Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (298)
騎獣作成合格
丸一日講義がない日があり、図書館に行きたいと言ってみたものの、案の定、リヒャルダに却下されたわたしは、次に印刷するための原稿作りに精を出していた。子供の話し言葉だったお話を、書き言葉に直していくのだ。これで、春からの印刷も困らない。
その次の日は、午後に音楽の実技があった。先生から課題曲が出されて、それが弾ければ、合格というものだった。神官長からの課題ですでに練習したことがある曲だったので、楽譜を見ながら数回練習をした後、先生の前で演奏して、すぐに合格をもらった。
「ローゼマイン様は御自身の曲だけではなく、他の曲もたくさん練習しているのですね」
「わたくしは自分の楽師や教師の言うままに、練習しただけなのです」
「その楽師も連れてきてくださるのでしょう? お茶会を楽しみにしておりますね」
「わたくしも楽師も、先生方のお茶会にお招きを受けるなんて、楽しみで、光栄で、眠れぬほどですわ」
「まぁ」
そんな会話を交わして、わたしは音楽の実技を終えた。実際、新しい曲の作詞とアレンジと練習に励んでいるロジーナは、少しばかり睡眠時間を削っているようだ。お茶会を楽しみにしているようで、表情は楽しみで仕方がない興奮状態が時々出ている。
「ローゼマインはずいぶん早く終わったな」
ヴィルフリートは弾いたことがない曲だったようで、苦戦中だ。楽譜とにらめっこしながら、奮闘しているヴィルフリートが合格をもぎ取って自席に戻ったわたしを見て、軽く肩を竦めた。
「其方は何でも簡単に弾きこなすのだ。フェシュピールの才能があるのだろう」
「違います。フェルディナンド様がどんどん難しい課題を積み上げていくのです。わたくしがこの曲を練習させられたのは、お披露目の直後でしたから」
「お披露目の直後、だと?」
ヴィルフリートがお披露目で弾いたのは、その年頃の子供が弾くのにちょうど良い難度の曲だった。あの時点で、どれだけの差があったのか実感したようで、ヴィルフリートが目を瞬いた。
「フェシュピールの名手になりたければ、フェルディナンド様のレッスンを受けますか? 季節ごとに5~6曲の課題曲が渡されて、いつ弾いてみろ、と言われても良いように、ロジーナと必死で練習するのですけれど」
季節の終わりが近付くと「フェシュピールを持ってこい」と言われるのがいつになるのか、ドキドキながら毎日練習しながら過ごすことになる。そして、演奏に合格点が出ると、難易度がぐっと上がった新しい課題曲がまた出されるのだ。そう言うと、ヴィルフリートが軽く目を閉じて、頭を振った。
「叔父上の要求に軽々とついていけるのは其方くらいだ。私は魔力や魔術具の扱いならばともかく、音楽は叔父上の教育を受けたくない。今のままでよい」
「わたくしも決して軽々ではないのですけれど……」
そして、次の日。
二年生の分の参考書は早くもまとまりつつある。元々、去年情報収集をしてくれた分と、図書館に行ける者にお金を預けて借りてきてもらった参考書とエックハルト兄様や神官長の書き留めたものをきちんとまとめるのがほとんどだったので、それほど時間はかからなかったのだ。
「神官長やエックハルト兄様の頃に比べると、かなり変わってしまった講義も多いですわね」
今までは「アンゲリカの成績を上げ隊」の活動の中、騎士見習いの座学をこなすための資料ばかりを見ていたので気付かなかったが、一年生や二年生の資料をここ数年の物と見比べてみると、大幅に内容が変わっている講義がいくつかあった。
皆で作り上げた参考書の原稿を見比べながら言ったわたしに、フィリーネが軽く肩を竦める。
「政変の後は先生方の入れ替えも行われたそうですから、大幅に講義内容が変わったとしても不思議ではありませんね」
先生は大体の場合、助手が存在して、引退したり、死亡したりした場合は、助手が次の先生となって、似たような内容の講義を行うそうだ。
けれど、政変があり、大規模な粛清があった場合、先生と助手は基本的に同じ派閥に属するので、まとめて解任される。そうすると、講義内容に断絶が見られることもあるらしい。
「図書室で前年分の参考書を確認して、講義すればよろしいのに……」
「研究者には研究者なりの自尊心があるのだろう。政変で解任された者と全く変わらない講義にはしたくないのではないか?」
ヴィルフリートが同じように資料を見比べながらそう言う。研究者の自尊心も大事だが、学生達の学習が大変になる事に関して、もう少し気にかけてほしいものだ。
「前年の参考書が役に立たなくなるではありませんか」
一発合格を狙うわたしのような生徒には、前年の参考書が全く役に立たなくなるような講義は迷惑極まりない。図書館への道のりが確実に遠ざかる、とわたしが不満を口にすると、フィリーネが小さく笑った。
「……では、新しい講義内容の載った参考書が図書館に増えると考えれば、ローゼマイン様のお怒りが和らぎませんか?」
「フィリーネは賢いですね。今、ちょっとだけ政変に感謝したくなりました」
「何事も考え方次第だな」
ヴィルフリートが、うんうん、と頷く。
「……参考書作りは終わりが近付きましたけれど、フィリーネはこの後どうしますの?」
「今度、文官見習い志望の下級貴族が集まってお茶会をすることになっているのです」
参考書作りを終えたフィリーネは、これから他領の下級貴族との交流に乗り出すのだそうだ。有益な情報を得るために、社交の場へと踏み出すと報告してくれた。
「さすがに、まだ上級生のお茶会に交じるのは緊張しますし、皆で練習しようというお話になりまして……。それで、その、お茶会での話題について、気を付けなければならないことはございませんか?」
「それは、わたくしもよく考えておかなければならないことなのです」
「私も、従姉弟同士のお茶会があるからな。どこまでの情報を出して良いか、上級生を含めて一度ゆっくり話し合っておかねばならぬ、と思う」
うーん、と悩んでいると、今日の午前中は合格した講義なので、余裕があると多目的ホールに下りてきていたハルトムートが助言をくれた。
「間違いなく、エーレンフェストの成績向上について聞かれると思うよ、フィリーネ」
学年が違う私もずいぶんと色々質問を受けているからね、とハルトムートは言った。エーレンフェスト成績向上委員会の活動により、全体的に座学の早期合格者が多く、一年生が全員一発合格という成績を叩きだしたエーレンフェストは、今のところ注目の的なのだそうだ。
「成績の優秀さではヴィルフリート様が目立っておりますが、ローゼマイン様は色々な意味で目立っております」
魔力制御で魔石を何個も紛失して最後まで居残りさせられたとか、魔獣を模した騎獣で先生に襲い掛かったとか、最奥の間で行き倒れて死にかけたとか、不名誉な目立ち方ばかりだ。
「ローゼマイン様は不名誉な目立ち方だけではございません。音楽で新しい曲をいくつも作っているとか、座学はほぼ満点で合格しているとか、宮廷作法で一発合格だとか、優秀な目立ち方もしております」
「それで、ハルトムートは周囲の質問に何と答えているのですか?」
わたしが自分の不本意な目立ち方に落ち込みつつ、ハルトムートに尋ねると、実に良い笑顔で答えてくれた。
「我々の成績が上がっているのは、エーレンフェストの聖女のおかげです。来年はもっと驚くことになりますよ、と答えています」
「ハルトムート!?」
「事実ではありませんか。エーレンフェスト成績向上委員会はローゼマイン様がお考えになられたことですし、一年生の快進撃もローゼマイン様の図書館への情熱の賜物です。来年はローゼマイン式魔力圧縮方法で魔力を伸ばした者が更に活躍するのですから、私は嘘など言っていません」
ハルトムートは晴れがましい顔でそう言った。
「他領に詳細を伝える必要はありません。曖昧にしておけば良いのですが、決して嘘を言ってはなりません。信用を得ることから始めなければ、敵を欺くことさえできませんから」
笑顔で言い切ったハルトムートをフィリーネは「わたくしもそのように答えます」と言いながら尊敬の眼差しで見ている。
「何と言うことでしょう。妙に誇張されたエーレンフェストの聖女に関する噂はハルトムートのせいだったのですね!」
「……ローゼマイン様、誤解です。私だけのせいではありません。エーレンフェストが一丸となって広げていますから」
「尚更、悪いですっ! せめて、次期領主となる可能性が高いヴィルフリート兄様の発案ということにしてくださいませ」
わたくしは一般生徒に埋没して、図書館に籠るのです、と主張したが、ハルトムートだけではなく、多目的ホールにいた皆に「どう考えても、すでに手遅れです」と言われてしまった。
「それに、ローゼマイン様の手柄を譲られることに慣れさせてしまうのはヴィルフリート様の成長のためには良くありません」
「うむ、私は私にできることを精一杯するのだ」
二人にそう言われて納得してしまったわたしは、エーレンフェストの聖女伝説が加速することに気付いていなかった。
午後からは騎獣作成の実技である。アーレンスバッハ寮の寮監であるフラウレルムを前回の講義で失神させてしまったわたしは、魔獣を模した騎獣で襲われた、という噂を流される程疎まれているらしい。
……疎まれるのはどうでもいいけど、合格がもらえないのは困るんだよね。
ヒルシュールと裏取引をしたので何とかなるとは思うけれど、ヒルシュールにも少しばかりの不安が残る。
……忘れずにちゃんと講義に来てくれるかな?
研究に没頭していたら、わたしとの約束など簡単に忘れられそうだ。ヒルシュールは神官長のマッドサイエンティスト成分を煮詰めたような人なので、どうしても心配になる。
だが、わたしの心配は杞憂だったようで、ヒルシュールは騎獣作成の実技にやってきた。それも、数人の先生を連れて。
「まぁ、先生方。一体どうなさったの?」
「フラウレルムが前回失神したことで、わたくし、調合を中断することになったでしょう? また呼び出されては大変ですから、今回は最初から見学しておいた方が良いと思ったのです」
ふふふ、と笑いながら、ヒルシュールが紫の目をひらりと輝かせた。
「失敗して素材を無駄にしたことをそれほど恨んでいるわけではないのですよ。弁償さえしていただけたら」
「ま、まぁ、それは騎獣でわたくしに襲い掛かった危険な生徒に請求するべきですわね」
「……その、襲い掛かったというのも、どうかしら? わたくしが前回見た限りでは、襲い掛かられるようなことはありませんでした。フラウレルムが大袈裟に騒いでいるだけではありませんか」
「な、何ですって!?」
フラウレルムがいきり立つのと、穏やかそうだが、眼光の鋭いおじいちゃん先生が二人の間に割って入るのはほぼ同じだった。
「少し落ち着きなさい。生徒が魔獣を模した騎獣で襲い掛かったという噂になっている以上、危険を避けるためにも他の教師を入れた方が良いのでは? フラウレルムの正当性も証明できる」
安全と噂の確認のために数人の教師を入れる、とおじいちゃん先生は言った。自分から「危険だ」と噂を流してきたらしいフラウレルムは受け入れるしかなかったようだ。
「では、どれほど危険な存在か、皆様にも確認していただいた方がよろしいですわね」
まるで負け惜しみのような口調でそう言ったフラウレルムが肩で風を切るようにして生徒の中心に立つと、騎獣にするための魔石を出すように、と言った。
わたしは自分の安全のためにもヒルシュールの近くへと移動して、魔石を取り出す。すると、数人の先生方がわたしを取り巻くように立ち位置を変え始めた。
そんなに警戒しなくても、と思っていると、ヒルシュールがクスリと笑う。
「……皆、ローゼマイン様の新しい形の騎獣に興味があるのですよ。わたくしが声をかけられる相手は研究熱心で新しい物が好きな方ばかりですからね」
つまり、わたしは警戒されているのではなく、研究対象を見るのに近い好奇心と興味に満ちた目で見つめられているということである。わたしのレッサーバスに危険がないことを示すためにも、今回はおとなしく見世物にならなければならないようだ。
……合格がもらえるなら、見世物くらい我慢するけど。
ヒルシュールによると、最奥の間で行き倒れた時にレッサーバスを見た数人の先生達が珍しい、変わっている、と言い、のっそりとした鈍くさい動きで、とてもグリュンには思えなかった、と言ったせいで、興味を掻き立てられた先生方が何人かいるらしい。
「わたくしも新しい騎獣を作るために、もう一度じっくりと見てみたいですから」
新しく騎獣を作るための魔石を準備したのだ、とヒルシュールが自分用の魔石を手に、楽しそうに笑った。
「騎獣の形が作れる者は、形を作ってくださいませ」
フラウレルムの声と同時に、「さぁ、早く」と周囲の先生方に急かされ、わたしは一人用のレッサーバスを出した。
「ほほぅ、これが……。少し鈍そうな顔をしているように見えるが、確かにグリュンだな」
「椅子があるが、一体どのようにして乗るのだ?」
じろじろと見られるレッサーバスからわたしは一歩引いた状態で、研究者に触られているレッサーバスを見ていた。
「こちらの騎獣は大きさも変えられるとおっしゃいましたよね?」
ヒルシュールに言われて、わたしはレッサーバスを車高の高いファミリーカーくらいのサイズに変えた。
乗れるように入り口を開けると、嬉々としたヒルシュールが中に入って、あちこち触りまくる。前回も同じようにしていたので、ヒルシュールの動きに躊躇いなど欠片もない。
「こうして乗るのか」
新しいもの好きな研究者というのは間違いではないようで、数人の先生方が次々入っては、あちこちを見回している。
「ローゼマイン様、これは何です?」
「どのようにして動かすのだ?」
「おぅ、これは座り心地が良いな」
魔獣を模した騎獣の危険性を確認に来たはずの先生方が、レッサーバスに乗り込んで、見回しながら盛り上がっている様子を見て、周囲の生徒達が唖然とした表情になった。
「ご覧になって。ヒルシュール先生はスカートのままで乗り込んでましてよ」
「そういえば、騎獣服に着替えることなく乗れる、と伺ったような……」
「これがシュミルならば、可愛らしいかもしれませんわね」
ちょっと興味を持ったのか、女子生徒達が少しずつ距離を詰めながら、言い合っている。
グリュンに似ているレッサーバスだが、まだグリュンを魔獣と認識していない一年生は恐怖を感じることもないようで、好奇心に任せて少しずつ近付いて来る。
「危ないですわ! そのような非常識なものに近付くなんて!」
フラウレルムが必死で叫んでいるが、特に危ないことが起こっていないのは、乗り込んで色々と見て回る先生方の姿で一目瞭然だ。
「では、わたくしもローゼマイン様の騎獣を参考に、新しい騎獣を作ってみましょうか。素材や道具を安全に運べる騎獣があれば良いと思っていたのですよ」
「新しい騎獣は簡単に作れるのですか? わたくしの護衛騎士は二つを扱うのは無理だと言っておりましたけれど……」
「二つを使い分けるのは騎士の咄嗟の判断では難しくなるかもしれませんけれど、ゆっくりと考える時間があれば、思考を切り替えて作ることはできますよ。わたくしは以前の騎獣が使えなくなっても構わないと考えているので、問題ございません」
レッサーバスを見ながら、ヒルシュールは魔石を手に持って、新しい騎獣を作り始めた。魔力の扱いに慣れているせいだろうか、結構簡単に新しい騎獣を作り出す。
「わあぁぁぁ!」
ヒルシュールが騎獣を作り出すと、周囲の生徒から歓声が上がった。レッサーバスの隣にできたのは、シュミルの頭が付いた一人用の騎獣だ。
レッサーバスとは違って、ハンドルの代わりに手綱が付いていて、他人を乗せることは考慮していないらしく、椅子は一つだが、荷物を置くための場所はある。まさにヒルシュールのための騎獣だ。
ヒルシュールが少し手を動かすと、レッサーバスと同じように入り口がうにょんと開いた。そこにヒルシュールはスカートのままで乗り込んでいく。そして、わたしの騎獣と同じように作られている椅子に座ると、ハンドルの代わりに垂れている手綱を握った。
ヒルシュールが魔力を流して、他の騎獣と同じように手綱を操って騎獣を動かし始めると、シュミル型の騎獣は動き始め、小広間を駆けることができた。羽もないのに空中を駆けるところまでヒルシュールはきちんとイメージできているらしい。
……神官長よりも順応性が高いかも。
「手綱でも問題なく動かせますね。動かし方は今までと同じです。ゆったりと椅子に座れるので、優雅な気分で騎獣に乗れますわ」
シュミル型の騎獣から降りてきたヒルシュールが乗り心地に満足したように笑顔で頷いた。
「ヒルシュール先生、こちらの騎獣の作り方を教えてくださいませ」
「わたくしも知りたく存じます」
見慣れた手綱やシュミルの外観が受け入れやすいようで、女子生徒がこぞってヒルシュールの真似をしたがった。あっという間にシュミル型の騎獣を作ったヒルシュールが一躍女子生徒の人気者である。わたしのレッサーバスに群がる生徒はいなくなった。
「……レッサー君も可愛いですもん」
「可愛くはないが、なかなか興味深いものであったぞ」
わたしを慰めるようにそう言ったおじいちゃん先生は、嬉しい収穫だった、と言いながら、小広間を出て行った。
「自分で作り出した騎獣で貴族院の上空を一周できれば、騎獣作成は合格です」
そう言ったヒルシュールとわたしは空のドライブである。小広間に騎獣が増えてきて手狭になってきたので、乗ることに慣れてきた生徒は魔石に一度戻した上で外に出るように言われたのだ。
外に出ると寒い冬の空気に身体が縮こまる気がした。わたしは急いでレッサーバスを出して乗り込むと、ハンドルを握った。レッサーバスの中は風が当たらない分、まだ温かい。
……でも、エーレンフェストに比べたら、貴族院の方が寒くないけどね。
冬だから寒いことは寒いけれど、エーレンフェストの方がもっと寒いし、雪も深い。そんな気候の違いを感じることで、本当に自分が今いる場所はエーレンフェストではないのだと実感する。
「参りましょう」
先行するヒルシュールのシュミル型騎獣を追いかけて、わたしはレッサーバスで空を駆けていく。フラウレルムは中で進度の遅い生徒を見るそうだ。
数匹の騎獣が連なって貴族院の上空を駆けていく。
わたしは初めて、貴族院の全景を見ることになった。今までは寮まで転移陣、寮から講堂前の廊下へは玄関扉を開ければ到着していたので、貴族院も寮も外観を眺めたことがなかったのだ。
貴族院は高い山の上にあった。周囲を深い森の斜面に囲まれた、驚くほど広大すぎる敷地が目に入った。本館と呼ばれる講堂などがある場所がすぐ真下の一番大きな建物で、小高い山を取り込むように白い建物がある。
冬にも葉を落とさないモミの木のような針葉樹林が、雪を衣装のように着ているので光景の全てが白っぽく見えた。そんな森の中にポツリポツリと点在する白い建物がそれぞれの寮なのだと思う。ぐるりと貴族院の敷地を駆けるうちにいくつも建物はあったけれど、正直、エーレンフェストの寮がどれなのかわからない。ただ、以前聞いた通り、色々な建築様式の寮があるのが面白いと思った。
……お城に似た建物なら、あれか、こっちか。
貴族院の周囲は斜面と深い森に囲まれている上に、雲海に囲まれていて、下の様子が全く見えなかった。天気が良ければ見えるのだろうか。
ぐるりと駆け回って見下ろした限りでは、この地には貴族院と寮しか存在しないように見えた。少なくとも、エーレンフェストの貴族街のように、すぐ近くに平民の街や田畑があるようには見えない。まるで、貴族院自体が大きな神殿のようだ。
……聖地?
聖典にあった神々が降り立ち、人々を治めるために王に力を与えた始まりの土地が、この場所なのかもしれない。
そんなことを考えて、貴族院の敷地をぐるりと見て回る。
雪に包まれた貴族院の敷地は、神々が降り立っても不思議ではない程に神秘的だった。
「騎獣作成は合格です」
わたしは無事に騎獣作成の講義の合格を勝ち取った。
そして、ヒルシュールのおかげで、乗り込み型の騎獣が女子生徒の間で流行ることになる。