Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (286)
進級式と親睦会
そして、新しい生活は始まった。
わたしは筆頭側仕えのリヒャルダが一緒なので、城での生活とそれほど変わらない感じだ。
ただ、わたしが起床した時にはリーゼレータとブリュンヒルデはすでに身支度を終えて、部屋にいる。皆が起きている時に一人のうのうと寝ているのも気が引けて、早く起きたいけれど、お世話をされる立場であるわたしが早起きすると、仕える者はもっと早く起きなければならないので、自重が必要だ。
朝食は食堂で取ることになっている。着替えを終えると、ブリュンヒルデとリーゼレータはもちろん、護衛騎士も含めて、それぞれの側仕えも一緒に食堂へぞろぞろと移動する。先触れが行っているようで、わたしが騎獣で二階に下りた時にはコルネリウス兄様達も待っていた。
「おはようございます、ローゼマイン様」
学生の側近は、わたしと共に食事を取ることになっていて、給仕はそれぞれの側仕えにお任せすることになる。講義が始まると、悠長に時間をずらして食事をするのが難しいせいらしい。つまり、わたしはリヒャルダに給仕されて食事をすることになる。
朝食を終えたら、神官長に叩き込まれた時の資料を持ってもらって、多目的ホールに移動だ。一年生の対策会議が始まるのである。
「側仕えはリヒャルダがいますし、文官見習いはフィリーネが共にいるので、護衛騎士を一人残して、他の方は作戦会議があるならば、そちらに向かってもよろしくてよ」
「警護が手薄になりすぎです、ローゼマイン様」
コルネリウス兄様とヴィルフリートが揃って眉を寄せた。
「寮の中は大丈夫です、コルネリウス。フェルディナンド様がお守りをたくさんくださいましたから」
「お守り?」
「襲ってきた相手の方が可哀想になるような危険な魔術具です」
シュタープを持っていないわたしは、お祈りを唱えるか、怒りに理性を飛ばして威圧を発動しなければ、攻撃らしい攻撃ができない。二年前の襲撃で咄嗟の時には自分では何もできなかったことを神官長に告げると、神官長が肌身離さず付けておくことで勝手に魔力を補充して、襲撃を受けた時にすぐに発動する魔術具をくれた。
「対策を練られたら困るので、どのように身に付けているのかも、どのように発動するのかも決して口にしてはならない、と言われているのですけれど、とてもフェルディナンド様らしい魔術具です」
わたしの「とてもフェルディナンド様らしい魔術具」という言葉に、コルネリウス兄様とヴィルフリートがそろって表情を歪ませた。わたしが寝ている間に神官長との間に何かあったのだろうか。
「……わかりました。ならば、ローゼマイン様の護衛はレオノーレに任せよう」
「いいえ、コルネリウス。護衛はぜひわたくしにさせてくださいませ」
アンゲリカがやる気に満ちた笑みを浮かべて前に出る。コルネリウス兄様も気合の入った笑顔を浮かべてアンゲリカと向かい合った。
「アンゲリカへの対策こそが騎士見習いチームの勝利の鍵だ。対策会議に勉強会、どちらもアンゲリカがいなければ始まらないだろう?」
笑顔のコルネリウス兄様にずるずるとアンゲリカが引っ張られていく。二人とも外見が成長しているけれど、「アンゲリカの成績を上げ隊」の頃とやっていることが全く変わらない。
引きずられていくアンゲリカを呆然とした顔で見ているユーディットに、くす、と笑いながら、わたしは視線を向けた。
「ユーディット、貴女も行って来てよろしいですよ。あちらのテーブルで二年生の話し合いが始まっていますし」
「は、はい。行ってきます」
もしかしたら、いきなりユーディットの持っていたアンゲリカへの幻想を壊してしまっただろうか。可哀想だけれど、早いところ現実を知った方が傷は浅いに違いない。ちょっとお勉強が苦手すぎるだけで、アンゲリカの強さは本物だ。
「レオノーレはお勉強しなくても大丈夫なのですか?」
「ご心配には及びません。コルネリウスから資料をもらって、四年生の座学に関してはすでに目を通してあります」
「まぁ、レオノーレは優秀ですね」
アンゲリカのことで苦労していたダームエルの姿を思い出し、わたしが呟くと、レオノーレは困ったように笑った。
「ローゼマイン様は二年前に覚えた内容だとコルネリウスから伺いましたけれど……」
「アンゲリカに教えるため、ダームエルと共に資料をまとめていただけです。完全に覚えたわけではありませんし、もう忘れました」
「またそのようなご謙遜を。ローゼマイン様は控えめでいらっしゃいますね」
……いや、謙遜じゃなくて、事実なんだけど。
確かに「アンゲリカの成績を上げ隊」で覚えたことはたくさんあるけれど、すでにぽこぽこと忘れている。騎士の戦い方や魔術まで絡んだ戦術など、お茶会の話題には出ないので、忘れたところで問題ない。
「ヴィルフリート兄様が座学で苦労したのはどの辺りですか?」
「歴史と地理だ。それ以外は冬の子供部屋で勉強した範囲内で、十分に合格できるとモーリッツに言われている。皆に関しても、歴史と地理を重点的に勉強させ、少しでも実技の訓練を始めていかねばならないと思う」
ヴィルフリートは自分なりに考えたらしい教育計画をわたしに見せてくれる。算術、神学、歴史、地理、魔術の座学があるが、歴史と地理に大きく印がつけられている。
「実技はどのような科目があるのですか? わたくし、座学はフェルディナンド様に叩き込まれましたけれど、実技をこなす時間がなかったのです」
「一年生が行う魔術関係の実技は、魔力の扱いと圧縮、騎獣の作成、シュタープの取得だ。其方は練習の必要などないくらいに叩き込まれているだろう? 後は、宮廷作法と音楽と奉納舞だが、普通にこなすではないか」
……なんと、わたし、実は二年前の時点で実技に関しても、色々と叩き込まれていたらしい。神官長、恐るべし。
「合格点に達しているでしょうか? 特に奉納舞は全くできていないと思うのですけれど」
「奉納舞には一年生は出られぬので稽古しかない。どれに関しても、一応の合格点は越えているはずだ。明らかにダメならば、叔父上が見逃すはずがない。」
ヴィルフリートの言う通りだ。「自分のために」頑張っていた神官長が、不合格になりそうなものを見逃すはずがない。
「では、3の鐘が鳴るまでは、皆で歴史と地理に関しての勉強をする。その後はフェシュピールの練習を始めるからな」
わたしとヴィルフリートで手分けしながら、歴史と地理を教えていく。上級貴族の中にはすでに教えられている者もいた。
予想の範囲内だが、下級貴族は良い教師に恵まれていないようで、冬の子供部屋で教えられていない歴史と地理に関しては知識の差が激しい。兄姉がいないフィリーネは特に大変そうだ。
「まずは、大まかな歴史の流れから始めましょうか」
「そうだな。最初の建国の辺りは聖典絵本と同じ部分もある。少しは覚えやすいだろう」
一年生チームは一番人数が少ない。十人に満たないのは一年生チームだけだ。だからこそ、全員合格の速さで勝利を狙いたいと思っている。
「あら、まぁ、今年の学生達はずいぶんと勉強熱心ですこと」
「ヒルシュール先生」
寮監とは言っても、教師としての職務の方が忙しいようで、あまり寮内では姿を見ないヒルシュールが多目的ホールに入ってきて、目を丸くした。
全員が多目的ホールに集まり、チームごとに分かれて、試験対策を練っていれば、驚くだろう。まだ講義も始まっていない、学年末の落第の危機でもないのだから。
「お勉強に忙しいでしょうが、こちらに注目してください。明日の進級式は3の鐘に講堂で行われます。その後、昼食を兼ねて親睦会がございます。エーレンフェストの今年の番号は13です。それを念頭に置いて行動してくださいませ。わたくしは講義が始まるまでに自分の研究を進めたいので、本館にいます。わたくしの手を煩わせるような問題行動を起こさぬよう、領主候補生がしっかりと管理してくださいませ」
ヒルシュールは事務連絡だけを告げると足早に去って行った。寮の管理より自分の研究を優先したいとは、さすが神官長が未だに連絡を取る教師である。マッドサイエンティスト仲間に違いない。
「変わった先生だな」
ヴィルフリートの呟きに傍らに控えているヴィルフリートの護衛騎士が頷いた。
「はい、ヒルシュール先生は少々変わっています。ただ、これまでは貴族院の始まりに寮の部屋の鍵を開けていく時と、終わりに鍵を閉めていく時にしか姿を見たことがありませんでした。あれでも、領主候補生に配慮して、姿を見せている方なのです。私の知る限り、事務連絡など、オルドナンツで終了でしたから」
去年は新入生が全員集合したことを上級生がオルドナンツで知らせ、その後、事務連絡のためのオルドナンツが返ってきたのだそうだ。
ヴィルフリートはその話を聞いて、むむっと眉を寄せた。
「あのヒルシュールは初対面から私達に膝をつき、挨拶もしなかったぞ。教師としてだけではなく、エーレンフェスト貴族としてもおかしいではないか」
「いいえ、ヒルシュール先生はエーレンフェストの貴族ではありません。中央に籍を移しているので、中央の貴族です。そして、貴族院において、建前上教師は学生より上の立場にあるので、院内で生徒に膝をつく教師はいないと思われます」
「……そうなのか」
とりあえず、一日のうちに講義の範囲を確認し、各自の弱い部分を洗い出した。それを元に強化していくことになる。
「今日一日の結果を見たところ、冬の子供部屋でのフェシュピールの練習は効果があったようだな。これならば、下級貴族でも合格は難しくなさそうだ。……そう考えると、冬の子供部屋での勉強に、地理と歴史も加えた方が良いのではないか?」
「そうですね。そのためには教材にできそうな絵本を作成しなければならないと思います。何もない状態ではモーリッツ先生が大変ですよ」
子供達のために本を作ろう、とわたしが張り切って拳を握ると、ヴィルフリートが軽く手を挙げて、わたしを止めた。
「待て、ローゼマイン。教材を作るならば、来年の私達が有利になるように、二年生の参考書から作れ」
どうせ来年もこうして皆に勉強させるつもりだろう? とヴィルフリートがニッと笑った。
その通りだ。わたしが図書館に籠っていても、相互協力で成績を上げられる環境は必要なので、これで上手くいけば、来年も同じようにするつもりである。
「わかりました。二年生の分から作りましょう」
「うむ」
そして、夕飯を終えるとお風呂なのだが、明日は進級式と親睦会があるので、リンシャンを使って念入りに髪を綺麗にすることにする。リンシャンの準備を頼むと、ブリュンヒルデが顔を輝かせた。
「これは本当に素晴らしいですよね? これもローゼマイン様が作らせたのでしょう?」
「えぇ、そうです。ギルベルタ商会に頼んで作らせたのです」
ブリュンヒルデがわたしの持っている新作のリンシャンの香りを楽しんで、ほぅと感嘆の溜息を吐く。ブリュンヒルデもリンシャンの愛用者だと言った。
ブリュンヒルデによると、女性にとって派閥と美容などの流行は別らしい。二年前と違って、上級貴族の女性は派閥に関係なくほとんどがリンシャンを使っているそうだ。
「エーレンフェストの女の子、皆が髪を綺麗にしていれば、さり気ない流行の主張になりませんか?」
「なると思います。これだけの艶が出るのは珍しいですもの。興味がない殿方は気付かないでしょうけれど、女性ならば目を留めるはずです」
「では、三階のリンシャンを持っていない子達に少しずつ分けて来ましょう。明日は皆で綺麗にして進級式に出席するのです」
わたしとブリュンヒルデがそう話していると、リヒャルダと共にお風呂の準備をしていたリーゼレータが呼びに来た。
「リンシャンを分けるのは、わたくしが行ってまいります。ローゼマイン様はお風呂へどうぞ」
相部屋の子達はお風呂も共用で使われるので、本当に必要なリンシャンは少しだ。リーゼレータがリンシャンを持って行って、使い方も教えてきてくれるらしい。よく気が付く子だ。
「来年は皆でお揃いの髪飾りを付けるのも良いかもしれませんわ。形を揃えて、色はそれぞれの髪に合う色にするのです」
少しずつ流行を発信すると決めたことで、ブリュンヒルデはすでに来年のことまで考え始めた。
「それは素敵ですわね。ただ、下級貴族にわたくしと同じ物が購入できるでしょうか?」
「……形を揃えるのは難しいですわね。けれど、色を揃えるのは悪手ですわ。髪の色は各自違いますから、似合う色も違いますもの」
「来年までに考えましょう」
ブリュンヒルデとリヒャルダに手伝ってもらってお風呂を終えると、リーゼレータがすでに戻ってきていた。リーゼレータが準備してくれていた果汁を飲みながら、リンシャンを配った反応を聞く。
「今まで使ったことがない女の子達は興味津々にリンシャンを使っていました」
「リーゼレータやフィリーネも使って良いので、綺麗にしてくださいね」
「恐れ入ります」
わたしはお風呂の後、寝る時間までフィリーネと一緒に勉強していた。正確にはフィリーネに勉強を教えながら、ヴィルフリートに言われたように、二年生の分の参考書をまとめていた。皆が勉強するための参考書は、来年も絶対に必要になる。
そして、次の日。
一晩のうちに女子生徒全員の髪がつるつるぴかぴかになっていることに、朝食の席で男子が驚いて目を丸くしている。「一体何を考えている?」と言うヴィルフリートにわたしは、うふふん、と笑った。
「流行発信のさり気ない主張です」
「どこがさり気ないのだ? 思い切り主張しているぞ!」
「これ以外は今のところ行う予定がないのですから、さり気ない主張だと思うのですけれど。来年は皆でお揃いの髪飾りを付けようかと画策中なのです」
わたし個人としては、本を売ることから流行の発信を始めたいのだが、成績を上げることを考えると、もうちょっと秘匿しておきたい気もする。エーレンフェストの成績向上委員会の活動が上手く軌道に乗れば、本を売ることにしたい。
エーレンフェストからの流行発信は、美容、服飾、美食から少しずつ行っていく方が良いだろう。リンシャンが派閥に関係なく女性に受け入れられたように、この分野は受け入れられやすいに違いない。
「其方なりに考えているのならば良いが、あまり派手なことはせぬように。ただでさえ其方はその外見で目立つのだからな」
「……はい」
朝食を終えると、3の鐘までに講堂に向かわなければならないため、身だしなみを整え、マントとブローチをきちんとつけて、寮から出られる格好にする。マントとブローチがなければ、寮にも戻れなくなるそうだ。
「ローゼマイン様、親睦会は人数が多くなるため、基本的に階級ごとに行われます。側近の中から、護衛騎士を三名、文官と側仕えを一名ずつ選んでください」
階級ごとに親睦会という事は、わたしとヴィルフリートが赴くのは領主候補生や王族がいる親睦会だ。なるべく上級貴族や貴族院でのありかたを知っている上級生で固めておくのが無難だろう。
「では、護衛騎士はアンゲリカとコルネリウスとレオノーレ。文官はハルトムートで、側仕えはブリュンヒルデを連れて行きます」
「かしこまりました」
準備を終えたわたしはいつも通りに騎獣に乗りこんだ。
寮の玄関ホールへ到着すると、騎獣から降りるように、とコルネリウス兄様に言われる。貴族院の建物の中では騎獣に乗るのが認められていないそうだ。貴族院はとても広大な敷地なので、外で乗る分には全く問題ないらしいけれど。
「入学したばかりの新入生が見慣れぬ形の騎獣に乗っていれば悪目立ちいたします」
「そうだな。ただでさえ、ローゼマインは外見が幼いのだ。これ以上目立つのは控えた方が良かろう」
「ですけれど、講堂までの距離が長すぎたら、わたくし、とても歩けませんよ?」
へたれて、自分の側仕えに抱き上げられて運ばれるのも悪目立ちすると思う。
「講堂までは近いので問題ないでしょう。講義も最初は講堂か、講堂に近い大教室で行われるので大丈夫だと思われます。どうしても無理そうならば、ハルトムートか私がお運びします。ローゼマイン様の騎獣よりは目立ちませんから」
皆が玄関ホールへと集合した。黒を基調とする衣装にお揃いのマントとブローチを付けているので、衣装のデザインが違っても、それなりに統一感は出ている。
寮の玄関扉が開かれ、周囲を側近に囲まれた状態でわたしは歩き始めた。
玄関扉の向こうは、外ではなく、廊下のようなところだった。周囲を見回すと、少し離れたところに扉があり、そこからは水色のマントを付けた子達がぞろぞろと出てきている。
「この13の扉。これがエーレンフェスト寮への扉です。間違えないように気を付けてください。他領の扉は開かないし、一度ならば間違いで許されるけれど、あまり何度も無理に開けようとすれば、嫌がらせや攻撃と見做されて捕まる可能性もあります」
上級生の言葉に、新入生は神妙な面持ちで頷く。この13という番号は去年の成績や領地の影響力から出された順番で、毎年変わり、貴族院での生活には密接に関わってくるのだそうだ。
「挨拶の順番や席などの配置に関して、この順位が物を言うのです」
廊下を歩いて行くうちに、扉から出てくる人数も増えてきた。歩くたびに扉の番号が小さくなっていく。そして、小さい番号の生徒には道を譲らなければならないようで、全員が扉から出てくるまで待たされる。
……ここのマントは深緑だ。
ぞろぞろと廊下を歩き、講堂に集められた全校生徒はおよそ2000人。小に近い中領地のエーレンフェストは全学年で70人もいないが、大領地はもっと人数が多く、150人を超えるところもあるそうだ。逆に一番少ないところでは50人いないところもあるらしい。
指示された場所に立って、進級式が始まるのを待つ。わたしは周囲の側近の中に埋もれているので目立たないし、エーレンフェストのマント以外、周囲の様子も見えない。多分、上の方から見れば、くっきりと色分けされて見えるに違いない。
「今年もまたユルゲンシュミットの将来を担う子等の研鑽の場が開かれた。ユルゲンシュミットの貴族と認められるため、それぞれの属する領地の影響を高めるため、努力を怠らぬように」
毎年同じようなことを言われているのだろう。上級生達はうんざりした顔になっている。
進級を祝う言葉が終わると、今度は講義に関する注意事項などが述べられた。音響系の魔術具が使われているようで、色々と述べている教師らしい人の姿は全く見えないが、声だけはしっかりと聞こえる。
一年生、二年生の間は共通の講義なので、この講堂でまとめて行われるらしい。一年生は午前中に講堂を使う座学を行い、午後からは身分ごとに別の教室や教師が付けられ、実技を行うそうだ。低学年は試験に合格してどんどんと人数が減っていくので、少なくなれば教室が変わると言っていた。
進級式は教師からの説明で終わる。大事なのは、この後の親睦会なのだそうだ。余所の領地の学生達と交流を行う場だ。社交界に出るのと同じだ。失敗は許されない。
「これから、それぞれの親睦会の会場へと移動することになりますが、なるべく領地の者で固まって行動するように。どの会場においても、上級生は新入生の面倒を見てください。新入生は何も知らないのだから、上級生の言う事やることに従うように」
「はい」
最上級生の言葉に返事をして、下級貴族、中級貴族、上級貴族、そして、領主候補生と側近に分かれた。講堂から退場していくのも、番号順のようで、大人数の団体から出て行く。
わたし達も講堂を出ると、上級生の先導によって、それぞれの会場へと分かれた。領主候補生が向かうのは小広間だそうだ。
「13位エーレンフェストより、ヴィルフリート様とローゼマイン様がいらっしゃいました」
扉の前に立つ文官らしき人の声と共に、わたし達は小広間と呼ばれる部屋へと通された。正面にやや大きめのテーブルがあり、そこだけが別格なのを見れば、座っているのが王族だとわかる。
ここからでは顔がよく見えないけれど、確か、政変に勝利した第五王子が即位し、その第二王子が最上級生として在籍していて、名前はアナスタージウス……だったはずだ。
たった一年しか在籍期間が重ならないので、関わることはまずないだろう。名前だけ覚えておけば問題ないだろう、と神官長には言われた。
……神官長は名前だけって簡単に言うけど、王族や貴族の名前はどれもこれも長くて覚えにくいんだよ! もうもう!
心の中で文句を言いつつ、広間の中を見回せば、四人掛けのテーブルが等間隔に準備されていた。前から席が埋まっているところを見ると、これも順番なのだろう。
「……何だ、あの小さいのは?」
「子供が迷い込んだようだな」
好奇の視線と面白がるような声がわたしに向かって集中した。わたしの隣に立つヴィルフリートがグッと奥歯を噛んだのがわかる。この中にいるのは、わたし達よりも立場が上の者ばかりだ。文句をいう事もできない。黙って耐えるしかない相手である。
「来る場所を間違えているのではないか?」
そんな嘲笑の言葉が聞こえる中、わたしは自分のテーブルへと向かう。ブリュンヒルデが椅子を引いてくれ、わたしはそこに座った。文官が隣に座り、側仕えと護衛はわたしの背後に立っている。他のテーブルも同じだ。
「ローゼマイン様、こちらをどうぞ。ご挨拶の時に必要でしょう」
席に着くと、ハルトムートがわたしだけに聞こえるような小声でそう言って、そっと折りたたんだ紙を渡してくれた。視線を落とせば、今年の領地の順番とマントの色、領主候補生の名前が書かれているカンニングペーパーだとわかる。
マントの色と領地の名前は覚えさせられたけれど、正確な今年の領地の順番は知らなかったし、この場にいる新入生の領主候補生の名前は知らなかったので、正直助かった。
「助かります、ハルトムート」
「恐れ入ります。この後、ローゼマイン様は王族にご挨拶し、自分より上位の領地に挨拶をして回ります。下位の者は挨拶に来ます。先に行う方々の様子をご覧になれば、わかるでしょう」
全ての領地の領主候補生が揃うと、扉が閉められる。そして、挨拶が始まった。
最も影響力があるとされている大領地クラッセンブルクの領主候補生が立ち上がり、側近を連れて、王族へと挨拶をする。それが終われば、自分の席に着く。
次に立ち上がったのは大領地のダンケルフェルガー。彼等は王族とクラッセンブルクの領主候補生に挨拶をして、自分の席に戻る。
「……アーレンスバッハは大領地なのに、6位なのですか?」
「ここ数年で影響力が落ちています。内部では色々と大変なようですが、なかなか情報が入ってまいりません」
ハルトムートがそう呟いた。下位の者が上位の状況を探るのは、なかなか大変なのだそうだ。
アーレンスバッハの藤色のマントが動き始めた。先頭に立っているのは、ふわふわとした金髪の少女だった。あれがゲオルギーネの末娘だろうか。わたしはハルトムートが渡してくれたカンニングペーパーにそっと視線を落とす。
……ディートリンデ。
王族への挨拶を終えたディートリンデがこちらを向いた。金髪なので雰囲気は違って見えるけれど、その顔立ちも、目も、ゲオルギーネによく似ている。
一瞬、目が合った気がした。