Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (253)
閑話 お茶会
わたくしはフロレンツィア。アウブ・エーレンフェストの第一夫人でございます。嫁いできて、十年ほどたつでしょうか。嫁いだ当初は色々とございましたが、今は可愛い子供にも恵まれて平和な一時を過ごしています。
「シャルロッテ、メルヒオール、わたくしはこれから本日の執務に向かいますから、乳母の言うことをよく聞いて、良い子で過ごすのですよ」
「はい、お母様」
「いってらっしゃいませ」
子供達に声をかけ、一人ずつ抱きしめて、立ち上がり、名残惜しい気持ちを抑えて、部屋を出ます。可愛い子供達の笑顔を見る度に、ヴィルフリートには同じことをしてあげられなかった口惜しさが胸に湧きあがります。
……本当にあのお義母様は。
母乳をあげなければならないと言われている、生まれてから季節二つ分の時が過ぎた時点で、ヴィルフリートは取り上げられ、お義母様の手元で育てられました。本当に、夕食後の抱擁しかできないまま、洗礼式を迎えたのです。
「それでも、まだ養育権が戻ってきただけ、よかったのですけれど……」
それもこれも、ローゼマインのお蔭ですね。
嫁いだ当初から「ジルヴェスターの妻はアーレンスバッハから選ぶはずでしたのに」と色々な面で厳しかったお義母様を退けてくれましたし、その後も、次々と人々を熱狂させる流行を作ることで、お義母様失脚後の貴族女性の勢力図をうまく塗り替えることができました。何より、教育が全くできておらず、廃嫡の危険さえあったヴィルフリートを救ってくれたのです。
エーレンフェストの、というよりは、わたくしの聖女です。
我が子の教育さえきちんとできているとは言えないジルヴェスターが、カルステッドの娘を養女に向かえると聞いた時には耳を疑いましたけれど、ローゼマインと接すれば、その特異さはすぐにわかりました。
整った容姿と強大な魔力、末恐ろしいほどの頭の回転、そして、新しい流行を生み出すための発想、それをいち早く作り上げてしまう行動力、他人に対する慈愛の心。そして、目を離すと、すぐにも死んでしまいそうな虚弱さ。
領地のために確保し、保護しなければならないと判断したのは、ジルヴェスターとしては珍しく英断だったと思います。
本日はアーレンスバッハからいらっしゃって滞在中のゲオルギーネ様と共にお茶をすることになっています。ジルヴェスターから「どうしても同席して欲しい」と頼まれたのです。
けれど、あまり気は進みません。
「……お義母様に似ているだけで、ただでさえ苦手意識がありますもの。それに、わたくし、歓迎の宴でヴィルフリートに向けられたゲオルギーネ様の笑顔がどうしても気になってしまうのです」
「……多分、フロレンツィアは正しい。ヴィルフリートはもう会わせぬ方が良いと私も思う。最後の見送りだけで十分だ。……もちろん、ローゼマインも、な」
基本的に身内に甘く、あのやりたい放題の神殿長やお義母様を放置していたジルヴェスターにしては、警戒が強いことが気になります。
「ジルヴェスター、貴方はどうしてそこまでゲオルギーネ様を警戒するのです?」
「我が子に同じ思いをさせたくないからだ」
ジルヴェスターによると、跡継ぎとして育てられる締め付けのきつさに辟易している時に、跡継ぎの立場を奪った、と年の離れたゲオルギーネ様にひどく苛められていたそうです。
「今となっては、それまでの生活の全てを否定された姉上の気持ちも多少はわかる。だが、洗礼式を終え、子供だけが過ごす北の離れに居を移した途端に始まり、姉上がアーレンスバッハに嫁がれるまでずっと続いた」
ジルヴェスターはなるべく平静を装ってそう言っていますが、嫌がらせの数々はジルヴェスターの心に大きな傷を与える出来事で、まだ幼少期の出来事を完全には消化できていないのでしょう。
……本当に、この人は。
お義母様の偏った愛情を受けて育ち、本当に必要な時には救いの手が差し伸べられなかった大きな子供です。
「これを運んでくれ」
ジルヴェスターはお茶会の部屋に一つの木箱を運ぶよう側仕えに命じ、立ち上がりました。わたくしも一緒に立ち上がります。
「叔父上と母上の話もせねばならぬのか。……気が重いな」
「片方の事情しか知らないわたくしが、ご家族の問題に差し出口を挟むと余計に混乱するでしょう。これは貴方のお仕事ですよ。わたくしも同席いたしますから、しっかりなさって」
わたくしはジルヴェスターを少しでも元気づけるように、頬に口付けると、ジルヴェスターに寄り添って、お茶会の部屋へ向かいました。
わたくしとジルヴェスターが並んで座り、向かいにゲオルギーネ様が座り、お茶会が始まります。
エーレンフェストのうまみを見せるな、というジルヴェスターの言葉により、本日のお菓子は昔ながらのお菓子になっています。ゲオルギーネ様に見せるように一口食べます。最近はローゼマインのレシピが続いていたので、何だか懐かしい気分になりました。
「ジルヴェスター、わたくしは叔父様のお墓参りに来たのですよ。いつ案内してくださるのかしら?」
お茶を飲みながらゲオルギーネ様が眉をひそめ、ジルヴェスターに視線を向けられました。
ジルヴェスターは一瞬だけわたくしに助けを求めるような視線を向けた後、グッと拳を握り、ゲオルギーネ様に向き直ります。
「叔父上は重罪人として処刑されている。何十年も前に神殿に入った者とは関係などないと、実家に当たる伯爵家からも拒否されているので、墓はない」
「処刑、ですって……?」
ゲオルギーネ様は神殿からの手紙で死亡を知ったということでしたが、詳しいことは知らなかったようです。領主会議の最中に、領主の親族が処刑されたというような話はできませんので、詳細はこちらも伏せたままだったのです。
ゲオルギーネ様がきつく手を握りしめて、説明を求めるように強い瞳で睨み上げると、ジルヴェスターは奥歯を噛みしめ、領主の顔で口を開きました。
「公文書偽造だ。領主の命に背き、領主の母を
唆
し、公文書を偽造し、他領の貴族を街に引き入れて騒動を起こした」
ジルヴェスターの拳が膝の上で小刻みに震えているのが見えます。わたくしが拳にそっと手を添えると、くるりと拳が反転し、指を絡ませ、きつく握られました。
……ジルヴェスター、大丈夫ですよ。
指先でジルヴェスターの手の甲を撫でるように動かしたり、軽く叩いたりしているうちに、少し力が抜けてくるのがわかります。
「領主会議で領主不在の最中に、領主の印を勝手に使う罪深さが、アーレンスバッハの第一夫人である姉上にわからぬはずはない。……わかってもらえると思っている」
一度目を伏せたゲオルギーネ様がふっと細い息を吐きだし、ゆっくりと顔を上げます。
「どれほど悲しくても、処刑は仕方がないことだと思いますわ。……叔父様の遺品はございませんの?」
「私が管理している分がいくつかある。どれでも好きな物を持ち帰ると良い」
「えぇ、そういたします」
ジルヴェスターが側仕えに運ばせていた木箱は、前神殿長の遺品が入った物だったようです。
「この箱は叔父上が神殿で大事に保管していた姉上の手紙だそうだ。先日、フェルディナンドが届けてくれた」
「まぁ、読まれてしまったのかしら?……恥ずかしいわ」
ゲオルギーネ様は小さく笑いながら、木箱の中から丁寧に手紙が納められた箱と豪奢な装飾がされたインク壺をそっと取り出されました。
「……叔父様、最後まで使っていてくださったのね」
小さな呟きから、嫁ぐ前にご自身が贈られた物ではないか、と推測されました。
懐かしそうに目を細めて、インク壺を眺め、手紙の束に触れるゲオルギーネ様の姿はとても愛情深い女性に見えます。ジルヴェスターから聞いた話やヴィルフリートに向けられた笑顔が嘘であるように思える程、優しい笑顔でした。
前神殿長とわたくしは儀式の時にしか顔を合わせませんでしたし、お義母様と共に「嫁の心得」について滔々とお説教されましたので、あまり好ましくは思っておりませんでした。
それに、実家からも無関係を貫かれた方でしたので、このように偲ぶ方がいることに少しだけ安堵いたしました。
「叔父様はお母様を唆して罪を犯したのでしょう? では、お母様はどうしていらっしゃるのかしら? 歓迎の宴にいらっしゃらなかったので、不思議には思っていたのですけれど、あの場で問いただすわけには参りませんでしたもの」
「母上は幽閉だ。今は森の塔に……」
「お会いしたいわ」
ゲオルギーネ様の要望に、ジルヴェスターは顔色を変えて、首を振りました。逃亡や殺害を防ぐため、領主に反逆した犯罪者に面会はさせられないことになっています。
「……領主に反逆した犯罪者だ。面会はさせられぬ」
「会ってお話がしたいと言っているわけではありませんわ。お母様がどのような暮らしをしているのか、一目見るだけで良いのです。せめて、姿だけでも見て、安心したいと思う子供の気持ちがわかりませんの?」
逆ならば、同じことを言ったでしょう? とゲオルギーネ様は目を細めて、ジルヴェスターを睨みました。
「わたくしとてアーレンスバッハの第一夫人です。重罪人を逃がしたり、減刑を願ったりはいたしませんわ」
「……シュタープを封じる枷をはめるならば、見るだけは許可する……」
シュタープを封じる手枷は犯罪を起こした貴族に与えられる物で、魔術が完全に使えなくなるものです。
犯罪者に与える物を付けるならば、というジルヴェスターの遠回りな拒否に、嫣然とした笑みを浮かべて、ゲオルギーネ様はすっと形の良い手首を差し出されました。
「えぇ、よろしくてよ」
ジルヴェスターは苦い顔でゲオルギーネ様の手首に魔術具の手枷を付けました。お義母様に付けた時のことを思い出しているのかもしれません。
そして、ゲオルギーネ様を森の塔に案内します。貴族の森にそびえる白い塔は領主への反逆を行った重罪人の貴族を封じておくための塔なのです。
白い塔に入り、一番奥の扉を開けました。格子さえなければ、普通の貴人の部屋にしか見えないそこに、今のゲオルギーネ様と同じようにシュタープを封じる手枷をはめられたお義母様がいらっしゃいます。
「ゲオルギーネ!」
扉の開く音に顔を上げ、立ち上がったお義母様が駆け寄るように格子の前にやってきました。幽閉されていても、領主の母です。扱いはひどいものではありません。髪も服も整えられています。
「あぁ、ゲオルギーネ。貴女からもジルヴェスターに言ってちょうだい。わたくしをここから出すように。ジルヴェスターはフェルディナンドに操られているのです。助けてちょうだい、ゲオルギーネ」
必死に言い募るお義母様の言葉を静かに見つめるゲオルギーネ様は、ジルヴェスターとの約束通り、本当に見ただけで、お義母様とは一言も言葉を交わすことなく、お義母様に背を向けられました。
「……ジルヴェスター、もういいですわ」
コクリと頷いたジルヴェスターが歩きだし、ゲオルギーネ様とわたくしも続きます。
「ゲオルギーネ! ゲオルギーネ!」
そう何度も呼びかけるお義母様の声に、ゲオルギーネ様が足を止められ、一度振り返りました。
わたくしと目が合うと、ゲオルギーネ様はニコリと笑います。
「お母様の姿を一目だけでも見られてよかったと思っています。無理を言ってごめんなさいね、フロレンツィア」
「いいえ、心配になるお気持ちはよくわかりますもの」
それから、お義母様へと視線を向けたゲオルギーネ様が、それはそれは愉しそうに微笑みました。必死に名前を呼ぶお義母様に向けられるゲオルギーネ様の笑顔が、どうしても安心したという類のものには見えず、わたくしはうすら寒さを感じました。
「よく来てくださったわね、エルヴィーラ」
そして、今日はローゼマインの母親役を任せられているエルヴィーラとのお茶会です。
エルヴィーラには嫁いできた当初からとてもお世話になっています。隣の領地から嫁いできたばかりでエーレンフェストのことをよく知らないわたくしに、詳しく教えてくださったり、わたくしをご自分の派閥に入れてくださったり、それとなくお義母様からわたくしを庇ったりしてくださったのです。
……ジルヴェスターより頼りになるとは、ジルヴェスターには言えませんけれど。拗ねますから。
お菓子やお茶の支度を終えた側仕えを下がらせ、念には念を入れて、盗聴防止の魔術具をエルヴィーラに手渡しました。
無言でお茶を飲み、お菓子を一つ摘まみ、エルヴィーラに差し出すと、彼女もコクリとお茶を一口飲みました。
「ゲオルギーネ様のことでしょう?」
エルヴィーラはカップをそっと置くと、小さな笑みを浮かべました。
「エルヴィーラならば、色々とわたくしが知りえない情報を聞かせてくださるから。いつまでも頼ってしまってごめんなさいね」
「よろしいのよ。わたくしの派閥はそのためにあるのですから。……それにしても、ゲオルギーネ様はずいぶんと精力的に動いていらっしゃるわね。昨日は旧ヴェローニカ様の派閥のお茶会にいらっしゃったそうよ」
エルヴィーラは呆れたような、感心したような溜息を吐いた後、小さく呟きました。ヴェローニカはお義母様の名前です。お義母様が失脚した後は勢いを失っていた派閥ですが、ゲオルギーネ様が戻っていらしたことで、にわかに活気づいているようです。
「あちらはアーレンスバッハと交流のある貴族が多いでしょう? 何とか
誼
を結ぼうと必死のようですわ。ゲオルギーネ様もこちらでの影響を深めようと思えば、昔の友人方との顔繋ぎは必須でしょうし」
お義母様が失脚されてから、アーレンスバッハとの繋がりはずいぶん薄くなっていました。第一夫人となったゲオルギーネ様は自分を後援してくれる実家との強い繋がりを求めているのかもしれません。
「昨日のお茶会でダールドルフ子爵夫人が、ずいぶんと色々なことをゲオルギーネ様に吹き込んだそうですの。……ローゼマインが心配ですわ」
「ダールドルフ子爵夫人?……確か、二年ほど前に騎士団の命令違反で処刑された騎士の母親ではなかったかしら?」
「えぇ、フェルディナンド様から当時青色巫女だったローゼマインを守るように、と命令を出されたにもかかわらず、シュタープで傷つけ、魔物討伐の現場を混乱させた恥知らずの騎士の母親ですわ」
彼女がローゼマインについて、ずいぶんと悪意に満ちた噂を流していたようです。下級貴族同士の繋がりからエルヴィーラに忠告が入ったそうです。
「ダールドルフ子爵夫人は青色巫女が平民だと言いふらしていた前神殿長ともずいぶん親しかったのでしょう?」
「ヴェローニカ様の派閥にいらっしゃったダールドルフ子爵夫人は、神殿入りすることになった息子のことを前神殿長によくよくお願いしていたようですわ。前神殿長はヴェローニカ様の唯一の同腹の弟でしたから」
エルヴィーラは困ったように眉を下げ、「それだけならば、命令違反した騎士が明らかに悪いので、それほど心配は必要ないのですけれど」と言った後、目を伏せます。
「ローゼマインはダールドルフ子爵夫人の息子だけではなく、前神殿長の死因にも深い関係があるでしょう? 平民だという噂はアウブ・エーレンフェストがしっかり否定してくださっているけれど、前神殿長の死に関しては隠しようがありませんもの。ゲオルギーネ様がどのように感じ、どのように判断するのか、見当が付きませんわ」
「それは……」
前神殿長の遺品を手にしていたゲオルギーネ様の姿を思い出し、一つ溜息を吐きました。行きどころのない感情がローゼマインに向けられる気がしてなりません。
「わたくし、貴族院でご一緒した期間があるはずですけれど、エーレンフェストに関してはコンスタンツェお義姉様の印象しかありませんの。エルヴィーラから見て、ゲオルギーネ様はどのような方ですの?」
貴族院では領主候補生が集う催しがあったので、おそらく何度か顔を合わせているはずですが、上級生と下級生で年が離れているためか、貴族院に入った時には兄と恋人同士になっていたコンスタンツェ様に可愛がられていたためか、ゲオルギーネ様の印象がほとんどないのです。
「自尊心が高く、努力家でしたわ。けれど、ヴェローニカ様のお血筋だからでしょうか、ゲオルギーネ様も敵意と悪意を持つ相手には、本当に容赦しない性格で、幼いジルヴェスター様を排斥するために執拗な嫌がらせをしておりました」
領主の座を争って、兄弟間で排斥しあうのは珍しいことではありませんけれど、とエルヴィーラが肩を竦めました。
「幼いジルヴェスター様に次期領主の座を奪われ、それが原因で婚約は破棄となり、アーレンスバッハに第三夫人として嫁がされたことはゲオルギーネ様にとってはさぞ屈辱だったでしょうから、お気持ちはわかるのです。けれど、洗礼式を終えた直後の子供に向ける憎悪としては、とてもひどいものでしたわ。カルステッド様が対応に困っておりましたもの」
「どちらかと言うと、領主は男性の方が望ましいですからね」
子供に豊富な魔力を与えるためには、母の魔力量が大事になります。妊娠中はなるべく子に魔力を与えられるように、妊婦は魔力の使用を控えるのです。
ですから、男性が領主となる場合は、魔力量さえあれば妻になる女性が領主候補生でなくても認められることがありますが、女性が領主となる場合は必ず領主候補生でなければなりません。
「外から見た習慣や事情と、ゲオルギーネ様の感情は別物ですからね。ジルヴェスター様によく似ているヴィルフリート様にも、前神殿長を陥れた形になったローゼマインにも、よく気を付けなければならないわ」
弱点を見せたら、すぐさまそこを狙って噛みついてくるタイプですから、とエルヴィーラが続けました。
わたくしはエルヴィーラの言葉に、どうしてもお義母様を思い浮かべてしまいます。
「……ゲオルギーネ様が第一夫人として権力を振るえるようになったことを警戒するべきでしょうね」
「そうね。そうした方が良いと思います。第三夫人の間は一度として城に戻らなかったのに、エーレンフェストを下す権力を持った途端の里帰りですから」
いくらアーレンスバッハが大領地とはいえ、政治に関われない立場の第三夫人と領主では、領主の方が立場は上なのです。ジルヴェスターを下す立場になったからこそ、戻ってきたのでしょう、とエルヴィーラは言いました。
向かい合い、話をするだけで、拳を震わせていたジルヴェスターの姿が脳裏をよぎります。
「わたくしも強くならなくては……」
そして、一週間ほどの滞在を終え、ゲオルギーネ様がアーレンスバッハに戻られる日となりました。
見送りのために、ローゼマインやヴィルフリートも共に並ぶ中、長い挨拶が入ります。
「世話をかけましたね」
「ゲオルギーネ様のお心が少しでも慰められたのでしたら、嬉しく存じます」
ずっと警戒し続けていたので、正直なところ、少しホッといたします。
わたくしがホッと息を吐いた一瞬の隙を突くように、ヴィルフリートが笑顔でゲオルギーネ様に駆け寄りました。
「今回はほとんどお話しできませんでしたから、今度は伯母上とゆっくりお話ししたいです」
死角から飛び出され、わたくしが止める暇もない早業でした。
ヴィルフリートの言葉に、ゲオルギーネ様の唇の端がつり上がっていきます。
「そう、ヴィルフリートはわたくしとお話がしたかったのですね? では、また……来年の今頃、こちらに参りますわ」
「楽しみにしています!」
……あぁ、余計なことを言うのではありません。
ヴィルフリートの頬をつねってしまいたいと思ってしまったのですけれど、この場でそのようなことはできません。ぎゅっと手を組んで、どうにか笑顔を保っていると、ゲオルギーネ様はわたくしを見て、優雅に首を傾げました。
「ヴィルフリートのお誘いを受けてもご迷惑ではないかしら?」
実に迷惑です、などという本音をそのような公式の駆け引きの場で口にできるわけもありません。わたくしの答えなど、一つしか準備されていないのです。
「歓迎いたしますわ」
……このバカ息子!
ゲオルギーネ様を乗せた馬車が見えなくなって、わたくしがくるりと振り返ると、先程までの華やかな笑顔を完全に消し去って眉間にくっきりと皺を刻み込んだフェルディナンドがヴィルフリートを見下ろしていました。
そして、何やら白い紙でできた扇のような物をローゼマインに手渡します。
「やってしまえ、ローゼマイン」
底冷えのするようなフェルディナンドの声にローゼマインはコクリと頷くと、ヴィルフリートに向かって、白い扇を振り下ろしました。
「ヴィルフリート兄様のおバカ! 口にして良いことと悪いことがあります。少しは空気を読んでくださいませ!」
スパーンと小気味よい音を響かせて怒鳴ったローゼマインを見て、わたくしは心の中で拍手いたしました。まさに、わたくしが言いたかったこと、そのままです。
……エーレンフェストの将来のためにも、ローゼマインとヴィルフリートを
娶
せることを真剣に考えた方が良さそうですわね。