Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (266)
ユレーヴェ作りと魔力圧縮
神官長に言われて、わたしは次の日の午前、3の鐘から4の鐘までの間、お薬作りをすることになった。この薬が完成すれば、わたしは健康になれるのだが、魔力圧縮を急ぐ神官長がとても気になる。神官長の隠し部屋に通されたわたしは、材料を取り出したり、機材の確認をしたりして何やらごそごそとしている神官長の背中に問いかけた。
「神官長、もしかして魔力の圧縮はかなり急がなければならないのですか?」
わたしの質問に、神官長は驚いたように振り返って「今頃何を言っている?」と苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「……ローゼマイン、君の魔力圧縮で効果が出るまでにどのくらいかかる?」
「知りません。わたしは生きるために無意識で圧縮してきましたから。……ダームエルには春の終わりに教えましたけど、元々ちょっと魔力が伸びていたみたいです。大人に使うのは初めてなので、本当に効果があるのかどうかさえ、全くわかりません」
わたしの答えに神官長は「さもありなん」と呟いた。
「我々が試してみて、魔力が増えれば、同じ派閥の者にも挑戦させる。それから、魔力目当てに派閥に入る者にも教えていくことになるが、エーレンフェストの魔力の底上げをする、と考えれば、一体どれだけの年月がかかる? できることならば、次にゲオルギーネが来るまでに、せめて、我々だけでも魔力を増幅させておきたいのだ」
わたしの祝福でちょっとずつ魔力が伸びていたダームエルが半年ほどかかって、周囲にもわかる程度に魔力が伸びた。成長が止まっている大人でも魔力が伸びるかどうか、どのくらいの期間で伸びるのか、ゲオルギーネが再びやってくる夏の終わりまでに実験して結果を得たいとなれば、本当に時間がない。
「……急務ですね」
再びゲオルギーネがやってくるまで、と言われれば、わたしも神官長の焦りがわかるような気がした。様子見であれだけ騒動の種をまいてくれる人だ。本腰を入れられたらどうなるかわからない。
「そのため、ユレーヴェ作りは後回しにしたい」
神官長に目を細めてそう言われ、わたしは慌ててブルブルと頭を振った。ここで譲ると、どんどん後回しにされてしまうのが目に見えている。わたしは早く健康になりたい。
「嫌ですっ! ダメですっ! それって、つまり、ユレーヴェ作りがゲオルギーネ様の後に回るってことですよね? そこまで待てません。急いで薬作りを終わらせて、それから、魔力圧縮です」
「強情な……」
わたしが我儘を言っているように言われても、これは譲れない。
「ゲオルギーネ様がいらっしゃる前に神官長が魔力を圧縮したいのと同じように、わたくしもゲオルギーネ様と対峙する前に健康を手に入れたいです。今のままでは何かあっても走って逃げることさえできないではありませんか!」
「……確かにそうだな」
他人の魔力増幅より、自分の健康だ。「誰が狙われるのかわからない」と言ったのは神官長である。底上げというならば、わたしの体力が最優先に決まっている。
わたしの必死の主張が通じたようで、神官長は一つ頷くと木箱を抱えて、出口へと向かった。
「まずは、君の神殿長室に隠し部屋を作る」
「え?」
「薬を調合する場所が必要だからな」
「ここで良いではありませんか」
わたしは素材と機材の溢れる部屋を見回した。神官長も同じように見回し、溜息を吐く。
「……作業するには狭すぎるではないか」
実験道具のような機材に、素材がたくさん、そして、資料や自分でまとめた実験結果などの大量の紙と木札。神官長の隠し部屋は物が多すぎる。
おまけに、ここは孤児院長室の隠し部屋と違って、一定の魔力がなければ入れないので、掃除する側仕えが入れない。実験が大詰めの時や新素材が見つかって神官長があれこれ考えている時は部屋の状態がひどいことになるのだ。
「君が薬を飲んで眠る場所が必要になるので、どうせ隠し部屋は作らねばならない。ついでに、その場で薬が作れるように大きな部屋にするくらい大した手間ではないのだから、さっさとしなさい」
ユレーヴェを使えば昏睡状態に陥ることがわかっているので、危険を避けるためにも入室できる者を制限した隠し部屋が必要になるらしい。
「どのくらいの広さが必要ですか?」
「神殿長室くらいの大きさがあれば十分だ。魔力の登録は君と私でする。君が眠っている間、誰も入れないようでは困るからな」
わたしは神官長に言われるままに、神殿長室に隠し部屋を作ることにした。孤児院長室でも登録したし、小神殿でも作ったことがあるので、それほどの緊張はない。神殿長室にある隠し部屋へと続く扉の魔石に、魔術具の指輪をはめている左手を当てて、魔力を流し込んでいく。
わたしの魔力を得て、扉に青白い光を放つ魔法陣が浮かび上がった。
魔力登録のために自分の魔力を流し込むと青白い魔法陣の上を赤い光が走り始める。
同時に、扉の魔石を押さえた自分の手首の辺りに赤い光が走り、複雑な模様と文字を描いていく。
……このファンタジーっぽいの、何回見てもいいなぁ。ドキドキする。
わたしが高揚した気分で魔法陣を走る魔力を見つめていると、神官長がわたしの手に自分の手を重ね、神官長の魔力を流し込み始めた。一瞬ビックリしたが、そういえば一緒に魔力を登録する、と言っていた。
……そういえば、一緒に登録ってどうするんだろう?
わたしが首を傾げる間にも、流れる魔力が多くなったせいか、魔法陣を走る赤の光が強くなっていく。
わたしの背後にいる神官長がシュタープを右手に握り、「スティロ」と唱えた。
神官長がそのシュタープで魔法陣に触れると、赤い光で書かれた文字が消えたり増えたりしながら、踊るようにして動き始める。魔法陣から飛び出した文字が弾けるように消え、シュタープの先で書かれた文字や図形と入れ替わって、魔法陣がどんどんと書き換えられていく。
シュタープで文字を自在に操り、魔法陣を書き換えていく光景は、不思議で、綺麗で、自分でもやってみたくなる魅力にあふれていた。
「神官長、この文字がふよふよくるくるってするの、すごくカッコいいです。わたくしにも魔法陣の書き方を教えてください」
「それは君がシュタープを手に入れてからの話だ」
「あぅ」
わたしがカッコよく魔法陣を書けるようになるのは、まだまだ先のことらしい。ガックリと肩を落とすのと、隠し部屋が完成するのはほぼ同時だった。
「これで良かろう」
隠し部屋ができたら、神官長は自分の魔力で染めた魔石のブローチを側仕えに付けさせた。神殿長室の隠し部屋に入るためには絶対に必要なのだそうだ。そして、その側仕え達を動員して、自分の隠し部屋から素材の詰まった木箱をどんどんと運び込ませていく。
「その箱はそちらの隅に並べていってくれ」
神官長は側仕えに指示を出しつつ、大きな布を部屋の真ん中に広げ始めた。一見すると、収穫祭の時に徴税官が使う転移用の魔法陣に見える。
「神官長、これは転移用の魔法陣ですか? 徴税の時の物に似ていますけれど」
「あぁ、似たようなものだ。少し下がっていなさい」
神官長はわたしに退くように言うと、魔力を流し始めた。
徴税用の魔法陣は大量の物を置いてそれを一気に城へと運ぶための魔法陣だったが、これは逆に物を取り出すための魔法陣だったらしい。魔法陣に手を突っ込むようにして、神官長が色々と物を取り出し始めた。
……うはぁ、イギリスのお話の某乳母みたい。
魔法陣から白い石造りの風呂になりそうなくらいの大きな箱やわたしが入れそうな大きな鍋、櫂のような長い金属っぽい棒、大きなテーブル、それに加えて、木箱がいくつも取り出されていく。
ちなみに、取り出された物を運ぶのは側仕え達だ。
「……わたくしの隠し部屋なのに、何だか神官長の第二の工房のようになってきましたね」
「私の工房ではなく、むしろ、君の工房だ。どうせ貴族院に入れば必要になるのだから、今から持っていても特に問題なかろう」
わたしの工房と言われただけでテンションが上がるのは何故だろうか。やはり、本棚を置いて資料をたくさん置けるようにしようか、それともいっそ集密書庫のようにしてみようか、と夢が広がるせいだろうか。
「ローゼマイン、ぼんやりしていないで、調合鍋に君が集めた季節の素材を入れていきなさい」
わたしの夢の工房を思い描いていると、大きな鍋を指差して、神官長がそう言った。鍋に素材を入れて、魔力で練り合わせていくのだそうだ。
「大きい鍋ですね。わたくしが入れそうです」
「なんだ、煮込んでほしいのか?」
神官長の目が本気に見える。わたしは慌てて首を横に振る。
「わたくしは煮ても焼いても食べられません!」
「あぁ、腹を壊しそうなので、食べる気は毛頭ない。……良い魔力が取れそうだと思っただけだ」
「余計に怖いですっ!」
神官長を警戒しながら、わたしは帯の上から付けられている飾り紐を外して、袖が邪魔にならないようにたすき掛けにした。そして、高さを調節するための木箱の上に立つ。
目の前には大きな鍋、手には舟をこぐ櫂のようなへら。三角巾があれば、完璧に給食のおばちゃんだ。
「君が採集した魔石を一つずつ、春から順番に入れていきなさい。一つ目が解けだしたら、次を入れていくように」
「はい」
わたしは神官長に言われた通り、ライレーネの蜜を変化させた緑の魔石を鍋に入れた。そして、長くて大きな櫂でぐるぐる混ぜていく。櫂に魔力が吸い取られていくのがわかった。
「神官長、お薬の調合って、もしかして、結構魔力が必要になりませんか?」
「品質にこだわれば、必要になる。後は量にもよる」
神官長はテーブルの上で、天秤を使って、魔石以外の素材の分量を量りながら、簡潔に答えた。その横顔が邪魔をするな、と言っているのがわかる。目を細めて、真剣な目で量っている神官長は、実験が楽しくて仕方がないようで、完全に趣味の世界に入っていた。
神官長は楽しそうだが、わたしはすぐに飽きてきた。箱の上に立って、ぐるぐる混ぜるだけだ。つまらない。魔石が鍋の中でカランコロンカチャンと音を立てているが、全く何の変化もない。
……これ、いつまで続けるんだろう?
そう思っていたら、突然魔石がどろりと形を崩し始めた。鍋の底にくっつくように、でろんと形を変えていく。
「うわわっ! 魔石がどろりとしてきました!」
「次を入れて、そのまま混ぜ続けなさい」
「はい!」
わたしはリーズファルケの卵を変化させた青い魔石を鍋に入れ、混ぜ続けた。解けた緑の魔石があるため、混ぜても音が鳴らなくなった。その代わり、櫂を動かすのが重くなった気がする。
ぐるぐるぐるぐる……。ぐるぐるぐるぐる……。
緑の魔石が解けているためだろうか、青の魔石は解けはじめるのが早かった。形が崩れ始めたのを見て、リュエルの実を入れて混ぜ、最後にシュネティルムの魔石を入れる。
ぐるぐるぐるぐる……。ぐるぐるぐるぐる……。
「神官長、腕がだるいです」
「我慢しなさい」
わたしの訴えをあっさりと流しながら、神官長が調合鍋の中を覗き込み、次々と見たことがない素材を入れていく。混ざりやすいように小さく切られた素材を鍋に入れるところは料理に似ていた。几帳面にきっちりと刻まれた素材の数々を見ていると、神官長は料理人に向いている気がする。
ぐるぐるぐるぐる……。ぐるぐるぐるぐる……。
「神官長、ちょっと休憩したいです」
「まだ駄目だ」
神官長が木箱から取り出した小さな壺から黒い液体がたらりと垂らされていく。四色のマーブルだった鍋に黒いものを入れられたわたしは、ぎょっとした。けれど、鍋の中の色は変わらない。
どうして色が変わらないんだろう、と首を傾げていると、鍋の中の分量が一気に増え始めた。鍋の底に張り付くような量だった薬が、鍋の八分目を超えていく。
「うひゃあっ!?」
「いちいち驚かないように」
「驚きますよ! わたくし、こんなに飲めません!」
少し余った分は常備薬として置いておこうと思っていたが、こんなにいらない。わたしが調合鍋を指差して言うと、神官長が軽く肩を竦めた。
「杯の半分ほどは飲むが、どちらかというとユレーヴェは飲むのではない。浸かるのだ」
そう言って、神官長は白い石でできた四角い箱を指差した。できたユレーヴェをあの箱に入れて、わたしはあの中で眠ることになるらしい。予想外だ。今までの薬は全部飲んできたので、飲む物だとばかり思っていた。皆、常備薬として腰に下げていたし。
「……溺れませんか?」
「ユレーヴェで溺死したという話は聞いたことがない。案ずるな。それよりも手が止まっている。最後の仕上げだ。きちんと混ぜろ」
わたしがぐるぐる混ぜる鍋の中に、神官長が何かの薬をほんの一滴。ポトンと落とした。その瞬間、薬の表面がカッと眩しく光って、薄い青の薬になった。
「完成だ。これで、いつでも使える」
神官長はそう言いながら、調合鍋に蓋をして、その蓋の上から魔法陣のついた布をバサリと被せた。品質が落ちたり、傷んだりするのを防ぐためのものらしい。神官長の不思議道具にはわたしが知らない便利用品がたくさんありそうだ。今度一覧表を見せてほしいものである。
「神官長、これを使ったら、どのくらいで目覚めるのですか?」
「一月から季節一つ分、といったところか。正直なところ、見当が付かない。だが、少々長引いても大丈夫なように、やるべきことは片付けておけばよかろう」
「やるべきこと……家族に手紙を書いたり、側仕えに指示を出しておいたり、ですか?」
「あぁ、そうだ。君が眠っている間、印刷業に関する業務は、後見人である私が受け持つことになる。なるべく面倒事は持ち込まないように、とベンノに連絡しておきなさい」
「……わかりました」
季節一つ分も眠ってしまうことになれば、ウチの家族が驚くに違いない。ユレーヴェを使うことになった時のためにルッツに渡してもらう手紙を準備しておかなくてはならない。
孤児院はヴィルマに任せておけば大丈夫、側仕えの業務もフランとザームがいれば平気。工房が一番心配だけれど、わたしがいなければ拡大することはないと思うので、印刷するためのお話だけ準備しておけば、ギルとフリッツが回してくれるはず。
わたしはユレーヴェを使う春までにしておくことを指折り数えて、確認した。
ユレーヴェができたので、わたしは神官長に急かされて、次の日には城に向かうことになった。午後に魔力圧縮の方法を教えることになったのだ。
「契約書の準備はできているのですか?」
「あぁ」
関係者以外は人払いされた領主の執務室には、わたしがお願いしてあった通り、木箱と数枚のマントと革袋とアイロンが準備されていた。
部屋にいるのは、わたしと神官長、そして、領主夫妻とカルステッド一家、最後に契約魔術にサインしなければならないダームエルの十人だ。
「では、こちらの契約書にサインをお願いします」
わたしの敵に回らないこと、魔力圧縮の方法は他の誰にも教えないことなどの条件が書かれた契約魔術の書類に皆が順番にサインをして、わたしはお金を回収していく。
上級貴族は大金貨二枚で、同じ家族の二人目からは半額だ。この先、中級貴族は小金貨八枚、下級貴族は小金貨二枚を払ってもらう予定になっている。その半額を契約魔術のためのお金として、エーレンフェストに納めることにしたら、養父様には泣いて喜ばれた。
今回お金は免除されているダームエルにも他の皆と同じように他言できないように書類にサインしてもらい、契約魔術が終わってから、説明を始める。
「では、ダームエルに助手をしていただきましょう」
わたしは、ダームエルに教えた時と同じように、魔力圧縮のやり方を見せた。木箱にバサッと広げたマントを突っ込み、それをぎゅうぎゅうと押し込むのが貴族院での圧縮方法だと言い、なるべく魔力を多く詰めるためにはマントを丁寧に畳むように魔力を圧縮すると良いと教えながら、ダームエルと一緒にマントを畳んで木箱に入れていく。
「なるほど。確かに目で見るとずいぶんとわかりやすいし、魔力が圧縮しやすいな」
目を閉じた養父様が自分の中の魔力を動かしていく。
「養父様、成長期を過ぎた大人でも魔力が増やせそうですか?」
「あぁ、できそうだ」
領主様は楽しそうに言いながら、魔力を圧縮していく。養父様は自分でマントを畳んだことなどない人なので、目で見て、畳むという行為をイメージできるようになると、予想以上に余裕ができたと言う。お父様もお母様も目を閉じて集中しているのがわかった。
「あまり一度に圧縮すると、魔力に酔うみたいに気分が悪くなるとダームエルが言っていたので、無理のない程度に増やしてくださいね」
少し圧縮して、魔力を増やし、増えた分をまた圧縮していく。その積み重ねで魔力を増やしていくのだが、いきなり体内の魔力濃度を上げると魔力酔いするらしい。わたしは常に気持ちが悪くて倒れていたので、どれが魔力酔いかわからないけれど、魔力を圧縮することはあまり体に良いことではないようだ。
夏までに増やしたいダームエルは結構無理をしたようだけれど、少し上げては魔力濃度に体を慣らすことが大事らしい。
「私でもまだ増やせそうだな」
「すごい、すごい。結構余裕があったみたいだ」
「これでどんどん増やして、ランプレヒト兄上やエックハルト兄上より強くなるんだ」
エックハルト兄様、ランプレヒト兄様、コルネリウス兄様が驚きの声を上げながら、魔力を扱っている。多分、脳筋で大雑把な兄様達はマントを畳んだこともあまりないのだと思う。皆、世話をする者が付いている上級貴族のおぼっちゃまだ。ぎゅうぎゅうに押し込むイメージしかしていなかったならば、結構余裕ができると思う。
皆が驚きの声を上げる中、神官長は難しい顔で首を振った。
「私はあまり効果がなさそうだ」
同じようなイメージで魔力を畳むようにして圧縮していたらしい神官長には、ほとんど効果がないらしい。さすが几帳面で真面目な神官長である。どのようにすれば少しでも魔力が増えるか、貴族院時代に色々と挑戦していたらしい。
「では、もう一段階先に進みましょう」
「先があるのか?」
目を見張る神官長の前で、わたしは畳まれたマントを数枚、革袋に入れると、自分の体重でぎゅぎゅっと圧縮した。体積が半分以下になっている革袋を見て、神官長が目を丸くする。
「これがローゼマイン式圧縮方法です」
「やってみよう」
神官長が眉間に皺を刻み込んで、目を閉じると魔力圧縮に取り組み始めた。
眉間に皺を寄せて、脂汗が浮くほどに集中していた神官長が、突然腰に下げている薬入れを取って、ぐいっとあおる。
薬を飲み終わると、また目を閉じて、集中し始めた。
「神官長、何を飲んだのですか?」
「魔力を増やす薬だ。増やさねば圧縮できぬだろう?」
当たり前のことのように言われて、わたしはひくっと頬を引きつらせた。
「それって、ものすごく体に悪いですよね!? わたくし、先程いきなり魔力を圧縮しすぎると体に負担がかかると言いましたよね? 危険なことは止めてください! 危険を減らすために色々と条件を付けて契約魔術まで結んでいるのに、何をしているんですか!?」
自然に増えるのを待っていたダームエルでも魔力酔いを起こしたと言っていたのに、薬で魔力を増やすとは何事だ。
わたしが怒っているのに、神官長は「危険だと思えば止める。大丈夫だ」とぱたぱたと軽く手を振って流した。そして、また目を閉じて集中し始める。
あまりに暇なので、わたしは革袋で圧縮してくしゃくしゃになったマントにアイロンをかけ始めた。三枚目をかけ終わる頃に、神官長が目を開けた。
ゆっくりと息を吐いた神官長は、何とも複雑な顔でわたしを見る。
「……ローゼマイン、君はかなり頑丈だな。精神的に」
「どういう意味ですか?」
「君ほど圧縮するのは、なかなか骨が折れる」
そう言いながら前髪を掻き上げた神官長の顔色があまり良くないように見える。むむっと眉を寄せるわたしの前で、神官長はこめかみをトントンと軽く叩いた。
「これは私個人の考察になるが、どれだけ圧縮できるかは、精神力に大きく左右される。これは今まで通りだ。新しい圧縮法を知っても、精神力がなければ意味がない。それから、体内の魔力の濃度が一気に変わるのだから、最初は魔力を畳むことを思い浮かべながら、少しずつ濃度を上げるのが良いと思う。ローゼマイン式でいきなり倍以上の濃度にするとかなり気分が悪いぞ。慣れるまでに非常に時間がかかりそうだ」
真面目な顔でそう言った神官長に、思わずわたしは眉を吊り上げた。
「ほとんどわたしが先に言ったことじゃないですか! 人の話を聞いていないのですか!? フェルディナンド様、貴方、実は馬鹿ですか!?」
……誰か、ハリセン、プリーズ!
明確な結果が出るのは先の話になるだろうが、こうして首脳陣による魔力圧縮が始まった。