Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (260)
ダームエルの成長
リュエルの木を囲むように配置されている騎士達だが、神官長とお父様がフォローに入れる位置にダームエルがいる。ダームエルが皆の中で任されている範囲は一番狭いけれど、守れなければ意味がないので、これは当然の配置と言えるだろう。
四方八方から小さい魔獣が出てくる。季節の素材を収穫するために、様々なところへ赴き、魔物達と戦ってきたので、わたしも多少魔物の強さがわかるようになってきた。
今、ここへ向かってくる猫っぽいザンツェやちょっと大きいフェルツェ、リスっぽいアイフィントなどの魔獣は強くない。数が多くてきりがないだけだ。
去年は騎士の数が少なかったため、その数が脅威だったが、魔力が豊富な神官長やお父様がいれば、楽勝だそうだ。
わたしはリュエルの実が大きくなるまでの間、騎獣の中から皆の戦いぶりを眺めていた。
「行くぞっ!」
一番槍はエックハルト兄様だった。ダダッと数歩駆け出すと、腰を落とした態勢で、勢いよく槍を突き出す。シュッと空気を打ち抜くような鋭い音と共に、穂先が紫の月を照り返して閃いた。
次の瞬間、魔石を貫かれた魔獣が解けるように姿を消していく。たった一撃。それだけで、数匹の魔獣が消えた。
「やっ!」
そのままエックハルト兄様は槍を大きく動かして、周囲の魔獣をなぎ倒す。
槍で強打されたり、穂先で切り裂かれたりした魔獣が弱って倒れていった。
それを見た周囲の魔獣は、エックハルト兄様ではなく、弱った魔獣に群がり、食らいつく。魔石を食らって少しでも力を得ようとするのだ。
エックハルト兄様は青い瞳でその群れを睨むと、槍をつかみ直し、何度も群れに向かって突き刺していく。高速で動く槍は、空気を打ちぬくような音と共に次々と魔獣を仕留めていった。
わたしはエックハルト兄様の攻撃を見下ろしながら、はふぅ、と溜息を吐いた。普段は神官長のお手伝いをしている姿ばかりを見ているので、こういう騎士の戦いをしている姿を見ると、正直、とてもカッコいいと思う。
……ほおぉぉ、エックハルト兄様、カッコいい。わたしの父さんの次の次の……次くらいにはカッコいいよ。
わたしが心の中でエックハルト兄様の雄姿を褒め称えていると、「たぁっ!」と、騎士達の中では紅一点であるブリギッテの高い声が聞こえてきた。
わたしは少しだけ騎獣の位置を変えて、ブリギッテへと視線を向ける。
「やああぁぁぁっ!」
気合いの入った声と共にブリギッテが地面を踏みしめて、薙刀に似た武器を大きく振るった。ブンと空気を薙ぐ音と共に、武器の刃が当たる範囲にいた、魔獣が一度に形を崩して消えていく。
「次っ!」
屠
った魔獣が消える様子さえ確認せずに、ブリギッテのアメジストの瞳は次の獲物に焦点を定めていた。ブリギッテは腰を落としたままの体勢で、スカート部分を翻しながら、くるりと振り返るように体をひねる。
腰のひねりを生かしたブリギッテの動きに、まるで武器が遅れまいと後を追うようについて来る。
長くて少しばかり反った刃がブリギッテの体の正面を通り過ぎる頃には魔獣がまた何匹も消えていた。
ブリギッテが武器を一閃させる度に、長めの刃が翻り、駆け寄ってくる魔獣達を一気に薙いで、切り裂いていく。止まることなく武器を振るうブリギッテの姿は生き生きしていて、同時に、颯然とした美しさがあった。
……ハァ、素敵。うぅ、わたしも強くなりたいなぁ。
ブリギッテのようになるのは無理だとわかっているが、あんな感じのキリッとしたカッコよさが欲しい。素敵で頼れるお姉さんを目指すのだ。
……そういえば、お父様ってどんな風に戦うんだろう?
お父様の戦いぶりは、青色巫女見習いだった頃の祈念式の途中で襲撃を受けた時に遠目で見たことがあるし、冬の主であるシュネティルムとの戦いでも見た。
けれど、どちらも遠目であったし、祈念式の襲撃では大技を一発だけで終了した。シュネティルムの戦いは騎士の数が多かったのと、遠すぎて判別できなかったので、どのような戦い方をするのか知らない。
わたしは少しばかりわくわくしながら、お父様を探す。
お父様は自分の身長よりも大きな鎌を無造作に振っているように見えた。それというのも、あまり力が入っているように見えないのだ。その辺りを歩きながら草刈りでもするように、軽々と大鎌を振って、次々と魔獣を狩っている。
……おおおぉぉぉ、お父様、強い! さすが騎士団長!
それほど力が入っているようには見えないのに、大きな鎌の動きは驚くほど速く、ブォン! ブォン! と空気を切り裂く音がずいぶんと大きく聞こえてくる。
お父様の一振りで鎌の露と消えていく魔獣の数は、エックハルト兄様やブリギッテとは比べ物にならない。一度に十匹以上消えているのではないだろうか。
任されている範囲は広いのに、お父様の前には魔獣が少ないように見えるのは、気のせいではないと思う。
……わたしの採集のためにわざわざエーレンフェストから来てくれるんだもん。わたしの父さんの次にカッコいいのは、お父様で決定でしょ!
パシパシと自分の膝を叩きながら、わたしがお父様を称賛していると、突然、ドォン! と爆発音が響いた。
「きゃうっ!?」
それほど大きくはない爆発音だったが、不意打ちだったので、わたしはびくぅっと体を竦ませて、思わず耳を押さえた。何が起こったのか、とわたしはきょろきょろとしながら音源を探す。
……神官長だ。
神官長が任されていた範囲の魔獣が広範囲で完全に消失していた。ぽっかりとそこだけ魔獣のいない空白地帯がある。間違いない。さっきの爆発音は神官長の仕業だ。
一体何をすれば、そんなにぽっかりと空白地帯ができるのだろうか。不可解すぎて、わたしは神官長の動きを注視した。
空白地帯となった神官長の前に、別の魔獣達が駆け寄ってくる。涼しい顔で立っている神官長を見ているだけで、魔獣達に、今すぐ回れ右して全力で逃げて! と言いたくなってしまうのは、わたしだけだろうか。
駆け寄ってくる魔獣達を静かに見据えていた神官長が何かを投げた。ほんの一瞬だけ空中できらりと光って、バッと大きく広がった形が見えた。次の瞬間には空気に掻き消えてしまったように、目には映らなくなる。
……網?
わたしには網のように見えたそれは、消えたわけではなく、魔獣達の上に落ちたようだ。広範囲の魔獣達がもがき、絡まり合い始めた。
見えない網に囚われた魔獣達を見据えながら、神官長は跪くように腰を下ろし、ピタリと手のひらを地面に付ける。
「消えろ」
静かな言葉と同時に、網目状に魔力が流れていく様子が見えた。魔力の光で網の形が浮かび上がったと思うと、先程と同じようなドォン! という爆発音が響き、網の中の魔獣が、神官長の言葉通りに消え失せた。
……怖い。マジで怖いです。
圧倒的な魔力を誇る神官長だからこそ可能な攻撃なのだろう。あれだけの広範囲に一気に魔力を流すためには、魔力量はもちろん、魔力の扱いに長けていないと難しい。
桁違いの強さに、感嘆を通り越して、恐怖を感じたわたしは、神官長から少しだけ視線をずらし、お父様と神官長に挟まれて戦っているダームエルに焦点を当てた。
ダームエルは他の皆に比べると、かなり地味な戦いをしていた。自分が構えている剣で一匹一匹を確実に仕留めているだけだ。何の派手さもない。
けれど、去年と違って、確実に成長している。魔力を惜しんで、腕力と体力頼みで魔獣を倒して、息切れしていることもなければ、不安そうに周囲を見回すこともない。真っ直ぐに前を見据えて、戦っていた。
そして、わたしの助言を素直に取り込んで、必死に訓練していたようで、魔力の扱いに緩急が付けられるようになっている。少し成長しているフェルツェのような魔獣には少し大きめの魔力を使って、小物には小物に向けた魔力を使うことができているように見えた。
「ダームエル、そろそろ一度下がって、薬を使え」
「いえ、まだ大丈夫です」
お父様の言葉にダームエルは首を振ると、剣でザンツェを切りつける。両脇にフォローしてくれる二人がいるせいもあるだろう。けれど、去年と違って、とりあえず武器を振るうのではなく、確実に仕留めている。
「無理をするな、ダームエル」
「本当に平気です」
ダームエルは魔獣から目を離さず、静かにそう言って、剣を振るう。
しばらく剣を振るった後、自分から「下がります」と声をかけて、後を神官長とお父様に任せた。そして、リュエルの木にもたれかかるようにして、回復薬を飲む。
薬が効くまでの間がダームエルのほんの少しの休憩時間だ。
「ダームエル、すごく強くなってるよ」
わたしは騎獣から身を乗り出すようにして、ダームエルに声をかけた。
ダームエルは驚いたように上を見上げ、目が合うと小さく笑う。
「恐れ入ります」
それから、ダームエルは一度目を閉じた。自分の中の魔力を確認するように、ゆっくりと息を吐いているのがわかる。
クッと顔を上げたダームエルは灰色の瞳を魔獣に向けると、またシュタープを変形させた剣を握って、戦いの中へと身を投じていった。
自分の限界が伸びていることに自信を持ったようで、先程よりも余裕を持って戦っているように見える。
……ものすごく真面目に訓練したんだろうな。
ずっと強くなりたいと願っていたダームエルの姿を知っているわたしは、努力の成果を目の当たりにして、自分のことのように嬉しくなった。
最近の成長ぶりを見ていると、本当に恋の力って偉大だなぁ、と思ってしまう。他人の恋愛事情にちょっとニヤニヤしつつ、ダームエルの成長ぶりを噛みしめていると、ユストクスが声を上げた。
「姫様、そろそろ頃合いです。リュエルの実に魔力を注いでください!」
「はいっ!」
わたしは大きく息を吸い込んで騎獣から身を乗り出すと、紫水晶のように見えるリュエルの実に手を伸ばした。
リュエルの実をわたしの魔力に染めるのは大変だ。生き物は皆、自分以外の魔力を受け入れたくないという本能が働くようで、魔力で染めるにも抵抗が激しいのだ。
硬くてつるりとしたリュエルの実を手のひらにぐっと握りこんで、わたしはリュエルの抵抗を叩き潰すような勢いで、一気に魔力を流し込んだ。
去年よりも抵抗が少なく感じるのは、わたし自身も少しは成長しているからだろうか。
じっと手の内のリュエルの実を睨みつけながら、わたしはどんどんと魔力を流し込み、リュエルの抵抗を押し流していく。
透き通った紫色のリュエルの実が、淡い黄色へと変わり始めるのも早い。去年はわたしの魔力が押し戻されるような感覚があったのだけれど、今年はそのような感覚もなく、どんどんと流れ込んでいった。
「ユストクス、これで大丈夫ですか?」
わたしがユストクスを呼ぶと、リュエルに向かって飛び移ろうとしていたアイフィントを切り捨てていたユストクスが周囲を警戒しながら、こちらへとやってくる。
「……早いですね、姫様。大丈夫です。採集したら、すぐに革袋に入れてください」
完全に色が変わったリュエルの実を左手でつかんだまま、わたしは右手で魔術具のナイフを手に取り、枝を切った。
そして、必要ない部分の枝を手早く切り落とし、リュエルの実をすぐさま革袋に入れる。魔力を遮断する革袋なので、もう魔獣に取られるようなことはないはずだ。
「できました!」
「姫様の採集が終わりました」
ユストクスの声にお父様が大きく頷いた。
「では、撤収するぞ!」
「まだです! もうちょっと待ってください。ダームエルにもリュエルを!」
ドォン! 周囲の魔獣を消した神官長がわたしを見上げた。
「何を考えている、ローゼマイン!?」
「夏に求婚しようと思うのならば、それなりの魔石が必要ではないですか。わたくしの護衛をしていたら、魔石を取りに行けないのですから、ここで採集すればよいのです」
わたくしも騎士物語を読む中で学習したのですよ、と胸を張ると、保護者達に生温かい目で見られた。何となく「物語と現実の区別がついていない子供」に向けるような視線に思えて、わたしは目を瞬く。
「……もしかして、違うのですか?」
「間違いではないが……」
神官長がそう言いながら、気遣わしげにちらりとブリギッテの方を見る。
その視線でわかった。本来はこっそり準備する物で、求婚する相手がいる前でやることではないに違いない。
……ああぁぁぁ、気を回したつもりだったのに、わたし、大失敗!?
ひいぃぃ、と、わたしが頭を抱えていると、魔獣をさくさく狩りながら、お父様は「取っておけ、ダームエル」と言った。
「これ以上の品質の魔石はそうそう手に入らんぞ。求婚には申し分ない」
ニヤニヤと笑いながら、お父様は魔物退治を続行する。「あの続きをエルヴィーラが楽しみにしているからな」と聞こえたのは、気のせいだと思っておこう。
騎士団長であるお父様が許可を出したことが決定打となったようで、「手早く済ませろ」とエックハルト兄様と神官長もダームエルの採集の後押しをした。
わたしはブリギッテの様子を伺うが、ブリギッテは頑なにこちらを見ようとせず、黙々と魔獣を狩り続けていた。遠目で暗いので、はっきりとは見えないけれど、ちょっと耳が赤いような気がする。
……ごめんね、ブリギッテ。恥ずかしい思いをさせて、ホントにごめんね。
採集が許されたダームエルは騎獣でリュエルの実に近付くと、「メッサー」と唱えて、シュタープをナイフの形に変形させた。
自分の魔力に染まった高品質の魔石を必要とするわたしと違って、ダームエルが必要な魔石は求婚に使うものだ。今この場で、ダームエルの魔力で染める必要はない。
ダームエルは手早く枝を切り落とし、手近にあったリュエルの実を二つ採集する。求婚用と自分の分だろう。
嬉しそうに灰色の目を細め、丁寧な手つきで自分が持っている革袋の中へと入れる。
「これほど質の良い魔石を持つのは初めてです。後で時間をかけてゆっくり魔力で染めます」
ダームエルの採集も終わったので、わたし達は即座に撤退する。そして、ドールヴァンの冬の館に戻ってぐっすりと眠った。
全ての素材を集め終わった達成感と満足感、そして、健康な自分への期待感で、わたしは弾むような足取りで神官長の部屋を目指す。
朝食後、部屋に来るように、と呼び出しを受けたのだ。昨日もしていたお仕事の続きだろう。早く薬の作成を始められるように、わたしは全力でお手伝いに取り組むつもりだ。
……元気になれる。健康になれる。わたし、普通の女の子になれるんだ。うふふん。
ダームエルは先に神官長のところへ行っているということだったので、わたしはブリギッテとフランと共に意気揚々と神官長の部屋へと向かい、部屋の外で待っていた神官長の側仕えにドアを開けてもらって、入室した。
「神官長、おはようございます! 今日のお手伝いは何ですか?」
明るい挨拶が完全に浮いていた。部屋の中にはピリピリしたような真剣な空気が満ちていて、わたしは慌てて口を閉ざす。
神官長の部屋では誰も仕事をしていない。そもそも、側仕えもドアの前に待機させられていた者以外は全員人払いをされているようで、仕事をしているような人がいない。
難しい顔をしたお父様と神官長とエックハルト兄様がいて、情けない顔をしたダームエルが助けを求めるように「ローゼマイン様」と呟いている。
……ちょっと、ダームエル。何したの?
「ブリギッテ、フラン。下がれ」
素早く部屋から出て行くブリギッテとフランに縋りたい気持ちになりながら、わたしはわけがわからなくて目を瞬く。
そんなわたしを神官長がじろりと睨んだ。
「呼び出された原因はわかっているだろう、ローゼマイン?」
「わ、わかりませんっ!」
特に何かをした覚えはない。この三人に怒られていそうなダームエルの主ということでとばっちりで叱られるということだろうか。
「君はダームエルに何をした?」
「……え、と……ダームエルにしたこと、ですか? 昨夜、リュエルの採集を勧めたことでしょうか? それとも、この間こっそりお菓子をあげたことですか? でも、あれはブリギッテにもあげましたし……」
わたしが自分の行いを必死で思い出していると、神官長が青筋を立てて怒った。
「違うっ! 全く違うぞ! ダームエルの魔力が不自然に上がっているのは君の仕業ではないか、と言っているのだ!」
「違います。魔力が成長しているのは、ダームエルの努力です。……確かに、ちょっとだけ、おせっかいというか、助言はしましたけれど、努力や訓練なしに成長はしませんよ」
どうやら、ダームエルの成長に関するお話だったようだ。怒られるのかと思った、とわたしが胸を撫で下ろしていると、お父様が険しい顔でわたしを見下ろす。
「一体どのような助言をしたのだ、ローゼマイン? いくら何でも成長の仕方がおかしい。成長期をほとんど終えている下級貴族のダームエルの魔力があれほど伸びるはずがないのだ」
「ダームエルが兵法を理解するためにゲヴィンネンを使って、目で見えるように工夫したのと同じように、わたくしの魔力の圧縮の仕方をダームエルに教えただけです」
不可解そうに眉を寄せるお父様とエックハルト兄様と違い、神官長は眉を吊り上げた。
「君の魔力の圧縮の仕方だと? 私は聞いていないぞ」
「え? 神官長にわたくしの魔力の増やし方を質問されたことはなかったと思うのですけれど? それに、自己流ですから、正しいかどうかは存じません。たまたまダームエルができただけかもしれませんから」
わたしが首を傾げると、ダームエルはゆっくりと首を振って、わたしの意見を否定した。
「ローゼマイン様の魔力の圧縮方法を伺えば、成長期の者は飛躍的に伸びると思います。せっかく伸ばした自分の魔力がまた平均以下に埋もれることを懸念して、報告できませんでした。申し訳ございません」
どれだけ努力して伸ばしても、やり方を覚えた者が同じように伸ばせば、平均的に魔力が上がり、ダームエルはまた落ちていくことになる。
「飛躍的な魔力の増幅ができるなど、個人、もしくは一族の秘法でもおかしくないからな。隠したくなるダームエルの気持ちはわかる」
エックハルト兄様が溜息交じりにそう言った。
隠していたことが叱られるようなことではないのならば、一体何の話だろうか。わたしは金の瞳で静かにわたしを見ている神官長に視線を向ける。
「ローゼマイン、君はダームエルと違って、周囲に秘匿するつもりはなかったのだろう?ならば、その方法を魔力不足のエーレンフェストに広げようと、何故考えなかった?」
「何故とおっしゃられても……」
確かに、エーレンフェストが魔力不足なのだから、皆の魔力を上げることを考えるのが当然の流れなのかもしれない。でも、本を広げることは考えても、魔力の増やし方を広げることは考えなかった。
「魔力の圧縮は、わたくしにとって常に生死の境目で、生きるために行ってきたことです。ですから、魔術具を持っている貴族に教えるようなことではないと思っていましたし、これが危険な方法であれば、死ぬ人が出るかもしれないではありませんか。そんな危険なこと、広げられません」
わたしの言葉にお父様は納得を示し、神官長は不可解そうにこめかみを押さえた。
「ならば、何故ダームエルに教えた?」
「ダームエルはわたくしの素性を知っていて、生死の危険がある中で行ったことだという意味と重みがわかる相手ですから」
ここにいるのは、わたしの素性を知る人ばかりだ。皆が揃って難しい顔になった。
「なるほど。君の考えはわかった。広げる気がないことも。……だが、敢えて頼みたい。君の魔力の圧縮方法をエーレンフェストの他の貴族にも教えてほしい。魔力不足は早急に解決せねばならない課題だ。これから先のエーレンフェストを担う子等の魔力が増えるならば、それに越したことはない」
神官長の顔に焦りのようなものが見えている気がする。
ここ二年ほど、わたしが祈念式で祝福を行うようになってから、魔力は満たされ、収穫量は増えているはずだ。手伝ってくれる青色神官の魔力量を増やすことを考えるならばまだわかる。けれど、貴族の魔力を、早急に、増やさなければならない理由がわからない。
「ずいぶん性急そうに見えますけれど、何か理由があるのですか?」
「理由というほどではない。ゲオルギーネがアーレンスバッハの第一夫人という立場を使って、何か仕掛けてきた時のための準備の一環だ。貴族の魔力の底上げができるならば、それに越したことはない」
神官長が準備の一環というのだから、協力した方が良いとは思う。
でも、魔力の圧縮方法に関しては、不安要素もたくさんあるのだ。あまりほいほい教えたいものではない。
「領地のためというならば、教える分には構いません。ただし、条件はたくさん付けさせていただきます」