Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (264)
ヴィルフリートの行い
リヒャルダが早足で部屋を出て行く。その顔色さえ悪いのを見ると、ヴィルフリートがとんでもないことをしてしまったことが、わたしにもわかった。
重い沈黙が部屋に満ち、誰もが眉を寄せて俯きがちになっている。その沈黙を破ったのは、アンゲリカに取り押さえられていたヴィルフリートだ。
「ランプレヒト、其方は私の護衛だろう!? 一体何をしている!? 助けろ!」
指名を受けたランプレヒト兄様は、奥歯を噛みしめるような悔しそうな顔をして、ゆっくりと首を横に振った。
「ヴィルフリート様、貴方は去年の秋以来、我々の目を盗んで抜け出すこともなく、お勉強や剣のお稽古に真面目に励んでまいりました。次期領主として相応しくあろうと努力するお姿を、私は本当に誇りに思っていたのです。それなのに、何故このような……」
ランプレヒト兄様の言葉はヴィルフリートに仕える者達を代表した言葉だったようだ。誰もがランプレヒト兄様と同じような歯がゆくて、悔しくて、無念で仕方がないような顔をしている。
「一体いつ、そして、何故、そのようなことをしたのですか? それがわからぬうちは、ヴィルフリート様の拘束を解くことはできません」
「なっ!?」
信じられない言葉を聞いたように、ヴィルフリートは大きく目を見開き、自分の側仕えと護衛騎士を自由にならない体勢のまま、視線だけを巡らせて見つめる。
「……私がおばあ様と会ったことは、それほどのことなのか?」
「はい」
リヒャルダを先頭に、養父様、お父様、神官長、エックハルト兄様が揃ってやってきた。どの顔も感情を見せない無表情だ。
養父様は入ってすぐのところでアンゲリカに押さえられているヴィルフリートと蒼白になっているヴィルフリートの側仕えと護衛騎士を見比べ、わたしとシャルロッテを見て、一度目を伏せた。
「何が起こったのか、詳しく聞きたい。ローゼマイン、すまぬが、このまま部屋を使わせてもらうぞ」
「はい」
「オズヴァルト、ヴィルフリートの側仕え及び護衛騎士を全員呼び出せ。……そして、エックハルト、この場にいるローゼマインとシャルロッテの側仕えをヴィルフリートの部屋から出さぬように。あぁ、リヒャルダは残せ」
「はっ!」
側仕え達が粛々とした態度でエックハルト兄様と共に出て行き、わたしの護衛騎士だけは部屋の警護のために残された。部屋の外にダームエルとブリギッテ、部屋の内側に残った護衛騎士はコルネリウス兄様とヴィルフリートを押さえたままのアンゲリカだ。
側仕えが連れ出され、一人取り残されたシャルロッテがひどく不安そうに周囲を見回しているのが見えた。わたしが軽く手招きをして、こちらへ来るように示すと、シャルロッテが小さく頷いて、寄ってくる。
リヒャルダが一人でてきぱきと準備をして、保護者達とわたし達が話し合いをするための席を整えていく。楽しいお茶会の席が真剣な話し合いの場へと作り変えられていくのを見て、わたしは軽く溜息を吐いた。せっかくのお茶会だったのに、残念だ。
「失礼いたします」
リヒャルダの準備が整う頃、おそらく別の仕事をしていたのだろう、養母様が到着した。アンゲリカに押さえられたままのヴィルフリートを見て、養父様に何とも言えない笑顔を向ける。
「ローゼマイン姫様はこちら、シャルロッテ姫様はこちらへお座りくださいませ」
リヒャルダがわたし達を丸テーブルに誘導する。神官長、養父様、養母様の順で座っているのだが、私は神官長の隣、シャルロッテは養母様の隣に座らされた。
そして、わたしとシャルロッテから少し距離を置いたところに椅子が一つ。ヴィルフリートの席だと思われるその場所に座る者はまだいない。
「緊急の呼び出しにより参上いたしました」
「オズヴァルト様に呼び出されたのですが、こちらで間違いないでしょうか?」
非番の者も含めて全員を呼び出したようで、ヴィルフリートの側仕えと護衛騎士が部屋に揃った。誰も彼も床に押さえつけられているヴィルフリートの姿にぎょっと目を見開き、領主夫妻の姿があることにグッと息を呑みながら、テーブルから少し離れたところに整列し、跪いていく。
「全員揃いました」
オズヴァルトの声を聴いて、じっとヴィルフリートを見ていた養父様はわたしの方を向いた。
「ローゼマイン、ヴィルフリートを解放してもらってよいだろうか。話をしたい」
「かしこまりました。アンゲリカ」
わたしが声をかけると、アンゲリカは小さく頷き、ヴィルフリートをすぐに解放する。そのまま扉の前へと向かい、部屋の護衛任務に就いた。
「ヴィルフリート、座れ」
「……はい、父上」
ヴィルフリートが小さく頷き、リヒャルダが引いた椅子に座る。
ほんの数秒をじりじりとした心境と重い沈黙が支配した。膝の上に置いていた手をグッと握った時、隣に座る神官長が口を開いた。
「物事にはそれぞれの見方がある。全てを
詳
らかにし、その上で判断せねばならぬ」
「嘘偽りを述べることは、罪だと心得よ」
そう言った領主がわずかに目を細め、ずらりと並ぶヴィルフリートの側仕えと護衛騎士を見回す。そして、整列する側仕え達の先頭に跪いているオズヴァルトに視線を止めた。
「オズヴァルト、私はここしばらくヴィルフリートが抜けだしたという報告を受けたことなどなかったのだが、いつヴィルフリートの姿を見失ったのか、聞こうか?」
「……我々が業務についている状態でヴィルフリート様を見失ったことはございません。この一年、ヴィルフリート様は非常に真面目に真摯な態度で課題に取り組んでまいりました。その報告に偽りなどございません」
オズヴァルトが顔を上げ、真っ直ぐに養父様を見ながらそう答えると、オズヴァルトに賛同するようにヴィルフリートの側仕え達が頷いた。
「むしろ、私が伺いたいのです。ヴィルフリート様がどのように我々の目を
欺
いたのか」
「私は欺いてなどいないぞ、オズヴァルト!」
ヴィルフリートが叫ぶと、少し眉を寄せた養父様が側仕え達からヴィルフリートへと視線を向ける。
「……欺いてなどいない、悪いことなどしていない、そう思うのならば自分の行いを正直に言えるはずだ。ヴィルフリート、其方はいつ母上に会ったのだ?」
「狩猟大会の時です、父上」
はきはきとヴィルフリートが答えた瞬間、皆の顔色が変わったけれど、わたしには理解できない。何故、皆が顔色を変えたのか。
「あの、狩猟大会とは何でしょう? わたくしは存じませんけれど……」
わたしが首を傾げると、神官長が答えてくれた。
「ローゼマインは神殿の務めで各地を巡るから知らぬだろう。その名の通り、城の森で狩猟を行うのだ。冬の社交界を前に大規模に行われる。獲物は冬の食料にもなり、その狩った獲物の数で褒賞が出るので、貴族街にいる騎士が最も張り切る行事だ」
城の備蓄を増やす冬支度の一環のイベントらしい。騎士達と文官や側仕えの中でも希望者は狩りへと回り、その腕を競いつつ、獲物を狩る。騎士以外の女性と子供は応援しつつ、外でお茶会を行うという優雅な催しだそうだ。
各地の収穫祭の時期に行われるので、文官は徴税品の管理に大忙しで、普段貴族街にいる貴族、それも騎士達が盛り上がるイベントだと言う。いつだったか、青色神官に扮していたジルヴェスターがおべっかばかりでつまらない、と言っていた狩りのことかもしれない。
騎士が腕を競う大会になるので、貴人に付いている護衛騎士が手薄になるそうだ。その代わりに側仕えは付いているそうだが、お茶会が行われるため交代も多く、いつもと同じようにはいかないらしい。
「狩猟大会ではフロレンツィアと共に居たのではないのか?」
「途中までは一緒にいましたが、冬に知り合った学友に誘われて、一緒に子供向けのゲームをして遊んでいました」
「その時はオズヴァルトが共に居たはずです。わたくしは目を離さぬように言いましたから」
フロレンツィアがオズヴァルトを真っ直ぐに見据えた。オズヴァルトは交代の者が来るまでヴィルフリートと共に学友の面倒を見ていたようだ。
「私が付いていた時は特に変わったことはございませんでした。それから、リンハルトに交代したのです」
ヴィルフリートと学友達がふざけあって走り回る後を必死に追っていたリンハルトはふざける男の子達に足を引っかけられ、負傷したらしい。そして、手当てする間、学友達の側仕えが交代の時間までヴィルフリートの面倒を見てくれることになったそうだ。
「リンハルトが手当てに行った後、私達はかくれんぼをしました。大人に見つからないように、お茶会の広場を通り抜けるのです。見つからないようにテーブルの下に隠れながら、通り抜けていたのですが、その時に様々な貴族の話を聞いたのです。ローゼマインとフェルディナンドのせいで、おばあ様や大叔父上が捕えられたのだ、と」
「誰が言っていたのだ?」
「その場にいた皆です。男も女も、皆がそんな話をしていました」
ずっと手を動かし、発言を書き留めている神官長が「旧ヴェローニカ派の集まる場に迷い込んだか、その子供に連れ出されたか」と小さく呟いた。子供の後ろには必ず親の存在がある、とリヒャルダに注意されたことを思い出し、わたしは軽く目を伏せた。
子供同士の鬼ごっこやかくれんぼで、そのような陰謀を考えなくてはならないなんて信じられない。わたしがヴィルフリートでも特に疑問も持たず、一緒に遊んでいただろう。そして、たまたまその場に集う大人が旧ヴェローニカ派だとは思わず、これだけの人数が言うのだからそうなのだろう、と信じてしまうに違いない。
……わたしがあそこに座っていてもおかしくなかったかも。
ヴィルフリートを見ながら、わたしはそう思った。神殿にいる時間が長く、城での行事や交遊関係がないので、わたしは今まで失敗をしていないだけだ。真剣に貴族関係を覚えなければ、きっとヴィルフリートと同じ失敗をするに違いない。
「ヴィルフリート、私は説明したはずだ。他領の貴族を街に入れることを禁じたにもかかわらず、叔父上が母上を唆し、母上が領主の印を勝手に使い、他領の貴族を街に招き入れたのだ、と。領主の印を勝手に使用したことによる公文書偽造と他領貴族の引きいれで、母上は罪に問われたのだ、と。聞いていなかったのか?」
養父様は難しい顔になり、ヴィルフリートを見つめる。父親である養父様の言葉ではなく、余所の貴族の言葉を信用したのか、と問われたヴィルフリートはふるふると頭を振った。
「私はテーブルの下から飛び出して、父上からそう聞いた、と言いました。そうしたら……おばあ様が罪を犯したこと自体は、父上の言う通りで間違いではないが、罪を犯すようなことになったのは、ローゼマインが原因だったのだ、と。フェルディナンドが陰謀を巡らせたのだ、と言われたのです」
何人もの知らない大人からそう畳み込まれれば、ヴィルフリートが不安になるのはわかる気がした。
多分、父親から聞いた言葉が全否定されていれば、反抗しただろう。だが、父親の言葉は肯定した上で、別の情報を付け加えられているのだ。すんなりと相手の話が脳に入ってきたに違いない。
しかも、その付け加えられた情報も完全には間違っていない。ヴェローニカはわたしをビンデバルト伯爵に売り飛ばすために罪を犯したのだから、原因がわたしだと言えなくはないし、神官長は前神殿長を排除するために証拠集めに奔走していた。一つ罪を犯しただけのつもりが、本人の記憶にも残っていないような小さな罪まで罪状が明らかにされていれば、陰謀が張り巡らされていたように見えたと思う。
「そうしたら、その場にいた誰かが、おばあ様に直接伺うことができれば、どちらの言い分が正しいかわかるのではないですか、と言ったのです」
領主がきつく目を閉じた。
巧みな誘導だと思う。ヴィルフリートは、母親から取り上げた祖母によって養育されてきたと聞いている。ヴィルフリートにとっては、母であるフロレンツィアよりもずっと養育してきた祖母ヴェローニカの方が、自分に近くて大事な存在なのではないだろうか。
無条件に信頼する家族が祖母ならば、その言葉を信用するのは当然だ。
「別の男が、おばあ様が捕えられている場所は白い塔だと言いました。私がその塔がどこにあるのか問いかけたら、せめて、場所だけでも確認してみますか? と一人の女性が言って、場所を教えてくれました。私達は探検のつもりで塔のところへと行ったのです」
探検だ、本当に塔があるか確認するだけだ、そう言い合いながらヴィルフリートが学友達と教えられた通りに進めば、本当に塔があったらしい。その塔の前には一人の男がいて、「ここの扉は領主か、その子でなければ開けることはできない」と言われたそうだ。
ただ鍵がかかっているだけだ、そう思いながら、他の者が扉を開けようとする姿を見ていたヴィルフリートだったが、「ヴィルフリート様もやってみますか?」と言われ、扉を開けてみたらしい。
「他の者が扉に手をかけても開かなかったのに、私が開けたら、本当に開いたのです」
「そうだろうな。……それで入ってしまったのか? 他の誰が共に入ったのだ?」
養父様が力なくそう問いかける。ただの確認だった。そのままヴィルフリートが入ったことは誰にでもわかる。そうでなければ、「おばあ様から聞いた」という言葉が成り立たない。
「私一人です。学友達に、我々には入れません、と言われたのです。他の者では扉が開かなかったのと同じように、他の者には塔に入れないのだとわかったので、私だけで塔に入りました。そうしたら、塔の中には本当におばあ様がいらっしゃって、私に真実を教えてくれたのです」
そう言って、ヴィルフリートがわたしと神官長をキッと睨んだ。それから始まったヴィルフリートの言葉はヴェローニカの代弁だった。
「おばあ様があのようなところに閉じ込められ、辛い思いをしているのは、全部ローゼマインとフェルディナンドのせいなのです」
ヴェローニカを弁護し、わたしと神官長を糾弾するヴィルフリートの姿に、堪え切れない痛みを感じたような表情を見せて、養母様がきつく目を瞑る。
「父上、お願いします。おばあ様を……」
「言うな! その先は言ってはならぬ!」
バン! と大きな音を立てて、養父様がテーブルを叩き、ヴィルフリートの言葉を遮った。突然、そのように言葉を遮られると思っていなかったらしいヴィルフリートは目を丸くして、養父様を見る。
「……父上?」
「ヴィルフリート、母上の罪を明らかにし、その罪状に見合った裁決を下したのは私だ。ローゼマインでもフェルディナンドでもない。アウブ・エーレンフェストだ」
わたしと神官長が悪い、と祖母の言葉を連ねていたヴィルフリートが、驚いたように目を見張った。まるで、罪を犯して祖母が捕えられたことを知っていても、裁決を下したのが父親だと理解していなかったような顔だ。もしくは、悪いのがわたしと神官長だと聞いて、祖母を捕えたのもわたし達だと記憶が塗り替えられたのかもしれない。
「私の裁決に異議を唱えるのは、領主への反抗と
見做
される。其方は反領主派と呼ばれ、私や母であるフロレンツィアと対立したいのか?」
厳しい表情で問われた言葉にヴィルフリートは慌てた様子でぶるぶると頭を振った。
「私は父上や母上に反抗しようなどと考えてはおりません!」
「だが、母上を擁護し、私に異議を申し立てれば、周囲からはそう見られるのだ。
迂闊
なことを言ってはならぬ。……そう何度も言ったはずだ」
「……迂闊なこと……」
悔しそうにヴィルフリートが歯を食いしばって、わたしと神官長を睨んだ。
養母様がカタリと立ち上がると、ヴィルフリートのところへと足を向け、悲しげに微笑みながら、そっとヴィルフリートの頬を撫でた。
「ヴィルフリート、貴方はおばあ様であるヴェローニカ様の真実を知りました。ですけれど、真実は一つではありません。フェルディナンドが初めに言った通り、人には皆、それぞれの見方があり、それぞれの真実があるのです。わたくしが知る真実では、ローゼマインはヴェローニカ様の被害者です。むしろ、陰謀を巡らせ、領地に混乱をもたらしたのがヴェローニカ様なのですよ」
「母上!?」
信じられないと言うように、ヴィルフリートが目を見開いて、養母様の言葉を振り払うように何度も首を振る。そんなヴィルフリートを抱きしめて、養母様が声を振るわせた。
「わたくしは生まれてすぐの貴方をヴェローニカ様に取り上げられました。こうして撫でることも、抱きしめることも許してくださいませんでした。そればかりか、貴方にまで罪を犯させてしまいました。それがわたくしにとっての真実なのです」
ぴたりとヴィルフリートの動きが止まり、不思議そうに目を瞬きながら、今にも泣きそうな養母様を見上げる。
「……私が、罪を犯したのですか?」
「えぇ、そうです。ヴェローニカ様のいらっしゃる塔は、領主一族の中でも深刻な罪を犯した者を幽閉しておくための塔です。アウブ・エーレンフェストの許可なく入ってはならないのです。無断で立ち入った者は、領主への反乱や罪人の逃亡幇助に問われます」
「なっ!? そのようなことは、あの場にいた誰も……」
事の重大さを知ったヴィルフリートが真っ青になっていく。
わたしも血の気が引いた。そんな御大層なところに幽閉されているとは思わなかった。せいぜい、その塔は離宮のようなものかと思っていたし、顔を合わして話をするだけで、それほど重罪になると思わなかった。
「これは狩猟大会の喧騒の中、塔へと連れ出した者達の陰謀なのかもしれません。……ですが、罪を犯したのは貴方なのです」
噂を吹き込んだり、塔の存在を教えたりした貴族達は罪らしい罪を犯していない。お茶会で噂話をしていただけ。聞かれたから答えただけ。学友達も一緒に遊んでいただけ。探検しただけ。本当に塔があったので扉を開けることができるかどうか試してみようと声をかけただけ。
ヴィルフリートを無理やり引っ張っていったのでもなければ、塔の中に押し込んだわけでもなく、本人達は一歩も塔に立ち入っていないのだ。
罪に問えるのはヴィルフリート、ただ一人である。
「そんな、私は……」
「わたくしはまたヴィルフリートから引き離されてしまうのですね」
やっと我が手に戻ったと思ったのに……、と呟いたフロレンツィアの目から涙が零れた。
領主によって幽閉されていた重罪人の逃亡幇助に問われれば、ヴィルフリートも廃嫡どころの処罰では収まらないだろう。
わたしは養父様と神官長を見た。
養父様が必死に考えを巡らせている顔になっているが、ヴィルフリートの罪は明らかで、自白までしている。庇うのは難しいだろう。
「……面倒なことになったな。だから、あの時に廃嫡にしておけと言ったのに」
神官長は何やらガシガシと書き続けていた手を止めて顔を上げた。
「真実は人の数だけ存在する。ローゼマイン、君の真実をヴィルフリートに教えてやれ。ヴィルフリートの祖母のために失ったものがあるだろう?」
神官長の声にハッとしたようにヴィルフリートはわたしを見る。
「違う。ローゼマインは陰謀を……」
「それはわたくしの真実ではありません、ヴィルフリート兄様」
神官長が何を考えているのかわからないまま、わたしは設定として準備されている話をする。神殿で隠されて育てられていたこと。前神殿長が平民と勘違いして、貴族にそれを流布したこと。前神殿長が自分の姉に頼んで他領の貴族を引きいれたことで、売られかけたこと。わたしを守ろうとした護衛や側仕えが負傷したこと。魔力を目当てにやってくる他領の貴族から守るために領主が養女としてくれたこと。
祖母が罪を犯したことを知っていても、それがわたしとどのような関わりがあるのか知らなかったらしいヴィルフリートは愕然とした顔になった。
「そ、それで、ローゼマインは何を失ったのだ?」
家族、と心の中で答えながら、わたしはそっと目を伏せる。
「……自由です。それまでわたくしは下町に出かけて、本作りのために色々な工房の者に協力してもらっていました。けれど、下町に降りることを禁止され、下町の者と親しく接することを禁止され、領主の養女として恥ずかしくないように厳しい教育を受けることになりました。わたくしが洗礼式を終えた直後に神殿長の職に就いたのは、前神殿長が捕えられたことにより、魔力的な穴を埋めるためです。それがどれだけ大変な仕事なのか、ヴィルフリート兄様はご存知でしょう?」
ヴィルフリートが軽く唇を噛んで頷いた。
素直なのだ、本当に。わたしの陰謀だ、と口では言っているくせに、わたしの言葉を素直に聞き入れている。
そんな様子を寂しそうに見ながら、養母様はヴィルフリートの髪を優しく手で梳いて語り掛ける。
「ヴィルフリート、ヴェローニカ様が罪を犯したことで、ローゼマインは大変な目に遭いました。今も多くの責任を抱えて苦労しています。それでも、ヴェローニカ様のせいだとは言わなかったでしょう? ヴィルフリートが廃嫡の危機に陥った時には精一杯助力してくれたでしょう? それは貴方の真実にはなりませんか?」
ハッとしたようにヴィルフリートがわたしを見た。そして、見る見るうちに顔が赤くなっていく。
「すまぬ、ローゼマイン。私は……その、恩知らずだった。其方に色々と尽くしてもらったのに」
「よろしいのですよ。わたくしにとって、ヴェローニカ様は前神殿長の望むままに罪を犯した困った方です。お顔もお声も知りませんし、お名前さえ、つい最近知った方ですけれど、ヴィルフリート兄様にとっては大事な家族ですもの。わたくしよりヴェローニカ様を信用するのは当然です」
わたしもヴィルフリートの言葉とトゥーリの言葉ならば、間違いなくトゥーリを信用する。多分、何を言われても頑なに家族を擁護すると思う。ヴィルフリートのように素直に相手の言葉を聞き入れることなんてできないだろう。そういう意味で、ヴィルフリートはすごいと思う。
「養父様、ヴィルフリート兄様は罪に問われるのですか? 明らかに誘導された結果ですし、塔には踏み込んだものの、まだ何もしていませんけれど……」
養父様は口を開かずに、神官長の方をちらりと見た。できることならば罪に問いたくはないが、指摘されれば問わずにおけるはずがない。そういう顔だった。
「何もしていないわけではない。犯罪者の言葉を鵜呑みにし、君の部屋に許可なく侵入し、我々を罵ったではないか。君は許すのか?」
「だって、ヴィルフリート兄様は謝ってくださいましたし、家族を信用するのは当然だと思うのです。それに、わたしもヴィルフリート兄様の立場ならば、同じことをしたのではないかと思うから……」
言葉の最後が段々と小さくなっていくのが自分でもわかる。同じことをしそうだから、許すと言うのが馬鹿なことだとはわかっている。
でも、どうにも責める気分になれないのだ。自覚があるが、わたしは家族への思いを出されると弱い。
神官長はものすごく嫌そうに顔をしかめ、「本当に君は甘いな」と呟きながら、ヴィルフリートへと視線を向けた。
「ヴィルフリート、其方は今、三つの真実を知ったことになる。祖母にあたる先代領主夫人に教えられた真実と、父親であるアウブ・エーレンフェストから聞かされた真実と、ローゼマインから見た真実だ。全てを聞いた其方が何を思い、何を考えたのか、聞きたい」
神官長の視線を受けたヴィルフリートは自分の考えをまとめようと、やや俯いて顎に手を当てる。
しばらく考え込んでいたヴィルフリートがゆっくりと顔を上げ、真っ直ぐに神官長を見た。