく。
「これで、其方等もここに入れるようになった。行くぞ」
領主夫妻が手袋を外して、それぞれの側仕えに渡す。領主が扉に手をかざすと、小さい扉がすっと大きくなって、神官長でも普通に歩いて入れる大きさになった。
大きくなった扉を養父様が開けたけれど、虹色の幕がかかっているようで、その奥が見えない。
一番に養父様が入り、養母様が続いて入っていく。次は誰だろう、と周囲を見回すと、神官長に軽く背中を押されたヴィルフリートがびくっとした顔で振り返っていた。
「行け、ヴィルフリート」
何があるのかわからない不安と緊張に強張った顔にリヒャルダが優しく微笑みかける。
「ヴィルフリート坊ちゃま、ローゼマイン姫様、領主の子としての初めてのお勤めです。大変でしょうが、最善を尽くせるよう、わたくし達はここでお祈りしております」
「行きましょう、ヴィルフリート兄様。わたくしが先に行きましょうか?」
「いや、私が行く」
ヴィルフリートがゴクリと息を呑んだ後、目をきつく閉じて踏み込んでいった。
神官長に視線で、行くように示されて、わたしもヴィルフリートに続く。ねっとりとした幕を突き破るような感触と共に虹色の幕を抜けると、その先に出た。
「うわぁ!」
……ファンタジー!
心の中で思わず叫んだ。
今まで散々魔術関係で色々な物を見てきたけれど、ここは部屋全体がファンタジーだった。
タペストリーもカーペットもない真っ白の部屋の中央に、スイカより少し大きいくらいの魔石が浮かんでいる。複雑な魔法陣がいくつも重なって浮かび上がり、その魔石の周りをくるくると回っている。魔力を帯びて光る複雑な文字や模様の連なりが回る様子はまるで支える棒がない天球儀のようだ。
「ローゼマイン、邪魔だ。立ち止まるな」
最後に入ってきた神官長に睨まれて、わたしは慌ててその場を退く。
「フェルディナンド様、ここは一体何の部屋ですか?」
「礎の魔術に魔力を注ぐための部屋だ。領主夫妻と魔力を登録した領主の子のみが入れるようになっている」
今、この部屋に入れるのは、領主夫妻とその子であるヴィルフリートとわたし、そして、先代領主の子である神官長、最後に先々代領主の子であるカルステッドの父親であるボニファティウス、わたしのおじい様にあたる人だけだそうだ。領主の母は罪を犯し、幽閉された時点で登録した魔石を外されたらしい。
……確かに悪意で何かされたら困るもんね。
ここで、エーレンフェストを支える魔力を注ぐのだそうだ。
「ここの魔石は礎の魔術に繋がっている」
「繋がっているということは、礎の魔術そのものではないのですか?」
「あぁ、そうだ。礎の魔術の本体は別にある。そこに立ち入ることができるのは領主のみだ」
神官長の説明に領主がその言葉を肯定して頷いた。
「余所に嫁ぐ可能性がある娘や臣下に降りる息子、余所から来た配偶者には漏らさないことになっている。礎を押さえる者が領主だからな」
領主以外はどこにあるのかも知らされないそうだ。領地の基礎であり、領主を決めるものだと言われれば、厳重さにも納得がいく。
「我々が領主会議に行っている間、ローゼマインとヴィルフリートにはこの魔石に魔力を注いでもらう」
名前が挙がったのが二人だけという事実にぎょっとして、わたしは神官長と養父様を見比べる。
「わたくし達二人だけですか?……今まではどうされていたのですか?」
「去年は母上とフェルディナンドが担っていた。途中であの事件が起こったので、不足分は伯父上……ボニファティウスが協力してくれた」
去年は領主会議の途中で領主母が犯罪者として幽閉されることになった。そして、神殿長も捕えられた。
そのため、今年は留守の間の魔力供給が大変なのだそうだ。新しい神殿長がわたしになったことで、神官長の仕事に加えて神殿長の仕事をこなさなければならない神官長は神殿からそう頻繁に出られない。
「魔力の供給自体は、神殿で普段行っている奉納や奉納式と大して変わらぬからな。ローゼマインを城に寄越した方が良いと判断した」
……わたし、神殿の事務仕事も貴族との対応もわからないことだらけだから、うん、間違っていないね。
本来は貴族院に入っていない子供にさせる仕事ではないらしいけれど、魔力不足はどうしようもないそうだ。
養父様は腰に下げていた革袋から一つの魔石を取り出した。卓球の玉くらいの大きさの魔石をヴィルフリートに手渡す。
「ヴィルフリートにはこれを与える。魔力の詰まっている魔石だ。これから魔力を取り出して、こちらに注ぐように」
「はい、父上」
ヴィルフリートは誇らしそうにその魔石を手に取った。
その魔石は奉納式の時に神官長がカンフェルとフリタークに渡していた魔石によく似ていた。誰の魔力が詰まっているのか、何となくわかってしまう。
「これはここに置いておく。魔力供給に使いなさい。使い終わった魔石はこちらの袋に入れるように」
この部屋に置いておくのが一番の盗難防止になるらしい。養父様は魔石の入った袋と空っぽの袋を部屋の隅に置いた。
「今日、皆で注いでおくので、領主会議が終わるまではおそらく持つだろう。けれど、領主会議から戻った時に、魔力がほぼなくなっているようでは困る。そして、何かあった時のために、供給方法を見せておく。練習のためにも毎日少しずつ魔力を注ぐように」
「はい」
養父様がぐるぐる回っている魔法陣の中心にある魔石のちょうど真下まで歩くと、その場に跪いて、床に手を付けた。
次の瞬間、部屋中の床と壁に魔法陣と同じような文様が淡い光を放ちながら浮かび上がっていく。
「ローゼマイン、来なさい。ここが君の位置だ。常にここで魔力を注ぎなさい」
神官長に促され、わたしは神官長についていく。円い陣を指差して、そこで跪くように言われる。わたしが言われた通りに跪くと、神官長はまた別の陣へと向かい、そこに跪いた。
そして、もう一つ別の陣にヴィルフリートと、息子に魔石の扱いを教えてサポートするフロレンツィアが共に跪いているのが見える。
養父様を中心に正三角形を描いているようだ。
全員が位置について、手を床にピタリと当てる。それを確認した神官長が養父様に向かって、軽く頷いた。
「我は世界を創り給いし神々に祈りと感謝を捧げる者なり」
じんわりと耳に心地よく響く養父様の声が儀式の間でこだまする。奉納式と同じ祈り文句を耳にして、慣れていたわたしも続いて復唱する。
「高く亭亭たる大空を司る、最高神は闇と光の夫婦神 広く浩浩たる大地を司る、五柱の大神 水の女神 フリュートレーネ 火の神 ライデンシャフト 風の女神 シュツェーリア 土の女神 ゲドゥルリーヒ 命の神 エーヴィリーベ 息づく全ての生命に恩恵を与えし神々に敬意を表し、その尊い神力の恩恵に報い奉らんことを」
ずわっと魔力が吸われていくのがわかった。流れ出した魔力が部屋全体を巡るように走るのが光の流れでわかる。魔石を取り巻く魔法陣の動きが活発になっていく。
床に手を当てたまま、わたしが部屋を見回していると、養父様の制止の声がかかった。
「ここまでだ」
魔法陣から手を離し、わたしはその場で立ち上がる。
少し離れたところで、座り込んだままのヴィルフリートを覗き込む養母様の姿が見えた。
「大丈夫、ヴィルフリート?」
「平気です」
平気だとは言っているけれど、ヴィルフリートは明らかに強がっているのがわかる。顔色は良くないし、疲れ切っているように肩が落ちていた。
初めて大きな魔力を扱ったのだ。奉納式では青色神官達も疲弊していた。子供のヴィルフリートが疲れないわけがない。
「ローゼマインは平気そうだな? 虚弱な其方が一番に倒れるかと思ったぞ」
ぐるりと部屋を見回したジルヴェスターがわたしを見て、意外そうな声を出した。
「このくらいは奉納式の時に毎日行っていますから。嫌でも慣れますよ。それに、魔力を使うだけで体力を使うわけではありませんし」
「これに慣れている?……フェルディナンド、其方、ローゼマインをずいぶん酷使していないか?」
「小聖杯を増やしたり、祈念式で直轄地を全て回らせたりしたのは誰だ? 酷使しているのは私ではないだろう?」
神官長はじろりとジルヴェスターを睨んで「私は加減しているし、薬も準備している」と胸を張った。
……そうか。わたしって、皆に酷使されていたのか。薄々そうかもしれないとは思っていたけど、他の人の口から聞くと結構衝撃だね。
魔力供給を終えた後は、夕食まで部屋で休憩しているように、と言われた。わたしはリヒャルダに本を持って来てもらって、ゆっくりと休憩する。
「姫様、本を読むのは休憩ではありませんよ?」
「一番落ち着いて安らぐのです。これ以上の休憩はありません」
そんなやり取りをして本を読んでいると、すぐに夕食の時間となる。
夕食に現れたヴィルフリートはまだ疲れが取れていないように見えた。そういえば、身食いの熱に振り回されていた頃は、わたしもこんな感じで、魔力が暴れる度にがっつり体力を削られて寝込んでいたな、と思い出す。
……わたし、強くなったなぁ。
しみじみと今までの道のりの長さを思い返していると、神官長の雷が落ちた。
「聞いているのか、ローゼマイン!?」
「聞いていませんでした。何でしょう?」
神官長がこめかみを押さえ、領主夫妻が笑いを堪えるように口元を押さえた。
わたしが首を傾げると、神官長は溜息交じりに口を開く。
「ローゼマインは春の成人式まで城に滞在し、魔力の供給をするわけだが……おとなしく過ごせ。余計なことを考えたり、行ったりしないように」
「はい! 図書室でおとなしく過ごします! 本を読む以外、何もしません。ご安心ください」
我が意を得たり、とわたしは大きく頷いた。
養父様が「あぁ、それなら安心だ」と言いかけたところを、神官長が首を振って「駄目だ」と遮る。
「ジルヴェスター、全く安心できることではないぞ。ローゼマインは本当に本を読む以外何もしなくなる。ローゼマインには課題を常に与えておかなければならないのだ」
……うぐぅ、バレてる。
「ひどいです、フェルディナンド様。わたくしの至福の時間を邪魔するおつもりですか!?」
「黙りなさい。人としての生活は重要だ。リヒャルダを見張りに付け、魔力供給の時間、勉強の時間、基礎体力をつけるための訓練の時間は必ず確保するように。本の与えすぎには注意が必要だ」
夕食を共にした後、神官長はリヒャルダにしっかり監視するように言って、神殿へと帰っていった。
わたしの読書時間は神官長のせいで確実に目減りしたと思う。
……神官長の意地悪!
「いってらっしゃいませ、父上、母上」
「いってらっしゃいませ、養父様、養母様」
城に来て三日目、領主会議に向かう領主夫妻と騎士団長であるお父様を見送ることになった。
すでに護衛騎士や側仕え、文官を送った後だ。関係者が次々と去っていき、残っているのはヴィルフリートとわたし、それから、お母様とお兄様方だけだ。
「エルヴィーラ、留守を頼む」
「えぇ、カルステッド様。任せておいてくださいな」
兄様方も含めて家族の挨拶をしている中、お父様とお母様から視線を向けられたので、わたしもその家族の団欒にお邪魔する。
「お父様、お仕事頑張ってくださいね」
「あぁ、ローゼマインもしっかり務めを果たすようにな」
「はい」
「城には父上が滞在している。何かあれば頼ると良い。孫娘の頼みを無碍にはしないだろう」
領主夫妻がいない今、領主代理としてエーレンフェストをまとめるのはカルステッドの父親、ボニファティウスに任されているらしい。わたしは洗礼式の時と冬の社交界で挨拶しただけで、それほど詳しくない。それでも、お父様やお兄様の脳筋家系のルーツのような人だということはわかる。
ボニファティウスは今も領主代理として仕事中らしく、この場にはいなかった。
「では、二人とも留守を頼む」
「ヴィルフリート、しっかりお勉強するのですよ」
三人が転移の魔法陣で出立していった。スッと姿が消えて、部屋はガランとする。
呆気ない別れに、わたしは軽く息を吐いた。
「ローゼマイン、こうして話をするのは久し振りではないかしら?」
「なかなか会う機会がありませんものね。お母様、よろしければ少しお話いたしませんか?」
わたしはお母様をお茶に誘う。遠回しに誘うように言われているのだと感じたのは間違いではなかったようだ。
お母様は満足したように頷いた。
「えぇ」
リヒャルダに頼んで、待合室にお茶の準備をしてもらう。領主夫妻がいない今、北の離れに入る許可を出せる者はいない。
お母様とお茶をするのも、本館の待合室で行わなければならないのだ。
リヒャルダにお茶を入れてもらい、エラのお菓子を準備する。それをわたしが一口ずつ食べて見せると、お母様も手を伸ばした。
お茶を飲んで、一つ息を吐いたお母様がわたしを真っ直ぐに見た。
「ローゼマイン、わたくし、貴女に聞かなければならないことがあるのです」
「何でしょう?」
「昨日、ギルベルタ商会を呼びました。そこで商人から聞いたのですけれど、ローゼマイン、貴女は女騎士のために新しい衣装を考えたそうね?」
わたくし、聞いていなくてよ、と微笑まれ、わたしはうひっと息を呑んだ。
「い、今の流行の衣装があまり似合っていないので、彼女に似合う衣装を考えただけなのです。その、お母様にお知らせしなければならないことだとは思っていませんでした」
わたしの言葉に、お母様は仕方なさそうな息を吐いた。
「どのような衣装を流行らせるつもりか、一度見せてちょうだい」
「お母様、わたくしは今作っている衣装を流行らせるつもりはないのです」
「何ですって?」
信じられないと言うように、お母様は口元に手を当てて、軽く目を見開く。
「……その、流行の衣装が似合う方と似合わない方がいらっしゃるでしょう? ですから、今の流行が似合わない方が着られる衣装を、と思っただけなのです。皆に流行らせようとは考えておりません」
ブリギッテに作っているアメリカンスリーブのドレスを流行らせてしまうと、やはり、似合わなくて悩むご令嬢が出てくる。わたしは、皆が自分に似合う衣装を身に付けられるようになれば良いと思っているのだ。どう考えたところで、流行り廃りは出てくるだろうけれど。
「ローゼマイン、今の流行が似合わない方、というのは一体どのような方かしら?」
「今の衣装は小柄で細身の方にはとてもお似合いだと思うのです。けれど、女騎士のように体を鍛えていてがっちりしている方には、横幅も出すぎて、肩が更に大きく広く見えて、似合わないのです」
お母様は女騎士を思い浮かべたようで、「そうね」と納得の表情を浮かべる。
「似合わない衣装で星結びの儀式に参加するのは可哀想でしょう? ですから、わたくしは今の衣装が似合わない方に選択肢を与えるだけで、新しい流行を作るつもりはないのです」
「それではいけません。貴女の作る流行として周知させて、新しい衣装を着せなければ、その子が一人だけ変わった衣装を着ているという認識になりますよ」
お母様は厳しい表情で頭を振った。わたしが女騎士のために新しい衣装を作っている、と周囲に知らしめて、羨望の眼差しをブリギッテに集めなければならないそうだ。
貴族間のことはよくわからないので、お母様の言う通りにしておこうと思う。わたしのせいでブリギッテが恥をかくのは可哀想だ。
「貴女が新しい物を作るならば、わたくしが確認します。裁断は終わっているのでしょう? 仮縫いができるのはいつかしら?」
「しばらく神殿に戻りませんから、ゆっくりで良いとギルベルタ商会には伝えております。おそらく春の成人式の後になるのではないかしら?」
「それでは遅すぎます。もう少し急かして、城に呼びなさい」
仮縫いの状態でお母様の派閥にお披露目をして、このような新しい衣装を作っています、とアピールしておくのだそうだ。その場に女騎士も何人か招いて、衣装を見せて、羨望の気持ちを植え付けておくと良いらしい。流行の仕掛け人は大変そうだ。
「城で仮縫いをするのは構わないのですけれど、お母様からギルベルタ商会に連絡を取っていただけますか? わたくし、一度神殿に戻らなければ連絡がつけられないのです」
「わかりました。わたくしから連絡をとりましょう」
……ごめんね、ベンノさん、コリンナさん。急ぎの仕事になったみたい!