Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (303)
ソランジュとのお茶会に向けて
リヒャルダから叱られた後、わたしは昼食を終えた午後も図書館に向かった。
とりあえず、色々と注意されたことを思い返す。感情で暴走してソランジュと距離を詰めすぎないように、一日に会話する内容を話し合って、リヒャルダから合格をもらった話題だけ口に出しても良いことになった。
そして、部屋に戻ったら本日の会話について、リヒャルダが気になった点を注意することで、貴族間での会話や社交のお勉強をしていくと決まったのである。
今日の午後、ソランジュに尋ねても良い質問としては、お茶会に参加する時間があるかどうか、そして、他の人のお茶会に参加しているのかどうかを確認すること、と言われた。今日はそれ以上距離を詰めてはならないそうだ。
「ひめさま、きた」
「ようこそ、ひめさま」
「先程の続きを読みに参りました。キャレルの鍵を出してくださる?」
シュバルツとヴァイスに迎えられ、わたしは業務スペースにいるソランジュにも挨拶する。
「ソランジュ先生、ごきげんよう。先程はわたくしの我儘で困らせてしまい、本当に申し訳ございませんでした。やっと図書館に来られるようになって、浮かれすぎてしまったようです。お恥ずかしい限りですわ」
「お気になさらず。ローゼマイン様がどれほど図書館に思い入れがあるのか、よくわかって嬉しゅうございます」
何やら書き物をしていたソランジュが顔を上げて、にこりと微笑む。謝罪を受け入れてくれたことに、わたしはホッと息を吐いた。
「明日からは3の鐘が鳴るまで来られませんの。本日は初めての図書館ということで、わたくしの楽師も許可してくれたのですけれど、明日からはフェシュピールの練習が終わるまで、図書館に行ってはならないと言われているのです。残念ですわ」
朝食の後、側近達と一日の打ち合わせをしたり、前日に報告を受けた座学の合格などから成績向上委員会の活動結果をヴィルフリートと一緒にまとめたりした後はフェシュピールの練習をすることになっている。3の鐘が鳴るまで練習するのは神殿にいる時と同じで、それまでは外出禁止なのだ。
「そういえば、ソランジュ先生はお一人で図書館の管理をされていると伺いましたけれど、お茶会に参加したり、開催したりはなさらないのでしょうか?」
「えぇ。今の時期は利用者が少ないですから、多少時間に余裕がございますけれど、生徒達に余裕ができ始めると、今度はわたくしが忙しくなります。ですから、お茶会に参加することはもちろん、お茶会を開催することもございません」
複数の司書がいた時代には交代で参加したこともございますけれど、と言いながら、ソランジュがシュバルツとヴァイスを見て、表情を緩める。
「今はシュバルツとヴァイスが手伝ってくれていますから、作業がとても楽になりましたし、寂しさが紛れています。わたくしはローゼマイン様には感謝しておりますよ」
……よかった。迷惑をかけただけじゃなくて。
シュバルツとヴァイスが動き出したのは、浮かれて飛び出した祝福の副産物だし、ソランジュにとって役立っているのがシュバルツとヴァイスで、わたし自身が特に役立っているわけではない。
それでも、悪い印象だけを残していたらどうしようかと思っていたので、少しでもわたしがソランジュに対して役に立てたことにホッとした。
「わたくし、一度ソランジュ先生とゆっくりお話がしてみたいのですけれど、お時間はございませんか? シュバルツとヴァイスのことですとか、わたくしが作ろうとしている本のことですとか、お話したいことがございますの」
「本を作るのですか?……本当にローゼマイン様は本がお好きなのですね」
青い目を丸くしているソランジュにわたしは笑顔で頷く。
「吟遊詩人の歌う騎士物語やエーレンフェストで母から子へ話されている物語を本にまとめているところなのです」
騎士物語に関してはすでにできているし、印刷して販売もしているが、現在進行形で話を集めているので嘘ではない。とりあえず、わたしとのお茶会に興味を持ってもらうために、わたしは貴族院の司書であるソランジュが関心を持ちそうな話題を振ってみた。
「まぁ、ローゼマイン様は参考書だけではなく、物語も好まれますの? この図書館の中にも多くはございませんけれど、物語の本もございますよ」
「本当ですか!? ぜひ、読みたいと思います」
「では、ご案内いたしましょう」
一階の参考書がずらりと並ぶ棚の中、あまり読まれない古い資料が集められている一角へとソランジュがゆったりと歩き出す。案内しながら、最終試験に向けて参考書を読んだり、上級貴族のために写してお金を得たりする生徒が大半のため、物語を読む生徒はそれほど多くないことを教えてもらった。
貴族院は冬だけなので、ほとんどの学生はカリキュラムと社交で予定が詰まってしまい、悠長に趣味の読書を楽しむ余裕などないのだろう。
「この辺りには物語がございます。聖典を書き写した物もございますから、よろしければご覧くださいませ」
「恐れ入ります」
わたしはシュバルツに声をかけて、自分とフィリーネの分のキャレルを借りると、物語が書かれた本をリヒャルダに運んでもらって、目を通し始めた。そして、書誌事項とあらすじをまとめていく。
騎士物語なので、魔物を倒しに行くという大筋は同じだが、騎士団の友情物語があったり、大領地に狙われた小領地の騎士団が必死に抗う戦記物語があったり、様々だ。ただ、言葉が古くて読みにくい。そして、吟遊詩人に聞きながら書いたのだろうか、字が少し崩れていて判別が難しい部分もある。
「ローゼマイン様、わたくしには少し難しいです。お勉強が足りませんね」
フィリーネは同じようにまとめようとしていたが、本文をなかなか読み進められないようだった。わたしは騎士物語よりも更に小難しい言い回しが多い聖典を読んでいるので、それほど難解だとは思わなかったけれど、簡単に書き直した聖典絵本から勉強を始め、まだ古い言い回しの本に慣れていないフィリーネには難しいのだろう。
「わたくしが作る本は全て読みやすい言葉に直しておりますけれど、これからは古い言葉でも読めるように勉強できる本も必要ですね。文官が古い資料を読めないようでは、将来お仕事の時に困りますもの」
「そうですね。頑張ります」
この日は騎士物語を読んで、一日が終了した。騎士物語を一冊借りて帰ることにする。これを題材に新しいお話を作っていきたいと思う。
「ヴァイス、この貸出し手続きをお願いします」
「わかった。……ひめさま、ほしょうきん、だいきんかさんまい」
「リヒャルダ、お願いします」
「かしこました」
本と等価だと最初に聞いていたけれど、やはり高い。無料で貸してくれる麗乃時代の図書館の素晴らしさに感動してしまう。図書館学五原則を制定した偉大なるランガナタンに感謝と祈りを捧げたい。
……無料で貸し出しができるようになるためには、印刷を広げなきゃいけないんだよね。道のり、遠っ!
その次の日、図書館のお供には、コルネリウス兄様とハルトムートも加わることになった。騎士物語が図書館にあったという話をしたら、二人が驚いたのだ。どうやら、参考書と先生の研究成果以外の本があると思っていなかったらしい。
「エーレンフェストの城の図書館には業務に必要な資料が納められているのですから、貴族院の図書館には貴族院の資料が集まっているはずではありませんか? 生徒が手に取りやすいようによく使われる参考書が一階の使いやすい場所に置かれているだけだと思います。実際、物語は一階の隅の方にありましたから」
わたしがそう言ったところ、ハルトムートが領地対抗戦の資料があるならば見てみたい、と言い出した。戦績や魔物が控えられているかもしれない、というハルトムートの言葉を聞いたコルネリウス兄様とレオノーレが目を輝かせる。
フェシュピールの練習を終えて、3の鐘が鳴った後、わたしは図書館に興味を持った生徒達を連れて、ぞろぞろと図書館へ向かった。
「おはよう、ひめさま」
「おはようございます、シュバルツとヴァイス」
「ひめさまはほんがすき?」
「えぇ。大好きですから、できる限り毎日図書館に参ります。こちらを返却するので、手続きをお願いしますね」
シュバルツとヴァイスもお仕事頑張って、と額の魔石を撫でると、登録の時に同行していなかった他の学年の生徒達が驚きの声を上げた。
「図書館の中に大きなシュミルがいると噂になっていたのは本当だったのか」
「なんて可愛らしいのでしょう。新しい衣装作りに力を入れなくてはなりませんね」
小声で交わされる会話を聞き流しながら、わたしはシュバルツとリヒャルダに返却手続きを任せて、ソランジュに向き直る。
「ソランジュ先生、おはようございます」
「おはようございます、ローゼマイン様。今日はたくさんいらっしゃるのですね」
「探している資料があるので、どこにあるのかソランジュ先生に伺いたくて」
「何でしょう?」
首を傾げるソランジュの前にハルトムートが進み出る。
「ディッターに関する資料はございませんか? どの領地がどのような魔物に勝ったか、控えているような資料が欲しいのです」
「ディッターは訓練でもよく行われますから、全てのディッターに関して記された資料がございません。けれど、政変前は宝盗りディッターの戦略について講義がありましたから、古い参考書には多少載っていると思われます。あとは、毎年の成績優秀者についてまとめられた資料の中に、領地対抗戦の上位に関する記述がございますよ」
おぉ、とハルトムートやコルネリウス兄様が顔を見合わせて、目を輝かせた。古い参考書はエックハルト兄様や神官長の資料で事足りると思う。欲しいのは、領地対抗戦の上位に関する記述だ。
「ソランジュ先生、わたくし達に領地対抗戦の資料を見せてくださいませ。どこの本棚にございますか?」
「ローゼマイン様は変わった資料を欲しがるのですね。学生はお金を稼ぐための写本と講義のための参考書ばかりに目を向けるのですけれど」
そう言って笑いながら、ソランジュはわたし達に背を向ける。
「閲覧室は学生がよく使用する参考書を優先して置いておりますから、記録と保存を目的とする資料は別の書庫に置いているのです。少々お待ちくださいませ」
閲覧室ではなく執務室の奥にある資料用の倉庫から、ソランジュは丁寧に綴じられている資料を持って来てくれた。明らかに別に扱われている資料を見て、わたしはソランジュを見上げる。
「……これはもしかして、持ち出し禁止の資料なのですか?」
「そうですね。貸し出しは禁止にしております。返却されなければ困りますから。けれど、閲覧室で見る分には特に問題ございませんよ」
「恐れ入ります」
わたしが分厚くなっている資料を受け取ろうとしたら、すぐにハルトムートが横から出てきて受け取ってくれた。
「ローゼマイン様、こちらの資料は私が写します。ディッター以外にも欲しい情報がございます」
「では、ハルトムートにお願いしますね」
「手伝いにフィリーネをお借りしますね」
一人で全てを映すには時間がかかりすぎる。ハルトムートはフィリーネと手分けして、書き写すことにしたようだ。
ハルトムートは図書館内をぐるりと見回した後、ソランジュに困った表情を見せる。
「ソランジュ先生、複数人で書き写すために、少し広めのテーブルが欲しいのですが、キャレル以外の机はございますか?」
「……二階ならば並んで移すことも可能でしょうけれど、それは持ち出し禁止の資料ですから、なるべく目の届く位置で書き写していただきたいのです。わたくしの執務室にある登録のためのテーブルを貸して差し上げましょう」
全ての領地の新入生が登録の手続きを終えたので、もう大丈夫だ、と言いながら、ソランジュは執務室へとハルトムートを案内する。
「助かります。急いで写します」
ソランジュに案内され、ハルトムートとフィリーネと他二人が執務室へと入っていく。ハルトムートが資料にざっと目を通しながら、分担を決めるうちに、フィリーネ達は手早くわたしが支給した紙とインクを準備していた。
四人の様子を微笑ましそうに見つめながらソランジュが執務室から出てきて、まだ業務スペースの前にいるわたし達に気付き、楽しそうな笑顔で見回す。
「他にも何か必要な資料がございまして?」
一度コルネリウス兄様と顔を見合わせたレオノーレが一歩前に踏み出した。
「あの、魔物に関する資料はございますか? この辺りの魔獣の狩り方や強さや弱点なんかが載っているととても助かるのですけれど」
「参考書以外の本をお探しでしたら、二階の巻物の中にございます。古いものですが、魔術具の作成を専門にしていた先生によって書かれた資料で、詳しく書かれています。素材を集める際に作られたようですよ」
そう言いながら、ソランジュはゆったりとした動きで二階へと上がっていく。二階の資料を見る学生は本当に少ないようで、ソランジュは「先生方以外にこのような資料の案内など滅多に求められませんから、不思議な気分ですよ」と笑った。
後々の貴族院に助手として残りそうな学生は、在学中から教師の助手として都合良く使われ、資料運びを手伝ったり、ここからここまでの本を読んでおくように言われたりするそうだ。図書館での動きを見ていると、この学生はこのまま貴族院に残ることになるのだろう、とソランジュにはわかるらしい。
「参考書以外の本があることを知ろうとしない生徒の方が多いのです。貴族院では勉強よりも社交を優先する傾向がございますからね」
勉強だけならば、それぞれの領地でもできるが、他領の者と関わるのは貴族院でなければできない。どうしても社交が優先されるのだそうだ。昔は卒業時にシュタープが与えられていたため、今よりもっと勉強熱心な生徒が多かったらしい。
「それにしても、貴族院が始まってまだ一月もたっていない時期に、これだけの人数が講義に向かわず、図書館に来られるなんて、エーレンフェストはずいぶんと優秀な生徒が多いのですね」
ソランジュは目的の棚へと迷いなく向かった。
棚に積まれた巻物は、手芸店でくるくると巻かれている布が積まれている様子によく似ている。布についている値札のように、巻物からも小さい木の札が垂れているので、尚更似ているように見えた。木の札にはちょっとした書誌事項が書かれていて、中身を判別できるようになっている。
「こちらですわ」
ある棚の中の札を次々と確認していたソランジュが一つの巻物を手に取って引き出した。そして、巻物を読むための書見台にセットしてくれる。巻物がぐるんと丸まっては書き写せないので、巻物を読むための書見台には押さえがついているのだ。
「絵もついているので、とてもわかりやすいですね」
昔の先生が書いた巻物には、魔獣だけではなく、魔木についても書かれていて、決して上手とは言えない絵もついていた。これは後でわたしも読みたい。
巻物を広げると、魔物についての記述が二つ分見えるようになっているので、巻物の書見台の左右で書き写していくことになった。魔物の情報は騎士見習いが必要としているので、一人の騎士見習いは紙とインクを準備し始める。
「レオノーレが写してくれるか? 私よりも絵が美しいからな」
コルネリウス兄様がそう言って、写す作業をレオノーレに任せようとする。レオノーレは「構いませんけれど……」と呟いた後、じっとコルネリウス兄様を見上げた。
「コルネリウスは絵が苦手なのですか?」
「正直なところ、あまり得意ではない」
恥ずかしそうに少し視線を逸らしたコルネリウス兄様を見て、くすっと笑ったレオノーレの表情がひどく柔らかい。
……あれ? もしかして、レオノーレってコルネリウス兄様のこと、好き、なのかな?
そこでやっとアンゲリカの嫁ぎ先に関する噂を気にしていたレオノーレとの会話を思い出して、わたしはポンと手を打った。
……レオノーレはお母様みたいな貴婦人になりたいんじゃなくて、コルネリウス兄様の第一夫人を目指しているんだ!
わたしは心の中でそっとレオノーレを応援しておく。わたしが言うのもおかしいかもしれないが、おじい様から始まる一族は、とても男側の影響が濃い。考える先に体を鍛える家系なので、ぜひ、レオノーレには頑張って、知的な活動にも力を入れていただきたい。
皆が目的の本を見つけたようなので、わたしは一階へと戻って、物語の続きから読んでいくことにした。
その日の午後からは、フィリーネが実技に向かい、護衛騎士もレオノーレとトラウゴットが入れ替わる。魔物に関する写しをどちらがするのかで、コルネリウス兄様とトラウゴットが少し揉めていたが、コルネリウス兄様がすることになった。
あとでコルネリウス兄様がどんな絵を描くのかちらっと見たけれど、別にそれほど下手ではなかった。あれで謙遜ではないのならば、わたしのお絵かきレベルは結構低いことになるかもしれない。
「ローゼマイン様、わたくしも一度ゆっくりとお話してみたくなりましたわ」
図書館からの帰り際、わたしはソランジュに呼び止められた。何冊も本を読んで満足していたわたしは一瞬何の話だっけ、と首を傾げそうになり、ハッとした。そういえば、わたしから「話がしたい」と言っていたのだ。
「ソランジュ先生が図書館から離れられないのですから、執務室でお茶会を行うのはどうでしょう? 先生がお嫌でなければ、わたくし、ご負担にならないようにお茶とお菓子を準備して、持って参りますけれど」
「……わたくしは非常に助かりますけれど、ローゼマイン様はよろしいのですか?」
ソランジュはわたしというよりも、お茶会に忙しくなる側仕えであるリヒャルダへと驚きの視線を向ける。リヒャルダは軽く頷いた。
「姫様からお話は伺っております。ソランジュ先生のご負担を減らすにはどうすればよいのか、姫様なりに考えた結果です。こちらの執務室で行うならば、ソランジュ先生のご意向を最優先することになっております」
「本当はわたくしのお茶会にソランジュ先生をお招きしたかったのですけれど、先生はお一人で図書館を管理されていてお忙しいでしょう? ですから、ピクニックの準備をするように、お茶とお菓子を準備して、こちらにお持ちすればどうか、と考えたのです」
最初はリヒャルダに驚かれた。お茶やお菓子を持ち込んで、場所だけ借りるなど、普通はしないと言われた。それでも、ソランジュの負担を減らすためにどうすればいいのか、考えたことをリヒャルダに丁寧に説明したら、わかってくれた。
「あくまで、ソランジュ先生がお忙しいことを考えただけなので、わたくし……」
「いいえ、助かりますわ。では、ローゼマイン様のお言葉に甘えてよろしいでしょうか?」
「はい!」
土の日は利用者が増えるので、その前の日が良い、と言うソランジュの都合に合わせ、明後日の午後、ソランジュとお茶をすることになった。
早速寮に戻って側仕え達にお茶会の予定を伝えると、「音楽の先生方とのお茶会より先に、ソランジュ先生とのお茶会の予定が入るとは思いませんでしたわ」とブリュンヒルデが目を丸くした。
「ソランジュ先生のご都合に合わせたのです。シュバルツとヴァイスが気になるのか、例年よりも利用する学生が増えているので、早目にお茶会をしたいのですって」
今回は図書委員になりたいことをガツガツとアピールするのではなく、親しくなることを目指すように、とリヒャルダに言われている。
まず、お茶会ではシュバルツとヴァイスの採寸の予定をいつにするか決めなければならない。それから、作りかけの手書きの原稿を持って行って、ソランジュの故郷や知っている話について聞いてみたいと考えている。
「ローゼマイン様がそれほど緊張しているようには見えませんから、考えようによっては、ソランジュ先生とのお茶会が先に開催されてよかったのかもしれませんね」
お茶会で流行を発信しようと張り切っているブリュンヒルデの言葉に、わたしは首を傾げた。ソランジュは冬の間、図書館に籠る形になるようで、あまり他の先生方との交流もないようだ。流行発信にソランジュとのお茶会はあまり関係がないと思う。
「冬の間は図書館に籠っていても、他の季節には先生方との交流もあるということではありませんか。現にソランジュ先生はエーレンフェストの一年生の成績について情報を得ていました。ですから、全く交流がないわけではございません。大勢の先生方を前に緊張しながら参加するお茶会の前に、中央の貴族の反応が見られますし、衣装や髪飾り、お菓子についての意見がいただけるかもしれません」
中央貴族の感覚でエーレンフェストの文化について、何か反応が得られるはずで、それによって、音楽教師とのお茶会にも多少の対策が立てられそうだ、とブリュンヒルデが言った。
「わたくしはシュバルツとヴァイスの衣装についてのお話や本に関するお話をソランジュ先生とするつもりなのですけれど」
わたしの言葉にブリュンヒルデが少し目を細めた。一度リヒャルダに視線を向けた後、ブリュンヒルデは少し屈んで、わたしに諭すように視線を合わせる。
社交に関する知識も経験もないことを話し合ったことで、側仕え達はわたしに注意してくれるようになったのだ。
「ローゼマイン様、話題はなるべく多く準備しておくものです。それに、意識して話題を準備しておかなければ、ローゼマイン様は本について語るだけでお茶会を終えてしまいそうですもの。本以外のお話も忘れないようにしてくださいませ。ソランジュ先生は中級貴族ですから、ローゼマイン様のお話に笑顔で深く聴き入ってくださるでしょう。だからこそ、お相手の反応にはよくよく気を付けなければなりません」
「……はい」
ブリュンヒルデの注意にリーゼレータも心配そうな目で頷いた。
「ローゼマイン様は本のことになると周囲が見えなく傾向がある、とヴィルフリート様からも伺っております。領主候補生としての気品を忘れず、理性的に行動できるようになりましょう。……大丈夫です。お姉様を卒業に導いたローゼマイン様に不可能はございません。わたくしはローゼマイン様を信じております」
「気を付けます」
リーゼレータの期待と信頼に満ちた目が痛い。失敗しないように十分に対策を立てた上で、お茶会に臨みたいと思う。