Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (241)
衣装のお披露目と報酬
城での生活は快適だ。
朝起きたら朝食の時間まで読書。
神殿と違って、朝がゆっくりしているので、結構読み進められるのが嬉しい。早起きは三文の徳である。
朝食を終えたら、ヴィルフリートと騎士団の訓練に参加。わたしは体力を付けるために、倒れない程度に体を動かす。エックハルト兄様の監視のもと、ラジオ体操から始めて、ラジオ体操が終わる頃には結構疲れている。
「たったこれだけか、ローゼマイン?」
「……真剣にやるとすごく疲れるのですよ、『ラジオ体操』は」
周囲の愕然とした視線にも負けず、その後、訓練場を歩き回って訓練終了である。たったこれだけ、と言われても、わたしはすでにへとへとだ。
3の鐘が鳴ったら訓練は終了である。ヴィルフリートの部屋へと移動し、共に午前の授業を受ける。ヴィルフリートは文字の読み書きや計算が少しできるようになっているので、いつの間にか地理や歴史の勉強が加わっていた。
「ずるいです、ヴィルフリート兄様。わたくしも新しい本が読みたいのに、先に読んでしまわれるなんて!」
地理と歴史に関してはヴィルフリートが先行していたが、わたしが二日で追いつき、今度はヴィルフリートが拗ねた。
「どうしてローゼマインはそんなに簡単に憶えるのだ!? 私はすごく苦労したのだぞ!」
「それは、わたくしが収穫祭や祈念式で領地を飛び回っているからです。徴税の時にそれぞれの特産品について徴税官が色々とお話してくれたから知っているのです」
ふんぬぅ、と二人で怒り合いっこしながら、勉強する。
歴史に関しては、ジルヴェスターやヴィルフリートの御先祖様が領主となってからのことを勉強している最中だ。これがなかなか楽しい。一族がエーレンフェストの領主となって、ジルヴェスターで七代目らしい。二百年以上の歴史があるそうだ。
午前の勉強を終えると昼食だ。ヴィルフリートと一緒に食べる。
午後からはフェシュピールの練習時間があり、その後、ヴィルフリートは勉強でわたしは裁縫である。刺繍やレース編みをさせられる。今から自分の嫁入り道具を作らなければならないらしい。
「リヒャルダ、お嫁に行かなければ必要ないかしら?」
「姫様! 何をおっしゃるのですか!? お嫁に行かないわけがないでしょう!」
「……そうですね」
裁縫や刺繍に飽きて、ちょっと愚痴っただけなのに、リヒャルダにしこたま怒られた。
数日間で愚痴を言うのも諦めて、わたしはちまちまとレースを編んでいる。トゥーリや母さんの腕が欲しい、と心の中で呟きながら。
5の鐘が鳴ったら自由時間だ。
ヴィルフリートは両親が出かける前に許可を取っていたそうで、弟妹に会いに行くことが多いそうだ。ヴィルフリートに一緒に行かないか、と誘われたこともあるけれど、リヒャルダによると、わたしは同母の兄弟ではないので、許可が下りないらしい。
「わたくしは図書室に行きますから、ヴィルフリート兄様は弟妹に絵本を読んであげると良いですよ」
わたしはヴィルフリートにそう言うと、いそいそと図書室に向かう。大量の本がある図書室で至福の一時を過ごすのだ。ただ、至福の時間は短い。あっという間に終わってしまう。
6の鐘が鳴ると、リヒャルダに本と引き離されて夕食だ。
夕食の後、わたしとヴィルフリートで魔力の供給に向かう。文官がいなくなってからの方が良いらしい。
領主の執務室にはボニファティウスが待っていて、魔力の供給を行う。けれど、供給するのはわたしとヴィルフリートだけだ。ボニファティウスはヴィルフリートの魔力供給の補佐を行うだけだ。
領主代理として魔力を温存している者がいなければならない、と言っていた。
魔力供給の後は入浴して、「就寝ですよ、姫様!」とリヒャルダに叱られるまで読書。
これが平日の生活である。
そして、土の日はお休みだ。勉強も訓練も何もない。したいことをしても良いらしい。普段通りの生活が続く神殿とは大違いだ。
しかし、読書ができるわけではない。
土の日はアンゲリカが貴族院から戻ってくるので、本館の部屋の一つを借りて、今までの成果を尋ねて、勉強会があるのだ。
「アンゲリカ、補講はどうですか?」
「八割方合格しました。もう少しです」
毎日頑張っているようで、確実に合格を増やしているらしい。アンゲリカも少し自信がついてきたのか、笑顔が明るい。
「ローゼマイン様のお蔭で、わたくし、卒業できる気がしてきました」
なんと、アンゲリカは座学が駄目で退学を覚悟していたらしい。
わたしの護衛騎士、予想以上に危険なところにいたようだ。
そして、ダームエルとコルネリウス兄様が次に憶えなければならないことをアンゲリカに示して、噛み砕いてわかりやすく教えていく。
「ダームエルは教え方が上手いですね」
「座学だけです、できるのは。それに、これだけの資料があるからですよ」
ダームエルはコルネリウス兄様が持ってきた資料を指し示す。コルネリウス兄様がエックハルト兄様から借りてきた講義に関する資料だ。
ダームエルは記憶と木札に簡単に書き記した資料を基に、アンゲリカとコルネリウス兄様に教えていた。けれど、先日、騎士寮でダームエルとコルネリウス兄様がゲヴィンネンをしながら兵法の勉強をしていたところにエックハルト兄様が通りかかり、貴族院時代の資料を提供してくれたらしい。
「これだけの資料が残せる財力が素晴らしいです」
羊皮紙がもったいなくて、講義の覚書のためには買えなかったとダームエルが肩を落とす。ダームエルは木札に重要なところを書き込んで、試験が終わったら板を削って、新しく書いていたらしい。
そのため、貴族院時代の資料はほとんど残っていないそうだ。
「アンゲリカ、頑張りましょう」
「はい! わたくし、絶対にローゼマイン様の魔力をいただきます」
そんな生活が続いていたある日、お母様からオルドナンツが飛んできた。ギルベルタ商会に連絡を取り、仮縫いの日が決まったらしい。
その日はわたしの名前でお茶会を開いて、お母様の派閥の貴婦人方を集めて、新しい衣装を先にお披露目することになった。養母様がいらっしゃらない今、城でお茶会を開くのは、わたしが率先して行わなければならないそうだ。
リヒャルダとお母様に尋ねながら、お茶会の準備をしているけれど、読書時間が確実に減っている気がする。
肩を落としながら、わたしは招待状を書いたり、お茶会の開催に足りない物がないかチェックしたり、エラやフーゴにお菓子の相談をしたりして、お茶会を開くという貴族の令嬢必須の技能を手に入れた。……そんなもんより、本が欲しい。
わたしの読書時間を犠牲にした甲斐があり、お茶会兼仮縫いのお披露目会が開催される日となった。
当日の朝、ノルベルトに案内されて、コリンナを初めとして、数人の針子とベンノとオットーがやってきた。春の庭が一望できるお茶会用のお部屋の隣が、今日の試着室である。
「ローゼマイン様、ギルベルタ商会の皆様が到着されました」
「入っていただいて」
ブリギッテとわたしとお母様が並び、その後ろにはリヒャルダが控えている。その前にギルベルタ商会の皆が並んで跪いた。先頭にいるのはベンノで、その後ろにオットーとコリンナ、更に後ろに針子が並んでいる。
「ローゼマイン様、エルヴィーラ様、この度はお城へのご招待を頂き、恐悦至極に存じます」
ベンノが代表して挨拶をした後、「次代の店主を紹介させてください」とオットーを振り返る。
ベンノの後ろに控えていたオットーがベンノの隣に並んで跪いた。その動きはフランを彷彿とさせるもので、わたしが不在の間にかなり厳しく仕込まれたことがわかる。
「水の女神 フリュートレーネの清らかな流れのお導きによる出会いに、祝福を賜らんことを。……お初にお目にかかります。ギルベルタ商会の次代を担うオットーと申します。以後、お見知り置きを」
……あぁ、そうか。ローゼマインとしては初対面になるんだ。
「心よりの祝福を与えましょう。水の女神 フリュートレーネの祝福がギルベルタ商会にもたらされんことを」
わたしは指輪に魔力を込めて、祝福を与えた。ふわりと緑の光が広がる。
貴族の祝福を受けるのが初めてなのか、わたしが本当に祝福を与えられると思っていなかったのか、オットーが少しだけ驚いたような顔でわたしを見た。
わたしはベンノやコリンナにも本日の予定を話す。まず、お茶会が始まった時に、ブリギッテは去年の衣装を着て、挨拶をするわたしの隣に立つ。そして、新しい衣装を作っていることを告げて、試着室へ向かう。
そこで、コリンナ達に新しい衣装に着替えさせてもらい、仮縫いの新しい衣装で再登場するのだ。どのような違いがあるか、よくわかると思う。
「では、わたくし達はこちらの部屋で待機していればよろしいのですね?」
「えぇ、すぐに着替えさせられるように準備して、待っていてくださいませ。ベンノとオットーはブリギッテが入ってきたら、お茶会の部屋へいらして。商品の売り込みをするとよろしくてよ」
ベンノとオットーが持ち込んだ木箱には髪飾りの他に、リンシャンの壺が入っているのが見えた。ブリギッテの着替え中に売り込めば良い。
「ギルベルタ商会とプランタン商会が分かれたことも、お茶会でお知らせした方が良いかもしれませんわね」
「よろしくお願いいたします」
お茶会に貴婦人方が集まり、同時にお母様の派閥に関係の深い女騎士も何人か集められたようだ。わたしはお母様とブリギッテと並んで立って、お客様を迎え入れる。
「皆様、ようこそいらっしゃいました」
わたしは皆に挨拶し、お菓子を勧め、お茶を飲む。主催者であるわたしが飲んで見せなければ、誰も手に取れないのだ。
エラのお菓子は評判で、今日のお茶会を心待ちにしている貴婦人も多かったらしい。
「ローゼマイン様の料理人は本当に腕が良いのですね。どれも食べたことがないようなお菓子ばかりですこと」
「あら、こちらはエルヴィーラ様のお茶会で頂いたお菓子ですわ」
「お母様と養母様には特別にレシピを公開いたしましたから」
ほほほ、ふふふ、と和やかにお茶会が始まる。
「これはカトルカールではなくて? わたくし、とても好きでよくいただきますの」
「わたくしがまだ神殿にいた頃、グスタフとその孫娘のフリーダに助けていただいたことがあって、お礼にレシピを贈ったのです。グスタフの料理人はとても腕がよくて、新しい味をたくさん生み出しておりますもの。わたくしもグスタフのカトルカールを頂くのを楽しみにしているのですよ」
「まぁ! そのようなことが?」
あちらこちらのテーブルを巡りながら、なるべく均等に話ができるように皆に声をかけて回る。全てを回った後は、本日のメインだ。
「わたくし、今日は皆様に見ていただきたい衣装がございます」
わたしはブリギッテを呼んで、隣に立ってもらう。そして、今の流行の衣装が彼女には似合っていないので、新しい衣装を作っていることを告げた。
「本日は新しい衣装の仮縫いを行いますの。どうすれば、彼女が更に魅力的に見えるか、皆様にも考えていただきたいのです」
そして、わたしは隣の試着室へブリギッテを連れて行く。すぐにでも着替えさせられるように準備ができているのを確認して、一つ頷いた。
「コリンナ、後はよろしくお願いいたします。オティーリエ、ブリギッテの準備ができたらわたくしに知らせてちょうだい。ベンノ、オットー、参りましょう」
「かしこまりました」
商品を持って試着室を出たベンノとオットーを連れて、わたしは皆にギルベルタ商会は元々服飾を扱う店であること、教材や本をメインに扱う店としてプランタン商会が独立したことを告げる。
「わたくしが後援してプランタンの名を与えたのです。これからも教材や本を作ってもらうために」
そう話題を振ったため、お茶会で勉強に関する話題が出始めた。幼い子供達がローゼマイン印の教材で簡単に字や計算を覚えて、兄や姉が対抗心を燃やして勉強しているらしい。
「あのカルタで随分と早く文字を覚えてしまったので、教師が大層驚いていましたわ」
「まぁ、皆様のところも? やはり、ローゼマイン様のお蔭でしょうか?」
「皆が楽しんで、競い合ったことで、やる気が出たのでしょう。わたくし、また新しい絵本を作っているので、よろしければ、星結びの儀式の辺りか次の冬の社交界でご購入いただけると嬉しく存じます」
わたしは愛想笑顔を浮かべながら、プランタン商会とギルベルタ商会を売り込み、各テーブルを回っていく。
「そうそう、コルネリウスが最近ずいぶんと勉強熱心なのです。上級貴族としての最低点を取っていれば良い、と言っていたあの子が熱心に兵法書を読んだり、まとめたりしているのですよ。カルステッド様とゲヴィンネンをしたり、貴族院で学ぶことをエックハルトに尋ねたりしているのです」
お母様がちらりとわたしを見ながら「どうして急に勉強熱心になったのかしら」と言った。
「良い競争相手がいると負けたくないと頑張るようですよ。特に殿方はその傾向が強いように思えました」
ニッコリと笑いながら、わたしは一般論としてそう告げておく。
わたしの護衛騎士が「アンゲリカの成績を上げ隊」として、一丸となって補講対策に講じているとは言えない。
神殿でわたしについているダームエルにはアンゲリカが戻ってくる土の日のために準備する時間がないので、城にいるコルネリウス兄様にわっさりと課題が出ているなんて言えない。
ついでに、アンゲリカを夏までに合格させることができたら、未公表のレシピを一つあげると約束したから張り切っている、なんて言えるわけがない。
わたしは笑って誤魔化しておく。
「あら、こちらはローゼマイン様と同じ髪飾りですわね」
「えぇ、わたくしの髪飾りはいつもギルベルタ商会に注文しておりますの。髪飾りだけではなく、衣装の飾りにも使えますの」
もしよろしかったら、ご注文なさっては? と言って、ベンノとオットーをその場に残し、わたしは早足で試着室へと向かった。
「コリンナ、髪飾りの余分はあるかしら?」
ほとんど着付けが終わっているブリギッテのところへと向かい、背中の辺りを少し直しているコリンナに声をかける。
「もちろん余分は準備していますけれど、どうなさいました?」
「花の部分を外して、ブリギッテの衣装に飾りとしていくつか付けて欲しいの。……そうね、この腰の布が集まった部分に、こんな感じで」
わたしは髪飾りを二つ手に取って、ブリギッテのドレスに当ててみる。コリンナは何度か目を瞬いた後、すぐに頷いた。
「かしこまりました。すぐに取り掛かります」
「……コリンナ、無理を言ってしまってごめんなさいね」
ずいぶんと急かしたでしょう、とわたしが声をかけると、コリンナは小さく笑って首を振った。
「こうなるだろう、とお兄様から伺いましたから、心積りはしておりました。大変だったのは今日までにフランの教育に合格しろと言われたオットーの方です」
ベンノはお母様にそれとなくわたしが新しい衣装を作っていることを告げる時に、急かされる覚悟をしていたらしい。
「ローゼマイン様にこちらを。お兄様から預かった物です」
わたしはコリンナから受け取ったベンノの手紙に目を通す。貴族に向ける婉曲な表現を使っていたけれど、要約すれば「新しい物を取り入れる時には根回し必須だ、この阿呆」と書かれていた。……ごめんなさい。助かりました。
わたしが手紙に目を通している間に、コリンナは髪飾りの花を櫛から外してドレスに縫い付けている。
「ローゼマイン様、これでいかがでしょう?」
「とても素敵ですわ。コリンナ、皆様、ご苦労様でした。オティーリエ、お茶の準備はできていて?」
「はい、姫様」
コリンナ達にはしばらく寛いでいてもらうことにして、わたしはブリギッテと一緒にお茶会の部屋へと戻った。
「皆様、お待たせいたしました。こちらが新しい衣装です。先程とはずいぶん印象が変わって見えると思われませんか?」
わたしは先程と同じようにブリギッテを連れて、各テーブルを回っていく。ざわりとした声が上がった。とても気になるのか、女騎士達がやや身を乗り出すようにしてブリギッテを見ているのがわかった。
「まぁまぁまぁ、ローゼマイン様がおっしゃったとおり、見違えましたわ。先程の衣装と違って、とても女性らしく見えますね」
お母様の驚いた声を先頭に、皆が口々にブリギッテの変わりようを褒め始めた。
どうにももっさりした印象に見えた流行の衣装と違って、腰までのラインが綺麗に見える新しい衣装はとても女性らしく見える。それもこれも、訓練による引き締まった体と巨乳の描く曲線の美しさが大事なのだけれど。
「ブリギッテは背が高くてかっちりした印象があるので、上半身はすっきりとさせ、下にはたっぷりと布を使ったのです」
ついでに、騎士として動きやすいように軽い布を使ったり、袖を別に付けるようにして肩を動かしやすくしたり、工夫していることを告げる。
「……もう少し上から袖を付けた方が良いのではないかしら?」
「脇の部分ももう少し詰めた方が良いかもしれませんわね」
肘の上ではなく、二の腕辺りから袖を付けた方が良いこと、魔石で作る下着部分が見えないように脇の辺りをもう少し詰めた方が良い、という意見をもらった。
本縫いの時には参考にさせていただきます、と答えながら、わたし達は意見を求めて他のテーブルを回る。
「ブリギッテ、とてもよく似合うわ。わたくしも来年はこういう衣装を仕立てようかしら?」
仕事仲間と思われる女騎士がブリギッテの衣装を真剣な眼差しで見ながらそう言った。彼女もブリギッテと似たような体型で、似合わない流行の衣装に辟易としていたらしい。
「上半身はごてごてと飾らない方が良いのではないかしら? 飾りの無い胸元を見れば、殿方が魔石を贈ってくださるかもしれなくてよ。ふふっ」
「もぅ、そのようにからかわないでください」
ブリギッテが拗ねたように唇を尖らせる。どうやら、ブリギッテの先輩にあたる女騎士のようだ。ブリギッテのこのような姿は珍しい。
わたしがじっと見ていると、女騎士がハッとしたように表情を引き締めた。
「ローゼマイン様、魅力的な衣装をありがとうございます。これできっとブリギッテに見惚れる殿方が現れるでしょう」
「もう現れました。ブリギッテにとっては対象外だそうですけれど」
わたしが見惚れていたダームエルのことを思い出してそう言うと、彼女はにんまりと楽しそうに唇の端を上げる。
「ローゼマイン様、次に参りましょう」
ブリギッテに急かされて隣のテーブルに向かうと、ブリギッテの衣装に付けられた花の飾りを見て、あるご令嬢が華やいだ声を上げた。
「この花は髪飾りだけではなく、こんな風に衣装を飾ることもできるのですね。素敵ですわ」
今までは刺繍で飾るのが当然で、立体として飾るのは生花だと聞いたことがある。
「飾りだけの注文でも受け付けてくださるのかしら?」
「もちろん、受け付けておりますわ。ベンノ、オットー、髪飾りの花をこのように衣装に使いたいのですって、お話を聞いて差し上げて」
「かしこまりました」
すぐさまベンノが柔和な笑顔で注文を取りに来る。
その隣のご令嬢は羨ましそうにブリギッテの衣装を見つめて、溜息を吐いた。
「あぁ、わたくしも新しい衣装が欲しくなってしまったわ。ローゼマイン様、わたくしにもご紹介いただけませんか?」
「……紹介するのは構いませんけれど、貴女には今の流行の衣装の方がお似合いだと思いますよ。この衣装は今の流行が似合わない彼女のために考えたものです。貴女は今の流行がお似合いですから、この衣装が似合うかどうかわかりませんよ」
背は小さくて、線が細い華奢なお嬢様である。アメリカンスリーブのドレスでは正直貧相に見えると思う。かなり盛らないと胸元が特に。
「欠点を隠し、長所をより強調することで、魅力的に映るのです。新しいから良いのではなく、似合うかどうか、が大事なのですよ」
「……ローゼマイン様はわたくしにも似合う衣装を考えてくださるのかしら?」
ややぽっちゃりさんがそっと自分のお腹を押さえながら呟いた。
「それぞれの体型に合わせた衣装が必要でしょう。どうすれば自分の欠点を隠せるのか、針子と相談しながら作ってみても良いかもしれません」
ひとまず、オフショルダーで首周りを綺麗に見せて、上半身とスカート部分で色や素材を変える提案をしておいた。暗い色で上半身を締めて、明るい色合いで下半身にボリュームを出すと、相対的にウェストが引き締まって見える。
「恐れ入ります。そのようにわたくしの専属針子と相談してみますわ」
ブリギッテの衣装は、大体好意的に受け入れられたらしい。
いくら新しくても、似合わない衣装を無理して着るな、ということを強調して、わたしは試着室へブリギッテを連れて戻った。
そして、いくつか受けた注意点をコリンナに伝えて、修正をしてもらう。
こうして、新作衣装を受け入れてもらうためのお披露目は無事に終了した。
春の終わりが近付いた頃、「明日から護衛騎士に復帰します」とアンゲリカの両親から感謝感激の手紙が届いたことで、アンゲリカは全ての講義をクリアして貴族院から戻ってきたことを知った。
「よかった」
「これで苦労が報われました」
アンゲリカが補講に合格して戻ってきたことを告げると、ダームエルとコルネリウス兄様が拳を握って、感動に打ち震える。
呑み込みの遅いアンゲリカを相手に、二人が必死になっていたので、感激もひとしおだろう。卒業式を迎えた担任状態だ。
ブリギッテにはもう衣装を作っているので、わたしは、ダームエルとコルネリウス兄様に報酬を払うことにした。
ダームエルには約束通りに小金貨1枚を渡す。
「ありがとうございます、ローゼマイン様。これで兄上に借金を返すことができます」
ダームエルがグッと拳を握って喜んでいる。わたしはたらりと冷汗が流れるのを感じていた。
……その借金って、わたしの儀式用の巫女服になったやつだよね?
すぐに神殿長になってしまったせいで、せっかく作ったのにほとんど袖を通さずに終わってしまった衣装だ。勿体ないので、そのうち、別の衣装に仕立て直そうと思う。
……ダームエルには他にも何かあげた方が良いかも? あれだけ頑張って借金返済だなんて、可哀想すぎるよ。
そう思っても、パッと思いつくことは何もないのだけれど。
わたしは溜息を吐きながら、コルネリウス兄様にレシピを書いた紙を渡す。
「コルネリウス兄様にはこちらのレシピをどうぞ」
「……モンブラン? 何だ、これは?」
「タニエの実のクリームで作るお菓子です」
コルネリウス兄様は栗のような木の実のタニエが好きなので、栗クリームの作り方を知れば、きっと喜ぶと思ったのだ。
「タニエのクリームだと? それはクレープに挟むとおいしいのではないか?」
「そうですね。おいしいと思います。生クリームとタニエのクリームを両方挟むと更においしさ倍増です」
わたしが頷くと、によっと口元を緩ませたコルネリウス兄様が、すぐに料理長に渡そう、とレシピを書いた紙を握る。
「すぐには無理ですよ。タニエは秋でなければ、手に入らないでしょう?」
「秋まで待てぬ。どうしたらよい、ローゼマイン!?」
コルネリウス兄様に勢いよく問われて、わたしは言葉に詰まる。待てぬと言われても、今の季節にタニエは手に入らない。
「え? えぇと……」
「ひどいではないか。私だけお預けだなんて!」
涙目で見つめられ、わたしは必死に考える。
「そ、そんなことを言われても……。そうですね。季節柄タニエのクリームは無理でも、応用して他の味のクリームが作れませんか? コルネリウス兄様がお好きな春の味のクリーム……」
「それだ!」
コルネリウス兄様は今度こそレシピを握って大喜びした。今夜、料理長に渡して、早速何か作ってもらうらしい。
「明日はアンゲリカにもご褒美に魔力を注ぎましょう」
「どのように魔剣が変化するのか、わたくしも楽しみです」
ブリギッテがにこりと笑った。