Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (267)
シャルロッテの洗礼式
わたしはでろんでろんに疲れていた。それというのも、新しい妹シャルロッテのおねだりに応えるべく、日夜お勉強に励んでいるからである。貴族の洗礼式、それも、全貴族が集まる冬の社交界の洗礼式だ。下町の洗礼式よりもやることがたくさんあって、失敗してはならない緊張感が毎日積み上がっていく感じだ。
それ以外にもやることはたくさんある。孤児院と自分の部屋の冬支度、冬の手仕事と印刷の手配、神官長直伝の冬の社交界での貴族の対応、魔力圧縮の講習。もう頭がぐらんぐらんしている。
洗礼式ではわたしに任せるのは不安だという理由で魔力を登録するためのメダルの管理と声が届かないという理由で神話を語る部分は神官長にお願いすることになったが、わたしがしなければならないことは概ね覚えた。わたし、ものすごく頑張った。
でも、シャルロッテにこの努力を見せるつもりはない。
……だって、さらっとこなしたように見せて、「お姉様、すごい!」って、言われたいんだもん。
半分死にかけのような有様で秋の終わりを迎え、冬が訪れる。雪がちらつく中、下町の冬の洗礼式が行われた。
その洗礼式で、この世界には本当に神様がいるのかもしれない、とわたしは真剣に思った。神様はわたしにものすごく頑張ったご褒美をくださったのである。なんと、扉のところまで家族が来てくれたのだ。
心配そうに家族が顔を覗かせる中、もこもこに着込んだカミルが走っていた。ちょこちょこよたよたと危なっかしく走っていた。
……ちょ、ちょっと、皆、見て! ウチの弟、マジ可愛い。誘拐を本気で心配するレベルで可愛い。だって、わたし、さらってしまいたい。なに、あのお尻! 神に感謝を!
一目で疲れが吹き飛んだ。しかも、カミルがわたしに向かって手を振ってくれた。トゥーリが言ったからだけど、そんなことは関係ない。わたしに、バイバイって、手を振ってくれたのだ。
……あぁ、もう! どうしよう!? 興奮しすぎて、わたし、礼拝室から部屋まで自力で戻れないかもしれない!
わたしが壇上で興奮と感動に打ち震えているうちに、無情にも灰色神官によって扉は閉められてしまったが、目を閉じれば、そこにはカミルの愛らしい姿が焼き付いている。
「ローゼマイン、ぼんやりしていないで、部屋に戻りなさい」
「……あ、神官長。ちょっと興奮しすぎて頭がくらくらしているので、休憩させてください」
聖典を置くための祭壇に寄り掛かると、白い石造りの祭壇がひやりと冷たくて気持ち良い。ひんやりした祭壇で頭を冷やしながら目を閉じて、わたしはカミルの可愛い姿を反芻する。
「興奮しすぎて動けない? 君は本当に馬鹿なのか?」
魔力の圧縮をしすぎて、二日酔いのような顔をしている神官長に言われて、わたしはむぅっと唇を尖らせたが、動けないものは動けない。
「ローゼマイン、休むならば部屋で薬を飲んで休みなさい。シャルロッテの洗礼式までに回復できぬぞ」
「それは困りますね」
わたしがパッと目を開けると、そこには怖い顔の神官長がいた。驚きに仰け反ろうとしたわたしを神官長が無言で抱き上げて、そのまま壇を下りると、下で心配そうに待っているフランに渡す。
「フラン、これを城へ向かうまでに回復させておけ」
「かしこまりました」
フランがわたしを抱き上げたまま歩き出す。部屋に戻るとすぐに薬を飲まされ、洗礼式の注意事項を書いた木札と一緒にベッドに放り込まれた。
「ローゼマイン様、読み物もございますので、城に向かうまでは寝台でごゆるりとお過ごしください」
「……はひ」
洗礼式の練習と冬の間の指示を出す以外、何もさせてもらえないまま、城への移動日がやってきた。今年は移動した次の日が洗礼式である。フラン曰く、城にいるよりも神殿にいる方がゆっくりできるだろうという神官長のご配慮らしい。おかげで万全の体調でシャルロッテの洗礼式に臨めそうだ。
わたしは朝の早くからリヒャルダとオティーリエによって、神殿長の儀式服に着替えさせられた。トゥーリの新作の髪飾りを付けて、出陣である。
洗礼式に出るシャルロッテより早く大広間に入場することになっているので、わたしは去年よりも早い時間に待合室へと連れて行かれた。護衛騎士は貴族院のマントとブローチを付けたコルネリウス兄様である。
待合室の窓からは本館の正面玄関が見え、次々と馬車が到着しているのが目に映った。家族連れの貴族が降りてきて、次の馬車からはその側仕えらしい人達が降りてくる。楽師らしく楽器を持った者の姿もあった。
「……すごい人数ですね」
「始まりの日と終わりの日はエーレンフェストの貴族が全て集まるのですから。混雑も当然です」
同じように窓の外を見ていたコルネリウス兄様が軽く肩を竦めてそう言った。その間にも空からは騎獣が次々と到着していて、正面玄関はかなり混み合っている。大広間も大人数が集っているだろう。
「もう来ていたのか、ローゼマイン」
「おはようございます、フェルディナンド様」
儀式用の衣装を着た神官長が入室してきた。それから、しばらくすると文官の一人がわたし達を呼びに来た。大広間に入場する時間だそうだ。
わたしは神官長と一緒に入場する。
去年と同じように舞台の中央には祭壇が作られていて、舞台に向かって左側には領主夫妻とその護衛騎士や側仕えが並んでいた。舞台に向かって右側には、フェシュピールを持った楽師達が並び、洗礼式を受ける子供の家族が魔術具の指輪を持って立っている。
わたしが三~四歩くらい歩くと神官長が一歩足を動かす感じで大広間の中央を歩いた。舞台に上がって、準備されていた椅子に座ると「遅い」と小声で文句を言われたが、今更そんなことを言われても困る。
わたし達の到着と共に、領主である養父様が舞台へと上がってきた。
「今年もまた土の女神 ゲドゥルリーヒは命の神 エーヴィリーベに隠された。皆が共に春の訪れを祈らねばならぬ」
領主による社交界の開催が告げられると、貴族達はシュタープを光らせて上げ、春の女神の少しでも早い回復を祈る。
そして、秋の狩猟大会で起こった事件のあらましとその処分について述べられた。ヴィルフリートが次期領主の内定から外され、記憶を探られたことが告げられ、同時に、ヴィルフリートの記憶から探り出した貴族にも処分が与えられた。元々グレーゾーンのことしかしていないので、それほどの罰が与えられるわけではない。
ちょっとした左遷であったり、減俸や罰金であったりと処分自体は軽微なものだったが、この先、重用されることはないことが社交界で大々的に知らされたことになる。それが彼らにとって最大の処罰だ。
その他にも全貴族に向けた細々とした連絡事項が終わると、いよいよ洗礼式とお披露目の始まりだ。
領主が舞台から下りていき、わたしは入れ替わるように舞台の中央に準備されている踏み台の上に、裾を踏まないように気を付けて上がる。神官長がわたしの隣に立って口を開いた。
「新たなるエーレンフェストの子を迎えよ」
大広間に響く神官長の声に楽師が一斉に音楽を奏で始め、扉がゆっくりと開かれていく。扉の前に整列させられていた子供達が足を動かし始めた。領主の娘であるシャルロッテは先頭だ。人数が多い大広間の中央を、緊張した面持ちで歩いてくるのがよく見えた。
シャルロッテの衣装は洗礼式らしく、白のふわふわもこもことした温かそうな衣装に冬の貴色である赤の飾りや刺繍が彩を添えている。毛糸で編まれた赤い襟が付けられていて、それがくるくるとした銀に近い金髪を引き立てていた。わたしが貸した赤い花の髪飾りが淡い色合いの髪によく映えている。
不安そうに揺れていた藍色の瞳がわたしを見て、小さく笑った。
……頑張れ、シャルロッテ。わたしも頑張るからね。
子供達が舞台の前で一度足を止めると、わたしはシャルロッテと目を合わせながら、舞台に上がってくるように、と手を動かして指示する。その指示に従い、シャルロッテ達は舞台に上がって、横一列に並んだ。
今年洗礼式を迎えた子供は11人、そのうち5人の洗礼式が始まった。洗礼式の流れは去年とほぼ同じだ。わたしが神殿長として儀式を行う方の立場で立っていること以外、大きな違いはない。
神官長が良く響く声で神話を語った後、わたしはそれぞれ子供の名前を呼ぶ。下級貴族の子から始めて、最後がシャルロッテだ。
「シャルロッテ」
わたしの声に呼ばれたシャルロッテが嬉しそうな笑顔でわたしの前へと近付いてきた。わたしは魔力を通さない薄い革で包むように、魔力検査の魔術具をシャルロッテに差し出した。
シャルロッテは魔術具の棒を手に取り、光らせる。拍手が沸き起こり、わたしはメダルを取り出して、魔術具を印鑑のように押させると、シャルロッテの魔力をメダルに登録した。
「光、水、火、風、土の五神の御加護がございます。神々の御加護に相応しい行いを心掛けることで、より多くの祝福が受けられるでしょう」
メダルへの魔力の登録を終えると、すぐさま神官長が管理するための箱に入れる。
それと同時に、魔術具の指輪を持った養父様が舞台へと上がってきた。シャルロッテの手に魔力を放出するための指輪を贈り、愛しい娘の成長を前に優しく目を細める。
「我が娘として、神と皆に認められたシャルロッテに指輪を贈ろう。おめでとう、シャルロッテ」
「ありがとう存じます、お父様」
嬉しそうにシャルロッテが自分の左手の中指にはまった赤い魔石の指輪を撫でる。
養父様が顔を上げて、わたしに視線を送ってきた。わたしは軽く頷いて、シャルロッテに祝福を贈る。
「シャルロッテに、土の女神 ゲドゥルリーヒの祝福を」
わたしの祝福で赤い光がシャルロッテに飛んでいく。実は洗礼式の練習の中で、この祝福の練習が一番苦労した。程良い量の調節がわたしにはひどく難しいのだ。
神官長によると、わたしの祝福は感情によってかなり左右されるらしい。無意識に行うと、知らない他の貴族とシャルロッテでは祝福が大きく変わってしまうだろうと言われた。
洗礼式で祝福を与える神殿長がいきなりそんな贔屓をするわけにもいかないので、祝福の制御をかなり練習させられたのだ。
練習の甲斐あって、他とそれほど変わらぬ祝福を与えることができた。わたしが内心ホッとしていると、祝福を受けたシャルロッテが今度は指輪に魔力を込めていく。
「恐れ入ります」
ぽわんとした赤い光が、ふよんと飛んでわたしのところへと飛んでくる。その祝福返しで、貴族達からは拍手が起こり、シャルロッテの洗礼式は終わった。
全員分の洗礼式が終わった後は、お披露目だ。今年一年で洗礼式を迎えた貴族の子が貴族としての仲間入りをしたことを喜び、これから先の神の加護を願って、フェシュピールを弾き、歌い、音楽を奉納するのだ。
舞台の中央に椅子が設置され、去年と同じように下級貴族の子から順番に音楽の奉納が始まる。
「では、神に祈りを捧げ、音楽の奉納をいたしましょう」
子供の名を呼べば、その子が緊張した面持ちで中央の椅子に座る。楽師がフェシュピールを持って上がってきて、小さな励ましの言葉と共に渡していた。
わたしは演奏が終わった後、「よく頑張りましたね。神々もお喜びでしょう」と一人一人に声をかけ、次の子供を指名しなければならない。名前と順番を間違えないように冷や冷やしながら進めていく。
「シャルロッテ」
領主の娘であるシャルロッテは最後だ。舞台中央の椅子に座ると、楽師がフェシュピールを持って、舞台へと上がってくる。楽師からフェシュピールを手渡されたシャルロッテがフェシュピールを構えた。
……上手、上手。さすがわたしの妹!
練習をさぼっていて付け焼刃だったヴィルフリートと違って、シャルロッテは領主の子として真面目に練習してきたようだ。とても上手に弾いている。わたしも姉として負けないように練習しなくてはならないだろう。
「とても上手に弾けましたね。神々もお喜びでしょう」
「恐れ入ります」
シャルロッテが舞台から下りたことでお披露目は終了だ。神官長が締めの言葉を述べて、わたしは神官長と一緒に大広間を退出する。
「授与式の間に着替えねばなりませんよ、姫様、フェルディナンド坊ちゃま」
「わかっている、リヒャルダ」
「急いで部屋に戻りましょう」
神殿長、神官長の職務を終えたら、今度は貴族として社交場に顔を出さなければならない。
授与式は領主が貴族院に向かう新入生に、マントやブローチを渡す式だ。その後、貴族院への出発予定などが述べられるので、今わたしに付いている護衛はダームエルとブリギッテだ。
「皆、急いでくださいまし!」
前を早足で進むリヒャルダに叱責され、ダームエルとブリギッテが小走りになる。皆に置いていかれないようにわたしはレッサーバスのスピードを上げた。
部屋に戻ると、オティーリエがすでに着替えを準備していた。リヒャルダと二人がかりで神殿長の衣装が次々と剥ぎ取られていき、冬の貴色である赤を基調とした衣装に着替えさせられる。
「さぁさぁ、姫様。お急ぎになって」
髪の乱れが直され、髪飾りが挿し直されると同時に、リヒャルダに追い立てられるようにして、わたしは部屋を飛び出した。騎獣に乗って、昼食の準備がされている食堂へと向かう。
「ご立派に神殿長としてのお役目を務められましたよ、姫様。シャルロッテ姫様も大層お喜びでしょう」
そんなリヒャルダの言葉に、へにゃっと頬を緩めながら食堂へと入ると、授与式はすでに終わっていたようで、皆がわたしの到着を待っていた。
「お待たせいたしました」
わたしが席に着くと、同時に養母様が優しい笑みと共に労ってくれる。
「よろしいのですよ、ローゼマイン。今日の洗礼式ではローゼマインの祝福が欲しい、とシャルロッテが我儘を言ったそうですね。大変だったでしょう?」
「いいえ、養母様。可愛い妹の頼みですもの」
確かに大変だった。孤児院と自分の部屋の冬支度、冬の手仕事と印刷の手配、ハッセの見回りに薬作りと魔力圧縮の講習。それに加えて、洗礼式の練習と冬の社交界での貴族の対応を叩き込まれた。半分死にかけたくらい大変だった。
頑張ったのは、可愛い妹の尊敬と褒め言葉を勝ち取るためだ。
「お姉様の神殿長姿はご立派で、とても素敵でした。わたくしもお姉様のようになりたいです」
シャルロッテがキラキラと尊敬に輝く藍色の瞳でわたしを見る。
……そう、これが欲しかった。わたしの努力は報われたよ!
昼食を終えると、大広間に戻って社交だ。大人達と挨拶を交わすことになる。去年はわたしがお披露目のフェシュピール演奏で大規模な祝福騒動を起こしたため、授与式と昼食の順番が入れ替わったり、貴族達の挨拶を受ける前にささっと退場したりして逃れたわけだが、今年は違う。
領主の子として三人一緒に行動し、貴族達の挨拶を受けなければならない。そして、ヴィルフリートが起こした騒動でも、関係性に溝など生まれなかったことを貴族達にアピールしておかなければならないのだ。
大広間で談笑する貴族達を見回しながら、わたしはそっと胃を押さえる。別にお昼を食べすぎたわけではない。これからのやりとりを考えると、胃がしくしくするだけだ。
……この中の一体どれだけが敵なんだろう? お母様のリストに載っていたので全員というわけではないだろうし、隠れている敵が一番怖いね。
お母様から届いたリストの貴族の名前は全員覚えたけれど、顔と一致しない。一応ヴィルフリートとシャルロッテにも旧ヴェローニカ派で、気を付けた方が良い人物リストとして回しておいたが、時間が短かったので、憶えられているかどうかはわからない。
「ローゼマイン様、ヴィルフリート様、シャルロッテ様、ごきげんよう」
最初はフロレンツィア派の方々と挨拶したり、談笑したりしていたので、それほど胃が痛いことはなかった。これから女性の世界へと入っていかなければならないシャルロッテをちゃんと紹介しなければ、と張り切っていたせいもある。
しかし、フロレンツィア派との挨拶を終え、狩猟大会でヴィルフリートが起こした不祥事について探りを入れてくる貴族との会話になると、どうしても胃が痛くなってしまう。
貴族がにこやかに笑いながらヴィルフリートに近付いて来た。わたしは割って入るようにしてヴィルフリートとシャルロッテを背後に庇い、正式な挨拶を交わす。ブラックリスト入りしていた貴族だと理解しながら、にこやかな笑顔は絶やさない。
貴族から「白い塔へと柔らかな布が流れたのではないか、と案じておりましたが……」と言われれば、神官長に叩き込まれた通り「風の女神 シュツェーリアが獅子の下から飛び出さぬようお守りくださいました。ねぇ、ヴィルフリート兄様」と笑って答える。
貴族は「おやおや、そうでしたか」と言いながら去っていくが、こんなやりとりがずっと続くのかと思うと、ぞっとする。
「ローゼマイン、さっきのは貴族は何を言っていたのだ?」
笑って同意していたヴィルフリートが、わたしにこっそりと小声で問いかけてきた。護衛騎士に周囲を囲まれているのを確認しながら、わたしも小声で答える。
「白い塔のヴェローニカ様とお会いしたことで、旧ヴェローニカ派にヴィルフリート兄様が入ったと思っていたのですが、と言われたのですよ」
「お姉様は何と答えたのですか?」
「アウブ・エーレンフェストから離れるわけがないでしょう、と」
理解不能と言わんばかりにヴィルフリートが首を傾げた。
「……難しいな。何故ローゼマインはそのような言い回しを知っている?」
「今日のためにフェルディナンド様から叩き込まれました」
矢面に立て、と言われたのだ。いまいち意味がわかっていないヴィルフリートと洗礼式を終えたばかりで、貴族とまだ接したことがないシャルロッテに対応を任せるな、と神官長に言われて、今回のことで使われそうな貴族の嫌味や皮肉の表現を叩き込まれたのである。
「私が不甲斐ないためにすまぬ」
「あの、お姉様。わたくしのお願いのせいで、本当に大変だったのではございませんか?」
「神殿長として、いずれは覚えなければならないことですもの。シャルロッテが気にすることではございませんわ」
側仕えや護衛騎士に周りを固められているとはいえ、胃がキリキリする時間を終え、大広間に並ぶ料理の数々に舌鼓を打ち、わたし達子供は退出する時間となった。この後は大人の時間だ。
わたし達三人はそれぞれの側仕えを一人ずつと護衛騎士を四人ずつ連れて、北の離れへと戻る。
「お兄様、お姉様。無事に終わって良かったですわね」
「明日は子供部屋でカルタだな。一年の練習の成果を見せてやろう」
「他の皆も練習していましてよ、ヴィルフリート兄様」
和気あいあいと子供部屋での冬の生活についてシャルロッテに話しながら本館の表から裏へと回った。
「あら?」
北の離れまでもう少しというところで、わずかに窓が動いた気がした。
「どうかなさいましたか、姫様?」
「リヒャルダ、あそこの窓が少し動いた気がしたのです」
わたしは「気のせいですわ、きっと」と言いながら進み続けたが、わたしが指差した窓のすぐ近くにいたシャルロッテの側仕えが窓へと進む。
「鍵が……」
そんな声と共に窓が大きく開けられて、全身を黒の布で覆ったような黒ずくめが十人近く武器を手に飛び込んできた。その勢いで窓の近くにいた側仕えが突き飛ばされて、廊下に転がる。
「きゃっ!?」
「っ!」
主を守るためにザッと動いた護衛騎士達が一斉にシュタープを変化させて構えながら、飛び込んできた襲撃者達を封じ込めて取り囲むような陣形を取った。
武器を構える襲撃者と護衛騎士が睨み合うことによって、わたしとシャルロッテは北の離れ側、ヴィルフリート兄様は本館側に分断される。
「半数は主につけ!」
そんな叫びと共に、ヴィルフリート兄様の護衛騎士が二人、シャルロッテの護衛騎士が二人、そして、わたしの護衛騎士であるダームエルとブリギッテが武器を手に襲撃者達に切りかかり、混戦が始まった。
「ヴィルフリート兄様! 本館へ戻って助けを呼んでください。ランプレヒト兄様、急いで!」
わたしが叫ぶと、オズヴァルトがヴィルフリート兄様を抱えて、本館に向き合って走り始めた。二人を守るためにランプレヒト兄様ともう一人の護衛騎士が武器を手に駆けていく。
「お姉様、わたくし達は北の離れに急ぎましょう。あそこは結界がございます!」
すでに走り出しているのか、シャルロッテの声が遠くなりつつ、聞こえてくる。
慌てて振り返ると、護衛騎士二人を連れたシャルロッテの姿が北の離れに向かって走り出していた。
対応できる騎士の数が削られている現状に背中を冷たい汗が伝う。わたしはシートベルトを外し、身を乗り出して叫んだ。
「シャルロッテ、待って! 危ないですっ!」
シャルロッテが回廊に差し掛かる寸前、窓から飛び込んできたのは三人の黒ずくめ。二人の護衛騎士が咄嗟に対応したけれど、残る一人が立ち竦むシャルロッテを抱えて、窓から飛び出した。
バサリと空を叩く大きな羽の音が響き、冬の暗い夜空に白い天馬の姿が浮かび上がる。
シャルロッテを抱えた黒ずくめが操る騎獣は、大きく翼を広げ、空を駆け始めた。