Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (281)
夕食会と短期集中講座
咳払いに気付いた皆の視線がおじい様に向けられていく。けれど、身分を考えると、本来は一番に領主夫妻へ挨拶しなければならない。
わたしは領主夫妻に向かって進み出て、跪いた。
「ご心配をおかけいたしました」
「ローゼマイン、立て。そのままでは顔も見えぬ」
苦笑交じりの養父様の声にわたしが立ち上がると、養父様が逆に膝立ちになってわたしと視線を合わせてきた。わたしが驚きに目を見張るのと、周囲がざわりとするのは同時だった。領主が領地内で誰かの前に膝をつくことはないのだ。どのように対応すればよいのかわからない。
しかし、周囲のざわめきなど全く気にもせず、養父様はわたしの頬をつかんで引き寄せ、覗き込むように見つめた後、頬を軽く摘まんだ。
「うむ、元気そうで何よりだ。襲撃されてそのまま神殿の隠し部屋で治療となったため、フェルディナンドは誰一人として様子を見に行くことを許さぬし、皆が心配していたのだぞ」
そういえば、眠りを妨げる者は排除する、と神官長は言っていた。言葉の綾でも何でもなく、養父様達が様子を見ようとするのも禁止して、本当に排除してくれていたようだ。
「ローゼマイン、私は其方にこの二年間ずっと言いたいことがあった」
そう言いながら、養父様がわたしの両方の手を取った。何が起こるのかわからなくて、手を引っ込めたい衝動に駆られながら、わたしは首を傾げる。
「何でしょう?」
「領主ではなく、子を持つ父として……私の子供達を救ってくれたことに感謝する」
そう言った養父様がわたしの手の甲に自分の額を押し付けた。何が起こっているのかわからないが、多分、最大の感謝を示す行為なのだと思う。
……感謝はわかったから、もう離して! 視線が痛いよ!
養父様の一歩後ろに立っている養母様に助けを求めて視線を向けると、「わたくしも感謝しております。エーレンフェストの、というよりは、わたくしの聖女だと思っていますよ」と追い打ちをかけられた。妹可愛さに暴走しただけなのに、領主夫妻からこんな形で頭を下げられたら、居た堪れない。
「それくらいにしてやってくれ。ローゼマインが困って硬直している」
「お父様!」
助け舟を出してくれたお父様のおかげで、養父様はスッと立ち上がり、わたしを見下ろすいつもの体勢に戻ってくれた。
「其方は貴族院に向かうまでに、この二年間の遅れを取り戻さなければならない、とフェルディナンドより聞いている。大変だとは思うが、精一杯頑張りなさい」
「はい」
「ローゼマイン、貴女は無理をしすぎることが多々あります。もう少し自分の体を労わるようにね」
養父様が立ち上がったことで、領主夫妻への挨拶が終わったので、わたしは胸の前で手を交差させた。
「其方を心配していた者達にも顔を見せてやると良い」
「恐れ入ります」
わたしがお父様とお母様の方を向いた直後、小声で養父様に指摘された。
「ローゼマイン、次はボニファティウスだ。身分から考えると、ボニファティウスは領主の子で、カルステッドより上だ。間違えるな」
……おおっと、危ない、危ない。
指摘されるまで気付かなかったわたしは、内心冷や汗をかきつつ、おじい様の前へと進み出る。
「あの、おじい様。この度は……あ、いえ、二年前はわたくしを助けてくださってありがとう存じます。おじい様が見つけてくださらなかったら、死んでいたかもしれないとフェルディナンド様に伺いました」
わたしが先程書いたお礼状を持って、おじい様に声をかけると、厳めしい顔のおじい様が「ローゼマインが回復したようで何よりだ」と重々しく頷いた。少しばかり緊張しながら、わたしはハートの形のお手紙を差し出す。
「これ、お礼状なのですけれど、受け取っていただけますか?」
「あぁ、もちろんだ。……む? 変わった形だな」
「うふふ、『ハート』の形なのです。可愛いでしょう?」
「……ハートとは何だ? 何か意味があるのか?」
ハートに折られたお手紙を不思議そうにくるくると回しながら見ているおじい様に、わたしは大きく頷いて、両手の親指と人差し指でハートの形を作って見せる。
「このハートは大好きの形なのです」
わたしの答えにぎょっとしたようで、おじい様は数秒ほど目を見開いて固まった。そして、ぎくしゃくと動き出したおじい様は、何とも難しい顔でわたしの手紙を見る。
「そ、そうか……」
おじい様が手紙を眺めている間の周囲の沈黙が重い。
もしかしたら、おじい様はハートの形が気に入らなかったのだろうか。退団した今でも騎士団で活躍したり、領主代行を頼まれたりしているおじい様だ。可愛いのではなく、もっと強そうなのがよかったのかもしれない。
……わたしのバカバカ! 男の子が好きな兜とか恐竜の方が喜ばれたかもしれないなんて、ちょっと考えたらわかるのに!
のおぉ、と頭を抱えかけて、ハッとする。折り紙は一度解けば折り直しができる。ちょっと妙な皺がつくが、それでも気に入ってもらえる形の方が良いだろう。
「あの、おじい様。わたくし、別の形にも折れます! 違うのを折らせてくださいませ」
「いやいやいや、これで良い。私はこの形が気に入った。折り直す必要はないぞ」
おじい様は「大丈夫だ。必要ない」と言いながら、手紙を高い位置に持ち上げる。慌てたようにわたしを気遣う様子に、わたしは少し肩を落とした。
……わたし、神殿でギルに気を遣わせたように、おじい様にまで気を遣わせちゃったよ。
またしても失敗だ、と思いつつ、わたしはおじい様の優しさに甘えておくことにして、お手紙を指差した。ここには折り紙の文化がない。おそらく説明しなければ、手紙の内容が読めないと思う。
「おじい様、このお手紙は開くと、内容が読めるのです」
「うん? 開く?」
「このままでは内容が読めないでしょう? 少し貸してくださいませ」
難しく眉を寄せたままのおじい様の手から、お手紙を取ると、わたしはハートの手紙を解して広げる。そして、内容が読めるようにおじい様に向けて見せながら「これで読めるでしょ? ね?」とおじい様を見上げた。
……うぇっ!?
おじい様がこの世の終わりのような顔でわたしの手紙を見下ろしていた。大きく目を見開いて、信じられない、と言わんばかりの血の気が引いた顔をしている。どこからどう見ても、お礼状をもらって嬉しい人の顔ではなかった。
ハッセの町長のように、気付かないままでとんでもない失敗をしたのだろうか。わたしはざっと青ざめて、手紙とおじい様を見比べる。
「……おじい様、も、もしかして、何か失礼な言い回しや言葉がありましたか?」
「いや、そんなことはない! とても上手に書けていることに驚いただけだ! ローゼマインは字が上手いな」
……そんなこと言われても、絶対に褒めるような顔じゃなかったよ。「何ということを!?」って顔だったのに。
お礼状を渡すつもりが、失礼なことをしてしまったのならば、最悪だ。おじい様は取り繕うように褒めて流してくれようとしているが、他の人ではそうはいかない。自分が何をしでかしてしまったのかわからないのは困る。失礼なことをしたならば、おじい様に謝らなくてはならない。
がくがくぷるぷる震えながら、誰か助けて、と涙目で周囲を見回すと、必死に笑いを堪えているような養父様の顔が目に入った。
……養父様はダメだ。わたしの失敗を面白がってる。
からかいの種を見つけた顔をしている養父様はさっさと素通りして、わたしはお父様とお母様に助けを求めてみた。視線に気付いたお母様がこちらへと足を進めてくれる。
「お、お母様、わたくし、何か大変な失敗したのでしょうか?」
「いや、失敗などしておらぬぞ、ローゼマイン。そのような、泣きそうな顔をするな。大丈夫だ。なぁ、エルヴィーラ。ローゼマインはよくできている。そうだろう?」
おじい様までがおろおろとしながら、わたしとお母様を見比べる。
「少し落ち着いてくださいませ、お二人とも。……ローゼマイン、間違いがないか、わたくしが確認しましょう」
「お願いします、お母様」
わたしがお母様にお手紙を見せると、お母様はそれに目を通して「大丈夫です。失敗や間違いなどありません」と太鼓判を押してくれた。わたしはホッと胸を撫で下ろす。
「ボニファティウス様はおそらく貴女が形を崩したから驚かれただけです。これは先程の状態に戻せるのでしょう?」
「はい、折り直せばすぐに戻ります」
わたしが大きく頷くと、おじい様はホッとしたように胸を撫で下ろした。どうやらおじい様は外見に似合わず、可愛い物が好きなようだ。
わたしはテーブルの上でハートの形に折り直す。ヴィルフリートとシャルロッテが興味津々の顔で覗き込んできた。
「一枚の紙がそのような形になるのか」
「お姉様、わたくしにも今度そのお手紙をくださいませ。とても可愛らしいのですもの」
「もちろん、よろしくてよ」
シャルロッテの興味と尊敬を少しでも集めることができたようだ。ちょっと嬉しくなったわたしは満面に笑みを湛えて、折りあがったハートのお手紙をおじい様に渡す。
「おじい様、どうぞ」
ハートのお手紙をおじい様は受け取って、難しい顔でまたじっくりと眺めた。そして、重々しく頷く。
「うむ」
あの難しい顔は気に入らないわけではなくて、じっくりと見ている時の表情のようだ。わたしは一安心して、周囲を見回した。そして、神官長の顔を見て思い出した。身体強化のコツを教えてもらえるように頼め、と言われていたのだ。
「わたくし、おじい様にお願いがあるのですけれど、わたくしに身体強化のやり方や要領を教えてくださいませんか?」
わたしが頼むと、おじい様はくわっと目を見開いて、ニィッと唇を吊り上げた。ドンと自分の胸を叩いて、フンと鼻を鳴らす。
「任せておけ! 其方をエーレンフェストで一番強くしてやるぞ!」
別にエーレンフェストで一番強くなりたいなんて、これっぽっちも思っていないし、なれるとも思っていない。張り切ったおじい様に訓練中に殺されそうで、死の危険を感じたわたしは、慌てて言葉を加えた。
「いえ、わたくしは強くなりたいわけではなくて、補助の魔術具なしで普通に動けるようになりたいのです」
「……ふ、普通に動ける?」
おじい様が、何を言われたのかわからないと言うように、目を瞬いた。
これまではわたしの体力のなさを考慮して免除されていた訓練だが、健康になった以上、体力をつけるためにも訓練はしなければならない。
「わたくし、ユレーヴェで眠っている間に筋力が落ちすぎていて、身体強化の魔術を補助してくれる魔術具を使っても、人並みの動きしかできないのです。ですから、まずは、魔術具なしでも動けるようになりたいと思っています」
自分の現状を説明すると、おじい様がぎょっとしたように目を剥いて、本当に生きているのか確認するように、頭から爪先までを見ていく。
「そ、それは難しいな。動けない者に身体強化の魔術など教えたことがないぞ。動けない者はどうすれば動けるようになるのだ?」
「え? わ、わかりません」
「特訓しても本当に大丈夫なのか?」
「死なないようにお願いします」
おじい様と二人で、どうすればいいんだろう、と悩んでいると、呆れたようにこめかみを押さえた神官長が長々と溜息を吐いた後、提案してくれた。結果、右腕の魔術具を外して右腕だけに身体強化の魔術を使う練習から始めることになった。
そして、夕食会が始まり、この二年の間に城であったことが説明される。大体は神官長から聞いたことだった。お兄様達は三人とも領主一族の護衛騎士だ。揃っておじい様にしごかれていたらしい。
「おじい様はお強いのですね。あの時もわたくしは布に包まれて、薬のせいで目も開けられませんでしたから、雄姿を確認することができなかったのですけれど」
「うむ、私は強いぞ。まだカルステッドにも負けぬ」
隣に座ったおじい様から聞かされたのは、この二年間で騎士達の実力の伸びに大きな違いがあったことだった。わたしが魔力の圧縮方法を教えた面々はかなり伸びたらしい。正確には、今でも伸びているとのことだ。魔力の圧縮方法を教えた成長期の見習いの伸び幅が一番大きいそうだ。同時に、魔力圧縮方法を知りたいと望む貴族の数も増えていると言う。
「そろそろ一度魔力圧縮の講義を行うのはどうだ? その、もちろんローゼマインの体調を最優先にすべきだが、知りたくて仕方がない者も多いようだぞ」
おじい様がちらちらとわたしの様子を伺いながら、そう提案する。
……確かに、おじい様に同じようにしごかれて、目に見えて伸びる者と比べたら、知りたくなるよねぇ?
圧縮方法を教えたのは、首脳陣の他は領主一族の護衛騎士を中心に、上級騎士や中級騎士が多い。彼等だけならば地力が違う、と自分を納得させられたかもしれない。だが、ただ一人、下級騎士が未だにじわじわと魔力を増やしている例がある。そのため、元々同程度だった者は焦燥感を覚えているそうだ。
「人選は終わっているのですか?」
わたしが領主夫妻へと視線を向けると、養父様がゆっくりと頷いた。
「ローゼマインの承認を得ればよい段階までは終了している」
「では、冬の社交界の終わりに行いましょう」
「終わりだと!? ずいぶん先ではないか!」
おじい様が驚いたように声を上げた。わたしは隣に座っているおじい様を見上げて、コクリと頷いた。
「魔力圧縮の方法自体は貴族院の一年生で習うのでしょう? でしたら、ヴィルフリート兄様の成長を見定めて、教えるかどうかを検討したいのです。ヴィルフリート兄様を入れることになれば、その護衛騎士も範囲に入れられますから」
微かに、おぉ、という喜びの声が壁際に立つヴィルフリートの護衛騎士から上がった。
領主一族の護衛騎士に教えることになった時、ヴィルフリートの護衛騎士はまだ信用に値しない、とわたしが却下した。そのため、家族枠で教えられたランプレヒト兄様以外は伸びが悪かったようだ。
あの時はヴィルフリートに襲い掛かられた直後だったし、二年間も眠る予定ではなかったのだから仕方がないとは思っている。だが、シャルロッテの護衛騎士には教えたので、領主の子の間でずいぶんと差がついたはずだ。それはあまり好ましいことではないのではないか。
わたしの主張に、神官長が頷いた。
「ローゼマインがなるべく早くヴィルフリートに機会を与えようと考えるならば、それでよかろう。行いや成長ぶりを確認した上でローゼマインが判断するのだ。ヴィルフリートは上に立つ者として、よく考えた行動をするように」
「心得ております、叔父上」
二年の間に、ヴィルフリートと神官長の関係が少しはマシになっているようだ。わたしはお兄様達からおじい様の特訓の様子を聞いたり、お母様に印刷業の進展について聞いたり、ヴィルフリートやシャルロッテから子供部屋の様子やどの辺りまでお勉強したかなどを聞いたりして、夕食を終えた。
次の日からは、神官長による短期集中講座が開始した。朝食の後、昨日の復習をし、ノルベルトから連絡があったら、神官長の執務室へと向かう。そして、お昼まで神官長とお勉強だ。執務机が二つ並べられた上に大量の資料が出され、どんどんと教え込まれていく。特に、資料がないと理解しにくい地理と歴史を徹底的に。
昼食の後はフェシュピールの練習をヴィルフリートやシャルロッテと行う。フェシュピールはよほど神官長が厳しいスケジュールで行ってきたのか、麗乃時代の記憶があったせいか、かなり進んでいたようだ。ロジーナが言った通り、指が動けば特に問題なく貴族院に行ける難易度に到達していた。
フェシュピールの練習を終えたら、次は日替わりで騎士団の特訓と奉納舞のお稽古が行われる。騎士団でおじい様やエックハルト兄様と一緒に身体強化の魔術の特訓を行う。補助の魔術具を外して、自分の魔力だけで腕を強化し、動かす練習をするのだ。
強化しつつ、騎獣を出したり、武器を振ったりできるようにならなければ、身体強化ができるようになったとは言えないらしい。
奉納舞は卒業式の日に、冬の終わりと春の始まりを寿ぎ、新しい成人の誕生を祝って、神々に歌舞音曲を奉納するのだそうだ。
騎士見習いの中から成績優秀者が二十人選抜されて、剣舞を奉納し、領主候補生から七名が選抜される。それ以外の者は音楽や歌を捧げると聞いた。選抜されるのは個人的にも領地的にも名誉なことなので、皆が何とか選ばれようと努力するのだそうだ。
……卒業式の出し物って感じ?
わたしは卒業式の歌のちょっと大袈裟なものと理解した。選抜だったら、練習する必要はないのでは? と神官長に相談したら怒られた。領主候補生の卒業生は強制参加なので、練習していないと恥をかくらしい。
「フェルディナンド様も舞えるのですか?」
「あぁ、当然だろう」
……どうせフェシュピールと一緒で、完璧な奉納舞を披露して、女生徒達を失神させていたんだろうな。
奉納舞のお稽古は、ヴィルフリートとシャルロッテも一緒に行われる。二人はもう一年ほど練習していたようで、型を覚えていて、それなりに様になっている。
「男舞と女舞は違いますが、どちらにも共通しているのは、回転を中心にしているということです。舞の基本は回転なのです」
そう先生は言った。飛んだり跳ねたり上下する踊りではなく、優雅に美しく横への動きを中心とした回転が舞の基本なのだそうだ。
「舞には緊張感が大事です。クライゼルにとてもよく似ています」
クライゼルは
独楽
と同じように回してバランスを取って遊ぶおもちゃだ。
「クライゼルが美しい緊張感を持って回っている時には まるで静止しているように見えるでしょう? そして、緊張が弱くなると 回転がぶれて止まってしまいます。同じように舞う時には静止しているように見える中に極限までの緊張感が必要です。軸がぶれてはなりません。緊張感が偏っても美しい舞にはならないのです」
……そういえば、麗乃時代の日舞の先生が同じようなことを言っていたな。
麗乃時代の母親に「興味がわくかもしれないでしょ? 何事も三年間はやってみなさい」と日舞もバレエもやらされた。先生から上達したと認められたら本を買ってくれるという母親の言葉に乗せられて、少しでも本が欲しかったわたしはせっせとお稽古した。レッスンの間、本を読めないのが非常に苦痛だと思いながら、ぴったり三年間は通ったのだ。
……今はもう体が全然動かないから、全く役に立たない知識だけどね。
「そして、何よりも奉納舞に必要なのは心です。神々に祈りと感謝を捧げる心こそが最も大事なのです」
……真剣に祈ったら、お披露目のフェシュピールの時と同じことになる可能性があるということですね。
「とてもよくわかりました」
今度は気を付けよう、と決意して、わたしは舞の基本を教えてもらい、柔軟体操から始めることになった。
……あだだだだだ! 体、硬っ!
鍛錬やお稽古が終わったら、お風呂で汗を流して着替えて夕食。食後は明日の予習のための読書をして、リヒャルダに本を取り上げられたら就寝である。
そんな感じで、毎日のように新しいことを覚えさせられ、読むべき資料が積み上げられていく。読むのはいいが、覚えるのは大変だ。
……それでも、わたしは頑張るよ。シャルロッテの尊敬を勝ち取って、優秀で立派なお姉様になるんだもん。
一年生の魔術関係の座学についてはそれほど難しくなかった。魔力や魔石の基礎についてだ。どちらにも属性があり、それは神々にも関わってきて、貴色と関連がある。どの属性が何色か覚えておけば良いらしい。聖典を覚えこまなければならない立場だったわたしは、ざっと聞いただけで、十分に理解できた。
国の歴史が難しい。長ったらしくて、似たような名前が次々と出てきて、頭がぐちゃぐちゃになるのだ。とりあえず、神話から続くような建国あたりの話は聖典に載っていたので知っていた。
「とりあえず大まかな流れを覚えておきなさい。細かい歴史が必要になるのは、数十年分だ。特に、中央で起こった政変とそれによって何が変わり、どこが台頭してきたかはよく覚えておきなさい。貴族院での人間関係にも関わってくる」
わたしは神官長が広げている王家の家系図を見る。王家もやはり子供達を争わせて、少しでも力の強い者を王とするようだ。前の政変は第一王子と第三王子の勢力争いが原因で、国を半分に割るほどの熾烈な争いとなったそうだ。
第一王子は敗北し、第三王子は死ぬ間際に第一王子の放った暗殺者にやられて共倒れ。今度は第四王子と第五王子がそれぞれの権力を後ろ盾に再度争うことになったそうだ。
結果としては、第五王子が勝利し、激しい戦いで王子自身も命の危険に何度も晒されたせいか、第四王子とその親族や後ろ盾の貴族に対して、大規模な粛清が行われたらしい。
「そのせいで国力がガクンと落ちたんだから、バカですよね?」
「確かにその通りだが、馬鹿は君だ。口を慎め。貴族院はその第五王子に味方した貴族が大きな顔をして歩いている場所なのだぞ」
「それに、粛清と言っても、完全な敵だけではないですよね? この辺りの王女様やその子まで粛清されちゃったんなら、やりすぎでしょう?」
わたしは家系図を指差しながら、そう言う。王家の家系図は普通に亡くなった人は一本の横線で名前が消されているが、政変で粛清された者はバツで消されているのだ。血統の男は当然、跡目争いとはさほど関係なさそうな先代の王女や女孫まで粛清されていた。
「君はやりすぎだと言うが……これ以上の争いの種は必要ない。そう考えるのは普通ではないか?」
「そうかもしれませんけれど、それで国を支える貴族が減りすぎて、国が荒れているならば、やりすぎで間違いないと思いますけれどね。せめて、強い子供が生める王女様くらいは生かしておいてもよかったんじゃないですか? 自分の派閥の貴族に嫁がせるとか、弱体化した反対派の領地を乗っ取るのに使うとか……殺す必要はないと思うんです」
「君の言い分にも一理あるが、その王女は殺されても仕方がない。少しでも魔力の高い子が欲しいと色々な男と浮名を流した王女だ。放っておけば、いつ死んだ王子の子が出てくるかわからぬからな」
わたしはその話を聞いて、王族のやりたい放題な態度に全力で引いていた。王女が浮名を流しまくって、いつ誰の子供が出てくるかわからないなんて、正直、青色神官とどこが違うのかわからない。
「王族も貴族も激減している今は、王族はもちろん、有力貴族も力のある自分の一族を増やしたくて仕方がない。君の場合、身体強化を補助する魔術具を常に身に付けているので、一見それほど魔力が高いようには見えないと思うが、いきなりさらわれることがないように気を付けなさい」
「何それ、怖いっ!」
「それが現実だ。貴族院では絶対に護衛騎士やリヒャルダを離さぬように」
わたしは恐怖で涙目になりながら、何度も頭を振って頷いた。