Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (301)
図書館へ行こう
全ての講義に合格した。やっと自由に図書館へ行けるのだ。皆に、うふふん、と胸を張りつつ、図書館での初めての自由行動である。
楽しみのあまり、わたしが飛び起きたのは、リヒャルダが部屋にやってくるよりも早い時間だった。浮かれに浮かれたわたしは、真っ暗な部屋の中で「今日は図書館! 神に祈りを!」と叫んで祝福を飛ばしてしまい、慌ててベッドに戻って寝たふりをした。
だが、わたしの側仕え達は、わたしが祝福を飛ばした時にはすでに側仕えが使用する道具を置いてある部屋で、本日の打ち合わせしていたようだ。ベッドに潜り込んですぐに部屋へと入ってきたリヒャルダに苦笑を含んだ呆れ顔で「姫様、寝たふりをしても祝福の光は消えませんよ」と起こされ、リーゼレータには微笑ましいものを見る目で見られてしまった。
朝食の席では、わたしの図書館に同行する者が選別される。基本的には講義が終わって、手が空いている者が同行者だ。コルネリウス兄様が朝食を食べながら、本日の皆の予定を尋ねる。
座学を終えたばかりのブリュンヒルデは、音楽の先生方のお茶会に向けて準備を始めたい、と言っているし、リーゼレータはシュバルツとヴァイスの採寸に同行するために最後の講義があると言った。ハルトムートも今日は講義があるようで、騎士見習いはほとんどが講義だそうだ。
「そうか。だったら、図書館へのお供はリヒャルダとフィリーネだな。護衛騎士はレオノーレしか手が空いている者がいないのか」
「コルネリウス、ローゼマイン様の護衛騎士が一人というのは心配なので、わたくし、講義よりも護衛を優先しても……」
「アンゲリカはしっかり講義を受けてらっしゃい」
レオノーレがアンゲリカの言葉を遮るようにしてそう言うと、レオノーレはコルネリウス兄様に向き直った。
「図書館に行ける喜びで朝から祈りを捧げて祝福を行うローゼマイン様に、これ以上待つように、とは言えませんもの。わたくしだけで良いですよ」
「確かに、これ以上待てと言うのは無理そうだから、仕方がないな。頼んだ、レオノーレ」
「まだ講義を終えている生徒の方が少ないのですから大丈夫ですよ、コルネリウス」
レオノーレが微笑むとコルネリウス兄様は一度頷いた後、わたしを見て、聞き分けのない子供に言い聞かせるような顔と口調で注意する。
「ローゼマイン様、安全のために、皆の講義が始まってから図書館に向かうとお約束してください。よろしいですか? その程度が守れないようでは、次回からは護衛の都合がつくまで待機になります」
「絶対に守ります!」
……アンゲリカの都合がつくのなんて待っていられないもん!
講義へと向かう皆を見送って、2と半の鐘が鳴った後、わたしはリヒャルダの許しが出るのをそわそわとしながら待って、図書館へと向かった。
すでに講義が始まっているので、真っ白の廊下には人の気配は全くなく、閉ざされた扉の向こうで講義が行われているのだろうけれど、声が漏れて聞こえてくることもない。静かな廊下に響くのはわたし達の足音と浮かれた歌声だけだ。
「図書館、図書館、幸せの場所、るるるる、らららん」
「……ローゼマイン様、その曲には楽師が違う歌を付けていましたよね?」
「それはそれ、これはこれで良いのです」
貴族院の図書館はエーレンフェストの城にある図書館よりもずっと広くて、冊数が多くて読み甲斐があるのだ。その図書館で初めての読書ができる。そんなの喜びを歌うのに、これ以上の歌はないと思う。
ちなみに、わたしが作った歌詞は「神に祈りを それから、感謝を」というのがあったが、勝手に祝福が飛び出したら危険なので、自主的に削除して、「るるる」とか「ららら」で誤魔化してある。
「レオノーレ」
わたしは自分の護衛騎士の中で、唯一知性で推薦されたレオノーレを見上げた。文官見習いのような容貌に、知的な藍色の瞳がきらりと光っている。
「何でしょう、ローゼマイン様?」
「わたくしが見た限り、騎士見習いはどうやら読書が苦手な者ばかりのように思えるのですけれど、レオノーレも読書は苦手ですか?」
昨日の騎士達の様子を見てみると、とても読書好きな騎士はいそうになかった。体を動かすのが得意な者が騎士コースを選ぶからだろうか。
「ローゼマイン様を基準にして、好きだとはとても申し上げられませんけれど、他の騎士に比べると苦手ではございません」
「では、政変以前の戦略や戦術に関する参考書、魔物について書かれた本がないか、図書館で探してみるので、また目を通して皆に教えてあげてくれますか?」
わたしの言葉にレオノーレが「皆で講義内容をまとめていますけれど?」と不思議そうに目を瞬いた。
「わたくしが預かったフェルディナンド様やエックハルトの資料よりも、今の講義の方が戦略や戦術に関する内容が薄いように思えるのです。図書館にはディッターに関する本や魔物の弱点がまとめられたような本があるかもしれません。わたくし、騎士見習いの役に立ちそうな本を探してみます」
「ローゼマイン様のお手を煩わせなくても、他の護衛がいる日にわたくしが探してみますけれど?」
とんでもない、とレオノーレは言うけれど、わたしが探したいのだ。少しでいいから司書の気分に浸りたい。
「レオノーレ、気にしないでください。図書館で本を探すのは、司書……あ、いいえ、図書委員の仕事ですから」
わたしが胸を張ってそう言うと、レオノーレを初めとして、皆が不可解そうな顔になった。
「……ローゼマイン様、図書委員とは何でしょう?」
「学び舎の図書館で司書のお手伝いをする学生のことです」
やはり、周囲の不可解そうな顔は変わらない。フィリーネが頬に手を当てて、うーん、と首を傾げる。
「文官見習いのようなものでしょうか?」
「そうですね。わたくしは領主候補生であり、文官見習いなのです」
司書になるために三年生では両方の講義を取るのだ、と胸を張ると、皆が一度軽くを目を閉ざした。
「そのような大変なこと、できるわけがございません、と申し上げたいのですけれど……」
そう言ったリヒャルダに続くようにフィリーネが何とも言えない曖昧な笑みを浮かべる。
「ローゼマイン様の図書館にかける情熱を知ってしまうと、口にできませんね」
「一年生の全員合格のように本当に成し遂げてしまうでしょうから、言葉に困りますね」
付き合わされたフィリーネに同情めいた視線を向けながら、レオノーレが苦笑する。
「講義が両方とれるようにフェルディナンド様も、助言してくれる、とおっしゃったので、大丈夫です。わたくしは両方取りますよ!」
「ひめさま、きた」
「ひめさま、ようこそ」
図書館の閲覧室に入ると、シュバルツとヴァイスがぴるぴると耳を振るわせて、業務スペースから出てきた。その声に気付いたようで、ソランジュが執務室から目を丸くして顔を出す。
「まぁ、ローゼマイン様!?」
「おはようございます、ソランジュ先生、シュバルツ、ヴァイス」
こちらへやってきて、「しごとした」「ほめて、ひめさま」と軽く目を閉じるシュバルツとヴァイスの額を撫でて、魔石に魔力を少し注いでいると、ソランジュも業務スペースから出て、わたし達の方へと歩いて来た。
「おはようございます、ローゼマイン様。講義に合格するまでこちらにいらっしゃることはないとおっしゃっていたのでは?」
「昨日、全て合格したのです」
図書館で本を読むために頑張りました、とわたしが胸を張ると、ソランジュは信じられないという顔でリヒャルダやフィリーネに確認するような視線を向けた後、ほぅ、と息を吐いた。
「……予想外の優秀さに驚きました。シュバルツとヴァイスの主となる素質がある事にも納得できますね」
すでに講義が始まっている時間なので、図書館に人の気配はほとんどない。これはゆっくりと読書が楽しめそうだ。にんまりしながら、わたしは図書館の中を見回し、左手にある幅の広い階段で視線を止めた。
「前回は二階へ上がることもできなかったので、わたくし、二階に上がるのも楽しみにしてきたのです」
「あんないする」
「にかいだ、ひめさま」
仕事ができて嬉しいのか、シュバルツとヴァイスが頭を軽く左右に振るようにして歩き始める。二階へと上がる階段は建物と同じ白の素材でできていて、大人が五人くらいは並んで上がれそうな幅があった。
「この図書館にはどのくらいの蔵書があるのですか?」
「そうですわね。もう使われなくなり、保存用の書庫へと移された古い資料まで含めますと、3~4万ほどでしょうか」
ソランジュの言葉にシュバルツとヴァイスが頷くように頭を振った。
「いっかいはおおい。にまんくらい」
「こうぎにつかう。みんな、よむ」
「二人の言う通り、本としては、一階の参考書として管理されているものが多いですわ。全ての科目につき、かなり古い物まで残しているので、シュバルツが言ったように、2万ほどになります」
その2万冊の中には、羊皮紙に書き綴られた物もあれば、木札の物もあるそうだ。羊皮紙を綴った物は、個人が書いて図書館に渡した物なので、時に一冊の中に数教科分が混じっていることもあるとソランジュは言った。
「数教科が混じっているのはどうしますの?」
「どう、とは? その方が作成した本として、置いてありますよ。それほど優秀な方が図書館に本を残してくださることは少ないのですけれど」
「……数教科分の参考書を作成できるのですから、優秀な方なのでしょうけれど、一冊の中に数教科分が入っていたら分類が大変ですし、持って行かれると困る人が複数出るのではございませんか?」
この講義の分が読みたかったのに、別の講義に必要な人が持って行った、というようなことになるのではないか、とわたしが尋ねると、ソランジュは借りた人に優先権がありますものと、おっとりと笑う。
「最終試験が近付けば利用者が増えて、キャレルも本も足りなくなりますから、できれば分けて保管できればよいのでしょうけれど。……なかなかそのようなところにまで手が回りませんわ」
「わたくしは全ての本に目を通すつもりですから、講義ごとに分けられるならば、分けましょうか?」
「あら、ローゼマイン様はこちらの本を全て読むつもりなのですか? それは大変でしてよ」
まるで本気にしていないような、子供の夢に「そうなったらいいわね」と言うような、おばあちゃんの顔で、くすくすとソランジュが笑う。わたしはいたって本気だ。
コツコツと靴音を響かせながら、わたしは階段を上がりきった。その前に広がる光景に、感嘆の溜息が漏れる。
二階も一階と同様に柱と窓が等間隔に並んでいた。一階は柱と柱の間のくぼんだ窓の部分に机と椅子があってキャレルとなっていたけれど、二階は柱の部分に、本棚が二つ、背中合わせに並んでいて、ライティングデスクのように書き物ができる机部分が本棚自体についている。そして、机部分には窓からの明かりが当たるようになっていた。
本棚は大人ならば座ったまま手を伸ばせば届く棚と立ち上がらなければ届かない棚と机の下にある足元の棚の三段に分かれ、本が積み上げられていた。その本には鎖が付いていて、ジャラリと垂れているのが見える。
「なんて素敵なのでしょう! 『チェインドライブラリー』ですよ!」
「……ローゼマイン様、聞き取れませんでしたわ」
「感動のあまり出てきただけです。お気になさらず」
神殿図書室もチェインドライブラリーだが、本の冊数が少ないので、天板が斜めになっている閲覧机に、そのまま開けば読めるように設置されていて、机に本が繋がれている。
けれど、貴族院の二階の閲覧室では、本棚に鎖で繋がれて棚の中に積まれていた。積み上げることができるだけの本があることに感動する。
……すごい、すごい! わたし、今、タイムスリップした気分!
本を立てて並べるのではなく、積み上げるのは革の表紙に金属の縁取りや鋲があるためだ。立てて並べていたら、本棚から出す時に鋲と隣に置かれた本の表紙がこすれて、表紙の革が傷だらけになってしまう。持ち上げて、隣に置くようにして本を取ることで本を傷から守っているのだ。
そして、羊皮紙は水分を含むと膨らむ。それを防ぐために本には革のベルトが取り付けられていることが多いのだが、本を積み重ねることで、重みで膨らまないようにしている。
……知識では知っていても、初めて見た! 踊り出したいくらいに楽しい! どうしよう。
ここで図書委員ができれば、わたしは本の中でしか読んだことがない、昔の司書と悩みを共有できたり、図書館の進化について考えたりできるに違いない。テンションがどんどん上がっていく。
……チェインドライブラリーでは本が増えてくると本棚の鎖が絡んで困るとか、日当たりによって本や閲覧机の取り合いになって困るとか?
今の時間は東から南側の机が読書しやすそうだが、鎖に繋がれた本は持って移動できない。明るい読みやすい環境で読書をしたければ、自分がちょうどいい時間を目がけて読みに行くしかない。そのため、同じ本を読みたいと考えている人同士がちょうど同じ時間帯に鉢合わせることも珍しくなく、どちらが読むかで喧嘩になることもあったらしい。
「どうしましょう? そういう時はどうするのですか、ソランジュ先生?」
うきうきで尋ねるわたしに、ソランジュは至極あっさりとした回答をくれた。
「身分で決まりますから、諍いなど起こりませんよ。同じ階級であれば、上位の領地が優先されます」
……なんですと!?
これは大変だ。わたしは今まで領地の順位にそれほど大きな関心は持っていなかった。何だか色々と言われて悔しいから上げてやろう、くらいの関心度だった。
しかし、本や閲覧机の優先度に領地の順位が関係してくるとなれば、話は別だ。
「何が何でもエーレンフェストの順位を上げなければなりませんわね」
わたしがエーレンフェスト寮全体を巻き込んで本気を出そうとした瞬間、リヒャルダが軽くわたしの肩を叩いた。
「姫様、落ち着いてくださいませ。領主候補生の姫様より優先される者はほとんどいらっしゃいませんし、上級貴族や領主候補生は本を借りて、自室で読むことが多いのです。鉢合わせることはほとんどございませんよ」
「そうなのですか……」
本気とやる気が静まった。でも、いざという時のために、エーレンフェストの順位は上げておいた方が良い気がする。
チェインドライブラリーに目が釘付けになっていたが、二階全体をぐるりと見回したところ、本の形をしている蔵書は千冊くらいで、壁に沿って設置されている机付きの本棚に積み上げられている分だけだった。
壁際の本棚から少し離れた中央部分には、巻物が入った棚、木札が入った棚、少し大きくて棚からはみ出す巻物を入れておく樽のような入れ物が並んでいる。同時に、巻物を読むための書見台も数台並んでいて、インクやペンを置くためのサイドボードまであった。
一階の等間隔に並んだ本棚を見た後では、少し雑多な印象を受ける。その中を歩きながら、ソランジュが説明をしてくれた。
「こちらには歴代の先生方の研究成果の一部が収められています。巻物や木札など、古い時代の、本の形態になっていない蔵書の方が多いですね」
基本的には秘密主義なので、あまり公開したがる先生はいないようだ。先生の死後、助手によって不要になった資料が寄付されることが多いらしい。
今でも巻物が少しずつ増えているそうだが、それは資料を本の形態に作ることを面倒がる先生がいるせいだそうだ。本の形態にするにはお金もかかるし、手間と時間がかかる。そのため、なかなか本の形態となって入ってくることは少ないらしい。
ヒルシュールは多分書きたいように書いて、くるくると巻いて保存する巻物派のような気がする。
……巻物は冊子にするのに比べたら、作るのは簡単なんだけど、読み返す時が大変なんだよね。
ページを探したり、読み終わった後で巻き直して片付けたりする時に手間がかかるのだ。パラパラとめくって、パタンと閉じて、ベルトを閉めれば良い本とは違う。
「王族に認められたような研究成果はなるべく本の形に整えるようにしているのですけれど、難しいですね」
「予算は限られていますものね。……ソランジュ先生、あの像は? わたくし、神殿で見たことがございませんわ」
わたしが本棚と本棚の間にある石像へと視線を向けるとソランジュが相好を崩した。建物と同じように白い女神像が金と魔石で飾られた本を大事そうに抱えている。
「こちらはグルトリスハイトを胸に抱いた英知の女神 メスティオノーラの石像です。図書館には英知の女神 メスティオノーラの御加護がございますから、生徒達の写本も集まってくるのですよ」
貴族院の図書館と同じように、王宮図書館にも英知の女神 メスティオノーラの像があるらしい。エーレンフェストのお城の図書室にはなかった。お城の図書室にも早急に英知の女神 メスティオノーラの像を設置して、本が増えるように毎日お祈りを捧げるべきではないだろうか。
「ローゼマイン様はどちらの本から読まれますか?」
「……そうですね。まずは一階の本から取り掛かります。同じような内容の本が多いでしょうから、分類や整理も容易いでしょう」
「分類や整理ですか?」
ソランジュが目を瞬く。わたしは大きく頷いた。
「そうです。利用しやすいように、できれば、教科ごと、学年ごと、年代順などで整理したいと考えています。政変後と政変以前で講義内容が大きく変わっている教科もございますから、それについては本棚を分ける、のように……。分類させていただいても構いませんか?」
「それは構いませんけれど……」
片端から読みつつ、書誌事項をまとめ、分類法について考えてみたいと思う。
……あぁ、でも、分類するならシールが欲しい。
分類したら、分類番号を貼りたい。そのためにはシールが必要になる。
膠
は手に入るけれど、豚から作られているので、カビが生えたり、腐ったりする可能性がある。
もっと本にとって良い素材が欲しい。
……帰ったら神官長に聞いてみようっと。
来年までにはシールを作って、ローゼマイン十進分類法で分類するのだ。
「あの、ローゼマイン様。図書館の整理にずいぶんと熱意を燃やしていらっしゃるようですけれど、領主候補生にそのようなことはさせられません。どのように分けたいか、おっしゃって下されば、こちらで考慮いたしますよ」
わたしの我儘で分類するのだ。ならば、その作業をソランジュにさせるわけにはいかない。許可さえもらえば、わたしがわたしのためにする。
「いいえ、わたくし、図書委員になりたいと考えているので、分類作業はぜひさせてください」
「としょいいん? なに?」
「ひめさま、わからない。教えて」
シュバルツとヴァイスがわたしの袖を軽く引いた。
「貴族院の司書のお手伝いをする学生を図書委員と呼ぶのです。わたくし、ソランジュ先生のお手伝いをします」
「ひめさま、としょいいん」
「おしごとする」
シュバルツとヴァイスの言葉に真っ青になったのはソランジュだった。軽く目を見開き、慌てたように首を振る。
「いいえ、ローゼマイン様にそのようなことはさせられません。わたくしは中級貴族で、ローゼマイン様は領主候補生ではございませんか。わたくしのお手伝いなど、させられません」
「でも、わたくし、司書になるために文官見習いの講義も取るので、文官見習いでもあるのです」
「……それでも、領主候補生にそのようなことはさせられませんわ」
ふるふると頭を振るソランジュの前にリヒャルダが溜息交じりに出てきて、わたしを見た。
「姫様、ご自分の我儘でソランジュ先生を困らせてはなりませんよ」
「……はい。ソランジュ先生、申し訳ございません」
図書委員としてお手伝いするのが、ここまで強硬に却下されるとは思わなかった。ソランジュは一人で図書館を切り盛りしているので、お手伝いが増えたらいいと思ったのだが、そうではないらしい。
「ローゼマイン様のお手伝いをしたいという優しいお気持ちだけ頂いておきます」
……優しい気持ちだけじゃなくて、図書館を色々いじってみたいという純粋な下心なんだけど。
却下されたので、その場ではおとなしく引き下がって本を読むことにした。
シュバルツとヴァイスに頼んでわたしとフィリーネの分のキャレルを準備してもらい、リヒャルダに言って、紙とペンとインクを準備してもらい、読み始める。たくさんあるので、読み甲斐がある。
貴族院の図書室の一階にあるのは、講義で使う資料がほとんどだ。同じ内容が写された本が多いけれど、書写した者によって、精度や字の美しさ、図画の正確さにかなりの差がある。よく使われている精密な本は、注釈や覚書が書き込まれている物もあって、情報が豊富だ。
書誌事項をまとめながら読んでいるうちに、お昼になった。本のページがステンドグラスのような光で照らされてハッとする。
「昼食に戻りましょう、姫様」
「はい」
わたしはシュバルツとヴァイスに本を片付けてもらい、キャレルの鍵を返却した。そして、シュバルツとヴァイスの額の魔石を撫でて、魔力を少し補給してから寮へと戻ることにする。
「またいらしてくださいませ、ローゼマイン様」
「午後にまた参ります」
「楽しみにしておりますわ」
ソランジュにも挨拶をして、わたしは寮に向かって歩く。
……どうしたら、図書委員になれるだろう?
ソランジュには却下されてしまったけれど、わたしはまだ図書委員になることを諦めていない。うーん、と悩んでいると、リヒャルダが深い溜息を吐いた。
「姫様には社交のお勉強が本当に足りていらっしゃいませんね」
「……どういう意味ですか?」
「先程の図書館でのお願いです。あのようなお願いの仕方は領主候補生として相応しくございません」
……領主候補生に相応しいお願いの仕方?
二年間の弊害がこのように出てくるのですね、とリヒャルダが言っている横で、わたしは必死に貴族らしいお願いの仕方について考えていた。どのようにお願いするのが、良いだろうか。
色々と考えていたわたしは、ふと思い出して手を打った。
「リヒャルダ、ソランジュ先生をお茶会にお招きしましょう」
「……突然どうされたのですか?」
目を見張ったリヒャルダに、うふふん、と笑う。
イタリアンレストランを作った時、わたしは全く考えていなかったが、養父様や神官長を持て成して、気を引いて、自分に有利な立場で要求を通そうとしている、と周囲には考えられていた。ずいぶんと貴族らしいことができるようになった、と神官長が感心していたのだから、今回はそれを応用すればいい。
……お茶会を開いて、ソランジュ先生をおいしいお菓子で歓待して、わたし、絶対に図書委員になる!