Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (293)
シュバルツとヴァイス
「ひめさま、えつらんしつ、いく」
「あんないする」
わたしを案内してくれるのは二匹のウサギだ。シュバルツとヴァイスはそう言いながら、ソランジュの執務室の奥へと向かおうとする。このまま奥に向かって良いのかどうか、エーレンフェスト一行が顔を見合わせていると、ソランジュが苦笑しながら二匹を呼び止めた。
「シュバルツ、ヴァイス。そちらはお客様をご案内する扉ではございませんよ」
どうやら、この執務室の奥には、図書館の業務スペースに直接つながる扉があるようだ。
シュバルツとヴァイスは日常的に使っている扉だけれど、客を案内するための出入り口ではない、とソランジュに注意されて、シュバルツとヴァイスはわたし達が入ってきた扉へとほてほてと歩いてきた。そして、大きく扉を開けてくれる。
「こっちからいく」
「ひめさまはおきゃくさま」
シュバルツとヴァイスは働くことを前提に作られている魔術具だからだろうか、二匹が着せられている服は、パフスリーブの半袖のワンピースだ。黒いウサギのシュバルツは白を基調にしていて、白いウサギのヴァイスは黒を基調にしている色違いの服である。
そして、ワンピースの上には、様々な色で複雑に刺繍されたベストを着せられていた。ボタンに使われているきらりと光る石は、魔石に見える。飾りのようなボタンが魔石ならば、服だけでもかなり価値がありそうだ。おまけに、このように働いている魔術具は、貴族院の中でも今まで見たことがない。もしかしたら、存在自体が貴重ではないだろうか。
「ソランジュ先生、シュバルツとヴァイスはいきなりさらわれたり、身ぐるみ剥がされたりしませんか? わたくし、とても心配なのですけれど」
「シュバルツとヴァイスは図書館で働くために作られた魔術具です。
主
と共に行動する場合を除いて、図書館の外で活動することはできません。それに、わたくしはよく存じませんが、同じような憂いを抱えた歴代の主が持ち出されぬように色々な守りを付けているようです。図書館内にいる限り、心配はございません」
それならば良いのだけれど、とわたしは少しだけ安心しながら、シュバルツとヴァイスに促されるままに、ソランジュの執務室から出た。
「ひめさま、こっち」
二匹は、一行の先頭に立って回廊を横切っていく。頭と耳を揺らしながら、ほてほてと歩く姿がとても可愛い。一体誰が作ったのか知らないが、可愛さに関する趣味が合いそうだ。
そんなことを考えていると、わたしの背後からうっとりとしているのがわかる感嘆の溜息が聞こえてきた。
「ハァ、なんて可愛らしいのでしょう」
わたしが振り返ると、年の割に落ち着いているリーゼレータが珍しく濃い緑の瞳を輝かせて、シュバルツとヴァイスを見つめているのがわかった。
視線が合った瞬間、リーゼレータはハッとしたように表情を引き締める。それでも、二匹の様子が非常に気になるようで、視線がちらちらと二匹を見ているのがわかった。
「リーゼレータにシュバルツとヴァイスが褒められると、主のわたくしも嬉しいです」
「そうですか。……その、わたくし、自宅でシュミルを飼っていますし、このように大きくてお喋りもできるシュミルの魔術具を初めて見たものですから、少し舞い上がってしまったようです」
ホッとしたように微笑んだリーゼレータがゆっくりと視線をシュバルツとヴァイスに向けた。その視線はシュバルツとヴァイスが可愛くて仕方がないと雄弁に物語っている。うっとりしているリーゼレータは可愛いが、それよりも気になる単語があった。
「……シュミル、ですか?」
それはどこかで聞いたことがある。どこで聞いたかな? と記憶を探りながら、わたしはシュバルツとヴァイスを見た。わたしがすぐには思い出せない中、リーゼレータが嬉々としてシュミルについて教えてくれる。
「本当のシュミルはわたくしの膝よりやや小さいくらいで、貴族の間では愛玩用として飼われる魔獣です。もちろん、魔術具のお人形とは違って、言葉は話さず、ぷひぷひと鳴くだけなのですけれど。ローゼマイン様はご覧になったことがございませんか? ルトレーベが大好物で、一生懸命に食べる姿はとても愛らしいのです」
……ぷひぷひと鳴く?
その言葉でやっと思い出した。あまり愉快ではない養父様との初対面の記憶が蘇ってきて、わたしは顔をしかめた。
「……どなた、とは詳しく申せませんけれど、わたくし、シュミルに似ている、と言われたことがございました」
「まぁ、言われてみれば、金の瞳も似ていますし、わたくしが知っているシュミルは、艶のある紺色の毛並みをしていて、ローゼマイン様の髪の色を思い出します。おそらく、ローゼマイン様が大層お可愛らしいという褒め言葉でしょうね」
……いや、初対面で「ぷひっ、と鳴け」だったから、褒め言葉じゃないと思うよ。
同時に、初めてレッサーバスを作った時、神官長に「どうせならば、シュミルにしなさい」と言われたことも思い出した。あの時にシュミルがウサギとわかっていれば、ウサギにしたかもしれない。
すでに騎獣に対するイメージが固まっているので、今からシュミル型に変えるのは難しいので、わたしはこれからもレッサーバスを使うけれど。
「ひめさま。ここ、えつらんしつ」
シュバルツとヴァイスがそう言いながら、観音開きになっている閲覧室の厚い扉を開けてくれる。
開け放たれた入り口からは、壁から少し離れた中央に木製の本棚が等間隔に並べられている様子が見えた。壁際に大きくて太い柱が縦に長い窓を挟んで等間隔に並んでいて、わたしの肩くらいの高さまで、腰壁のように装飾のある木製の板がぐるりと閲覧室の内部に張り巡らせてある。
……おおぉぉ! 本がいっぱい! 本当にいっぱいある! 嬉しい! 幸せすぎる! 泣きそう!
エーレンフェストの本棚よりよほど多い。麗乃時代のそれほど大きくはない町の図書館とか、大きな市民図書館の分館くらいの棚の数があった。
この世界では初めて見る規模の図書館に、わたしの心がふわふわと浮き立っていく。見るだけと言われていなければ、本棚に直行して端から読み漁っていたに違いない。
「幸せ過ぎて、泣きそうです」
「入る前からか!?」
ヴィルフリートの驚いた声が上がり、コルネリウス兄様が「祝福は禁止だ」とわたしの肩を叩いた。ついでに、リヒャルダからは「見学だけですよ。読んではなりません」とまたもや釘を刺される。
開いた扉の前で行われたそんなやりとりをシュバルツとヴァイスがきょとんとした金の目で見上げていた。
「ひめさま。はいる」
「はい、失礼いたします」
ドキドキしながら中に入って周囲を見回すと、右側に窓のない一画があり、カウンター業務を行うのであろう執務机が目に入った。窓がなくても扉はあるので、おそらくあの扉とソランジュの執務室がつながっているのだと思う。
そして、左側には広い階段があり、図書館が二階にも続いているのがわかった。
……二階もある図書館! あぁ、ときめきすぎて、胸が痛い!
一階だけではなく、二階まであるのだ。蔵書数に期待できそうである。片っ端から読んでいきたい。
読書をするにはどこが一番読みやすいか、電気が普及していないこの図書館ではどこが明るいのか、そして、本棚から近いのか。わたしは読書スペースを探して閲覧室を見回す。
貴族院はエーレンフェスト寮や城と同じ素材で建てられているため、図書館の壁も柱も白い。採光性を良くする目的で、たくさんの細長い窓がつけられているようで、窓から光が差し込むと、真っ白の建物のせいか、図書館の中は意外と明るく見える。
柱や壁には彫り込みもあって装飾的で、真っ白の割にはシンプルという感じではない。
……神殿にちょっと似てるかも。
「ひめさま、なにをさがしている?」
「しつもん?」
わたしがきょろきょろしていることに気付いたのか、シュバルツとヴァイスが声をかけてくれた。
「こちらの本はどこで読めば良いのかしら? 本を読む場所はあって?」
「ある。こっち」
シュバルツとヴァイスは扉から図書館を真っ直ぐに突っ切るように奥へと向かって歩いていく。二匹の後に続きながら、わたしは本棚に入っている本へと視線を向けた。
本棚に並んでいるのは、城にあったような綺麗な革表紙に包まれた本ではなく、薄い木の板に挟んで紐で綴られている簡単な作りのものだった。本というよりは資料集という感じである。
貴族院の図書館というくらいだから、もっと豪華でごてごてとした本がたくさん並んでいるのかと思ったけれど、そうではないようだ。
「想像とは違って、ずいぶんと簡素な表紙ですね。こちらではこのような本が
主
に棚に並ぶのですか?」
「今、一階の本棚に並べられている本は、全て生徒によって書かれた参考書なのです」
わたしの質問に答えてくれたのはソランジュだ。毎年貧乏貴族救済のために、成績の良い者や字が綺麗な者の参考書を図書館が購入しているらしい。数が多いし、損傷や入れ替わりも多くて、とても全てに革張りの表紙を付けることはできないそうだ。
なるほど、と頷きながら、わたしは本棚を見回す。これならば、わたしが作った本を並べても特に問題はないのではないだろうか。
二匹の案内してくれるままに、奥の壁際までやってきた。壁際にはわたしが両手を広げてやっと両端に手が届くくらいの太い四角の柱と、同じくらいの幅の縦に長い窓が交互に並んでいる。
その窓から差し込む光で勉強するためだろうか、柱と柱の間には簡素な木製の机と椅子が置かれている。入り口から奥を見た時には腰壁にしか見えなかった板は、実は腰壁ではなく、扉のような役目を果たしていた。一応扉が開かないように、鍵がかけられている。
……うわぁ! ちゃんとキャレルがある!
柱と柱に挟まれたおよそ1メートル四方の空間が、小さな個室のような自習スペースというか、閲覧スペースになっているのを見て、グンとわたしのテンションが上がっていく。
どうやらここのキャレルは、ほとんど自室のような使い方をされているようだ。使用者がキャレルにいないのに、机の上に本が詰まれ、インクや木札が山積みになっている。
「ここ、キャレル。ほしいひとにかぎをわたす」
「べんきょうする。ほんよむ。おひるねにもいい。よくねてる」
……確かに、お昼ご飯の後、窓からさんさんと暖かい光が差し込んでいたら、眠くなるよね。
お昼寝をしている人はいるかな、とわたしは辺りを見回すけれど、閲覧室の中にはほとんど人の気配がなかった。数人がキャレルを使っているだけで、図書館の中を歩いている者は見当たらない。
「こちらの図書館はずいぶんと利用者が少ないのですね」
これだけ大量の本があって、キャレルまであるような図書館なのにもったいないと思いながら呟くと、シュバルツとヴァイスが首を振った。
「ちがう、ひめさま」
「少ないの、いまだけ」
まだこの時期は座学の試験に合格する上級生が少なく、初日の試験で合格する新入生は登録を終えていない者の方が多いので、図書館の利用者が少ない、とソランジュが付け加えて教えてくれる。
「冬の半ばくらいからはキャレルが足りなくなるほどの学生が出入りするようになりますわ。毎年、最終試験の前が一番多いですね」
ソランジュによると、上級貴族は狭いキャレルで勉強するよりも、保証金を払って、自室へと本を持ち帰ることが多いらしい。保証金が払えない下級貴族や中級貴族は図書館で読まなければならないようで、結果として、キャレルは下級貴族や中級貴族の勉強場所となる。そのため、講義の合間を縫って頻繁に図書館に通う生徒には、ほぼ自室のようにキャレルが占領されることになるそうだ。
「わたくしも中級貴族で、勉学には苦労したので、彼等の気持ちはよくわかるのですけれど、本をずっとキャレルに置いたままにするところが少し困りますね」
写し終わるまでは確保しておきたいのでしょうが、と笑いながら、ソランジュはそう言った。
窓の向こうが外に繋がる日当たりの良い南側のキャレルは人気が高く、西日に悩まされる西側のキャレルや窓があっても通路側で光量が少ない入り口の扉側にあるキャレルは、不人気らしい。
このキャレルの取り合いも順位や身分が関わってくるようで、小領地の下級貴族は扉側や西側のキャレルに押し込められるのが常だそうだ。
……わたしもキャレルが欲しいな。
本棚が近く、ゆっくりと座って読書ができる環境があるというのは実に素晴らしい。全てに合格した暁には、わたしも自分のキャレルを手に入れたいと思う。
キャレルの前を歩きながら、カウンター業務を行う机の方へとシュバルツとヴァイスが歩いていく。
ほんの数人しかいない利用者がぞろぞろと歩くエーレンフェストの一行の気配に気付いて顔を上げて振り返り、シュバルツとヴァイスを見て、ぎょっと目を見張るのがわかった。
政変の前はシュバルツとヴァイスは普通に図書館のお手伝いをしていたのだから、神官長くらいの年の人ならば、知っていると思う。けれど、この驚き方から察するに、動く魔術具自体が珍しいのではないだろうか。
「ソランジュ先生、わたくしはまだ見たことがないのですけれど、シュバルツとヴァイスのような魔術具は、貴族院ではたくさん動いているのですか?」
「いいえ、実に珍しい物ですよ。研究成果を秘匿するのが常ですから、製法そのものが失われていると前任の司書から伺ったことがございます。作ったのは、昔の王族だそうですよ。ですから、シュバルツとヴァイスにとって、
主
は全て、姫様、なのだそうです」
殿方の司書にも「ひめさま」と呼びかけておりました、とソランジュが言った。「ひめさま」と図書館内で呼ばれる男性司書の顔を想像して、エーレンフェスト一行から小さな笑いが漏れる。
「ソランジュ先生、図書館の本棚の本の配置はどうなっているのですか? 分類方法について教えてくださいませ」
「本の配置は入手順ですわ。新しい物を皆が好みますから」
当然のことだが、一階の本は講義の参考書ばかりなので、古い物よりは新しい物が好まれているそうだ。そのため、図書館が開館した講義の初日は、上級生の間で参考書の奪い合いが起こるらしい。
おまけに、毎年できが良い数冊を、領主候補生や上級貴族が保証金を積んで図書館から持ち出し、そのまま戻って来ないことがあるようで、管理するソランジュは大変だそうだ。
「本を返却していただけないのですか? オルドナンツで督促状を出して、呼びかけるのはどうでしょう?」
「以前、上級貴族の司書がいた時には連絡すれば戻ってきたのですけれど、今は苦情を言っても聞き流されてしまうことが多いのです」
保証金を積んで持ち出せる上級貴族や領主候補生には、中級貴族のソランジュがいくら言ってもほとんど効果がないようだ。完全に聞き流されてしまうらしい。それでは図書館業務に支障が出る。これは良くない。
「どうして上級貴族の司書はいなくなってしまったのですか?」
「政変によって、別の仕事に振り分けられてしまったからですわ。シュバルツとヴァイスがいれば大丈夫でしょう、と前任者に託されましたけれど、わたくしの魔力では動かすことができませんでした」
貸出しや返却、キャレルの管理がシュバルツとヴァイスのお仕事だったそうだ。しばらくは前任者の魔力が残っていたため、動いていた二匹も一年ほどで動きを止めてしまった。
ソランジュは二匹を執務室の奥に並べ、共に働く同僚が動かなくなった悲しみを胸に秘めながら、仕事をしていたらしい。
「ここでかしだす」
「ここでかえす」
業務スペースへと到着した二匹は先を争うように椅子によじ登っていく。
カウンターというよりは、むしろ、執務用の机だが、そこで手続きを行うそうだ。シュバルツとヴァイスが机を叩いて教えてくれた。
机の周りにはいくつもの棚があり、資料や作業に必要な道具が詰まっていた。それらを見ているだけで心が躍る。
「そういえば、利用する生徒だけではなく、他の司書の方も見当たりませんね」
「……えぇ」
ソランジュが表情を曇らせて、頷いた。今はどんどんと人を減らされていて、生徒の登録と削除ができれば良い、とソランジュ一人が図書館の管理を任されているそうだ。
「司書の場合、それ以外のお仕事の方が多いのに、一体どうされているのですか?」
「基本的には貴族院が終わってから……学生がほとんどいなくなる春から秋にかけて、他の業務をしています」
何という大変なことになっているのだろうか。頭がくらりとした。ここはわたしの出番ではないだろうか。図書館業務を円滑にこなすために、活動したい。学生では司書になれないのだから、ここは図書委員になるしかない。
「わたくし、ソランジュ先生のお手伝……」
わたしが「お手伝いをするために図書委員になります」と言いかけた瞬間、図書館の中にステンドグラスを通したような様々な色の光が降り注いできた。
窓にステンドグラスがはまっているわけでもないのに、赤や青の光が降ってきたことに驚いて、わたしは上を見上げる。白い天井や壁に色彩豊かな光が当たっているように見えるだけで、特に何があるわけでもない。
ほんの数秒でそれは消えた。
同時に、数人いた利用者が本を閉じて、立ち上がるのが見える。
「この光は一体何ですか?」
「午後の講義のために退室を促す光ですわ。鐘の音も耳に入らないくらい本に没頭する生徒も、手元の本の色が変わるとさすがに気付くようで、図書館では鐘が鳴る前にこのような光による知らせがございます」
本を読みだすと、周囲の音が聞こえないのはわかるわ、とわたしが深く頷いていると、わたしの背後でリヒャルダが「良いことを聞きました」と呟くのが聞こえた。
「ソランジュ先生、鍵を……」
「はいはい。午後からは実技でしょう? 頑張ってくださいね」
生徒達がシュバルツとヴァイスの存在を気にしながら、ソランジュにキャレルの鍵を渡して、閲覧室から慌ただしく出て行く。
そう様子を見ながら、リヒャルダはニコリと笑って扉の方を示した。
「さぁ、姫様。退室の合図があったのですから、わたくし達も午後の実技へと参りましょう」
「閲覧室には入れたのだから、満足しただろう? 後は全てに合格してからだ」
「午後の実技に遅れてしまいます」
皆の言葉に、わたしは今回行けなかった二階を見上げて、軽く溜息を吐いた。二階にも行っていないし、本の一冊も読んでいないのは、非常に残念だが、今日のところは諦めるしかないだろう。
……今度は絶対に一日中図書館に籠れるように、急いで全ての試験に合格するんだ。よぉし! 頑張るぞ!
決意を拳に握りこみ、わたしは皆と一緒に閲覧室から出る。見送るようについてきていたシュバルツとヴァイスが閲覧室を出たところで、わたしの袖を軽く引っ張った。
「しごと、した」
「ひめさま、ほめて」
シュバルツとヴァイスがわたしの前に並んで、軽く目を閉じる。何を求められているのかわからなくて、わたしがソランジュを見上げると、くすくすとソランジュが笑った。
「額の魔石を撫でて、魔力を少し注いでくださいませ。それで、またこの子達は元気にお仕事ができます」
「わかりました」
わたしはシュバルツとヴァイスの額の魔石を撫でながら、少し多めに魔力を注ぐ。わたしが全ての試験に合格するまで、頑張って働いてもらわなければならない。
「シュバルツ、ヴァイス。案内してくれて助かりました。この後はソランジュ先生の言うことをよく聞いて、お手伝いをするのですよ」
「わかった。ソランジュのおてつだい」
「だから、ひめさま。あたらしいふく」
短すぎてよくわからないヴァイスの要求に、わたしはまたしても首を傾げた。ソランジュが遠い記憶を探るように目を細め、ポンと手を打つ。
「主が変わった時に、シュバルツとヴァイスは新しい服を賜っていました。ローゼマイン様からも新しい服を賜りたいのでしょう」
「……貴族院には針子を同行していませんし、布の準備もありませんから、来年になると思いますけれど、よろしいかしら?」
二人分を仕立てるとなると、時間がかかりそうだ。とても冬の間にはできない。わたしの言葉に、シュバルツとヴァイスは大きく頷いた。
「あたらしいふく、じかんかかる」
「しってる」
待っていてくれるならば、可愛い服を仕立てることができそうだ。そう考えていたわたしは、ハッとした。
「……ソランジュ先生、シュバルツとヴァイスに性別はあるのですか?」
「まぁ、ローゼマイン様。魔術具に性別などございませんよ。どのような服でも、主から賜ったということが大事なのです」
シュミルの姿を模している魔術具であるシュバルツとヴァイスに性別はないらしい。時代によっては女の子の格好をさせられたり、男の子の格好をさせられたり、様々だったようだ。
……どんな服を着せよう? どんな服を着せるにしても、図書委員の腕章は必要だよね?
シュバルツとヴァイスに腕章をあげるならば、わたしの腕章もお揃いで欲しい。エーレンフェストに戻ったら、トゥーリに頼んでみよう。
「では、わたくし、なるべく早く講義を終わらせて、図書館に参ります。もし、シュバルツとヴァイスの魔力が足りなくなったら、すぐにご連絡くださいませ」
わたしはソランジュにそう告げ、シュバルツとヴァイスに手を振ると、図書館を後にした。