Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (287)
王族と他領の貴族
同じ領地に複数の領主候補生がいる時は、同時に挨拶に向かう。領主候補生がいない領地は代理として最上級生の上級貴族が挨拶をする。
周囲が挨拶している様子を眺めながら、そんな不文律を読み取っているうちに、エーレンフェストの順番がやってきた。わたしはブリュンヒルデに椅子から下ろしてもらい、ヴィルフリートは立ち上がる。
「椅子から下ろしてもらうって……」
クスと嘲笑が周囲から漏れた。
わたし達に届けば十分という程度の小声で交わされる言葉にヴィルフリートの顔が強張る。硬い表情ときつく握られた拳を見れば、周囲でひそひそと行き交っているからかいの言葉がわたしよりもヴィルフリートにダメージを与えているのがわかった。
……ヴィルフリート兄様は言われ慣れてないからなぁ。
わたしは平民時代から小さい、小さいと言われ続けてきたし、身分を笠に着た貴族に言いたい放題されたこともたくさんある。付け加えるならば、わたしは親しい人ならばともかく、見知らぬ他人にごちゃごちゃと言われたところで、特に何とも思わない。だが、ヴィルフリートはそうではないようだ。
「ヴィルフリート兄様、わたくしは見知らぬ者にならば、何を言われても平気です。味方はたくさんいますから」
ヴィルフリートのきつく握られた手を取って小さくそう言うと、ヴィルフリートを初め、側近達が軽く頷いた。
「……そうか。では、行くぞ、ローゼマイン」
わたしの歩く速度に合わせて、側近達も連れて、真っ直ぐに王族の席へと向かう。
何を言われようとも胸を張って堂々と、にこやかな笑顔を忘れず、絶対に俯かない。これは貴族と付き合うようになってから口を酸っぱくして言われ続けたことだ。今回も、わたしは言われていた通りに笑顔を浮かべて足を動かした。
正面にどーんとある王族の席の前まで歩くと、跪いて、胸の前で両手を交差させる。そして、首を垂れて、初対面の挨拶をしなければならない。
わたし達を見下ろしながら尊大に頷いたのは、豪奢な金の髪にグレイの瞳の美人王子だった。「王子が不細工だったらガッカリですよね」と何となく呟いていたら、神官長から「美人ばかりを妻にするのだから、位の高い者は美しい者が多い」と聞いていたが、なるほど、と頷ける容貌をしている。
「アナスタージウス王子、命の神 エーヴィリーベの厳しき選別を受けた類稀なる出会いに、祝福を祈ることをお許しください」
「許す」
許可を得たわたしとヴィルフリートが指輪に魔力を込めて祝福を贈る。わたしはやりすぎないように慎重にほんの少しだけ魔力を込めた。
……よし。
ヴィルフリートとそれほど変わらぬ大きさの祝福を贈れたことに、内心でホッと安堵していると、ヴィルフリートの挨拶が続いていた。
「お初にお目にかかります、アナスタージウス王子。エーレンフェストより、ヴィルフリートとローゼマインはユルゲンシュミットに相応しき貴族としての在り方を学ぶため、この場に参上いたしました。以後、お見知り置きを」
わたし達の挨拶を聞いていたアナスタージウスが「顔を上げよ」と声を上げた。ゆっくりと顔を上げると、目を細めてわたしを見下ろしているのがわかった。上から下までを眺めて、アナスタージウスは「ふん」と鼻を鳴らす。
「ローゼマインと言ったか? 其方がエーレンフェストの聖女か? 類稀な美しさと聡明さ、そして、領主の養女として召し上げられるだけの豊富な魔力をもち、慈愛に満ちた心の持ち主だという噂だったが……どこがだ?」
……いつの間にそんな盛られていたのか、こっちが聞きたいよ!
「噂とはずいぶんと都合良く簡単に歪められるものでございますね。わたくしはそのような噂、初めて耳に致しました。別の方の噂と混じったり、面白がって大袈裟に言ったりする者が多いのでしょうか」
そんな噂が貴族間で流れていたならば、わたしの姿を見て、笑われるのは当然だと思う。どう考えても、洗礼式を終えたくらいの幼い子供には過分な褒め言葉だ。
わたしが軽く流してしまったのが、面白くなかったのか、アナスタージウスはむっと目を細めた。
「まったく……。少々魔力が多いだけの子供を聖女に仕立て上げねばならぬとはエーレンフェストはずいぶんと困窮しているのだな」
「その通りですわ、アナスタージウス様」
さすが王子、賢明でいらっしゃること、と適当に持ち上げて、わたしはニコリと笑う。
「ほぉ?」
「ご存知のようにエーレンフェストは特に見るべきこともない、取るに足らぬ領地でございます。わたくしのような子供を聖女に仕立て上げてでも養女としなければならぬほどに魔力が不足しているのです。神に捧げた花がこの手に戻らぬものか、と叶わぬ願いを胸に抱くほどでございます」
……ただでさえ困窮している底辺の領地なのに、周囲に魔力を集られて、更に大変になったのは、貴方の一族が余計な政変を起こしたせいなんですけどね。中央の神殿に取っていった神官達だけでも返してよ。
心の中でそんな毒を吐きつつ、困ったわ、とわたしは頬に手を当てて、おっとりと首を傾げる。
中央は派手に粛清して、足りなくなった貴族や神官を地方から掻き集めたので、何の問題なく運営が続いているのかもしれないが、取られた地方は大変なのだ。色々な領地を混乱に陥れた元凶一族に嘲笑されると、ちょっと腹が立つ。
「領地をまとめるために聖女となったと言うが、其方が聖女となったところで、別にエーレンフェストがまとまっているようには見えぬな。自領の貴族に襲われたのだのだろう?」
「えぇ、権力が移る時には大小の違いはあれども、混乱は起こるものです。わたくしだけの犠牲で済んで幸いでした」
「ふん」
アナスタージウスは軽く眉を上げると、面白くなさそうに手を振った。「下がれ」という合図にわたしとヴィルフリートは立ち上がり、その場を辞去する。
……無難に終了したね。よかった、よかった。
だが、王子だけで挨拶が終了したわけではない。むしろ、これからが本番だ。わたしは気合を入れて、挨拶に回ることにした。
1~5位の大領地や中領地は、本当にエーレンフェストを歯牙にもかけていないようで、特に何も言われずに祝福のみ行い、言葉をほとんど交わすことなく終わった。
それから、6位のアーレンスバッハに挨拶へと向かう。ゲオルギーネによく似た面差しのディートリンデが優しく微笑んで迎えてくれた。
「ディートリンデ、命の神 エーヴィリーベの厳しき選別を受けた類稀なる出会いに、祝福を祈ることをお許しください」
「許します」
わたしとヴィルフリートが指輪に魔力を込めて祝福を贈ると、ディートリンデがニコリと笑った。
「お会いできて嬉しいわ、ヴィルフリート。二年前に貴方はわたくしのお母様をエーレンフェストに招いてくださったでしょう? わたくしも共に連れて行ってくださるということで、エーレンフェストへと向かうのをとても楽しみにしていたのです」
領主の子では他領の親族とお会いする機会はほとんどないでしょう? とディートリンデは無邪気な笑みを浮かべる。
「ですけれど、ローゼマインが襲撃を受けて眠ったことで、エーレンフェストへと向かうのを止められてしまったでしょう? わたくし、ひどく残念に思ったのです。貴族院でお会いできて嬉しいわ。仲良くしてくださいませ」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
ヴィルフリートが社交的な微笑みで答えると、ディートリンデも笑みを深めた。
「ヴィルフリート、そのように他人行儀な態度でなくてもよろしくてよ。わたくしは四年生ですから、いつでも頼ってくださいな」
「恐れ入ります」
わたしもヴィルフリートと共に答えると、ディートリンデは頬に手を当てて、小首を傾げる。
「ねぇ、ヴィルフリート。わたくし、ローゼマインは毒を受けてユレーヴェで眠ったと伺っております。親の薬では合わぬこともありますものね。二年間も眠らなければならないのは、とても珍しいですけれど、体に異常はございませんの?」
ずいぶんと大変だったでしょう、とディートリンデは心配そうに言っているが、その目はわたしの方に向けられることはない。
「ローゼマインは心配ありません。このように貴族院へと来られる程度には回復しているのです。ディートリンデの優しい言葉、嬉しく思います」
「ディートリンデ様、ご心配頂き、ありがとう存じます。元々丈夫な性質ではございませんので、寝込むことには慣れておりますし、もう大丈夫ですわ」
「そう。では、この夏にはエーレンフェストに遊びに行けるかしら? わたくし、ヴィルフリートともっと仲良くなりたいと思っておりますのよ」
ヴィルフリートに向けられる笑顔がこちらに向くことはないことに気付いて、わたしは思わず眉を寄せた。
……何だか態度があからさまだけど、狙いは何?
ただ、わたしが気に入らない、というだけならば良いけれど、何か狙いがある可能性もある。そして、ディートリンデが何をどれだけ知っているのかわからない。
「他領の貴族を入れるためには、まず、アウブ・エーレンフェストの許可が必要になるので、私の一存では何ともお返事いたしかねます」
「そうね。ヴィルフリートからお口添えがあることを期待しておきますわ」
わたしの存在はほとんど無視されたまま、アーレンスバッハとの挨拶は終わり、次に向かう。のっそりと立ち上がりながら、わたしは考える。
……自領貴族に襲撃を受けてわたしが倒れたことは、王子も知っていたみたいだけど、どこにどれだけの情報が流れているんだろう?
貴族社会の中ではわたしが眠りについたことは周知の事実なのだろうか。それとも、ディートリンデの言葉はもしかしたら、自分はエーレンフェストのことなら何でも知っているという意味の牽制なのか。
全くわからないわたしは余計な情報を与えないように、誰に何を聞かれても全ての質問を曖昧な笑顔で流しておくことに決めた。
7~12位の中小領地は、今の順位をエーレンフェストと激しく争っている領地である。一年でくるりと立場が入れ替わることもあるので、最も当たりが激しく、物言いは辛辣なところが多い。
エーレンフェストの聖女と噂されているのが、このような子供だとは思わなかった、と示し合わせてあるように皆が言う。ただ、この嘲笑の陰には、順位をひっくり返される怖さがあったようで、わたしが噂されているような聖女でなかったことに対する安堵が透けて見えた。
「病み上がりですから、無理はできません」
「お互いに切磋琢磨いたしましょう」
「そのように対等の相手として見て下さって嬉しく存じます」
この三つで、わたしは嘲笑を流して挨拶を終えた。
順位の入れ替わりがどれほどの影響を持つのか、まだ実感を持っていないわたしにはわからないけれど、ここまで辛辣な言葉を吐かれると、逆に頑張って順位を上げてみたくなる。
……エーレンフェスト成績向上委員会の活動、頑張ろうっと。
自分達が挨拶回りを終えると、次は自分より下位の者の挨拶を受けることになる。やはり、順位の近い者はこちらを敵視しているようだ。その中に西隣のフレーベルタークの領主候補生がいた。
フレーベルタークの今年の順位は15位だ。中領地としては最下位になる。わたしが眠りにつく前は政変に敗れ、領地を立て直している最中だったはずだ。わたしは二年間フレーベルタークの小聖杯を満たすのを手伝っていた。それなのに、今でも15位ということは、まだ領地を立て直すのに苦労しているのだろう。
……わたしが他領の小聖杯を満たすことを拒否したせいかもしれないな。
毎年引き受けてくる養父様に対して、わたしは三年前の冬に「これで最後。もうしない」と拒絶した。
その上、ユレーヴェで眠りについてしまったのだ。ヴィルフリートとシャルロッテまで動員して、直轄地を満たして回らなければならない状況で、他領の小聖杯を引き受けたとは思えない。たとえ引き受けたとしてもそれだけの余力はないだろう。
魔力をエーレンフェストに頼れなくなったフレーベルタークは、この二年で更に順位を落としたに違いない。
「ヴィルフリート、ローゼマイン。命の神 エーヴィリーベの厳しき選別を受けた類稀なる出会いに、祝福を祈ることをお許しください」
「許します」
「フレーベルタークのリュディガーです。五年生に在籍しております。勝手ながら、両親が兄妹同士ですので、ヴィルフリートとはとても濃い血の繋がりを感じます」
跪いて祝福をしたのは、リュディガーだった。血の繋がりが濃いと本人が言うだけあって、面差しもヴィルフリートとよく似ている。髪の色はヴィルフリートと同じような色合いで、目の色がシャルロッテと同じ藍色だ。ヴィルフリートとリュディガーが並んでいれば、本当に兄弟に見えた。
「両親同士のように、我々も仲の良い関係を築けたら、と願って止みません」
「こちらこそ、よろしく頼む」
一通りの挨拶が終わると、昼食が運ばれてきた。わたしと共に食べるのは、ハルトムートとコルネリウス兄様とレオノーレだ。ブリュンヒルデはわたしの給仕をして、アンゲリカが護衛をすることになる。
ぱくりと一口食べて、うーん、と唸った。普通の貴族の食事だ。エーレンフェストが片田舎なので、中央の食事はもっと洗練されていておいしいのかと思っていたが、一年に一回領主会議があり、貴族院でこうして交流があれば、食事などの文化はそれなりに取り込めるのかもしれない。特筆するような味はなかった。
ただ、エーレンフェストでは見たことがない食材があったので、色々な食材を見てみたいとは思う。わたしが食料庫に行くのは難しいので、目にする機会はないだろうけれど。
「……味は普通ですね」
「何年か前までは、これ以上おいしい料理はないと思っていましたよ」
ハルトムートが苦笑した。寮の食事が変わったのは三年前、それから、毎年味が良くなっているらしい。新しい調理方法に料理人が慣れてきたというのも大きいだろう。
「あまり料理のお話をするわけには参りませんね」
それからは本日の挨拶についての話がされ、サラリと流した態度は良かった、とハルトムートから褒めてもらった。本当は他領との関係について考えたいことや聞きたいことはたくさんあるけれど、ここで話をすることはできない。それは寮に帰ってからの話になる。
「食後の社交もこの調子で無難に流していきましょう。今年は病み上がりで病弱のまま通すので、ローゼマイン様は動き回らずにここで座っていてください。情報収集には私が回りますから」
「わかりました。ハルトムートにお願いしますね」
そんな打ち合わせをしながら食事をしていると、デザートが運ばれてきた。ルトレーベのジャムがかかったガレットに、見た目は実に可愛らしい小鳥の砂糖菓子がついている。
見た目はキラキラと光っていて、とても綺麗に盛り付けられていた。こういう盛り付けのセンスは、フーゴにもエラにもない。このまま持って帰って、勉強のために見せてあげたいくらいだ。
「崩すのが勿体ないですね」
そう言いながら、わたしは赤いジャムのかかったガレットを一口食べた。次の瞬間、あまりの衝撃に目を白黒させて、言葉を失う。凶悪な甘さだった。
高価な砂糖をとりあえずたくさん使った方が良い、と言わんばかりの甘さに、わたしは二口でデザートから脱落した。
……ううぅぅ、口の中がじゃりじゃりするよぉ。
わたしがカトラリーを置いて、飲み物を口にすると、周囲も「最初の一口か二口は美味しいのですけれど」と呟き、似たような顔をしていた。何事も程々が一番である。
そっとカップを下ろして、わたしはホッと一息吐いた。
「中央でもわたくしのレシピ本は流行るでしょうか? これをおいしいと思っているならば、難しいかもしれませんわね」
「流行ると思いますが、料理人が技術を手にして、味が改善されるまでには、ずいぶんと時間がかかると思います。我が家の料理長も苦労したようですから」
コルネリウス兄様の言葉に、わたしはゆっくりと頷いた。レシピが流れたところで、すぐに技術は追いつかないだろう。もしかしたら、それまではどこのお茶会にお招きを受けても、こんな凶悪な甘さと戦わなくてはならないのだろうか。
……お茶会が更に怖くなっちゃったよ。
「中央にレシピ本を広げるのも良いですが、私はローゼマイン様のレシピは一度に全て見せるのではなく、少しずつ見せていった方が良いと思います。レシピ本以外にローゼマイン様には手の内と言えるレシピや情報がございますか?」
ハルトムートがまるでわたしを試すように、軽く眉を上げた。わたしはカトラリーを一度置いて、口元を拭った後、笑って答える。
「もちろん、領地外に出せる情報、エーレンフェストの首脳陣には出せる情報、保護者だけに伝えた情報、わたくしだけが握っている情報……料理のレシピだけでも秘匿する分と公開する分は当然分けておりますよ」
ハルトムートは、ほほぅ、と面白がるように目を輝かせた。
「それは楽しみです。では、どのように聖女伝説を作り上げていきましょうか?」
「……え? 聖女伝説など作る必要はありません。わたくしは一般生徒として埋没していたいです」
せっかく周囲が「なぁんだ、聖女と言っても大したことないじゃん」という雰囲気になっているのだ。このままわたしは一般生徒として埋没して、平和で安定した生活を送りたい。貴族院では図書館に籠って過ごすと決めたのだ。
しかし、わたしの希望を聞いたハルトムートは少し目を細めて、唇の端を上げる。穏やかに見えるのに、有無を言わせぬ笑顔になった。
「残念ながら、それはできません。エーレンフェストの影響力を上げていくためには、聖女の存在が必要不可欠ですから」
「ハルトムート?」
……あれ? 何か変なスイッチが入ってない?
そこから、ハルトムートは初めての聖女伝説との出会いについて語り始めた。
ハルトムートはなんとオティーリエに連れられて、わたしの洗礼式に来ていたらしい。「彼女がこれからわたくしの主となるのですよ」と母親であるオティーリエが指差したのは洗礼式を迎える幼いわたしだった。
ハルトムートは子供心に、自分よりも幼い子供、それも、領主の養女になるとはいえ、自分達と同じ上級貴族の娘に仕えることになる母親にがっかりしたのだそうだ。
「ですが、ローゼマイン様は洗礼式の祝福返しで、来客全員に祝福を与えました。指輪から溢れた青の光が広間に大きく降り注ぐ様は、私が初めて見る規模の祝福でした。祝福を与えられて、感動したのは初めてだったのです」
わたしの祝福はハルトムートの心に深く刻まれた出来事だったらしい。けれど、あれは保護者達の計画した聖女伝説だ。ハルトムートは完全に騙されている。
「あれはわたくしの保護者達の陰謀だったのです。貴族達に文句を言わせず養女とするために画策したことですよ。わたくしは聖女ではありません」
「私がローゼマイン様を聖女認定したのは、それだけが原因ではありません」
秋にヴィルフリートを更生させるために奔走しているわたしの様子を母親から聞いたハルトムートは「養女になった以上、次代を争う競争相手になるのだから蹴落とせばよいのに」と思っていたそうだ。自分が側近だったら、どのようにヴィルフリートを追い落とすのか考え、オティーリエに進言したと言う。
けれど、オティーリエには「ローゼマイン様はそのようなことを望みません。あの方は皆を引き上げることしか頭にないのです。皆を引き上げつつ、ローゼマイン様を聖女として盛り立てる方が効果的ですよ」と却下されたらしい。
「ならば、どのようにして聖女伝説を作れば効果的か、と考えてみたのです。結果としては、フェルディナンド様の考えられたものを越えることは考え付きませんでした」
そんな中、冬のお披露目でわたしは神に音楽を捧げながら祝福を与えるという珍事を起こしてしまった。わたしとしてはびっくりして慌てて止めた祝福だったが、周囲には違って見えたようだ。
「フェシュピールを爪弾く指から零れる祝福の光は、実に美しいものでした。ライデンシャフトに向けた祝福は大広間に広がりながら、ゆっくりと天井に向かって流れていったでしょう?」
……そうだっけ? あの時は「やっちゃった。どうしよう」で頭がいっぱいで、全然覚えてないんだけど。
勝手に祝福になってしまった驚きと神官長に強制退場させられた記憶しかない。
「あの時に私は確信しました。フェルディナンド様の計画をさらりと超えたことを行うローゼマイン様は聖女だ、と。私は周囲にもローゼマイン様を聖女として認めていただきたく存じます」
そのための努力は惜しみません、と言われたわたしは、ひくっ、と頬を引きつらせた。
ハルトムートは常識のあるユストクスかと思っていたけれど、そうではなかったようだ。ハルトムートがなまじ有能なだけに、自分の聖女伝説がどのくらい加速するのかわからない。
……わたし、何だかヤバいのを側近にしてしまったみたいです。