Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (282)
準備と授与式
毎日毎日本を読んだり、奉納舞の練習をしたり、おじい様と効率の良い身体強化について話し合って練習したりする合間に、貴族院へと向かう準備もしなければならない。
一番に必要だったのは、服の作成依頼である。いつでも服が作れるように、布はたくさん準備されていたけれど、わたしがいつ起きるのかわからなかったため、まだ作られていなかったらしい。お母様の専属針子と養母様の専属針子とわたしの専属扱いになっているギルベルタ商会を総動員して、服作りを始めることになった。そのため、今日はお母様も養母様もわたしの部屋に来ている。
「貴族院での衣装の流行に関する情報も集めているなんて、さすがローゼマインですわね」
ダームエルが整理してくれていた貴族院から持ち込まれた情報の中には、領主候補生達がどのような衣装を着ているのか、という情報もあった。ブリュンヒルデという上級貴族の令嬢が詳細に書いていて、これから貴族院へと入ることになるわたしやシャルロッテが衣装を作る際に参考にしてほしい、と言っていたらしい。
わたしは別にこんな情報を集めるつもりはなかったが、養母様は先見の明だと褒めてくれる。どんな情報もどこかで誰かの役に立つ感じで、このままそれぞれの情報を集めてもらった方が皆の役に立ちそうだ。
ちなみに、わたしが欲しかった各地のお話に関する情報は全く届いていなかった。元々、冬にユレーヴェを使う予定ではなかったし、自分の口できちんと説明する予定だったので、「貴族院で情報収集を頼む」としか書いていなかったのが、敗因だ。ガックリと項垂れていると、情報収集という覚書から物語収集は予想できない、とコルネリウス兄様に苦笑された。
「姫様、一番に作らなければならないのは、この冬の社交界で着る衣装でございますよ」
「冬の社交界は前に着た衣装を着れば良いでしょう? 幸か不幸か、わたくしは成長していないのですから」
わたしはさっきから作る衣装の順番に関して、リヒャルダと話し合っていた。リヒャルダは着る順番に作ろうと言うのだが、わたしとしては外部に持って行く服を優先したい。
悲しいことにわたしは眠っていた二年間で全く成長していない。二年前の衣装でも問題なく着られるのである。
「そんな二年も三年も前のお披露目で袖を通した衣装をまた着るなんて……」
「でも、リヒャルダ。今優先して作らなければならないのは、貴族院へ持って行く衣装でしょう? すでにある衣装を持って行くことはできないではありませんか」
わたしとリヒャルダの意見を聞いていたお母様が軽く溜息を吐いた。
「ローゼマイン、貴女の感覚が二年前で止まっているというフェルディナンド様のお言葉がよくわかりました」
「お母様?」
「ローゼマイン、貴族院へ行くということは、貴女は10歳になっているということですよ」
「はい」
「スカート丈が以前と違うのですから、成長していなくても、以前の衣装は着られません」
……あ、そうだった。スカート丈が変わるんだ。
10歳になると女の子は膝丈から脛丈に変わるのだ。本来ならば、自分の成長を噛みしめて嬉しくなるはずのことも、中身が何も変わっていないし、10歳のお祝いもしていないせいで、嬉しさは欠片もなく、違和感しかない。
「社交界の始まりの宴に出席するための衣装も新しく作るしかないでしょう?」
「……始まりの宴に出席するための衣装は、スカート丈だけお直しすることにしましょう。それならば、あまり時間はかからないでしょう?」
わたしは側にずらりと控えている針子の中からコリンナを呼んでもらう。
「コリンナ、このスカートの部分をお直しして欲しいのです。裏側のこの部分から、わたくしの脛丈のスカートを付けて、今までのスカートはこのように摘まんで、花の飾りをつけてください」
わたしは下町の時の洗礼式でトゥーリの衣装をお直しした時のように、今のスカート部分をバルーンのように摘まんでもらって飾りのようにし、下に脛丈のスカートを付けてもらう簡単お直しで、宴の衣装は乗り切ることにした。
わたしの簡単お直しについて、母さんから以前に説明を受けていたコリンナは、わたしが要求するところをすぐに呑み込んで、針と糸を取り出すと、仕付け糸で簡単に摘まんでバルーン状にしてくれる。
「これくらいの長さでいかがでしょう? ローゼマイン様のおっしゃる通り、新しく膝丈で縫い付ける形にするならば、このようになりますが、よろしいですか?」
コリンナは別の針子に布を持って来させ、どのようなお直しをするのか、お母様や養母様に見せる。
「あら、可愛らしいではありませんか。形はそれで良いけれど、新しく付けるスカート部分の布は、今年の流行色の布を使ってちょうだい」
「かしこまりました」
「摘まんだ部分を花で飾るなら、この胸元にも同じ飾りを付けると良いのではなくて?」
「領主夫人、でしたら、胸元の飾りは小さい花にして、このように並べる形でも可愛らしいかと存じます」
「まぁ、素敵」
お母様と養母様の注文をコリンナは木札に書きこんでいく。そして、ギルベルタ商会が準備していた流行色の布の中から、材質が合う物を選び、寸法を測って決定した。
その後は貴族院に持って行く衣装を決めなければならない。貴族院には制服という決まった服装はないが、規定で黒を基調とした衣装と決まっているそうだ。何でも、全てを吸収する闇の神に敬意を示し、貴族院での教えを貪欲に吸収する姿勢を見せるのだそうだ。
だが、決まっているのは黒を基調とするだけなので、かなり自由なようだ。貴族院から集まっている情報によると、黒を基調とした服にびっしりと色鮮やかな刺繍をしている者もいるらしいし、袖のぴったりとした服の上からボレロのような感じで袖のひらひらした上着を着て、講義内容によって袖の長さを調節している者もいるらしい。
「わたくし、刺繍よりもこのように袖の長さが調節できる衣装が欲しいです」
長い袖は正直邪魔で仕方がない。ただ、宮廷作法に関する実技もあるようなので、袖の長さが必要になる事もある。ボレロを着脱することで、それが調節できるならば、お手軽でとても効率的だと思う。
わたしの主張に、養母様、お母様、リヒャルダの三人が揃って首を振った。
「領主候補生がそのような袖の衣装をまとってはなりません」
「……え? けれど、領主候補生も講義はもちろん、実技も受けるのでしょう? 袖が邪魔になることはないのですか?」
「それを優雅にこなしてこそ、領主候補生ですよ、ローゼマイン」
養母様にニッコリと笑って袖の長さを変えるのは、却下されてしまった。
仕方がない。自分で袖の調節ができるように、たすき掛け用の紐だけはきちんと準備しておこう。
衣装に関しては、お直し以外でわたしの意見が通ることはほとんどなく、三人の意見でどのような衣装を作るかが決定してしまった。常識外れな衣装をまとうことになるよりは、三人にお任せしておいた方が良いだろう。わたしはどんどんと決まっていく様子を「本が読みたい」と思いながら、ぼんやりと見ているしかない。
大勢の針子を動員したおかげで、わたしの衣装は冬の社交界が始まるまでに無事に完成した。
「ローゼマイン、其方の専属料理人と専属楽師のことだが……貴族院へ派遣しても良いだろうか?」
わたしはある日の夕食の席で、養父様にそう切り出された。貴族院では学生達が領地ごとに寮生活を営むことになる。そこに派遣される楽師は、学生の中で身分が上の者から五名の専属を、料理人は城の料理人から下働きも含めて五名が選抜され、派遣されるのだそうだ。
領主候補生であるヴィルフリートとわたしは最上位という位置付けになるので、専属楽師は自動的にメンバーに入ってしまう。けれど、エラとフーゴはわたしと共に神殿と城を往復しており、城の料理人とは言い切りにくい。だから、許可を取った上で貴族院へ派遣したいのだそうだ。
「其方が不在の間は神殿に二人を返すだろう? それならば、腕の良い料理人はできるだけ有効利用したい」
「わたくしは慣れた味が一番ですから別に構いませんけれど、一緒に行く料理人に新しいレシピは流しませんよ?」
二年の間にエラとフーゴが考えたオリジナルレシピならば構わないけれど、わたしのレシピはお金を払った分以外は流してはならないことになっている。
「……それに関しては仕方がない」
ほんの少し新しいレシピを期待していたらしい養父様だったが、諦めて頷いた。
「できれば、領主候補生の集まりやお茶会で、私が其方から買ったレシピ分のお菓子を披露して欲しいと考えている」
「養父様は隠しておきたいのではないのですか?」
教材や絵本、新しいレシピに関しても、外には漏らすな、と貴族達に厳命していたはずだ。解禁にするのだろうか。
「其方が作った物はどれもこれも影響力が大きいからな。領主候補生である其方が在籍するまでは隠しておいた方が無難だと思っていたのだ。だが、これからは其方とヴィルフリート、来年からはシャルロッテが領主候補生として在籍する。この好機にできるだけエーレンフェストの影響力を上げていきたい」
養父様の顔が領主の顔になっている。一体どんな未来を見据えているのかわからないけれど、アーレンスバッハとの関係を考えても、影響力はできるだけ上げておいた方が良いだろう。
「……フェルディナンド様に伺った限りでは、貴族院での成績を上げればよろしいのですよね?」
「あぁ、そうだ」
「予算はどのくらい付きますか?」
「うん?」
「真剣に領地全体の成績を上げたいならば、いくつか方策はございます。けれど、わたくしや学生達だけが負担するには高額すぎます。教育費として領地からの予算がどれほど付くかで、できることは変わってまいりますから」
何をするにも必要なのはお金である。それから、時間。あと一年早く起きられれば、できることはもっとあった。
「これから貴族院に向かうまでの期間でできることはほとんどございませんから、本格的な準備は春から行うことになります。今年の貴族院では今までの教材の成果を確認し、集まっている情報と現実の比較……現状把握に努めます。その上でわたくしが領地全体の成績を上げるために考えられる案をいくつか出しますから、養父様は予算を捻出してくださいませ」
「……わかった。貴族院でのことは其方とヴィルフリートに頼む。領主候補生として、皆に働きかけよ」
養父様の言葉に、ヴィルフリートが厳しい顔で「かしこまりました」と頷いた。
着々と準備が進む中、おじい様との身体強化の魔術の特訓も一応順調だ。わたしは魔術具を外した右腕に身体強化の魔術をかけながら、騎獣が出せるようになった。
それを見たアンゲリカが目を見開き、ふらりとよろめいて、がっくりと落ち込んだ。
「どうしてローゼマイン様はそれほど容易に身体強化の魔術が使えるのでしょう。わたくし、護衛騎士としての自信がなくなりました」
一年半かけて、やっとアンゲリカは身体強化の魔術を使いながら騎獣を出せるようになったらしい。
「ふっはっはっは。ローゼマインにはそれだけの魔力があるからだ。全身の強化をしていても、他のことをするだけの魔力が十分にある。それだけの話だ。其方は魔力を上げ、より少ない魔力で身体強化の魔術を使うための訓練をしてきた。比べるようなことではない。領主の養女に、と望まれる魔力を羨んでも仕方がない。それよりも地道に増やして、少しでも術を洗練させ、必要な魔力を減らして行け」
おじい様がそう言って笑いながら、「魔力の節約に関してはダームエルを見習え」と言った。下級騎士で魔力が少ないダームエルは、いかに少ない魔力で戦うのか、という点を常に念頭に置いており、魔力の節約に関してとても研究熱心なのだそうだ。「地道で地味な戦いをするが、無駄が非常に少ない」と言う。
「主の師匠が言う通りだ。主の主はまだ身体強化の魔術に慣れていないので、魔力の無駄遣いが多い。使い方は主の方がずいぶん洗練されている。落ち込むようなことではない」
アンゲリカはおじい様に弟子と認められ、上級騎士でもあまりいない身体強化の魔術を使える騎士となっていた。そして、シュティンルークも順調に育っているようで、以前に比べて刀身が長くなっている。
「シュティンルークも大きくなりましたね。色々なことを覚えたのかしら?」
「あぁ、物覚えの悪い主だからな。私が苦労する」
神官長の声と口調で言われると、「まったく君は物覚えが悪い。私の苦労も考えなさい」とわたしが叱られている気分になる。
今日神官長に出されたやるべき課題を思い出して、ずーんと気分が沈んだわたしの前に、おじい様が咳払いをしながら短剣をずいっと出してきた。柄に大きな魔石がはめ込まれているところを見ると、これも魔剣だろうか。
「ローゼマイン、私も魔剣を育てているのだ。其方の魔力を注いでくれぬか?」
「……わたくし、他の方の魔剣に魔力を注ぐのはフェルディナンド様に禁止されているのです」
「なんとっ!?」
ちょっとうきうきしていたおじい様には悪いけれど、勝手に魔力を注ぐことはできない。以前、神官長に禁止されたのだ。
「む、むぅ。……フェルディナンドの許可か」
何とも難しい顔でおじい様が唸りだした。勢いよく神官長のところに突進しそうな雰囲気を感じて、わたしは慌てて釘を刺す。
「フェルディナンド様の許可があっても、わたくしが自分の魔力の扱いに慣れなければ難しいと思います」
ユレーヴェで解けて、使える分が増えた今の魔力をわたしはまだ上手く使えないのだ。
例えるならば、今までは水差しで注いでいた水を、今はバケツで注げ、と言われるようなもので、調節が難しい。大量の魔力を使う身体強化の魔術ならば、
盥
に水を注ぐような感じなので、だぱっと注いでも問題はない。けれど、魔剣に魔力を注ぐのは注意深く大匙で量るような感じなので、バケツで注ぐのは難しすぎる。今のわたしはそんな感じなのだ。
「それに、アンゲリカには補佐して教え導いてくれる存在が必要でした。厳しく指導してくれる人を考えながら魔力を注いだことでフェルディナンド様の物言いをする魔剣になったのです。けれど、わたくし、おじい様に足りない部分が思い浮かびません。おじい様はすでに十分お強いですから」
「……そうか」
そんなやり取りをしながら、着々と貴族院へと向かう準備は進んでいく。リヒャルダの指示により、荷物の準備が始まり、神官長の短期集中講座によって、知識が詰め込まれていく。当然、10歳に相応しい動きも要求され、宮廷作法に関する勉強も行われた。
あっという間に冬になった。今日は始まりの宴が行われる。冬の洗礼式があり、新しい子供達のお披露目があり、授与式が行われるのだ。
今年は授与式に出席しなければならないので、洗礼式やお披露目に関しては神官長にお任せすることになっている。神殿長として出席するわけでもないわたしは、結構のんびりとした気分で髪を整えてもらい、着替えて、ゆったりと準備をしていた。
「お姉様、一緒に大広間へ参りませんか?」
わたしの準備が整うのを見計らったように、シャルロッテが準備を終えて、部屋を訪ねてきた。わたしはすぐさま了承して、部屋を出る。
「お姉様は貴族院へ向かうために特別授業を行うということで、城にいるのに奉納舞のお稽古と夕食の時しかお会いする時間がなくて、わたくし、少し寂しかったのです」
……シャルロッテは相変わらず可愛いね。
シャルロッテの方が大きくなってしまったことは、わたしのお姉様心にひびが入るくらいショックだった。だが、わたしが助けたお礼と護衛騎士をとってしまったお詫びということで、シャルロッテから本を贈られた瞬間、わたしのシャルロッテに対する好感度は跳ねあがり、身長を抜かされたショックなど吹き飛んでしまった。
……わたしの妹、マジ健気で可愛すぎる。
わたしは騎獣を出して乗り込み、シャルロッテと二人で話をしながら階段を降りる。そこには、ヴィルフリートも準備を終えて待ち構えていた。
「まだ騎獣を使うのか? ローゼマインは元気になったのだろう?」
わたしが騎獣に乗って階段を降りてきたのを見て、ヴィルフリートが目を丸くした。
「薬を使って、一応元気にはなったのですけれど、魔術具を使わなければ、本当はまだ歩けないのです」
「なにっ!? 騎士団でボニファティウス様と訓練をしていると言っていたではないか。自殺行為だぞ!?」
護衛騎士がビシバシとしごかれている側で訓練を行っていたらしいヴィルフリートにとって、おじい様との訓練は自殺行為に映るようだ。実際にわたしも「死ぬかも」と思ったので、誰の目にもそのように映るのかもしれない。
「ボニファティウス様には身体強化の魔術について教えてもらっているので、まだ訓練というほどのことはしておりません」
「お姉様は奉納舞の上達もお早いですから、わたくし、そのようなこと存じませんでした」
魔術具を使っていることはあまり大々的には話していない。どうせそのうちに外す物だ。
「……貴族院から戻って、余裕ができれば、魔術具を外して少しずつ体力や筋肉を戻していこうというお話になっているのです」
わたしが騎獣で動く横をヴィルフリートとシャルロッテが歩き、護衛騎士が周囲を固める。三人でこうして歩くのは、あの襲撃以来なので、周囲も少し緊張しているのがわかった。
「わたくし、少し緊張してしまいましたわ。もう犯人は捕えられたというのに……」
そう言ってシャルロッテが小さく笑う。つられてクスリと笑った周囲から緊張が少し消えた。
大広間の方へと向かう最後の曲がり角で、わたしは騎獣から降りて歩かなければならない。ここから先では騎獣は使えないのだ。そして、ほぼ一日中立っていることになる。
……わたし、大丈夫かな?
そんな不安が顔に出ていたのだろうか、ほんの少し歩いたところでヴィルフリートが心配そうに眉を寄せて、わたしに手を差し出した。
「……ローゼマイン、私の腕につかまるか?」
「いえ、わたくし、歩くのが遅いですから、ヴィルフリート兄様が疲れてしまいます。シャルロッテと二人で先に行っても良いですよ。わたくしは自分の体調に合わせた速さで歩きますから」
「ならぬ。今日は三人で固まっているように、と言われている」
結局、皆がわたしの歩みに付き合うことになった。護衛騎士をぞろぞろと連れて、わたし達は大広間の最前列を陣取る。大広間の移動中は護衛騎士とヴィルフリートとシャルロッテに囲まれたわたしがほとんど見えていなかったのか、挨拶に来る貴族達がわたしの姿を見て、軽く目を見張った。
「ローゼマイン様、お目覚めになられたのですね」
「なんてめでたいことでしょう。では、わたくし、ローゼマイン様と貴族院にご一緒できるのですね。とても嬉しいですわ」
「ご心配をおかけいたしましたね、グレッシェル伯爵、ブリュンヒルデ。お姉様はもうすっかり良くなりましたの」
シャルロッテがわたしの一歩前でニコリと笑いながら対応する。
ブリュンヒルデはわたしの二つ上だっただろうか、三年前の冬の子供部屋で見た覚えがあった。真紅のストレートの髪に薄い茶色の瞳をしている。おしゃべりが好きでおしゃれな女の子だったと思う。貴族院で領主候補生の衣装に関する情報を集めてきてくれた子がブリュンヒルデだ。
わたしはシャルロッテの隣に立って、ブリュンヒルデにニコリと笑う。お礼はきちんと言っておいた方が良い。
「ブリュンヒルデ、貴女がくださった衣装に関する情報はとても役立ちました。礼を申します」
「まぁ、お役に立てて何よりです」
ブリュンヒルデが華やいだ声を上げると、他の貴族も挨拶のために集まり始めた。
二年間眠っていたわたしは好奇と興味の的のようで、次々と貴族がやってくる。
「わたくしにもローゼマイン様にご挨拶させてくださいませ」
「おや、ダールドルフ子爵夫人ではないか」
わたしが口を開くより先にヴィルフリートがすっとわたしの前に出た。
「其方も息災なようで何よりだ。私はダールドルフ子爵と少し話がしたいのだが、どこにいるのかわかるか?」
「あら、ヴィルフリート様。……探してまいりますわ。ごきげんよう」
わたしはシキコーザの母には嫌われているので、ヴィルフリートがさっさと撃退してくれて助かった。
呑気にそう思っていたわたしは、しばらく貴族の挨拶が続いたところでやっと気が付いた。
……わたし、ヴィルフリートとシャルロッテに守られている。
貴族に声をかけられると、二人のうちのどちらかが前に出るのだ。わたしから声をかけようと動かない限りは、一言も声を出すことなく、挨拶が終わってしまう。
二人を背に庇うようにして、わたしが貴族と相対していた二年前とは完全に逆の立場になっていることに目を見張った。
「二人とも、ずいぶんとお勉強したのですね」
「守られてばかりはいられぬからな」
わたしが神官長に叩き込まれた貴族との対応は、かなりの量があった。それを幼い二人もこなしたのだと思うと、感嘆の溜息しか出ない。
「覚えることがたくさんあるもの。とても大変だったでしょう?」
「……えぇ、大変でしたわ。ですけれど、二年前にお姉様がされた分と大して変わりません。お姉様は貴族との対応に加えて、わたくしの洗礼式やお披露目の準備までされたのでしょう? わたくし、あの時のお姉様が覚えた分の木札を見て、卒倒するかと思いましたわ」
祈念式のために覚えさせられた木札と貴族との対応についての勉強を、二人は神官長に突き付けられたそうだ。わたしの水面下の努力が丸見えになってしまった。
「二人はわたくしの神殿長としてのお仕事まで手伝ってくださったのでしょう? たくさんのお仕事を押し付けてしまってごめんなさいね」
「お姉様、わたくしとて領主の子です。直轄地に魔力を注ぐのがどれほど大変で大切なことか、この二年間でよくわかりました。次の春もわたくしは祈念式に向かうつもりです。お姉様ばかりに負担をかけるわけには参りませんもの」
「そうだ。皆で手分けして巡れば、早くに終わるぞ」
……どうしよう。わたし、完全にこの二人に置いていかれている。
体格だけではない二人の成長を噛みしめたところで、領主夫妻が入場してきた。舞台に上がって、席に座り、わたし達の方へと視線を向けて、軽く微笑んだ。わたし達も笑顔を返す。
神官長が洗礼式を行うために入ってきた。舞台に上がった神官長がくるりと大広間を見回す。「新たなるエーレンフェストの子を迎えよ」という声が大きく響くと共に、扉が大きく開かれ、新しく洗礼式を迎えた貴族の子供達が入場してきた。
「ローゼマイン様」
「何かしら、コルネリウス?」
洗礼式のために舞台へと上がる子供達を見ていると、隣に立っているコルネリウスから声がかかった。
「この後、お披露目を行うニコラウスですが……」
「はい」
「父上の息子で、我々の異母弟です」
「……え?」
今年のお披露目では第二夫人トルデリーデの息子であるニコラウスがお披露目に出るらしい。
正妻であるエルヴィーラを母として洗礼式を行ったわたしと違い、カルステッドとトルデリーデの息子として洗礼式を終えたニコラウスは、公的にも異母弟という扱いになるそうだ。
「おそらく後でトルデリーデと共に挨拶に来ると存じます」
「何か注意することがございますか?」
「いいえ。ただ、冬の子供部屋であからさまな贔屓はせぬように、と父上からの伝言はありました。ローゼマイン様は自分より年下には殊の外甘いそうなので」
養女となってしまったわたしが一番に考えなければならない兄妹は、ヴィルフリートとシャルロッテで、その次が同母の兄弟であるエックハルト兄様とランプレヒト兄様とコルネリウス兄様になる。ニコラウスは優先順位がかなり下がるので、可愛がり方に気を付けるように、とのことだ。
……でも、弟妹って可愛いし、頼られたいじゃない?
上級貴族であるニコラウスがお披露目では最後にフェシュピールを弾いた。よく練習しているのがわかる音色だった。明るい栗色の髪に薄い青の瞳の男の子だ。母親に似ているのだろうか、顔立ちはあまりお父様と似ている感じがしなかった。ただ、体格は良い方なので、きっと並んだら、わたしが身長は負けていると思う。
お披露目の後は授与式だ。舞台を降りる神官長と入れ替わるように、文官が舞台へと上がっていく。豪奢な箱を持った8人の文官が並んだ。そして、準備ができたことを確認して、舞台の中央に養父様が歩いてきた。
「では、これより授与式を行う。貴族院へと向かう新入生は前へ!」
文官の声が響き、わたしはヴィルフリートにエスコートされる形で舞台の上へと上がっていく。三年前のお披露目で共に並んだ8人が並んだ。不意に目が合ったフィリーネがニコリと笑った。わたしも笑顔を返す。
視線を巡らせると、舞台の上に並んでいるのは見覚えのある顔ばかりだが、記憶にある姿より、皆が成長していた。自分の成長のなさが浮き彫りになり、心が沈んでいく。
「ローゼマイン」
養父様に呼ばれて、わたしはハッと顔を上げて、前に進み出た。一人の文官が進み出て、手に持っていた豪奢な箱を養父様の前に置いて、蓋を開ける。その中から、養父様はマントとブローチを取り出して、わたしに向かって差し出した。
「様々な経験を通して、よく学び、成長し、エーレンフェストに相応しき貴族となる事を望む」
「闇の神に敬意を表し、あらゆる経験を我が力と為せるように誠心誠意努力いたします」
わたしはマントとブローチを持って、数歩下がるとまた並ぶ。全員に授与が終わると、文官から貴族院への移動日の知らせがあった。例年通り、最上級生からの移動になるそうだ。新入生であるわたしとヴィルフリートは最終日の最後に移動する。
こうして、冬の生活が始まった。